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私の人生はセット割のおまけじゃない
セット割、それは私に縁のない話のようだ。 彼氏の浅野駿(あさの しゅん)とデートをするたびに、なぜか最後にはいつも三人になってしまうの...
Chương (1)
第1章
セット割、それは私に縁のない話のようだ。
彼氏の浅野駿(あさの しゅん)とデートをするたびに、なぜか最後にはいつも三人になってしまうのだ。
「商店街の店、セット割やってるから早くおいでよ」
駿はそう言って、私の親友・小林柚葉(こばやし ゆずは)に電話をかけ、当然のように注文した。
知らせを受けて、柚葉がすぐにやってきて、駿の手からストローが刺さったアイスコーヒーを受け取った。
それから、二人はオンラインゲームの話で盛り上がり、言い争いながらも楽しそうだ。
私・一ノ瀬瑠璃(いちのせ るり)はレシートを握りしめた。どうやら今回の「セット割」も私には無縁で、私だけはいつも定価のものを注文させられてしまうのだ。
私が注文したものを受け取った時には、二人はもう店から出ていた。
私は大急ぎで二人に合流しようと、向かいの映画館へと向かった。
中に入ると、柚葉が駿に対してむくれていた。
どうやら駿のカードのセット割は二人分までらしく、私の分まで買えなかったらしい。
私を見かけた柚葉が焦ったように言う。
「瑠璃、急いで。チケットあと1枚買ってきて。あと10分で始まるよ」
そう言いながら、彼女はポップコーンを無理やり私に押し付け、はにかんで笑った。
「セット割のやつ、1つあげるから食べていいよ。
私と駿くんで1つあれば十分だし」
私は言葉を飲み込み、二人を交互に見た。
隣同士の映画チケット、お揃いのアイスコーヒーにスマホケース、チャームペンダント。
その瞬間、私はすべてを悟った。
二人には「セット割」がお似合いだ。なら、私から身を引くのが一番ね。
第1話
セット割、それは私に縁のない話のようだ。
彼氏の浅野駿(あさの しゅん)とデートをするたびに、なぜか最後にはいつも三人になってしまうのだ。
「商店街の店、セット割やってるから早くおいでよ」
駿はそう言って、私の親友・小林柚葉(こばやし ゆずは)に電話をかけ、当然のように注文した。
知らせを受けて、柚葉がすぐにやってきて、駿の手からストローが刺さったアイスコーヒーを受け取った。
それから、二人はオンラインゲームの話で盛り上がり、言い争いながらも楽しそうだ。
私・一ノ瀬瑠璃(いちのせ るり)はレシートを握りしめた。どうやら今回の「セット割」も私には無縁で、私だけはいつも定価のものを注文させられてしまうのだ。
私が注文したものを受け取った時には、二人はもう店から出ていた。
私は大急ぎで二人に合流しようと、向かいの映画館へと向かった。
中に入ると、柚葉が駿に対してむくれていた。
どうやら駿のカードのセット割は二人分までらしく、私の分まで買えなかったらしい。
私を見かけた柚葉が焦ったように言う。
「瑠璃、急いで。チケットあと1枚買ってきて。あと10分で始まるよ」
そう言いながら、彼女はポップコーンを無理やり私に押し付け、はにかんで笑った。
「セット割のやつ、1つあげるから食べていいよ。
私と駿くんで1つあれば十分だし」
私は言葉を飲み込み、二人を交互に見た。
隣同士の映画チケット、お揃いのアイスコーヒーにスマホケース、チャームペンダント。
その瞬間、私はすべてを悟った。
二人には「セット割」がお似合いだ。なら、私から身を引くのが一番ね。
私が背を向けて歩き出すと、駿が追いかけてきて腕を掴んだ。
「たかが映画のチケットくらいで怒るなよ」
駿はスマホ画面を突きつけ、少し冷たい口調で言う。
「買ってやればいいんだろ?もうすぐ始まるんだ、柚葉を待たせるなよ」
突きつけられて、私は座席番号を見つめた。4列目の5番。
二人は8列目の6番と7番。
駿は、ずっと気が付いていない。チケットがどうこうじゃない。
セット割で買ったチケットのペア席には私じゃなく、柚葉が座るべきだと駿が黙認していることこそが問題なのだ。
そう思って、私は聞き返した。「駿。恋愛映画を3人で見なきゃいけないなんて、変だと思わないの?」
