秘書ばかり甘やかす夫。じゃあ私は?

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秘書ばかり甘やかす夫。じゃあ私は?

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私・岡崎紬(おかざき つむぎ)が切迫流産で入院した。 その夜、夫の岡崎承平(おかざき しょうへい)の秘書がSNSに投稿した。 私たちの新居で...

Chương (1)

第1章

私・岡崎紬(おかざき つむぎ)が切迫流産で入院した。 その夜、夫の岡崎承平(おかざき しょうへい)の秘書がSNSに投稿した。 私たちの新居で、その秘書・清水穂香(きよみず ほのか)が私のパジャマを着て、バスローブしか身につけていない承平と抱き合って、グラスを傾けている。背後のテーブルには、豪華な料理がずらりと並んでいた。 添えられた言葉はこうだ。 【ごちそうさまでした。お料理よりも、彼のほうがずっと美味しかった】 私はすかさずコメントを残した。 【避妊はちゃんとしてね。彼、まだ禁煙も禁酒もしてないから、できちゃったら大変よ?】 すると承平は、穂香がただ浴室を借りに上がってきただけだと言い張り、私の心がおぞましいから何を見ても汚く見えるのだと責め立てた。 さらに、私をわがままで器が小さく、底意地の悪い女だと罵り、私のせいで穂香が怯えて泣き出してしまったと怒り狂った。 まもなくして、穂香から使用済みの避妊具の写真とともに、挑発的なメッセージが届いた。 【おばさん、何様のつもりで私に勝とうとしてるわけですか?】 私は手首の医療用リストバンドを引きちぎった。 こんなクズ男なんて、誰が欲しがるっていうの? お腹の子は、もう諦める。 第1話 私・岡崎紬(おかざき つむぎ)が切迫流産で入院した。 その夜、夫の岡崎承平(おかざき しょうへい)の秘書がSNSに投稿した。 私たちの新居で、その秘書・清水穂香(きよみず ほのか)が私のパジャマを着て、バスローブしか身につけていない承平と抱き合って、グラスを傾けている。背後のテーブルには、豪華な料理がずらりと並んでいた。 添えられた言葉はこうだ。 【ごちそうさまでした。お料理よりも、彼のほうがずっと美味しかった】 私はすかさずコメントを残した。 【避妊はちゃんとしてね。彼、まだ禁煙も禁酒もしてないから、できちゃったら大変よ?】 すると承平は、穂香がただ浴室を借りに上がってきただけだと言い張り、私の心がおぞましいから何を見ても汚く見えるのだと責め立てた。 さらに、私をわがままで器が小さく、底意地の悪い女だと罵り、私のせいで穂香が怯えて泣き出してしまったと怒り狂った。 まもなくして、穂香から使用済みの避妊具の写真とともに、挑発的なメッセージが届いた。 【おばさん、何様のつもりで私に勝とうとしてるわけですか?】 私は手首の医療用リストバンドを引きちぎった。 こんなクズ男なんて、誰が欲しがるっていうの? お腹の子は、もう諦める。 …… 私が手術台の上に横たわると、医師が最後に声をかけてきた。 「本当に、諦めてよろしいのですね?」 ちょうどその時、承平から電話が入った。彼は電話に出るなり、私に穂香への謝罪を要求してきた。 「穂香はお前にひどく怯えて、ずっと泣きっぱなしだ。すっかりやつれてしまっている。 お前は妊娠中なんだから、わざわざ家まで来いとは言わない。穂香は今、俺の隣にいるから、ちゃんと彼女に謝ってくれ。そうすれば、この件は水に流してやる」 今日が私の誕生日だと思い出し、やっと後悔して仲直りの電話をかけてきたのだと期待してしまっていた。 しかし、ただ穂香を庇うためにかけてきただけだったのね。 