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七年前、神宮寺俊哉(じんぐうじ としや)は我が家が引き取った血の繋がらない娘の海外療養に付き添うため、私が差し出した離婚届に迷いなく署...

Chương (1)

第1章

七年前、神宮寺俊哉(じんぐうじ としや)は我が家が引き取った血の繋がらない娘の海外療養に付き添うため、私が差し出した離婚届に迷いなく署名した。 彼は一度も振り返ることなく、軽蔑しきった声で言い放った。 「雪乃、こんな浅ましい真似をしてまで俺を引き止めようとするな。結愛には俺がついていてやらなきゃいけないんだ」 それから七年。俊哉の車が私の行く手を阻み、高慢な口調でこう告げた。 「祖父が危篤だ。唯一の望みは、ひ孫の顔を見ることだ。 戻ってこい。神宮寺の跡継ぎを産むなら、妻の座は保証してやる」 私は自分の足先を見つめ、あの日を思い出した。彼に行かないでほしいと懇願し、雨の中で倒れるまで立ち尽くしたあの日を。 結局、返ってきたのは「わがままを言うな」という冷たい一言だけだった。 今の俊哉も、私がまだ彼に執着していると思い込んでいるらしい。 ただ、彼が知らないのは、神宮寺夫人という肩書きを失ってからの七年間、私がとても幸せに暮らしてきたことを。 俊哉が離婚届に署名した翌日、私は別の男と結婚した。 まだ膨らみの目立たないお腹をそっと撫で、私は微笑んで言った。 「ごめんね、子供ならもういるの。あなたの子じゃないけど」 第1話 七年前、神宮寺俊哉(じんぐうじ としや)は我が家が引き取った血の繋がらない娘の海外療養に付き添うため、私が差し出した離婚届に迷いなく署名した。 彼は一度も振り返ることなく、軽蔑しきった声で言い放った。 「雪乃、こんな浅ましい真似をしてまで俺を引き止めようとするな。結愛には俺がついていてやらなきゃいけないんだ」 それから七年。俊哉の車が私の行く手を阻み、高慢な口調でこう告げた。 「祖父が危篤だ。唯一の望みは、ひ孫の顔を見ることだ。 戻ってこい。神宮寺の跡継ぎを産むなら、妻の座は保証してやる」 私は自分の足先を見つめ、あの日を思い出した。彼に行かないでほしいと懇願し、雨の中で倒れるまで立ち尽くしたあの日を。 結局、返ってきたのは「わがままを言うな」という冷たい一言だけだった。 今の俊哉も、私がまだ彼に執着していると思い込んでいるらしい。 ただ、彼が知らないのは、神宮寺夫人という肩書きを失ってからの七年間、私がとても幸せに暮らしてきたことを。 俊哉が離婚届に署名した翌日、私は別の男と結婚した。 まだ膨らみの目立たないお腹をそっと撫で、私は微笑んで言った。 「ごめんね、子供ならもういるの。あなたの子じゃないけど」 俊哉は絶句し、その端正な顔立ちに驚きの色が浮かんだ。 視線が私の平らなお腹に注がれ、やがて鼻で笑った。 「雪乃、俺を拒むために、そんな嘘までつくのか? お前を必要とする人間なんて、俺以外にいない。実の親からも疎まれた疫病神の分際で」 疫病神…… 嫌というほど聞かされてきた言葉だ。 俊哉は相変わらず、私のプライドを土足で踏みにじるのが習慣になっているらしい。 ふと、十年前の記憶が蘇った。 生みの親である江ノ島家に引き取られたばかりの頃、父は皆の前でこう言った。 「田舎育ちで礼儀も知らないとは。これからは結愛を手本にして、家の恥をさらすんじゃないぞ」 その後、私が俊哉と付き合っていると知った母は、さらに露骨だった。 