利益を独占する従兄。僕は協力を止め海外に飛んだ

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利益を独占する従兄。僕は協力を止め海外に飛んだ

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僕・真壁智樹(まかべ ともき)が従兄・吉川浩介(よしかわ こうすけ)の経営する吉川畜産に独自配合の飼料を提供したことにより、吉川畜産は1...

Chương (1)

第1章

僕・真壁智樹(まかべ ともき)が従兄・吉川浩介(よしかわ こうすけ)の経営する吉川畜産に独自配合の飼料を提供したことにより、吉川畜産は1年で1億円以上の利益を生み出した。 だが利益分配の日、浩介は親族全員の前で、かつて約束していた5対5の分配をあっさり反故にし、僕に振り込んだのはたった100万円だった。 そして僕の肩を軽く叩きながら、笑顔で言ったのだ。 「智樹、1年中何もしてないお前に100万円も分けてやるんだから、感謝してくれよ?」 その卑しい本性をさらけ出した顔を見ても、僕はただ少し笑みを浮かべるだけで、何も言わずに、100万円を受け取る。 そして翌日、僕は吉川畜産への飼料の供給を打ち切った。この飼料の製法は僕しか知らない。それから、僕は父と母を連れ海外へ渡り、新たな研究へと踏み出した。 僕のこの独自配合飼料を失ったあと、果たして彼はこの先どうするつもりなのか――その結末を僕は見届けることにした。 第1話 親戚の集まりで、僕・真壁智樹(まかべ ともき)の従兄である吉川浩介(よしかわ こうすけ)は、モバイルバンクに入金された1億円を見て満面の笑みを浮かべていた。 浩介は携帯をその場にいた親戚に見せつけるようにして言う。 「1億円だ!これはなかなかだろ!」 浩介の顔には、隠しきれない興奮が浮かんでいた。 彼が僕に近づいてきて、僕の肩を抱き寄せる。 「さあ、智樹!お祝いに乾杯しよう! 智樹のおかげで吉川畜産の家畜たちは、それはもう見違えるほど育ったんだから!」 彼の満面の笑みを見て、僕も嬉しくなった。 思えば、あの頃の浩介は壁にぶつかっていた。飼料代は高いのに、効果はいまひとつ。そんな彼を助けるため、僕は長い時間をかけて試行錯誤し、ようやく完成させた独自の配合飼料を彼に渡したのだ。 その時、泣くほど感謝していた浩介は、僕の手を握りしめてこう誓った。 「智樹、たとえ俺たちが親戚であっても、金のことはきっちりしよう。 お前が飼料を生産して、俺が現場を回す。利益が出たら、二人で半分ずつだ。 もし俺が約束を破ったら……俺のことを煮るなり焼くなり好きにしていいから!」 その時、伯父・吉川宗介(よしかわ そうすけ)と伯母・吉川里香(よしかわ りか)も同席しており、彼らも繰り返し保証してくれたからこそ、僕は浩介を信じ、決断したのだった。 僕はグラスを持ち上げ浩介と乾杯をし、いつ浩介が利益の分け前の話をしてくれるのかと待っていた。 そして食事会も終わりに近づいた頃、皆の真ん中に立ち、咳払いをした浩介。 その場の全員の視線が彼に集まった。 浩介はまず、この1年の苦労について語り始める。 従業員の管理がどれほど大変だったか、販売ルートを開拓するのにどれだけ苦労したか――まるで自分一人の努力でここまでやってきたかのように話し続けた。 僕は何となく違和感を覚えたが、それでも黙って耳を傾けていた。 やがて浩介は話題を変え、僕のほうを見ると、満面の笑みを浮かべて言った。 「智樹、お前が開発してくれた飼料のおかげで、本当に助かったよ。俺は本当に感謝してるんだ!」 そう言って浩介は携帯を取り出し、画面を操作する。 すると僕の携帯が震え、銀行口座への振込通知が表示された。 銀行のアプリを確認した僕は、そこにあった数字を見て言葉を失った――100万円。 自分の見間違いだと思い、僕はもう一度桁を慎重に数え直す。 だがそれは間違いなく、100万円だった。 僕は顔を上げ、戸惑いながら浩介を見つめた。 しかし、浩介はすでに携帯をしまっていて、相変わらず満面の笑みを浮かべている。 彼は僕に近づいてくると、僕の肩を力強く叩いて、こう言った。 「どうだ?