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似顔絵捜査官の夫の裏切りで息子を失った私
夫の神谷哲也(かみや てつや)は、指折りの似顔絵捜査官で、わずかな手がかりからでも犯人の似顔絵を描き出すことができた。もっとも、似顔絵...
Chương (1)
第1章
夫の神谷哲也(かみや てつや)は、指折りの似顔絵捜査官で、わずかな手がかりからでも犯人の似顔絵を描き出すことができた。もっとも、似顔絵捜査官といっても警察に所属しているわけではなく、個人の研究所を構え、警察から似顔絵捜査の委託を受けて活動している。
しかし息子である神谷辰樹(かみや たつき)が拉致された時、哲也が提示した犯人の似顔絵は、まったく無関係なホームレスを指し示していたため、結果として犯人を逃し、さらには息子の発見も遅れ、辰樹は命を失ってしまったのだ。
私・神谷凛(かみや りん)は三日三晩、遺体安置所で息子の亡骸のそばにいた。そんな私に、彼はメッセージを一通送ってきただけだった。
【凛、似顔絵にはもともと誤差があるし、たとえ拉致犯を見つけられたとしても、辰樹はすでに喘息の発作で亡くなってたと思うんだ。だから、お前は先に葬儀の準備をしてくれるか?】
だが、哲也の教え子である吉川萌香(よしかわ もえか)の投稿が、私の心を深く抉った。
【初めての似顔絵捜査でこんなに大きなミスをしたうえに、容疑者が映った監視カメラの映像まで消しちゃった。でも哲也さんが『俺が何とかする』って言ってくれたんだ。何があっても、哲也さんがいれば安心できる。
似顔絵を描いてるときなんか、すごく近くで優しく声をかけてくれて、何があっても怖がらなくていいって……もう哲也さんのこと、私だけのものにしたい!】
写真には、哲也が大きな手で萌香の手を包み込んでいる姿が写っていた。
そして、彼の薬指に光る指輪が、ひどく皮肉に思える。
胸が張り裂けるような思いで、私は哲也に電話をかけた。
「哲也、あなたは私の息子の命まで犠牲にして、可愛い教え子の尻拭いをしているの?」
電話の向こうの彼は、冷たく苛立った声で答える。
「凛、少し疑いすぎだぞ。事件と生活は別だろ?教え子がショックを受けてたから慰めただけで、それの何が問題だっていうんだ?
それに、そんな些細なことでいちいち騒がれたら、こっちだってやってられないよ。
これ以上余計なことで騒ぐな。俺の研究所の評判に関わるだろ?」
電話を切った私は、息子の遺体を見つめる。
「辰樹、お母さんが全員に償わせるからね……」
第1話
夫の神谷哲也(かみや てつや)は、指折りの似顔絵捜査官で、わずかな手がかりからでも犯人の似顔絵を描き出すことができた。もっとも、似顔絵捜査官といっても警察に所属しているわけではなく、個人の研究所を構え、警察から似顔絵捜査の委託を受けて活動している。
しかし息子である神谷辰樹(かみや たつき)が拉致された時、哲也が提示した犯人の似顔絵は、まったく無関係なホームレスを指し示していたため、結果として犯人を逃し、さらには息子の発見も遅れ、辰樹は命を失ってしまったのだ。
私・神谷凛(かみや りん)は三日三晩、遺体安置所で息子の亡骸のそばにいた。そんな私に、彼はメッセージを一通送ってきただけだった。
【凛、似顔絵にはもともと誤差があるし、たとえ拉致犯を見つけられたとしても、辰樹はすでに喘息の発作で亡くなってたと思うんだ。だから、お前は先に葬儀の準備をしてくれるか?】
だが、哲也の教え子である吉川萌香(よしかわ もえか)の投稿が、私の心を深く抉った。
【初めての似顔絵捜査でこんなに大きなミスをしたうえに、容疑者が映った監視カメラの映像まで消しちゃった。でも哲也さんが『俺が何とかする』って言ってくれたんだ。何があっても、哲也さんがいれば安心できる。
似顔絵を描いてるときなんか、すごく近くで優しく声をかけてくれて、何があっても怖がらなくていいって……もう哲也さんのこと、私だけのものにしたい!】
写真には、哲也が大きな手で萌香の手を包み込んでいる姿が写っていた。
そして、彼の薬指に光る指輪が、ひどく皮肉に思える。
胸が張り裂けるような思いで、私は哲也に電話をかけた。
「哲也、あなたは私の息子の命まで犠牲にして、可愛い教え子の尻拭いをしているの?」
電話の向こうの彼は、冷たく苛立った声で答える。
「凛、少し疑いすぎだぞ。事件と生活は別だろ?教え子がショックを受けてたから慰めただけで、それの何が問題だっていうんだ?