「あなたのせいで、どれだけ結愛が傷ついたと思っているの?これからは、あの子に譲ってあげなさい」 私が「いつ結愛を傷つけたというのか」と、問い返した。 母は氷のように冷たい声で言い放った。 「決まっているでしょう、神宮寺家との婚約のことよ!もともと結愛が嫁ぐはずだったのに、不運にもあなたに決まってしまった。これでも、あの子からすべてを奪った自覚がないと言うの?」 母は知らなかった。私が結愛より先に俊哉に出会っていたことを。 十八歳の頃、バイト先のカフェで常連だった俊哉。先に惹かれ、声をかけてきたのは彼の方だったこと。 私たちが結ばれたのはごく自然な流れだったことも…… それなのに、母の口にかかれば、そのすべてが結愛から横取りしたものへとすり替えられてしまった。 着信音が追憶を断ち切った。 俊哉は画面を見て口角をわずかに上げると、わざとスピーカーモードにした。 スピーカーから、棘のある声が響いた。 「俊哉さん、あいつは見つかったの?さっさと連れ戻しなさい! 結愛が帰国してから、あの店のケーキを食べたがっているの。帰りに買ってきてくれないかしら?」 俊哉がそれに応じて電話を切ると、こちらを向き直った。 「聞いたか。戻ってきて謝罪しろ。そして、神宮寺家の跡取りを産むんだ。 そうすれば、神宮寺夫人の座も、江ノ島家の娘という立場も、再びお前に与えてやる」 彼はまるで、それがこれ以上ない恩情であるかのように、尊大な口ぶりだった。 私は俊哉を見つめ、ふと滑稽に思えた。 「神宮寺さん。私はすでに結婚してるの。七年前、あなたと別れた翌日にね」 そう言いながら、鞄から妊婦健診の受診票を取り出し、彼の開いた車の窓から放り込んだ。 「それから、この七年間、私は江ノ島家とも一切の縁を切ってるし、あなたの跡取りを産む義務なんて、これっぽっちもないのよ。二度と私の前に現れないで」 そう言うと、私は背を向けて歩き出した。 背後で数秒の沈黙の後、ドアが開く音がした。 「江ノ島雪乃(えのしま ゆきの)!」 苛立ちが混じった俊哉の声が追ってきた。 私は振り返らず、路地裏へと足を早めた。 追いかけてくる足音は聞こえなかった。 プライドの高い彼のことだ。人目のある街中で女を追いかけ回すなんて恥は晒せないだろう。 数秒後、また俊哉のスマホが鳴った。 江ノ島結愛(えのしま ゆあ)の、弱々しく可憐な声が漏れ聞こえてくる。 「俊哉さん……胸が、苦しいの。早く帰ってきて……」 俊哉は少し戸惑って、最後には「すぐ行く」と告げた。 エンジンの始動音が路地裏に響き渡った。 私は曲がり角に立ち、車の音が遠ざかるのを聞きながら、握りしめていた拳をゆっくりと解いた。 第2話 その通りを離れ、私は経営している書店へと戻った。 七年前、地獄のような実家から救い出してくれたのは、今の夫である一条聖(いちじょう ひじり)だった。この店も彼が用意してくれた、私の居場所だ。 無意識にカウンターの木目を指でなぞりながら、頭の中は七年前の出来事でいっぱいだった。 あの時、私は俊哉の子を身ごもっていた。 結愛が「胸が苦しい」と言い出し、俊哉が彼女に付き添おうとした。 私は俊哉の手を掴み、「気分が悪いから、病院に連れて行って」と頼んだ。 しかし彼は私の手を振りほどき、苛立った口調で言った。 「雪乃、いい加減にしろ!結愛は体が弱いんだ。少しは気遣ってやれないのか?」 その拍子に、私はバランスを崩して階段から転落した。 お腹が段差の角に激突し、焼けるような痛みに体を丸めた。 俊哉は私に見向きもせず、家を出た。 