もう振込は確認したか?」 浩介が声を張り上げて続ける。 「お前は研究所でいつも通り仕事して、ちょっと配合を考えただけだろ? でもな、俺はこの1年、あちこち駆け回って、生産体制を整えて、取引先も開拓して……本当に身を削ってやってきたんだ。 だからこの金はな、結局のところ俺が汗水流して稼いだものなんだよ。 そこで俺は考えたんだ。お前には100万円を技術相談料として渡す。それなら別に損もないだろ?」 しかし、そう言いながら僕を見つめる浩介の瞳には、感謝の色など少しもない。 むしろ、まるで自分のほうが上だと言わんばかりの、見下すような視線。 宗介と里香も俯きながら黙々と料理を口に運び、こちらを見ることすらしなかった。 端に座る僕の両親も、何とも言えない困惑した表情を浮かべている。 しばらく気まずい空気が流れた後、黙々と食事をしていた宗介が立ち上がり、グラス片手に僕へと近づいてきた。 宗介は年長者らしい穏やかな笑みを浮かべ、僕の肩を軽く叩く。 「智樹くん、お金は受け取ったかな? まあ、エリート研究員の智樹くんは立場もあるし、給料も安定もしてるから、こんな端金にはこだわらないか。 でも、浩介の方は違うんだ。施設を維持するために、膨大な経費がかかるから、金がいくらあっても足りない。 君と浩介は従兄同士だ。だから、少し大目にみてやってくれないかな?」 里香も寄ってきて、親しげに付け加えた。 「そうなのよ、智樹くん。ほら、浩介を見て?この1年忙しすぎて、あんなに痩せちゃったんだから。 智樹くんの配合飼料はもちろんすごいわ。でも、浩介があちこちに販売ルートを広げなければ、一銭にもならなかったわけでしょ? それに、100万円だってかなりの金額なんだから、もうお金なんかよりも、親戚の間での信頼を大切にしてほしいの。 これから、智樹くんに何かあれば、浩介はきっとあなたを助けてくれるはずだから」 二人は左右から口を挟み、慰めるような言葉をかけながらも、その端々には僕への牽制が滲んでいた。 僕は関節が白くなるほど携帯を握りしめたが、顔を引きつらせながらも、ゆっくりと笑みを作り、宗介、里香、そして浩介を見つめながら、淡々と口を開く。 「確かにみんなの言うとおりだよ。 浩介、この1年間お疲れ様。確かに100万円は受け取ったから。ありがとう」 その瞬間、3人が同時に安堵の溜息を漏らした。 「智樹くん、分かってもらえたようで良かったよ」 宗介が嬉しそうに言う。 「さすが智樹くんだ。ちゃんと分かってるじゃないか。研究所で働いてるだけあって、物事の分別もついてるし、話が早い」 里香もすぐに相槌を打つ。 「本当ね!智樹くんなら理解してくれるって思ってたわ。 昔からずっと賢かったけれど、より一層頼もしくなったわね。 親戚なんだからこれからも仲良くしましょう。だからこんなお金の話で関係を悪くするなんて、意味ないでしょ?」 第2話 浩介が畳みかけた。 「智樹、やっぱりお前が一番俺のことを理解してくれるよ。本当、ありがとな!」 そう言ってグラスの酒を一気に飲み干した浩介は、さらに顔を赤く染め、酔いも回ったのか、ますます口が滑らかになっていく。 「それにしてもだ、智樹。 吉川畜産は今、完全に軌道に乗っているし、評判も上々で、注文も殺到している。 この勢いなら、来年には売り上げが倍以上になっているかもしれない!」 浩介は一度言葉を切り、僕を熱い眼差しで見つめた。 「だからな、お前の飼料はうちの命綱みたいなもので、会社の強みそのものなんだ。 お前は俺たちの技術面での柱って言っても過言じゃない! これからも配合の改良や調整、それに…… そうだ!今後の研究開発も、お前の力が必要なんだよ。 俺たち兄弟が力を合わせれば、何だってできる。 安心しろ。お前を悪いようにはしないからな!」 宗介も隣で何度も頷き、口を挟んだ。 「そうだぞ、智樹くん。君は専門知識を持った人間なんだから、このことは、君なしじゃ成り立たない。 だから研究所の仕事も今まで通り頑張ってもらって、こっちで新しいアイデアや改善が必要になった時には、頼りにしてるからな。 前線で動くのは浩介で、君が技術で支える。それなら、うちの事業はもっと大きくできるはずだ!」 「そうよ、智樹くん。 