夫と子供を捨てたら、理想の人生が始まった

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夫と子供を捨てたら、理想の人生が始まった

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篠崎遥斗(しのざき はると)の恋人になって、七年目のことだった。 彼はあらゆる手段を尽くして、服役囚の娘である藤堂美桜(とうどう みお)...

Chương (1)

第1章

篠崎遥斗(しのざき はると)の恋人になって、七年目のことだった。 彼はあらゆる手段を尽くして、服役囚の娘である藤堂美桜(とうどう みお)を救い出し、全国を揺るがすほどの世紀の結婚式を彼女に贈った。 遥斗は言った。藤堂教授は彼の恩師であり、廉潔な方で、汚職などするはずがない、と。だから何があっても、恩師の娘である彼女を守り抜かなければならない、と。 けれど、篠崎家の資産は億を超え、その掟は厳しい。美桜のような経歴の人間が嫁ぐことなど、到底許されなかった。 彼女が篠崎家で立場を固められるようにと、遥斗は私の産んだ息子に、美桜のことを「ママ」と呼ばせた。そして私のことは、ただの家政婦だということにされた。 もう少しだけ待ってほしい、と彼は言った。藤堂教授が嵌められたという証拠を見つけ次第、すべてを元に戻すから、と。 彼の言葉を信じ、三年間ひたすらに待ち続けた。あの三人が本当の家族のように笑い合う光景を、実の息子に「あなた誰?」とでも言いたげな目で見られる屈辱を、私はただ耐え忍ぶしかなかった。私の立場は、光の当たらない家政婦のままだ。 待ったところで、何も変わらない。ならばもう、この未来ごと捨ててしまおう。 第1話 篠崎遥斗(しのざき はると)と愛し合って七年。結婚を目前に控えていたのに、彼は別の女性を娶った。理由はただ一つ、彼女が服役中の恩師の娘だったからだ。 遥斗への愛を理由に、私は譲歩を重ね、あっという間に三年が過ぎていた。そして今、私はもう待つのをやめようと、ようやく決めた。 …… 篠崎遥斗と藤堂美桜(とうどう みお)の世紀の結婚式は、贅を尽くした盛大なもので、全国を騒がせた。 けれど、誰も知らない。この結婚式の本当の主役が、私・朝霧陽菜(あさぎり ひな)だったなんて。 あの時、遥斗は私のそばに片膝をつき、声を震わせながら言った。 「陽菜、美桜が見つかったんだ。ただ、藤堂教授が逮捕されてから、彼女の精神状態がひどく不安定で……俺が彼女を守り抜いて、先生への恩を返さなければならないんだ。 だから……美桜を、俺の花嫁にさせてほしい」 三年経った今でも、あの時の遥斗の言葉を思い出すと、まるで胸に無数の針を刺されるような、鋭い痛みが走る。 そんなことを思い出していると、目の前に、遥斗をそのまま小さくしたような男の子がひょっこり現れた。 「家政婦のくせに、僕に指図するな!」 この子は、私と遥斗の息子、篠崎瑛太(しのざき えいた)。私が何かを言う前に、美桜が足早に駆け寄ってきて、私の息子をその腕に抱きしめ、庇うように私を睨んだ。 「朝霧さん、瑛太はまだ三歳なの。何か至らないことがあっても、大目に見てあげてくださいね」 彼女のその言い方に、私は思わず眉をひそめた。胸の中に、どす黒いものが広がっていく。 ただ息子の栄養バランスを考えて、野菜も食べるようにと二言三言注意しただけなのに、あの子はお椀を床に叩きつけ、跳ねた汁が私の服を汚したのだ。 瑛太は美桜の胸にすがりつき、唇を尖らせた。 「ママ、瑛太はね、パパとママの結婚記念日のプレゼントに、家族三人のレゴを完成させたかっただけなんだ。 それなのに、この家政婦さんがずっと野菜を食べろってうるさいから、レゴがまだできていないじゃないか!」 息が詰まる。忘れるところだった。七日後は、遥斗と美桜の三回目の結婚記念日。 そしてその日は、かつて私と遥斗が恋人になった、記念すべき日。 ――私の誕生日でもあった。 私たちがその日を結婚式に選んだのは、その特別な一日に、もっとたくさんの意味を重ねたかったから。 なのに今となっては、そのすべてが歪んでしまった。 あの結婚式が終わったばかりの頃、遥斗が美桜を連れて私の元へ来た時のことを思い出す。彼女は怯えた子鹿のように、おずおずと私にぬいぐるみを差し出した。 