そう聞かれて、駿は呆れたように口走った。「お前が見たくないって言うだけで見ないのか?柚葉はどうなるんだ?」
「駿くん、瑠璃をそんなに怒らないであげてよ。彼女が見たくないっていうなら、無理しなくていいよ」
柚葉が私たちに割って入り、いつものようにいい子ぶって取りなした。
案の定、駿は柚葉の手を引き、私に向かって冷淡に言った。
「俺は怒ってない。瑠璃がいきなり不機嫌になっただけだ。もういいや、勝手にさせておけ。もう入るぞ」
柚葉は唇を噛み、数秒ためらってから私に手を振った。
「じゃあ、瑠璃、先に寮に戻ってて。終わったら連絡するね」
残された私は入口のランプが消えるまで5分間立ち尽くしたが、電話が掛かってくることはなかった。
仕方なく、私はタクシーを拾い、大学へ戻った。
大学4年生になって、他の寮生はみんな退去していて、寮には私と柚葉しか残っていなかった。
心を静め、私はインターン先の先輩、斉藤雅美(さいとう まさみ)に連絡を入れた。
【斉藤さん、浅野くんと小林さんを東都本社の開発部に推薦するのを、辞退させてください】
すると、相手は驚いた様子で返信してきた。
【前まであれほどあの二人が枠に入らないとあなたも行かないなんて言っていたじゃない?
あなたを逃さないよう、私は会社に内定枠を増やしてもらうよう頼んだんだよ】
私は目を閉じ、あのセット割の品々を思い出して覚悟を決めた。
【すみません。考えを改めました】
夜の10時。映画が終わって7時間ほどが経っていた。
駿と柚葉が、笑い合いながら寮に入ってきた。
そして、柚葉が私の首に抱きついて甘えてきた。
「瑠璃、今日はずっとほったらかしでごめんね。
二人でケーキ買ってきたの。許してくれる?」
駿がブルーベリームースを私の前に置いた。
「最後の一つだったけど、柚葉が頑張ってゲットしてあげたんだぞ」
私は笑った。「ムースケーキなんて大嫌いなんだけど」
それは柚葉の大好物だ。
そう言われ、駿は眉をひそめた。「瑠璃、今日はずいぶんと荒れてるな。せっかくのデートなのに、お前の態度のせいで、俺がうんざりだよ」
そんな彼を私は見つめた。うんざりしてる割には、映画を見て、ご馳走まで食べてくる余裕があったのね。
おまけに、私の口コミアカウントを使って食後のレビューまで投稿していたなんて。
しかも、辛い物が好きな駿はあろうことか、柚葉のためにあっさり系の料理ばかりを注文していたのだ。
そう思っていると、柚葉が駿を小さく突っついた。
「駿くん、瑠璃は機嫌が悪いんだから、優しくしなきゃだめだよ」
「分かってるよ。お前がずっとブツブツ言ってたからな」
駿はそう言って、柚葉の頭を撫でて、彼女のデスクへと歩み寄った。
「前に見えにくいって言ってたな。新しいデスクライトを買ってやったよ」
この時、私は初めて気が付いた。駿が手にしていた袋に入っているのは、かつてのように私を喜ばせようとして買って来たものではなかった。
代わりに、柚葉のために買ってきた新しいライトが入っていたのだ。
それから、駿は熱心にライトの角度や明るさを調節してあげた。
ほのかな光に照らされた柚葉の笑顔が、ひときわ輝いて見えた。
私は目を潤ませるのを必死にこらえながら、本棚に吊るしてあったガラスの蝶を見上げた。
それは、駿が私に告白した時にくれた宝物だ。
設計図から色付け、焼き付けまで1ヶ月以上かけて作ってくれたものだった。
私が見つめていたら、不意に駿が手を伸ばしてそれを掴んだ。
彼は躊躇なくそれを柚葉の新しいライトに引っ掛け、自慢げに笑った。
「こう飾ったほうが可愛いだろ」
柚葉が私をチラッと見て言った。「瑠璃、これ、もらっちゃっていい?」
第2話
そう聞かれ、私は柚葉を見つめた。彼女の瞳はいつも潤んでいて、思わず守ってあげたくなるのだ。
思えば、入学当時の柚葉はのどかな地方出身で、おとなしく控えめで、可憐に見えた。
あの頃の私は、実家からの仕送りを断って、学費を自分で工面するひもじい生活を送っていた。
そんな時、柚葉はいつも「食べきれないから」といって、私に朝ごはんの差し入れをしてくれていた。
私の誕生日には、柚葉がそれまで貯めていた全財産をはたいて、スマホを贈ってくれた。
だから私も彼女のために何かしてあげたいと思った。