床に這いつくばる私の体から、温かい液体がじわじわと流れ出していく。 何度も俊哉を呼んだが、返事はなかった。 顔を上げると、窓越しに俊哉の車の助手席に座る結愛が見えた。 結愛は、私が階段から落ち、血を流して倒れているのを、窓一枚隔てた向こう側からじっと見つめていた。 でも、俊哉に何も告げなかった。 ただ冷ややかに私を見つめ、口角を吊り上げると、ゆっくりと車の窓を閉めた。 あの二人の車が走り去った後、私は血に染まった足を引きずり、ゆっくりと玄関まで這っていった。 指で床タイルの隙間を引っかき、爪まで折れてしまった。 偶然車で通りかかった聖が、階段に倒れている私を見つけて凍りついた。 聖は私を車に入れ、信号をいくつも無視して病院へ運んでくれた。 けれど、間に合わなかった。赤ちゃんはいなくなってしまった。 手術室で目を覚ますと、傍らには聖が座っていた。 目が覚めた私に、彼は絞り出すような声で告げた。 「……子供は、ダメだった」 天井を見つめながら、私は全身が空っぽになったような感覚に陥っていた。 翌日、俊哉は結愛の海外療養に付き添うと言った。 私は病床から這い上がり、無理やり点滴を引き抜いて家へ戻った。 俊哉は荷造りの真っ最中だった。入り口に立つ私を見るなり、彼は不快そうに眉をひそめた。 「……何の用だ?」 「行かないで」私は血走った目で、彼の袖を掴んだ。「俊哉、お願い、行かないで」 俊哉は冷酷に私の手を振り払い、声には苛立ちが滲んでいた。 「雪乃、いい加減にしろ。わがままを言うのも大概にしろよ。 結愛は体が弱いんだ。海外で静養させる必要がある。彼女を一人で行かせるわけにはいかないんだ」 俊哉は気づいていなかった。私の膨らんでいたお腹が、今はもう平らになっていることに。 真っ青な私の顔色にも、立っているだけで震えている足取りにも、彼は素っ気ない。 彼の頭の中は、結愛のことでいっぱいなのだ。 私は俊哉の前に立ち、ふと心が静かになった。 鞄から書き置きしておいた離婚届を取り出し、彼に手渡した。 彼は事務的に署名し、それを私に投げ返した。 「雪乃、こんな浅ましい真似をしてまで俺を引き止めようとするな」 俊哉はスーツケースを引き、一度も振り返ることなく去っていった。 私は彼の後ろ姿が玄関の入り口から消えていくのを見つめ、手に握りしめた署名済みの離婚届は、私の手でくしゃくしゃに丸めた。 その夜は雨が降っていた。私は家の前で立ち尽くし、そのまま意識を失った。 次に目を覚ますと、聖が私のそばにいた。 聖は言った。「雪乃、僕と一緒に行こう」 私は、静かに頷いた。 「ママ!」 幼い愛らしい声が、私を過去の記憶から引き戻した。 前を見ると、スマホの画面が光っていた。聖からのメッセージだ。 【今、陽太(はるた)を迎えに行ったよ。ケーキを買って帰るから、一緒に食べよう】 このメッセージを見つめると、私は口元をほころばせた。 陽太は私と聖の息子で、今年五歳になる。 「ありがとう」と返信し、スマホをポケットにしまった。 その時、店の入り口のドアベルがカランと鳴った。 第3話 そこに立っていたのは結愛だった。肩にかかる華やかなウェーブヘアが、彼女の色白な小顔を際立たせている。 その瞳が私を見つめる時、隠しきれない挑発と勝ち誇ったような光が宿っていた。 「お姉様、お久しぶり」 私は無視して、うつむいてカウンターの上の本を整理し続けた。 結愛は気にする様子もなく、店内を品定めするように見回した。 「お姉様、随分とみすぼらしい生活をなさっているのね。見てるこちらが悲しくなるわ。