それに、そんな些細なことでいちいち騒がれたら、こっちだってやってられないよ。
これ以上余計なことで騒ぐな。俺の研究所の評判に関わるだろ?」
電話を切った私は、息子の遺体を見つめる。
「辰樹、お母さんが全員に償わせるからね……」
息子の遺体はすでに硬直し、小さな顔は灰白色に変わっていた。
つい2日前までは、遊園地に連れて行ってほしいと哲也にねだっていたのに、まさかもう二度と会えない存在になって帰ってくるなんて……
葬儀場の係員がやってきて、静かに問いかける。
「神谷さん、葬儀の際には保護者の方に立ち会ってもらうことになるのですが、辰樹くんに他のご家族はいらっしゃいますか?」
私は感情を失ったまま、首を横に振った。
「いません」
「では、辰樹くんのお父様は?」
身体が固まり、目には涙が滲む。
「彼は……忙しいみたいで……」
係員は一瞬戸惑い、信じられないという表情を浮かべた。
「自分の子供が亡くなったので、いくら忙しくても……」
その後も、葬儀のことを伝えようと思い、幾度となく哲也に電話をかけたのだが、一向に繋がらない。何度目か分からない電話をかけていると、突然安置所の扉が開き、哲也が入ってきた。
しかし、彼は辰樹の遺体を見ても、ちらりと一瞥しただけですぐに視線をそらし、険しい顔をしながら、私のほうへと歩いてきた。
「凛、辰樹が拉致されたこと自体は、誰も望んでいたことじゃないし、犯人も追い詰められて、どうしようもなくなったから、辰樹をクローゼットに押し込むしかなかったんだろう。俺たちもすぐに現場に向かったけど、見つけた時にはもう喘息の発作で、命を落としていたんだ。
たとえ今回の事件がなくても、別のきっかけで喘息の発作を起こしていた可能性は高い。だから、結果だけ見れば、あの子が苦しみから解放されたとも言えるだろ?
それに、この件を全部萌香のせいにするのは違う。あいつもこの件でかなりの罪悪感を感じてるから、今度会う機会があれば、ちゃんと謝ってやってくれ」
彼の口調は平然としており、微塵の悲しみも感じられなかった。
それに、こんな簡単にこの件を済まそうというのか?
萌香のインスタの投稿を見ていなければ、哲也の言葉を信じていただろう。
だから、息子の葬儀に来てほしくて何十回も電話したのに、一度も出なかったわけだ。
それから急に現れたかと思えば、まさか私に萌香へ謝れなどと言い出すなんて。
私は勢いよく顔をあげ、怒りに震えながら哲也を見つめた。
「苦しみから解放された?
辰樹はまだ8歳だったんだよ!あの子の人生は始まったばかりだったのに!
あなたは一流の似顔絵捜査官なんでしょ?なのに……なんでまったく関係ない人にたどり着くような結果になるの?」
一瞬言葉を失った哲也は、すぐに苛立ちで顔を真っ赤にした。
「凛、適当なことを言って話をややこしくするな!
似顔絵捜査は、もともと完璧に犯人を描けるわけじゃないんだ。お前が子どもを失って辛いのは分かるけど、もう少し冷静になってくれないか?」
彼は辰樹の遺体を指差し、あからさまな嫌悪感を口にする。
「辰樹はもう死んだ。こうして大騒ぎしたって、辰樹のためにならないだろ?
