浮気夫を捨てたら、超大物社長に溺愛された

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浮気夫を捨てたら、超大物社長に溺愛された

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前田奈津美(まえだ なつみ)が、前田隆(まえだ たかし)と再婚して3年が経ったある日、奈津美は超高級クラブ「エリュシオン」で、隆がNo.1ホス...

Chương (1)

第1章

前田奈津美(まえだ なつみ)が、前田隆(まえだ たかし)と再婚して3年が経ったある日、奈津美は超高級クラブ「エリュシオン」で、隆がNo.1ホステスである菅原千佳(すがわら ちか)と一緒にいる場面に遭遇してしまった。 シャンデリアが輝く個室で、隆は革張りのソファにゆったりと体を預けている。左手の指には葉巻を挟み、右手はスリットの深いドレスを着た千佳の肩を軽く抱いていた。 そして、千佳の前には高価そうなプレゼントの山。 奈津美は、そのプレゼントに見覚えがあった。 それは、隆がわざわざ海外までオークションに出向き手に入れてきた品々だった。数日後には二人の結婚記念日を控えていたから、奈津美はてっきり自分へのプレゼントだとばかり思っていた。 だが、それはどうやら思い過ごしだったみたいだ。 今夜は、売れないタレントのゴシップでも撮ろうと思って来ただけだったのに。まさか、自分の夫の浮気現場を、また目撃する羽目になるとは思わなかった。 これで、2回目。今度こそ、絶対に許さない。 第1話 前田奈津美(まえだ なつみ)が、前田隆(まえだ たかし)と再婚して3年が経ったある日、奈津美は超高級クラブ「エリュシオン」で、隆がNo.1ホステスである菅原千佳(すがわら ちか)と一緒にいる場面に遭遇してしまった。 シャンデリアが輝く個室で、隆は革張りのソファにゆったりと体を預けている。左手の指には葉巻を挟み、右手はスリットの深いドレスを着た千佳の肩を軽く抱いていた。 そして、千佳の前には高価そうなプレゼントの山。 隆はその中からネックレスをひとつ取り出すと、「どうかな?全部お前のために買ってきたんだ」と囁いた。 奈津美は、そのプレゼントに見覚えがあった。 それは、隆がわざわざ海外までオークションに出向き手に入れてきた品々だった。数日後には二人の結婚記念日を控えていたから、奈津美はてっきり自分へのプレゼントだとばかり思っていた。 だが、それはどうやら思い過ごしだったみたいだ。 しかし、プレゼントを贈られた張本人である千佳は、箱も開けずに淡々と言った。 「前田さん。私はあなたのこと、好きじゃないって言いましたよね?だから、いくら私に貢いでくれようとも、私の気持ちは変わりません。それより、奥さんの機嫌でもとったらどうですか?再婚したばかりなのに、また離婚になっちゃいますよ?」 隆は口の端を上げて笑った。「あいつが俺たちのことに気づく?そんなわけないさ。絶対にバレやしないよ」 周りの男たちも口々に囃し立てる。「隆はもう3年もお前に貢いでるんだぞ?でも、こいつの奥さんは全然気づいてないんだ」 「それに、男なんてみんなこんなもんだ。ましてや隆みたいな超一流の男なら、愛人の一人や二人いたって、全然おかしくない。でも、残念なことに、こいつの奥さんがそれを許さないからさ。もし、奥さんの心が広かったら、とっくにお前を家に連れ帰ってるぞ」 すると、隆は周りに冷たい視線を投げつけた。「黙れ。奈津美のことは悪くいうな」 そう言ってから、隆は千佳の方へ向き直り、今度は別人のように甘く囁く。「この後、食事でもどうかな?何もしない。ただ食事をするだけ。お前がいいって言わない限り、俺は指一本も触れないから」 隆が千佳に向ける優しい眼差しを見て、奈津美は全身が凍りつくようなショックを受けた。 再婚期間も入れれば、結婚して8年になるため、奈津美は隆の性格をよく理解していた。 彼はプライドが高く、冷たくあしらわれるのを何より嫌う。