こんなちっぽけな店、一ヶ月にいくら稼げるのかしら?」 彼女はくるりと振り返り、薄笑いを浮かべた。 「今日、俊哉さんがここに来たって聞いたわよ。神宮寺家の跡取りを産むために戻ってこい、なんて言われたのかしら?」 私は手を止め、訝しげに結愛を見た。 結愛は一瞬怯んだものの、すぐに余裕の笑みを取り戻して続けた。 「変な期待はしないでね。俊哉さんはただ『跡継ぎを産む女』が必要なだけ」 結愛は私の目の前まで歩み寄り、勝ち誇った声を叩きつけた。 「あなたはただの道具なのよ。彼が愛しているのは私だけ」 私は手に持っていた本を強く握りしめた。 「結愛、結局何が言いたいの?」 結愛はクスクスと笑いながら、カウンターをゆっくりと回りながら歩いた。 「お姉様って本当にお気の毒。江ノ島家を離れたら、あなたなんてただの空っぽじゃない。こんな古臭い本屋で自分一人養うのも精一杯でしょうに。おまけに、そんな『お荷物』まで抱えて……」 「……今、誰がお荷物だって言ったの?」 「あら、図星かしら?」結愛は口元を隠して笑った。 「間違ったことは言ってないわ。あの浮気相手との間にできた子供なんて、お荷物以外の何物でもないでしょ?俊哉さんはまだご存知ないのかしら。あなたが俊哉さんの子を妊娠しながら、その男と結婚したなんて……!」 結愛の言葉に、私は頭に血が上った。 「黙りなさい」 「嫌よ」結愛はさらに一歩詰め寄り、顔には得意げな笑みを浮かべていた。「あなたはあの男のために、俊哉さんとの子を堕ろした。そして今はまたあの男の子を孕んでいる…… よくもまあ、俊哉さんの前でそんなに潔白なフリができるわね。反吐が出るわ!」 なんとひどいこと! 私は怒りのあまり、手が小刻みに震え始めた。 あの子がどうやって失われたのか、結愛が誰よりも知っているはずなのに。 彼女はあの時、窓越しにじっと見ていたのだ。私が血の海に沈みながら助けを求めていたあの瞬間を。 しかし、彼女は何もしなかった。ただ、冷たく眺めていただけ。 それなのに今、彼女は平然と私に泥を塗ろうとしている。 「結愛、それ以上デタラメを言うなら、容赦しないわよ」 彼女は腹を抱えて笑い出した。 「江ノ島雪乃、あなたはただのクズ女よ。俊哉さんも、あなたのような落ちぶれた女を選ぶなんて目が節穴だわ……」 私は手を振り抜き、彼女の頬を思い切り叩いた。 結愛は頬を押さえ、呆然と立ち尽くした。そしてすぐ、その瞳にみるみるうちに涙が溜まっていった。 「お姉様、どうして人を殴るの…… 私は心配して、江ノ島家に戻るよう説得しに来たのに……なんて酷いことを……」 結愛の視線が、店の入り口へと向いた。 そこから、板張りの床を鳴らす足音が聞こえてきた。聞き覚えのある、急き立てるような足音。 第4話 結愛は狙い定めたように俊哉の胸に飛び込み、涙を流して泣きじゃくった。 「俊哉さん……私、お姉様に家に戻るよう説得していただけなの。 俊哉さんを裏切って子供を堕ろしたことを少し咎めたら、逆上して私を突き飛ばして……っ」 俊哉は結愛の肩を支え、氷のように冷たい視線を私に投げつけた。 「雪乃、結愛が言っていることは本当か?不倫していただけでなく、その男のために俺の子を殺したというのか」 私はその場に立ち尽くし、怒りで全身が震えた。 「この女は嘘をついているわよ!」 俊哉は眉をひそめて結愛の方を見た。 結愛はすぐに胸を押さえ、顔色を失い、彼に寄りかかった。 「俊哉さん、胸が苦しいの……さっきお姉様が私を押したから、傷めたのかも……」 俊哉は結愛を抱きかかえ、その瞳には軽蔑の色が濃く滲んでいた。 