柚葉が学食を苦手とするため、私は彼女のために色々と食事を用意してあげた。
そんな日々が2学期間続くと、駿すら呆れて、「お前、あいつの身の回りの世話役かよ?」と言ったほどだ。
私は言い返した。「ただ世話をしたいわけじゃない。彼女を守ってあげたいの」
そして、柚葉も私を守ってくれていた。ある時、出先でトラブルに巻き込まれた際、彼女は私をかばって突き飛ばされ、骨折で3か月も入院した。
だから、私は大学生活で駿と柚葉に出会えたことを、一生の幸運だと信じていた。
その幸運が、今度はしっぺ返しになって返ってくるなどとは知らずに。
「好きにして」
冷たく言い放ち、私はスマホを掴んで寮を出ようとした。
一方、駿と柚葉はそのまま寮でゲームを始めた。
「駿、また彼女さんとお揃いだね」
仲間の茶化す声がスマホ越しに聞こえてくる。
「マジかよ、セット割でおそろいのアイテムなんてラブラブじゃない。もう羨ましすぎ」
立ち去り際、私には駿の屈託のない笑い声が聞こえた。
私がいない方が、あの二人は楽しそうだ。
街をあてもなくさまよい、私は夜中の12時過ぎに戻った。
寮へ戻ると、柚葉が電話をしているのが聞こえた。
「駿くんは、大手企業の開発部に内定が決まりそうだって。誰かを推薦できるなら、絶対私を推薦するって言っていたわ。
私って瑠璃と違って取り柄がないし、努力家じゃないし……」
そこまで聞いて、私はドアを勢いよく開けた。
驚いて、柚葉はスマホを隠し、怯えた顔でこちらを見た。
「瑠璃……どこ行ってたの?駿くんと一緒にずっと探してたのよ」
柚葉の横を通り過ぎる際、そのスマホの画面に駿からの未読メッセージが20件も並んでいるのが目に入った。
一方で私には、何一つ音沙汰もない。
駿と柚葉とのトークのピン留めを外し、黙って洗面所で顔を洗うと、私はそのまま布団に潜り込んだ。
翌朝早く、柚葉の姿はなかった。
私もまたお迎えのために寮を出た。
父が急遽地元からこの街に来て、どうしても私の大学を見たいと言ったからだ。
向かう道中、私は駿に電話をかけた。
「駿、お父さんとお義母さんがもう着くの。どこにいる?」
義理の母である一ノ瀬由恵(いちのせ よしえ)は事あるごとに私をこき下ろし、駿とは身分違いだと言っては私を侮辱するような女だ。
半年前、由恵が電話でそんな嫌味を吐いた時、駿は「卒業したらすぐに結婚する」と私に誓ってくれていた。
だが、今、電話の向こうで彼は黙り込んだ。
「瑠璃のところに行ってあげてよ。私は一人でなんとかなるから」
ふと、電話口から鼻声の混じった柚葉の声が漏れてきた。
すると、駿の声がこわばった。「柚葉が足首を捻挫したんだ。今医者に診せてる。少し時間を延ばしてくれないか?」
続いて、看護師が名前を呼ぶ声が聞こえてきて、駿はすぐに電話を切った。
柚葉のインスタを開くと、山道に重なった二人の足元の影が最新の投稿として表示されていた。
【私をか弱いってバカにするから、今に見てて、絶対に見返してやる……どうだ!これくらいじゃへこたれないんだから!】
どうやら、駿には柚葉と山登りをする時間はあっても、昨晩私が送ったレストランの場所を確認する時間すらないらしい。
それから、レストランで、由恵は嫌味を言い続けた。
駿を繋ぎ留める甲斐性がないと笑い、性格が悪いから誰とも上手くいかないと卑下した。
水が入ったグラスをテーブルに置き、私は席を立った。
それを見て、由恵が薄笑いを浮かべ、わざと聞こえるように言い放った。
「あれだけ粋がって、自分は実家を頼らなくてもちゃんと生活できるとか、金持ちの彼氏ができたとか豪語していたじゃない。
結局あの死んだ母親にそっくりね。能なしのくせに見栄っ張りなところだけは一丁前なんだから」
それを聞いて、私が由恵にお茶を浴びせると、頬に強烈な衝撃が走り、父から勢いよくビンタされたのだ。
さらに、追い打ちをかけるように、父は言った。「もうお前なんて娘として認めないから」
堪えきれず、レストランを出ると私はついに、堰を切ったように号泣した。
父を奪った由恵だけには、哀れな姿を見せたくなかったのに。
かつて駿は、私をかばって必ず見返してやろうと言ってくれてたのに。絶対に幸せになって見せつけよう、と。
それなのに、駿は今どこにいるの?
