プロポーズ十八回、全敗

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プロポーズ十八回、全敗

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十八回目のプロポーズの日、藤崎莉央(ふじさき りお)はまたしても、幼なじみの男のために俺・瀬尾颯真(せお そうま)を拒んだ。 付き合って...

Chương (1)

第1章

十八回目のプロポーズの日、藤崎莉央(ふじさき りお)はまたしても、幼なじみの男のために俺・瀬尾颯真(せお そうま)を拒んだ。 付き合って八年。俺は十八回、彼女にプロポーズした。 けれどそのたびに、莉央は決まってこう言った。 幼なじみの朝倉蓮(あさくら れん)がうつ病を患っているから、そばを離れるわけにはいかないのだ、と。 俺は手の中の指輪を見つめ、今度ばかりは堪えきれずに尋ねた。 「もしあいつが一生うつ病のままだったら、お前は一生、俺と結婚しないつもりなのか?」 莉央はたちまち怒り出し、俺の手から指輪を奪い取ると、床に叩きつけた。 「颯真、彼は子どもの頃から一緒だった大事な人なのよ。見捨てろっていうの? それに、もう十七回も我慢してきたんでしょう?もう一回くらい我慢できないの?」 第1話 「結婚しろ、結婚しろ……」 俺・瀬尾颯真(せお そうま)は人だかりの真ん中に跪き、彼女の返事を待っていた。 友人たちが興奮した様子で声を上げ、その歓声が広場中に響き渡る。 「もういい。しつこいのよ」 プロポーズされた当の藤崎莉央(ふじさき りお)は、地面に置いてあった花束をつかみ上げると、俺に向かって叩きつけた。その顔には、隠しようのない怒りが浮かんでいた。 「どうしてそんなに自分勝手なの?結婚を迫ること以外に、あなたにはできることがないわけ?何度も言ったでしょう。今は結婚できないの」 結婚できないのか。 それとも、結婚したくないだけなのか。 喉の奥が詰まり、苦しくて声が出なかった。 こういう場面は初めてではない。けれど、ここまで惨めな思いをしたのは初めてだった。 八年付き合って、十八回プロポーズして、そのたびに断られた。ここまでくると、もはや笑い話にもならない。 プロポーズするだけで、ここまで何度も惨めな思いをする人間なんて、俺くらいのものだろう。 しばらくして、どうにか気持ちを落ち着かせた俺は、指輪を差し出したまま彼女に近づいた。情けないほど恐る恐る、縋るような気持ちで彼女に近づいた。 「莉央、冗談はやめてくれ。友達も親戚も来てるんだ。早く指輪をつけてくれ」 彼女にこの場を丸く収めてほしかった。これだけ多くの人が準備のために力を貸してくれたのだから、そのためにも、もう断らないでほしかった。 けれど、その言葉は莉央の怒りに火をつけただけだった。 彼女は俺の頬を思いきり平手で打ち、鋭い目で睨みつけてきた。周囲の人々が一斉に静まり返った。 「冗談?一番笑えないのはあなたのほうよ。気持ち悪い。そうやって私に罪悪感を押しつけるつもり?蓮がうつ病だって知らないの?そんなに結婚したいの?彼を追い詰めて死なせたら満足なわけ?」 罪悪感を押しつけているのは、むしろ彼女のほうだった。 好きではないと言われてもよかった。もう愛していないと言われてもよかった。俺とは一緒にやっていけないと言われてもよかった。 なのに、彼女が断る理由は別の男だった。 彼女の幼なじみの男・朝倉蓮(あさくら れん)だった。 蓮がうつ病だから、彼女は見捨てられない。 では、俺はどうなる。自分の恋人が他の男ばかり気にかけているのを、俺は黙って受け入れなければならないのか。 俺は奥歯を強く噛みしめた。胸の奥で怒りを押し殺しながら、指輪を見下ろして問いかける。 