「雪乃、なぜ結愛を押したんだ?」 「押してないわ!」 「押してないなら、彼女が苦しむはずがないだろう!」 「神宮寺俊哉、あなた、節穴なの?!」私は震える声で叫んだ。「騙されているのよ!なんでも気づかないの?」 「もういい!」 俊哉は怒鳴り、結愛を離すと私の手首を乱暴に掴んだ。 「雪乃、今すぐ病院へ行くぞ。その腹の中にいる子供を堕ろせ。 戻ってこい。神宮寺の跡継ぎを産むなら、妻の座は保証してやる!」 私は驚いた。 「あなた、狂ってるわ」 「俺は正気だ」俊哉の声は、恐ろしいほどに静かだった。「お前に拒否権などない」 「放して!」私は必死に彼の手を振り払おうとした。「放してってば!」 「放さない。今日はお前は俺について来なければならない」 何度か抵抗したが抜け出せず、俊哉がさらに力を入れたため、痛くて涙がこぼれた。 私は咄嗟に、もう片方の手でお腹を庇った。 その動作を見た俊哉の瞳が、暗く沈んだ。 「俊哉、私はもう結婚しているの。夫は一条聖よ。この子は彼との子。もしこの子に手を出したら、一条家が黙っていないわ!」 俊哉は一秒ほど呆然としたが、すぐに鼻で笑った。 「一条聖だと?雪乃、頭がどうかしたのか。嘘にも限度があるだろう。 一条家が、俺の使い古しの女を妻に迎えるはずがないだろう」 「嘘じゃないわ!」 私は俊哉の手を振りほどき、後ろに下がった。 「七年前、離婚届に署名したのはあなたよ。そして、私は捨てられたんじゃない、私があなたを捨てたの。 いま、私は聖の妻よ。お腹にいるのは、愛する彼の子供!」 俊哉の表情が一変した。 「雪乃、いい加減にしろ」 彼は獲物を追い詰めるように歩み寄り、見下ろしてきた。 「一条の名前を出せば、俺が引き下がるとでも思ったか。 お前のどこに、一条家に見合う価値があるんだ?」 私は手を上げ、俊哉に強烈な平手打ちを浴びせた。 入り口に立っていた結愛が、目を見開いてその光景を見つめている。 「……あなた、よくも……」 俊哉は顔を背けたまま、頬に赤い手形を浮き上がっていた。 彼がゆっくりと顔を戻したとき、その瞳は獣のように陰惨だった。 「雪乃……病院へ行かないというなら、力ずくでもその子を諦めさせるぞ」 俊哉は店の外に向かって叫んだ。「入れ!」 外で待機していた黒いスーツを着た四人のボディーガードが、次々と店内に押し入ってきた。 結愛はドアの陰で、満足げに口角を歪めた。 私は壁際まで下がり、手のひらにじっとりと汗をかいた。 俊哉はボディーガードたちに囲まれながら、冷徹に私を見つめた。 「最後にもう一度聞く。俺についてくるか?」 私は奥歯を噛み締め、沈黙を貫いた。 彼は頷いた。 「いいだろう。やれ」 二人のボディーガードが左右から私に迫ってきた。 その時、店の入り口から、凛とした声が響いた。 「神宮寺社長。僕の店で、僕の『大切な人』に手を出すのは、見過ごせませんね」 聖がそこに立っていた。 左手で五歳の陽太の手を引き、右手にはケーキの箱を下げて。 聖は遮る人々を無視して、真っ直ぐに私を見つめた。 陽太は顔を上げ、黒いスーツの男たちで埋め尽くされた店内を、好奇心旺盛に眺めていた。 「陽太、ママのところに行って」 陽太は聖の手を離し、短い足で私のもとへ駆け寄ると、ぎゅっと私の足にしがみついた。 「ママ!」 聖は俊哉の目の前まで歩み寄り、足を止めた。 冷徹な俊哉と温和で穏やかな聖。二人の視線がぶつかり合った。 先に口を開いたのは、聖だった。 「神宮寺社長。僕の妻を怖がらせるのは、やめていただけませんか?」