それまでの間、私は何度も【助けて欲しい】というメッセージを送った。けれど、【もう少し待ってて】という言葉しか返ってこなかった。
結局、私は駿の寮へ向かった。
ドアを開けると、駿の膝の上に柚葉の足を載せるような姿が視界に飛び込んできた。
私を見て、柚葉はあわてて足をひっこめたが、駿の手には薬が握られたままだった。
「どうして午後来なかったの?」
部屋を見渡すと、まだ明るいというのにカーテンは閉め切られていた。
柚葉がしどろもどろに言い訳をする。「瑠璃、健康保険証を大学に忘れたみたいで、駿くんが取りに走ってくれて……それで……」
「黙ってて!」
私は柚葉を睨みつけた。
すると、柚葉は目を潤ませて駿を突き飛ばし、足を引きずりながら部屋を出て行った。
駿は追いかけようとしたが、すぐに踏みとどまって私を抱きしめた。
「柚葉は大事な親友なんだろ?なんでそんなことで嫉妬するんだよ?
彼女は妹みたいなもんだし、ドジだから、放っておいたらどうなるか分かったもんじゃないだろ。
さっきの言い方は酷すぎたよ。あとでちゃんと謝っておきな。
明日は改めてご両親に挨拶しよう、な?」
彼から聞かされるのは柚葉の話ばかりだった。
ついに耐え切れず、私は駿を突き放し、「別れよう」という言葉が喉の奥まで込み上げてきた。
「駿、もう……」
第3話
「斉藤さんの誕生会、一緒に行くから」
駿はそう言って、早口で私を遮った。
彼は私の耳元にキスをすると、少し迷いながらも柚葉のバッグを手に取って外へ飛び出した。
その夜、私は寮で朝まで眠れなかった。
柚葉は結局戻ってこなかった。
翌日、私は一人でタクシーを拾い、雅美の誕生会へ向かった。
だが、着いた直後、駿が柚葉を支えるようにして現れた。
雅美は眉をひそめて、二人の贈り物を受け取った。
そして、私のそばに来ると、こう耳打ちした。「あの二人がお揃いで登場なんて。あなたは一人で来たの?」
私は唇を噛みしめて何も言わず、ただ黙り込んだ。
それから、柚葉は「エターナル・ラブ」と刻まれたブレスレットを腕につけ、自慢げに口を開いた。
「これもセット割がお得だったから、駿くんが私の分まで一緒に買ってくれたの」
そう言って、柚葉はわざとらしくブレスレットを外そうとした。
「いらない。あなたが付けておけば」
私は冷ややかに返した。
誕生会の途中、駿がゲームの席に呼ばれて席を外した。
柚葉はゆっくりと酒を啜り、酔った様子で急に私の耳元に近づいてきて言った。
「瑠璃、いつか駿くんと別れる気になったら、必ず教えてね」
私は目を丸くして柚葉を凝視した。
照明の光の中で、その瞳には隠しきれない強い欲望が渦巻いていた。
私は思わず鼻で笑った。「柚葉、あなたって本当に節操がないのね」
柚葉はうつむいたまま、長い睫毛を小さく震わせた。
「節操がないんじゃないの。私はあなたよりも現実的なだけよ。
瑠璃。私と駿くんが『ペア』なら、あなたは何なのかしら?」
「はあ?」
私は声を低くして言い返した。
だが、柚葉は歪んだ嘲笑を浮かべた。
「もちろん、余計な存在よ。つまり、あなたこそがこの関係で邪魔者だってことよ」
それを聞いて、私は抑え込んでいた怒りが込み上げてきた。それと同時に、積み重なった切なさが理性を打ち砕いた。
私はテーブルの上の氷のバケツを掴み、柚葉の顔に浴びせた。
「柚葉、いつからそんな恥知らずな女になったの?」
途端に、柚葉は金切り声を上げて泣き出した。「瑠璃、私と駿くんはそういう関係じゃないの」
それを見た駿は、駆けつけてきて柚葉を抱きしめ、怒りに震えながら私を怒鳴りつけた。「瑠璃、もういい加減にしろよ!」
「いい加減にするのはそっちよ!」
そう言ったものの、柚葉の背中を撫でおろす駿の手につけているお揃いのブレスレットが目に入って、鋭いナイフのように私の心を刺した。
「駿、本当に一線なんて越えてないって言い切れるの?昨日の夜、一体どこにいたの?」
駿は激高したものの、一瞬だけ視線を泳がせた。
「昨日の夜は確かに柚葉とホテルにいたよ。でもベッドは別々で、ただ寝てただけだ!