「もしあいつが一生うつ病のままだったら、お前は一生、俺と結婚しないつもりなのか」 その言葉には、まだ期待がこもっていた。 否定してほしかった。さっきのことは全部冗談だと、今すぐ俺と結婚すると言ってほしかった。 けれど、莉央の答えは、俺を容赦なく打ちのめした。 彼女は俺の手から指輪を乱暴に奪い取ると、床に叩きつけた。 「颯真、彼は子どもの頃から一緒だった大事な人なのよ。見捨てろっていうの?それに、もう十七回も我慢してきたんでしょう?もう一回くらい我慢できないの?」 指輪は俺の視界の端へ弾かれ、転がっていき、やがて完全に見えなくなった。 まるで俺の心のようだった。暗い底へ沈んでいき、もう光などどこにも見えなかった。 友人たちは皆、どうしていいかわからない様子だった。それでも何とか場の空気を和らげようと、無理に笑顔を作った。 「莉央、冗談きついって。颯真の本気を試したかったんだろ?大丈夫、指輪は俺たちが必ず見つけるから」 「これで結婚の話が駄目になるなんてことにはさせないから。だから、もう喧嘩はやめよう」 彼らは何事もなかったかのようにさっきの出来事を流し、地面に這いつくばって指輪を探し始めた。 その姿に、俺はこれまで莉央に縋りついてきた自分を見た気がした。 犬みたいに尻尾を振って、彼女に縋りついてきた惨めな自分を。 俺は彼女を愛していた。完璧な恋人であり続ければ、いつか彼女と幸せになれると信じ込み、そのために必死で自分をすり減らしてきた。 友人たちは、俺にとって彼女がどれほど大切な存在か知っている。だからこそ、人目も気にせず、彼女にとってはどうでもいい指輪を必死に探してくれていた。 その一方で、莉央は苛立たしげにハイヒールの踵を鳴らし、彼らを軽蔑した目で見下ろしていた。 「颯真、結婚を迫るためにそこまで落ちぶれるなんてね。自分の友達まで利用するなんて」 そう言い捨てると、彼女は自分の友人たちを連れてさっさと立ち去った。 風の吹き抜ける場所に一人残された俺の目の奥に、熱いものが込み上げてきた。 第2話 友人たちは次々と立ち上がり、俺を取り囲んで慰めてくれた。誰の顔にも、何とも言えない複雑な表情が浮かんでいた。 この八年間、彼らは俺が莉央に置き去りにされる姿を何度も見てきたし、数えきれないほど俺を説得してきた。 莉央の心は、俺にはなかった。彼女が見ているのは、いつだって蓮だけだ。 蓮から一本電話がかかってくれば、祝日だろうが記念日だろうが関係ない。たとえ俺が死にかけるほど具合を悪くしていても、俺はいつも後回しだった。 けれど、俺にはどうしてもわからなかった。 毎日のように幸せそうな近況を投稿している人間の、どこがうつ病に見えるというのか。たとえ本当に病気なのだとしても、彼には家族も友人もいないのか。 違う。彼はただ、わざと莉央を呼びつけているだけだ。わざと俺たちの間に割り込んで、俺に惨めな思いをさせているだけなのだ。 「もういい。探さなくていい。そんなもの、もうどうでもいい。今夜はとことん飲もう」 俺は顔を背けて目尻の涙を拭い、無理に笑顔を作って、みんなを連れて居酒屋へ向かった。 皆が冗談を言い合って笑っている中、俺はうつむいたまま、蓮のSNSの投稿をじっと見つめていた。 莉央は彼のところへ行っていた。俺の前で見せる態度とはまるで違い、莉央は彼に対してだけは、いつも慎重に機嫌をうかがい、声までやわらかくなる。 その投稿は、まるで俺への宣戦布告だった。 莉央は彼にペアリングを買っていた。二人はしっかりと手を握り合い、幸せそうに顔を寄せ合っている。 【莉央が結婚すると聞いて、すごくつらかった。でも救われた。僕の大切な人が、一生、僕のためだけに指輪をつけると言ってくれたから】 なんて気持ちの悪い愛の言葉だろう。 