失恋リハビリテーション

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失恋リハビリテーション

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近藤哲也(こんどう てつや)とよりを戻してから、彼がどこへ行こうと、もう気にならなくなった。 私たちの貯金をすべて菅原睦月(すがわら む...

Chương (1)

第1章

近藤哲也(こんどう てつや)とよりを戻してから、彼がどこへ行こうと、もう気にならなくなった。 私たちの貯金をすべて菅原睦月(すがわら むつき)に渡すのも、好きにさせておいた。 哲也はそんな私の変化に、なにか気づいたようだった。 また私を置いて睦月に会いに行く前に、彼はこう言った。 「睦月は明日、海外へ発つ。もう二度と戻らない。 彼女が行ったら、俺たちは結婚しよう」 私は適当に返事をした。 どうせ、私もここを離れることになるんだから。 第1話 近藤哲也(こんどう てつや)と私のお金は、まとめて同じ口座に入っている。 2000万円貯まったら結婚しようって、約束してたのに、その中の1900万円が消えていた。 哲也はこう説明した。 「睦月が離婚でもめててさ、急にお金が必要になったから貸したんだ。 同じ女なんだから、君も分かってくれるだろ?」 ここで私が怒ったら、思いやりがない女だと思われるんだろうね。 でも、やっぱり私には理解できなかった。 だって、私なら彼女がいる元カレに、お金なんて絶対に借りないから。 しかし、言い争っても意味がない。 これまでの、数え切れないやりとりと同じだ。 私は黙ってうなずいた。「わかった」 哲也はほっとした顔で笑って言った。「理恵、やっと分別がつくようになったんだ。 一度別れたのが、君にとっては良い薬になったみたいだな」 私は、言葉を失った。 平静を装っていた心に、さざ波がたつ。 どうして哲也は、こんなことをあっさりと言えるんだろう。 あの時の別れは、身を切られるように辛かったのに。 彼は、全然こたえてなんかいなかったんだ。 哲也は、私の初恋の人だった。 私たちの5年間は、今となってはただの笑い話みたいだ。 夕食後、哲也はいつものように「散歩」に出かけた。 半年前、菅原睦月(すがわら むつき)は夫と別居して、私たちのマンションに引っ越してきた。 彼女は短大を中退して、金持ちのボンボンと結婚したのだ。 睦月の話によると、夫はDVで、しつこくつきまとってくるらしい。 だから哲也は、彼女が一人で安全か、確かめに行っている。 哲也が玄関のドアを開ける音で、私は我に返った。 私がまた何か言うのを面倒に思ったのか、彼は言い訳を付け加えた。 「近所の人から、不審な人物がマンションの入り口をうろついているのを見たってさ。あの男かもしれない。 睦月にここを勧めたのは俺だ。彼女の安全は、俺が責任を持たないと」 もう反論する気にもなれなかった。 「あの不審者」は睦月の夫じゃなく、ただの泥棒で、もう捕まっている。 私はどうでもいいというように頷き、わざと優しく言った。「いっそ、彼女のところに引っ越したら?」 ドアを開けようとしていた哲也の手が、ぴたりと止まった。 「理恵、またかよ!」 哲也の声には苛立ちが滲んでいた。「少しはましになったかと思ったのに……」 私は訳がわからなくて彼を見つめた。「別に、何も言ってないけど」 「じゃあ、なんで俺に睦月のところへ行けなんて言うんだ?俺が誰の彼氏か、忘れたのか!」 「だって、あなたのことを信じてるから」 哲也は一瞬きょとんとして、言葉を詰まらせた。 彼は訝しげに私を見て、尋ねた。「怒ってないのか?」 私は静かに首を横に振った。 哲也は私の顔をじっと見つめ、探るように視線を動かした。 嘘をついている証拠を見つけようとしているみたいだった。 時間が経つにつれて、彼の顔はどんどん険しくなっていく。 その時、哲也のスマホが鳴った。 特別な着信音。 睦月が催促しているのだ。 私は笑顔で彼の背中をそっと押した。「ほら、早く行ってあげて。待たせたらまずいでしょ」 哲也は私の腕を掴んだ。何か言いたそうだった。 でも、スマホはしつこく鳴り続け、向こうが切る気配はない。 ついに彼は言った。「睦月は明日、離婚届を出すんだって。そしたら彼女は海外の家族のところへ行くから。もう連絡も取らない。 