子どもは嘘をつかない

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子どもは嘘をつかない

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私、新村妙(にいむら たえ)の本当のお母さんが、紅葉(もみじ)おばさんを刃物で刺して刑務所に入れられた。 その一件があってから、毎日午...

Chương (1)

第1章

私、新村妙(にいむら たえ)の本当のお母さんが、紅葉(もみじ)おばさんを刃物で刺して刑務所に入れられた。 その一件があってから、毎日午後三時になるとベッドの上でお父さんの泰成(たいせい)と「激しい寝技の練習」に熱を出していた紅葉おばさんが、私の新しいお母さんになった。 親戚や近所の大人たちはみんな、口を揃えて彼女を「本当によくできた奥さんだ」「前妻の子供にもあれだけ愛情を注いですばらしい」と褒めちぎる。 まるでテレビで特集でも組まれるような、誰もが涙する「理想の継母」だ。 私も、ずっとそう信じて疑わなかった。 だから、あの人が「窓から空に向かって飛んでいけば、天国にいる本当のお母さんに会えるのよ」と私に教えてくれたとき。 私はその言葉を信じて、あの人が産んだばかりの弟の湊斗(みなと)をしっかりと腕に抱きしめ、二人で一緒に窓から「天国」へと飛び立った―― 第1話 私、新村妙(にいむら たえ)の本当のお母さんが、紅葉(もみじ)おばさんを刃物で刺して刑務所に入れられた。 その一件があってから、毎日午後三時になるとベッドの上でお父さんの泰成(たいせい)と「激しい寝技の練習」に熱を出していた紅葉おばさんが、私の新しいお母さんになった。 親戚や近所の大人たちはみんな、口を揃えて彼女を「本当によくできた奥さんだ」「前妻の子供にもあれだけ愛情を注いですばらしい」と褒めちぎる。 まるでテレビで特集でも組まれるような、誰もが涙する「理想の継母」だ。 私も、ずっとそう信じて疑わなかった。 だから、あの人が「窓からお空に向かって飛んでいけば、天国にいる本当のお母さんに会えるのよ」と私に教えてくれたとき。 私はその言葉を信じて、あの人が産んだばかりの弟の湊斗(みなと)をしっかりと腕に抱きしめ、二人で一緒に窓から「天国」へと飛び立った―― …… それは週末の朝のことだったと記憶している。 最近、紅葉おばさんは産後の体調不良で胃の調子が悪く、しきりに口の中が気持ち悪いとこぼしていた。だから私は朝早くから、おばさんのために商店街のパン屋へ塩レモンパンを買いに出かけることにした。 いざ出かけようとした矢先、ベビーベッドの中で弟の湊斗が目を覚ました。あーあーと可愛らしい声を上げてぐずり始めたので、熟睡している大人の邪魔になってはいけないと思い、湊斗をそっと抱き上げて自分の部屋のベッドへ移した。 時計の針は、ちょうど午前7時を指していたと思う。 お目当てのパン屋は、うちのマンションの東口を出てすぐの場所にある。いつもなら週末の朝なんて閑散としているのに、その日に限って、マンションの入り口付近まで続くほどの大行列ができていた。 ようやく私の番が回ってきたときには、ちょうどお目当てのパンが売り切れていて、次の焼き上がりまで30分も待たされる羽目になった。 「週末の朝っぱらから、パン屋にそんな大行列ができていたって?」 二人の警察官のうち、若い方の小林刑事が、いぶかしげに眉をひそめてこちらを見下ろした。 私は当時の記憶を少しだけたぐり寄せ、静かに答えた。 「お父さんが言っていたんです。マンションの隣にあった古い商業施設を取り壊す工事が始まって、最近は朝早くから大勢の作業員さんたちが集まってきているんだって。