あんな態度を取られたら、とっくにキレているはずなのに、千佳に対しては、こんなにも辛抱強く接することができるなんて。 涙が頬を伝う。奈津美は黙ってその光景を写真に撮ると、自嘲的な笑みを浮かべた。 今夜は、三流タレントのゴシップでも撮ろうと思って来ただけだったのに、まさか自分の夫の浮気現場を、また目撃する羽目になるとは…… 3年前もそうだった。隆が若いモデルとベッドにいるところに、奈津美は遭遇してしまった。 奈津美はモデルの女に何発か拳を見舞うと、その場で隆に離婚を迫った。 まだ若く遊び盛りであった隆だったため、その場の勢いだけで離婚届を受け入れた。 しかし、奈津美が出ていって3ヶ月もしないうちに、隆は外の女に飽きてしまったらしく、再び狂ったように奈津美へ再婚を迫ったのだった。 その時、もう二度と怪しまれることはしない、絶対に裏切らないと隆は誓った。 奈津美は冗談で、「じゃあ星が欲しい」と言った。 すると、隆は本当に星を一つ買い、「ウィステリア」と名付けた。「ウィステリア」とは、藤の花の洋名であり、奈津美の旧姓もまた「紫藤」であったため、隆はこの名に決めたそうだ。 二人の愛がこの星のように、天まで届くほど大きくなりますように、と彼は言った。 役所で再婚の手続きをした日、隆はまるで世界を手に入れたかのように喜んでいた。 愛車に寄りかかり、彼は自信と喜びに満ちた目で言った。「奈津美。今度こそ、もう絶対にお前の手を離さないから」 その時の奈津美は何も言わず、ただ婚姻届受理証明書をぼんやりと眺めていた。 よりを戻したのは、確かに隆への未練があったから。5年も続いた関係を、そう簡単には捨てられなかった。 それに、隆の母親の前田優里(まえだ ゆうり)が約束してくれた、経済番組のキャスターの座も諦めきれなかったのだ。 長年、芸能記者として働いてきた奈津美は、キャスターへの転身を考えていた。 前田家のコネがあれば、深津市で指折りの社長たちに直接インタビューができる。 復縁の知らせを受けた優里は、奈津美にこう言った。 「隆は落ち着きがないから、よりを戻しても、もしかしたらまた浮気するかもしれない。もし本当に耐えられなくなったら、私のところに来て。あなたが望むものは何でもあげるから。離婚の手続きから財産分与まで、隆と完全に縁を切らせてあげる」 3年間は平穏な日々が続いていた。だが、いざこの時が来ると、やはり受け入れられなかった。 隆がそんなに刺激を求めるのなら、望み通りにしてあげるべきだろう。 奈津美はスマホを手に取り、二人の人物にメッセージを送った。 一人は、会社の編集長。【大スクープが手に入りました。この記事は、私に書かせてください。そして、この記事を書き終えたら、会社を辞めさせていただきます】 もう一人は優里。【お母さん。隆との離婚することにしました。なので、離婚手続きの準備をお願いできますでしょうか。それから、約束していただいていた『深津テレビ』の経済番組のキャスターのポストもお願いしますね】 すぐに返信があった。 1通目は編集長から。【大スクープか!くれぐれも早まるなよ】 2通目は優里から。【3日もらえるかしら?あなたの望むもの、全て用意しておくから】 返信を打ち終えると、ちょうどボーイの人が飲み物を運んできた。 「前田さん。どうしてここにいらっしゃるんですか?」 その声に、個室にいた全員が奈津美の方を一斉に振り向いた。 隆も、その一人だった。 第2話 奈津美に気づいた隆はさっと眉をひそめ、千佳の腰から素早く手を離した。 彼の友人たちは慌てふためき、口々に言い訳を始める。 「奥さん!誤解しないでくださいね。今日は俺たちだけで集まってたところに、無理やり隆を呼んだだけなんで!」 「そ、そうなんですよ、奥さん!この子は俺が指名した子だから、隆には一切関係ありませんから!」 そう言った男が立ち上がって千佳を自分の方へ引き寄せようとしたが、千佳は微動だにしなかった。 それどころか、千佳は奈津美に視線を移した。「先ほどのことは、奥様もご覧になられていたんでしょう?私は旦那さんに興味はありませんから。