私はフッと自嘲気味に笑った。 「ごめんなさい。まさか清水さんが、障害のある子が生まれるかもしれないっていう覚悟をお持ちだとは思わなくて。私の器が小さかったわ。 じゃあ、お二人の願いが叶うようにお祈りする」 承平は怒り狂って怒鳴り散らした。 「妊婦のくせにそんなおぞましい口を叩いて、子供にバチが当たるとは思わないのか!?」 彼の口ぶりはあまりにも自然で、まるで他人事のようだった。 お腹の子が父親からの呪いを感じ取ったかのように、下腹部にずしりと重い痛みが走り、生暖かい液体が絶え間なく流れ出してきた。 医師は気の毒そうに首を振った。 「どうしても、この子は残せない運命だったようですね……」 私は青ざめた唇を強く噛み締め、目尻から涙をこぼした。 きっとこの子は、生まれてくることこそが不幸なのだと分かっていて、だから自ら去ることを選んだのだろう。 医師から、今日は鎮痛剤が在庫切れで、無痛の手術はできないと言われた。 だが、私のこの状態では、今すぐにでも掻爬手術をしなければならないという。 冷たい金属の器具が、私の内側を幾度となく抉り、掻き出していくあの感覚を、今でもはっきりと覚えている。 その一回一回が、身を切り裂かれるような、骨の髄まで突き刺さるような激痛だった。 お腹のなかの残骸が少しずつ取り除かれていくにつれて、承平に対する私の愛も、跡形もなく消え去っていった。 第2話 翌朝目を覚ますと、スマホの通知がポップアップしていた。私に関係のある誰かが、またSNSを更新したという内容だった。 ディズニーランドで、承平は自分の気質には全く似合わないキャラクターのカチューシャをつけ、穂香と一緒に観覧車でシャボン玉を飛ばしている。 添えられた文字は以下のようだ。 【思い立ってすぐのディズニー旅行! ぶっちゃけ、私の「社長さん」のそばにいなきゃ、誰がこんなに私のこと子ども扱いして甘やかしてくれるの? ちなみに、観覧車の一番高い頂上でキスをしたカップルは一生一緒にいられるっていう噂は、絶対に本物!】 ディズニーランドがオープンして以来、私は何度も承平に甘えて、連れて行ってほしいとねだってきた。 けれど彼はいつも、あんなの見てるだけで退屈だ、そんな時間があるならドライブにでも行くほうがマシだと言い放っていた。 おそらく、彼が退屈だと言っていたのはディズニーランドのことではなく、私のことだったのだろう。 このポストを「興味がない」に設定し、私はまた眠りについた。 一週間後、無事退院した私はそのままデパートへ駆け込んだ。親友の結婚式に着ていくドレスを買うためだ。 目当てのドレスを選んで支払いを済ませた後、もう一着気になるワンピースを見つけて、再び試着室へと入った。 外から、店員の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。 「大変申し訳ございません。こちらのドレスは限定品でして、この街でも一着しか入荷しておらず、すでに岡崎夫人にお買い上げいただいてしまったのです」 すると、甘ったるい女の声が響いた。 「社長、私、秘書室のみんなにもう話しちゃったんです……誕生日パーティーにはこのドレスを着ていくって」 承平が尋ねる。 「どこの岡崎夫人だ? 連絡を取ってくれ。3倍の価格を出すから譲ってほしいと伝えてくれ」 店員は声を震わせながら答えた。 「それが……奥様でございます。ちょうど今、あちらでご試着中でして……」 私が試着室から出てくると、承平は眉をひそめた。 「どうりでさっき病院に行った時、病室にいなかったわけだ! 安静にしていなきゃいけないなのに、こんなところで何をしているんだ?」 