学校帰りにあの建物のそばで遊んだら危ないぞって、お父さんからもきつく注意されていました」 「なるほど……続けてくれるかな」 そう言って頷いたのは、もう一人の警察官だった。40歳手前くらいで、日焼けした浅黒い肌をしている。先ほど小林刑事が、佐藤係長と呼んでいた男だ。 佐藤係長は私の言葉に、ゆっくりと先を促した。 私は、あの悪夢のような朝の出来事を再び頭の中に呼び起こした。 「やっとお目当てのパンが買えて、急いで家に帰ったときです」 何度も、何度も深く呼吸を繰り返す。 「私、見たんです……」 ふと、病室のドアにはめ込まれた擦りガラスに視線をやった。 ドアの外側で、ゆらゆらと不自然に揺れ動く人影が見える。 「紅葉おばさんが、湊斗の首を力いっぱい絞めようとしているところを!」 「この恩知らず!でたらめばっかり言って!」 病室のドアが乱暴に開き、紅葉おばさんがなだれ込んできた。 産後からまだ日も浅い紅葉おばさんは、血の気のない虚ろな顔で、ゆったりとしたマタニティパジャマを着ている。湊斗を失ったショックのあまり搾乳器を使うのを忘れているのか、パジャマの胸元には、溢れ出た母乳が丸く大きな染みを作っていた。 髪を振り乱して私に飛びかかろうとした紅葉おばさんを、間一髪で同室にいた看護師と刑事たちが押さえ込んだ。 「紅葉さん、息子さんを亡くして辛いのはわかるけど、この子まで死に追いやるつもりなの!?」 その鋭い一言に、暴れていた紅葉おばさんの動きがピタリと止まる。 その隙を見計らい、お父さんが無理やり紅葉おばさんの腕を掴んで、病室の外へ引きずり出していった。 私はいつの間にか、誰かの温かい腕の中にすっぽりと抱きしめられていた。 私を庇うように声を張り上げたのは、うちの隣に住む古川香織(ふるかわ かおり)おばさんだった。香織おばさんは、今私がいるこの病院の看護師長でもある。 私たちが部屋の窓から転落した今日の午後、ちょうど買い物から歩いて帰ってきた香織おばさんの目の前のコンクリートに、湊斗は叩きつけられたのだ。 香織おばさんは、痛ましいものを見るような目で私を見つめ、掛布団をしっかりと首元まで直してくれた。 「紅葉さんは、本当によくできた奥さんで、いい継母なんですよ。今日あんな痛ましいことが起きなければ、妙ちゃんに対してあんな風に激昂するような人じゃありません」 香織おばさんは私のベッドのそばに腰を下ろし、二人の刑事に向かって口を開いた。 「泰成さんと紅葉さんが一緒になるとき、周りはみんな反対したんです。前の奥さんは刑務所に入っただけでまだ生きていましたし、わざわざ自分から他人の子を引き取って、継母の苦労を背負い込むことはないって」 1年前。私の本当の母である葵(あおい)は、刑務所に収監された。 重いうつ病を患っていた母は、ある日精神的にひどく追い詰められた末に錯乱し、刃物で人を刺してしまったのだ。刺された相手の女性は一命を取り留めたものの、不幸にもお腹にいた子供は流産してしまった。 懲役3年の実刑判決。そう言い渡されて刑務所に入った母だったが、収監されて間もなく、自ら命を絶ってしまった。 紅葉おばさんは、確かに優しくていい人だった。 お父さんと同じ病院で働く同僚だった彼女は、決して身体が丈夫なほうではないのに、母がいなくなってからというもの、しょっちゅう我が家へ来ては私やお父さんの身の回りの世話を焼いてくれていたのだ。 だから、お母さんがお空へ旅立ってからわずか1ヶ月後。 お父さんと紅葉おばさんは、あれよあれよという間に入籍を済ませてしまったのである。 「妙ちゃん。お父さんが紅葉さんをもらってくれて、本当にご先祖様に感謝しないとね。 これからはもう、妙ちゃんを叩く人は誰もいないんだから」 お父さんと紅葉おばさんが再婚したその日。隣に住む香織おばさんは、私に向かってそう言って優しく笑った。 その通りだ。