彼をしっかり見て、二度と私にちょっかいをかけせないでくださいね」 奈津美は笑みを浮かべる。「もしかしたら隆は私にあれこれ言われるより、愛人さんに見ててもらう方が好きなのかも」 「誰が愛人ですって?」 千佳は眉をひそめ、その華やかな顔に冷たい表情を浮かべた。 「前田さん。私は育ちがいいわけではないけど、このエリュシオンで5年間ずっとスキャンダルもなく、真面目にやってきました。それに、既婚者のお客様なら、絶対に触れることすらしませんでした。 なのに今日、前田さんの奥様は私を愛人だとおっしゃいました。私が納得できる態度を見せてくれないのであれば、今後一切席にはつきませんので」 そう言われた隆は、やっと重い腰を上げ、奈津美の方へ歩み寄ってきた。 奈津美をじっと見つめる。口調は優しかったが、そこには有無を言わせない強さがあった。「奈津美、人を侮辱するのはよくないだろ。千佳に謝ったほうがいい」 「私が彼女に謝る?」奈津美は鼻で笑った。「隆、謝るべきなのはあなたの方だよね?3年前に私と約束したこと、忘れたとは言わせないよ」 「3年前に何を約束したかなんてのは、どうだっていい。とにかく、今は千佳に謝れ」隆の口調が急に冷いものとなった。彼は奈津美の手を強く握り、薄い唇で笑う。 「奈津美、俺がこんなにも一人の女を好きになるなんて滅多にないんだ。3年前のモデルの女とは違う。3年間も追いかけてきたんだぞ?もし千佳がもう会ってくれなくなったら、俺はすごく悲しい」 その言葉は奈津美の胸を深く抉った。こんなにも一人の女を好きになるなんて滅多にない、だと? では、自分は一体何なのだ? 奈津美は唇を噛みしめ、問い返す。「もし、嫌だって言ったら?」 「そうしたら、どうなっても知らないからな」 隆が言い終わるやいなや、彼のボディーガード二人が部屋に飛び込んできた。 「謝る気がないなら、無理にでも謝らせることになる」隆は手を伸ばし、自然な仕草で奈津美の耳元の髪を整えた。「奈津美、俺を困らせないでくれよ」 「言ったでしょ?絶対に謝らないって」 奈津美は、もともとかなり頑固だった。 自分が間違っていないと思ったことは、絶対に頭を下げない。 だから奈津美は、隆が女一人のために、どこまで自分に対して非道になれるのか、それを見てやろうと思った。 「何をぼーっとしてるんだよ。早くやれ。あ、でも手加減はしてやれよ。奈津美は痛がりだからな」 隆が手を振ると、二人の男は奈津美をそのまま押さえつけ、無理やり床に跪かせた。 膝が床に打ち付けられ、痛みが走る。顔を上げると、口元に笑みを浮かべている千佳の姿が目に入った。 「私のために、ここまでしてくれるなんて。分かりました。今夜の食事には、特別にお付き合いさせていただきますね。前田さん、私と一緒に行きますか?それとも奥様とお家に帰りますか?ふふ。もし、私と一緒に来たら怒られちゃいますかね?」 「答えは分かっているくせに。俺はこの日をずっと待っていたんだからな」 そう言うと、隆はかがんで奈津美を自ら立たせた。そして優しい口調で言う。「奈津美、いい子だから先に帰って待っててくれよな。食事が終わったら、すぐに帰るから、な?」 「帰ってくるもこないも、あなたの好きにして」 奈津美は隆の方を見ようともせず、ただ膝のほこりを払うと、足を引きずりながらその場を後にした。 もう隆と離婚すると決めた今、彼のことなどどうでもよかった。 第3話 その夜、隆は帰ってこなかった。 翌朝、奈津美が徹夜で書いた記事は、深津市で最大の芸能週刊誌に載った。 一番大きい記事で、写真だけでもページの半分以上を占めていた。 きっと隆も見るだろうし、前田家の人たちの目にも入るはず。 しかし、そんなことなどもうどうでも良かった奈津美は、朝食を終えて、職場に引き継ぎをしに行こうと鞄を手に取った時、前田家から電話がかかってきた。 「奈津美様、すぐに月見ヶ丘へ来られますか?記事を見た奥様がひどくお怒りになって、隆様にお仕置きをなさると……」 奈津美は仕方なくも、職場ではなく屋敷へと車を向かわせた。 