俺はこみ上げてくる吐き気を押し殺すように、テーブルの端に置いてあった酒を手に取り、一息に飲み干した。 同じテーブルにいた全員が、俺の様子がおかしいことに気づいていた。それでも、できるだけ軽い口調で慰めてくれた。 「そんなに落ち込むなよ。莉央も、まだ気持ちの整理がついてないだけかもしれないだろ。結婚は恋愛とは違うしさ」 「そうだよ。お前たちは何年も一緒にいるんだ。大丈夫だって」 けれど最後には、友人の声にも自信がなくなっていた。 俺は蓮の投稿にいいねを押し、目の前の度数の強い酒を、一杯、また一杯と飲み下した。そうすれば、胸の奥で荒れ狂う痛みが少しは鎮まるような気がした。 友人たちはそれ以上何も言わず、黙って俺に付き合ってくれた。誰の目にも、隠しきれない痛ましさが滲んでいた。 数分後、通知音が何度も鳴り響いた。視線を落とすと、莉央からだった。 彼女は何通もメッセージを送ってきていた。そのほとんどが、俺を責める言葉だった。 【何を大げさに傷ついたふりしてるの?指輪を一つなくしただけでしょう?それだけのことで蓮の投稿にいいねして、彼を傷つける必要があるの?いい大人の男なんだから、女々しくぐちぐち言うのはやめて。早く蓮に謝りなさい。謝らないなら、ただじゃおかないから】 投稿にいいねを押しただけで、また俺が悪いことになった。 俺は思わず声を出して笑い、そのまま泥酔するまで飲んだ。そして、ふらふらになりながら家へ帰った。 莉央は煙草や酒の匂いを嫌いだから、俺は八年間ずっと我慢してきた。けれど今は、もう我慢したくなかった。 ふらつく足で部屋に入り、そのままベッドに倒れ込んで眠った。 彼女は帰ってこなかった。 どこへ行ったのかなど、考えなくてもわかる。 問い詰める気にもなれなかった。俺は初めて彼女を待たず、彼女のために明かりを残すこともせず、朝まで眠り続けた。 「何してるの?家の中がこんなに散らかってるの、見えないわけ?そこら中に物が出しっぱなしじゃない。颯真、これが当てつけのつもりなら、やめたほうがいいわよ。早く朝ごはんを作って」 俺がずっと甘やかしてきたこともあり、莉央は食事のことをほとんど俺に任せきりだった。もともと幼い頃から体があまり丈夫ではなく、ひどい胃の不調も抱えていた。俺の作る朝食を食べなければ、その日は一日中具合が悪くなるほどだった。 俺は薄く笑い、彼女を避けるように身をかわして、冷たい声で答えた。 「適当に何か買って食べればいい。俺は仕事に行く」 彼女に冷たくされたあと、俺が拗ねることはよくあった。莉央にとって、それは珍しいことではなかった。 第3話 「颯真、さっきは少し言い方がきつかったって、私もわかってる。でも、全部私たちのためなの。それに昨日のことだって、あんなふうに冷たく断ったのは私が悪かった。でも、蓮の今の状態は、あなたも知っているでしょう? 彼は刺激に弱いの。そばにいてあげられるのは、私しかいない。あなたも、結婚してからも私がずっと他の人のことを気にかけているなんて嫌でしょう? 蓮がよくなって、私も安心できたら、そのときはちゃんとあなたと向き合えるから。 だから、もう怒らないで。お願い」 彼女は俺の手をつかみ、いかにも俺のためを思っているかのような言葉を、ぎこちなく並べた。 俺には、ただ馬鹿げているようにしか思えなかった。 人前で何度も俺を拒絶するのも俺のため。俺を置き去りにして、他の男のもとへ行くのも俺のため。 そんなもっともらしい言い訳を、彼女はこれまで何度も口にしてきた。俺はもう聞く気にもなれず、彼女の手を力任せに振り払った。 「わかった。仕事に行く」 莉央は俺に手を振り払われてよろめき、顔にあからさまな怒りを浮かべた。 けれど、俺の冷えきった視線を受けた途端、その怒りはすぐに消えた。 俺がこんなに冷たく彼女に接したことは、一度もなかった。