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交際6年、最初から私が「浮気相手」だったなんて
私の名前は春日井朝(かすがい あさ)。遠距離恋愛が始まって、今年で6年目に入った。 仕事が忙しいという言い訳をして、彼氏である桐生颯哉(...
Chương (1)
第1章
私の名前は春日井朝(かすがい あさ)。遠距離恋愛が始まって、今年で6年目に入った。
仕事が忙しいという言い訳をして、彼氏である桐生颯哉(きりゅう そうや)の誕生日を一緒に過ごせないと伝えた。
だが陰では、不動産の権利証を持って、こっそり飛行機に乗って数時間もかけて彼の暮らす街へたどり着いた。
友人たち皆の前でプロポーズをして、彼を驚かせるつもりだった。
タクシーを待つ間、仕事用のアカウントでいくつかメッセージを返し、そのままインスタを開いた。
目に飛び込んできたのは、親友の森田玲子(もりた れいこ)の投稿だった。
【親友に子どもが生まれた!おめでとう~女の子、4.2 キロだよ。こっちまで嬉しくなっちゃうなあ】
写真をタップすると、映っていたのは恋人の颯哉と見知らぬ女性。彼女の名前は、どうやらは神崎陽菜(かんざき ひな)っていうみたいだ。二人の間には、赤ん坊が抱かれていた。
頭の中が一瞬で真っ白になった。
玲子の他の投稿も次々と開いてみると、そこには颯哉とその女の日常だ。出会いから恋愛、結婚、出産……6年前から今日に至るまで、一つも欠けることなく記録されていた。
結婚式の集合写真には、私の一番親しい友人たちの顔まで写っていた。
心が、すっと冷えていく。そうか、皆がずっと知っていたのだ。
まる6年間も知らなかったのは、私だけだった。
第1話
私の名前は春日井朝(かすがい あさ)。遠距離恋愛が始まって、今年で6年目に入った。
仕事が忙しいという言い訳をして、彼氏である桐生颯哉(きりゅう そうや)の誕生日を一緒に過ごせないと伝えた。
だが陰では、不動産の権利証を持って、こっそり飛行機に乗って数時間もかけて彼の暮らす街へたどり着いた。
友人たち皆の前でプロポーズをして、彼を驚かせるつもりだった。
タクシーを待つ間、仕事用のアカウントでいくつかメッセージを返し、そのままインスタを開いた。
目に飛び込んできたのは、親友の森田玲子(もりた れいこ)の投稿だった。
【親友に子どもが生まれた!おめでとう~女の子、4.2 キロだよ。こっちまで嬉しくなっちゃうなあ】
写真をタップすると、映っていたのは恋人の颯哉と見知らぬ女性。彼女の名前は、どうやらは神崎陽菜(かんざき ひな)っていうみたいだ。二人の間には、赤ん坊が抱かれていた。
頭の中が一瞬で真っ白になった。
玲子の他の投稿も次々と開いてみると、そこには颯哉とその女の日常だ。出会いから恋愛、結婚、出産……6年前から今日に至るまで、一つも欠けることなく記録されていた。
結婚式の集合写真には、私の一番親しい友人たちの顔まで写っていた。
心が、すっと冷えていく。そうか、皆がずっと知っていたのだ。
まる6年間も知らなかったのは、私だけだった。
……
玲子のいる病院を調べ、私は取るものも取りあえず病室へと向かった。
ドアを開けたその瞬間、颯哉が愛おしそうにその女性の頬にキスを落としているところだった。
生まれたばかりの赤ん坊の周りには、大小様々な贈り物が積み上げられていた。
その幸せな光景は、私が足を踏み入れた瞬間、跡形もなく崩れ去った。
見覚えのある顔が何人もそこにいる。玲子だけでなく、他の親友たちも何人がいる。
私を見た瞬間、皆が息を呑んだ。
ベッドの上の女性が、怪訝そうに私を見た。
「あなたは……?」
私は何か言おうとしたが、颯哉が鋭い視線で私を制した。
「昔の同級生だよ。久しぶりに会っただけ」
私は思わず自嘲の笑みを浮かべた。
10年も付き合ってきたのに、颯哉は私という存在すら、認めようとしなかった。
その時、玲子が私の手を引いて、病室の外へと連れ出した。