本当のお母さんが死んでから、理由もなく急に手を上げられるようなことはもうなくなった。 私は、お父さんと紅葉おばさんが幸せそうに寄り添う姿を見つめながら、自分でも気づかないうちに小さく頷いていた。 ベッドの横に座る香織おばさんの昔話も、そろそろ終わりかけていた。 話の内容は要するに、「紅葉おばさんがどれほど私に尽くしてくれたか」という美談のおさらいだ。 毎朝早くからキッチンに立ち、栄養満点の手作り弁当を欠かさず持たせてくれたり。私が数学を苦手としていると知れば、毎晩遅くまで起きて勉強を見てくれたり。 それこそ、実の父親以上に私のことを気にかけてくれていた。メディアで『理想の継母』として特集番組が組まれてもおかしくないくらいだ。 私は香織おばさんの言葉に、隣で静かに同調した。 「はい。紅葉おばさんは、世界で一番優しいお母さんです」 第2話 私の気持ちが少し落ち着いたのを見計らって、佐藤係長は手帳にペンを走らせてから、顔を上げてまっすぐ私を見た。 「続けてくれるかな」 私は紙コップの水を一口飲んでから、再びあの恐ろしい朝の記憶の蓋を開けた。 「私、とっさに飛びかかって、後ろから紅葉おばさんにしがみついたんです」 「時間は?」 「え?」 佐藤係長の眼光が鋭く光った。 「そのとき、君が家にたどり着いたのは何時だったと記憶している?」 「8時半、です」 佐藤係長はうつむいて手帳に何かを書き込み、先を促した。 「それで、湊斗を抱き寄せて、狂ったようにおばさんから引き離しました。 ……でも、怖かったんです。紅葉おばさんがものすごい力で襲いかかってきて、逃げ場がなくなって……気づいたら、窓枠のところに追い詰められていました。 わからないんです。どうしてそのまま、窓の外へ落ちてしまったのか……」 私は膝を抱え込むように体を丸め、両手で頭を抱え込んだ。無数の記憶の断片がフラッシュバックして、目の前を明滅する。 鬼のような形相で狂乱し、私に向かって何かを叫び立てる紅葉おばさん。あーあーと無邪気に笑う湊斗の顔。 そして最後。湊斗の小さな体が地面に激突したときの、あの鈍い音。 ――ドシャッ。 その響きが脳内で爆発し、激しく頭の中をかき乱す。 「お父さんが言っていたんです。紅葉おばさんは湊斗を産んでから精神的に不安定になっていて、産後うつなんだって。 だから私、すっごく気をつけていたんです。湊斗の泣き声が、おばさんのストレスにならないように。 あんなことなら、パンなんて買いに行かなきゃよかった。 私がもっと早く家に帰っていれば、こんなことには……」 止めどなく溢れる涙が頬を伝い、口の端に流れ込む。しょっぱくて苦い味が、口いっぱいに広がった。 胸の奥に分厚い綿を詰め込まれたみたいに、息苦しくてたまらない。 「私が……私が、湊斗を死なせちゃったんだ…… あんなに、あんなに小さかったのに……私の指を握って、あうーって可愛く笑ってくれてたのに……」 両手で覆った顔の指の隙間から、涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。 「学校の先生が言ってました。警察の人は、悪い人を捕まえるんだって。ねえ、私は……私が悪い人だから、捕まっちゃうんですか?」 泣きじゃくる私を、香織おばさんは痛ましそうに、ギュッとその腕の中に抱きしめてくれた。 若い小林刑事が、不憫に思ったのか少し顔をしかめ、ためらいがちに口を開いた。 「佐藤係長……相手はまだ、9歳の子供ですよ」 だが、佐藤係長の態度はどこまでも冷静そのものだった。 「妙ちゃん。さっき、家を出たのは何時だと言ったっけ?」 私は不意を突かれて一瞬戸惑ったが、頭の中の時間を巻き戻して答えた。 「7時、です」 「家を出る前には、何をしていた?」 「湊斗が目を覚ましたので、ベビーベッドごと私の部屋へ移しました」 「パン屋の列にはどれくらい並んだ?」 