偽りの独占欲にさよなら。もう「幽霊彼女」をやめます

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偽りの独占欲にさよなら。もう「幽霊彼女」をやめます

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私には、ひどく独占欲の強い彼氏がいた。 7年付き合ってきた江坂悠真(えさか ゆうま)が、口癖のように言っていた言葉がある。 「君がかわい...

Chương (1)

第1章

私には、ひどく独占欲の強い彼氏がいた。 7年付き合ってきた江坂悠真(えさか ゆうま)が、口癖のように言っていた言葉がある。 「君がかわいすぎるから悪いんだ。誰かに取られたくない。だから、ほかの男には見せたくない」 「なっちゃんはきれいだから、誰だって惚れる。ほかの男が少し見るだけでも、俺は嫉妬するんだ」 だから悠真は、私を自分の友人たちに近づけようともしなかった。 けれどある日、私は別アカウントで彼のSNSを見つけてしまった。 3年分、600件を超える投稿。 そこにあったのは全部、彼と別の女の子が過ごした日々の記録ばかりだった。 2人は旅先の街を歩き、山頂で願いごとをし、海外の街角で抱き合ってキスまでしていた。 最新の投稿は、海辺で撮られた写真だった。 大勢の友人たちに冷やかされ、歓声を浴びながら、悠真はその子にキスをしていた。 添えられた言葉は【愛する人は、世界中に見せびらかしたい】だった。 指先が震えた。 私は黙って画面を閉じ、南の町へ向かう航空券を予約した。 7年続いた恋も、終わらせると決めるのはほんの一瞬だった。 第1話 私には、ひどく独占欲の強い彼氏がいた。 7年付き合ってきた江坂悠真(えさか ゆうま)が、口癖のように言っていた言葉がある。 「君がかわいすぎるから悪いんだ。誰かに取られたくない。だから、ほかの男には見せたくない」 「なっちゃんはきれいだから、誰だって惚れる。ほかの男が少し見るだけでも、俺は嫉妬するんだ」 だから悠真は、私を自分の友人たちに近づけようともしなかった。 けれどある日、私は別アカウントで彼のSNSを見つけてしまった。 3年分、600件を超える投稿。 そこにあったのは全部、彼と別の女の子が過ごした日々の記録ばかりだった。 2人は旅先の街を歩き、山頂で願いごとをし、海外の街角で抱き合ってキスまでしていた。 最新の投稿は、海辺で撮られた写真だった。 大勢の友人たちに冷やかされ、歓声を浴びながら、悠真はその子にキスをしていた。 添えられた言葉は【愛する人は、世界中に見せびらかしたい】だった。 指先が震えた。 私は黙って画面を閉じ、南の町へ向かう航空券を予約した。 7年続いた恋も、終わらせると決めるのはほんの一瞬だった。 …… 航空券の予約完了メールが届いた瞬間、悠真からビデオ通話がかかってきた。 画面の中で、彼はホテルの大きな窓の前に立っていた。 彼は笑いながら、いつもの声で私を呼ぶ。 「なっちゃん、まだ起きてたの?」 あの600件を超える投稿を見た直後でなければ、私はきっと、その声だけで心が揺れていた。 すぐには答えられなかった。 悠真はいつものように、私をなだめるような甘い声で言った。 「寂しくなった?もう少し待ってて。こっちの仕事はもうすぐ終わるから、遅くても3日で帰る。お土産、買って帰るよ」 私はさりげなく聞いた。 「いま1人でいるの?」 彼の表情は少しも変わらなかった。むしろ、いっそう自然に笑ってみせる。 「もちろん、1人だよ。出張中は大人しくしてるって、約束しただろ」 そう言った直後だった。 画面の向こうで、女の子の笑い声がした。 悠真の笑顔が、一瞬だけこわばる。 彼はとっさにカメラを横へずらし、わざと面倒くさそうに言った。 「隣で同僚が会議しててさ。うるさいから、あとでかけ直す」 暗くなった画面を見つめたまま、指先の感覚がなくなっていった。 悠真は、自分の友人たちに私を会わせようとしなかった。 理由は、ほかの男に目をつけられるのが嫌だからだった。だから、彼の友人同士の集まりには行かなかった。 親しい友人の結婚式でさえ、彼はこう言った。 