考えてみれば、あなたにも安定した収入ができたってことでしょ? 親戚の役にも立てるし、自分にも副収入が入る。 これから配合技術がさらに改善されて、浩介のところの業績が伸びれば、あなたへの分け前も忘れないから。 これが一番長く続く、みんなが得をする形なの」 里香もそう言った。 彼らは口々に言葉を重ね、もっともらしい表情で、いかにも親身になっているように話し続ける。 まるで、たった今100万円で僕の1年間の努力を買い叩き、その価値まで踏みにじった人たちとは思えない。 僕は穏やかな笑みを浮かべながら、彼らの話をただ黙って聞いていた。 食事会が終わると、吉川一家は満足そうに僕と両親を見送った。 車の近くまできたところで、僕の携帯が震えた。 吉川畜産の現場主任である坂本健二(さかもと けんじ)からの電話だった。 おそらく飼料の件だろうと思いながら、僕は着信ボタンを押す。 スピーカーからは、健二の申し訳なさそうな声が聞こえてきた。 「真壁さん、夜分遅くにすみません。 今日届いた新しい飼料なんですけど、混ぜてみた反応が少しおかしい上に、家畜たちの食いつきもあまり良くないんです。 もしかしたら比率の調整が必要かと…… いや、もしかしたら私たちの手順に何か問題があったのかもしれません」 健二の焦った声が耳元で響くなか、僕はドアを開け、車に乗り込む。 車内は自分の落ち着いた呼吸音がはっきりと聞こえるほど、静かだった。 僕は窓から外の暗闇を眺めながら、健二の言葉を遮った。 「坂本さん」 「なんでしょうか?」 健二が即座に反応する。 「飼料の話ですが、今後はもう僕に聞かなくて大丈夫ですよ」 どうやら僕の言った意味が理解できていないようで、電話の向こう側でしばらくの沈黙が流れた。 「えっ?真壁さん、それはどういう…… もしかして私たちの方に何かミスがありましたか? もしそうであればおっしゃってください!私たちはすぐに修正しますので! 真壁さんからの飼料提供がなくなってしまったら、会社が終わってしまいます!」 僕は改めて健二を遮り、ゆっくりと、はっきりと一言ずつ伝えた。 「つまり、もう飼料について心配しなくていいと言ったんです。 吉川畜産は明日、倒産します。だから、早いうちに次の職を探した方がいいと思いますよ」 「な……何を言っているんですか?倒産!?」 驚きで、健二の声は上ずった。 「真壁さん、冗談はよしてくださいよ!そんなことあり得るわけがないでしょう? 最近までずっと好調でしたし、来月まで注文で埋まってるんですよ? 社長だって今日、来年には事業を広げるって話をしていたじゃないですか! なのに、急にどうして倒産なんかするんですか? 私たちがここを辞めないのは、仕事が安定してるし、給料もいい上に遅れたことがないからです。ほかの現場じゃ、こんな条件のところはそうありません…… もしかして何かトラブルでもありました? 配合……配合に何か問題が? 真壁さん、一体どういうことなんですか? ちゃんと私たちにも分かるように説明してもらえなきゃ困りますよ。 家族を養わなきゃならないんですから……」 健二の声は驚きから焦りに変わり、ついには縋るようなものへと変わった。 彼が困惑から、恐れを抱いている様子がありありと浮かぶ。 しかし、僕にはそれを釈明する義務はない。 「特に理由はありません」 僕は淡々と言った。 「僕の話は、これで終わりですので」 そう言い終えた僕は、相手がなおも問い詰めようとする言葉を聞き流し、そのまま通話終了ボタンを押す。 ツーツーという通話終了音だけが響き、さっきまでの騒がしさが嘘のように消え去った。 携帯を助手席へ放り投げ、僕は車を発進させた。 第3話 車内には重苦しい静寂が流れている。 先ほどの通話の内容は、後部座席に座っていた両親にも、全てが聞こえていた。 「智樹……さっきのは……頭に血が上って言っちゃっただけでしょ?」 母が前の方へ身を乗り出してきた。 「今日の浩介くんたちの態度は、確かに度が過ぎるものがあったから、腹が立つのはわかる。 でも、そんなのはあんまりじゃないかな。 だって浩介くんは、吉川家の唯一の跡継ぎなのよ?」 それでも僕からの返事をえられなかった母は、再び話を続ける。 