奈津美が前田家に駆けつけると、隆が顔を抑えて床に座っていた。どうやら、ちょうど叩かれた後のようだった。 叩かれた頬は、赤く腫れ上がっていて、見るからにいたそうだ。それでも隆はまっすぐに、優里を見据えている。 「母さん。何があろうと、千佳とは別れないから」 「かなりご執心みたいね」優里は冷ややかに笑った。 「忘れたの?あなたと奈津美の結婚を、私がどうして認めたか……奈津美が竹刀で99回叩かれることに耐えられたから、私はあなたたちの結婚を許し、彼女は家の敷居を跨げた。でも、今はまた別の女を連れてきたわね? 条件は同じよ。竹刀で99回叩かれることに耐えられるかどうか。耐えられたら、認めてあげるわ。もし、耐えられないのであれば……その場で死ぬだけね」 「母さん!千佳は体が弱いんだ。奈津美とは違う。耐えられるわけがない」 隆は優里に言い返す。 「やるなら、俺をやれ!」 そんな隆を見て、千佳は涙を流した。隆の手を取り、唇を噛みしめて言う。「前田さん、私のためにそこまで……私もあなたと一緒にいたいです。だから、その99回は、私が受けます」 「千佳、お前は向こうで待ってて。俺が代わりに受けるから」 自分の息子の情けない姿を見て、優里は怒りを抑えきれなかった。 「この馬鹿息子!あの時は、奈津美の身代わりになんてなろうともしなかったくせに!あんなに竹刀で叩かれたから、奈津美はもう少しで子供を産めない体になるところだったのよ!そんな彼女の気持ちを少しでも考えたことがあるの!?」 奈津美は静かにその様子を見ているだけで、一言も口を開かなかった。 あの99回は、自分が望んで受けたものだった。 だから、隆が身代わりになろうとした時、奈津美は断ったのだ。 しかし、隆は今のように必死で罰を代わろうとはしなかった。 そうやら、千佳のためなら、この男は本当に99回竹刀で叩かれてもいいのだろう。 「奈津美は俺が説得するし、千佳も妻の座を奪うつもりはないと言ってる!それに、母さん。奈津美が写真をマスコミに売ったりしなければ、母さんが千佳のことを知ることは無かったんだ。 だから、これは全部、奈津美が自分で招いたこと。あいつがなんと言おうと、受け入れるべきだと思わないか?」 「確かに、あなたの言う通りね」 奈津美は優里に歩み寄り、そっと微笑みかける。「二人はこんなに愛し合っているんです。それを、私がいるからって理由で拒んでしまったら、私が悪者になってしまいます。お母さん、私は彼らを応援します。どうか、彼ら二人を認めてあげてくれませんか?」 「奈津美、そんなことを言ったからって、俺がお前に感謝するとでも思ったか?」隆の顔はかえって険しくなった。「全部お前のせいだ。お前がいなければ、千佳は今日こんなところに来る必要なんてなかったのに!」 「黙りなさい」優里はため息をついた。「この馬鹿息子。まあ、奈津美がそう言うのなら……わかったわ。まずはこれにサインしてちょうだい」 優里は書類を一枚取り出し、隆に突きつける。 「何これ?」 第4話 「いいから、サインしなさい。そうしたら、菅原さんを受け入れてあげるから」 すると、隆はためらうことなくすぐにサインした。 執事は困ったような顔で優里に尋ねる。「奥様……やはり竹刀で?」 目の前の離婚協議書を見て、優里は怒り狂った。「この子が自分から罰を受けるって言ってるんだから、やらないわけにはいかないでしょ?打ちなさい!思いっきり!」 執事は仕方なく、竹刀を振り下ろす。 「1回、2回、3回……」 リビングには、竹刀が風を切る音と、肉を打つ生々しい音だけが響いていた。 50回を迎えたところで、隆はとうとう耐えきれず、血を吐き出した。 「やめて!もうやめてあげてください!私なんかのために、こんな目にあって……」と、千佳が隆に覆いかぶさる。「打つなら私も一緒に打って下さい!」 バシッと竹刀が千佳の背中に振り下ろされると、彼女はその場で気を失ってしまった。 「千佳!!」 千佳が気絶するのを見た隆は、焦り始める。 千佳を抱きかかえて2階へ走っていく途中、そばにいた奈津美をきつく睨みつけた。 