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18回も入籍をすっぽかした婚約者
彼から「入籍はまた今度にしよう」と告げられた時、私はちょうどスプーンを手に取ったところだった。 「次は必ず行くから」 江成湊(えなり み...
Chương (1)
第1章
彼から「入籍はまた今度にしよう」と告げられた時、私はちょうどスプーンを手に取ったところだった。
「次は必ず行くから」
江成湊(えなり みなと)は箸を置き、まるで「今日はいい天気だね」とでも言うように、あっけらかんと言い放った。
私はスープを一口すすり、飲み込んでから答えた。
「わかったわ」
彼はちらりと私を見た。
うつむいておかずに箸を伸ばしかけ、もう一度、私の顔を窺い見るように視線を上げた。
「怒った?」
私は再びスープを口に運び、淡々な声で言った。
「怒ってないわよ」
結婚式を挙げてから半年、入籍の延期はこれで十七回目だ。
彼は約束を破ることに慣れきっていた。
そして私も、期待を裏切られることに慣れきってしまった。
私はゆっくりとスープをきれいに飲み干した。
その間、彼は二度と箸を動かすことはなかった。
最後の一口を飲み終え、私が食器を片付けようと立ち上がった時。
彼の横を通り過ぎようとした瞬間、手首をガシッと掴まれた。
「凜(りん)、来週の月曜こそ、絶対に行くから。
どうせ結婚式は済ませてるんだ。数日くらい遅れたって変わらないだろう?
心配するな、次は絶対にすっぽかさない」
私は彼に掴まれた手首を見つめて、それから彼の顔を見て、ふっと微笑んだ。
「ええ、分かったわ」
この半年間で、彼は「来週」と9回言い、「絶対に」と13回誓い、「心配するな」と16回も口にしてきた。
それでも結局、婚姻届が提出されることはなかった。
そして来週も、婚姻届を出すことはないだろう。
なぜなら今度ばかりは、私の方が約束をすっぽかすのだから。
第1話
彼から「入籍はまた今度にしよう」と告げられた時、私はちょうどスプーンを手に取ったところだった。
「次は必ず行くから」
江成湊(えなり みなと)は箸を置き、まるで「今日はいい天気だね」とでも言うように、あっけらかんと言い放った。
私はスープを一口すすり、飲み込んでから答えた。
「わかったわ」
彼はちらりと私を見た。
うつむいておかずに箸を伸ばしかけ、もう一度、私の顔を窺い見るように視線を上げた。
「怒った?」
私は再びスープを口に運び、淡々な声で言った。
「怒ってないわよ」
結婚式を挙げてから半年、入籍の延期はこれで十七回目だ。
彼は約束を破ることに慣れきっていた。
そして私も、期待を裏切られることに慣れきってしまった。
私はゆっくりとスープをきれいに飲み干した。
その間、彼は二度と箸を動かすことはなかった。
最後の一口を飲み終え、私が食器を片付けようと立ち上がった時。
彼の横を通り過ぎようとした瞬間、手首をガシッと掴まれた。
「凜(りん)、来週の月曜こそ、絶対に行くから。
どうせ結婚式は済ませてるんだ。数日くらい遅れたって変わらないだろう?