「なっちゃんがきれいすぎて、ほかのやつらに見せたくないんだ」 目の奥がじわりと熱くなる。 見なければいい。そう思うのに、指は止まらなかった。 私は彼のSNSをもう一度開き、あの写真をじっと見つめた。 写真の中での悠真は白いシャツを着て、海風に髪を乱されながら、彼女へ顔を寄せていた。 ようやく欲しかったものを手に入れた少年みたいに、幸せそうに笑っていた。 私とは7年も付き合っていたのに、彼は一度も、私との写真を投稿してくれなかった。 「なっちゃん、俺は、俺たちの生活を誰かに邪魔されたくないんだ」 「恋愛は2人のものだろ。わざわざ人に見せる必要なんてない」 「俺は独占欲が強いから、なっちゃんのよさを誰にも知られたくない」 昔の私は、その言葉を信じていた。 今ならわかる。 悠真は、愛を見せびらかせない人だったわけじゃない。 ただ、見せびらかしたい相手が私ではなかっただけだ。 投稿の下には、誰かのコメントがついていた。 【悠真、格好いい。付き合いはじめの頃からちゃんと公開してるもんな。もう3年だっけ?】 悠真はこう返信していた。 【彼女を曖昧な関係のままにしておきたくないから】 私はその一文を、ずっと見つめていた。 7年もそばにいたのに、彼は最後まで私を恋人として誰かに紹介してくれなかった。 私たちは一緒に暮らし、一緒に猫を飼い、一緒に笑ったり、泣いたりした。 それでも、彼のSNSに私はいない。 彼の友人たちも、私を知らない。 彼が世界中に見せたいほどの愛は、別の人に向けられていた。 私はまるで、彼がクローゼットにしまい込んだ古い服みたいだった。 きれいに畳まれ、静かに置かれたまま。表に出されることもなく、彼の都合でしまい込まれているだけの存在だった。 スマホがまた震えた。 悠真からのメッセージだった。 【なっちゃん、さっきは電波が悪くて】 【早く寝なよ。変な誤解しないで】 【なっちゃん大好きだよ】 私は返信しなかった。 私はクローゼットを開け、彼のシャツを一枚ずつかき分けた。 いちばん奥に、去年買った白いスカートが掛かっていた。 彼の誕生日に、私がそれをはいて、家で夕食を用意して待っていた日のものだ。 あの夜、彼は帰ってこなかった。急な残業だと言っていた。 けれどSNSには、その日、彼があの女の子とオペラ座でコンサートを聴いている写真が上がっていた。 添えられていた言葉は、こうだった。 【彼女の好きなものは、全部覚えてる】 私はスカートを出し、ゴミ箱へ放り込んだ。 それから、免許証、キャッシュカード、パソコン、数枚の着替えをまとめる。 7年も一緒にいたのに、持っていけるものは驚くほど少なかった。 持っていけないものは、もう欲しくもなかった。 第2話 悠真の最新のSNSに残っていた位置情報を頼りに、私はその海辺のホテルへ向かった。 タクシーに乗ると、私と悠真との共用口座から引き落としの通知が届いた。 悠真が数十万円を使っていた。 利用先はあるジュエリーショップだった。 数分後、悠真のSNSが更新された。 写真には、細い手首にダイヤのブレスレットをつけた女の子が写っていた。 添えられていた言葉は、【女の子は、お姫様みたいに大事にしてあげないと】だった。 私は自分の手首へ目を落とした。 そこには、薄い傷跡が残っている。 去年の冬、悠真が胃の痛みで寝込んだ夜、私は夜中に起きてお粥を作った。 そのとき、うっかり鍋の縁で手首をやけどした。 悠真はひどく心配し、私の手を両手で包んで、赤くなったところに何度も息を吹きかけてくれた。 「なっちゃん、もういい。これからは俺にやらせて」 けれど少し前、悠真がお粥の作り方を覚えていたことを知った。 ただし、それは私のためではなかった。 SNSに上がっていた写真には、熱を出したあの子のベッドのそばに座り、自分の手でお粥を食べさせている悠真が写っていたものがあった。 私が失ったと思っていた彼の優しさは、消えたわけではなかった。 ただ、その優しさを向ける相手が、私ではなくなっただけだった。 タクシーを降りたところで、悠真から写真が届いた。 写っていたのは、大きなカンガルーのぬいぐるみだった。 【なっちゃん、これ、かわいくない?買って帰るね】 私は写真を開いた。 ショーケースの中のぬいぐるみを写した写真だった。