「奈津美。もし千佳に何かあったら、俺たちの関係も終わりだからな」 この光景は、8年前の再現のようだった。 8年前、奈津美が気を失った時も、隆は同じように目を真っ赤にしながら彼女を抱き、医師を探し回った。「奈津美、死ぬな!もうすぐ結婚できるんだぞ!死なせたりしないからな! 母さん!なんで99回も奈津美を打ったんだ?もし奈津美に何かあったら、絶対に許さない」 だが今の彼は、別の人を愛している。 「奈津美。あなたが望んだ離婚協議書よ」 リビングが静まり返った後、優里は持っていた書類を奈津美に差し出した。「私にできることはした。だから、離婚しても隆のことを恨まないでほしい。あの子のことだから、きっと菅原さんが最後じゃないと思うしね」 「ありがとうございます、お母さん」しかし、奈津美は慌てて言い直す。「すみません、もうお母さんではないですね。優里さん、ありがとうございました。私は、これで失礼します」 「3日後にはすべての手続きが終わると思うから。そうなったら、深津テレビに推薦してあげる。奈津美、いつでも私に会いに来てちょうだいね」 前田家の顧問弁護士に書類を届けた後、奈津美は家に帰った。 家に入るとすぐ、なんだか使用人たちが慌てていた。 「奥様、お帰りなさいませ」 彼女たちは顔を見合わせ、緊張した様子で2階を見上げる。 奈津美はすぐに何が起こったのかを察した。 隆が千佳を家に連れ帰ってきたのだろう。 ゲストルームのドアの前に立つと、ベッドにうつ伏せになっている千佳が見えた。隣には隆が座り、あらわになっている彼女の背中に、そっと薬を塗っている。 千佳の白い背中には、痛々しい竹刀で叩かれた痕。 隆が薬を塗るたびに、彼女は痛みに顔をしかめた。 しまいには、声を上げて泣き始めてしまった。 隆は胸を痛める。「ごめんな、千佳。こんな、つらい思いをさせて」 千佳の目からは涙がこぼれているが、声は甘く優しい。「大丈夫です。自分の立場はわかっていますから。竹刀で打たれるだけであなたのお母さんが私を受け入れてくださるというのなら、私は喜んで打たれますよ」 「千佳……」 隆は頭を下げると、その薄い唇で彼女の背中の傷跡にそっと口付けを落とす。 1回、2回、3回…… 慈しむような仕草と、宝物を見るような眼差し。 まるで、世界のすべてを手に入れたかのようだった。 奈津美は邪魔をしないようにと、黙ってその場から離れ、自分のためにコーヒーを淹れた。 コーヒーを飲みながら、3日後には隆と離婚できるのだと思い、口元に自然と笑みが浮かぶ。 ようやく、すべてが終わるのだ。 不思議と悲しくも辛くもなく、むしろホッとしている自分がいた。 「帰ってたのか」 階下に降りてきた隆は、奈津美の口元の笑みに気づいたらしい。 「何笑ってるんだ?」 「ううん、別に」奈津美はコーヒーカップを持ったまま、彼をちらりと見上げる。「菅原さんはどう?大丈夫?」 第5話 隆は眉間にしわを寄せ、「俺が彼女を家に連れてきたこと、知ってたのか?」と尋ねた。 「ええ」奈津美は頷いた。その声は自分でも驚くほど落ち着いていた。「見てたから」 「怒らないのか?」 今までだったら、きっと怒り狂って家中の物を壊していただろう。もしかしたら、千佳を追い出すように迫って、離婚を切り出していたかもしれない。 でも今日の奈津美はとても冷静だった。 「怒ってないよ。あなたが良ければそれでいいもの」奈津美は顔を上げて隆を見つめる。「ねえ、隆。3年前、私とよりを戻したこと後悔してるんじゃない?だって、菅原さんのことが大好きなの、バレバレだもん。それに、二人はとってもお似合いだしね」 「奈津美、俺の妻はお前だ」 隆は奈津美を後ろから抱きしめ、肩に顎を乗せた。そして甘い声で囁く。「あの記事は、俺を怒らせるためだったんだろ?俺も千佳のことで、お前にあんなに怒るべきじゃなかった。でも信じてほしい。千佳のことは好きだけど、一番愛してるのは、ずっとお前だから。俺の妻は、お前一人だけだ。 結婚して、もう8年だ。俺の周りの連中が遊んでることだって、嫌でも耳に入ってただろ?