「朝、陽菜は出産したばかりなんだから、彼女の休息を邪魔しないで。話なら、また今度にしましょ」
見慣れた彼女の顔を見つめながら、この十数年、数えきれないほど交わしてきたビデオ通話や、夜更けの打ち明け話を思い出していた。
私が家を買うために、一日4時間しか眠らなかったことも、目を輝かせながら颯哉との未来の計画を語っていたことも、彼女は知っていたのに。
それなのに、私の期待が結局、全部無駄になることを一度も教えてくれなかった。
無理やり病室から連れ出されて、まさか彼女が最初に発した言葉は、労いの言葉ではなく、警告だった。
「陽菜、産んだばかりなんだから、彼女の前で騒がないでよね」
「いつからなの?なんで教えてくれなかったの?」と私は聞いた。
彼女はしばらく黙り込んでから、ようやく口を開いた。
「6年前から、もう付き合ってたの。皆知ってた。
朝に言わなかったのは、あなたが騒ぐと思ったから」
胸が締めつけられて、息をするのもやっとだった。
颯哉とは10年間付き合っていて、そのうち6年は遠距離恋愛だった。
私は何度も入籍させようと言い出した。でもそのたびに彼は、距離が離れすぎているとか、まだそのタイミングじゃないとか、言い訳ばかりだった。
彼はかつて、こう言っていた。
「朝、家を買ってからじゃないと、結婚できないよ」
だから私は必死に働いた。
徹夜を重ねて成果を出し続けたのは、少しでも早く家を買って、彼と結婚するためだった。
この6年、颯哉はいつも忙しいという口実で、帝都に来ようとはしなかった。
何度も休みを取って彼に会いに飛んだけれど、そのたびに仕事で忙しいと言われ、慌ただしく顔を合わせるだけで終わっていた。
私は疑ったことなど一度もなかった。ただ、本当に疲れているのだと思い込んでいた。
まさか、この6年間、彼の思いやりも優しさも、すべて別の誰かに注いでいたなんて。
玲子は、私の手にある不動産権利証に目を留めた瞬間、表情を変え、開き直ったように言った。
「10年付き合ったって、それがどうしたの?颯哉が本当に好きなのはずっと陽菜のほうよ。
じゃなきゃ、あの人が社長だってこと隠して、あなたの前でわざわざ貧乏なふりする理由なんてないでしょ。
あなたが必死に働いてる間、颯哉は陽菜を連れてオーロラ旅行してたのよ。
いい?男というのはね、相手のために金をかけるこそ、本気で愛してるというんだよ。もういい加減、目を覚ましたら?」
彼女はスマホを取り出し、二人が愛し合っている証拠を私に見せつけた。
オーロラの下でキスを交わす二人。
砂漠で手をつなぐ二人。
雪山で寄り添う二人。
どの写真にも日付が入っていた。一番古いものには、6年前の3月と記されていた。
あの頃、私は一番追い詰められていた時期だった。正社員になれる見込みは立たず、母は病に倒れ、いくつものプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。
颯哉に電話をかけても、いつも繋がらなかった。
あの頃にはもう、二人は付き合っていたのか。
スマホが震えた。颯哉からのメッセージだった。
【先に戻ってて。あとで説明するから】
私は玲子の手を振り払い、もう一度病室のドアを開けた。
第2話
颯哉が眉をひそめた。
「朝、いったい何のつもりだ」
私はご祝儀袋を取り出し、赤ん坊のそばにそっと置いた。
「長年の同級生でしょ。子供が生まれたんだから、お祝いくらいするのが当然じゃない」
次の瞬間、私のメールに秘密保持契約が届いた。
内容はこうだ。もし私と颯哉の関係が陽菜に知られたら、母の治療にあたっている医療チームを解散させる、と。
さらに背筋が凍ったのは、母の名前がすでに署名欄に記されていたことだった。
母は肝癌が再発し、癌細胞は急速に広がっていて、医師たちもお手上げの状態だった。
その時、颯哉が大学院時代の先輩を紹介してくれたのだ。難病を専門に扱うチームだと聞いていた。
その先輩の力を借りて、ようやく母の容体は安定していた。
まさか、颯哉に母を人質に取られるとは思ってもみなかった。
