婚約破棄、国の極秘計画へ

Đang tải thông tin quảng bá...

婚約破棄、国の極秘計画へ

GoodNovel Hoàn thành

私は相沢澪(あいざわ みお)。大学二年で国内トップの研究室に入ったものの、周りは皆、私がコネで入り込んだと決めつけた。 母は、私が手作...

Chương (1)

第1章

私は相沢澪(あいざわ みお)。大学二年で国内トップの研究室に入ったものの、周りは皆、私がコネで入り込んだと決めつけた。 母は、私が手作りしたプレゼントを放り捨て、嫌悪を隠そうともせず言う。 「恥も知らないあんたなんか、娘だなんて思いたくもない」 婚約者の矢ヶ部安臣(やかべ やすおみ)は、私に釘を刺すように言う。 「自分が矢ヶ部家の妻になる女だってことを、忘れるな」 後になって、妹の相沢詩織(あいざわ しおり)に左手を壊されたが、家族たちは私に、追及は諦めろと命じた。 病院に運ばれて意識を取り戻したあと、私は師匠に電話をかけた。 「国家極密のロケット計画に、参加いたします」 第1話 「相沢澪(あいざわ みお)様、再度確認させていただきますが、妹の相沢詩織(あいざわ しおり)さんの責任追及を放棄し、告訴も取り下げるということで、よろしいですか?」 「はい、取り下げます」私は落ち着いた声で答えた。 「もう一度、よくお考えください。あなたの左手は腐食が骨に達しており、病院からは生涯回復の見込みがない障害と認定されています。また当方としても、相沢詩織さんがあなたの研究室に無断で侵入し、実験用の液体を硫酸にすり替えたことが原因で今回の傷害に至った、と判断しています。証拠はすべて相沢詩織さんを示していて、警察としても、あなたが責任追及を継続されるのであれば、相手方が弁護士を付けたとしても、傷害事件として立件され、実刑となる可能性は高いです」 「もう大丈夫です。これまで対応していただき、ありがとうございました。責任追及はしませんので、この件はこれで終わりにさせてください」 しばらくの沈黙のあと、警官は小さくため息をつき、最後に一言添えた。 「もし次に、また彼女が同じようなことをしたら、必ず警察署に来てください。ここでは、誰にもあなたをいじめさせませんから」 私はうなずいて、警察署を出た。 「今、病院じゃないのか?」 婚約者の矢ヶ部安臣(やかべ やすおみ)から電話がかかってきて、胸の奥がずきりと痛んだ。 少し間を置いてから、私は彼に答える。 「退院した」 私が入院していたこの半月、安臣は詩織とヨーロッパへ行き、テニス観戦をしていた。 私のことは、そのまま病院に置き忘れられていた。 「今どこにいる?」 安臣はそれだけ尋ねてきた。 私は、警察署の前にいたことを隠して言った。 「学校」 詩織の責任追及をやめるのも、安臣の意志だった。 硫酸で皮膚を抉られた直後、私は先に警察へ通報した。証拠はすべて詩織を示していて、警察は彼女を連れて行った。 ところが、私が手術室から運び出された直後、半年ぶりに、安臣が電話をかけてきた。彼は命令口調で言った。 「詩織への追及を取り下げろ。この件は彼女とは無関係だ」 傷口の痛みもつらかったが、胸の奥を抉られるような痛みのほうが、よほど耐えられなかった。 ベッドの上で布団に指を食い込ませ、胸を押さえたまま、咳が止まらなかった。 最後には言いたいことを全部飲み込んで、平坦な声で、ただ一言を返した。 「分かった」 翌日、私は師匠に電話をかけ、迷いを切り落とすように告げた。 「ロケット計画に、参加いたします」 ロケット計画は国家の極秘計画だ。一度参加すれば、この先ずっと世間と関わらずに生きることになるかもしれない。 