婚約者に裏切られた後、大富豪に溺愛された私

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婚約者に裏切られた後、大富豪に溺愛された私

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私・陸川遥(りくかわ はるか)は椎名律人(しいな りつと)と別れたあと、「大富豪」といわれる陸川孝之(りくかわ たかゆき)と結婚した。 つ...

Chương (1)

第1章

私・陸川遥(りくかわ はるか)は椎名律人(しいな りつと)と別れたあと、「大富豪」といわれる陸川孝之(りくかわ たかゆき)と結婚した。 つい先ほど、その孝之が彼自身の全財産を私名義に移すと言い出し、私は慌てて断ったものの、彼の真剣な思いに押し切られてしまった。そして彼は、愛があるからこそ、お金で示したいとも言うのだった。 そうすることで、私に誰にも頼らず生きられる強さを与えたいらしい。財産移転の手続きまで、わざわざ私の生まれ故郷であるA市で行うよう手配していた。 やむを得ず、私はA市で一番大きな法律事務所へ向かった。 予約名を告げようとしたその瞬間、背後から聞き覚えのある嘲笑が飛んでくる。 「おい。あれって昔、律人のことを必死に追いかけてた遥じゃないか? でも残念だな。律人はもう婚約してるんだから」 第1話 私・陸川遥(りくかわ はるか)は椎名律人(しいな りつと)と別れたあと、「大富豪」といわれる陸川孝之(りくかわ たかゆき)と結婚した。 つい先ほど、その孝之が彼自身の全財産を私名義に移すと言い出し、私は慌てて断ったものの、彼の真剣な思いに押し切られてしまった。そして彼は、愛があるからこそ、お金で示したいとも言うのだった。 そうすることで、私に誰にも頼らず生きられる強さを与えたいらしい。財産移転の手続きまで、わざわざ私の生まれ故郷であるA市で行うよう手配していた。 やむを得ず、私はA市で一番大きな法律事務所へ向かった。 予約名を告げようとしたその瞬間、背後から聞き覚えのある嘲笑が飛んでくる。 「おい。あれって昔、律人のことを必死に追いかけてた遥じゃないか? でも残念だな。律人はもう婚約してるんだから」 一瞬動きを止めた私は、ゆっくりと振り返る。 そこには見慣れた顔ぶれがいた。 大学時代の同級生たちだ。 そしてその中心に立つ男。 仕立ての良いスーツを身にまとい、その目元は冷ややかで、周囲を寄せ付けない冷淡な空気を漂わせている。 5年経った今でも、一目ですぐに分かった。 律人。 一瞬、その場の空気が静かになったが、次の瞬間には、彼らが一斉にざわつき始めた。 「まじで遥なの?じゃあ、あの格好はどういうこと?」 「エルメスにブルガリ?買えるわけがないから、どうせ偽物だろ?」 「ここは律人の法律事務所なのにな。そんな場所で、律人に金持ちアピールなんて、まじで笑えるんだけど」 馬鹿にするような笑い声が次第に大きくなっていく。 だがこんなことには、とうの昔に慣れ切っていた。 大学の頃から、彼らは律人の周りでいつも私を馬鹿にしていたから。 当時、私が律人に想いを寄せていることを知らない人はいなかったと思う。 私は律人に毎朝弁当を作り、彼の講義が終わるのを待ち、深夜まで図書館で勉強する律人に付き添った。 そんな私を律人は拒みもしなかったが、受け入れもしなかった。 39度の高熱を出した時でも、私は無理をして律人のスピーチ大会を見に行った。 大会後、倒れそうになっている私を見て、律人は淡々と言った。「試しに付き合ってみよう」 そうして、私たちは付き合うことになった。 付き合ってからも、律人の態度は相変わらず冷たかったが、それでも期末にはテストに出る箇所を教えてくれたし、私が眠そうにしていると、真面目な顔でこんなことも言った。 「ちゃんと勉強しないんだったら、キスするぞ」 他の女性が彼に手紙を渡そうとすれば、律人はその女性の前で私の手を握りしめる。