陽菜が軽く颯哉を睨みつけた。
「なんでそんな怖い顔するの。同級生さんだって、善意でやってくれたのに」
彼女はベルベットの小箱を取り出した。中には、ハイブランドのブレスレットが入っていた。
「颯哉の昔のお友達なんでしょ。これ、よかったら受け取ってください」
隣で玲子が口を挟んだ。
「もらっときなよ。こんなの、陽菜には山ほど持ってるんだから」
陽菜がにっこりと笑った。
「そうそう、遠慮しないで。うちの旦那ったら、しょっちゅうブランド品買ってくれるの。
時々、セットで買っちゃうこともあって。ほんと、困ってたわ」
胸の奥に、じっくりと苦いものが広がった。
颯哉は、私と付き合っている間、ずっと貧乏なふりをしていた。
以前、一緒に買い物へ行ったとき、私が気に入ったバッグがあった。颯哉は買ってくれようとした。
でも私は、家を買うための出費を考えて、自分からメルカリで中古を探そうと言った。
彼が「上司に歩合給をカットされた」とこぼしていたから、私はそれを真に受けていたのだ。
親友たちの顔をぐるりと見回すと、皆それぞれに言い訳をつけて、次々とこの場を離れていった。
颯哉が結婚したことだけじゃない。彼が貧乏なふりをしていたことまで、皆、口を揃えて私に黙っていたのだ。
私の必死な姿を見て、面と向かっては同情するふりをしながら、陰でどんな言葉で私の愚かさを笑っていたのか、想像するだけで胸が痛んだ。
ブレスレットを受け取り、私はぼんやりとした足取りで病院を後にした。
ホテルに戻ってようやく、涙が堪えきれずにこぼれ落ちた。
颯哉と付き合っていた頃、私たちは友人たちから「苦労人同士のカップル」と揶揄われていた。
私はアルバイトで学費を稼ぎながら、母の高額な医療費まで背負っていた。
颯哉は、私よりもっと苦しい状況で、一円だって無駄にできない生活を送っていた。
二人で頑張れば、きっと生活は良くなると二人とも信じていた。
あの頃はお金がなくて、屋台の300円のおでんを食べていても、閉店まで話し込んだものだった。
卒業後、彼はどうしても地元に戻って起業すると言い張り、私は帝都での内定を選んだ。二人で稼いで頑張ろうと約束した。
空港で見送ったあの日、彼は私を強く抱きしめて、家を買ったら結婚しようと誓った。
その約束を、6年も待ち続けた。
この6年間、私はひたすら働き続けた。
昼は会社勤め、夜は副業、週末は塾の講師まで掛け持ちした。
一番きつかった時期は、三ヶ月間毎日4時間しか眠れず、救急搬送されかけたこともあった。
それでもあの頃は、幸せだと思っていた。
これがすべてまやかしだったなんて、夢にも思わなかった。
第3話
夜、颯哉は私の泊まるホテルへやって来た。
彼の顔を見た瞬間、涙がこみ上げた。
「どうして、私を騙してたの?」
彼がもっと早く打ち明けてくれていたら、私はここまで必死に家を買おうとする必要もなかったし、母に「彼氏を連れて帰る」なんて約束もしなかったはずなのに。
颯哉が一枚の銀行カードを差し出した。
「朝、このカードに4000万円入ってる。暗証番号は君の誕生日だ。せめてもの償いだと思って受け取ってくれ。
俺と陽菜は……家同士が決めた政略結婚なんだ。いろいろ、俺にもどうにもできないことが多くて」
以前は貧乏なふりを続けるため、振込は2万円を超えないようにしていたくせに、今になって4000万円をぽんと差し出してきた。
見慣れたはずのその顔を見つめながら、この10年分の想いが、この瞬間、跡形もなく砕け散っていくのを感じた。
颯哉の目に、一瞬哀れみのようなものがよぎった。
「君さえ良ければ、これまで通り、俺のそばにいてもいいんだぞ。
何もなかったことにして、今までどおりでいよう。陽菜にさえ知られなければ、それでいい。」
答える代わりに、私は彼の頬を思い切り引っぱたいた。
颯哉は、叩かれて痺れた頬を舌先で押しながら、暗い目つきで言った。
「今回の件、俺のやり方がまずかったのは認める。でも本当に、朝のことを大事に思ってたんだ。
この何年か、俺は君に対して冷たくしたことがあったか?