安臣のことを捨てきれなくて、私はずっとロケット計画に踏み出せなかった。 けれどその日、ようやくすべてを悟った。どれだけ無理をしても、安臣が私を好きになることはない。 だったら、私が彼を手放す。 師匠は淡々と告げた。 「君の口座に四千万円を振り込んだ。半月で全部片づけろ。迎えはそのあと、こちらで手配する」 私は急いで学校へ戻った。ちょうど同じタイミングで、安臣も来ていた。 車の中の彼は、眉骨が際立ち、鼻筋の通った端正な横顔をしている。金縁の眼鏡越しの瞳は、静かに澄んでいた。 顔を上げて彼の目と合った瞬間、胸の奥がまた、ちくちくと痛んだ。 私は反射的にすぐ目を伏せた。 「乗れ」 短く言われ、私は後部座席のドアを開けて、音を立てないように座り込む。 車が走り出しても、私たちは息を合わせたみたいに一言も交わさなかった。 もともと、私と安臣に共通の話題なんてない。 昔の私は、彼と過ごせる時間ができるたびに、はしゃいで色んな話をしていた。 彼はうんざりした素振りも見せない。けれど返ってくるのはいつも沈黙だった。 珍しく、今回は彼が沈黙を破った。 「お誕生日、おめでとう」 私は首をかしげ、スマホを開いた。今日が自分の誕生日だと、そのとき初めて気づいた。 けれど、まさか、彼が私の誕生日を覚えているなんて。 顔を上げると、バックミラー越しの彼の目は相変わらず冷淡で、感情の欠片もない。 そういうことか。彼がそう言ってくれたのは育ちの良さゆえで、私を大事に思っているからじゃない。 「ありがとう」 会話はそれで終わりだった。残りの道は、沈黙だけが流れていく。 そして家に着いて、ようやく分かった。安臣は詩織の誕生日を祝いに来たのだ。 私と詩織は、生まれたときに取り違えられた。詩織は私の代わりに相沢家で十数年暮らしてきた。 私が見つかって連れ戻されたのは、高校一年のときだった。 それでも詩織は、相沢家の箱入り娘として、今もこの家で暮らしている。 安臣は車を降りると、振り返りもせず足早に屋敷へ向かう。 詩織の誕生日のために、屋敷の外の花壇まできっちり整えられ、祝福の文字が読める形に刈り込まれていた。 スマホを確認しても、誰からも何も届いていなかった。 長いあいだ、こういう扱いの差には慣れたと思っていた。 それでも、目の前で突きつけられると、胸がきゅっと痛む。 大丈夫だと、自分に言い聞かせる。もうすぐ、ここを離れるのだから。 ロケット計画に参加すれば、私は外界とは完全に遮断されることになる。 来る前に、弁護士に作らせた縁切りの書類もバッグに入れてきた。 私はそれを確かめるように指先で触れ、深く息を吸って、安臣の後ろについた。 第2話 「詩織の誕生日に、使用人なんか連れてくるってどういうつもりだよ!さっさと帰らせろ!」 兄の相沢俊介(あいざわ しゅんすけ)が、安臣の後ろに立っていた私を指さして叫んだ。 私はうつむいて、自分の身なりを見下ろした。数百円で買った服は、洗いすぎてすっかり黄ばんでいる。安物の靴ももう限界で、型崩れしている。それに、実験漬けの毎日で、手にはすっかりタコができていた。 優雅な詩織と比べれば、確かに私は、使用人に見えてもおかしくない。 「兄さん、私だよ」 しゃがれた声で言うと、俊介は一瞬ぎょっとして私を見た。 けれど次の瞬間、その顔は露骨な嫌悪に変わる。 私は二人の後ろにぴたりとつき、足音を殺しながら中へ入った。 ここへ戻ったのは、母の誕生日のとき以来だ。 けれどあのときは、結局、母が怒って、私が心を込めて用意したプレゼントを玄関の外へ投げ捨てた。 そして私は、みっともなく追い出された。 玄関をくぐると、家の中は誕生日の飾りで彩られ、温かな雰囲気に満ちている。 