病院に足を運んでおきながら、私がすでに流産したことを知らないのだ。彼が医師に私の容態について一言も尋ねなかったのは、火を見るより明らかだった。 私は彼を無視し、ドレスを指差して店員に告げた。 「お手数ですが、こちらを包んでいただけますか?」 すると、穂香がティースタンドから茶杯を手に取り、私に差し出してきた。 「紬さん、ごめんなさい。あんな悪ふざけをして怒らせるような真似をするべきじゃありませんでした。お詫びしますから、どうかそのドレスを私に譲っていただけないでしょうか?」 私は茶杯を受け取って一口すすると、優雅にこう言い放った。 「ここまで手の込んだ真似をするなんて、大したものですね」 穂香は瞬時に瞳を潤ませ、承平の胸元にすり寄りながら、今にも泣き出しそうな声を震わせた。 「紬さん、どうしてそんな皮肉を言うんですか? 社長がいつも、紬さんは器が小さくて我が儘放題だって言っていましたけど、本当にその通りだったんですね…… わざわざここまで追いかけてきてドレスを奪い取るなんて、私への復讐のためなんですか?」 私は彼女の挑発的な視線を受け止めると、ぴったりと寄り添う二人の姿をスマホでバシャバシャと連写した。 それから、店員から渡された袋を慌てることなく受け取り、立ち上がって外へと歩き出した。 承平は大股で近寄ってくると、私の腕を強引に掴んだ。 「紬、お前は本当に救いようがないな。いい歳してストーカーまがいの真似をしやがって! そんなに太ったくせに、このドレスを着ようなんて。わざとみんなの前で俺を笑い者にしたいのか? 毎日毎日、嫉妬ばかりして本当にうっとうしいんだよ。ドレスは置いて、さっさと病院に戻れ。これ以上、外に出てきて恥をさらすな」 第3話 以前の私は、承平の言葉を気にしすぎていた。彼の言うことに決して逆らうことなんてしなかった。 彼に太っていると言われれば必死でダイエットをし、白が似合わないと言われればクローゼットから白い服を一枚残らず処分した。彼に「その服はダサい」と言われれば、二度と身に纏うことはなかった。 穂香は私のそのやり方をよく知っていたのだろう。私の手からショップバッグを強引にひったくると、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。 「ねえ、ピンクってとても可愛らしい色ですけど、紬さんは今年でお幾つになられるんでしたっけ? ご存じないかしら? 素敵なものはすべて、最終的には本当にふさわしい人の元にしか留まらないものなのですよ」 私は彼女に視線を戻し、薄笑いを浮かべた。 「清水さん。他人のものがどれだけ素敵に見えようと、それを欲しがるのは『強欲』って言うのよ」 これ以上彼女を相手にするのは時間の無駄だと、私は視線を外してスマホを取り出し、電話をかけた。 「もしもし、事件です。グランドプラザのシャネルの店舗内で、強奪被害に遭いました」 穂香の瞳に一瞬だけ動揺が走った。彼女はすぐに涙をこぼし、悲しげに訴えかけた。 「社長、どうして紬さんはいつも私ばかりいじめるんですか? もう誕生日はお祝いしなくていいです、ドレスもいりません。みんなに笑いものにされたって、私は平気ですから……」 承平は深く眉をひそめ、怒りを露わにした声を上げた。 「紬、お前はなんでそうやって若い子相手に張り合おうとするんだ!? 穂香はまだ若いんだぞ。警察なんか呼んだら怯えてしまうのが分からないのか! あいつは今日が誕生日なんだ。他に大それた望みがあるわけでもなく、ただこのドレスが欲しいと言っているだけだ。俺はあいつを喜ばせてやりたいんだよ」 私は小さく笑い、承平の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。 