「彼女がいるんだ」 私がバスケサークルのイケメンに見とれていると、律人はひんやりした手のひらで私の目を覆い、翌日には彼自身もバスケサークルに入って、「これからは俺だけを見ていればいい」などと言ってきたのだった…… だからこそ、あの頃は本気で律人も私のことが好きなのだと信じていた。 しかし、卒業が迫っていたあの時期。 律人の幼なじみである相沢結衣(あいざわ ゆい)が、私たちの大学に合格したのだ。 結衣と律人はあまりにも距離が近く、彼らといると、まるで自分がよそ者のように感じた。 私が文句を言わなかったわけではないが、私の機嫌が少しでも悪くなると、律人は眉をひそめ、苛立ちを含んだ口調でこう言った。 「遥、そういうの本当面倒くさい」 それでも、諦めきれなかった私は、自分があと少しだけ我慢すれば、いつかは律人も分かってくれるはず、そう思って耐え続けた。 そうやって、私は結婚式の直前まで耐え続けた。 しかしその日、飲酒運転で暴走したポルシェにはねられて、私の母が亡くなった。 その車を運転していたのが結衣だった。 私が警察に駆けつけた時、結衣は律人の袖にしがみつき、震えながら泣いていた。 「律人、わざとじゃないの…… 律人が結婚するのが辛すぎて……それで、飲み過ぎたらこんなことに……」 すると、律人が結衣を優しく慰めた。 「大丈夫だ。俺がついているから」 その瞬間、私は全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。 そしてその日の夜には、結婚式をキャンセルし、律人にも別れを切り出した。 律人は引き止めることもなく、長い沈黙の後、私にこう言った。 「結衣は妹みたいな存在だから、見捨てることなんてできないんだ」 母が亡くなった交通事故の裁判が始まると、律人は自ら結衣の弁護人を務め、さらには相沢家という後ろ盾も加わったことで、この酒気帯び運転による事故死は、ごく一般的な過失事故として処理されてしまった。 結局、結衣に下されたのは執行猶予だけ。 結衣が律人の胸に飛び込んで泣き叫ぶ。 対面する席に座っていた私は、母の命を奪った張本人が律人に守られる様を、ただ見ているしかなかった。 納得できなかった私と父は控訴を続けたのだが、結果が出る前に、父が病死してしまったのだ。 それに私も相沢家に目を付けられ、拉致された後に裸の写真を撮られた。 そして最後は逃げるように、この国から出たのだった…… 過去を思い出すと、急に吐き気がこみ上げてきた。 その場にもう1秒でもいたくなかった私は、彼らに背を向け、受付に言った。 「予約をキャンセルしてもらえますか?他の法律事務所に行きますので」 律人は私のブランドの服やジュエリーを、まるでゴミでも見るかのように冷たい視線で見下ろしてきた。 「そんなことをする必要はないだろ」 その傲慢な口ぶりは、あの頃のまま。 「みっともない」 私は律人を見返した。 かつて律人のために我慢し続けていた自分も、確かにみっともなかったなと、改めて思った私は、思わず笑ってしまった。そして、彼を相手にするのも面倒くさかったので、そのまま立ち去ろうと背を向ける。 すると、背後からまた下品な笑い声が追いかけてきた。 「律人に会いに来たんだから、素直になればいいのに!」 「もしかしてまだ未練があるとか?あんなにあっさりと結婚をやめたくせに?」 「今では律人もこの法律事務所のパートナーになって、金持ちの令嬢と結婚するから、さぞかし悔しいんだろな!」 そんな言葉の数々に、私はもう我慢の限界だった。 持ち物やアクセサリーを馬鹿にされるのは構わないが、律人に未練があるかのように思われるのだけは、受け入れられない。 過去のことを抜きにしても、律人には正直もう嫌悪感すらあるし、今の私には夫がいるのだ。 それに、大事な企業案件の会議がなければ、今日だって孝之が同行してくれていたのだから。 私は振り返り、静かに彼らを見つめた。 「二度とその汚い口をきかないで」 すると律人が少し目を細め、かすかに笑みを浮かべた。 「遥、28歳だろ?もう子供じゃないんだ。 俺の仕事場まで俺を探しに来たっていうのに、まだ認めないのか?そんなことをして何になる、ん?」 