彼の愛は、復讐という名の嘘だった

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彼の愛は、復讐という名の嘘だった

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アシスタントの吉岡小雪(よしおか こゆき)が暴走運転で、私の妹をはねた。 私の婚約者で社長の有馬裕一郎(ありま ゆういちろう)は、私のこ...

Chương (1)

第1章

アシスタントの吉岡小雪(よしおか こゆき)が暴走運転で、私の妹をはねた。 私の婚約者で社長の有馬裕一郎(ありま ゆういちろう)は、私のことを可愛がってくれていた。 彼は、妹の恨みを晴らすために、小雪に復讐すると言い放った。 ところが彼は、私の課長の座を小雪に与え、「高く上った者ほど、落ちるときは惨めなものだ」と言い切った。 小雪に何億円のブレスレットを競り落とし、小雪の愛犬には高級マンションを犬小屋として買い与えた。 それもすべて復讐のためだと言い、私に「もう少し我慢してくれ」と繰り返す。 妹は事故の後遺症で頭蓋内出血を起こし、緊急手術が必要だった。 私は裕一郎に、長年預けっぱなしだった自分の給料を返してほしいと頼んだ。彼は承諾したが、小雪の承認を得ろと命じた。 ところが小雪は書類不備を理由に、私の申請をあっさり却下した。 ようやく書類を整えて再提出しようとすると、今度は「退社時間を過ぎたから、明日にしろ」と突き返された。 妹が息を引き取った後になってようやく、裕一郎から慰めの電話がかかってきた。 「琴里の手術は、数日待ってくれ。これもすべて、小雪への復讐のためだ。琴里の恨みを晴らしてやる。三日後は彼女の祝賀会だ。そこで与えたものを全部奪い去ってやる。それが終わったら、お前と結婚する。お前も琴里も、これで喜べるだろう」 だが私には、とっくに分かっていた。 復讐などという言葉は、裕一郎が小雪を可愛がるための、ただの言い訳にすぎない。 妹は死んだ。私と彼も、ここで終わりだ。 第1話 私の名前は北川早苗(きたかわ さなえ)。 アシスタントの吉岡小雪(よしおか こゆき)が暴走運転で、私の妹・北川琴里(きたかわ ことり)をはねた。 私の婚約者で社長の有馬裕一郎(ありま ゆういちろう)は、私のことを可愛がってくれていた。 彼は、琴里の恨みを晴らすために、小雪に復讐すると言い放った。 ところが彼は、私の課長の座を小雪に与え、「高く上った者ほど、落ちるときは惨めなものだ」と言い切った。 小雪に何億円のブレスレットを競り落とし、小雪の愛犬には高級マンションを犬小屋として買い与えた。 それもすべて復讐のためだと言い、私に「もう少し我慢してくれ」と繰り返す。 琴里は事故の後遺症で頭蓋内出血を起こし、緊急手術が必要だった。 私は裕一郎に、長年預けた自分の給料を返してほしいと頼んだ。彼は承諾したが、小雪のところへ承認の手続きをもらいに行けと言った。 ところが小雪は書類不備を理由に、私の申請をあっさり却下した。 ようやく書類を整えて再提出しようとすると、今度は「勤務時間を過ぎたから、明日にしろ」と突き返された。 琴里が息を引き取った後になってようやく、裕一郎から慰めの電話がかかってきた。 「琴里の手術は、数日待ってくれ。これもすべて、小雪への復讐のためだ。琴里の恨みを晴らしてやる。三日後は彼女の祝賀会だ。そこで与えたものを全部奪い去ってやる。それが終わったら、お前と結婚する。お前も琴里も、これで喜べるだろう」 だが私には、とっくに分かっていた。 復讐などという言葉は、裕一郎が小雪を可愛がるための、ただの言い訳にすぎない。 妹は死んだ。私と彼も、ここで終わりだ。 もう聞く気にもなれず、裕一郎が言い終わらないうちに電話を切った。 