莉央は少し不安になったのか、結局、俺が出ていくのを黙って見送るしかなかった。 会社は家からかなり遠く、通勤には二時間かかる。 当時の俺は、莉央の職場に少しでも近い場所を選ぶためなら、自分が苦労することなど何とも思わなかった。 けれど今になって思えば、近くにいたからといって、幸せになれるわけではなかったのだ。 思い立ったらすぐ行動した。俺はすぐに不動産会社へ連絡し、会社に近い物件をいくつも探して、家賃や条件の相談を進めた。 会社の人たちは、俺がこんなに早く出社したことに少し戸惑っていた。 以前の俺は、莉央の世話をして朝食を作るため、いつも始業ぎりぎりに出社していた。遅刻することさえあった。 そのせいで、俺は仕事ぶりを認められていながらも、上層部から昇進の機会を与えてもらえずにいた。 直属の上司にも、そのことで何度も話をされた。 「まずは仕事で足場を固めてから、家庭のことを考えろ。瀬尾くん、お前は今まさに伸びるかどうかの大事な時期なんだ。目先のことにとらわれて、大事なものを失うな」 その言葉が、ずっと頭から離れなかった。 特に、同期がすでに昇進しているのを見たときは、自分だけが取り残されたようで、たまらなく苦しかった。 でも、もう大丈夫だ。 俺はもう遅刻しない。 上司は俺の肩を叩いた。 「吹っ切れたなら何よりだ。瀬尾くん、お前がもっと早くその姿勢を見せていれば、重要な案件はとっくに任せていたよ」 俺は考え込むように頷き、書類の中から、会社が次に獲得を狙っている案件の資料を取り出した。 「課長、俺がここ何年も足踏みしていたことはご存じですよね。もしチャンスをいただけるなら、今回の案件を俺に任せてもらえませんか」 上司はかなり驚いた様子だった。 この案件は複数の都市に出向き、先方と調整する必要がある。莉央から離れられないはずの俺が、自分から希望するとは思っていなかったのだろう。 けれど俺の意思は固かった。 上司は午前中いっぱい検討した末、最終的にその案件を俺に任せてくれた。 「瀬尾くん、期待を裏切るなよ」 俺は力強く頷き、そのまま全身全霊で仕事に打ち込んだ。丸一日、スマホを見ることもなかった。 本来なら、莉央は喜ぶはずだった。 彼女はいつも、俺が日々の出来事や、うまくできた料理の写真を送るたびに、面倒くさそうにしていたからだ。 けれど退勤する頃、スマホには大量のメッセージが届いていた。 莉央が送ってきた景色の写真、今日あった出来事、そして食事への誘いだった。 【サンセットテラスへ食事に行かない?ついでに夕日も見られるし。あなた、ずっと行きたがっていたでしょう?好きなものを頼んでいいわ。私からのお詫びだと思って】 意外だった。 その店ができてから三年。俺は三年間、行きたいと言い続けてきた。けれど莉央は、いつも聞こえないふりをしていた。 それが今では、俺への埋め合わせに使われている。 俺はしばらく考えたあと、彼女が会社の前にいるというメッセージを眺めながら、ゆっくりと階下へ向かった。 莉央が俺を迎えに来ることは、ほとんどなかった。 車は俺が買ったものだった。けれど、その車を自由に使っていたのは、俺ではなかった。 だから俺は当然のように助手席を通り過ぎ、後部座席へ向かった。すると、彼女は慌てて俺を引き止めた。 「二人なのに、どうして後ろに座るの?」 第4話 確かに、そう思われても仕方がなかった。 俺は少し考えてから車のドアを開けた。助手席には、かすかに香水の匂いが残っていた。よく知っている匂いだった。 蓮がいつも身につけている匂いだ。 シートの角度も変えられていた。おそらく、蓮が座りやすい位置なのだろう。 けれど俺には、どうにも居心地が悪かった。 この車の中には、俺の居場所だと思えるものが何ひとつなかったからだ。 