お前も、もうほかの女たちと同じように、割り切れるようになったんじゃないか?ん?」 その言葉を聞いた瞬間、奈津美の体はこわばり、言葉を失った。 どうして自身の浮気をここまで当然のように語れるのか、本気で理解できなかったのだ。 まるで、これ以上騒いだら、自分の方がおかしいとまで、言ってきそうだ。 隆は奈津美が受け入れたと思っている。しかし、どんなことがあっても、奈津美は浮気を絶対に許せない、昔のままの彼女だということを彼は分かっていない。 息を深く吸い込み、奈津美は隆を突き放す。 「確かにそうだよね、隆。あなたの友達の言う通り、深津市のお金持ちなんて、みんなそんなもの。もちろん、あなたも例外じゃない」 隆はぽかんとして、「受け入れてくれるのか?」と訊き返す。 「ええ、受け入れるよ」 自分の夫でなければ……何だって受け入れられる。 「話はそれだけ?私、部屋に戻るから」 奈津美が踵を返して階段を上がろうとした時、廊下の死角に人影がちらりと見えた気がした。 すぐに隠れてしまったけれど、それは千佳だろう。 奈津美は気にせず、部屋に戻るとすぐに荷造りを始めた。 1度目の離婚の時に、持ち物はほとんど処分していた。 だから今回は大して量もなく、すぐに荷造りは終わった。 その夜、隆は部屋に戻ってこなかった。 寝付けなかった奈津美は、少し夜風にあたろうと庭へ続く階段を降りた。 すると、ソファーで眠ってしまった隆に、千佳がそっと毛布をかけているところだった。 リビングのテーブルには、たくさんの酒瓶が転がっている。 テレビには、甘いラブストーリー映画。 奈津美は立ち尽くした。てっきり今夜、隆は千佳と何かあるものだと思っていたから。 まさか二人でただお酒を飲んで、映画を観ていただけだったなんて。 奈津美に気づいた千佳は、馬鹿にするように口の端を吊り上げた。 「こんな遅くまで起きてるなんて。もしかして、一人だと寂しくて眠れないんじゃないですか?」 奈津美は無視して外へ出ようとしたが、千佳にぐいっと腕を掴まれた。 「リビングでの話、全部聞いていました。彼があなたを愛していて、離婚する気がないのも知っています。でも、私はそんな簡単に諦めませんし、愛人なんかで終わるつもりもありません。 私が欲しいのは、本妻の座なんです。絶対にあなたたちを離婚させて、私が本当の前田家の嫁になってみせますから」 第6話 「そう?」 奈津美は千佳の目の奥にある野心を見て、自分の予想が正しかったと確信した。深津中の男を虜にするこの女は、ただ者じゃない。 「願いが早く叶うといいわね。でも菅原さん、今のあなたのやってることは、私にとっては愛人でしかないの」 千佳はカッとなった。「なんですって。もう一度言ってみなさい!」 「何度でも言ってあげるよ。あなたは所詮、愛人なの。たとえ本妻の座を手に入れたって、その汚名は一生消えない」 「黙って!」 怒りで自分が抑えられなくなった千佳は、奈津美の頬を叩いた。 奈津美も負けてはおらず、すぐに彼女の頬を打ち返す。 千佳は赤く腫れた頬を押さえ、憎しみに満ちた目で奈津美を睨みつけた。「よくも私をぶったわね?」 「先に手を出したのはあなたでしょ?やり返されて当然」奈津美も千佳を睨みつけ、はっきりと告げる。 「よく聞いて。余計なことはしないほうがいいよ。さもないと、私はあなたを一生、隆の妻になんかさせないから。それから覚えておいて。 もし私が彼と離婚したとしても、それはあなたに奪われたからじゃない。私があの男を捨てたから、あなたに回ってきただけ。そうでもなければ、あなたは一生愛人のまま」 そう言い放つと、奈津美はもう外で涼む気も失せてしまったので、さっさと階段を上がった。 そのうしろ姿を見つめながら、千佳は体の横で拳を固く握りしめる。 「今夜の屈辱は一生忘れない。いつか必ず、死ぬほど辛い思いをさせてやる……」 その後もずっと眠れなかった奈津美だったが、夜が明ける頃になってようやく瞼が閉じていった。 意識が朦朧とする中、突然、首の後ろに激痛が走った。