ガラスには、女の子の顔が半分だけ映り込んでいた。 彼女は悠真の肩に寄りかかり、髪を耳にかけながら、甘えるように笑っていた。 私はスマホをしまい、ホテルの中へ入った。 ロビーでは貸し切りのパーティーが開かれていた。 入口には白いバラとシャンパンタワーが並んでいる。 横断幕には、こう書かれていた。 【江坂悠真さん、水瀬莉奈さん 3周年おめでとう】 水瀬莉奈(みなせ りな)。彼女の名前だった。 ロビー中央のスクリーンには、悠真とその女の子の写真が繰り返し映し出されていた。 どの写真の中でも、悠真は心から楽しそうに笑っていた。 自分だけが場違いな場所に迷い込んだような気がして、私は入口に立ち尽くした。 ふと、先月のことを思い出した。 私が悠真に、カップルの写真を撮りに行きたいと言ったとき、彼はこう言った。 「なっちゃん、俺、写真撮られるの嫌いなんだ」 けれど今、スクリーンに映るどの写真も、悠真はカメラを見て笑っていた。 白いスカートをはいた女の子が、エレベーターから駆け出してきた。手には、押しつぶされて少し曲がった誕生日の冠。 後ろから悠真が笑いながら追いかけてくる。 「もう、来ないで!」 彼女は頬を赤らめ、乱れた髪を押さえながら振り返った。 「せっかくのメイクが崩れちゃったじゃない」 悠真は追いつくと、慣れた手つきで冠を直してやった。 「悠真」 かすかに震えた私の声が、海風に乗って会場の中へ流れた。 悠真は私を見るなり、顔色を変えた。 反射的に、莉奈の肩を抱いていた手を離す。 莉奈が私を見た。 「悠真、この人は?」 彼女の声は小さく、おびえた小鹿のようだった。 悠真はすぐに彼女の方へ顔を寄せ、なだめるように言った。 「ただの友達だよ」 7年付き合ってきた日々。 3000日近い時間。 数えきれない喧嘩と仲直り。 それらは最後に、彼の口の中で「ただの友達」になった。 きっと泣くと思っていた。 けれど不思議なことに、涙は一滴も出なかった。 人は本当に限界まで傷つくと、声すら出なくなるのかもしれない。 私はスマホを取り出し、アルバムを開いた。 「私は、江坂悠真の彼女です。付き合ってからもう7年です」 私はスマホを掲げた。 最初の写真は、大学の新歓ライブだった。 悠真がステージでギターを弾き、歌い終えたあと、全校生徒の前で私に告白した。 2枚目は、私たちが卒業した年。 悠真は初めての給料を全部使ってネックレスを買い、不器用な手つきで私につけながら、いつか必ず幸せにすると言った。 3枚目は、私が40度の高熱を出した夜。彼は私を背負って病院へ駆けつけ、目を真っ赤にしていた。 4枚目は、去年の大みそか。私の実家の台所で、悠真は粉だらけの手でそばを打ち、両親に向かって言った。 「ご安心ください。夏海さんのことは、僕が一生大切にします」 動画も一つずつ再生して見せた。 悠真の顔は、段々と血の気が引いた。 莉奈も呆然としていた。 画面の中の若い頃の悠真を見つめながら、彼女は涙をぽろぽろこぼしている。 「とっくに別れたって言ってたよね?」 悠真は喉を動かしただけで、何も言えなかった。 周りにいた人たちが、ようやく状況をのみ込んだように、気まずそうに口を開いた。 「先に付き合っていたからって、その愛が本物とは限らないでしょう」 「そうだよ。悠真と莉奈ちゃんの3年だって大変だった。本当に愛し合ってるんだし」 「悠真を本当に愛してるなら、譲ってあげてもいいんじゃない?」 「7年だから何?公にされていないほうが、むしろ浮気相手みたいなものじゃない?」 第3話 悠真の仲間たちは、口々に私を責め立てた。 その間、悠真は涙をこぼす莉奈を、小さな声でなだめていた。 全身が冷えていく。あまりの屈辱に、息をするのも苦しくなった。 私が立っていられなくなりかけたとき、悠真はようやく莉奈から手を離し、こちらへ歩いてきた。 彼は声を低くした。 「なっちゃん、どうしてここがわかった?」 私は彼を見つめ、口元だけを少し動かした。 「なぜ来たのかじゃなくて、どうしてわかったかを聞くんだね」 悠真の眉がかすかに動いた。 彼が手を伸ばしてきた。 「ここで騒がないで、外で話そう」 私はその手を振り払った。 「私が何を騒いだの?悠真、あなたは私を7年隠して、彼女も3年騙したようだね。