「それに、宗介は私の弟だから、姉である私が弟を困らせるようなマネはできないわ。 あなたがこんなことをしたら、今後私たちはどうやって付き合っていくの? これから実家で……私はどんな顔をして過ごせばいいのよ。 智樹、お願いだから、意地を張るのはやめてくれないかしら? 何もなかったことにして、配合飼料は今まで通り渡してあげて」 僕は眉をひそめて、母の言葉を遮る。 「あの人たちの態度、母さんだって今日見たよね?どう見ても、僕の配合技術をただで使い続けようとしてるだけだったでしょ? 浩介が僕の従兄なのは分かってる。でも、約束を破って、僕を利用するだけ利用して切り捨てたんだよ? 何ヶ月も眠る時間も削ってまで、僕は必死に配合を研究してきた。 中卒の浩介が、いったいどれだけの顧客と繋がれると思う? 今取引してくれている人たちだって、僕の顔を立てて契約に応じてくれたんだ。なのに、ただ契約書にサインしただけのあいつが、自分だけの力で勝ち取ったみたいな顔をしてる。 それなのに最後には、僕が何もしていない人間として扱われるの? 母さん……浩介の肩を持つのもいい加減にしてくれるかな?」 「智樹!お母さんはそんなつもりで言ったんじゃないの!」 母が慌てて釈明する。 「智樹は私の大切な息子だもの、心配しないはずがないでしょ? 智樹は勉強もできて、大学院まで行って、今では研究所で働いているんだから、将来だって明るい。 でも浩介くんの方は吉川畜産を継ぐだけで精一杯。大して勉強してきたわけでもないし、あの子の人生だってもう大体決まってるんだから。 もっと余裕を持ってあげなさい。こんなことで浩介くんと揉めてどうするの?」 「母さん」 僕はバックミラー越しに、魂が抜けたような母の姿を見つめながら、静かに口を開いた。 「もし今回も僕が我慢して、これからも無償で配合飼料を提供し続けて、それどころか改良や新しい開発まで手伝い続けたらどうなるか、考えたことはある? 吉川畜産はどんどん大きく成長して、利益も増えるはず。 じゃあ、その次はどうなる?来年の利益分配の時、浩介は僕にいくら渡してくれると思う?200万円?それとも300万円かな? むしろ、『お前は安定した仕事があるんだから、このくらいの金は必要ないだろ』って言って、一切もらえなくなると思わない? お母さんには知っておいてほしいんだけど、僕が持っている技術や成果、それにこの業界で築いてきた人脈や繋がりを合わせれば、1億円程度の価値じゃ済まないんだ。 それでも僕が浩介に力を貸したのは、あいつが僕の従兄で、母さんたちも家族の絆を大切にしていたから。 でも、僕は聖人じゃないし、あいつに施すためにやっているわけでもない。 だからこれは本来協力関係であって、信頼を基に成り立つものなんだよ」 「浩介たちは、智樹がもたらした恩恵を受けているくせに、感謝なんてしていない。むしろ、当たり前のことだと思っているんだ。 それどころか、自分たちが金を稼がせてやっていると勘違いしているに違いない」 隣で父が冷たく言い放ったその言葉は、まさに核心を突いていた。 僕は小さく頷く。 「そう、その通り。人間の欲望には際限がないから。 今日だって約束を平気で破って、僕にたった100万円しか渡さなかった。そんな人間を信用できると思う? 母さん、何かが起こってからじゃ遅いんだよ」 僕の言葉を聞いた瞬間、母の顔から血の気が引いた。 「そんなのは困るわ。智樹は一生懸命努力して、大学院まで行ったんだから…… こんなことで、あなたの将来を潰すようなことだけはしないで」 この母の言葉を聞いて、ようやく僕も安心できた。 父が深く息を吸い込み、今も少し震えている母の手をしっかりと握った。 そして父は、まっすぐ僕を見る。 「智樹……これからどうするつもりだ? 今回のような事があった後では……」 「父さん、母さん」 僕は父の言葉を継いだ。 「国内でできることは、もう大体終わってるんだ。 だからね、僕は海外に行くことにしたよ。手続きも全て済ませてあるしね。 ここ何日かで残ってることを片付けたら、すぐに行くから」 「海外!?」 「何だって!?」 第4話 目を丸くして驚く両親。 「うん。海外に行ってくる」 僕は落ち着いた声で、もう一度繰り返した。 「向こうの手配も全部済んでるから。 