誰かにベッドから無理やり引きずり下ろされたらしい。 次の瞬間、首を強く締め付けられた。 激しい痛みで意識がはっきりしてくる。なんとか目を開けると、そこにいたのは、鬼の形相をした隆だった。 「奈津美!昨日の夜、千佳に何をした?」 隆の目には殺気が満ち、首を絞める力もどんどん強くなっていく。 奈津美の顔は真っ赤になり、息がもうできなくなりそうだった。 「何のことか、わからない――」 「千佳を受け入れるなんて、ずいぶん物分りがいいと思ったが……まさか俺が酔っている隙に、彼女を脅して前田家から追い出すとはな。おまけに体を売れとまで強要したって?奈津美、お前がそんな女だとは思わなかったぞ」 隆は奈津美を荒々しく突き放すと、彼女の目の前にスマホを叩きつけた。 画面に表示されていたのは、千佳からのメッセージだった。 【前田さん、今までお世話になりました。奥様のおっしゃる通り、私が前田家にいても、愛人という立場でしかありません。ですから、これで終わりにしましょう。もう私を探さないでください。そして今夜、エリュシオンでは闇のオークションが開催されます。 私は、そこで自分の初めてをオークションにかけることに決めました。主催者とも絶対的な契約を交わしてしまいましたので、もう、後戻りもできないんです】 メッセージの内容を読んで、奈津美は息をのんだ。 「知らない。私は彼女に何もしていない!」 奈津美は弁解しようとしたが、隆は聞く耳を持たなかった。奈津美を無理やり車へ押し込むと、「エリュシオンに行くぞ。もし千佳が他の男に汚されたら、お前もただじゃおかないからな」と言った。 自分が聞いた言葉が信じられなかった。恐怖で目を見開く。 「なんて言ったの?」 しかし隆は答えず、ただ険しい顔でアクセルを深く踏み込んだ。 恐怖を感じている奈津美を乗せたまま、車は猛スピードで走り出す。 まもなく、車はエリュシオンの前に停まった。 「前田社長、申し訳ありません。今夜は菅原さんの特別な日でして、招待状がなければお入れすることができないんです。それに、菅原さんご本人からも、今夜は前田社長をお通しするなと……」 隆が冷たくひと睨み効かせると、男はすぐに黙り込み、二人を中へ通した。 二人が中に入るとすぐ、後ろの鉄の扉が、バンと音を立てて固く閉ざされた。 この危険な夜、奈津美の心の救いとなるものは何もなかった。 第7話 会場はきらびやかなに装飾され、盛大なオークション場となっている。 すると、ステージの真ん中にいる千佳が目に入った。 彼女は淡藤色ドレスをまとい、静かに座っている。 ステージの下にいる富豪たちは、皆目の色が変わっていた。 「1億!」 「1億6千万!俺は1億6千万出すぞ!」 「2億だ!」 「俺は6億!」 次々と上がる入札の声に、主催者は笑いが止まらないようだった。 奈津美は、隣で殺気を放つ男に視線を向けた。話しかけようとした瞬間、隆が入札した。 「20億!」 「20億だと?まさか前田社長が20億も出すと」 「あの女のことが好きだって噂は本当だったんだな」 「隣の女は誰だ?もしかして嫁さんか?なんで嫁さんなんか連れてきてんだ?」 会場は騒然としたが、奈津美の心は凍りついていた。 もう一度顔を上げると、ステージの上の千佳が微笑んでいるのが見えた。 「申し訳ありません。前田さん、私、既婚者の方とは一緒になれないんです」 隆は激しく感情を揺さぶられていた。彼が自分の手を握っている力が、どんどん強くなっていくのを感じる。骨まで砕かれそうなくらいだ。 「お前に断る権利なんかない。もし、まだ落札しようってやつがいたなら、そいつは俺に逆らうってことでいいな、ん?」 その言葉を聞くや否や、先ほどまで盛り上がっていた富豪たちは一瞬で黙り込んだ。深津市で最も権力のある男、前田グループの社長に逆らえる者なんていないのだから。 「前田さん、あなたの資金が潤沢だってことは理解しています。でも私は、もう契約書にサインしてしまったんです。ここで……処女を売らなければ、そのまま殺されるという……」 千佳が言い終わるやいなや、会場は大騒ぎになった。 