すると、矢継ぎ早にメッセージが届く。 【北川早苗、お前はまた何を騒いてるんだ。俺は言ったはずだぞ。小雪を甘やかすのは、復讐の一環だと】 【手術までたった三日待つだけだ。お前の妹が、それで死ぬわけがない。それに俺は、復讐が終わったら結婚してやると約束したじゃないか。そこまでしてやってるのに、お前も妹も、なぜもう少し我慢できないんだ】 私は苦笑した。 ここ数年、裕一郎が私に一番多く言った言葉は「我慢しろ」だった。 小雪にすべてを与え、高いところまで上らせてから、その全てを奪い去るのだと。それこそが、彼女への最高の復讐なのだと。 私はそれを信じてしまった。 小雪が出世し、給料を上げ、二人がどんどん親密になっていくのを、ただ見つめるしかなかった。 なのに、裕一郎が小雪に復讐する日は永遠に訪れず、代わりに琴里の訃報が先に届いた。 我に返ると、火葬場のスタッフが骨壺を差し出していた。 重いと思っていた骨壺は、ぞっとするほど軽かった。 かつては両腕でも抱えきれなかった妹の体が、今では片手で簡単に持ててしまう。 そのとき初めてわかった。 「お姉ちゃん」と笑顔で呼んでくれた小さな子は、もう二度と戻らないのだ。 本当は、小雪がわざと承認を止めさえしなければ、琴里は助かったのだ。 成功率ほぼ百パーセントの手術だった。それなのに、私が金を用意できなかったばかりに、琴里は永遠に逝ってしまった。 琴里が死ぬ間際に見せた、窒息して青ざめた顔色も、苦しいのに笑顔で私を慰めようとした姿も、忘れられるはずがない。痛々しいほどに、健気な子だった。 胸がきゅっと痛んだ。 琴里を埋葬しようとしたが、はたと気づいた。火葬の費用で最後の貯金をすべて使い果たし、今の私には墓地代すら出せないのだ。 スマホを開き、誰か金を借りられる相手はいないかと探した。けれど、連絡先に残っていたのは、裕一郎だけだった。 第2話 ここ数年、裕一郎が酒の匂いを嫌がるからっていう理由で、私はいろんなパーティーを全部断って、友だちとも疎遠になった。 ただただ彼のためだけに動いてきて、いざ金を借りようにも、声をかけられる相手すらいない。 仕方なく、私は琴里の骨壺を家に持ち帰った。 玄関を入ると、自分の靴下に穴が開いているのが目に入る。靴ももう、くたびれきっていた。 この豪邸には、ひどく場違いだ。 長年、裕一郎は「結婚資金を貯めるため」と言って、私の給料を管理し、出費をとことん抑えつけてきた。 毛先の開いた歯ブラシを使おうが、よれよれの服を着ていようが、私は文句ひとつ言わなかった。 海外の大手会社からの誘いさえ断って、裕一郎のそばに残る道を選んだ。 なのに、結局すべてを失った。 必死で築いてきた仕事は小雪に奪われ、たった一人の妹までいなくなった。 もう、自分のために動こう。 そう心に決めて、私は海外の大手会社に電話をかけた。 「この前のお話、お受けします。三日だけ猶予をください。三日後には海外へ行きます」 先方は私が気を変えるのを怖がって、すぐに承諾してきた。 電話を切ったとたん、背中越しに裕一郎の声がした。 「海外って、なんだ?」 いつのまにか、戻ってきていたらしい。 私は顔も上げず、適当にごまかした。 「友だちが海外に行きたいって相談に乗ってただけ」 裕一郎が鼻で笑った。 「嘘つくなよ。お前、俺以外に友だちなんかいないだろ」 言いすぎたと思ったのか、彼は私の肩を軽く叩いた。 「いじけるなよ。復讐のためには、しばらくお前にも琴里にも我慢してもらうしかなかったんだ」 そう言いながら、彼はスマホを取り出し、私に千円だけ送金してきた。 「これで琴里に栄養剤かおもちゃでも買ってやれ。内緒で渡す金だ、小雪には見つかるなよ。見つかったらまた面倒だからな」 口では小雪に手を焼いているふりをしながら、その目には紛れもない愛情が浮かんでいる。 婚約者のはずの私が、まるで陰に隠れた存在みたいな扱いだった。 