女友達とのストリークを選んだ夫に、私と息子は捨てられた

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女友達とのストリークを選んだ夫に、私と息子は捨てられた

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私、高槻紗月(たかつき さつき)は、夫の高槻怜央(たかつき れお)と幼い息子の奏太(そうた)を連れ、雨ヶ峰キャンプ場を訪れていた。 とこ...

Chương (1)

第1章

私、高槻紗月(たかつき さつき)は、夫の高槻怜央(たかつき れお)と幼い息子の奏太(そうた)を連れ、雨ヶ峰キャンプ場を訪れていた。 ところが突然の豪雨に見舞われ、奏太は高い熱を出してしまう。 一刻も早く病院へ向かわなければならない。そう訴える私をよそに、怜央は車のキーを握った。 「今日まだ美羽に返してない。電波の入るところまで行かないと、TikTokのストリークが切れる」 小田切美羽(おだぎり みう)。 怜央が家族同然の親友と呼ぶ女だ。 二人は大学時代から八年以上、毎日欠かさず連絡を取り合ってきた。そのうえ今は、TikTokのストリークまで一日も切らさず続けている。 「今ここで私たちを置いていくなら、離婚する」 それでも怜央は、熱にうなされながら父親を呼ぶ奏太を振り切り、たった一人で車を走らせた。 あの日、怜央が失ったものは、ひとつのストリークなどとは比べものにならないほど大きかった。 やがてすべてを知った怜央が、どれほど後悔し、私にすがっても、もう遅い。 私は二度と、家族を見捨てた男を振り返らない。 第1話 「紗月、また何を怒ってるんだよ。俺と美羽が知り合って、もう八年以上になるのは分かってるだろ。 あいつは昔から男友達みたいなもんで、恋愛感情なんてない。でも、だからってあいつを失うわけにはいかないんだよ。 今返さないと、TikTokのストリークが切れる。切れたら絶交するって美羽に言われてるんだ。少しは分かってくれよ」 夫の高槻怜央(たかつき れお)は、私――高槻紗月(たかつき さつき)が、小田切美羽(おだぎり みう)にまたくだらない嫉妬をしているとでも思っているらしい。 苛立ちを隠そうともせず、そう言い放つと、雨の向こうに停めてある車へ歩きだした。 私と息子が雨に打たれていることなど、目にも入っていないようだった。 翠嶺県の山あいにある雨ヶ峰キャンプ場は、突然の豪雨でスマホの電波がほとんど入らなくなっていた。 山を下りた先の県道ならつながるらしい。 怜央は美羽に返事をするためだけに、私たちが乗ってきた車を一人で出そうとしていた。 「それなら、私たちも乗せて。そうちゃんを病院へ連れていかないと……!」 呼び止めても、怜央は足を緩めなかった。 腕の中では、高槻奏太(たかつき そうた)が熱に浮かされ、小さな体を丸めて震えている。 「パパ……パパ、行かないで……」 かすれた声で、何度も父親を呼んだ。 その声が届いたのか、怜央の足が一瞬止まる。 戻ってきてくれるかもしれない。 そう思ったのも束の間、怜央は振り返ることなく運転席へ乗り込んだ。 車は水しぶきを上げ、雨の向こうへ消えていった。 まただ。 美羽に何かあれば、どれほどささいなことでも、怜央は迷わず私を後回しにする。 同じように置いていかれたことは、一度や二度ではなかった。 結婚式の日でさえ、そうだった。 大勢の招待客が見守る中、怜央は悪びれもせず笑っていた。 「美羽は俺にとって家族同然の親友です。結婚したからって、この関係を変えるつもりはありません。紗月にも理解してもらっています」 会場が一瞬、しんと静まり返った。 親族たちの気まずそうな視線も、笑顔を取り繕ううちに頬がこわばっていった感覚も、今でも忘れられない。 それでも、二人はただの友達なのだと思い込もうとした。 