柚葉が怖がったから付き添っただけ。一線なんて越えてない」
そう言って、駿は柚葉を抱き抱えると、立ち去ろうとした。「瑠璃、もうわがままはやめろ。柚葉はただの妹分だって言っただろ」
怒りを堪えて、私は後を追ってそのまま出口まで行った。
すると、ピンクの車が私の横を通り過ぎようとしたのが見えた。
助手席に座った柚葉が窓を開け、隠していた嘲笑を見せた。
「瑠璃。この車だってセット割引でお得に買えたのよ。どう?いいでしょ?」
そう言われ、私は駿を睨みつけ、車について問いただした。
「俺が買ったんだ。柚葉の名前でな。
柚葉は怪我してるし、会社の勤怠は厳しいんだ。だから送迎を便利にしてやろうと思って」
駿はそう言って、何気ない様子だったが、私と目を合わせようとはしなかった。
ふと私は気が付いて、車のドアを叩いて問い詰めた。
「車を買う金、どこから出したの?
まさか、私たち共同の貯金から出したわけじゃないわよね!
駿、何か言いなさいよ!」
しかし、エンジンが唸りを上げ、駿はまるで逃げるかのように急発進して行った。
それから、呆然と倒れ込む私のもとに駆けつけた雅美が私を支えた。「瑠璃ちゃん、膝を怪我してるよ……」
痛みなど無視し、私はスマホを操作して銀行口座の残高を確認した。
案の定、駿と4年間貯めてきた結婚のためのお金が、跡形もなく消えていた。
どうしてあの金を……
私の実家の事情を知っていながら……私が休みのたびにダブルワークをこなしてきたことも知っていたはず。
だから、駿も私の負担を減らそうと、これまで帰省をせず、一緒に頑張ってくれたのに。
大学卒業後の結婚の約束は、ただの冗談ではなく、二人が努力で築き上げた未来への希望だった。
それが今日は、柚葉のためにあっさり使われてしまった。
第4話
それから丸1週間、駿と柚葉は大学に姿を見せなかった。
卒業記念の集合写真撮影の日、ようやく二人は遅れてやってきた。
駿は花束を抱えており、人混みを縫うようにして、私の方へ歩み寄ってきた。
それを見て、周囲の同級生たちが野次を飛ばした。
「わー!瑠璃ちゃん、大学4年間、一番見せつけてきたカップルがついに結ばれるのね」
「そういえば入学した頃、先生が出欠をとったときも、浅野くんが立ち上がってこう言ってたよな。『先生、こんにちは。瑠璃の彼氏です。付き添いで来ました』って!」
それを聞いて、周囲がさらにどっと沸き立った。
そんな中、駿は悠然とみんなとあいさつを交わした。だが、私が完全に無視を貫くのを見ると、彼はあっさりとその花束を柚葉の手に預けた。
それを受けて、柚葉が驚いた声を上げた。「ありがとう、駿くん」
一瞬にしてその場は静まり、気まずい空気が流れた。
駿は私を見つめ、低い声で言った。
「本社に、二人分の異動枠が確保できた。その内の一枠は柚葉にあげることにしたんだ。
お前はここで今の仕事を続けてろ。俺が東都で基盤を整えたら、結婚のことをまた考えよう。
これを俺からのお前への試練だと思え。合格できたら、東都で結婚してやるから」
それを聞いて、私は一瞬呆然とした。駿はなぜ自信満々に、私が待っていると確信できたんだろう?