最初のころ、裕一郎は本気で小雪に復讐しようとしていた。作戦が成功するたびに、彼は私と視線を交わした。 私も、打ちのめされた悲劇のヒロインを必死に演じて、また一歩相手を追い詰められたと思い込んでいた。 だけどいつの間にか、裕一郎は小雪を見つめる目つきがどんどん甘くなり、私に対してはイライラを隠さなくなった。 彼自身も気づかないうちに、復讐の形がすっかり変わってしまっていたのだ。 私は金をそのまま返して、苦笑いを浮かべた。 「裕一郎、私たち……」 「別れよう」と言いかけた、そのとき、玄関から、暗証番号を押す音がした。 次の瞬間、小雪が当然の顔をしてドアを開けて入ってくる。 私と裕一郎を見るなり、彼女の表情は一気に冷たくなった。 「裕一郎、私に誕生日プレゼントを取ってくるって言ってたじゃない。これがそのプレゼントなわけ?」 彼女は素早く近づいて私を横に押しのけると、心底嫌そうに言い放った。 「北川さん、あなた元カノのくせに、よくもずうずうしく元カレの家に居座れるわね。恥を知れ!」 裕一郎は気まずい空気を察して、引き出しからマフラーを手にし、小雪に差し出した。 「嘘じゃないさ。これを取りに来たんだ。ただ、早苗が金を借りに来るとは思わなくてな」 第3話 このマフラー、彼が私のために編んでくれたものだと思っていた。どうやら、ただの思い上がりだったらしい。 小雪はマフラーを受け取らず、甘えるように手を差し出した。 「ごまかさないでよ。スマホ、貸して!」 裕一郎は仕方なくスマホを差し出した。 小雪は裕一郎が私に送金した記録を見つけると、怒りにまかせてマフラーを床に投げ捨てた。 「裕一郎、あなた、こっそり送金してたの?彼女を忘れられないなら、どうして私のところに来たのよ!」 小雪は家から飛び出していった。 普段はあれほど冷静な裕一郎も、さすがに慌てふためき、後を追いかける。 二、三歩進んだところで、ようやく私のことを思い出したらしい。引き返してくると、私の手を取った。 「早苗も琴里も、もう少しだけ待っていてくれ。三日後にはすべてが片付く。必ず埋め合わせをするから」 そう言い残し、彼は足早に去っていった。 これが彼のいつもの手口だ。以前ならそう言われるたびに、私は必ずうなずいていた。 でも、今は吐き気がする。だから、彼に触れられた手をティッシュで何度も拭った。 遠ざかる背中を見送りながら、心の中で嘲笑う。 裕一郎はまだ知らない。三日後、私が海外へ行く。 妹が死んだあの瞬間から、私と彼の関係は完全に終わっていたことなど、思いもよらないだろう。 裕一郎が去った後、私は琴里の骨壺を丁寧にしまい、三日後のM国行きの航空券を買った。 それからパソコンを開き、裕一郎宛てに退職願を送信した。 その後、引っ越しの荷造りをする時、何気なく昔の写真を見つけた。 写真の中の私と裕一郎はまだあどけなく、琴里の手を繋いで、幸せそうに笑っている。 裕一郎と出会ったのは大学時代だ。 当時、両親が事故で亡くなり、私と琴里だけが取り残された。 幼い琴里を育てるため、私は大学を辞めて働こうと考えていた。 そんな時、裕一郎が自ら学費を援助すると申し出てくれ、毎月生活費まで送ってくれるようになったのだ。 私は裕一郎に感謝していた。だから、彼の家が倒産した時は、苦境を乗り越えて家業を立て直す手助けをした。 あの頃は苦しかったけれど、とても幸せだった。 裕一郎は私だけでなく、琴里にも優しかった。人気のおもちゃを買うために行列に並び、琴里がダンスを好きだと知ると、ダンス教室に通わせてくれた。 けれども、小雪が現れてから、すべてが変わってしまった。 一年前、琴里は小雪にぶつかられて足に大けがを負い、それがもとで二度と踊れなくなった。 半年前、私は裕一郎から、琴里の復讐のためという名目で課長職を外された。 