怒りが喉元まで込み上げてきて、もう平然を装うことはできなかった。 私は彼の目をまっすぐ見据え、低い声で伝える。 「夫がすべての財産を私名義に変更してくれるから、ここには法的な相談に来ただけ。 私があなたを追いかけてここに来たって言ってるけど、あなたなんて、私にとっては過去の汚点でしかないの。自意識過剰にも程があるんじゃない?」 私がそう言い終わるとフロアに衝撃が走り、数秒間、その場から音が消えた。 第2話 だがすぐに、まるでくだらない冗談でも聞いたかのように、律人が鼻で笑った。 「遥。嘘をつくなら、もう少しまともな嘘をつけ。 そんな馬鹿げた話、誰が信じると思ってるんだ?」 大学の同級生たちも律人の法律事務所に勤めているらしく、律人に続いて私を馬鹿にしてくる。 「本当にそうだぞ。どこかで車を借りて、エキストラでも雇えば、セレブな奥様になりきれるとでも思ったのか?」 周りからもくすくすというような静かな笑い声が聞こえてきた。 「びっくりさせるなよな。本当にいいとこへ嫁いだのかと思ったけど…… せいぜい、金持ちの年寄りにでも養われてるんだろ?」 私は怒りで全身が震えた。 言い返そうとしたその時、甲高い女性の声が響く。「遥!」 焦っているようなハイヒールの音が近づいてきたかと思うと、次の瞬間には、私の頬に強烈な痛みが走った。 パシッ! 叩かれた衝撃で頭が横に向き、耳鳴りもする。 目を赤く潤ませた結衣に詰め寄られ、襟元を力いっぱい掴まれた。 「まだ律人に会いにくるなんてどういうつもり!? もう私たちは婚約してるんだよ?なのに、なんでまだ律人のこと諦めてないわけ?!」 我に返った私は、反撃しようと手を上げた。 しかし、その手首が誰かにがっちりと掴まれる。 嫌でも忘れられないウッディ系の香水の香り。 律人だった。 彼が眉をひそめ、低い声で言う。 「遥、いい加減にしろ」 私は耳を疑った。 殴られたのは私。 それなのにこの男は、私を止めるのか? そんな律人を見て、結衣の目元に得意げな笑みが浮かぶ。 彼女は急に飛びかかってきて、私の髪を引っ掴んだ。 「遥、こんなことして恥ずかしくないわけ? 大学の頃からずっと律人に付きまとうだけじゃなくて、私と律人の間に、無理やり入り込んできてさ! もう何年も経つっていうのに、まだこんなところまで追いかけてくるの?」 尖った結衣の爪が、私の肌をかすめたかと思うと、また立て続けに平手打ちを食らった。 周囲の注目が一気に私へと集まる。 「うわっ……やば……」 「何年も経つのに、まだ律人につきまとってるのかよ」 「結衣がかわいそう」 私の顔のすぐ近くまでカメラを向けている人さえいた。 「ちゃんと撮れよ」 「こんな情けないストーカー女なんて滅多に見られないからさ」 「大学の時からこうやって律人のこと追いかけ回してたもんな」 「やっぱり尽くす女は捨てられるってことなんだよ」 周りのひそひそ話が波のように私へと押し寄せる。 髪の毛を引っ張られ、頭皮が焼けるように痛い。惨めさで立っていることさえままならなかった。 それなのに、律人は黙ったまま、結衣を止めようともしない。 結衣は殴り疲れたのか、律人に抱きついて目を赤く潤ませた。 「律人……私、すごく怖いの…… 遥にまた、律人を奪われるんじゃないかって……」 周りにいた律人の同僚たちがすかさず結衣を慰める。 「相沢さん、そんな心配しなくて大丈夫ですよ。椎名先生があんな女に関心を持つわけがないじゃないですか」 「そうですよ。椎名先生は幼い頃から相沢さんを大切にされてきたんですから」 「身の程知らずな人間って、本当嫌ですね」 私は突然、笑いがこみ上げてきた。 5年前。 結衣が私の母を轢き殺した時の律人も、今と同じで私の前に立ち、まるで悪いのは私だと言わんばかりに、結衣をかばい続けていた。 私はとっくに慣れるべきだったのだ…… 律人が見下すような瞳で私を見て、言い放つ。 「遥、今すぐここで結衣に謝れ。 今後二度と嘘をつかず、騒ぎを起こさないと約束するなら、今日のことは無かったことにしてやるよ」 私はただ律人を見つめ返した。 この男は何を言っているのだろう? 