「30分です」 「家に帰ってきたのは何時だね?」 「8時、半です」 「……随分と、時間の記憶が正確だね」 人間の記憶というものは、大抵どこかであやふやになるものだ。 そもそも私のような9歳の子供が、本来ならここまで正確に時間を把握できていること自体がおかしかった。 佐藤係長は、まるで獲物のウサギを狙う鷹のように鋭い眼差しで、何も着けていない私の手首に目をやった。 「時計もスマホも、持っていないみたいだけど」 私は佐藤係長の目をまっすぐに見つめ返して答えた。 「紅葉おばさんがいつも言うんです。『時は金なり』だって」 「……」 「おばさんは私に『分刻みのタイムマネジメント』を徹底させています。だから、私は自分の行動にかかる時間を、頭の中できっちり管理できるようになりました。たぶん普通より、時間にはすごく敏感なんです」 「分刻み、だと?」 私はこくりと頷き、普段の生活を思い浮かべた。 「はい。たとえば、ご飯を食べるのは10分以内、お風呂は8分、トイレは3分、というようにです」 …… 佐藤係長たちが病室を出て行ったあと、私はそのまま病院に3日間入院することになった。 左腕はまだ分厚いガーゼでぐるぐる巻きにされている。転落したあの時、私は下の階の物干し竿に引っかかって難を逃れたけれど……湊斗は、私のこの左腕の隙間をすり抜けて、そのまま下へと落ちていった。 幸いなことに、私自身の骨には異常はなかった。 私が退院した日は、ちょうど湊斗のお葬式の日だった。 第3話 私たち家族3人は揃って黒い喪服に身を包んでいた。 紅葉おばさんは葬儀場のあちこちで床にへたり込み、すっかり声が枯れ果てるまで泣き叫んでいた。 私はそばに行って慰めたかったけれど、紅葉おばさんは私を視界に入れただけで、今にも首を絞めかかってきそうなほど強い憎悪の目を向けてくる。 仕方なく、私は部屋の隅に縮こまりながら、ただ黙って行き交う大人たちの姿をじっと見つめていることしかできなかった。 今日は、随分と人が多くて賑やかだな―― 弔問に訪れるのは、見知った顔のおじさんやおばさんばかり。お父さんと紅葉おばさんの結婚式に参列して、満面の笑みで拍手を送っていた人たちだ。 そして、かつてお父さんと本当のお母さんが離婚するかしないかで修羅場になるたびに、あーだこーだと口を出してきていた大人たちでもある。 事あるごとに集まってくるのは、決まって同じ顔ぶれの連中だった。 「紅葉さん、あまり思い詰めないで。湊斗くんのことは本当に不慮の事故だったのよ。 妙ちゃんはずっとあなたのこと、本当のお母さんみたいに慕っているじゃない。湊斗くんが亡くなったからって、その悲しみをあの子にぶつけるのは間違っているわ」 声をかけているのは、またしても香織おばさんだった。同じ病院で働く同僚であり、隣に住んでいるということもあって、紅葉おばさんの良き相談相手になっているのだ。 だが紅葉おばさんは、うつろな目で祭壇を見つめながら、ただうわごとを繰り返していた。 「私の湊斗……あの子、よく笑うようになって……ついこの間、やっと寝返りを打てるようになったばっかりだったのに……っ」 そこまで言うと、紅葉おばさんは激しくむせび泣き、そのまま床に崩れ落ちて気を失ってしまった。 お父さんが慌てて彼女を抱きかかえ、休ませるために奥の控室へと連れて行く。 ガランとした葬儀場に、私だけが取り残された。大勢の黒服の大人たちの中で、ポツンと立ち尽くす私の姿は酷く浮いて見えた。 「可哀想にねえ。あの方、前の奥さんの事件のせいで一度流産してるじゃない?あのとき身体にも相当ダメージがあったみたいだし、今回身ごもったのだって奇跡みたいなものだったのに。……産むのだって、随分と難産で苦労したっていう話よ」 「でも、まだ娘さんがいるじゃない。