実は、最先端農業バイオテクノロジー研究所で働けることになったんだ。 待遇も今の職場とは比べものにならないほどいい」 「でも……私たちはもういい歳だし、言葉も分からないわ。 海外なんて見知らぬ土地へ行って、あなたの足手まといにならないかしら?」 母はまだ混乱しているようで、未知の場所に対する不安と心配を露わにしている。 「それに、向こうで住むところは?私たちは何もできない……」 「母さん、その辺はもう考えてあるから」 僕は母に優しく説明した。 「研究所からマンションを提供してもらえるし、みんなで住むのにも十分な広さだよ。 もうリフォームも始めてるから心配しないで。 それに僕たちの国の出身の人もいっぱいいるエリアだから、ゆっくり慣れていけば大丈夫だよ。 だから、言葉で困ることはないと思う」 それでも、バックミラー越しに依然として険しい父の表情が見えた。 父がもっと現実的な問題を心配しているのは、僕も分かっている。 「智樹、海外に行くなんてそんな簡単に決められることじゃないし、お前の仕事も良さそうで、親として喜ばしい限りだ。 だが、母さんも父さんもずっとこの国で暮らしてきて、持ち家だってある。 なのにそんなすぐに行くってなったら、この生活をどうしろと言うんだ? 向こうでは職にもつけないだろうし、お前に頼り切りになってしまう」 「父さん、そのことについても手はずは整えてあるから」 僕は続けた。 「それに、僕の給料で十分すぎるほどの生活が送れる。 だから二人は、ただ少し早めに退職したと思って、のんびり余生を楽しんでくれればいい。経済的な心配はいらないから。 もし帰りたくなったら、いつでも一緒に帰国すればいいしね」 「智樹……もしかしてずいぶんと前から準備していた?」と母が聞いた。 「うん、最初は浩介のビジネスが軌道に乗るまで、配合飼料を提供しようかと思っていたんだけど…… でも、もうその必要もないから」 僕は淡々と答えた。 すると、父が背もたれに深く寄りかかり、溜息をついた。 「分かった」ゆっくりと口を開く父。 「行こう。この老体に鞭打って、海外の暮らしとやらを見てやろうじゃないか! うちの息子には才覚も賢い頭もある。それ以上に芯の強さがあるからな! 俺たち家族が一緒なら、どこへ行ったってやっていけるさ。智樹、全てお前に任せるぞ」 母も覚悟を決めた父を見やり、それから僕の横顔を見て、最後にはゆっくりと深く頷いた。 「ええ。智樹の言う通りにするわ。 家族一緒に平穏に暮らせるのなら、それが一番の幸せだもんね」 翌日、僕は吉川畜産へ行かなかった。 飼料の補充も途絶えたまま。 吉川畜産では朝から大パニックになっていた。 今までの飼料に慣れきった家畜たちが、通常の餌をまるで受け付けず、全く口にしない。 異変を感じ取り、暴れ始める家畜もいたほどだった。 それでも従業員は右往左往するだけで、手の打ちようがない。 健二は血眼になって智樹の携帯を鳴らしたが、その電話は一向に繋がらなかった。 結局、健二は浩介に泣きついた。 当初、家畜が一時的に不機嫌なだけだろうと楽観視していた浩介は、自信満々に自ら様子を見に行ったが、結局何ひとつ解決策を見いだせなかった。 そこで初めて焦った浩介は、智樹に電話をかけたのだが、やはりその電話が繋がることはない。 暴れる家畜がどんどん増えていき、従業員たちの間にも不穏な空気が渦巻き始める。 さらには納品期限のプレッシャーや、顧客からの催促の電話に、浩介は追い詰められていった。 …… その結果、僕の両親の携帯まで電話が鳴り響くようになった。 里香も探りを入れるように母へ電話をかけてきた。 僕の体調が悪いのか、なぜ様子を見に来ないのか、などと尋ねてくるらしい。 だから、母はあらかじめ僕と打ち合わせた通り、体調不良だ、と伝える。 それからすぐに、宗介からも怒りの電話が母にかかってきた。 「姉さん!智樹くんはどういうつもりなんだよ?俺たちの吉川畜産には、彼がいなきゃ駄目なんだよ! 無責任すぎる!早く智樹くんを仕事に行かせてくれ!」 母は怯むことなく答えた。 「智樹は体調が優れないから、少し休ませるわ。 それに、吉川畜産の社長は浩介くんなんだから、彼が自分で解決すべき問題じゃないの? 