私は嘘もついていないし、付きまとってもいないし、騒ぎ立ててもいない。 なのになぜ、こんな扱いを受けなければならないのだ? 私は微笑んだが、目は涙で真っ赤になっている。 「律人、あなたって本当に穢らわしい」 そう言うや否や、私は思い切り、律人に平手打ちを食らわせた。 第3話 律人の白い肌には、すぐに鮮明な指のあとが浮かび上がった。 律人は無反応だったが、結衣がすぐさま怒り狂う。 「何すんのよ!」 叫び声を上げた結衣は、テーブルにあったコーヒーを私に向かってぶっかけた。 咄嗟に顔をかばったが、腕にはかかってしまい、焼けるような痛みに、私は思わず顔を顰めた。 腕はすぐさま赤く腫れ上がり、水膨れができ始める。 結衣は目を真っ赤にして、絞り出すように言った。 「私を叩くのはいいけど、どうして律人にまで手をあげるわけ!?あんた一体何様のつもり!」 律人の法律事務所の部下たちも、あっという間に私を取り囲む。 「信じられません。相沢さんがあんなに取り乱すなんて……」 「あの女の人も自業自得ですよね?先に叩かれるようなことをしたんだから」 「それにしても、怒らない椎名先生は優しすぎますね。私ならすぐ警察を呼んでますよ」 痛みで震えが止まらなかったが、私は結衣を睨み返した。 「これは傷害事件よ。通報させてもらうから」 結衣の顔色がわずかに曇る。 すると、律人が私の手首をぐっと掴んだ。 私の火傷した腕を一瞥すると、彼は不愉快そうに眉間にしわを寄せた。 「いい加減にしろ。俺のオフィスへ来い。手当てしてやるから」 私はその手を振り払う。 「触らないで」 律人の表情が凍りついた。 「遥、わざわざ大事にするつもりか?」 私は怒りで笑えてきた。 「私が大事にしてるって言うの? 殴られたのは私。コーヒーをかけられたのも私なんだけど! ねえ、律人。昔と同じように、また善悪の区別もつけられないの?」 律人は息をのみ、一瞬の間を置くと、低い声で言った。 「今通報したって、君の立場を悪くするだけだ。 とにかくまずは手当てを受けろ。跡が残る」 そんな律人を無視して、私は警察に通報をした。 20分後、警察がやってきたのだが、中に入ってきて律人の姿を見つけるなり、急にぺこぺこと頭を下げ始める。 「椎名先生もいらっしゃったんですね」 通報を受け駆けつけてきた警察官とは、到底思えないような態度だ。 私の心は少しだけ重くなった。 すぐさま受付の女性が警察官たちに駆け寄り、笑みを浮かべる。 「すみません。監視カメラは先月から故障したままで、まだ修理をしていなくて……」 周りにいた律人の同僚たちも次々と声を上げた。 「そこの女が先に手を出したんです」 「椎名先生にずっとつきまとっていましたし……」 「椎名先生を困らせようと、わざわざ押しかけてきたんです」 誰もが結衣の味方をして、私を守ってくれる人は一人もいない。 こんなに時が経ったというのに、どうやら何も変わっていないみたいだ。 お金と権力のある者が、いくらでも事実を捻じ曲げる。 警察が眉を顰めた。 「すみません。事情をお伺いしたいので、署までご同行を願えますか?」 私は信じられなかった。 「怪我をしたのは私ですよ?どうして加害者を無視して、被害者の私を連れて行くんですか!?」 しかし、警察は苛立ちを隠そうともしない。 「ご同行をお願いします。断るのであれば、力ずくで連れて行きますから」 すると、律人が私の耳元に唇を寄せ、低い声で言った。 「遥、その短気なところは直した方がいい。だから、少し痛い目を見ないとな」 私は律人の冷え切った瞳を見て、心が締め付けられるように痛んだ。 大学時代、私は律人になぜ法律を学んでいるのか尋ねた。 律人は正義を守り、誰にとっても公平な世の中を作るためだと語った。 その時の律人は、何よりも輝いて見えた。 なのに今、律人は結衣のために何度も法律を踏みにじっている。 私のことまで切り捨てて…… かつて私が愛したあの律人は、夢の中の存在だったのかもしれない。 夢から覚めれば、もうどこにも存在しない。 警察官に連行された私は、携帯を没収された。 私は警察官に聞く。 「夫に連絡を取らせてもらえませんか?」 