あの朝別れて、遠く離れた彼方へ

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あの朝別れて、遠く離れた彼方へ

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共通テストの自己採点結果が出たあの日、私、古谷未来(ふるや みらい)は彼氏の三浦修平(みうら しゅうへい)と、卒業記念旅行の帰りの新幹線...

Chương (1)

第1章

共通テストの自己採点結果が出たあの日、私、古谷未来(ふるや みらい)は彼氏の三浦修平(みうら しゅうへい)と、卒業記念旅行の帰りの新幹線に揺られていた。 もちろん、血の繋がらない姉の浅見千佳(あさみ ちか)も一緒だった。 千佳は昔から窓側の席を譲らない。修平は当然のようにその隣に腰を下ろす。 気づけばこの旅の間、一人取り残されているのはいつも私だった。 「僕とちぃちゃん、志望学部のことちょっと話したいんだけど。みぃちゃんはまだ自己採点、微妙な感じでしょ?隣でドラマでも観てて」 車窓の景色が流れていくあいだ、ふたりの笑い声だけが響いて、私の入る隙間はどこにもなかった。 これが、修平が3年前から約束していた卒業記念旅行の「現実」だった。 午前10時、予告されていた通り、各予備校から解答速報が出そろった。 千佳が声を弾ませて修平に抱きつく。 「やったぁー、この判定なら、西京大のどの学部でも狙えるよ!」 修平も笑って答える。 「グループチャット見てよ。親たちがもうお祝いメッセージのラッシュだから」 私はふたりの後ろの席で、それを黙って聞いていた。ふいに、スマホから両親の弾んだ声が聞こえてきた。 「ちぃちゃんも修平も、こんなに取れるなんて!ほんと自慢の子たちよ」 続けて、修平の両親の声も混じった。 うつむいたままスマホを開くと、グループチャットにはやはり招待されていなかった。私を気にかける声は、どこにもなかった。 もういい。あのふたりはもう、これからの人生を選び終えたんだから。 私も、私だけの未来へ、迷わずに進めばいい。 第1話 共通テストの自己採点結果が出たあの日、私、古谷未来(ふるや みらい)は彼氏の三浦修平(みうら しゅうへい)と、卒業記念旅行の帰りの新幹線に揺られていた。 もちろん、血の繋がらない姉の浅見千佳(あさみ ちか)も一緒だった。 千佳は昔から窓側の席を譲らない。修平は当然のようにその隣に腰を下ろす。 気づけばこの旅の間、一人取り残されているのはいつも私だった。 「僕とちぃちゃん、志望学部のことちょっと話したいんだけど。みぃちゃんはまだ自己採点、微妙な感じでしょ?隣でドラマでも観てて」 車窓の景色が流れていくあいだ、ふたりの笑い声だけが響いて、私の入る隙間はどこにもなかった。 これが、修平が3年前から約束していた卒業記念旅行の「現実」だった。 午前10時、予告されていた通り、各予備校から解答速報が出そろった。 千佳が声を弾ませて修平に抱きつく。 「やったぁー、この判定なら、西京大のどの学部でも狙えるよ!」 修平も笑って答える。 「グループチャット見てよ。親たちがもうお祝いメッセージのラッシュだから」 私はふたりの後ろの席で、それを黙って聞いていた。ふいに、スマホから両親の弾んだ声が聞こえてきた。 「ちぃちゃんも修平も、こんなに取れるなんて!ほんと自慢の子たちよ」 続けて、修平の両親の声も混じった。 うつむいたままスマホを開くと、グループチャットにはやはり招待されていなかった。私を気にかける声は、どこにもなかった。 もういい。あのふたりはもう、これからの人生を選び終えたんだから。 私も、私だけの未来へ、迷わずに進めばいい。 …… しばらく経つと、修平はようやく私の存在を思い出したようだった。 彼は売店で買ってきたスイカジュースの蓋を開け、気を利かせたつもりなのか、千佳の前にそっと置いた。 それから、私にはミネラルウォーターを一本差し出した。 「何が飲みたいかわからなかったから、水にしといた」 千佳がスイカジュースを好きだということは覚えているのに、彼女である私が何を飲みたいかは知らない。 鼻の奥がツンと熱くなった。 思いがけない好成績に沸き上がっていた喜びも、あっという間にどこかへ消えていった。 私は受け取らず、リュックから自分で買ったスイカジュースを取り出した。 