少し距離感がおかしいだけで、恋愛感情なんてない。 そう自分に言い聞かせなければ、結婚生活を続けていけなかった。 けれど、もう無理だった。 奏太が高い熱を出し、外は前が見えないほどの豪雨なのに、怜央は美羽とのストリークを切らさないため、私たちを置いていった。 頬を伝う涙を手の甲で拭い、奏太を抱き直す。 父親に置いていかれ、泣き疲れたのか、奏太はぐったりと目を閉じていた。抱きしめた体は、さっきよりもさらに熱い。 「そうちゃん、しっかりして。すぐ病院へ連れていくからね」 呼びかけても返事がない。 管理棟へ駆け込み、救急車を呼んでほしいと頼んだ。 スタッフは何度も119番へかけ直してくれたが、電波が不安定で通話がすぐに切れてしまう。 私は下山しようとしているキャンパーたちに、片端から声をかけた。 けれど、どの車も家族と荷物で座席が埋まっていた。 奏太を見ると、誰もが心配そうに顔を曇らせたものの、乗せる余裕はなかった。 「本当にすみません。乗せてあげたいんですが、うちも妻と子どもがいて……」 声をかけた男性が、申し訳なさそうに後部座席を振り返った。 そこには妻らしき女性と、身を寄せ合う二人の子どもがいる。 「こんな天気でなければ、私がお送りできたんですが……今は山道も危険ですし、家族をここに残していくわけには」 「そうですよね」 力なくうなずいた。 こんなとき、誰だって自分の家族を守ろうとする。 それなのに怜央は、大切な親友とやらのために、私と奏太を置き去りにした。 「あら、久世(くぜ)のお嬢さまじゃない」 聞き慣れた旧姓を呼ぶ甲高い声が、雨音を突いて飛んできた。 顔を上げると、少し離れたところに停まった車の後部座席から、榎並莉香(えなみ りか)がこちらを見ていた。 半分だけ開いた窓の向こうで、意地の悪い笑みを浮かべている。 「こんなところで、車に乗せてくださいって泣きついてるの?ずいぶん惨めね。 ご主人と一緒に来たって言ってなかった?その様子じゃ、置いて逃げられたみたいだけど」 莉香とは、仕事でぶつかって以来、ずっと折り合いが悪かった。 最近は羽振りのいい年上の男と付き合っていると聞いていた。今日はその男が用意した運転手付きの車で来たのだろう。 深く息を吸い、何も聞こえなかったふりをして顔を背けた。 今は相手にしている場合ではなかった。 その場を離れようとすると、背中に莉香の声が飛んできた。 「待ちなさいよ。その子、具合が悪いんでしょ?」 足を止めて振り返る。 莉香は奏太を一瞥すると、口元をさらにゆがめた。 「じゃあ、そこで土下座して頼んでみれば?私の気が済むまでちゃんと頭を下げたら、病院まで乗せてあげてもいいわ」 思わず息をのんだ。 腕の中の奏太は、ますます熱くなっている。 私は昔から気が強く、誰かに助けを求めることさえほとんどなかった。 まして、人前で土下座するなんて考えたこともない。 それでも今は、そんなことを言っている場合ではなかった。奏太を抱き直し、ぬかるんだ地面に目を落とした。 第2話 私が青ざめて黙り込むと、莉香はさらに口元をつり上げた。 「もう出して。こんなところにいたら、土砂崩れに巻き込まれるかもしれないでしょ。雨もひどくなってきたし」 莉香が運転手を急かすと、エンジン音が高くなった。 このままでは置いていかれる。 私はぬかるんだ地面に膝をつき、深く頭を下げた。 「お願いします……何でもします。奏太を病院まで連れていってください。どうかお願いします……!」 「ははっ、本当に土下座した!まさか久世さんが私に頭を下げる日が来るなんて!」 莉香は声を上げて笑い、スマホのカメラをこちらへ向けた。 顔を背けても、泥だらけで膝をつく私を面白がるように撮り続けた。 悔しさと焦りで喉が詰まった。それでも、奏太のために頭を下げ続けた。 だが、莉香は満足げに笑っただけで、窓を閉めた。 「じゃあね」 車が動きだした。 「莉香!」 