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離婚の先で、幸せを見つけました
あるパーティーで、神崎グループの御曹司は、本当に結婚したいのは、婚約者の私ではなく、親の再婚で妹になった一ノ瀬絵麻(いちのせ えま)だ...
Chương (1)
第1章
あるパーティーで、神崎グループの御曹司は、本当に結婚したいのは、婚約者の私ではなく、親の再婚で妹になった一ノ瀬絵麻(いちのせ えま)だと言い放った。
私は身を引き、長年思いを寄せてくれていた藤堂司(とうどう つかさ)と結婚した。
それから6年。幸せな結婚生活が続いていると信じていたある日、私にようやく子どもができた。
ところが妊婦健診で私に処方されていない、避妊作用のある薬を長期間摂取していた可能性を指摘される。
思い当たったのは、司が毎晩用意してくれた温かいミルクだった。
さらに、司が金庫へ大切にしまい、いつかプロポーズに使うつもりだと話していたダイヤモンドネックレスには、絵麻のイニシャルが刻まれていた。
私は愛されていたのではない。司は絵麻の将来を守るために私を一ノ瀬家から遠ざけ、6年もの間、愛情深い夫を演じていたのだ。
もう、自分を欺くのはやめよう。
手術同意書と、署名を終えた離婚協議書。
その2枚を手に、私は司との人生に終止符を打つと決めた。
第1話
「お嬢様、あれほど待ち望んでいた赤ちゃんなのに……本当に、手放してしまうんですか?」
「一ノ瀬美桜(いちのせ みお)さん」
看護師に呼ばれ、私は立ち上がった。
幼い頃から私の世話をしてくれた佐伯澄江(さえき すみえ)は、目を真っ赤にし、私の腕をつかむ手には力が入った。
「旦那様が知ったら、きっとお怒りになります」
私は澄江の手をそっとほどき、手術室へ向かった。
「怒るどころか、きっと喜ぶわ」
この子は、初めから彼に望まれていなかったのだから。
司と結婚して6年。子どもができないことを理由に、私は義母から散々責められてきた。
ようやく授かった命を手放すのが、つらくないはずがない。澄江は、この妊娠を私がどれほど待ち望んでいたか、ずっとそばで見てきた。
私は手にしたネックレスへ目を落とした。
司にもらった品の中では、いちばんささやかなものだった。それでも、私にとっては何より大切だった。
結婚した夜、司は自らこのネックレスを着けてくれた。
「美桜、君と結婚するのがずっと夢だった。これから先、何があっても俺が守る」
私は幼いころから、白い蓮の花が好きだった。だから司が、この蓮をかたどったネックレスを選んでくれたのだと思っていた。
あの頃は、一生をともにしたい人にようやく出会えたのだと信じていた。
ところが妊婦健診で、医師から思いもよらないことを告げられた。
「検査結果を見る限り、避妊作用のある薬を長期間摂取していた可能性があります」
頭の中が真っ白になった。
医師の言葉を聞いた瞬間、毎晩の光景がよみがえった。司は寝る前になると、決まって温かいミルクを用意し、「よく眠れるから」と私に飲ませていた。
私はずっと、司が気遣ってくれているのだと思っていた。
違った。彼は、私との間に子どもを望んでいなかったのだ。
優しさだと信じていたものは、すべて嘘だった。そう気づいた途端、胸の奥が冷たく沈んだ。
手術を終えて家に戻ってからも、澄江はずっとそばについていてくれた。
麻酔が切れるにつれ、下腹部が重く痛み始めた。
そのとき、不意に寝室のドアをたたく音がした。
「美桜、どうした?どうして鍵をかけてるんだ?」
ドアの向こうから、司の声がした。 心配しているようで、どこか苛立ちもにじんでいた。今にもドアをこじ開けて入ってきそうな勢いだった。
私は慌てて布団を引き上げ、痛みをこらえながら答えた。
「ちょっと体調が悪いだけ。今は顔を見られたくないの」