安臣はそのまま書斎へ向かい、父と仕事の話を始める。 母は詩織の部屋で、彼女の着替えに付き添っている。 兄の俊介は、私を見るのも嫌そうにドアを乱暴に閉め、鍵まで掛けた。 自分の部屋を開けてみると、中はすっかり様変わりしていた。 ベッドも、服も、本も、それに、まとめ上げた実験データまで、全部なくなっていた。 私は焦って引き出しや棚をひっくり返していると、俊介がドアを蹴るようにして入ってきた。 「何探してんだよ。ここはお前が勝手に触っていい場所じゃないだろ!」 詩織がピアノの練習をしやすいように、私の部屋はいつの間にか、詩織のピアノ室に変えられていた。 部屋のことはどうでもいい。 私は焦って尋ねる。 「私の本は?それと、箱に入れてた書類はどこ?」 俊介は漫然と告げる。 「いらないかと思って、井上さんに渡して、古紙回収に出した」 その一言で、頭が真っ白になった。私はその場にへたり込み、絶望のまま目を閉じた。 ――あの箱の中は、私が一年近く寝る間も惜しんで作り上げたデータだ。それが全部、なくなったなんて。 家はこんなに広いのに、私の部屋を詩織のピアノ室にするにしても、私の荷物くらい、地下の収納にでも移しておけたはずだ。 先生は言っていた。このデータは学界の空白を埋めるだけじゃない。新しい材料の糸口になって、兵器の製造にだってつながるかもしれない、と。 それが今、詩織のせいで、全部なくなった。 俊介はこれ以上私に関わりたくなくて、踵を返した。ただ、出ていく前に釘を刺すように言う。 「詩織のもの、汚すなよ」 私は苦笑して、小さくうなずいた。 それから三十分ほどして、気持ちを整え、台所で家の使用人の井上恵子(いのうえ えこ)の夕食の支度を手伝った。 けれど、いつの間にか詩織も台所に入ってきて、「私も手伝う」と言って勝手に割り込んできた。 相沢家に甘やかされて育った詩織は、米を炊くことすらできない。 私がいる場では、詩織はいつも私を笑いものにしたがる。 私と恵子が何度も「危ないから出て」と言っても、詩織は意地でも出ていかなかった。 そして案の定、ほどなくして、詩織は「うっかり」熱湯を私にぶちまけた。 上半身は熱湯に濡れ、左手は焼けつく痛みの先で感覚が途切れた。 私はその場で固まった。 恵子が慌てて氷嚢を当ててくれる。 物音を聞きつけて、母が慌てて駆け込んできた。 「詩織、あなたが台所に入ってどうするの。あなたの手は論文を書くためと、ピアノを弾くためにあるのよ」 詩織は今にも泣き出しそうな顔で訴える。 「お母さん、私、役に立たないのかな。こんなこともできなくて、お姉ちゃんを火傷させちゃったし、それに、安臣にもらった指輪まで落としちゃった」 指輪? 私がこの家に連れ戻されたばかりの頃、祖父が一方的に話を決め、私は安臣と婚約したことになった。 けれど、それから一か月も経たないうちに、祖父は急にこの世を去った。 空っぽの薬指を見ていると、なぜか笑いが込み上げそうになる。 母は詩織を落ち着かせると、すぐに皆に指輪を探すよう言いつけた。 「さっき見えたの。お姉ちゃんの足もとのあたりに落ちたみたいで……お姉ちゃん、ちょっとしゃがんで、拾ってもらってもいい?」 傷はまだ癒えていないうえ、さっきの熱湯と急に当てられた冷たい氷嚢で体の感覚がぐらぐらに乱れていた。台に手をついたこの瞬間には、もう意識がぼやけ始めている。 それでも母は私を一瞥もしない。ただ、当たり前のように指輪を拾えと命じてきた。 私は遠のきそうな意識にしがみつきながら、答える。 「わかった」 どうせこれが最後の顔合わせだ。育ててもらった恩返しだと思えばいい。 床に這いつくばると、指輪はすぐに見つかった。手を伸ばして拾い上げようとしたその瞬間、詩織のヒールが私の手の甲を容赦なく踏みつけた。 