心配するな、次は絶対にすっぽかさない」
私は彼に掴まれた手首を見つめて、それから彼の顔を見て、ふっと微笑んだ。
「ええ、分かったわ」
この半年間で、彼は「来週」と9回言い、「絶対に」と13回誓い、「心配するな」と16回も口にしてきた。
それでも結局、婚姻届が提出されることはなかった。
そして来週も、婚姻届を出すことはないだろう。
なぜなら今度ばかりは、私の方が約束をすっぽかすのだから。
……
スマホが震えた。事務所の人事担当からのメッセージだった。
【退職のこと、江成先生はご存じなんですか?】
スマホを手に部屋を出ると、湊はまだダイニングテーブルに座っていた。
彼は妙な顔つきで私を見つめ、しばらくためらった後、探るように口を開いた。
「今回は……どうして理由を聞かないんだ?」
人事への返信を済ませてから、私はようやく湊に少し視線を向けた。
「無意味だから」
文字通り、何の意味もないからだ。
初めて婚姻届を出しに行くと約束した日、彼の愛弟子である小野寺桜(おのでら さくら)が「お腹が痛い」と言い出した。
私は市役所の前のベンチで、朝から夕暮れまで待ち続け、結局一人で家に帰った。
二回目は、桜が「案件の表の作り方がわからない」と言い出した。
彼は車が行き交う高速道路の入り口で私を降ろし、振り返りもせずに事務所へと引き返していった。
それ以降も、入籍の約束をするたびに、桜は決まって何かしらの「トラブル」が起きるのだ。
結婚式を挙げてからの半年間、そんな茶番が17回も繰り返された。
湊は私の言葉に詰まったように喉仏を動かし、少しの沈黙の後、スマホを私の前に差し出した。
「最近は婚姻届を出す時に、プロのカメラマンに密着撮影してもらう人が多いらしい。
俺たちも頼もうか。お前、そういう記念行事みたいなの好きだっただろ?」
私がそういうものを大切にしていること、まだ覚えていてくれたんだ。
私は少し考えてから尋ねた。
「夜、時間ある?一緒に……」
「最後となる食事をしないか」と言いかける前に、彼のスマホが鳴り出した。
着信は、彼の愛弟子の桜からだった。
電話の向こうで何を言われたのか、通話を終えた湊はこちらを見た。
「なあ、桜のやつが……」
私は彼の言葉を遮り、ふっと微笑んだ。
「行ってあげて。道中気をつけてね」
湊は一瞬呆気に取られた。今日の私のあまりに落ち着いた態度が意外だったらしい。
だがすぐに服を着替えて外へ向かった。
「夜帰る時、何かプレゼント買ってくるから」
バタンと重い音を立ててドアが閉まり、やがて下から車が発進して遠ざかっていく音が聞こえた。
私はその場に立ち尽くし、閉ざされたドアを見つめた。
付き合って五年、結婚式を挙げて半年。
本当ならもっと早く手放すべきだったのだ。
……
午後、私は法律事務所へ行き、退職願を直接人事担当に提出した。
彼女は私を見て、惜しむような、信じられないような顔をした。
「あなたと江成先生は事務所の看板コンビじゃないですか。
半年前の結婚式だって、所長だけじゃなく、たくさんのクライアントまでお祝いに来てくれたのに。
あの時、どれだけの人に羨ましがられていたか。どうして急に辞めるなんて言うんですか?」
半年前の結婚式を思い出す。
席がゲストで埋まり、床に敷き詰められたレッドカーペット、花々に囲まれていた。
湊は私の手を引き、一生守り抜くと誓ってくれた。
確かに華やかで、素晴らしい思い出だった。
だが、どんなに華やかで素晴らしかろうと、もうあの頃には戻れない。
退職の手続きを済ませて帰宅した時には、すでに夜の十時を回っていた。
家の中はひどくひっそりとしていて、誰もいなかった。
そんな私のスマホに、桜のSNSの投稿が通知された。
彼女はわざわざ私をメンションしていた。
【今日は午後からずっと付き添ってくれた先生に感謝!
お礼に、明日は先生をライブに招待しちゃいます】
第2話
昼間は「夜には帰る」と言っていた湊が、もう帰ってこないことはわかっていた。
こんなことは、結婚式を挙げてからの半年間で、もう数え切れないほど起きていた。
私は食事を済ませた後、以前のように湊の分を残しておくことはせず、パソコンでメールをチェックした。
そこには、十数カ国の法律事務所からのオファーが並んでいた。
私は迷うことなく、フランスから届いていたメールにマウスを合わせ、オファーの受諾ボタンをクリックした。
そして、二日後にパリ行きの便を予約した。
……
翌日の午前中、私は荷造りを始めた。