それに、わざわざ事を大きくして、世間に知らしめているのも、同情を集めて俺を責めさせるためじゃないのか?」
安置所が一瞬にして沈黙に包まれ、係員たちも衝撃を受けた表情で彼を見つめた。
哲也も自身の言葉が不適切だったと気づいたのか、わざとらしく咳払いをする。
「まあ、そういうことだ。辰樹が亡くなって辛いのは理解できる。でも、これは不運な事故で、誰もが残念に想ってるんだ。
だから、この件でいつまでも俺にあれこれ言うな。もしお前が寂しいなら、養子を取るか、それか……」
パシッ!
乾いた平手打ちの音が響き、哲也の頬には、赤々と手の跡が浮かび上がった。
私は手が震え、指先までもが痺れていた。
両親を不慮の火災事故で失ってしまった私には、誰も頼れる人がいなかった。
だがそんな時、哲也は私の前で膝をつき、涙ながらに約束してくれた。
「凛、一生をかけてお前を守り抜くよ。二度と辛い思いはさせないから」
辰樹はいつも哲也にべったりで、まだ幼い声で事件の話をせがみ、「大きくなったら、お父さんみたいにすごい似顔絵捜査官になるんだ」などと無邪気に話していた。
哲也も幸せそうな顔で、辰樹の頭を大切そうに撫でるのだ。
「辰樹もお父さんみたいになって、二人で一緒にお母さんを守るぞ」
彼は真剣な眼差しで辰樹と指切りをして言った。
「約束するよ、辰樹。何があっても、お父さんが二人を守るから。お前たちをこの世界で一番幸せにする」
それが今、息子の冷たくなってしまった遺体の前で、「別の養子を取る」などという言葉を平気で口にできるとは……
父親としても、人間としても最低だ!
哲也は自分が手をあげられた事実に唖然としていたが、次第に怒りが湧き上がってきた。
「お前!俺を殴ったのか?!」
目を見開いて私を怒鳴りつける彼は、今にも殴りかかってきそうな勢いだった。
第2話
私が事態を飲み込めないまま呆然としていると、彼と一緒に来ていた部下が、間に入ってくれた。
「哲也さん、奥さんは子供を亡くしたばかりなんですよ。少し落ち着いてください」
周りのスタッフたちも、慌てて彼をなだめ始める。
「そうですよ。奥さんが辛い思いをしているのに、手をあげるなんて駄目ですよ!
あなたもこの子どもの父親でしょう?なのに、まるで他人事みたいじゃないですか。
子どもがこんなに小さいのに、あなたは悲しまないばかりか、奥さんを責めるなんて……」
哲也は充血した目で、私を激しく睨みつけた。
「凛、お前……やってくれたな」
しかし、彼が続きの言葉を言い始める前に、携帯の着信音が鳴り響いた。
彼は苛立った様子で携帯を取り出したが、それが萌香からの着信だと分かると、さっきまでの怒りは一瞬で消え去っていった。
「どうした?」
すると、電話口から鼓膜が破れそうになるほどの、甲高い彼女の泣き声が漏れ聞こえてくる。
「哲也さん、どこ行っちゃったの?パソコンが急に動かなくなっちゃったんだけど、私どうしたらいいか全然わからなくて。戻ってきてちょっと見てくれない?