智樹はあくまで研究を頼まれていただけで、浩介くんに雇われた従業員じゃない。だから、会社に行く義務なんてないのよ」 電話越しに激昂する宗介をよそに、母は静かに電話を切った。 僕が書斎で渡航の手続きをしている間、携帯は絶え間なく震えていた。 だから僕は、しぶしぶ電話に出ることにした。 第5話 電話に出た途端、浩介の怒鳴り声に鼓膜が破れそうになる。 「智樹!お前はどこにいるんだ!? 今の状況がわかってるのか!?こっちは大パニックなんだぞ! なのに、電話にも出ないし顔も見せない。一体どういうつもりだよ!?」 僕は携帯をスピーカーにして机の上に置き、手元の書類を整理しながら、淡々と答えた。 「何か用?」 「何か用だと?それは俺に聞いてるのか!?」 浩介の怒号が飛んでくる。 「家畜どもが餌を食わなくなって、見るからに元気がないんだよ! 現場の従業員だってお手上げだ。お前、一体何をしてくれたんだ? もしかして、お前のしょうもない配合飼料のせいなのか? 覚えておけよ。もしこのことで吉川畜産が潰れたら、お前に責任を取ってもらうからな」 僕はある書類を手に取り、抑揚のない声で答えた。 「その配合飼料は君が僕に頼んできたものでしょ?それに、原料の調達から製造工程まで管理していたのはそっちだろう。 だから、トラブルの責任なら、君が高給で雇ってる技術責任者に聞きなよ」 「ふざけるなよ、この野郎!」 浩介は僕の話を遮り、威圧的にまくしたてる。 「忘れるな。俺はお前に給料を払ったんだぞ? 100万円だ!あの金を受け取った以上、その分働け! それに、お前は俺の親戚だから、今までいい思いをさせてきてやっただろ? 今じゃ自分の力で何でもできると思って、いい気になってるんじゃないのか? 俺に偉そうな口をきいて、楽して稼ごうって魂胆だな?!」 浩介は激昂し、溜まった不満を僕にぶつけてきた。 「いいか?今日中に現場まで来い! この問題を解決しなかったら、お前のことをただじゃおかないからな! 来年の分配金は、一銭も渡さない!俺は言ったからな!」 それははっきりとした脅しだった。 誰のおかげでここまでやってこられたのか、浩介は完全に忘れているらしい。 僕は作業の手を止め、携帯の画面を見つめた。すると、なんだか急に何もかもが馬鹿らしくなってきた。 浩介にとってあの100万円は、僕への報酬ではなく給料という扱いらしい。 それに、僕が協力してきたのも、仕事の提携というよりは、やって当然のことだと言う。 数秒黙った後、僕は静かに言った。 「言いたいことは言い終わった?」 浩介は僕がこんなにも落ち着いているとは思わなかったのだろう。電話の向こうで、一瞬息を呑む声が聞こえた。 「言い終わったなら、もう切るね」 そして、僕は淡々と付け加える。 「一つだけ訂正させて。 あの100万円は給料じゃなくて、技術相談料だよ。 僕たちの関係はもう終わり。 だから今日をもって、吉川畜産の問題は僕には一切関係がない。 来年の分配金……」 一呼吸置いて、僕は嘲笑うように吐き捨てた。 「状況が全く分かっていないみたいだね。 僕に与える分配金なんかより、吉川畜産に『来年』があるのか、心配した方がいいんじゃない?」 「お前っ!」 浩介の怒鳴り声が、僕の耳をつんざく。 「分かったぞ!お前は俺にそんな態度を取るんだな?」 浩介が怒りで笑い出した。 「関係はもう終わりだと?そんなわけないだろ! お前が急にいなくなったことで起きた損失は、お前の責任になるんだからな! お前に渡したあの100万円は、責任を持って働いてもらうための手付け金。 それなのに、仕事をしないどころか、問題を起こしやがって。あの金をお前が受け取る権利なんてない!」 そして彼は深く息を吸い込み、一語一句噛みしめるように言った。 「智樹。今すぐあの100万円を俺の口座に送り返せ! 一銭たりともごまかすなよ?働かない奴に渡す金はない! こんなの、当たり前の話だよな?」 この会話は、書斎の外にいた両親にも全て聞かれていた。 だから、母が浩介一家に残していた最後の情も、この言葉によって完全に消え失せた。 僕はふっと鼻で笑う。 「浩介」 僕は問いかけた。「本気であの100万円を返してほしいの?」 「ああ!今すぐ返金しろ!」