君のお母さんの治療費だって俺が出したし、帝都の家賃だって俺が手当てしてた。昇進した時のあのプロジェクトだって、俺が人に頼んで話をつけたんだ。
俺のそばにいてくれるなら、月に400万渡すことだってできる。俺名義の豪邸だって、好きなのを選んでいい」
自分の努力だけで手に入れたと思っていたものは、まさかすべて裏で彼の手が回っていたのか。
口では私が大事だと言いながら、結局、私に人の家庭を壊す不倫相手になってほしいんだ。
颯哉を追い出したその夜、私は荷物をまとめて海市を発つことにした。
保安検査を通ろうとしたその時、正面から水を浴びせられた。
「あんたが義兄を誘惑した不倫女?いい歳して恥知らずね!」
ずぶ濡れのまま、空港のロビーに立ち尽くす私に、周囲の視線が針のように突き刺さった。
気まずそうな顔で立っている玲子を見つめ、私は聞いた。
「玲子も、私が不倫相手だと思ってるの?」
親友の玲子は目を閉じた。
「朝、いくら仲がいいからって、あなたの肩を持つわけにはいかない。あなたは……不倫相手であることは確かなんだから。
陽菜は何も悪くない、人の家庭を壊すようなことしちゃダメでしょ」
人だかりがざわつき出し、誰かが動画をネットに上げた。
コメント欄は罵声で埋め尽くされ、私の名前も出身校も勤め先も、すべて特定されてトップに晒された。
スマホが熱くなるほど震え続けた。見知らぬ番号からの罵倒メッセージが、次々に届いていた。
そして、会社の人事部から電話があった。
「春日井さん、しばらく出社しなくて結構です。今後については、改めて連絡します。」
続いて、母の介護を担当している介護士からも電話がかかってきた。
「春日井さん、あの医療チーム、撤退するつもりみたいです。あなたが怒らせてはいけない相手を敵に回したからって、そう言ってました」
頭の中が真っ白になり、震える手で颯哉に電話をかけた。
「どうして、私にこんな仕打ちをするの?」
電話の向こうからは、言い争う声が聞こえてきた。彼は電話越しに低く唸った。
「君が俺を追い詰めたんだろ。陽菜がもう君の存在に気づいてる。前に警告したはずだ!」
電話が切れた。
ネット上に次々と書き込まれる罵倒を読みながら、私にできることは、颯哉との付き合いの記録や日常を整理して投稿し、自分が浮気相手ではないと証明することだけだった。
だが、その投稿もすぐに通報され、アカウントごと凍結された。
絶対的な権力の前では、自分がどれだけあがいても滑稽でしかないのだと、その時初めて思い知った。
颯哉から、また電話がかかってきた。
「ライブ配信で陽菜に謝れば、彼女が許してあげるから。俺たちも、また続けられる。
約束した条件は変わらない。朝、君は賢い人だろ。何を選ぶべきか、分かってるはずだ」
第4話
6年もの間、騙され続けていたのも、青春を奪われたのも私だ。
なのに今度は、ネット中から不倫女と罵られているのも、この私だ。
どうして逆に、私が謝らなきゃいけないの?