それまでの間、君も少しは物分かり良くしてくれ。 彼女が行ったら、俺たちも結婚しよう」 結婚? この人と? 何度も夢見た結婚式は、もう私の人生設計には入っていない。 私は、適当に相槌を打った。「いいよ」 第2話 哲也は満足そうに帰っていった。 ドアが閉められる。 暗闇の中、ソファに横たわる私だけが取り残された。 壁の時計の秒針が、チクタクと時を刻んでいる。 前に一度別れた時の孤独感が、またぶり返してきた。 でも今回は、前みたいにヒステリックな寂しさを感じることはなかった。 きっと、私の心は―― もうすぐ、この苦しみから解放される。 別れる前の記憶が、津波のように押し寄せてくる。 全ては、ある深夜から始まった。 睦月が哲也にメッセージを送ったのだ。【ねぇ、私、離婚するの】 その時から、哲也の様子がおかしくなった。 彼はインスタのプロフィール写真を、私とのツーショットから変えてしまった。 昇進のかかった大事な時期だから、仕事に集中しているように見せたいんだって。 私は哲也を疑うことなんてしなかった。 私も仕事が忙しかったし、彼だってそうだった。 だから哲也に、睦月のためにあれこれ駆け回る時間があるなんて、考えもしなかった。 私たちは二人とも、ごく普通の家庭で育った。 というか哲也の両親は、むしろ彼の足を引っ張るくらいだった。 哲也の父親がお金を全部愛人に貢いでしまって、離婚する時、哲也の母親は1円ももらえなかったらしい。 哲也の様子がおかしいのは、実は前から兆候があった。 ある日の昼。 哲也とご飯を食べている時、彼が不意に言った。「君もそろそろ、化粧くらい覚えたらどうだ」って。 後になって、トーク履歴を見返して気づいた。 あの日、睦月がうっかり、完璧にメイクした自撮り写真を彼に送っていたんだ。 ある日の夜。 体を重ねた後。 哲也はまだ物足りなそうに、私の体を眺めて言った。「君の腰、もうちょっと細かったら最高なんだけどな」 あの日、睦月はネット通販で一番小さいサイズの下着を注文して、届け先の電話番号をわざと哲也のものに間違えていた。 ある日の夕方。 私たちが住むマンションで、誰かの家から火が出た。 炎は上の階へと燃え広がっていく。 黒い煙がもうもうと立ち上り、空が真っ赤に染まった。 その時の私はまだ、こんなことを考えていた―― よかった、哲也は散歩に行ってる。 よかった、彼は無事だ、って。 黒い煙を吸い込んで、私の意識はどんどん遠のいていった。 消防士に助け出された時、私は哲也が燃え盛る建物の中に飛び込もうとしているのを見た。 そして、黒いレースのネグリジェを着た女の人が、彼を引き止めていた。 私はすぐに気を失ってしまって、後からそのことを深く考えることはなかった。 親切な隣人なんだろうね、くらいにしか思わなかった。 入院していた間、哲也は会社が終わるとすぐに病院に来て、つきっきりで看病してくれた。 軽いやけどだったし、仕事に穴をあけたくなかったから、私はすぐに退院した。 私はずっと、哲也とラブラブだっていう幻想の中で生きていたんだ。 そして。 ある日、大家が家賃の値上げを言ってきた。 私は必死に交渉した。泣き落としをしてみたり、それなら引っ越すって言ってみたりした…… 必死にまくし立てる私は、まるで一円でも安くしようとわめく、おばさんのようだった。 そして、大家は冷たく一言、こう言った。「でも、あなたの彼氏、もう一部屋借りるお金はあるみたいだけどね」 私は、一瞬、頭の中が真っ白になった。 大家が鍵をジャラジャラ鳴らしながら帰って行くまで、私は我に返ることができなかった。 その夜、哲也が散歩に行った時。 私は何かにとりつかれたように、彼の後をつけた。 哲也が宅配便を受け取るのを見た。 睦月の家のドアの前で、荷物の外袋を破って、中身を丁寧に消毒している。 家に入る前、彼は自分の靴を下駄箱にしまい、紺色のスリッパに履き替えた。 その一連の動作は、あまりにも手慣れていた。 まるで自分の家に帰るかのように。 私はドアの前で長いこと立ち尽くした。体が固まってしまったみたいに動けなかった。 心の底から冷たいものがこみ上げてきて、頭の中が真っ白になった。 操り人形みたいに、こわばった手でドアをノックした。 中から聞こえてきたのは哲也の声だった。「誰ですか?」って。 「出前が来るにはまだ早すぎるよな……」 彼はそう呟きながらドアを開けた―― なぜ哲也が急に、毎晩散歩したがるようになったのか。 