元カノの結婚式で新郎役を演じた彼、さようなら

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元カノの結婚式で新郎役を演じた彼、さようなら

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神崎恭介(かんざき きょうすけ)と付き合って7年も経つのに、私・篠原葵(しのはら あおい)は一度も彼からプロポーズをされていない。 それど...

Chương (1)

第1章

神崎恭介(かんざき きょうすけ)と付き合って7年も経つのに、私・篠原葵(しのはら あおい)は一度も彼からプロポーズをされていない。 それどころか、招待された友人の結婚式に出席したとき、新婦・吉川莉奈(よしかわ りな)に腕を絡ませて笑っている新郎が、彼だったのだ。 「本物の新郎が式直前に逃げ出したんだよ。でも式は止められないから、俺が莉奈の手助けをしただけだ」 彼は必死になって言い訳をした。それでも、新婦を見つめる時の嬉しそうな様子は隠しきれていなかった。 「ほら、俺たちの式の練習になっただろ?お前も最高の結婚式にしたいって言ってたじゃないか」 確かにそうだ。私はいつか挙げる結婚式のために、5年間もかけて計画を練り上げてきた。 けれど今、彼がその身を置いているのは、私と歩むはずだった誓いの場ではない。莉奈の新郎として、彼女の隣に立っている。 私の結婚式は、もう絶対に幸せなものにはならない。 第1話 神崎恭介(かんざき きょうすけ)と付き合って7年も経つのに、私・篠原葵(しのはら あおい)は一度も彼からプロポーズをされていない。 それどころか、ある結婚式に出席したとき、新婦・吉川莉奈(よしかわ りな)に腕を絡ませて笑っている新郎が、彼だったのだ。 「本物の新郎が式直前に逃げ出したんだよ。でも式は止められないから、俺が莉奈の手助けをしただけだ」 彼は必死になって言い訳をした。それでも、新婦を見つめる時の嬉しそうな様子は隠しきれていなかった。 「ほら、俺たちの式の練習になっただろ?お前も最高の結婚式にしたいって言ってたじゃないか」 確かにそうだ。私はいつか挙げる結婚式のために、5年間もかけて計画を練り上げてきた。 けれど今、彼がその身を置いているのは、私と歩むはずだった誓いの場ではない。莉奈の新郎として、彼女の隣に立っている。 私の結婚式は、もう絶対に幸せなものにはならない。 会場は大盛り上がりだ。 まわりの招待客たちが楽しそうにグラスを持ち上げる。 「本当に恭介さんがいて助かったよ。そうでなきゃどうしようもなかったね」 「でもさ、彼と莉奈さんが並ぶとお似合いじゃないか。高校時代、有名な美男美女カップルだっただけのことはあるな」 噂話をしていた招待客の一人に、隣の人が小さくツッコミを入れた。 「声がでかいよ、いまの彼女が同じ席にいるんだから……」 相手は慌てて口を塞ぎ、声を潜めた。 「え、彼女も来ているのか。よくやるよな」 「でもあの上機嫌な笑顔は、絶対に莉奈さんとまたやり直したいって表情だよ。あれが演技に見えるか?」 ひそひそ話が、どうしても私の耳に滑り込んでくる。 恭介と一緒に7年歩んできたけれど、私にはプロポーズすらしたことがない。 なのに今、他の女の子の手をとって、永遠を誓い合っている。 私は手元にあるお茶をすする。 もうかなり前に冷めきったお茶は、胸が痛くなるほど苦い。 儀式自体が終幕に向かい、いよいよ挨拶回りの時間が始まる。 人だかりがざわつき、彼らを見上げる方向に目を向けてみた。 やはり。恭介は自分から進んで、莉奈から空のグラスを貰おうとしていた。 