今朝、琴里は裕一郎が小雪に車を買い与えたのを目撃し、私の代わりに抗議しようとした。ところが、小雪に突き飛ばされて頭を強打し、頭蓋内出血を起こした。そのうえ小雪が私の給料の承認を渋ったため、琴里はそのまま息を引き取った。 裕一郎は、小雪に与えたものを全部奪い去ってやると約束したのに、結局、すべてを失ったのは私だった。 私は鼻で笑い、写真をびりびりに破ってゴミ箱に捨てた。 荷造りを終え、眠ろうとしたとき、裕一郎からメッセージが届いた。 【小雪が怒ってるから、機嫌を取らないと。今夜は戻らない】 小雪が現れてからというもの、裕一郎は家に帰らなくても、わざわざ知らせてくることはなかった。 一瞬意外に思ったが、すぐにどうでもよくなり、スマホの電源を切って眠りについた。 目が覚めたのは翌日の夕方だ。 会社へ退職の手続きに行こうとドアを開けると、裕一郎のボディーガードが立っていた。 「北川さん、有馬社長がお呼びです」 そして、有無を言わさず車に乗せられ、そのまま役所へ連れて行かれた。 第4話 車を降りるとすぐ、裕一郎が駆け寄ってきて、私の手を握った。 「早苗、昨日お前を置き去りにしたのは悪かった。でも、あれは全部復讐のためだったんだ。 今日こそ埋め合わせに入籍しようと思ってた。ほら、こんなに準備してきたのに、ちょっと遅くて役所が閉まっちまった。次こそ、次こそ必ずだ」 似たような言葉を、もう何度聞かされたかわからない。 彼は明らかに、私と入籍する気などなかった。本気なら、わざわざ役所が閉まる時間を狙って来たりはしないはずだ。 「裕一郎、実は……」 手を引っ込めた。そんな必要はないと言いかけたけど、裕一郎が遮った。 「安心しろ。明後日には俺たちの復讐計画も終わる。あの日は小雪の祝賀会で、すべてを奪い去ってやる。だからさ、今夜は詫びにうまいもんでも奢るよ。どうだ?」 裕一郎は笑いながら、私の手を引いて車に乗せようとした。 けれど、次の瞬間、彼の顔からさっと血の気が引き、その場に立ちすくんだ。 「小雪……なんでここに……!」 いつの間にか、小雪が背後に立っていた。目を真っ赤にして、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。 「裕一郎、ずっと私を騙してたのね。優しくしてくれたのも、全部嘘だったの?! さっき、北川さんから、あなたが私と入籍したいって言ってるって。だから私、わざわざおめかししたのに。結局、これも復讐だったの? こんなに信じてたのに、ひどいよ!あなたからもらったもの、全部返す。汚らわしい!」 小雪は腹立ちまぎれに、裕一郎から贈られたブレスレットを外すと、憎しみのこもった目で私の方へ投げつけた。 さらに、彼からもらったマフラーをむしり取り、地面に叩きつけて何度も踏みつけた。 私はよけきれなかった。ブレスレットのダイヤが頬をかすめ、赤い筋の傷が残る。 裕一郎は、私にはちらりとも目をくれず、小雪をなだめるのに必死だった。 「小雪、話を聞いてくれ……」 「いや!あっち行ってよ、顔も見たくない!そこまで私が憎いなら、もう死ぬしかないでしょ。この命で北川さんに謝るの!」 小雪は裕一郎を突き飛ばすと、車の流れる車道へ飛び出していった。 裕一郎は慌てて駆け寄って小雪を抱き寄せる。間一髪で避けたものの、小雪は車に擦られて擦り傷を負った。 裕一郎は痛々しそうに小雪を見つめた。それから、今度は冷たい目で私を見た。 「どうしてお前が小雪を呼んだんだ。わざと刺激するためか?あと数日すら待てなかったのかよ」 「違う、私は……」 「小雪に何かあったら、俺はお前を絶対に許さないからな」 裕一郎は冷たく言い放ち、振り返りもせず車で小雪を病院へ運んでいった。 私は歯を食いしばった。口の中に血の味がじわりと広がる。 やはり裕一郎は、私と小雪の間で、小雪を選んだのだ。 