病院でもよくあの子の話をしてたわよ。本当の娘のように可愛がってるって」 「そうは言っても、あれは前の奥さんが残した子でしょう?結局、血が繋がっていないんだから、どれだけ尽くしたって……ねえ」 「聞いた話なんだけど……今回あの赤ちゃんが亡くなったの、あの娘さんが絡んでるんじゃないかって……」 私は昔から、耳がいい。 大人たちの無責任なひそひそ話が、まるで拡声器を通したように大音量となって、耳の奥にこびりついて離れない。 私は、さっきまで紅葉おばさんがへたり込んでいた焼香台の前に歩み寄った。 そして、お香を一つ、また一つとつまんでは香炉に落とした。 その時から、背中にずっと焼け付くような視線を感じていた。 ふと振り返ると、祭壇の奥にある控室の扉の隙間から、壁に寄りかかった紅葉おばさんが氷のように冷たい目で私を睨みつけていたのだ。 その呪詛のような視線の意味を思い知ることになったのは、深夜になってからだった。 ガチャン! 自室のドアが乱暴に開かれたかと思うと、紅葉おばさんが狂ったように飛び込んできた。 「あんたよ!あんたがわざと湊斗を殺したのよ!」 紅葉おばさんの両手が、私の首を恐ろしい力で締め上げた。 私はもがきながら、必死に紅葉おばさんの腕を押し返そうとする。 だめだ。 力が、入らない。 意識がプツリと途切れかけたその瞬間、首に食い込んでいた万力がふっと解けた。 間一髪のところでお父さんが駆けつけ、紅葉おばさんを力ずくで引き剥がしたのだ。 私たちが住んでいるのは病院の職員用マンションだ。深夜にこれだけ叫び声を上げれば、当然周囲の住民も目を覚ます。 もともと広くないリビングに、香織おばさんをはじめとするご近所の大人たちが大勢なだれ込んできて、部屋は息が詰まりそうになった。 「紅葉さん、辛いのは痛いほどわかるわ。でも、あれはただの痛ましい事故なのよ」 「そうよ、紅葉さん。あなた、妙ちゃんのことあんなに可愛がってたじゃない。あの子が湊斗くんを害するわけないわ」 「紅葉さん、精神科の三上先生のところへ行きましょう。最近ずっと気が立っていたのは知っているわ。明日、私が付き添うから……ね?」 おばさんたちが口々に慰めの言葉をかける。 けれど、紅葉おばさんは私から絶対に目を離さなかった。 その目は血走り、不気味に赤く充血している。 当然だ。 紅葉おばさんは直感で悟り、確信しているのだ。 私には、今回の「事故」を引き起こすだけの、十分すぎる動機があるのだと。 第4話 学校で授業を受けていた私は、またしても警察に連れ出され、話を聞かれることになった。 なんでも、紅葉おばさんが朝一で警察署に出向き、自ら自首したというのだ。 自首の内容は、お父さんと結婚してからのこの一年間、私に行ってきたありとあらゆる「虐待」の告白だった。 「栄養満点の手作り弁当」の美談の裏側。それは「将来困らないように料理を教える」などという名目で、毎朝まだ暗いうちから私を叩き起こし、氷のように冷たい水で米を研がせ、一人で何種類ものおかずを作らせるという苦行だった。少しでも味が薄かったり焦がしたりすれば、その日の食事は丸一日抜きにされた。 「夜遅くまでの数学の勉強」の実態は、何万粒もの大豆や小豆、緑豆を一つのボウルに混ぜ合わせ、それを種類ごとに仕分けして数を数えさせるというもの。一つでも数が合わなければ、延々とやり直しさせられ、終わるまで一睡も許されなかった。 そして「分刻みのタイムマネジメント教育」も、決められた時間内に家事や入浴をすべて終わらせられなければ、容赦なく給湯器の電源を切られ、真冬でも冷水を浴びせられるという罰だった。 などなど、数え上げればきりがない。 紅葉おばさんは昔から知恵が回り、狡猾な女だった。 決して私の体に殴る蹴るの痕は残さず、お父さんや近所の人、病院の同僚の目には「理想の継母」として映るよう、完璧に立ち回っていた。