寝室のクローゼットは、左側が私の服、右側が湊の服だった。
派手な色合いのシャツなんて、以前の彼なら絶対に袖を通さなかったはずだ。
だが、桜が入所してきて「こういう方が親しみやすくて、クライアント受けがいいですよ」と言ってからは変わってしまった。
そのせいで、私が以前彼のために丹念に選んだオーダーメイドのスーツは、今やクローゼットの奥にしまい込まれ、すっかり忘れ去られている。
私はふっと笑い、自分の服を一枚ずつスーツケースに詰めていった。
荷造りが半分ほど進んだ頃、湊が帰ってきた。
彼の着ているピンク色のシャツからは、桜が好んでつけている香水の匂いが漂ってきた。
寝室にいる私を見て、彼は一瞬驚き、無意識に言い訳をした。
「昨夜は桜がどうしても買い物に行きたいって騒ぐから、帰りが遅くなってさ。ホテルをとって泊まったんだ」
私はただ頷き、何も言わなかった。
式を挙げてから半年、彼が自分から弁解したのはこれが初めてだった。
彼は二歩ほど近づき、スーツケースに視線を落とした。
「出張か?」
「ええ」
なぜか、彼は安堵したように息を吐いた。
「今日はちょっと用事があってな。忘れ物を取りに帰っただけだから、すぐに出るよ」
「そう」
私は顔を上げず、服を畳み続けた。
本当は昼食の時に退職のことを話そうと思っていたが、今となっては、もうその必要もないようだ。
彼は適当に返事をすると、赤いギフトバッグを探し出し、玄関のコートを手に取って、再びそそくさと出て行った。
ドアが閉まった瞬間、半年間壁に掛けられていた写真立てが突然落ち、ガラスが粉々に砕け散った。
それは、結婚式当日のツーショット写真だった。
写真の中で、彼は私が選んだスーツを着て、私はウェディングドレスを着ている。
永遠に愛し、大切にし、守り抜くと彼は言ってくれた。
私は目を赤くして、馬鹿みたいに幸せそうに笑っていた。
だが、桜が現れた途端、そんな誓いはすべて彼の頭の中から消え去ってしまった。
私はその写真を長い間見つめた後、床のガラスの破片を片付けた。
そして、幸せに満ちていたその写真と、心の底に残っていた最後の一筋の未練を一緒に、ゴミ箱へ捨てた。
……
夕方、ベッドに横になった途端、親友の結衣(ゆい)から電話がかかってきた。
「ねえ、SNS見た!?江成先生と小野寺桜、あれ一体どういうことよ!」
スマホを開く。
桜がたった今、新しい投稿をしていた。
投稿の写真には、彼女の首元で輝く真新しいネックレスが写っている。
キャプションにはこう書かれていた。
【22歳の誕生日おめでとう、私!先生、プレゼントありがとうございます】
右下の写真の隅には、赤いギフトバッグが半分見切れていた。
湊が昼に帰ってきたのは、桜への誕生日プレゼントを取りに来るためだったのだ。
結衣は電話の向こうでまだ怒り狂っていた。
「あんたたち、式を挙げてまだ半年よ!?あの女、よくもあんなに見せびらかせるわね!
江成先生も頭おかしいんじゃないの!?」
私は言った。
「私たち、入籍してないの」
電話の向こうが不自然なほど静まり返った。
しばらくして、信じられないといった声が聞こえてきた。
「……は?」
「結婚式は挙げたけど、婚姻届は出してないのよ」
私はもう一度、どこか他人事のような声で繰り返した。
電話の向こうは再び静まり返った。
やがて、結衣は声を落とし、胸を痛めるように聞いた。
「それで……あんた、これからどうするつもりなの?」
私は荷造りの終わったスーツケースに目をやり、ふっと笑った。
「明日、パリに飛ぶわ。向こうの事務所から、ずっと前からオファーをもらってたの」
「江成先生、引き止めないの?」
「彼は知らないわ」
それに、気に留めもしないだろう。
電話を切った後、私はもう一度桜の投稿を見た。
少し考えてから、あえて「いいね」を押した。
この国を去る前の、私からのささやかな祝福のつもりだった。
……
夜の十時、湊が帰宅した。
玄関に入り、いつものようにコートを掛けようと手を伸ばしかけて、彼は動きを止めた。
「壁にあった写真がないぞ?」
彼はコートも手放さず、寝室へ入ってくると、少し慌てた声で言った。
「凜。俺たちの写真、どこへやったんだ?」
私はベッドのヘッドボードに寄りかかりながら、淡々と答えた。
「落ちて、割れたの」
それを聞いて、彼はゴミ箱の中の砕けたガラスに目をやり、ホッとした表情を浮かべた。
それから、カバンの中からルイ・ヴィトンのバッグを取り出し、差し出してきた。