相手は顔も上げないで答えた。 「今は無理です。明日の様子次第です」 そのまま留置場へと入れられた。 中にいた女たちは私を見ると、互いに目配せをし合う。 短髪の女が、突然笑い声を上げた。 「あら、人の婚約者を狙ってるっていうストーカー女?」 そして、冷水を私のベッドへぶちまける。 「今夜はここで寝な」 周囲の女たちもゲラゲラと笑った。 「ストーカーが寒いとか言わないよね?」 「人の婚約者を狙うなんて、よくやるよ」 その時、この女たちが完全にわざとやっていると、私は気づいた。 大方、結衣の指示だろう。 その夜、私は一睡もできなかった。 うとうとし始めると誰かにベッドを蹴られ、中にはわざとゴミを投げつけてくる女もいた。 明け方には顔に冷水をかけられ、私は凍えるように震えながらも、濡れた布団で体を丸める。 結衣に殴られた顔の傷と、コーヒーでの火傷の傷が熱く疼いた。 それでも、思考だけは鮮明だった。 5年前。 結衣たちは私の母を殺したんだ。 そして今、私を放す気は無いらしい。 翌朝、私は釈放された。 フラフラの状態でスマホを受け取った。 「椎名先生は心お優しい方なので、あなたの責任を追及しないとおっしゃっておりましたよ。次からは気をつけてくださいね」 私は返事もせずにスマホの電源を入れる。電源が入った瞬間、通知が次々と表示された。 どうやら、昨日の騒動がネットで話題になっているらしい。 動画は都合のいいところだけが編集され、私が律人を叩く瞬間と結衣が泣き崩れる姿のみが投稿されていた。 コメント欄は私への罵詈雑言であふれている。 【この女、やばくない?】 【以前から律人さんのこと追いかけ回してたらしいよ】 【相沢さんがかわいそう】 【こういうストーカー女なんか死ねばいいのに】 さらに私の個人情報も流出していて、それだけではなく、祖母の暮らす家の住所まで載せられていた。 私ははっと息を呑む。 すぐに新しい動画を目にした。 80歳の祖母が近所の市場で、メディアたちに囲まれている。 「お孫さんはストーカーなんですよね?」 「もしかして、精神的な病気を抱えているとか?」 「大学生の頃から人の彼氏を奪うことで有名だったと聞きましたが、本当ですか?」 祖母はどうしたらいいかわからないといった様子で、その場に立ちすくみ、買ってきたばかりの野菜を抱きしめていた。 昨日、私は出かける前に祖母に電話をして、用事が終わったら会いに行くよ、祖母の作ってくれる料理が楽しみだと言ったばかりだったのに。 私は無我夢中で祖母の家へと走った。 頭の中にあったのは、たった一つだけ。 心臓が悪い祖母に、強いショックは禁物だということ。 だが、マンションの入り口で私は足が止まり、言葉を失った。壁という壁に、真っ赤なペンキで嫌がらせの文字が書きなぐられている。 【ストーカー女は死ね】 第4話 【家族全員消えろ】 【恥知らず】 さらには、ネットに流れていた私が律人を叩いた瞬間を印刷した写真が、何枚もばら撒かれていた。 中には、私の顔が塗りつぶされているものもある。 近くには住民たちが集まり、ひそひそと何かを言い合っていた。 部屋のドアを押し開けると、祖母が作ってくれたのであろう、私の好物の香りが漂ってきた。 懐かしい匂い。 しかし、その祖母はキッチンで倒れてピクリとも動かない。 「おばあちゃんっ!」 すぐに駆け寄って抱き起こそうとしたが、手が震えて上手く抱えられなかった。 祖母の顔は真っ白で、意識もないうえに、私が周りに助けを求めても、外で見ている野次馬たちは、誰一人として部屋に入ろうともせず、こちらを指さしてあざ笑うだけ。 私は歯を食いしばり、意識のない祖母を背負って外に出ると、そのまま救急車を呼び、病院へ駆け込んだ。 救急室の赤いランプがやけに目に刺さる。 私は呆然とドアの前で立ち尽くしていた。 殴られた顔はまだ腫れていて、腕の火傷も水脹れになっていたが、そんなことはどうでもいい。 すると、険しい顔をした看護師が救急室から出てきた。 「今すぐ手術が必要だそうです」 私は看護師にすがりつく。 「お願いします!今すぐ手術をしてあげてください!」 