無類の世間体気質である。 あれほど名誉と世間からの評価を気にする女が、自ら築き上げた「完璧な継母」というレッテルをかなぐり捨ててまで、わざわざ警察に自分の虐待を並べ立てたのだ。 理由はただ一つ。 「自分は決して良い継母などではなかった」と証明するためである。 それは同時に「私には、弟を殺すだけの強烈な動機があった」という痛烈な事実を浮かび上がらせるためでもあった。 取調室のパイプ椅子に座った私の頭上からは、無機質で強烈な蛍光灯の光が降り注いでいる。 狭い密室で、対面には佐藤係長と小林刑事が座っていた。 「飲むかい?」 小林刑事が、温かいお茶の入った紙コップを差し出してくれた。 私がひどい虐待を受けていたことを知った直後だからだろう。小林刑事の瞳には明らかな同情の色が浮かんでおり、声色もこれまでになく優しかった。 「怖がらなくていいからね。紅葉さんがいきなりあんなことを言い出したから、念のため妙ちゃんにも確認しておきたかっただけなんだ。 これからおじさんたちがいくつか質問するから、嘘をつかずに、本当のことだけを教えてくれるかな」 私は紙コップを両手で包み込むように持ち、お茶を一口すすってから、おとなしくこくりと頷いた。 「一つ聞かせてほしい。紅葉さんが言うには、妙ちゃんはこれまで一度も朝ごはんを買いに行ったことなんてなかったそうだが……どうしてあの日に限って、わざわざパンを買いに行ったんだい?」 佐藤係長が静かに、しかし鋭く問いかけた。 「それに……君たち親子の関係は、君が自ら継母に尽くすような良好なものではなかったはずだ」 私は手元の紙コップを見つめながら、服の裾をきつく握りしめた。 「私……もう、本当のお母さんがいません」 ツンと鼻の奥が痛み、瞬く間に視界が滲んだ。 私はあふれそうになる涙を必死にこらえて、顔を上げ、すがるように佐藤係長を見つめ返した。 「近所のおばさんたちが言ってたんです。紅葉おばさんに新しい赤ちゃんが生まれたら、お父さんは私のことがいらなくなるかもって。 私、もうお母さんがいないのに……お父さんまでいなくなったら、どうやって生きていけばいいかわかりません」 涙で濡れた瞳で、まっすぐに。 「だから……私がいい子にして、たくさんおばさんの手伝いをして、おばさんに気に入ってもらえれば……私、この家を追い出されないで済むんじゃないかって……そう思ったんです」 「わかった。じゃあ、次の質問だが……」 佐藤係長が口を開きかけたその時。 バンッ! 突如として、取調室の重いドアが乱暴に開け放たれた。 廊下の眩しい蛍光灯の光が、薄暗い室内に鋭く差し込む。逆光の中に立っていたのは、顔を半分影に沈めたお父さんだった。 「もういい!これ以上、娘を問いつめるのはやめてください!」 お父さんの顔には濁った涙の跡が幾筋もへばりついていた。私を見つめるその目には、隠しきれない悲痛な色が浮かんでいる。 「妙、ごめんな。お父さんが悪かった。さあ、一緒に家に帰ろう」 お父さんは私の小さな手をしっかりと握りしめると、佐藤係長に向かって深々と頭を下げた。 「佐藤さん、私は今回の一件を不慮の事故だと信じています。妻のことも、娘のことも、私は自分の家族を信じています」 そのまま、私は手を取られて取調室を後にした。 「妙、ここで少し座って待っててくれ。お父さん、書類にサインしてくるから」 私はおとなしくこくりと頷いた。 お父さんがその場を離れ、ぽつんと廊下の長椅子に腰掛けて待っていると、目の前を二人の見知らぬ警察官が通りかかった。 「例の赤ん坊が転落死した家から、隠しカメラが見つかったらしいぞ。今、鑑識に回してデータを復元中だそうだ」 「本当か?映像が復元できれば、あの日の朝に何があったのか全部はっきりするわけだな」