「具合が悪いなら病院へ行くぞ。注射も薬も嫌だからって、また我慢してるんじゃないだろうな。美桜、開けないならドアを壊すぞ!」
司がドアを蹴り、大きな音が響いた。
だが、廊下に誰かが近づいて小声で何かを告げると、その動きが止まった。司の秘書の声だった。
さっきまで何度も私の名を呼んでいた司の声が途切れたあと、ドアノブにかかっていた手が、ゆっくりと離れていく気配がした。
第2話
「美桜、急用ができた。すぐ戻る」
司が寝室のドアの前から立ち去る気配を感じた途端、張り詰めていた力が抜けた。冷や汗にぬれた手が、ベッドの上へ力なく落ちた。
藤堂グループでは名目上の役員にすぎない司に、夜中に飛び出すほどの仕事があるとは思えなかった。
きっと、また絵麻から連絡が来たのだ。
あの人は、絵麻のことになると周りが見えなくなる。今の私を気にかける余裕など、もう残っていないのだろう。
澄江は私を抱きしめ、声を震わせた。
「お嬢様、もう十分です。一ノ瀬家へ戻りましょう」
私はどうにか笑ってみせた。
「そうね。帰りましょう」
忘れかけていた。私はかつて、財界でも知られた一ノ瀬グループの令嬢だった。
司の妻でなくなったからといって、私の人生まで終わるわけではない。
むしろ、この家を出たほうが、きっと穏やかに暮らせる。
……
ミルクのことだけなら、まだ司を信じようとしたかもしれない。
6年間、私を大切にしてきた姿まで、すべて絵麻のための演技だったとは思いたくなかった。
けれど数日前、彼の書斎で偶然見つけたジュエリーケースを見て、もう信じ続けることはできなくなった。そのケースは、司が長年金庫にしまっていたものだった。
蓋の内側には「プロポーズ用」と記されている。もちろん、私のためではない。
中には、アイリスをかたどった特注のダイヤモンドネックレスが収められていた。留め具の内側に刻まれていたのは、絵麻のイニシャル「E.I.」だった。
思い返すと、さらに気持ちが冷めていった。
「もう離婚するしかない」
そう決めると、私の中の迷いは消えていた。
私は痛む身体を起こし、用意しておいた離婚協議書に署名した。
すると、これまで腑に落ちなかった出来事が、ひとつずつつながり始めた。
私と司が結婚式を挙げた日は、神崎グループの後継者、神崎晃(かんざき あきら)が絵麻と結婚した日でもあった。
私のベールを上げた司の目は赤かった。
「美桜、やっと君を妻に迎えた」
私は喜びの涙だと思っていた。けれど本当は、絵麻を別の男へ渡す苦しさを隠していたのだ。
昨年、晃のプール付きの別荘で開かれた、彼の誕生日パーティーでのこともそうだった。突然飛び出した猫に驚き、私と絵麻は同時にプールへ落ちた。
司は私が水を怖がると知っていた。それでも、迷わず絵麻のもとへ飛び込み、真っ先に彼女を抱き上げた。
あとで私の手を握り、こう説明した。
「絵麻は神崎の妻だ。助けておけば、神崎家にも恩を売れる。藤堂家のためだよ」
けれど、絵麻を見つめる彼の目には、隠しきれない思いがにじんでいた。
プールに落ちたときに水を飲んでしまい、私は肺炎を起こした。その後も、退院してから半年近く体調が戻らなかった。
今ならわかる。司の気持ちがずっと絵麻に向いていたと気づく手がかりは、あの頃からいくつもあった。見ようとしなかったのは、私だ。
それでも、今からならまだ間に合う。
来月は、いつも私を気にかけてくれた司の祖母、藤堂志津子(とうどう しづこ)の誕生日だった。せめてその日を祝ってから、藤堂家を出ようと思っていた。
深夜、司は酒の匂いをさせて帰宅した。
寝室へ入ってきた司は、私が自分名義の預金や不動産を整理しているのを見ると、こめかみを押さえながら怪訝そうに聞いた。
「美桜、急にそんなものを見て、どうしたんだ?」
顔を上げると、彼のシャツの襟に口紅が付いていた。