だが、看護師は困ったように私から視線をそらした。 「手術を担当できる医師は、今VIP患者の対応をしていて……少し待っていただくことになるかと」 私は全身が固まった。 「いつもたなくなっちゃうわからない状況なのに、私に待ってというんですか!?」 看護師も気まずそうに俯く。 「申し訳ありません。VIPの患者さんは少し特別でして、私たちではなんとも……」 怒りで頭が真っ白になった私は、VIP診察室へと走った。 ドアを開けると、そこには結衣が病室でくつろいでいて、私を見るなり、結衣はニヤリと口角を上げた。 「遥?」 私は拳を握りしめる。 「先生に手術をさせて!私の祖母がもう、もたないの!」 結衣は何度か瞬きをして、あざとい声で私に言った。 「でも、私だって昨日のことがあったから、心臓が痛いんだもん。それに、先生は今、私のことを診てくれてるんだから」 私はもうどうにかなりそうだった。 「結衣!人の命がかかってるの! 私になら何をしてもいいけど、祖母は関係ないでしょ!」 母はいなくなった。 父もこの世を去った。 この世界で唯一、祖母だけが血のつながった家族だった。 祖母を失うわけにはいかない。 結衣は楽しそうに笑う。 「いいよ。じゃあ土下座して私にお願いしてよ。そうしたら、先生を手術に行かせてあげる」 一瞬呆然とした私だが、すぐに躊躇うことなく地面に膝をついた。 かつて、逃げるようにこの国を出た私だが、あの頃は祖母に迷惑をかけないため、連絡一つできなかった。 今までの汚いことは、全て祖母には隠し通してきた。 祖母にはただ幸せに、長生きしてほしいだけ。 もうたくさんのものを失ってきた。祖母だけは絶対に守る。 「お願い……祖母を助けて……」 私の土下座姿に、結衣は大声で笑い出した。 ヒールの足音を響かせ、私の前に立つと、冷酷な目で私を見下ろす。 「こんな地面に這いつくばるなんて……本当に犬みたいね」 そう言った結衣は、そのままヒールで私の手を強く踏みつけた。 痛みで気を失いそうだ。 痛すぎて声も出ない。 結衣は面白そうに、私の指をすりつぶすように踏み込み続けている。 それから、私の耳元に唇を寄せ、こうゆっくりと囁いた。 「あんたの祖母も、両親も…… みんな死ぬべきなの。 だって、あんたみたいなクズを産んだんだから」 私は顔をあげ、真っ赤になった目で結衣を睨み返した。 その瞬間、背後のドアが開き、男の低い声がした。 「結衣」 一瞬にして結衣の表情が変わり、ポロポロと涙をこぼし始める。 結衣は泣きながら、律人の胸に飛び込んだ。 「律人……心臓がすごく痛いの…… でも、遥が先生を奪って、私に診察を受けさせてくれないの! 私が死んだら、律人とやり直せる……そう思ってるのかな……」 すると、律人が眉間にしわを寄せ、軽蔑の視線を私に向けた。 「遥。あの時、君から俺と別れたいって言い出したんだろ? なのに、今になって結衣に嫌がらせをするなんて、一体何が目的なんだ?」 この二人に付き合っている余裕なんてない。 今頭にあるのは、祖母を救うことだけ。 私は赤くなった目で律人を見つめる。「消えて」 人間としての心が欠落した二人に、期待した私が間違っていたのだ。 ここにいては何も得られない。 私は他の病院へ行こうと身を翻す。 なのに、手首を律人に力強くつかまれた。 律人は私を見下ろし、低い声で言う。 「遥、もしかして後悔してるのか?だから、こうやって俺がいく先々に現れるのか?」 私は律人の手を力いっぱい振り払った。 「頭どうかしてるんじゃないの!?」 私は無我夢中で救急室へと戻ったのだが、医師たちはすでにマスクを外している。 彼らは、複雑な視線を私に向けた。 「ご愁傷様です……」 私はその場で固まった。 私の世界から、すべての音が消えていく。 まるで無音の世界に迷い込んでしまったかのようだった。 私はゆっくりと頭を上げる。 病床では、白い布を被せられた祖母が静かに眠っていた。 その瞬間、私は思った。この世に私と血の繋がる人は、誰一人としていないのだ、と。 一瞬、母が死んだ日の記憶と重なった。 