差し出されたままだった修平の手が、宙で止まる。彼の顔に、はっきりと不快の色が浮かんだ。 「卒業記念旅行に行きたいって言い出したのは、みぃちゃんじゃなかったっけ?正直わからないよ。ここ数日、なんでずっと機嫌が悪いんだ?」 3年前、私と同じ高校に通わせるために、彼は高校を卒業したらふたりで夏海市に旅行しようと約束してくれた。 だから私は3年間、一緒に海を見て、原付を走らせて朝日を見に行く日を心待ちにしていた。 それが今は、私がわがままを言って、無理やり付き合わされた旅行ということになっている。 さらに、出発前になって初めて、修平が千佳を連れてくることを知った。 海辺に着いた初日、修平は私が手作りした旅のしおりを受け取った。すると千佳が近づいてきて、困り顔で言った。 「行きたい場所、多すぎない?この靴、ちょっと合わなくて……」 それを聞いた修平は、予定していたスケジュールをすべて取り消した。何日も徹夜して作った私のしおりは、あっさりゴミ箱に放り込まれた。 「みぃちゃん、遊びに来たんだからもっと気楽にいこうよ。そんなに几帳面にならなくていいだろ」 そうして私たちは、夏海市の有名な観光地、残波岬へ向かった。 千佳が頬を赤らめて私に尋ねる。 「ねえみぃちゃん、私、修平と一緒に撮ってもいい?一人だとポーズ決めるの、恥ずかしくて」 私が答えるより先に、修平にチェキを手渡された。 「僕のことは気にしなくていいから。ちぃちゃんを可愛く撮ってあげて」 私は自嘲気味に笑った。断る気力さえ失せていた。 海辺でSNSに交際を報告するためのツーショットを撮ろうと、私はしばらく写真の練習までしていた。 それなのに今、残波岬のファインダーの中で切り取られているのは、彼氏と、彼氏の隣にいる別の女の子だった。 千佳の動きが、私の思考を現実に引き戻した。彼女はすばやくペットボトルの水を受け取ると、甘えるように修平の肩を小突いた。 「修平、みぃちゃんはきっと試験の出来が悪くて、それで落ち込んでるんだよ。彼氏なんだから、もう少し気遣ってあげなよ。ほら、謝って!」 千佳はいつもこうやって、人の気持ちを汲むのが上手だった。 高校に上がって彼女が家に来てから、私たちふたりは事あるごとに比較されるようになった。 彼女は人懐っこく、愛想が良くて誰からも好かれる。その隣で私は、気の利かない厄介者扱いされるようになった。 両親はかつて、いつも親しげに「みぃちゃん」と呼んでくれて、私のことを可愛がってくれた。 けれど千佳が来てからというもの、耳にタコができるほど聞かされる言葉は、これに変わった。 「みぃちゃんも、ちぃちゃんを少しは見習ったら」 一緒に育った幼馴染の修平でさえ、例外ではなかった。 彼は立ち上がると、気まずそうに頭をかいた。 「ごめん、ちぃちゃん。浮かれすぎてて、配慮が足りなかった」 確かに謝ってはいた。でもその言葉は、千佳に向けられたものだった。 一瞬、彼が何に対して謝っているのか、私にはわからなくなった。 千佳が私の席のそばに歩み寄り、しゃがみ込んだ。 「みぃちゃん、あんな言い方気にしないで。最悪、浪人すればいいよ。西京大で待ってるから」 すかさず修平も同調する。 「そうだな。お前、基礎は少し弱いけど、もう一年やればきっと西京大を狙えるよ。そのときは、ちぃちゃんとふたりでちゃんと教えてあげるから」 私は何も返さず、うつむいたままスマホの画面をなぞっていた。 今回の共通テストでは思いがけないほどの好成績を収め、西京大はA判定、それもかなり上位だった。 この点数なら、同じ受験科目で出願できる学部の中から、好きなところを選べる。 けれど今はもう、彼らと同じ大学に進みたいとは思えない。 こんな「引き立て役」は、もう終わりにしよう。 第2話 新幹線から降りると、修平が千佳のスーツケースを押して先を歩いていた。 私は後ろからついていく。改札階へ向かうエレベーター前には、人が何人も並んでいた。 私が先にエレベーターに足を踏み入れた瞬間、「満員」のブザーが鳴り響いた。 千佳はまだ外に立ったままだった。 修平は私をスーツケースごと外へ押し出し、代わりに千佳をエレベーターの中へ引き入れた。 「みぃちゃん、スーツケースが大きいから場所を取っちゃうんだよね。次のに乗ってきて!改札で待ってるから!」 反論する間もなく、扉は閉まった。 ホームに取り残された私の前を、新幹線が風を巻き上げて通り過ぎていく。 