「朝霧さん、ありがとうございます。お誕生日、おめでとうございます」 その姿に、私はつい心が和んで、ぬいぐるみを受け取ってしまった。 遥斗はとても嬉しそうに、愛おしむように私の髪を撫でた。 「陽菜、美桜のこと、頼んだよ」 この一言で、私は三年間も耐えてしまったのだ。 今、目の前で、息子が再びバラバラになったレゴを苛立たしげに押しのけた。 「ママの綺麗な目のパーツが見つからないじゃないか!絶対にこのレゴを元通りにして、僕たちがどれだけ幸せな家族か、みんなに教えてやるんだ!」 そう言うと、彼は床に這いつくばってレゴのパーツを探し始めた。 美桜は我が子を慈しむように微笑むと、少しだけ申し訳なさそうな顔で私を見た。 「朝霧さん、瑛太の成長は私が見守りますので、これからはもう、お気遣いなく」 美桜は優しい母親の顔で息子の手を引いた。 「パパがキャンプに行くのに、待ってるわ。帰ってきてから、また作らない?」 二人が手をつないで少し歩いたところで、美桜がふと振り返って私に尋ねた。 「朝霧さんも、ご一緒にどうですか?」 私が答えるより先に、息子が叫んだ。 「いらない! 家族三人でキャンプに行くのに、なんで部外者が来るんだよ。瑛太はもう三歳なんだから、家政婦の世話なんていらない! これからは幼稚園のお迎えも来ないで!パパとママがいい!」 美桜は形式的に息子のぷっくりした頬をつねった。 「朝霧おばさんに、そんな失礼なこと言っちゃだめでしょ」 去っていく二人の後ろ姿を、私はその場に縫い付けられたように見つめることしかできなかった。 家政婦、おばさん。それが、あの子が私に与えた呼び名。 瑛太だけが知らないのだ。本当の母親が、私だということを。 遥斗がこの子を私から引き離した時、これは一時的な方便に過ぎず、いずれは私のものすべてを返してくれると、はっきりとそう言っていたのに。 「陽菜、会社の古株たちが俺の座を虎視眈眈と狙っているんだ。美桜が跡継ぎを産んでくれれば、奴らを黙らせることができる。 安心して。藤堂教授の無実を証明する証拠が見つかり次第、息子は君に返す。俺の隣にいるのは、いつだって君だけだよ。 ねえ、陽菜。だから、これが最後だ。もう一度だけ、俺を助けてくれないか?」 けれど、その「最後の一度」が、終わりの見えない三年間になった。 まるで私の優しさと忍耐が、あの三人を本当の「幸せな家族」にしてしまったかのようだった。 第2話 深夜。 遥斗が珍しく私の部屋へにやって来た。 美桜が篠崎家に来てからの三年間、遥斗が私と一緒に過ごす時間はほとんどなかった。 芝居をするなら徹底的に、というのが彼の言い分だった。美桜が表向きは彼の妻である以上、心から彼女に尽くし、この篠崎家で少しでも辛い思いをさせるわけにはいかない、と。 美桜には家柄も後ろ盾もない。だから自分が彼女の支えになるのだ、と。 けれど彼は、考えたこともなかったのだろう。この三年間、私がたった一人で、この魑魅魍魎が跋扈するような篠崎家でどう生きてきたのかを。 遥斗とこうして向き合うのは、本当に久しぶりだった。ぎこちない空気に、思わず鼻の奥がツンとなる。 遥斗のその目元が、私は昔から一番好きだ。彼に見つめられると、その瞳には私しか映っていないのだと、いつも錯覚してしまいそうになる。 彼は昔のように、当たり前のように私の両頬を包み込んだ。 「陽菜、今まで辛い思いをさせたな。 もう、藤堂教授の無実を証明できる証拠は見つけた。一ヶ月もあれば、裁判で勝って先生の汚名をそそぐことができる。そしたら、俺たち家族三人、本当の意味で一緒になれるんだ」 その言葉に、私の心はようやく少しだけ救われた気がした。 遥斗は少し間を置いて、言葉を続けた。 「ただ、今一つだけ、君にしか頼めないことがあるんだ。七日後の結婚記念日の晩餐会で、料理長を務めてほしい。知ってるだろ、美桜も……息子も、君の作る料理が大好きなんだ。 ちょうどその日で藤堂先生の出所祝いも兼ねて、美桜と再会させてやりたい。なあ、陽菜。君以上に適任な人間なんて、俺には思いつかないんだ」 その言葉は、まるで氷の刃のように私の胸に突き刺さった。 確かに私の料理の腕は確かで、国際的な調理師免許もいくつも持っている。 でも、遥斗にはずっと前に伝えていたはずだ。料理はあくまで趣味で、流れ作業のように食事を作ることを誰かに強制されるのは、何より嫌いだと。 