奏太を抱いたまま、ぬかるみに足を取られながら必死に追いかけた。 「待って!乗せてくれるって言ったでしょ!お願い、止まって!」 どれだけ叫んでも、車は止まらなかった。 赤いテールランプは雨の向こうへ遠ざかり、やがて見えなくなった。 怜央が戻ってくる気配もない。 私は奏太を抱きしめ、山道を駆け下りた。 雨で前はほとんど見えず、足元も滑った。何度も転びそうになりながら、それでも足を止めなかった。 どれほど走ったのか分からない。途中でようやく119番につながった。だが、土砂崩れの危険があるため、救急車は山道の入口までしか上がれないと言われた。 さらに下っていると、一台の車が止まった。事情を話すと、救急車が待つ山道の入口まで乗せてくれた。 怖くて、腕の中の奏太を見ることができなかった。 雨で全身が冷え切り、奏太の体温さえ分からなくなっていた。 翠嶺県立総合医療センターに着くと、奏太はすぐに処置室へ運ばれた。 そのときになって、私はようやく奏太の顔をまともに見た。 白い照明の下の小さな顔は青白く、唇は紫がかっていた。 「そうちゃん……!」 自分の叫び声が、救急外来の廊下に響いた。 目の前が真っ暗になった。 医師たちが何かを言っていたが、もう何も耳に入らなかった。 足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。 そこで意識は途切れた。 あの日、どうやって病院を出たのかも、奏太を見送るまでのことも、ほとんど覚えていない。 奏太の遺骨は、両親が実家で大切に預かってくれていた。私は荷物をまとめるため、ひとり自宅へ戻っていた。 葬儀の翌日、怜央はようやく帰ってきた。 リビングでぼんやり座っていた私を見るなり、不機嫌そうに顔をしかめた。 「何なんだよ。何日も連絡ひとつよこさないで、どこにいたんだ。まだ怒ってるのか?」 奏太の姿がないのを見て、こども園に行っていると思ったのだろう。何も聞かないまま、怜央はわずかに肩の力を抜いた。 「怜央、離婚しよう」 自分でも驚くほど静かな声が出た。 結婚して五年。 もう十分だった。 怜央は眉をひそめたものの、すぐに私の向かいへ腰を下ろした。 縁なしの眼鏡を外し、いつものように声をやわらげて顔をのぞき込んできた。 「紗月、今回は俺が悪かった。焦ってて、お前たちのことまで考えられなかったんだ。 このあと奏太も連れて、3人で行きつけの洋食店に行こう。二人とも好きだろ?それで機嫌直してくれよ」 近づいた怜央から、甘い香水の匂いがした。 吐き気がした。 それも、美羽が「私のほうが怜央の好みを分かってるから」と選んだ香水だった。 乾いた笑いが漏れ、顔を背けた。 怜央の口元がわずかにこわばった。 何か言いかけた、そのとき、スマホの着信音が鳴った。 怜央は着信を切ろうとしたが、表示された「親友・美羽」の文字を見て、指を止めた。 スマホの連絡先はどれも、大学時代に美羽がふざけて付けた名前のままだった。 怜央は一瞬ためらっただけで、すぐに通話ボタンを押した。 スマホの向こうから、酔った美羽の甘えるような声が聞こえた。 「ねえ、私たち親友でしょ……?こんなときくらい来てよ……」 美羽が泣きだすと、怜央は困ったように息をついた。 ちらりとこちらを見て、ためらいがちに口を開いた。 「美羽がかなり酔ってるみたいなんだ。ちょっと様子を見てくる。 悪いけど、今日は奏太と二人で行ってくれないか?今度は絶対、俺も一緒に行くから」 「分かった」 迷わず答えると、怜央は目を見開いた。 怜央はしばらく探るようにこちらを見つめた。その目に、かすかな不安がよぎった。 第3話 こんなことは、今に始まったことではない。私自身、もう慣れてしまっていたのかもしれない。 怜央も、いつものように私が諦めたのだと思ったのだろう。深く考える様子もなく、上着を手に再び家を出ていった。 