「別に。眠れないから、整理していただけ」
司はほっとしたように息をつき、いつものように私を抱き寄せようとした。
「最近は仕事が立て込んで、なかなか一緒にいられなかった。怒ってる?」
その目は優しかった。
ほんの一瞬だけ、やはり私を愛しているのではないかと思いそうになった。
第3話
下腹部に走った鈍い痛みで、すぐに我に返った。私は何も言わず、司の腕を避けた。
「忘れたの?きつい香水は苦手なの」
司の服から、絵麻がいつも使っている香水の匂いがした。
笑みをこわばらせた司は、慌てて上着を脱いだ。
「今日の会食に香水のきつい女性がいたんだ。席が近かったから、そのときについたのかもしれない。すぐ着替えるよ」
もう問いただす気力もなかった。私は背を向け、ベッドへ横になった。
司はしばらくクローゼットで待っていた。いつものように私が着替えを用意しに来ると思っていたのだろう。
やがて、苛立った声が飛んできた。
「今日は何なんだよ。さっきから不機嫌な顔ばかりして。香水の匂いくらいで、いちいち疑うなよ」
吐き捨てるように言って、部屋を出ようとした司の足が止まった。
廊下では、澄江が血の付いた部屋着のズボンを片づけようとしていた。
司の表情が変わった。澄江の腕をつかみ、問い詰めた。
「これ、美桜のだろ。どうしてこんなに血が付いてるんだ?」
澄江が答えに詰まると、司はズボンを奪い、寝室へ戻ろうとした。
そのとき、聞き覚えのある着信音が鳴った。絵麻からの電話だ。
画面を見た途端、司の顔色が変わった。
「美桜、悪い。どうしても行かなきゃならない」
司は血の付いたズボンをソファへ放り出すと、上着だけをつかんで、そのまま家を飛び出していった。
こんな時間でも、絵麻から呼ばれれば迷わず駆けつける。私が何を失ったか確かめようともせずに。
澄江が心配そうに私を見た。私は照明を消してもらい、そのまま目を閉じた。
……
朝になっても、隣に司はいなかった。
午前中、神崎家の前当主、神崎静江(かんざき しずえ)から、神崎邸へ来てほしいと連絡があった。
リビングへ入ると、背筋を伸ばして立つ司が見えた。その隣では、絵麻が泣いていた。
私に背を向けたまま、司は静江へ詰め寄っていた。
「晃は、絵麻を幸せにすると約束して結婚したはずです。それなのに、妊娠している絵麻を放って、ほかの女性との関係まで続けている。これが神崎家のやり方ですか?」
司は声を低くし、絵麻の肩を抱いた。
「このまま絵麻を傷つけるなら、藤堂家と神崎家の関係がどうなろうと、俺が連れて帰ります」
息が止まりそうになった。
使用人たちは気まずそうに目を伏せていた。中には、私の反応をうかがう者もいた。
覚悟していたはずなのに、目の前で絵麻を抱く姿を見ると、胸の奥が鈍く痛んだ。
静江は私に気づくと、司へ淡々と尋ねた。
「絵麻さんを守ることばかり考えているようだけれど、あなたにも妻がいるでしょう。一ノ瀬家の美桜さんと結婚するために、ずいぶん尽くしたと聞いているわ。あれほど仲のいい夫婦を演じておいて、美桜さんには何の気持ちもないの?」
私はその場に立ち尽くし、司の背中を見つめた。
司は私がいることに気づかない。絵麻をさらに強く抱き寄せ、ためらいもなく答えた。
「晃が一方的に美桜との婚約を破棄して絵麻を選べば、一ノ瀬家は黙っていない。絵麻を神崎家へ迎えるのも難しくなる。ただ、美桜が自分から身を引けば話は別だ。そう言ったのは、あなたでしょう。
だから俺は、一ノ瀬家を納得させるために、美桜を愛しているふりをして結婚したんです。すべては、絵麻が晃と結婚できるようにするためだったんですよ」
そう言い切ったあと、司は絵麻を抱いたまま振り返った。
私を見た瞬間、彼の顔から血の気が引いた。
「美桜……」
彼は唇を動かしたものの、その先の言葉は出てこなかった。