第3話
「昨日、プレゼントを買ってくるって言ってたのにな。
時間がなくて買えなかったから、今日……その埋め合わせだ」
私は少し驚いた。
そういえば、昨日彼が出かける前に言っていた。
「夜帰る時、何かプレゼント買ってくるから」
まさか、彼がまだ覚えていたなんて。
だが、レシートに印字された時刻を見ると、つい三十分前だった。
おそらく、私が桜の投稿に「いいね」を押したのを見て、後ろめたさを感じたのだろう。
帰りがけに立ち寄った店で、埋め合わせ代わりにバッグでも買ってきたに違いない。
私は受け取らず、何も言わなかった。
湊はバッグをベッドに置き、少し口ごもりながら言った。
「そういえば、来月の事務所の優秀社員賞だけど、お前……」
「小野寺さんに譲れって?」
私から先に言い出すと思わなかったらしく、彼は気まずそうに頷いた。
「あいつはまだ入所したばかりだし、こういう評価が必要なんだ。お前はもう何度も取ってるし……」
なるほど、この「ついで」のプレゼントには、とっくに裏で値札が付けられていたというわけか。
私は頷いた。
「いいわよ」
彼は呆気に取られた。
私がこんなにあっさり承諾するとは思っていなかったのだろう。
「お前……怒らないのか?」
私は首を横に振った。怒る理由なんてない。
これから桜が欲しがるものは、優秀社員賞であれ、彼の特別扱いであれ、私にはもう必要ないのだから。
彼は安堵したように表情を緩め、さらに付け加えた。
「桜は俺の弟子だし、お前も一応先輩だからな。これくらい大目に見るのは当然だろ。
そういえば、明日の午前中、時間を空けて市役所へ婚姻届を出しに行こう」
私は彼を見つめたまま、黙っていた。
彼は何かを思い出したように言った。
「そういえば出張だったな。明日の飛行機、何時だ?」
「午後三時」
「なら間に合うな」
彼は自信満々に言った。
「明日の朝十時、市役所の前で待ち合わせよう。カメラマンももう手配して、前金も払ってある」
私は彼に「もういい、私たちが入籍する必要はない」と告げようとした。
だがその時、再び彼のスマホが鳴り出した。
画面には、相変わらず桜の名前が表示されていた。
電話の向こうから、甘えるような声が聞こえる。お腹がひどく痛いから、病院まで連れて行ってくれないかと言うのだ。
彼は電話を切り、珍しく少し躊躇うような表情を見せた。
私は言った。
「行ってあげて」
彼は肩の荷が下りたように、前に出て私を軽く抱きしめた。
「明日は綺麗に着飾ってきてくれよ。絶対に行くから。
今度こそすっぽかしたりしない」
そう言うと、彼はコートを手に取り外へ向かった。
ドアが閉まった瞬間、私はベッドの上のバッグに目をやった。
レシートがまだ隙間に挟まったままだ。
私はそれをそのままクローゼットの一番上の棚に置いた。
そこには、以前彼が「ついで」に買ってきた色違いの同じバッグが、もう二つ置かれていた。
……
翌日の午前九時半。
私は最後のスーツケースを閉じ、部屋を見回した。
クローゼットの中には、湊の服だけが整然と掛けられ、私のスペースはすっかり空っぽになっていた。
九時四十五分。彼が約束した入籍の時間まで、あと十五分。
私はタクシーを呼び、空港へ向かって出発した。
十時ちょうど。
彼とのトークルームは、依然として沈黙したままだった。
メッセージひとつ、電話一本も来なかった。
そして正午を過ぎても、私がなぜ市役所に来なかったのかを問い詰める電話は、彼からかかってこなかった。
午後、搭乗手続きを済ませ、搭乗口へ向かい、いざ飛行機に乗ろうとしたその時、ようやくスマホが震えた。
湊からのメッセージだった。
二件、立て続けに届いた。
【凜、桜が病院で一人じゃ不安だって言うから。今日入籍するのは無理そうだ】
【今回の出張から帰ってきたら、俺が空港まで迎えに行く。そのまま真っ直ぐ役所に行こう。今度こそ絶対にすっぽかしたりしない】
メッセージを見ても、私の心は少しも波立たなかった。
やはり、18回目の入籍も、彼はすっぽかしたのだ。
私は平然とした顔でスマホを持ち、返信を打ち込んだ。
【もう結構よ、湊。私はすでに事務所を辞めたわ。
これから海外の法律事務所に転職する。
今日を限りに、私たちはもう何の関係もないわ】
最後のメッセージを送信し終え、私はスマホの電源を切ろうとした。
だが次の瞬間、画面が突然明るく点灯した。
見慣れた番号が、狂ったように画面上で点滅していた。
何度も、何度も……