その風は頬に冷たく当たり、そのまま心の奥まで冷えていくようだった。 改札口にたどり着いたとき、ふたりの姿はどこにも見当たらなかった。迎えに来てくれるはずだった両親の姿もない。 夏の空模様は変わりやすい。折しも雨が降り出し、みるみるうちに激しさを増していく。傘を持っていなかった私は、軒下に避難して両親に電話をかけた。 30分近くかけ続けて、ようやく繋がった。 父・古谷淳(ふるや あつし)が驚いた声を上げた。 「まだ乗ってなかったのか?いやあ悪い、バタバタしてて、もう車に乗っているものとばかり思っていたよ」 母の古谷紗由理(ふるや さゆり)が横から文句を言いながら、電話を奪い取った。 「もう、お父さんったら本当にそそっかしいんだから!まあいいわ、私たちもうすぐ家に着くところだから、タクシーで帰ってきなさい」 土砂降りの雨を見つめていると、視界がだんだんぼやけていった。 車には、両親と千佳、修平の4人が乗っていた。それなのに、私がいないことに誰一人として気づかなかったのだ。いつの頃からか、私はこの家の中で、少しずつ透明な存在になっていた。 駅は郊外にあり、タクシーがなかなか捕まらない。すっかり日が暮れてから、ようやく客を降ろしたばかりのタクシーを止めることができた。 運転手は私がずぶ濡れなのを見て、グローブボックスからタオルを取り出して渡してくれた。 「お嬢さん、これで拭きな。風邪をひくといけないからね。この駅、タクシーが本当に捕まりにくいだろ。家の人に迎えを頼まなかったのかい?」 目の奥がまた熱くなった。私はただ、力なく首を横に振った。 迎えには来ていたのだ。ただ、その対象が私ではなかったというだけで。 帰り道、スマホを見ていると、父のSNSの投稿が目に入った。 【浅見、もう安心しろよ。うちの娘は本当によくやってくれた】 指先が無意識にスマホを握りしめる。心にぽっかりと穴が空いたようだった。 添えられていたのは、駅前で4人並んで撮った写真だった。 千佳は修平にもたれかかり、彼女が一番好きな花、鮮やかなひまわりの花束を抱えていた。 私は写っていなかった。 というより、最初から私の居場所など用意されていなかったのだ。 千佳は、父の旧友の娘だった。彼が亡くなったあと、父が彼女を引き取り、我が家に迎え入れたのだ。 彼女がこの家に馴染めるようにと、一番良いものはいつも彼女に与えられた。気づけばいつしか、実の娘である私さえ、彼女ほど大切にされなくなっていた。 家に着くと、みんなはもう食後のデザートを食べているところだった。 にぎやかな雰囲気は、まるで絵に描いたような幸せな家族そのものだった。 父は千佳のために、一番大きな苺がのったショートケーキを取り分けていた。 「ちぃちゃん、これ食べな。苺が一番大きいやつだぞ。おばさんに頼んで、早めに冷やしておいてもらったからな」 修平も気を利かせてプリンの蓋を開け、スプーンを添えて千佳の前に置いている。 「このところ大変だったろ。遠慮しないで食べて」 いつからか、一番大きな苺ののったケーキも、蓋を開けてもらったプリンも、私の前には二度と置かれなくなっていた。 千佳が立ち上がり、私のほうへ歩いてきた。私の荷物を受け取り、手を引いて食卓へ連れていこうとする。 そして歩きながら、「私が先に行っちゃったせいだよね、ごめんね、怒らないで」と言った。 私は胸の痛みをこらえたまま、足が鉛のように重く、動くことができなかった。その手を振り払った。 階段を上る背中に、父の声が追いかけてきた。 「ちぃちゃん、気にしないでいいからな。あの子は甘やかしすぎたな。みぃちゃんにも、お前の半分でも気の利くところがあればいいのだが」 最後の力を振り絞って部屋のドアを閉めたとき、体はもう燃えるように熱かった。雨に打たれたせいで高熱が出たのに、深夜になっても誰も様子を見に来なかった。 風邪をひいていないか、お腹は空いていないか、そんな言葉すら、誰からもかけられなかった。 ふいにスマホの画面が明るくなり、メッセージが一件届いた。 心の底に、かすかな期待が芽生える。 【みぃちゃん、お父さんの言う通りよ。私たちがあなたを甘やかしすぎたのね。明日から、生活費は止めるわ。ちぃちゃんをよく見習いなさい。じゃないと、大学に行ってから私たちも安心できないから】 最後に残っていた期待も、粉々に砕け散った。 私は床にへたり込んだ。