なぜ昼ご飯を外食からお弁当にしてくれと言い出し、自分のお小遣いを切り詰めるようになったのか。 私はやっと、全てを理解した。 その後どうなったのか、もうはっきりとは思い出せない。 ただ覚えているのは、哲也が睦月を自分の後ろに隠して、必死に庇っていたこと。 「君がややこしいこと考えるから言わなかったんだ!案の定、こうやって騒ぎ立てる!」 第3話 「俺と彼女の間には、何もない!」 そういうことなのかな…… 恋愛のことなんて、いつも哲也に教えてもらってばかりだった。 哲也は、「誰にだって過去はある」と言っていた。 もしかして、私が気にしすぎていただけなんだろうか。 でも、結局彼は何度も睦月のところへ行った。 私たちの記念日ですら、そうだった。睦月から「怖い」って震える声で電話があっただけで、哲也は私を置き去りにして、振り向きもせずに駆けつけていった。 あの日、私が夜中の4時まで待っていると、ようやく哲也は帰ってきた。 彼の髪は濡れていて、シャワーを浴びたばかりなのは明らかだった。 ドアを開けた哲也は、真っ赤に泣きはらした私の目と合った。 彼は一瞬だけ慌てた顔をしたが、すぐにこう言った。 「もう寝てると思って、睦月の家でシャワーを浴びてきただけだ。何もなかったよ」 哲也の言葉への返事は、私が投げつけたグラスだった。 これまでで一番激しい言い争いが始まった。 私は息を切らしながら、怒りにまかせて罵った。 「あんな女、まだ離婚もしてないのに!あなたはそれでも尻尾を振って不倫しにいくわけ?本当に気持ち悪い!」 パシンッ―― 平手打ちが、私の頬に飛んできた。 頬は、みるみるうちに赤く腫れ上がった。 哲也は氷のように冷たい顔で言った。 「言葉遣いに気をつけて。 睦月のことを悪く言うな」 信じられない気持ちで、私は哲也を見つめた。 目の前にいる男が、急に知らない人のように思えた。 「君は俺を全く信用してくれない。こんなんじゃ、もうこれ以上は無理だ。 別れよう」 別れ話なんて、哲也はこんなにもあっさりと口にした。 付き合っている頃は「別れる」なんて口癖のように言う私を、あんなに嫌っていたのに。 その日のうちに、哲也はスーツケースを引いて出て行った。 二人で暮らした部屋で、私は抜け殻のようになってしまった。 食欲は全くなく、お腹が空くと、ただ機械的に食事を口に運ぶだけだった。 インスタに、睦月が動画を投稿した。それは男の人が慣れない手つきで料理をしている動画だった。 【うち、料理できる人が誰もいない】 間違いなく哲也だった。 【家事代行サービスって、どうやって連絡すればいいの?】 【二人分で、味は濃いめがいいと思う。辛いものが好きなので】 私も、味付けは濃いほうが好きだ。 でも、哲也は薄味が好きだった。だから辛いものは、全然食べられなかった。 だから私も、いつも彼に合わせて薄味のものばかり食べていた。 それなのに今、この男は睦月のために辛いものを食べている。 …… 私は哲也の会社の前まで行った。 彼は別れたことなんて、まったく気にしていないようだった。 いつも通りに仕事をこなし、生き生きしていた。おまけに、帰りがけに道端で花束まで買っていた。 哲也から花をもらったことなんて、一度もなかったのに。 結婚のために貯金しなくちゃって、そんな贅沢はしたことがなかったから。 私は自分を痛めつけるように、哲也のSNSをチェックし続けた。音楽アプリのフォローリストまで、一つ一つ見ていった。 そこで、睦月のアカウントを見つけた。 夜中に二人でよく音楽を聴いていた痕跡も、たくさん見つけてしまった。 信じられないことに、それは私たちがまだ恋人同士だった頃のことだった。 私はトイレに駆け込んで、しばらく吐き続けた。 テーブルの上のリンゴは、半分だけが腐っていると思っていた。 まさか、私が食べてしまった残り半分も―― 腐っていたのだ。 1ヶ月で、私は7キロ以上も痩せた。 まるで、水に溺れている人みたいだった。 冷たい水が少しずつ口や鼻を塞ぎ、体の中まで蝕んでいく。 誰も、私を助けてはくれない。 自分を救う方法も見つからなかった。 そんな時、私はカウンセリングを受けることにした。 カウンセラーは言った―― 「脱感作療法って、聞いたことありますか?」 痛みに、正面から向き合うこと。 自分から、積極的に愛情を示すこと。 