「このドレスだけは、絶対にダメ。別のものを選んであげて」 承平は言葉を失い、目を見開いて私を凝視した。 いつもなら、私が彼の元にすっ飛んでいって、穂香との関係を激しく問い詰め、修羅場を引き起こすまで絶対に気が済まなかったはずだからだ。 承平は顔色を険しく曇らせ、その口調にもいら立ちをにじませた。 「紬、お前は一体何のつもりで騒ぎを起こしているんだ?」 私は至って冷静に問い返した。 「私が何か騒ぎを起こしたかしら?」 張り詰めた空気の中、店員が黒いギフトボックスを差し出してきた。 「奥様、大切なお誕生日にご来店いただきありがとうございます。VIP会員であらせられる奥様のために、当店よりささやかなバースデープレゼントを用意いたしました。お気に召していただければ幸いです」 中身は例年通り、ネイビーのネクタイだった。承平の好みに合わせたデザインだ。 私は店員に微笑みかけ、手元のショップバッグを軽く持ち上げてみせた。 「プレゼントならもうここにあります。そのネクタイは、お手数ですが処分しておいてください。私にはもう必要ありません」 承平は思わず声を荒らげた。 「紬、お前は本当に救いようがないな。他人の誕生日にかこつけて自分の誕生日を主張するなんて、お前の誕生日は確か……」 そこで彼の言葉がピタリと止まった。その目に、一瞬だけ気まずさと罪悪感がよぎる。 「……紬、本当にすまない。このところ仕事が忙しすぎて……」 私は彼の言葉を遮った。 「ええ、分かっているわ」 忙しくて私の誕生日は忘れるのに、秘書のためにドレスを買い、誕生日を祝う時間はあるらしい。そう思うと、胸の奥で冷ややかな笑いがこみ上げてきた。 彼が私の手を握りしめてきた。吐き気を覚えるほどの嫌悪感に襲われ、すぐに振り払おうとしたが、力強く握りしめられていて解けなかった。 承平の瞳には、珍しく優しい光が宿っていた。 「欲しいものがあれば、何でも買ってやるよ」 ふと、昔の記憶が蘇った。 承平は貧しい家庭で生まれた。付き合って初めて迎えた私の誕生日に、彼は1001羽の折り鶴をプレゼントしてくれた。 「一つひとつの折り鶴と引き換えに、願いを一つずつ叶えてあげるよ。10年以内に、紬の願いを全部叶えてみせるよ」 彼はそう言った。 それから10年もしないうちに、彼は「お金」で叶えられる私の願いはすべて実現してくれた。けれど、肝心の「気持ち」に関わる願いは、少しずつ忘れ去られていった。 今年はちょうど、私たちが共に歩んで10年目になる。 彼が私に差し出すものは、やはり今でも、お金で買えるものばかりだった。 我に返り、私は首を横に振った。 「何も要らないわ。それじゃ、先に行くわね」 承平が私を引き留めた。 「送っていくよ」 背後で、穂香が突然お腹を抱えてしゃがみ込んだ。 「社長……お腹が、痛いです……」 承平は私の手をパッと離し、大慌てで穂香に駆け寄った。 彼女をそっと抱きしめた彼の瞳には、痛ましさと心配の色が隠しきれずに溢れている。 「生理か? 確かこの数日の間だったよな」 穂香は顔を赤らめて小さくうなずいた。 「でも……痛み止めを忘れてきてしまって」 承平は愛おしそうに彼女の頭を撫でた。 「このうっかり屋さんめ。どうせ忘れるだろうと思って、車にちゃんと積んであるよ。ほら、抱っこして行ってやるから」 彼は穂香をお姫様抱っこした。そして振り返った拍子に私を見て、一瞬だけ動きを止めた。私がまだそこにいることを、今しがた思い出したかのようだった。 この瞬間、私はまるで、主人公たちの美しきロマンスを意地悪く邪魔している、場違いな脇役のようだった。 私は左に一歩寄って、彼らに道を譲った。 