息子の健康のためなら、どんな栄養満点の食事だって喜んで作る。 それなのに、遥斗は今、私をただの料理人として扱おうとしている。しかも、もてなす相手は美桜とその父親だなんて。 何か言い返そうと口を開きかけたが、喉に鉛でも詰まったかのように、声が出なかった。 遥斗はベッドサイドのテーブルに置かれたぬいぐるみに気づき、ぱっと顔を輝かせた。 「これ、最初に会った時、美桜が君にくれた誕生日プレゼントじゃないか。まだ取っておいてくれたんだな! 陽菜、君たちが本当の姉妹みたいに仲が良いって、俺は知ってたよ。だから、絶対に引き受けてくれると思ってた!」 遥斗は私をそっと抱きしめた。その腕の力は優しかったのに、私はなぜか、しばらく息ができなかった。 あのぬいぐるみは、本当は捨てるために出しておいただけだったのに。 その時、ドアが慌ただしくノックされた。 「篠崎社長、奥様が倒れました!早く来てください!」 遥斗は眉をひそめたが、なんとか私に笑顔を向ける。 「すぐ戻る」 彼の背中を二秒ほど見つめた後、私はその後を追った。 二百平米はあろうかという広大な主寝室で、美桜がぐったりと遥斗の肩に寄りかかっていた。 ホームドクターが器具を片付けながら言った。 「おめでとうございます、篠崎社長。奥様はご懐妊一ヶ月です」 遥斗は心からの笑みを浮かべ、美桜の鼻の頭を優しくつまんだ。 「俺たちの赤ちゃんのためだ。もう無茶はするなよ」 瑛太が二人の間に割り込んできた。 「パパ、ママを怒らないで。僕がママとレゴで遊んでて、間違って押しちゃったから、ママ倒れちゃったんだ。 でも、ママが家政婦のおばさんのことママって呼べって言うんだもん。僕、本当に嫌なんだ!僕はこの綺麗なママだけが好きなの!もしパパもママも無理やりそうしろって言うなら、もう一回ママのお腹の中に戻って、弟か妹と一緒に生まれてくる!」 瑛太は小さな手で二人を抱きしめて甘えた。その子供らしい無邪気な言葉に、二人は思わず笑みをこぼした。 ドアの外にいた私は、立っていることさえやっとだった。 瑛太を産んだ時のことを、今でもはっきりと覚えている。私はひどい出血だった。 三途の川を渡りかけた。次に目を開けた時、普段はポーカーフェイスの遥斗が、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。 彼は私の手を固く握りしめた。 「陽菜、君が無事でさえいてくれれば、俺は持っているものすべてと引き換えにだって構わない」 後で看護師から聞いた話では、息子が生まれても彼は一瞥もせず、ただひたすら私のことだけを心配していたという。 その時だった。何があっても、この生涯を彼と共に生きようと、心から決めたのは。 なのに今、彼は私の息子を奪っただけでなく、別の女との間に新しい命まで授かっている。 とうとう、嗚咽が漏れた。その声に、室内の幸せそうな三人がはっとした。 最初に私に気づいたのは、息子だった。彼は私に向かって一直線に走ってくると、全体重をかけて突き飛ばしてきた。 「またお前か、この邪魔な家政婦!僕が一番楽しい時にいっつも出てきて邪魔するんだ!大っ嫌いだ! 僕にお前をママって呼ばせたいわけ?冗談じゃない!顔も見たくない!パパとママに頼んで、お前なんかクビにしてもらうんだから!」 私が彼を抱きしめようと手を伸ばすと、それより早く、美桜が弱った体を引きずって息子を腕の中に抱きしめた。 彼女はひどく怯えた様子で叫んだ。 「彼を叩かないで!朝霧さん、この子はまだ子供なんですよ! どうしても瑛太を連れて行きたいと言うなら、私は構いませんわ。どうせ、これ以上辛い別れなんて経験済みですもの。だからって、子供に八つ当たりするのはやめて!」 遥斗も駆け寄り、美桜のお腹を庇うように抱きしめた。 「そんな縁起でもないこと言うな!陽菜、とりあえず部屋に戻っててくれ。この話はまた今度だ!」 でも、どうして。 どうして私が、何度も何度も譲歩した結果、すべてを失わなければならないの? 第3話 私が遥斗の言葉に言い返したのは、これが初めてだ。 「また今度ですって?何を話すの?瑛太と彼女がどれほど素晴らしい母子か、それともあなたたちがどれほどお似合いの夫婦か、そんな話?いつまで待てばいいの。瑛太が大人になって、結婚して子供が生まれるまで?