絞りきられたスポンジのように、反抗する気力さえ、もう残っていなかった。 第3話 翌日、担任に呼ばれ、進路指導室へと向かった。 私が提出した志望校調査票を指さしながら、先生は深いため息をついた。 「未来、こんなに良い判定が出ているのに、どうして西京大を書かなかったんだ。香江大は確かに一流だが、ここからは遠く離れているんだぞ。もう一度、よく考え直してみなさい」 皮肉なことに、自己採点結果が出てから今までで、私の進路を気にかけてくれたのは担任だけだった。 「先生、もう決めましたので。ご意見、ありがとうございました」 香江市は、この街から遠く離れている。それは、私にとってちょうどいい選択にほかならない。 …… それから1ヶ月あまりが過ぎ、卒業式の日を迎えた。朝早く、階下の物音で目が覚めた。ぼんやりした頭のまま、体を起こして下を覗く。 修平がすでに制服に着替え、リビングに座っていた。私に気づくと、手を振ってくる。 「あれ、今日卒業式だろ?まだ支度してないのか?」 高熱でぼうっとしていた私は、クラスのグループチャットすら見ていなかった。 私が答えるより早く、千佳が部屋から出てきた。彼女の手には、卒業式後のパーティーで着るため、私が半年も前からこつこつ手作りしていたワンピースが抱えられていた。 ウサギとキツネの刺繍をあしらった、修平のジャケットとお揃いのデザイン。たった2着の衣装を仕上げるために、私は何度針で指を刺したか分からない。 千佳はワンピースを胸に抱き、落ち着かない様子で布地を強く握りしめていた。 「これ、すごく気に入ってて……おばさんも似合うって言ってくれて。でも、みぃちゃんが嫌なら、今すぐ返すから」 口では返すと言いながら、手はますます強くワンピースを握りしめていた。修平が慌てて駆け寄り、千佳を庇うように立った。 「みぃちゃん、お前は服なんていっぱい持ってるだろ。ちぃちゃんはこの一着がいいって言ってるだけなのに、なんで返させようとするんだよ」 物音を聞きつけた母も出てきた。 「もういい加減、そんなに細かいこと言わないの。ちぃちゃんに着ていいって言ったのは私よ。たかが服一着のことじゃない。あなたは別のを着ればいいでしょ」 喉の奥に、割れたガラスの破片を押し込まれたような鋭い痛みが走った。 「……私は返せなんて、一言も言ってない」 けれど、その言い分に耳を貸す人は誰もいなかった。 私が慌てて支度を終えたときには、彼らはまた私を置いて、先に学校へ向かってしまっていた。 卒業式では、修平と千佳が成績優秀者として名前を呼ばれ、壇上に上がった。 ふたりは、誰もが目を奪われるほど堂々と並び立ち、誰の目にも「お似合い」に映った。 式が終わると、会場がざわめいた。 「修平と千佳、ほんとお似合いだよね!同じ大学選んだらしいし、尊すぎる!」 「わかる!才色兼備、最強タッグって感じで、キュン死しそう!」 「ねえ見た?あのふたりが持ってきたパーティー用の衣装、お揃いだよ!これ、さりげなさすぎでしょ。甘すぎる!」 ふいに誰かが、ぽつりと言った。 「そういえば修平って、前は幼馴染のこと好きだったんじゃなかったっけ」 その場がしんと静まり返る。近くの知り合いが私を見る目にも、どこか気まずさがにじんでいた。 私は何も言わず、私のクラスの保護者席に残された空席へ目をやった。 卒業式には、保護者席がちゃんと用意されていたのに。 友人が私に尋ねる。 「未来、あんたのご両親、あんたのこと一番可愛がってたじゃん。今日の卒業式なのに、こっちには来てないの?」 私は少し離れた場所、千佳のそばに座る両親のほうへ目をやり、苦笑いしながら首を横に振る。 「うん、来ないと思う」 別に、来てくれなくてもいい。 香江市へ旅立ったら、私はもう二度と、この街へ戻ってくるつもりはなかった。 第4話 卒業式が終わり、みんなが会場を後にしていく。 千佳に言われて、ようやく両親と修平は私の存在を思い出した。 「みぃちゃん、またどこかふらふらしてたの?」 私は何も言わず、黙って車に乗り込み、自ら一番後ろの座席に座った。 誰も気にする様子はなく、車に乗るなり進学先や学部の話で盛り上がっていた。 「ちぃちゃん、修平と一緒に西京大に行けるなら、あの子がついててくれるし、私たちも安心よ」 千佳は頬を染めてこくりと頷いた。 入学後にどの分野を重点的に学ぶかで両親は意見が割れ、ひとしきり言い合いになった。 