「残りは俺が飲んであげるよ」という風に、優しくグラスを奪ったのだ。 その光景を見た親族や友人たちが、ひゅうひゅうと声を上げて二人を囃し立てた。 莉奈は恥ずかしがりながら、恭介の肩をつついている。 その唇の動きは、「あんまり飲みすぎないで」と言いたそうに見えた。 それはこの世で最も温かい光景そのものだった。 もしあれが私の知らない人だったら、その仲睦まじさに喜んでいただろうに。 正面にいる席の招待客が、寂しそうに声を上げた。 「見ての通り、恭介さんの気持ちは全然ブレていないね。 当時はお互い若すぎて、どうしようもなかった。でもこれだけ月日が経っても、お互いが今も特別な存在だってことは、誰の目にも明らかだよ。 本当に何かの弾みで、元サヤに戻ったりするんじゃないのかな……」 私は小さく息をつき、静かに視線を戻した。 本当はアルコールが全然大丈夫でお酒がとても強い男だと、私は今日初めて気づかされたのだ。 それなのに、私は彼を想うあまり、無理をしてまで接待の酒を飲み干してきた。彼が潰れないように、身代わりになって…… いつも彼は座って見届けるばかりで、一度たりとも「やめていい」と口にすることはなかった。 悲しい事実のはずなのに、おかしなことに気持ちがスーッと引いていく感覚がした。 もう、どうでもいいか。 恭介の求婚を7年間ただ心待ちにしている間、彼はあっさりと莉奈の手を取っていたのだから。 7年もの歳月をかけて彼を想い続けた恋心は、皆からすれば、彼と莉奈の物語を彩るための「当て馬」に過ぎなかったのだ。 いい。もう自分を解放してやろう。 先にこっそりと帰ろうとして鞄を抱えたところで、二人の姿が目の前をふさいだ。 挨拶回りに訪れた、恭介と莉奈だった。 「篠原さん、こんなに素敵な結婚式をプロデュースしてくださって、本当にありがとうございます!お礼にぜひ、一杯を!」 莉奈が明るい声でお祝いグラスを寄こした。 お酒を見ていると、挙式になる直前の冷ややかな場面が不意に浮かぶ。 「式の最中はどうか余計な愚痴は言うなよ、お願いだからトラブルにするな」恭介は、私にそう約束させた。 私はなぜそこまで強いるのだろうかとも知らずに、承諾してしまっていたのだ。 まさか彼が、この結婚式の新郎だったなんて。 第2話 恭介は何も言わず、ただ無言で口を動かした。 [約束しただろ] 私は視線を戻し、笑顔で莉奈とグラスを合わせた。 「おめでとうございます。いつまでもお幸せに」 本心からそう願っていた。 だって、二人がこの結婚式でしっかりと結ばれてくれれば、都合が良いのだから。 莉奈は、口元を手で隠して嬉しそうに笑った。 けれど、恭介はきょとんとした表情を浮かべた。 莉奈はさらに数杯のグラスを交わしてきたが、最後には少し感傷的な様子を見せ始めた。 「もしあの人が去ったりしなければ、私の憧れの結婚式が叶っていたのかもしれないけれど……」 恭介は彼女の肩をそっと叩いて、優しい声で慰めた。 「あいつが逃げたのは損だよ。そもそも世の中には、分不相応な幸運なんて、最初から手に余るような連中もいるのさ」 莉奈は何も言わなかったが、恭介の肩に顔を預ける彼女の頬は少しずつ赤く染まっていった。 彼女はドレスの裾をきゅっと握り、小声で呟いた。 「でも、あなたが来てくれただけでも凄く嬉しかったわ」 周囲がまた冷やかし始め、二人は賑やかな人波に背を押されて次の席へと向かった。 莉奈の長いドレスの裾が、私の目の前からゆっくりと遠ざかっていく。 このウェディングドレスは、私が10軒ものウェディングドレスショップを駆け回って彼女のために選んだものだ。 ブライダルプランナーとして彼女の突発的な思いつきに付き合い、会場デザインを5パターン以上も書き直した。 