一方、柚葉は口元を覆い、あどけない顔で信じられないといった風に目を丸くした。
「瑠璃、そうだったのね。私が本社へ異動できるのを知ったから怒ってあんなことしたの?
もしあなたがしたって分かっていたら、通報なんてしなかったのに……」
私ははっとした。「何?通報って?」
柚葉がスマホから動画を見せ、皆にさらけ出した。
そこには、彼女の車が傷つけられ、「アバズレ」と刻まれる映像が流れていた。
その監視カメラがとらえた映像には私が映っていた。
私は気がめいるとよく図書館裏の林へ息抜きに行く習慣があった。
駿たちの行方が分からなくなった数日間、私は確かにそこへいた。
「私じゃない!」
しかし、私がそう言い終える前に、パトカーがサイレンを鳴らしてやってきた。
「柚葉、私がやってないことを知ってるでしょ」
私は焦って、柚葉の手首を掴みかかった。
卒業間近なのだ。ここで前科を作るわけにはいかない。
でも、柚葉はまるで痛みを感じたかのように声を上げた。
すると、駿が私を引きはがした。その目から、心配の色も消えていた。
「瑠璃、柚葉のことがそんなに憎いか?いつからお前は、そんな恐ろしいことをする人間になったんだ?」
警察に肩を押さえつけられ、私は何も弁解できず、ただ呆然と口元を震わせるしかなかった。
それを見て、これまで私を買っていた先生さえも、溜め息混じりに首を横に振った。
「一ノ瀬さん、何をしているんだ?成績優秀者として表彰されるはずだったのに、これじゃ卒業できるかどうかもわからんな」
それに伴って、周囲からも嘲笑と、憐れみの視線が集まった。
私の頭がガーンと鳴り響き、視界も次第にぼやけていった。
ただ、柚葉の口元に浮かんだ、あの嘲笑だけが鮮やかに目に焼き付いた。
それから、私は警察署で供述をとられた。
警察は言った。「小林さんが和解を拒否しているので、もし、罪が確定すれば拘留15日間、さらに10万円程度の賠償になるでしょう」
私は力なく笑うしかない。銀行の残高は駿に使い切られ、10万円どころか、1万円さえ残っていない。
翌日、留置所から出ると、保釈にきてくれた雅美が車で待っていてくれた。
彼女は時計を見て言った。「本当に、サヨナラは言わなくていいの?」
私は黙って首を振った。
スマホには、駿からのメッセージ。
【瑠璃、今回はさすがにお前がやりすぎただろう。柚葉は昨晩、お前のことを心配して一睡もできなかったんだぞ】
【この面接は柚葉にとって重要なものなんだ。終わり次第、保釈しに行ってやるから】
【仕事についても心配はいらない。俺の父さんが経営者の知り合いだ。お前は犯罪歴が付いたわけだし、柚葉に謝る気があるなら、父さんのツテで口利きしてやるよ】
それ以外に、画面を辿ると、先月送られたメッセージがまだ残っていた。
そのメッセージでは、駿がこう書いていた。【瑠璃、開発部に入ったら籍を入れようね】
当時は期待で溢れていたが、今はただ、反吐が出そうだ。
寮へ戻り、私は全ての荷物をまとめた。
そして画面を睨みつけ、私は最後に短い言葉を送った。
【駿、別れよう!】
次の瞬間、駿の連絡先をすべてブロックした。
……
一方、正社員登用の発表会で柚葉と待っているとき、駿はなぜか得体の知れない不安に襲われていた。
会場が次第にざわつき、学生たちの元に採用結果の書類が届き始める。
柚葉は笑顔で文書を開いた。
しかし、結果を見た途端、彼女は血相を変えて叫び声を上げた。
「どうして?」
突如、駿のスマホに一通の通知が入る。
その内容を目にした瞬間、彼の瞳は驚愕で大きく見開かれた。