逃れようとすればするほど、彼女はさらに力を込めて踏みつけてくる。 手の甲の皮膚が裂けるほど踏みつけておいて、詩織はようやく気づかれないように足を離した。 私の手から指輪を奪い取ると、詩織は見せびらかすように指にはめる。 「安臣がくれたの。ねえ、似合う?」 詩織は家事なんてしたことがなく、毎週エステで手入れしてもらっているから、手は赤ん坊みたいにつるつるだ。 それに比べて私は、実験漬けのせいで、手はまるで工事現場の作業員のように荒れきっている。 私はちらりと見やると、安臣がいつの間にか扉の方に立ち、射抜くような視線をこちらに向けているのが見えた。 私はそっと視線を落とし、感情を押し殺したまま口を開く。 「二人は、どうかお幸せに」 思ったような私の取り乱し方が見られなかったのか、詩織は腹立たしげに足を踏み鳴らし、台所を後にした。 次の瞬間、安臣の手のグラスが突然ぱんと音を立てて砕け散った。 見上げると、彼は台所の入口に立ち尽くし、掌にはガラス片が散らばり、真っ赤な血が指先から大粒になって滴り落ちている。 一目で背筋が凍る光景だった。 それでも安臣は痛みを感じていないみたいに、割れたガラスを掌に握り込んだままだ。 手の甲の血管が浮き上がり、目は赤く染まっている。 その視線だけが、私に刺さったまま外れない。 私はそっと目を逸らし、背を向けて、もう一度台所へ戻った。 第3話 詩織は、本当に運がいい。 相沢家の実の娘じゃないのに、父も母も変わらず彼女のことを可愛がっている。 俊介は彼女にオーダーメイドのハイブランドドレスを贈った。 「俺の妹には、一生きれいでいてもらわないとな!」 父と母は、それぞれビル一棟と限定モデルのスポーツカーを彼女に贈った。 詩織は上機嫌で三人の頬にキスを散らしながら、弾む声で言う。 「お父さん、お母さん、お兄ちゃん、ありがとう!」 私は隅の席で、黙って食事をしていた。 笑い声に包まれたあの輪のほうが、本物の家族みたいに見える。 安臣はネックレスを用意していたが、詩織はどこか不満そうだった。 そこで、母が口を開く。 「最近ね、詩織が鈴木弘明(すずき ひろあき)教授の研究室で働きたいって言ってるの。安臣、あなたのお父さんは教授と親交があるよね?少し口添えして、詩織を正式な手続きで入れてあげて」 母は「正式な手続き」のところだけ、わざと強く言った。 鈴木教授は、私の指導教員だ。 彼の研究室は、狭き門として有名だ。 それでも私が大学二年のとき、教授は例外的に私を受け入れてくれた。 けれど、誰が流したのか――私はコネを使って、先輩に身体を差し出して無理やりねじ込んだのだと噂された。 あとから誰かが詩織に確かめたらしい。詩織はぼんやりした顔で、こう言った。 「分からないよ。お姉ちゃん、いつも家に帰ってこないし……何してるか、私には分からない」 それで皆が確信した。私は身体を売って枠を勝ち取ったんだ、と。 中には詩織の味方を気取って、鈴木教授のところへ押しかけた人間までいた。 「相沢詩織さんは一年生で、査読付きの学術誌に論文を通してるのに、なんで彼女を選ばないんですか?」と。 鈴木教授が返したのは一言だけだった。 「小細工する学生は取らない」 あの論文は、詩織が私の原稿を盗んで自分のものとして出したのだ。 けれど私は何も言わなかった。何を言っても、この家では誰も私の言葉を信じないから。 相沢家に連れ戻されるまで、私は田舎で育った。母はいつも言っていた。田舎育ちは手癖が悪い、どんな悪い癖を身につけているか分からない、と。 安臣は小さく首を振った。 「四十億円寄付するって持ちかけても、鈴木教授は当面は人を入れないって断ってきた」 それを聞いた俊介は箸を叩きつけ、私を問い詰める。 