結局、千佳自身の意思を尊重することで落ち着いた。 「ちぃちゃんは賢くてしっかりしてるから、みぃちゃんと違って、私たちが口出しする必要なんてないもの」 私はずっと黙っていた。 家に着く直前になって、ようやく一番後ろに座る私の存在に気づいた。 母が聞いてくる。 「ねえみぃちゃん、あなたはどうするつもり?」 答える前に、修平が先に口を開いた。 「みぃちゃんは今回うまくいかなかったので、もう一年、受験勉強をすることになりました。大丈夫です。僕とちぃちゃんが先に西京大の様子を見てきて、来年みぃちゃんが追いついてくるのを待ちますから」 両親は顔を見合わせ、ため息をついた。 「はぁー、みぃちゃんもちぃちゃんの半分でも手がかからない子だったらよかったのに」 私は瞬きをした。涙がスマホの画面にぽたりと落ちた。 画面に表示された判定結果が、やけに眩しく目に刺さった。 誰ひとり、私に直接尋ねようとはしなかった。 ただ修平の一言だけで、私が失敗して浪人すると決めつけられた。 香江大に進学すると決めてから、私は小さい頃から両親にもらったアクセサリーを、ひとつずつ売り払い始めていた。 修平が毎年誕生日や記念日にくれたプレゼントも、すべて含めて。 それまで貯めていたお年玉と合わせると、まとまった額になった。 これで学費と、最初の数ヶ月の生活費は十分に賄えるはずだった。 整理も荷造りも終え、私は香江大の合格通知書をきちんとしまい、スーツケースを閉じていた。 スーツケースを引いて部屋を出たとき、家の中には誰もいなかった。 修平から電話がかかってきた。 「未来、浪人予備校、僕が代わりに見ておいたよ。今日の合格祝いのパーティーが終わったら、一緒に申し込みに行こう」 私は何も答えず、一階に飾られた家族写真を見つめながら聞いた。 「誰の合格祝いのパーティー?」 「もちろん、僕とちぃちゃんのだよ」 家族全員が集まっているのに、私だけが知らなかった。いつものグループメッセージと同じだ。みんなその中にいるのに、私だけがいない。 「うちの両親とみぃちゃんの両親で話し合って、どうせ僕とちぃちゃんはふたりとも西京大に行くんだから、一緒にやろうってことになったんだ」 「……そう」 失望が限界に達し、これ以上何も言葉が出てこなかった。 私の様子に気づいたのか、修平の声が急に優しくなった。 「お前が辛い思いをしないようにって、それで呼ばなかっただけなんだ。どうせもう一年受験勉強をしなきゃいけないんだし、みぃちゃんの合格祝いはそのとき、盛大にやってあげるから」 心に針を刺されたような、苦い痛みが広がった。 「修平、実は私——」 「修平、そろそろ始まるよ。何してるの」 きちんと話して、関係にもけじめをつけるつもりだったのに、千佳の声に遮られた。 修平は慌てて電話を切った。私の後半の言葉は、結局誰にも届かなかった。 私はぐるりとあたりを見回し、最後にもう一度、自分が育ったこの家を目に焼きつけた。 それから、スーツケースを引いて空港へ向かった。 …… 両親は会場の席に座り、千佳と修平を眺めながら、しみじみと満たされた気持ちになっていた。 父がふと口を開く。 「言われてみれば、ちぃちゃんと修平、案外お似合いだよな」 母が背筋を伸ばし、思い切り父の腕を叩いた。 「何言ってるの。みぃちゃんがずっと修平のこと好きだったの、知らないわけじゃないでしょう」 未来の話になると、ふたりの胸の中に、なぜかぽっかりとした空白が生まれる。 「……あの子、どこで浪人するつもりなのかしらね」 そう話していたところに、担任の花田から電話がかかってきた。 「未来さんのお母様、担任の花田です」 母はスピーカーにして、笑顔で応答する。すると先生が続けた。 「香江大に合格したとは本人から聞いていますが、最終的な進学先を記入する進路決定届がまだ提出されていないので、念のため確認のお電話を差し上げました。香江大への進学で間違いありませんか?」 母の笑顔が、その場でぴたりと固まった。かすかな動揺が顔をよぎる。 「花田先生、がっかりさせてしまうかもしれませんが……うちの未来は今回うまくいかなくて、浪人することになったんです」 電話越しに花田先生が一瞬黙り込み、戸惑いがちに聞き返した。 「未来さんのお母様、何か勘違いされていませんか?未来さんは国立の西京大と、私立の香江大にダブル合格していますよ。先日、本人からも合格の報告を受けています」