「君の投稿のせいで、陽菜がひどく傷ついた。彼女はもう訴訟の準備をしてるって。
君が謝らなかったら、俺だってもう君を守ってやれない!」
私は目を閉じた。
「分かった。謝るわ」
配信を始めた途端、コメント欄は一瞬で罵倒の言葉で埋め尽くされた。
私は口を開いて言った。
「申し訳ありませんでした。
10年間付き合った恋人がいつの間にか他人の夫になっていたことを、黙って受け入れられなかったことに謝ります。
たとえ10年付き合ってきた彼氏が浮気しても、平然と受け入れるべきだったんですよね。
寝取られでも、たいしたことじゃないですもの」
颯哉が慌てて配信を止めた。
だが【陽菜、不倫女】の文字は、すでにトレンド入りしていた。
颯哉は怒りのあまり笑い出した。
「朝、後悔するなよ」
その瞬間、背筋がぞっとした。
ちょうどそこへ、介護士からビデオ通話がかかってきた。通話に出た瞬間、彼女の取り乱した声が耳に飛び込んできた。
「春日井さん、さっき大勢の人が病室に押しかけてきて、癌になったのは自業自得だ、死ねばいいってお母さんを罵倒して……
お母さん、罵声に耐えられなくて、窓から飛び降りて……」
電話の向こうには、介護士の声だけでなく、誰かの悲鳴や、看護師の慌ただしい足音まで混ざって聞こえてきた。
それらの音が耳には届いているのに、頭では何ひとつ理解できなかった。
颯哉が冷たく言った。
「お母さんは三階から落ちてまだ息はある。うちの医療チームが近くにいるからな……」
私は転がるように陽菜のところへ駆けつけ、皆の前で、陽菜に向かって額を地面に打ちつけた。
「ごめんなさい、神崎さん。さっきは私が悪かったです!お願いです、母を助けてください」
そばにいた秘書が、すかさずまた配信を始めた。血まみれの顔でカメラに向かって謝罪する私の姿が、そのまま流された。
流れてくるコメントのひとつひとつが、すでにずたずたになった心臓に、刃物のように突き刺さった。
颯哉ようやく表情を和らげ、母の様子を見に行くように人をやると、自分は電話を受けに外へ出ていった。
彼が席を外したのを見たら、玲子が物陰からすっと姿を現した。
陽菜が彼女に聞いた。
「あの医療チーム、もう離れた?」
玲子が頷いた。
その意味を私はすぐには理解できなかった。だが、また介護士から電話がかかってきた。
「春日井さん、さっきまで確かに医師や看護師がいたはずなのに、いつの間にか誰もいなくなって……お母さん、もう息をしていません……」
頭が真っ白になった。
私は信じがたく二人を見つめた。
「あんたたちが、やったのね……」
玲子が私を抱え起こし、顔の血を拭ってくれながら言った。
「朝、そんなに悲しまなくていいのよ。お母さんの病気、前からずっとああだったじゃない。
何年治療しても効果なかったんだから、いっそ楽にしてあげたほうが良かったと思わない?」
彼女たちは母の命を奪っておきながら、まるで私のためだと言わんばかりの顔をしていた。
こんなに恥知らずな人間が、この世にいるなんて思いもなかった。
胸の中で絶望と怒りがいっぱいで、理性が完全に吹き飛んだ。私はテーブル上の果物ナイフを掴み、そのまま二人へ向かって駆け出した。
その瞬間、病室のドアが勢いよく開いた。
「朝!何してるんだ!」
颯哉が素早く割り込んできて、まるで壁のように陽菜の前に立ちはだかった。
刃先が颯哉に届く、まさにその寸前だったのに、誰かが私の手首を強く捻った。
本来、颯哉に向けられるはずだった刃は、そのまま自分自身のほうへと向きを変え、深く胸に突き刺さった。
生温かい血が、驚愕した颯哉の顔に飛び散った。
颯哉の表情が一瞬にして青ざめ、恐怖へと変わった。彼は陽菜を突き飛ばして、私に駆け寄ってきた。
「朝!」