迷惑ばっかりかけてるってわかってる。でも、哲也さんにしかお願いできなくて……」
さっきまで私に向けられていた鋭い剣幕が嘘のように、哲也の声はとろけるように優しい。
「大丈夫だよ。すぐ行くから待ってて」
彼はそう言って電話を切ると、私を冷酷な瞳で睨みつけた。
「凛、何かあるなら俺の仕事が落ち着いてからにしてくれ。これ以上面倒ごとを起こすなよ!」
そう吐き捨てると、彼は一度も振り返らずに駆け出していった。
その足取りはあまりにも速く、まるでこの場に一秒でもいたくないと言わんばかりだった。
それどころか、白い布の下に横たわる、彼が一生守ると言っていたはずの我が子のことすら、一度も見ようともしなかった。
私はその場で固まり、爪が食い込むほど、力強く手のひらを握りしめる。
この痛みがなければ、今の私はきっと冷静さを保っていられなかっただろう。
その後、辰樹は灰となった。
葬儀が一段落したので、携帯を開いてみると、萌香が先ほどの投稿をいつの間にか削除していたことに気づいた。
そして新たな投稿が、30分前に上げられている。
【さっきの投稿で叩かれちゃった。でも哲也さんが一緒にいてくれたからもう大丈夫。それに、気分転換にって新作映画に連れてきてくれたんだ。このカチューシャつけてる哲也さん、本当ギャップ萌え】
私は胃の底からこみ上げてくる吐き気を抑えられず、そのまま膝に手をつき、その場で戻してしまった。
以前の私は、彼の評判が傷つかないようにと、いつも細心の注意を払ってきた。
しかし、今の彼は女を喜ばせるためなら、自分のイメージなんて平気で崩してしまうらしい。
私は辰樹の骨壷を胸に抱きしめ、苦笑いを漏らす。
そして、自分自身に問いかけた。
いつまで自分を誤魔化し続けるつもりなのか、と。
なんとか心を落ち着かせ、秘書に電話をかける。
「神谷犯罪心理研究所への出資はすべて引き揚げて。それと、共同プロジェクトもすぐに停止してちょうだい」
一瞬の沈黙があったあと、電話の向こうから困惑したような声が聞こえてきた。
「社長、本当に良いんですか?」
「ええ。すぐに進めて」
今後、あの研究所とは一切の関わりをもたない。
哲也がそんなに目立つのが好きだと言うのなら、そのままヒーローの役を演じ続ければいい。
どうせ家庭も子どもも妻も、彼にとってはただの服みたいなもので、必要ならいつでも脱ぎ捨てられるのだから。
それから、私は辰樹の骨をお墓に入れた。
帰宅すると、私は辰樹の遺影を本棚の前に置いた。辰樹は何よりも本を読むことが好きだったので、本棚に置いてあげれば、これからも彼が孤独を感じることはないと思ったのだ。
辰樹の部屋は亡くなった当時のまま。私は息子の上着を抱えたまま、ベッドに横たわった。
鼻先に残る微かな匂いで、まるであの子がまだここにいるような錯覚に陥る。
そしてそのまま、私はいつの間にか深い眠りに落ちていた。
突然、耳元で何度も聞いたあの声が聞こえた。
「お母さん!」
毎日のように呼ばれた、辰樹の声。
弾けるような笑顔でこちらへ駆けてくる辰樹が見えたような気がした。しかし、彼の口から吐かれる言葉は……
「お母さん。すごく冷たい……怖いよ……」
私はそんな我が子を思いきり抱きしめた。今すぐにでも、消えてしまうのではないかと怖かったのだ。
私は静かに涙を流す。
「大丈夫だよ。お母さんがいるからね」
しかし次の瞬間、彼の表情に絶望の色が浮かんだ。
「お母さん、こわいよ!
どうしてお父さんは助けに来てくれないの?
お母さん……ここは冷たいし……暗くて怖いんだ……」
辰樹の甲高い泣き声を聞きながら、代われるものなら代わってやりたいと思った。
息子を胸に抱き寄せようと、ありったけの力で手を伸ばす。
だがその瞬間、私は悲鳴を上げて、冷や汗とともに現実に引き戻された。
第3話
ふと視線を上げると、少し離れた場所に哲也が立っていた。
「食事にしよう」
私が何も答えないでいると、哲也は私の隣に腰を下ろした。
「凛、辰樹はもう死んでいるんだから、そうやっててもどうにもならないだろ?それに辰樹だって、お前がこんなふうに自分を追い詰めてる姿なんて、見たくないはずだ。
少し落ち着いたら、ゆっくりとこれからのことを話そう、な?」
その声は優しかったが、その瞳には微塵も温かみがなかった。
私は顔を背け、彼を無視する。
この男はいつだって理性的な考え方をし、まるで全てが彼自身と無関係なことのように振る舞う。
辰樹の父親だというのに、自分の子供の死についてこんなにも淡々と語れるなんて。
私はベッドに手をついて起き上がり、哲也を辰樹の部屋から追い出すため、ドアの方まで押していった。
しかしドアを開けた瞬間、そこに萌香が立っていたのだ。
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けながら、彼女の手首にはめられている銀のブレスレットを、食い入るように見つめた。
それは、私が辰樹の誕生日プレゼントにあげたもの。
どうして彼女が……
萌香も私の視線に気づいたらしいが、後ろめたそうな様子など一切なく、むしろそのブレスレットをひらひらと見せつけてきた。
「凛さん、目が覚めたんですね!」
「よせ」と哲也は萌香に対して少し顔をしかめ、振り向くと私に言い訳を始めた。
「近隣で火事があって、その巻き添えで萌香の家も住めなくなっちゃったんだ。急なことで行き場がないっていうから、とりあえず数日だけうちに来てもらったんだ」
辰樹が亡くなって数日しか経ってないのに。
この男はこんなにも早く、他の女を家へ連れて帰ってきたのか?