「早く行ってあげて。生理痛のつらさは、私にもよく分かるから」 承平は立ちすくんだまま、動かなかった。 穂香が弱々しく呟いた。 「すごく、痛い……」 承平の瞳から迷いが消え、穂香をしっかりと抱きかかえて外へと歩みを進めた。 彼が一歩一歩と遠ざかるたびに、私の離婚への決意は確固たるものへと変わっていった。 先々月、私は酷い生理痛でベッドの上でのたうち回っていた。 けれど、家にあるはずの常備薬の痛み止めがどうしても見つからなかった。今になって思えば、あれも承平が車に積んでいたのだろう。 あの時、私は承平に電話をして、買ってきてほしいと頼んだ。 彼は二つ返事で承諾したものの、結局は手ぶらで帰ってきた。 痛みのあまり顔を青ざめさせている私を見ても、彼は気にも留めずに言ったのだ。 「忙しくて忘れてしまった。子どもを産むような痛みじゃないだろう。しっかり休憩を取れば治るさ」 第4話 私は、ずっと私の返事を待ってくれていた上司の相馬部長に電話をかけた。 「部長、海外赴任の件、お受けします」 それからの三日間、私は毎日離婚弁護士と会い、離婚協議書の下書きを作成した。 三日後の昼過ぎ、承平がようやく帰宅した。 家にいる私を見て、彼は数秒間呆然としていた。 「もう退院してよかったのか? どうして俺に迎えを頼まなかったんだ」 私はコップの牛乳を飲み干して言った。 「忙しそうだったから」 彼はようやく、自分が外泊した夫であるという事実に気付いたようだった。 「昨日は残業でかなり遅くなってね、会社で寝泊まりしたんだよ」 彼はオレンジ色のギフトボックスを私に差し出し、自らその蓋を開けた。 「誕生日プレゼント、遅くなって悪かった。気に入るか見てみてよ」 私はそこにちらりと目をやり、ただ「ふうん」とだけ返事をした。 承平の表情がたちまち険しくなった。 「どういうつもりだ? せっかくプレゼントを贈ったのに、その素気ない態度は何なんだよ」 私はソファに置いていた自分のバッグを肩にかけた。 「だって、それと全く同じブランドの、同じモデルで、同じ色のバッグなら、去年もあなたから貰っているもの」 承平の表情は暗く曇り、その目にバツの悪そうな色がよぎった。 「すまない、忙しくて頭が回っていなかったんだ……」 彼が本当に「忙しさのせい」で間違えたわけではないことなど、最初から分かっていた。 穂香の新しいSNS投稿には、彼女はブランド品の限定ドレスを身に纏い、承平の肩に寄りかかっていた。 【25歳の私は最高のものにふさわしいって、あなたが言ってくれた。だから、私が欲しかった服に、その3倍の額の「抱き合わせ」が必要だったとしても、あなたは少しも躊躇わなかった。 私の25歳は、本当に幸せで、彩りに満ちていた】 この型落ちのバッグは、あのドレスを手に入れるために無理に買わされたものの一部だったのだと、私は確信した。 これ以上不毛な言い争いをする気にもなれず、私は彼に言った。 「いいの。ちょうど明日、優奈(ゆうな)の結婚式があるから。お祝いにこのバッグをあげたら、きっと喜んでくれるわ」 承平は罪悪感を引っ込めると、ほっとしたように笑った。 「少し眠るよ。午後の早めの時間に出発しよう」 優奈は私の大親友だ。滅多に人に頼み事をしない彼女が、今回ばかりはと承平の高級車を結婚式の送迎車として貸してほしいと頼んできた。彼女の婚約者にとって、憧れのドリームカーだったのだ。 その時、承平は快諾していた。 B市へと向かう道中、承平のスマホに電話がかかってきた。スピーカーから聞こえてきたのは、今にも泣き出しそうな穂香の声だった。 「社長、お願い、早く助けに来て……! 