アシスタント・二宮陽奈(にのみや ひな)は呆れ返って不満をこぼした。 「からかわれている気分ですか?言うことが真逆になって、これじゃ今までの苦労が全て台無しですよ」 私が言葉を挟む間もなく、出し抜けに恭介の冷たい声が響いた。 「お客様に満足してもらえるまで変更するのが、お前の仕事だろ?」 私が呆然と彼を見つめると、恭介はプランニングシートに目を落としながら、少し惜しそうに笑みを浮かべていた。 「完璧な結婚式にこだわりたいのは、どの女性だって同じだろ? 葵、お前はプロだ。そのことはお前が一番よく理解できているはずだろう」 ええ、理解できる。だがそれと同時に私は思い知らされていた。 彼はその気持ちを理解していながら、私にはいつ行われるかも分からない結婚式を、7年間もただ待たせ続けてきたのだ。 恭介の言った言葉の中で、一つだけ正しいことがあった。 そもそも世の中には、分不相応な幸運なんて、最初から手に余るような連中もいる。 突然スマホにメッセージが届いた。恭介からだ。 【お前のウェディングドレスに合わせるベールが決まってないよね?式が終わったら買いに行こう】 私はそれを読んでも返事をせず、鞄を持って席を立った。 外に出てしばらく歩いた頃、あるウェディングドレスショップからの予約通知を受信した。 これは恭介なりの埋め合わせのつもりなのだろう。 その瞬間、背後の式場の頭上に眩しいくらいの花火が上がった。 夜空に広がった大きなハートマークは、揺るぎない最愛の想いを象徴している。 これは、以前に私自身の結婚式のために心を込めて作ったプランの一部だった。 彼がたまたま見つけて絶賛し、今回、莉奈へのサプライズとしてそのまま使ったのだ。 私はスマホを開いた。新着の更新の一番上に、一つの投稿が表示された。 莉奈は、【私の好きという気持ち、やっと実を結びました!皆さん、お祝いしてください!】と投稿した。 添えられた写真は、結婚披露宴の華やかな雰囲気が並ぶ9枚の写真だ。 その下には、何人もの共通の友人からの祝福メッセージが寄せられている。 【え、本当に?学生時代の憧れの二人が復縁したなんて大感激!】 【うわ、驚いた!この間恭介さんに彼女がいるって噂があって、3組の篠原さんのことだと思ってたから。でも、本当によかった!】 【幸せそうで良かった!巡りめぐって元の場所に戻ったね。これからもずっとお幸せに!】 9枚の写真の真ん中にある、新郎新婦のロマンチックなキスショットが一際目を惹いた。 構図でごまかしてはいるものの、恭介の心はもうとっくに莉奈の方へ傾いていた。 私は画面をオフにし、深く静かに息を吐いた。 これほどまでに感情を込めた式だもの―― 私が彼に別れを告げたとしたら、恭介はきっと迷いもなく、それを受け入れることだろう。 第3話 結局、私はあのウェディングドレスショップへ足を運んだ。 あらかじめ予約していたドレスをキャンセルするためだ。 店長は仕事で何度も顔を合わせている、気心の知れた人だった。 彼女が言うには、ウェディングドレスは恭介のアカウントから申し込まれたものなので、私の一存では直接キャンセルできないらしい。 申請手続きが必要で、少し待たされることになった。 私は少し考えて、承諾した。 ほんの数時間待つくらい、彼と過ごした7年間に比べれば大したことではない。 ショップで深夜を迎えた今、とっくに式は終わっているはずだった。 やはり、恭介は現れなかった。 彼はきっと、私がいつも待っていることに甘えている。だから、数時間だろうと、数日だろうと、数年だろうと、平気で私を待たせるのだ。 腹を立てることもなく、私は店長からキャンセル手続きの書類を受け取ると、そのまま店を後にした。 