「澪、お前が鈴木教授の前で詩織の悪口でも言ったのか?どんだけ性根が悪いんだよ」 私は首を横に振り、遠回しに答える。 「研究室は最近、人手が足りてるみたい」 もうすぐ私はここを離れる。本当は、研究室は人を募集している。 ただ、詩織の研究力では、鈴木教授は取るはずがない。 「人手が足りてる?だったら、あんたが抜けて詩織を入れなさい」と母は命じた。 「どうせお前、鈴木教授のところでもああいうことしかしてないんだろ。さっさと枠を譲れよ!」 俊介もかぶせるように言った。 呼吸が、急に苦しくなった。 私はバッグを掴むと、そのまま足早に外へ出ようとした。 そして、母が叱りつける。 「止まりなさい!」 私は立ち止まり、背を向けたまま告げる。 「お母さんの口座に、二千万円振り込んだ。今まで育ててくれて、ありがとう。これで、縁は切らせてもらう」 ――本当は、育てられた覚えなんてない。 十七歳までは田舎で祖父母と暮らしていた。連れ戻されたあとも、詩織を可愛がるばかりで、私のことなどほとんど見向きもしなかった。 高校の学費だって、私はバイトで払った。 それでも、命だけはもらった。 ロケット計画に入るにあたって、私は腕の治療に二千万円を使い、残りの二千万円を母の口座に振り込んだ。 母は嫌そうに吐き捨てる。 「どういうつもり?二千万円ぽっちで縁を切るって言うの?縁を切るにしても、出どころの分からない汚い金なんていらないわ!」 心臓が一拍、ひゅっと縮む。 お母さん。それは汚い金じゃない。私がこの先の自由と引き換えに手にした金だ。 私は目を閉じた。もう説明する気力もない。 そして、尋ねる。 「何が欲しいの?私に出せるものなら、何でもあげる」 第4話 母はためらいもなく口にした。 「安臣からもらったそのブレスレット、渡しなさい。詩織に持たせるから」 あのブレスレットは、私と安臣が婚約したときに矢ヶ部家から贈られた。誰もが知っている。それは、いずれ矢ヶ部家に嫁ぐ人間に渡されるものだ。 結局、私と母の親子の縁なんて、詩織の縁談の前では、たいした意味もなかったんだ。 私は顔をそらし、安臣の目をまっすぐ見つめて、率直に尋ねる。 「あなたも、そう思ってるの?」 静まり返った室内は、針が一本落ちる音さえ聞こえそうだ。 長い沈黙――それだけで、彼の答えは十分伝わってきた。 そうだと分かっていたはずなのに、胸の奥がずきんと痛んで、息が詰まる。 それでも私は口を開く。 「ブレスレットが欲しいなら、渡してもいい」 その一言で、詩織の目がぱっと輝いた。母まで、私をまっすぐ見据えてくる。 そこで、俊介は声を張り上げる。 「おい、会社の株が欲しいとか言い出すなよ!そんなの全部、いずれは詩織のものだ。欲張って自分のものにしようなんて思うなよ!」 「いらない!」 私は怒鳴り返した。生まれて初めて私が声を荒げたせいか、俊介は顔を引きつらせ、その場で一気にしぼんだ。 父が言った。 「そのブレスレットを諦めるっていうなら、母さんも俺も、詩織と同じようにお前を扱う。家に戻ってきてもいいんだ」 詩織と同じように扱われること。 この七年、私はずっと、その扱いを夢見てきた。 でも今は、もう要らない。 私は首を横に振った。 けれど、言葉を発するより早く、母の平手打ちが飛んできた。 耳の奥がじんじんと鳴る中でも、母の声だけははっきり聞こえる。 「いい加減にしなさい!澪、矢ヶ部家のブレスレットを盾にして、私たちを脅せると思わないで。詩織はこれからもずっと私たちの子どもよ。詩織をこの家から出せなんて話、口にするのじゃないよ!」 口の端を拭うと、指に赤がついた。 