世界が塗りつぶされていくような絶望の中で、息すら上手くできない。 私は一人、病院の廊下に長い間座り込んでいた。 血のつながった家族が、次から次へと私のもとを去っていく。 なのに、彼らを死に追いやった者たちは、今も平然と生きているのだ。 それどころか華やかな生活を送り、権力を振り翳している。 どうして! 第5話 なんでなの! 私は泣き崩れ、あまりの憎しみに奥歯が砕けるほど噛みしめた。 もう限界だった私は、VIP病室へと一直線に走った。 結衣たちから何かしらの答えをもらわなければ気が済まない。 しかし、病室の前に来ると、中からは結衣の父親である相沢守(あいざわ まもる)の声が聞こえてきた。 「律人くん、これまで結衣の面倒を見てくれて本当にありがとう。 律人くんが結衣のそばにいてくれなかったら、今頃どうなっていたことか」 律人が低く冷静な声で答える。 「俺は結衣のお兄さんの命と引き換えに、助けてもらいましたから。 それに、お兄さんの死のショックで、結衣も精神を病んでしまいましたし、情緒も不安定です。 だから一生結衣を守っていくのは、当然のことですよ」 ドアの外で、私は呆然と立ちすくんでいた。 そういうことだったのか。 どうりで、結衣が何をしようと、律人は結衣を守り続けていたわけだ。 しかし、なぜ律人が恩返しをするために、私の家族は死ななければならなかったの? 私が拳を握りしめ、ドアを蹴り開けようとした時、守のため息が聞こえた。 「それで、遥さんのことはどうするんだ? あいつの両親の死に、結衣が関わっているのは事実だから、今回帰国してきたあいつが、このまま大人しく引き下がるとは思えない。 一番恐ろしいのは、あいつがまた結衣を追い詰めることだ」 病室内は数秒間、沈黙に包まれた。 やがて、律人が淡々と言い放った。 「結衣に関係なんかありませんよ。 遥の母親の死だって、不慮の事故なんですから。 遥の父親が死んだのだって持病が悪化していたからんです。あの日、結衣と面会して心臓にショックを受けていなくても、遅かれ早かれ寿命が来ていたはずでしょう。 それに、もう何年も前のことですから、今更裁判になったところで、我々が負けるはずがありません」 私は頭の中が真っ白になった。 父は……結衣のせいで亡くなったの? なぜ誰も教えてくれなかったの? どうして! その瞬間、体は震え、激しい耳鳴りに襲われた。 今までの憎しみや苦しみが…… まさか、巨大な氷山の一角でしかなかったなんて! なのに、律人たちはまるで些細なことだとでもいうように、私の両親の死について淡々と話している。 私は怒りで完全に理性を失った。 バンッ! 私は思いきりドアを蹴り開けた。 驚きに目を見開いた律人が、反射的に私の名前を呼ぶ。 「遥……」 私は彼に走り寄り、思いきり平手打ちを食らわせた。 衝撃で、律人の顔が横に逸れる。 目を充血させた私は、そのままベッドに飛び込み、ベッドで眠っていた結衣を、無理やり引き起こした。 「母を殺しただけじゃなくて、父と祖母まで追い詰めるなんて!」 私は手を振り上げ、結衣にも平手打ちを見舞おうとした。 しかし、誰かに手首をがっしりと掴まれた。 またしても、律人だった。 彼は眉をひそめ、低い声で言う。 「遥、少しは冷静になれ」 私は顔を上げた。目からは止めどなく涙が溢れてくる。 「冷静でいられると思う? 私はあなたたちに家族を殺された。 今、祖母までもが死んじゃったのよ! 律人、絶対に許さないから」 結衣は泣き出し、守の袖を掴んだ。 「お父さん……怖いよ……遥はもしかして狂っちゃったのかな……」 守も厳しい表情を見せ、冷ややかに口を開いた。 「ボディーガードはどこだ?この狂った女をすぐに外へ引きずり出せ!」 黒服のボディーガード数人が一気に部屋へとなだれ込んできた。 私は守を睨みつけ、憎しみを込めて言い放つ。 「なに?5年前みたいにまた私を拉致して、裸の写真でも撮るわけ?」 律人はその瞳の奥に、私には理解できない感情を浮かべ、私をじっと見つめた。 「今何と言ったんだ?」 私は一度大きく息を吸い、律人に告げる。 「この男は私のことを拉致させて、卑劣な写真を撮ってから、その写真で私を脅してるの!」 