そうして何度も失望を繰り返すうちに、好きという気持ちをすり減らしていくの。 だから、ある日。 私は化粧をして、新しい服に着替えて、笑顔を作って、自分から哲也に会いに行った。 彼は一瞬ハッとした顔をしたが、プライドを保つように言った。「自分の間違いが分かったか?」 自分の間違い? ええ、分かった。 人を見る目がなかったのが間違いだった。 きっぱりと別れる勇気がなかったのも間違い。 そして、今でも哲也に期待してしまっているのも。 こうして、私たちはよりを戻した。 第4話 まるで何事もなかったかのように。 不思議なことに、哲也のことを以前より愛している気がした。 毎日彼の体を気遣い、かいがいしく身の回りのお世話をした。 哲也が睦月にするよりも、彼に尽くした。 今まで恥ずかしいと思っていたことも、積極的に受け入れるようになった。 哲也はすごく喜んだ。 「理恵、最初からそうしてくれてたらよかったのに」 でも、だんだんと哲也はなにかがおかしいと気づき始めた。 私が彼の残業を心配することも、風邪を気遣うことも、行動を探ることもなくなった。 彼からの連絡が遅くても、どうでもよかった。 彼にドタキャンされても、怒らなかった。 それどころか、シャツについている口紅の跡さえ、見て見ぬふりをした。 たった1ヶ月で、脱感作療法は効果てきめんだった。 私の目には、哲也がどんどん醜く見えてきた。 彼がキスをしようと顔を近づけてくると、吐き気さえ覚えた。 体を重ねることも、だんだん耐え難くなっていった。 そんな時、哲也は何かを察したようだ。 「理恵、俺のこと愛してるか?」 私は少しもためらわずに、「愛してるよ」と答えた。 でも、彼はその答えに満足していないようだった。 何度も何度も私に問いかけ、確かめていた。 そして、ついに、ある日。 私ははっきりと気づいた。 もう、哲也から離れられる、と。 …… この数日で、私は荷物を少しずつ送り始めていた。 仲の良かった大学の先輩が海外で起業して、一緒にやらないかと誘ってくれたのだ。 私はその誘いを受けることにした。 今回、哲也は散歩からいつもより早く帰ってきた。 私は慌てて目を閉じた。 哲也はそっと私の隣に横になった。 彼は私を抱きしめようと手を伸ばしてきた。 私は何気ないふりをして寝返りをうち、哲也から少し距離をとった。 彼の手は、行き場をなくして宙で固まった。 「理恵、最近疲れてるんじゃないか?」 私は答えなかった。 「どうして俺と喧嘩してくれないんだ?」 私は、それでも黙っていた。 哲也は一人で話し続けた。「どんな結婚式がいい?月見湖で式を挙げるのはどうだ?君は、前に行きたいって言ってただろ……」 もう結婚式なんてない。 哲也の独り言を聞きながら、私は眠りに落ちた。 次の日の朝。 哲也は髭を剃り、クローゼットの中で一番高いブランドの服を着ていた。 それは以前、彼の誕生日に私がプレゼントしたものだった。 今日は哲也が睦月に付き添って離婚届を出しに行く日だ。 睦月はもううちの下で待っていた。 哲也の姿を見るやいなや、彼の腕にぴったりと寄り添った。 私を見つけると、彼女は笑いながら挨拶してきた。 その目には、はっきりと挑発の色が浮かんでいた。 哲也は振り返って私に気づくと、慌てて睦月を少し突き放した。 「理恵、どうしてこんなに早く出かけるんだ?」 確かに、いつも仕事に行く時間ではなかった。 哲也は近づいてきて、私の手を握り、そっと言った。 「睦月は離婚届を出したらすぐに海外に行っちゃうんだ。あとで空港まで送っていくよ。 夜は二人で外食しよう」 でも、私は信じていなかった。 哲也は数ヶ月前に昇進したばかりだ。 30歳手前で年収は800万円以上。K市では若手エリートと言えるだろう。 睦月が海外の家族を頼るのだって、結局は働きに出るようなもの。哲也とよりを戻した方が楽に決まっている。 でも、私は何も言わなかった。 哲也は数歩歩くと、また私を振り返った。 「待っててくれ。 今夜、サプライズがあるんだ!」 彼はそう言った。 今回、私は相槌を打たなかった。 哲也は何かを察したようだった。 「理恵……」 彼は立ち止まり、戻ってこようとしたが、睦月に腕を引かれた。 そして、そのまま去って行った。 この日。 空はどこまでも青く澄み渡っていた。 この日。 私の心は晴れやかだった。 この日。 私は、失敗した恋に完全に終わりを告げた。 私は飛行機に乗り、ここを去った。