元カレに車の中に監禁されて、無理やり体を触られて……私、すごく怖くて……」 承平は道路の真ん中で急ブレーキを踏んだ。 「怖がるな。今すぐ位置情報を送れ、すぐに駆けつける!」 次の瞬間、彼は車をUターンさせ、市街地の方へと引き返し始めた。 私は彼を引き留めた。 「承平、優奈が待っているのよ! 警察に通報してあげましょう。警察の方が、私たちよりも彼女の近くにいるはずよ」 承平は苛立ちを露わにして、不機嫌そうに怒鳴りつけた。 「穂香が泣いているのが聞こえないのか!? お前には同情心というものがないのか? 万が一あいつがひどい目に遭ったらどうするんだ!」 私は感情を押し殺した。 「あなたが助けに行くのを引き留めはしないわ。ただ、車を私に渡して、あなたはタクシーで行ってくれないかしら? これは優奈のウエディングカーだし、私は……」 承平は荒々しく車を路肩に急停車させた。 「こんな場所でタクシーが拾えると思うか!? 大体、お前にこの車が運転できるのか? 傷でもつけたら責任が取れるのかよ! お前はただ、自分より若くて綺麗な穂香に嫉妬しているだけだ。自分と同じ恐ろしい目にあいつを遭わせて、それで気が済むんだろう!」 彼の言葉が、私の胸を深く抉った。 言い返す間もなく、承平は冷酷に言い放った。 「降りろ! 自分で行け!」 そうして私を道端に置き去りにしたまま、彼は猛スピードで走り去っていった。 第5話 夜中の午前一時、ようやく承平が電話に出た。 「急用ができて行けなくなった。お前の友達も、そんなに見栄を張らずに適当なウエディングカーでも用意すればいいだろう」 結局、何の飾り付けもされていない私の古い車が、新郎新婦の乗るウエディングカーになった。 優奈の義理の母親は、あからさまに不機嫌な顔で優奈を部屋に呼びつけた。部屋から出てきた優奈は目元を真っ赤に腫らしていたが、それでも私に笑いかけ、そっと抱きしめてくれた。 私は優奈の顔をまともに見られなかった。私たちは児童養護施設で一緒に育ち、身寄りもなく、お互いだけが唯一の家族だった。それなのに、私は彼女の支えになるどころか、彼女が婚家から見下される原因を作ってしまったのだ。 その時、スマホの通知が鳴り、あるリンクが送られてきた。開いてみると、それは穂香が別で持っている裏アカウントの投稿だった。 一枚目は傷だらけになった承平の高級車で、二枚目は片手でハンドルを握って運転する承平の横顔だった。 【車がボロボロになって心が痛むけど、彼は「奥さん」よりも私のほうが大事だって言ってくれた】 コメント欄には、悪ノリする言葉がずらりと並んでいた。 【お姉さんセクシーでめちゃくちゃ魅力的だもん、奥さんなんか要らないよね。君だけを求めてるのが伝わってくる!】 【マジでそれな! 実は私も現場にいたんだけど、高級車がボロい軽バンに突っ込んだ瞬間、どんな恋愛ドラマの演出もかすんで見えたよ】 【なんで私の側にこんなイケメン社長が現れないでしょ?不公平すぎる!】 私はスクリーンショットを撮り、保存した。 そして、気前よく優奈にベンツのEクラスを一台プレゼントした。 優奈の義母は、ようやく満面の笑みを見せた。 家に帰るなり、私はドレスを脱ぐ暇さえ惜しんで荷物をまとめ始めた。 帰宅した承平は、私の姿をしばらく凝視し、ゴクリと唾を飲み込んだ。 「紬、そのドレス姿、本当に綺麗だ」 彼は後ろから抱きついてきて、低く掠れた声で囁いた。 「妊娠、もう二ヶ月だろ? そろそろいいよな?」 吐き気が込み上げてきて、私は彼を力いっぱい突き放した。 「触らないで!」 彼はようやく、私の目の前にある段ボール箱に気づき、眉をひそめた。 「またヒステリーか? 一体何の真似だ?」 私は何の感情も交えず、冷淡に言った。 「承平、離婚しましょう」