私はただ、みんなの前で一つだけ聞いてみたい。私は、あなたにとって何なの?」 悠真の顔から、少しずつ感情が消えていった。 昔から彼は、私の涙が何より苦手だった。 私が胃の痛みで動けなかったとき、夜中に車を走らせ、遠くの薬局まで薬を買いに行ってくれた。 熱を出した夜は、そばでずっと付き添ってくれた。 けれど今、私は全身を震わせているのに、彼はわがままを言う子どもを見るような目で私を見た。 悠真は私の手首をつかみ、ホテルの外へ連れ出した。 赤くなった私の目を見て、彼はため息をついた。 「篠原夏海(しのはら なつみ)、気づいたならもう隠さない。俺と莉奈は、3年前から付き合ってる。でも信じてくれ。俺が一番愛しているのは、ずっと君だ。結婚する相手は君だ。 でも莉奈とは、式だけ挙げてやりたい。あの子に償うつもりだと思って。莉奈は良くも悪くもまっすぐな子で、俺がいないと駄目なんだ。夏海ならわかってくれるだろ?」 あまりにもばかげていて、手足の先まで感覚が遠のいていく。 私は目の前の男を見つめた。 まるで、初めて会う人のようだった。 「どうして、そんなことが許されると思うの?」 悠真は小さく笑い、私の頬に触れた。 声は優しいのに、残酷だった。 「夏海、俺たちは7年も一緒にいたんだ。君が俺から離れられないことくらい、わかってる。 それに、俺たちはもうすぐ結婚する。だから怒らないで」 いつも同じことを言われた。 私たちのことを公にしてほしいと言ったときも、彼の友人たちに会わせてほしいと願ったときも、急に冷たくなった彼の態度に不安をぶつけたときも。 悠真はいつも、困ったように眉をひそめて、言った。 「そんなに責めないで」 まるで、私の不安も、寂しさも、ちゃんと選ばれたいと願った瞬間も、全部ただのわがままだと言われているようだった。 私は目を閉じた。 長い沈黙のあと、静かに口を開いた。 「わかった。責めない」 私が降りる。 悠真は満足そうに笑っては、私の額に軽くキスをした。 「やっぱり、なっちゃんはいい子だ。先に帰って。今夜は莉奈についていないと。あの子、気が強いからさ。今日のことで、ちゃんとなだめないといけない」 胃の奥からこみ上げる吐き気を必死に押さえ、私は背を向けた。 ホテルを出てすぐ、親友の高梨紗英(たかなし さえ)に電話をかけた。 あまりにもつらくて、いちばん親しい紗英に泣きつきたかった。 電話がつながり、私が「紗英」と呼んだ瞬間、涙がこぼれた。 今まで起きたことを、あれこれ話した。話せば話すほど声が震えた。 「紗英、私って、バカだよね。7年も付き合ってきたのに、誰も私が悠真の彼女だって知らなかったんだ。悠真のあの彼女でさえ、私を知らない」 電話の向こうは、しばらく沈黙が続いた。 電波が切れたのかと思ったとき、紗英が小さくため息をついた。 「やっぱり、知っちゃったのね」 私は固まった。 「どういう意味?」 紗英が軽く息を吸うのが聞こえた。 「莉奈は私の大学時代の同級生なの。私がきっかけで悠真くんと知り合ったの」 その瞬間、頭の中で何かが崩れ落ちた。 確か3年前、紗英は突然、海外にいる大学の同級生の話をした。 性格のいい子だから、悠真が出張で困ったときは連絡してみてもいいかもしれない、と。 私はそのとき、冗談めかして言った。 「あんまりきれいな子を紹介しないでよ。私、嫉妬するから」 紗英は私の肩を叩き、笑っていた。 「大丈夫。私は絶対、夏海の味方だから」 その言葉まで、はっきり覚えている。 「知ってたの?どうして教えてくれなかったの」 自分でもわかるほど、声が震えていた。 紗英の声は焦っていた。 「夏海、わざと隠したわけじゃないの。最初は、私もこんなことになるなんて思ってなかった。でも、莉奈は本気で悠真くんを好きになってしまったし、悠真くんにとっても、莉奈は特別な存在なの」 私は呆れて笑った。 「それで?」 「だから、どう言えばいいかわからなかったの」 私は目を閉じた。目の奥が熱くなり、涙がこぼれそうだった。 紗英は、私の一番の親友だった。 高校時代、私たちは寮の狭いベッドで、肩を寄せ合うようにして夜を明かしたこともある。 私が初めて悠真と喧嘩した夜、朝まで校庭を歩きながら話を聞いてくれたのも紗英だった。 