誰かがヤジを飛ばし始める。「前田社長!いくら金があるからってルールを破るのはなしじゃないですか?」 「俺たちだって大金を払って来てるんですよ。手ぶらで帰す気ですか?」 「彼女がダメっていうなら、他の誰かを代わりに出してくださいよ!」 隆の隣に立っていた奈津美は、次に何が起こるのか、だいたい予想がついていた。 案の定、隆は自分を前に突き出した。 「じゃあ、こいつを代わりに!処女じゃないけど、俺の妻も悪くないだろ?」 ガンッ まるで誰かに殴られたみたいに、奈津美の頭は一瞬で真っ白になった。 今、自分の耳に入ってきた言葉が信じられなかった。 全身の血が凍りついていくようで、目の前がどんどん暗くなっていく。 奈津美は隆を見つめ、震える声で言った。「なんて言ったの?隆、もう一度言って」 隆は奈津美を見ていたけど、その瞳には温度など微塵もなかった。 「奈津美、俺を責めるな。全部お前が招いたことだろ?お前が彼女を追い詰めなければ、こんなことにだってならなかったんだからな。安心しろ、今回だけだ。たとえ、お前が他の男と寝ようとも、俺は汚いなんて思わないから」 「前田社長の奥さんだってよ。面白そうだな」 「200万出そう!」 「1000万!」 「2000万!」 彼らは狂ったように叫び、あっという間に値段は1億円まで跳ね上がった。 奈津美は隆が正気じゃないと思い、逃げ出そうとしたが、エリュシオンのボディーガードに止められてしまった。 「前田さん。1億円で、今夜あなたと過ごす権利が落札されました。さあ、どうぞ?」 「嫌に決まってるでしょ!隆にそんな権利なんてない!」 しかし、抵抗する間もなく、腕をがっちり掴まれてしまった。 「最上階のスイートルームに連れていけ。見張りを付けて、逃がすなよ」 「いや!放して!隆、もうすぐ離婚が成立するの。私はもうあなたの妻じゃなくなる。あなたにこんな権利なんてない!隆! 助けて!隆、いや!私が間違ってた!助けて……隆……」 奈津美は担ぎ上げられるようにしてエレベーターに乗せられた。一方、隆はステージに駆け上がり、千佳を強く抱きしめていた。 奈津美がどんなに叫んでも、どんなに助けを求めても、隆が奈津美の方を向くことは、一度もなかった。 エレベーターのドアが閉まった瞬間、奈津美はまるで底なしの地獄に落ちていくように感じた。 今夜はもう、逃げられない…… スイートルームに入った瞬間、相手の顔もよく見えないまま、奈津美はベッドに押し倒された。 抵抗する間もなく、酒の匂いがする男のキスが、嵐のように襲いかかってきた。 「放して――助けて――」 服が引き裂かれた瞬間、奈津美は絶望した。 涙が静かに頬を伝う。彼女は真っ暗な天井を見つめながら、次第に抵抗するのをやめた。 次に目を覚ますと、もう次の日の朝になっていた。 奈津美は服を着ておらず、ベッドにうつ伏せになっていたが、部屋には誰もいなかった。 しかし、散らかった部屋の様子が、昨夜の屈辱は現実だということを突きつけてくる。 奈津美は裸のままベッドを降り、無表情でバスルームに入ってシャワーを浴びた。 2時間もシャワーを浴び続けてから、ようやくバスルームから出る。 ベッドの足元にあるソファに、質の良さそうなスーツが置いてあった。おそらく、あの男が置いていったのだろう。 奈津美はそれを着ると、エリュシオンの裏口から外に出た。 タクシーに乗ると、ようやく優里からメッセージが届いた。 【離婚届はもう受理されたよ。受理証明書のほうも、今日中には届くようにしたから。深津テレビのことも話を通してあるから、いつでも出社してきなさい。奈津美、あなたの未来が輝かしいものであるように願っているわ】 「お客さん、どちらまで?」 「街の南の方へ」 車が走り出した瞬間、奈津美のスマホが再び鳴った。 隆からだった。 何度も何度もかかってきたが、奈津美は出なかった。 彼女は無表情でスマホの電源を落とす。それからSIMカードを取り出し、窓の外に捨てた。 隆、もうあなたとは一切関係はないから。 二度と、あなたの顔なんて見たくない。