それとも、あなたたち家族四人が幸せに天寿を全うして、土に還るまで?」 「陽菜!」 遥斗が低く唸った。こめかみに青筋が浮かんでいたが、美桜のお腹の子を怖がらせたくない一心で、必死に怒りを堪えているようだった。 「すべてを元に戻すと言ったら、俺は必ず実行する!どうしてそんなに理不尽に騒ぎ立てるんだ!? 瑛太はまだ幼くて、美桜は妊娠しているんだぞ。そんな風に一方的に責め立てるなんて、本当にがっかりだ!」 ドアが、荒々しく閉められた。 たった一枚のドアが、二つの世界を分かつ。 内側は、幸せな家族三人。外側は、呆然と立ち尽くす、孤独な私。 どうやって部屋に戻ったのか、覚えていない。 二十平米ほどの家政婦部屋は、冷たくがらんとしていた。 私は一晩中、枯れ木のように座り続けた。けれど、「すぐ戻る」と言った彼が来ることはなかった。 空が白み始めた頃、私は無表情のままハサミを取り出し、ベッドサイドのぬいぐるみをズタズタに切り裂いた。 そして、何の躊躇もなくゴミ箱に叩き込んだ。 家政婦の小野寺がドアをノックするまで、私はそうしていた。 彼女は苛立った声だった。 「もう何時だと思ってる?いつまで寝てるの!さっさと起きて、坊ちゃまと奥様の朝食を作りなさいよ! 奥様がおめでたなんだから、社長が『家族全員で三日間お祝いだ』って。こっちはいくらでもやることがあるんだから、前みたいにサボろうなんて思わないことね! 奥様がお優しいからって、自分だけは私達とは違うとでも思ってるんでしょうけど、同じ家政婦のあんたが何を偉そうにしてるんだ!」 一睡もしていない頭がガンガンと鳴る。私はなんとか返事をして、部屋を出た。 足元を見ていなかったせいで、収納ケースにつまずき、写真立てが一つ転がり出た。 私はそれを拾い上げ、写っている人物を見て、一瞬息をのんだ。 写真は、瑛太のお宮参りの時に撮ったものだった。私が瑛太を抱き、その私を遥斗が抱きしめている。 背が高くハンサムな遥斗と、あの頃の、まだ輝いていた私。 誰もが羨むような、幸せでお似合いの家族。 ふと鏡に目をやると、そこに映っていたのは、痩せてくすんだ自分の顔だ。 私はその写真を床に叩きつけるように伏せ、二度と見たくないと強く思った。 よろよろと外へ出て、庭にローズマリーを摘みに行った時、遥斗の声が聞こえた。 「美桜、あの事件のことはもう調べがついた。藤堂教授は潔白だ。彼が出所されたら、俺たちは本当の家族になれる。 陽菜のことは心配いらない。記念日が終わったら、適当な理由をつけてあいつを海外に送る。二度と俺と瑛太には会わせない。 そうなれば、俺たちは何も恐れることなく、生涯を共にできるんだ」 手足が氷のように冷たくなり、こわばっていく。涙が流れる中、私は乾いた笑いを漏らした。 ――ああ、そうだったのか。すべての答えが、そこにあった。 これが、私が三年間待ち続けた、結果。 もう、すべてを終わらせよう。 私は掃除を口実に、遥斗の書斎に入った。 そして、かつて私がこの家に持ってきた資産と、宝飾品をすべて確認した。 私の実家は、北の広大な草原にある。 両親は昔、商売で各地を飛び回っており、あちこちに不動産を持っていた。 父は早くに亡くなり、母は私を産んだ時の後遺症で遠出ができなかった。けれど、一人で遥斗についていく私を心配し、何かあった時のお守りだと言って、たくさんの不動産権利書を持たせてくれた。 あの時は、心配しすぎだと笑っていた。だが皮肉なことに、これらの土地や建物が、後に遥斗を大いに助けることになったのだ。 数日後に彼が盛大な晩餐会を開こうとしている、あの場所さえも。今も、私の所有物のまま。 今こそ、そのすべてを取り返す時だ。 故郷を離れて、あまりにも長い時間が経ってしまった。 あの草原がどれほど青々としていたか、かつての自分がどれほど明るく輝いていたか、もう忘れかけていた。 私たちは、籍も入れていなければ、結婚式も挙げていない。だから今、私が去るにあたって、誰かに別れを告げる儀式さえ必要なかった。 ただ、数日後、ディベロッパーがこれらの土地をすべて回収しに来た時、遥斗が一体どんな顔をするのか。 日が暮れると、私はわずかな荷物だけを手に取った。 そして、永遠に篠崎家を去った。 その頃、屋敷の中では。 遥斗が、私の大好物だった茶菓子を盆に乗せ、もう二度と応える者のない部屋のドアを、ノックしていた。