俺が落ち着かずに何度も座り直していると、莉央はグローブボックスを開け、慣れた手つきで酔い止めを取り出した。 「気分悪いの?薬……」 そこまで言いかけて、彼女はようやく、俺が車酔いしないことを思い出したらしい。 莉央はぎこちなく笑った。 「シートが合わないなら、自分で調節していいわよ」 彼女はすぐにそれを隠そうとした。 けれど俺は見てしまった。 グローブボックスの中には、蓮の写真も入っていた。 受け入れられると思っていた。 けれど実際に目にした瞬間、胸はどうしようもなく震え、痛んだ。 「いい」 道中、俺はずっと窓の外を見ていた。 莉央は何度も話題を探そうとしていたが、最後にはどれも蓮の話になり、そのたびに会話は途切れた。 目的地に着く頃には、俺の呼吸はひどく重くなっていた。全身が凍えるように冷たかった。 ここまで来なければ、気づかなかった。 俺の恋人の生活には、こんなにも他の男の影が入り込んでいたのだ。 そんな俺とは対照的に、莉央はやけに上機嫌だった。彼女はこの店の勝手をよく知っていて、店員に案内されるまでもなく、俺の手を引いてあちこちを紹介して回った。 彼女に声をかけてくる店員までいた。 「藤崎さん、いらっしゃいませ。今日はお連れ様が違うんですね。こちらはお兄様ですか?藤崎さんは本当にお幸せですね。いつもの方も、こちらの方も、とても素敵で」 ただのお世辞だった。 けれど俺と莉央は、同時に顔色を変えた。 彼女は不機嫌そうに店員を睨み、それから慌てて俺に説明した。 「蓮は病気のせいで、外に出て気分転換しないと落ち着かないの。私たちは別に、そういう関係じゃないわ。あの人たちが勝手に勘違いしてるだけ」 俺は何も言っていない。 それなのに彼女は慌てて弁解し、かえって店員の言葉を裏づけてしまっていた。 ただ、俺はもう気にする気にもなれなかった。 適当に席を選び、メニューを開いた。 莉央の関心はすぐにメニューへ移った。 いや、移ったのではないのかもしれない。 彼女は最初から、俺に信じてもらえるかどうかなんて気にしていなかったのだ。 俺は彼女を愛していた。惨めなほど彼女に弱かった。だから、どんなに苦しくても、自分を騙して信じるしかなかった。 俺は黙り込み、それ以上口を開かなかった。 莉央が料理を選んでいる途中で、電話が鳴った。 彼女は画面を一目見るなり、すぐに焦った様子で電話に出た。 相手が何を言ったのかはわからないが、彼女はほとんど取り乱したように椅子を蹴り倒し、俺のことなど構わず外へ走り出した。 「蓮の具合がまた悪くなったの。様子を見に行くわ。あなたは先に食べてて」 彼女はあまりにも慌てていて、最後の「食べてて」という語尾すら、はっきり聞き取れなかった。 店員が愛想よく俺に笑いかけた。 俺はすっかり食欲を失い、適当にいくつか料理を注文した。 一時間が過ぎた。 料理は冷め、太陽も少しずつ山の端へ近づき、あたりに金色の光を残していた。 俺はスマホを持ち上げ、その景色を写真に収めた。 莉央からは、いまだに何の連絡もなかった。 代わりに、蓮がSNSを更新していた。 写真の中で、蓮は莉央にぴたりと寄り添い、彼女の肩を親しげに抱いていた。 【君がいてくれるだけで安心できる。ずっとそばにいてくれて、本当によかった】 体に降り注ぐ夕日の光まで、ひどく冷たく感じた。 俺もSNSを更新した。 【一人で夕日を見るのも、案外悪くない】 蓮の投稿が、わざと俺に見せるためのものだということはわかっていた。 俺を怒らせ、嫉妬させ、取り乱して莉央を問い詰めさせる。 そうすれば、彼女はますます俺を嫌いになる。 けれど八年も経てば、心はもう冷え切っていた。 怒る気にもなれない。 問い詰める気力もない。 ピエロにだって、幕を下ろす時くらいある。 なのに、どうして俺だけがいつまでも、一人でこの茶番を続けなければならないのだろう。