「篠原さん」 店長が去ろうとする私を呼び止め、心配そうな顔で言った。 「急にキャンセルだなんて、何かあったんですか?」 私は首を横に振り、なるべく明るいトーンで返した。 「ただ、待つのに疲れてしまっただけなんです。もう終わりにしようと思って」 店長はきょとんとした表情を浮かべたが、それ以上は何も聞いてこなかった。 店を出た後、私はひとりで宛てもなく街を歩き回った。 家に戻ったときには、もう夜中を過ぎていた。 リビングの明かりがついている。驚いたことに、恭介が待っていた。 いつもは私が彼を待つばかりだったのに、まさか恭介が、私を待っているなんて。 普段なら、私は焦るようにして夜9時前には仕事を切り上げて家に帰り、夜食を作り、胃薬を用意して彼を待っていた。 そして彼はほとんどの場合、帰るなりすぐに眠ってしまった。 夜食を口にすることも、薬を飲むこともない。 もちろん、私に見向きもしなかった。 首を振って、過去の思い出を振り払う。 恭介は冷ややかな目を向け、トゲのある声で言った。 「何度もスマホに連絡したんだぞ。こんな時間までどこにいたんだ?」 「ウェディングドレスショップよ」 恭介は押し黙った。彼自身からベールを選びに行こうと誘ってきたことを、ようやく思い出したのだろう。 少しの間を置いて、彼はプレゼントの箱が入った袋を差し出してきた。 「これ、お前に」 袋には、有名なアクセサリーブランドのロゴが入っていた。 彼は今までに5回、この店でアクセサリーを買ってくれた。 そのうちの2回は全く同じデザインのネックレスで、色違いでもなかった。 「ありがとう」 私はそれを受け取ると、テーブルの端にほんと置いた。 恭介は眉をひそめた。「開けて見ないのか?」 「後で見るわ」 恭介は少し唖然とした後、立ち上がった。 彼の瞳に困惑の色が浮かぶ。私の冷めた態度が理解できないようだった。 「今夜約束を守れなかったのは、莉奈が飲みすぎてしまって、放っておけなかったからで……」 私は彼の言葉を遮った。 「いいの、説明しなくて大丈夫。分かっているから」 恭介はイライラしたように表情を険しくした。 「式の前に話しただろ?莉奈の彼氏が来られなくなったから、代わりを頼まれたって。 それなのに、何が不満なんだ?」 私はスマホで結婚式の式場のキャンセル手続きを進めながら、口元だけ動かして淡々と答えた。 「私の意見を聞くこともなく自分で決めたじゃない?恭介、それを相談とは言わないわ。 ただの事後報告よ」 恭介は言葉を詰まらせ、険しい表情で私を睨みつけることしかできなかった。 彼のその様子を見て、私は小さくため息を漏らした。 「恭介、私たち――」 「別れましょう」と言いかける前に、彼のスマホが鳴り響いた。 彼は渋い顔をして私を一瞥し、電話に出ると急ぎ足で玄関へ向かった。 「莉奈、今行くから。落ち着いて待ってろ……」 ドアが乱暴に閉まった。私は気にも留めず、ゲストルームに向かった。 久しぶりに、何事も考えずに深く眠った。 目が覚めたときには、朝の10時を過ぎていた。 恭介は一晩中戻らなかった。 第4話 私は恭介を待たずに、先にホテルへと向かった。 「篠原さん、本当にこの会場の予定をキャンセルしてしまうんですか?」 担当者は残念そうに言った。 「丸5年の時間をかけて作り上げた場所じゃないですか?細部までこだわり抜いていらっしゃったのに……」 「ええ、キャンセルでお願いします」 私はためらうことなく、書類にサインした。 担当者は私の後に続き、歩きながらため息をついた。 「トップのブライダルプランナーが、5年間かけて自分のためにデザインした結婚式場ですよ。 篠原さんのこのプランなら、そのまま売り出しても買い手が殺到しますよ」 私は小さく笑って、5年を費やして完成させた式場を見渡した。 