閉まったドアを見つめたあと、5年間暮らした家の中をゆっくり見回した。 二人で出かけている最中でも、美羽から1本電話が入れば、怜央はすべてを放り出して駆けつけた。 以前、私の同窓会に顔を出したときも、途中で美羽に呼び出され、席を立ったまま戻ってこなかった。 取り残された私は、「大学時代からの親友だから」と、その場を取り繕うしかなかった。 同級生たちから向けられた同情まじりの視線を、今でも覚えている。それでも私は、怜央をかばう言い訳をいくつも探し続けた。 けれど、もう無理だった。 自分の荷物をすべてまとめると、一度も振り返らずに家を出た。 その頃、怜央は美羽を家まで送り届け、そこでようやく妻と息子のことを思い出していた。 時計はすでに午前0時を回っていた。スマホを確認しても、着信履歴は1件もなく、LINEも届いていない。 これまでなら、私から「早く帰ってきて」と何度も電話が入っていた。 すると美羽が、「親友との約束を軽く見るの?」と不満をぶつけてくる。そのため怜央は、いつしかスマホをマナーモードにするようになっていた。 帰宅してから大量の着信履歴を眺め、機嫌を直すまで私をなだめる。それが、私たちの間では当たり前になっていた。 だが、その夜は何もなかった。 誰もいない家へ戻ると、怜央の苛立ちはますます募った。 一方、私は実家で、両親に離婚するつもりだと伝えていた。 父は迷うことなく賛成し、「これを機に戻って、会社を継いでくれ」とまで言った。 怜央から1度だけ電話がかかってきたが、出なかった。すると腹を立てたのか、2度目はかけてこず、いつものように私のほうから折れるのを待った。 それから2日が過ぎ、私たちがTikTokで続けていたストリークが切れた。 以前の私は、美羽に張り合うように、怜央とのストリークも欠かさず続け、2人で使っていた育成アプリのキャラクターの世話も毎日していた。 けれど今回は、どちらもそのまま途絶えた。 そこでようやく、怜央も落ち着かなくなったらしい。 「紗月、もう2日も拗ねたままで、まだ気が済まないのか?奏太にも何日も会ってない。頭が冷えたなら、さっさと戻ってこい。母さんも奏太に会いたがってる」 電話の向こうから、ライターをカチカチと開け閉めする乾いた音が聞こえた。相変わらず、こちらに命令するような口調だった。 腹が立った。 怜央はいつもそうだ。母の高槻美佐江(たかつき みさえ)も同じだった。 以前、美佐江は「奏太がいなければ、あなたを嫁として認めなかった」とまで言った。 そもそも当時の高槻家は、久世家に大きな顔ができるような立場でもなかったのに。 孫が何より大切だと言いながら、その孫が亡くなったことすら知らない。 「用がそれだけなら、切るね」 相手の返事を待たずに通話を終えようとしたとき、向こうでスマホを奪い取るような物音がした。 続いて聞こえてきた美羽の声に、うんざりした。 「紗月さん、怜央にそんな言い方しないでよ。怜央だって大変なんだから。 私たちはただの親友だし、今夜は前から一緒にゲームするって決めてたの。 だから、怜央は帰らないよ」 以前なら、こんなあからさまな挑発に泣いていたかもしれない。けれど今は、笑う気にもなれなかった。 「そう。じゃあ、好きなだけ遊んでて」 あまりにもあっさり返され、美羽は言葉に詰まった。 「紗月、もう強がるのはやめろよ。お前のことなら分かってるんだ」 怜央がスマホを奪い返し、苛立った声を上げた。その言い方に、思わずスマホを耳から離した。 まだ私が嫉妬して、平気なふりをしていると決めつけているらしい。 「怜央、気にしなくていいよ。紗月さんはちょっと拗ねてるだけ。毎晩一緒にゲームするって決めてるんだから、今日だけ休むなんてなしでしょ!」 第4話 電話の向こうでは、美羽がまだ甘ったるい声で怜央にまとわりついていた。 怜央は私に何か言いかけたが、結局、美羽の言うとおりにした。 私はそのまま通話を切った。