悠真の起業がうまくいかなかった年、苦しい時期を一緒に越えられる恋は大切だと、私を励ましてくれたのも彼女だった。 なのに今、私は頬を強く打たれたような気分だった。 スマホを耳に当てたまま、紗英の声が遠くなっていく。 「夏海、お願い。気持ちはわかるけど、これ以上話を大きくしないほうがいいよ。莉奈は本当に素直で、とてもいい子なの。悠真くんとのこの3年、みんなが見てきたの。2人、すごく似合ってるよ。悠真くんの友人たちも、みんな莉奈のことが好きだし、莉奈は悠真くんのお母さんにも会ってるし」 私は息をのんだ。 悠真は、私を一度も彼の家族に会わせてくれなかった。 「なっちゃん、母さんは気が強いから。君が嫌な思いをするのは見たくない」 「そのうち、連れていくさ」 私はその言葉を信じて、ずっと待っていた。 けれど悠真は、莉奈をとっくに彼の家族に会わせていた。 私がまだ、その時が来るのを馬鹿みたいに待っていた頃に。私は誰にも見せてもらえない秘密だった。甘い言葉で包まれ、誰にも知られない場所へ隠されていた。 そして莉奈は、争う必要も、問い詰める必要も、待つ必要もなく、すべてを手にしていた。友人たちの祝福も、家族に認められることも。私の一番の親友が、彼女のために必死にかばってくれることさえ。 紗英は声をやわらげた。 「夏海、もうこれ以上、あの2人を困らせないで」 私は電話を切った。 もう、言葉が出てこなかった。 第4話 ホテルを出ると、父からメッセージが届いていた。 【悠真くんはいつ出張から戻るんだ?母さんが、結婚の話をそろそろ進めたいと言っている】 画面を見つめたまま、私はしばらく動けなかった。 この数年、私は家族にも嘘をついてきた。 悠真は忙しいだけ。 私を大事にしてくれている。 ただ、人前で愛情を見せるのが苦手なだけ。 何度もそう説明し、自分にも言い聞かせてきた。 けれどもう、言い訳を重ねる気力は残っていなかった。 私は母へ電話をかけた。声を聞いた瞬間、喉が詰まった。 「お母さん。私、悠真と別れた」 電話の向こうで、母は長いあいだ黙っていた。 責められると思った。どうして今さら、どうしてもっと早く言わなかったのかと。 母は、ただ静かに尋ねた。 「つらい?」 その一言で、涙があふれた。 私は道端にしゃがみ込み、声を殺して泣いた。母は何も聞き出そうとしなかった。 しばらくして、母は静かに言った。 「帰っておいで。夏海には帰る家があるのよ。お父さんもお母さんも、ちゃんといるから」 その夜、私は2人が同棲している部屋に戻り、最後の荷物をまとめ始めた。 夜明け前、悠真からメッセージが届いた。 【やっと落ち着いた。疲れた】 続けて、短いボイスメッセージも送られてきた。 「なっちゃんがここにいたら、今すぐ抱きしめるのに」 その声はひそやかで、まるで眠っている誰かを気遣うようだった。 私はベッドに座り、7年分のトーク履歴をゆっくり遡った。 優しい言葉は、たくさんあった。 夜中に遠い町まで行って、ショートケーキを買ってくれたこともある。 好きだと何度も言ってくれた。 しかし、過去の優しさは、今の裏切りを消してはくれない。 私は自分のSNSを開いた。 悠真からもらった花。 一緒に観た映画の半券。 やけどしながら作ったお粥。 彼が送ってくれた甘いメッセージ。 投稿を一つずつ削除していく。 悠真は、私の投稿に一度も「いいね」を押したことがなかった。 コメントを残したこともない。 まるで、私ひとりで恋人ごっこをしていたみたいだった。 朝になり、私はタクシーで空港へ向かった。 7年前、初めて手をつないだ日、悠真は真剣な顔で言った。 「なっちゃんは俺のだから、ほかの男を見るなよ」 その言葉に、私は頬を赤くして笑った。 彼の独占欲が、愛されている証拠だと思っていた。 7年ものあいだ、彼は私の存在を誰にも知られないよう隠し続け、その一方で、別の女の子を堂々と世間の前に連れ出した。 でも、もう彼を待つつもりはない。 搭乗を知らせるアナウンスが流れた。私は搭乗口の前でスマホの電源を切り、そのまま飛行機に乗り込んだ。 離陸する直前、窓の外に目を向ける。 少しずつ遠ざかっていく街を見つめながら、私はようやく静かに目を閉じた。 もう、誰かの都合で隠される恋人にはならない。