ちょうどその頃、前に出していた退職願は受理されていた。どうやら、心の底から、私は嫌われているのだ。 タクシーで会社へ向かい、仕事の引き継ぎを終えて、段ボール箱を手に立ち去ろうとした。その時、同僚たちの嘲笑が、耳に飛び込んできた。 「社長の婚約者だからって、いい気になってたのかよ。結局は捨てられるんだ」 「結婚もしてないのに、金ばっか狙うからだよ。自業自得だな」 裕一郎が小雪を寵愛するようになってから、彼女はそれをかさに着て、しょっちゅう私に嫌がらせをしてきた。 同僚たちも小雪の顔色を窺って、私に意地悪を繰り返していた。 でも、冷たい言葉を浴びせられても、もう何も感じない。とっくに麻痺していたから。 第5話 会社を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。 スマホが震える。小雪から写真が届いていた。 写真には、病院を貸し切り、専門医をかき集めて小雪の治療にあたらせる裕一郎の姿が写っている。 【ほら見て、愛されてないのはあなたのほうよ!結婚もしてないんだから、私にはずっとチャンスがあるんだから!】 裕一郎の焦りきった目つきを見て、胸がちくりと痛んだ。 この目は、見覚えがある。 昔、私がうっかり包丁で指を切った時、裕一郎はまさにこんな目をしていた。 あの時だって、病院を貸し切って専門医を集め、たかが切り傷の手当てをさせたくらいだ。 あの頃は私だけに向けられていた寵愛が、今ではすっかり小雪に注がれている。 けれど、昔みたいに嫉妬に駆られることはなかった。小雪の挑発も、平静な気持ちで無視した。 タクシーで家に戻り、休もうかというところで、裕一郎が帰ってきた。 玄関のドアを開けるなり、いつもの調子で言い放つ。 「早苗、肩を揉んでくれ。あと風呂の用意もな」 前なら、何だって言うことを聞いていた。 でも今は、相手をする気にもなれず、目を閉じてじっとしていた。 裕一郎は苛立ったようだ。 「おい早苗、聞こえてるんだろ?返事くらいしろよ」 「自分でできることは自分でやったら?体、どこも悪くないんでしょ」 言い返すと、裕一郎は怒りをあらわにして、テイクアウトの袋を乱暴にテーブルに置いた。 「お前がまだご飯を食ってないかと思って、わざわざ好きだったメニューを買ってきてやったのに。なんだその態度は!」 少しだけ期待が湧いて、袋を開けてみた。 次の瞬間、顔がこわばった。 中身は、ほとんど残っていない。 小雪の食べ残しを持ち帰ってきたのか。 怒りを通り越して笑えてきた。すぐさま袋ごとゴミ箱に放り込む。 「私、ゴミ箱じゃないから。人の残飯なんか食べるわけないでしょ」 裕一郎の顔色が変わった。 「早苗、小雪の機嫌をちょっと取ったくらいで、そこまで根に持つことか? 食いたくないならそれでいい。人の好意を無駄にしやがって!」 裕一郎は腹いせに、そばにあったキャビネットを思いきり蹴飛ばした。そのせいで、上に置いてあった骨壺が落ちてしまった。 ガシャン! 骨壺は割れ、中身が床に散らばった。 私は裕一郎を突き飛ばし、目を血走らせた。 「裕一郎、あなた頭おかしいんじゃないの!」 裕一郎は、悪びれた様子もなく言った。 「ただの壺じゃないか。壊れたなら、新しいのを買ってやる。そんなに怒鳴ることか?」 拳を固く握りしめ、爪が手のひらに深く食い込む。息をするたび、胸が痛んだ。 あまりのことに、全身が震える。 「これは、私の妹の、琴里の骨壺なんだよ!」 裕一郎は一瞬、きょとんとしたが、すぐに眉をひそめる。 「早苗、冗談もいい加減にしろ。実の妹を呪うなんて、正気か?」 力が抜けて、説明する気になれなかった。 どうせ説明したところで、信じてはもらえない。 涙も出なかった。琴里が死んだあの日、私の涙は涸れ果てていたから。 別の容器を手に取り、こぼれた琴里の骨を少しずつ拾い集めていく。 