住む場所が見つからなくて困っているというのが嘘だとは、哲也だって分かっているはずだ。
怒りで呼吸することすら苦しくなり、部屋に戻ろうとしたそのとき、萌香が口元を押さえて小さく声を上げた。
「これが辰樹くんですか?こんな可愛い子なのに……亡くなってしまったなんて。本当にお気の毒です。
でも、凛さんって本当に強いんですね。私だったら、とっくに耐えきれなくなって壊れてたと思います」
萌香は辰樹の遺影をじっと見つめると、手を伸ばして触ろうとした。
その瞬間、私の心臓はギュッと締め付けられ、呼吸も荒くなる。
こんなわざとらしい演技はもう見飽きていた。
「出ていって!」と私は怒鳴った。「私の家から、出ていって!」
萌香はあたかも自分が被害者であるかのように、哲也の服を掴むと、今にも泣き出しそうな顔で彼を見上げた。
「ごめん、哲也さん。私、凛さんを怒らせちゃったかな……?」
哲也は激しく眉をひそめ、呆れた表情を浮かべる。
「凛、いい加減にしろ。萌香はお前のこと心配してくれてるっていうのに、そうやって八つ当たりするなんて……どうかしてるぞ」
私は爪が食い込むほど、力強く手のひらを握りしめた。
「黙って。あなたたちに辰樹のことを語る資格なんてあるの?」
目を赤く潤ませた萌香は、唇を小刻みに震わせている。
「凛さん、私のせいですから、哲也さんのことは怒らないであげてください。責めるなら私を……
あなたが私のことをよく思ってないことは知っています。でも、安心してください。タダでここに居させてもらおうなんて、考えていませんから。お金も払いますし、家事だって手伝います」
彼女はそう言いながら物を片付けるふりをして、わざと辰樹の遺影を倒した。
額縁がちょうど火の灯ったろうそくに触れ、瞬く間に炎が大きく立ち上がった。私は辰樹の写真が炎に飲まれ、焼けこげていくのをただ見ていることしかできなかった。
「あ、ごめんなさい!」
わざとらしく叫んだ萌香が、机の上にあったアルコールシートを写真に押し付けたため、炎はさらに燃え広がった。
その瞬間、私の世界は完全に崩壊した。
唯一の辰樹の写真だったのに……それがただの黒い塊になってしまった。
「何してるのよ!」
そう叫んだ私の声は掠れていた。そのまま机の上にあったカッターナイフをつかみ、萌香に向かって突っ込んでいく。
しかし哲也が素早く反応し、私の手首を掴み上げた。
カッターの刃が萌香に届く直前、彼に止められてしまったのだ。
「凛、何考えてるんだよ!
殺人は犯罪だぞ!」
何としてでも萌香を引き裂きたかった私は、狂ったように暴れた。
「哲也、まだこの女をかばうの?私たちの子供をあんな目に遭わせたこの女を、どうして庇えるのよ!」
唇を噛み締めすぎて、口の中には鉄の味が広がる。
そしてカッターを持った手を振り上げた瞬間、哲也の腕に深い切り傷をつけてしまった。