2人のやり取りなど、これ以上1秒たりとも聞いていたくなかった。 「お父さん、白鷺ホテルのほうは、今夜私が見に行く」 白鷺ホテルは、久世グループ傘下のホテルだ。 それからは何も考えずに済むよう、仕事で時間を埋めた。 これまでは怜央のプライドを傷つけまいと、父の助けを断り、夫と子どもを中心に生きてきた。 けれど、奏太を失った今、私もいい加減目を覚まさなければならなかった。 予想外にも、ホテルに着いて間もなく、ロビーで怜央と美羽に鉢合わせた。 美羽は私を見るなり、わざとらしく目を丸くした。 「紗月さん、どうしてここに?私たち、近くでゲームしてたら遅くなっちゃって。少し休もうって部屋を取って、シャワーを浴びて帰るつもりだっただけなんです」 周りにいたスタッフたちが驚いたように、私たち3人を見比べた。 これまでなら美羽の悪ふざけも笑って流していた怜央だが、今日ばかりは挑発が露骨すぎると感じたのか、苛立たしげに眉をひそめた。 けれど、さらに彼を苛立たせることになったのは、そのあとの私の言葉だった。 「私たち、離婚するから。もう、お二人で好きにすれば?」 突き放すように告げると、怜央は私が嫉妬して強がっているだけだと思ったのか、どこか安心したように口元を緩めた。 そして、美羽の手を自分の腕から外し、こちらへ向き直った。 「紗月、美羽とは昔からの友達だって。もう怒るなよ」 美羽は一瞬固まったものの、すぐにむっとした顔で再び怜央の腕に絡みついた。 甘えるように見上げる美羽を、怜央も軽くあしらいながら笑っていた。まるで周囲の人間など目に入っていないようだった。 ほかのお客様の目もある。このまま騒がれては、ホテルの印象にも関わる。 二人に出ていくよう告げようとしたそのとき、怜央が美羽の腕をほどき、私のそばへ寄ってきた。 「もういいだろ、紗月。そろそろ家に戻ってこいよ。三人でしばらく飯も食ってないだろ。明日の夜、奏太も連れて一緒に行こう。今日は本当に、ただ友達同士でゲームしてただけだから」 奏太に何が起きたのかも知らず、何事もなかったように、また家族3人で暮らせると本気で思っている。そのくせ、美羽との時間だけは手放そうとしない。 つくづく救いようがなかった。 …… 怜央が短くなだめると、美羽はすぐに機嫌を直した。だが、怜央の頭からは紗月の冷え切った表情が離れなかった。 さすがに今回は、自分もやりすぎたのかもしれない。腹を立てるのも無理はない。 そう考えた怜央は、紗月の機嫌を取るため、新作のバッグを買いに店へ立ち寄った。 隣にいた美羽は、並んだバッグを見ながらうれしそうに声を弾ませた。 「私、ブルーのほうが好き」 怜央は一瞬きょとんとしたあと、眉をひそめた。 「紗月に渡すんだ。あいつが好きな色を選ぶに決まってるだろ」 美羽の笑顔が固まった。それでも怜央は気づかず、家族3人で過ごした日々を楽しそうに語り続けた。 翌日、怜央は約束した店で3時間待ったが、紗月も奏太も現れなかった。 苛立ちを隠せないまま席を立ち、紗月にLINEを送った。 『今すぐ来ないなら、もう二度と帰ってくるな』 紗月は仕事に追われ、LINEを確認する暇さえなかった。 怜央は険しい顔でスマホをにらみ続けた。紗月がここまで自分を無視したことなど、これまで1度もない。 苛立ちの奥に言いようのない胸騒ぎが混じり始め、とうとう我慢できなくなった。 車で星葉こども園へ向かい、奏太を迎えに行くことにした。そのまま子どもを連れて帰り、紗月ときちんと話をするつもりだった。 ところが、園の先生は怜央の姿を見るなり、はっと息をのみ、痛ましげな表情でゆっくりと歩み寄ってきた。 怜央の胸に、嫌な予感が走った。 手がかすかに震え始め、園庭へ何度も目を向ける。いつものように笑いながら駆け寄り、胸へ飛び込んでくる奏太の姿を必死に探した。 「奏太くんがお亡くなりになったと伺いました。職員一同、心よりお悔やみ申し上げます」