私はそれを何度も擦って落としてから、しばらく黙り込み、そして、感情を消した声で言う。 「縁を切る書類にサインしてほしい。これから先、私とあなたたちは……」 言い終える前に、俊介が遮った。 「縁切り?調子に乗るなよ、澪。そんな真似して、父さんと母さんの気を引けると思ってるなんて、夢にもほどがあるぞ」 詩織まで口を挟む。 「お姉ちゃん、ブレスレットをくれたくないなら、そう言えばいいのに。どうしてそんなふうに意地悪するの?」 ただ安臣だけが、静かな眼差しの奥に荒い怒りを滲ませていた。指先をわずかに丸め、机をとんとんと叩く。まるで――私が本気で手放すつもりだなんて、信じられないとでも言いたげに。 私は鞄から、あらかじめ用意していた書類を取り出し、父と母の前へ押し出した。 「私はもうサインしてある。あなたたちがサインすれば、これで成立する」 来る前まで、迷っていた。本当にこれを差し出していいのか、と。 でも今は、迷う理由が何ひとつない。 母は内容を読み終えると、ペンを握る手を震わせながら、嘲るように言う。 「後悔しても、戻ってこようなんて思わないで」 俊介は私を睨みつけ、吐き捨てる。 「澪、相沢家を出て、お前が外でどうやって生きていくか見ものだな。痛い目に遭っても、泣きつくなよ!」 私はうつむいたまま、何も言わなかった。 相沢家の娘だった頃ですら、私がどんな目に遭っても、誰も守ってはくれなかった。 この家の人たちに期待するのは、もうとっくにやめている。 これからは身を隠して、国のためだけに力を尽くす。できる限り、人の役に立つものを生み出す。 相沢家へ戻ることだけは、二度とない。 全員の署名が揃うと、私は書類を受け取り、その場を出た。 「ブレスレットは、明日宅配で送る」 もう縁を切ったのだから、二度と会うことはない。 外へ出ると、いつの間にか安臣が後を追ってきていた。 彼は私の手首を掴み、そのまま力ずくで胸元へ引き寄せる。鼻先が彼の胸にぶつかり、鈍く痛む。私は力いっぱい彼を押し返す。 「安臣、放して!」 けれど、彼の両腕でがっちり抱え込まれ、私は身動きが取れない。 「澪」 安臣の声は少しかすれている。 「俺に説明することはないのか?」 私は眉を寄せた。 何を説明しろと言うのだろう。 以前、私は刺されたことがある。騒然とする中で、安臣は反射的に詩織をかばった。 あとで調べて分かったけれど、あれは詩織が手配した連中だ。 証拠を安臣の目の前に突きつけても、彼はただこう言った。 「澪、ちゃんとお前と結婚する。だから、もう騒ぐな」 詩織が実験用の液体を硫酸にすり替えたせいで、私に障害が残ったときも、 私は電話で必死に説明し、真相を伝えた。 それでも、安臣は最後まで私を信じようとはしなかった。 人の気持ちは、ある日突然ぷつんと切れるんじゃない。いろんな出来事が重なって、少しずつ消えていくものだ。 私は、淡い声で彼に告げる。 「説明することなんて、何もない」 そのとき、詩織も駆け出してきた。 「安臣、お父さんが結婚式のこと相談したいって」 そのとたん、彼の手から力が抜け、その隙をついて、私は思いきり彼を突き放した。 それでも彼は私の手をぐっとつかんで言う。 「澪、少し待ってて。数分で戻るから」 私は何も言わなかった。 そして安臣はくるりと背を向け、詩織と並んで屋敷の中へ戻っていった。 そのとき、私は分かっていた。今夜、彼がこの家から離れることはないって。 こんなふうに詩織に呼ばれて、私だけがその場に置き去りにされることが、これまでに何度もあった。 ひどいときには、雪の中で彼を一晩中待ったこともあった。 けれど今の私は、もうそんな愚かなことはしない。 私は通りに出てタクシーを止め、振り返りもせず、その場を離れた。