シャンデリアに使うクリスタルだけでも、7軒もの店を自ら回って厳選したのだ。 テーブルクロスの生地を選ぶのには、17社ものメーカーのサンプルを比べた。 フラワーアレンジメントの配色も、6回もやり直した。 すべて、恭介の好みに合わせてデザインした空間だった。 プロポーズをされたら、彼にサプライズで見せてあげるつもりだったのだ。 だけど、恭介と結婚しなくていいのなら、今度は全部私の好みのままに作り直すことができる。 そう思うと、少しだけ楽しみが増えた気がした。 その時、背後から、がさごそと音が聞こえた。 振り向くと、そこには莉奈が立っていた。 恭介も彼女の後ろに控えていて、この会場を目にした瞬間、きょとんとした表情を浮かべた。 「この会場……すごく良いな」 彼は少し顔を上げて、素直に感嘆した表情で式場を見つめていた。 私は、フッと微笑んだ。 「すぐ、取り壊すけどね」 彼は眉をひそめて、私へと視線を向けた。 「どうしてだ?」 「新郎が浮気したの。もう式なんてするわけないでしょ」 恭介の顔から、一瞬にして表情が消えた。 彼は私の横顔を見つめ、何か言いたそうに唇を震わせた。 そこへ、莉奈が割り込んで、私の手を指さして声を上げた。 「篠原さん、ペアリング、外しちゃったんですか?」 それから彼女は恭介を見て、甘えるように言った。 「ねえ見てよ、恭介。私たちの結婚式が終わってすぐ、指輪を自分のものにはめ直したってことだよね。 でも、あっちもとっくに外してたなんて」 彼女はそう言うと、わざとらしく目をパチクリさせた。 その言葉に含まれた明らかな挑発のニュアンスは隠しきれていなかった。 案の定、刺激された恭介は、眉間にしわを寄せて私を問い詰めた。 「どうして俺たちのペアリングを外したんだ?」 だが、問いかけた直後、彼はあることに気づき、バツの悪そうな表情になった。 それもそのはずだ。昨日式が始まる前に、ペアリングを外したのは彼自身だったのだから。 彼と莉奈の結婚式の間、余計なトラブルになるのを防ぎたいという自分勝手な理由で。 しかもその指輪は未だに彼の手元にあり、私には一切返却されていなかった。 「家まで一緒に、取りに行こうか」と、彼はさらに言った。 言い終わった後、彼自身もばつ悪そうな表情を浮かべていた。 「いいえ、必要ないわ。午後は予定が入っているから」 すでに陽奈がキャンセルするウェディングドレスをまとめてくれていて、取りに来るよう連絡が入っていた。 このことさえ終われば、恭介との繋がりは、これですべて途絶えることになる。 …… 陽奈と約束していた場所へ行くと、ちょうど彼女が大きな段ボール箱を抱えて出てくるところだった。 「篠原さん、キャンセルするウェディングドレスの準備が整いました。挙式用のウェディングドレスに、お色直し用のカラードレス……」 私が軽く相槌を打つと、陽奈は本当に惜しむように呟いた。 「全部、一緒に一着ずつ選び抜いたドレスですよ。合わせるジュエリーを選ぶのだけでも、丸3日はかかりましたよね。 結婚式を私がお手伝いするのを楽しみにしていましたのに、まさか…… 篠原さん、本当にお式は中止にするんですか?」 「ええ、もうやらないわ。彼氏が裏切ったんだから、こっちもこんな無駄な式に用はないでしょ」 私はてきぱきと荷箱を抱えて歩き出した。その端からは、白いドレスの裾が少しだけはみ出ていた。 第5話 そのドレスの裾を見つめながら、私は2ヶ月前のことを思い出していた。あの時、恭介がウェディングドレスの試着に連れていってくれたのだ。 カーテンを開けた瞬間、店員たちが思わず息を呑んだ。 でも、恭介は一瞬だけ私に目を向けたが、すぐにスマホへと視線を戻した。 