守の表情が一瞬、明らかに動揺した。 第6話 だが律人は眉をひそめ、低い声でこう言った。 「遥、もういい加減にしろ。 守さんは、常に正しい人だ。それに、相沢グループがそんなことをするはずがないだろ? 適当なことを言って、人を侮辱するな」 心臓を深く突き刺されたような痛みが走る。 結局、こんな状況でも律人は私を信じてくれないのだ。 まあ、確かにそうだった。 律人は一度だって、私の味方になってくれたことはない。 涙で視界が歪む中、私は声を絞り出して叫んだ。 「あなたは信じないでしょうね。 あなたにとって、結衣はいつだって無実で、相沢グループはいつまでも清廉潔白な存在なんだから。 そして私は……ただ喚き、泣き叫ぶ、精神をおかしくした人でしかない」 私は涙をぬぐう。 「でも、いいの。いつか必ず、自分のこの手で真実を証明してみせるから!」 律人は呆然として私を見ていた。 焦りを隠せない守が、鋭い口調で怒鳴る。 「おい、何をしている!この狂った女をすぐに連れ出せ!」 数人のボディーガードが一気に私を取り押さえに来た。 私は必死に抵抗する。 「放してよ!この人でなし!」 律人はわずかに眉を寄せ、口を開いた。 「守さん。遥は祖母が亡くなったばかりで、情緒が不安定なんだと思います。 だから、今は何を言っても聞き入れないと思うので、今日は先に帰したらどうですか?」 守がすぐに頷いた。 「確かに、精神的に問題があるやつには、何を言っても無駄だからな。 結衣のことを頼めるか?俺は、この女を送り返すから」 守はそう言ってから、氷のように冷徹な視線を私に向けた。 私はそのまま、力ずくで病院から外へと引きずり出された。 抵抗しても誰も私の話など聞いてくれない。 駐車場まで来たところで、ようやく守が足を止めた。 「なぜ君は、いつもこうやって自ら事を大きくするんだ?」 守が軽蔑のような視線を私に向けたが、私も負けじと守を睨み返す。 「あんたたちには必ず罰が当たるから!」 守が笑った。 「罰だと? いいか?この世の中は金と権力がある者が作ったルールで回っているんだ。 君みたいな底辺の者が、俺たちに何ができるって言うんだよ?」 少しすると、白衣を着た男たちが数人近づいてきて、先頭にいた中年男性が丁寧な口調で守に告げる。 「相沢さん。入院の準備が整いました」 守もその男に微笑み返した。 「遥さんは感情的で攻撃性が高く、危険だ。特別室へ入れてしっかり監視しておいてくれ」 私はやっと状況が飲み込めた。守は私を精神病院へ閉じ込める気なのだ。 「正気なの!?私には何の問題もないわ!」 私は激しく抵抗したが、男たちの力には到底敵わなかった。 守が見下すように鼻で笑う。 「こうなった今、誰が君の話なんか信じると思うんだ?」 守はゆっくりとスマホを取り出し、画像アルバムを開いた。 そこには、私を地獄へ突き落とすような写真が何枚もある。 私の脳内は真っ白になり、顔からは血の気が引いていった。 そんな私の反応を見て、守は満足げに頷く。 「この素敵な写真は、大切にとっておいてあるんだよ。 もしこれをばら撒いたら……君の人生はどうなるかな?」 私は怒りで全身が震え、目が充血していくのが自分でも分かった。 「最低!一族揃って、本当最低ね!」 パシッ! 激しい乾いた音と共に、頬に強烈な衝撃を感じた。 頭は横を向き、耳鳴りも激しく響く。 そばでは、看護師が既に注射を構えていた。 その針は冷たい照明を反射し、無機質な輝きを放っている。 私は恐怖でどうにかなりそうだった。 「放して! 助けて! 私はどこも悪くない!」 だが誰も聞いてくれない。 みんな冷たい眼差しで私を押さえつけている。 針がじりじりと近づいてきて、もう終わりを覚悟したその瞬間…… 突如、けたたましいブレーキ音が駐車場に響き渡り、凛とした声が割って入ってきた。 「彼女に手出しはさせない!」 黒いロングコートを羽織った男が高級車から降りてくると、一瞬にしてその場が圧倒的な空気に包み込まれた。 床に押さえつけられた私を見た彼の瞳は、底知れぬ憤怒の色をたたえている。