私の悲しみが演技ではなさそうだと見て、裕一郎は険しかった表情をふと緩め、優しい声を出した。 「早苗、復讐計画はもうすぐ成功なんだ。ここで台無しにしたら、あまりに惜しいだろ。どうして少しだけでも、俺の気持ちをわかってくれないんだ。 琴里のことをネタにした冗談は、もうやめてくれ。つまらない」 私が黙り続けているのを見て、裕一郎はぬいぐるみを取り出すと、私の手に押し込んでくる。 「これ、琴里のために買ったやつなんだ。 もう機嫌を直せよ。明日の祝賀会が終わったら、すぐに琴里を連れて手術に行こう。そのあとに結婚式を挙げれば、すべて元通りになる。それでいいだろ?」 私は裕一郎の手をはっきりと払いのけ、冷たく言い放った。 「もう元通りにはならない。裕一郎、別れよう」 第6話 裕一郎はとうとう我慢の限界を迎えた。 「別れる?俺が小雪をなだめたからか? それとも、小雪がお前に給料を渡さなかったからか?」 私はうなずいた。 「ええ、そういうことよ」 裕一郎はすっかり頭に血を上らせた。 「お前の妹はなんともなかったんだろ。こんなはした金、いちいち目くじら立てる必要あるのかよ」 裕一郎にしてみれば、たかがその程度の金だ。けれど、私にとっては、琴里の命を救うためのお金だった。 私は冷ややかに笑い、裕一郎に手を差し出した。 「そうよ、私はケチな女。だから、今まであなたに預けてた給料を返して」 昔、家が破産してからというもの、裕一郎は金のことになると異様に敏感になっていた。今、私が金の話を出した途端、彼は瞬間的に反応し、私の鼻先に指を突きつけて罵った。 「金、金、金って、お前は金のことしか頭にねぇのか! せっかく預かってやってたのに、俺が悪いって言うのか?金は返す。もう二度と面倒は見ねぇからな!」 裕一郎はカードを取り出すと私に投げつけ、ふてくされたようにドアを勢いよく閉めて自室にこもった。 ドアが激しく震えた。 今回ばかりは、私は昔のように謝ったりしなかった。黙ってカードを拾い、枕を持って書斎に行き、そこで一夜を明かした。 電気を消そうとしたとき、小雪から動画が送られてきた。 動画の中で、彼女は以前捨てたマフラーを再び巻いていた。そして、あの傲慢だった裕一郎が床に跪き、彼女に許しを請うていた。 「小雪、最初は確かに復讐のつもりだった。でも、いつの間にか本気でお前を愛してしまった。許してほしい。お前がいなければ、俺はどうにかなってしまいそうだ」 それを見ても、私の心は少しも動かなかった。スマホの電源を切り、眠りについた。一晩中、よく眠れた。 翌朝、私はずいぶん早く起きた。裕一郎がまだ目を覚まさないうちに荷物を手に取ると、振り返りもせず空港へと向かった。 …… 一方、裕一郎は目を覚ますと私の姿がないので、仕事に出かけたものだと思った。 彼は車で会社へ向かい、私が出社していないと知るや、すぐに電話をかけてきた。 「早苗、どうして会社に来てないんだ。無断欠勤か!」 私は笑った。 「とっくに辞めてたよ。知らなかったの?」 裕一郎は私が怒っているのだと受け取り、冷たい口調で言った。 「祝賀会はもうすぐ始まる。今はすねている場合じゃない。すぐに小雪のすべてを奪うことはできなくても、彼女にお前の課長の座を返させることには成功したんだ。もう少し待て。いずれ、お前と琴里のために必ず仕返ししてやる。 もう運転手に病院へ琴里を迎えに行かせた。お前も早く戻ってこい……」 最後まで言わせず、私は冷たく遮った。 「私は戻らない。それに、あなたはもう琴里に会えない」 裕一郎は怪訝そうに言った。 「どういう意味だ?」 次の瞬間、運転手が慌てふためいて戻ってきた。 「大変です、社長!病院の者が、琴里さんは三日前に亡くなったと言っています。そして、早苗さんもとっくに海外行きの航空券を購入していたと……」