「うん、よく似合ってるよ」 ドレスの裾を握りしめ、私は立ち尽くした。少し離れた場所から見えた彼のスマホの画面では、莉奈にドレスのデザインを勧めていた。 あの日はまだ試着が終わっていないのに、彼は急用ができたと言って出ていってしまった。 私は長い間、ウェディングドレスショップのソファにぽつんと座り込んでいた。 今振り返ると、私はその時すでに決まっていたのかもしれない。 ハッと我に返り、段ボール箱を抱えて路肩へと歩みを進める。 すると、ふと視界の先に恭介が車の前に立っているのが見えた。 彼の隣に、なぜか莉奈の姿はなかった。 彼は私に気づくと、ふっと微笑みかけた。 「迎えにきたよ。一緒に帰ろう」 彼が差し出してきた箱をのぞくと、黄色いマンゴーが並んだケーキだった。 それは莉奈の好物だ。 私は苦笑いしながら彼に言った。 「私、マンゴーアレルギーなんだけど」 恭介はきょとんとした顔になり、慌ててケーキを車の後部座席に引っ込めた。 「ごめん、うっかり忘れてた……」 彼は慌てふためいていたが、私はもうどうでもよかった。 「家に戻るよね?」 彼はもう一度聞いてきた。 私は目の前に置いたドレスの箱を見つめながら言った。 「その前に、ウェディングドレスショップへ寄ってくれる?」 恭介はすぐに「もちろん」と頷いた。 彼はそう言って、自分から進んで箱を運ぶのを手伝ってくれた。 私は止めることもせず、そのままにさせた。 恭介は少し嬉しそうな様子で、何気なく尋ねてきた。 「このドレス、どうするつもりなんだ?」 正直言って、目の前の恭介にはものすごい違和感があった。 以前の彼は、私が家に仕事を持ち込むのを嫌がったし、手伝ってくれることもなかった。 彼が私の店に来たのは一度だけ、莉奈のためにイベントの企画を考えていた時だ。 「ドレス、もう要らなくなったから返品するの」 恭介は大きな箱を見つめ、少し表情を強張らせた。 「え?どうして返すんだよ」 私はただ静かに笑うだけで、何も答えなかった。 彼が固まっているのを見て、私から口を開いた。 「その店はここから近いから、そんなに時間は取らせないよ」 恭介は何かを言いたそうに喉を震わせたが、言葉にはしなかった。 ただ、さっきより丁寧な手つきで箱をトランクに積み込んでくれた。 ウェディングドレスショップに着くと、珍しく彼はスマホすら触らなかった。 ただ大人しく外で待って、私が店長と手続きをするのを見つめていた。 たまに目が合うと、きまり悪そうに小さく笑みを返してくる。 まるで、お互いにすっかりわだかまりが消えたかのようだった。 別れを切り出すには、今が一番のタイミングかもしれない。 私が口を開きかけた瞬間、莉奈が突然現れた。 彼女は恭介を外へと連れ出し、目を真っ赤にしながら何かを訴えていた。 恭介は大人しく聞いていたが、その表情には徐々に苛立ちが混じり始めていた。 彼は莉奈の言葉に相槌を打ちながらも、視線は何度も私のほうへと泳いでいた。 「はい、これでキャンセル手続きはすべて完了ですよ」 「ありがとうございます。お手数をおかけしました」 私が外に出ると、恭介だけが待っていて、莉奈はもうどこにもいなかった。 「長く待たせちゃった?」 恭介はすぐに「ううん、全然」と答えた。 その妙に他人行儀な態度に、私は内心で満足していた。 これからずっと、このまま距離を置いてくれればいい。 いや、むしろこれ以上はもう関わりたくない。 「ちょうどいい機会だし、伝えたいことがあるんだ」 恭介はコクンと頷き、伺うような目で見つめてきた。 私は淡い笑みを浮かべ、はっきりと言い放った。 「恭介。ドレスも式場も、全部キャンセルしてきたよ。別れよう」 恭介の顔から、笑みが完全に消え去った。