妹だけ救われた日、私は静かに息を引き取った

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妹だけ救われた日、私は静かに息を引き取った

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洪水が押し寄せたその瞬間、救助隊長である父は真っ先に従妹の由奈を抱え上げ、ためらうことなく私の命綱を切り捨てた。 「由奈ちゃんは泳げな...

Chương (1)

第1章

洪水が押し寄せたその瞬間、救助隊長である父は真っ先に従妹の由奈を抱え上げ、ためらうことなく私の命綱を切り捨てた。 「由奈ちゃんは泳げない。ヘリにもう席がないんだ。お前は少しぐらい助けるのが遅れたって、死にはしないだろう」 息絶え絶えで、私は病院へと運ばれた。 ところが、医者である母は、最後に残っていた一袋のRhマイナスの血液を、さほど重症でもない由奈へと迷いなく回した。 私は掠れる声で母にすがりついたものの、母は冷ややかに私の手を振りほどいた。 「由奈ちゃんは貧血で、昔から体が弱いの。こんな時まで私の気を引こうとしないで」 けれど、そんな両親は知る由もなかった。 彼らに見捨てられたその時、私はもうとっくに息絶えていたということを。 第1話 旋回する救助ヘリは、父と従妹を乗せ、遠ざかるように空へと消えていった。 私は体の半分を濁流に浸し、力の入らない両手で流木にしがみついている。 指の間からはすでに血が滲み、折れた肋骨は呼吸のたび鋭く悲鳴をあげた。 口の中に、生臭く甘い味が広がったその時、朦朧とした意識の向こうで、救助隊の制服を着た父が私を高く抱き上げる幻影が見えた。 「父さんがずっと唯ちゃんを守ってやるからな」 頬に触れようと手を伸ばした瞬間、目の前の景色は泡のように儚く消えた。 数日前。 従妹の小嶋由奈(こじま ゆな)に、リゾートのイベントに付き合ってほしいと頼まれた。 気乗りしなかったが、母に叱りつけられ、渋々承諾した。 けれど、まさか由奈が、私に大会主催者の接待役を押しつけようとしているとは思いもしなかった。 抵抗しようとしたその瞬間、突如として洪水が押し寄せ、リゾートは一瞬にして濁流にのまれた。 私は由奈の手を引いて木に登ったが、彼女は泣きじゃくりながら私を罵った。 「父さんと母さんの言う通り、あんたって本当に疫病神ね」 胸の奥に広がるやるせなさを必死で押し込めていると、ようやく父が救助隊を連れて駆けつけた。 しかし、ヘリに空きが一人分しかないと知るやいなや、父は迷うことなく私に繋がっていた命綱を切り落とした。 「由奈ちゃんは泳げない。ヘリにもう席がないんだ。お前は少しぐらい助けるのが遅れたって、死にはしないだろう」 私はヘリから突き落とされ、地面に叩きつけられた。 内臓がねじれるような激痛に、呼吸すら奪われる。 だが父は、苦痛に歪む私の顔など見向きもせず、冷え切った表情で由奈を抱き寄せ、ハッチを閉じた。 そして今。 目を開けた時、私は病院の救急治療室に運ばれていた。 母が血相を変え、そばの看護師に詰め寄っていた。 「Rhマイナスの血液、あと一袋しかないの?先に由奈に輸血して!」 看護師は戸惑いながら私を指さした。 「日向先生、こちらの患者さんも輸血を待っていますが――」 母は私の顔を見て、一瞬だけ動きを止めた。 その刹那、私の体から気力が消えていくのを感じた。 舌先を噛み、必死に母の服の裾を掴む。 「お母さん、痛いよ……」 だが母は、まるで触れることすら嫌うように、冷たく私の指を引き剥がした。 まるで私が実の娘ではなく、憎むべき誰かであるかのように。 「由奈ちゃんは貧血で、昔から体が弱いの。こんな時まで私の気を引こうとしないで」 背を向け、迷いもなく去っていく母の背中を、私はなすすべもなく見つめた。 呼び止めようと口を開くと、代わりにドバッと大量の血が溢れ出た。 若い看護師が青ざめ、救急医を呼びに走った。 慌ただしく動く人たちの姿を見ながら、私の視界はゆっくりとぼやけていった。 なんて皮肉なのだろう。 一番身近であるはずの両親は、ためらいもなく私を見捨てたのに、まったく関係のない赤の他人が、こうして命をつなごうと必死になってくれている。 心電図モニターが甲高く鳴り響いている。 医師が、血の気を失った私の体に白い布をそっとかぶせるのが見えた。 医師たちは首を横に振り、深いため息を漏らした。 お父さん、お母さん……あなたたちの思い通りになったよ。 あなたたちの期待に背くことしかできない、出来損ないの娘は死んだ。 お父さんが私の命綱を切った、あの瞬間に。 お母さんが、ただの貧血に過ぎない由奈に希少な血を迷いなく譲った、あの瞬間に。 そう呟くように心の中で言い聞かせると、不思議と涙すら引いていった。 私は静かに目を閉じた。 その時、不意に耳元で幼い声が囁いた。 「ねぇ、ママはどこ?」 第2話 日向希未(ひなた のぞみ)のよちよち歩く小さな後姿について行くと、幽霊である私は、いつの間にか由奈の病室へとたどり着いた。 私が廊下の担架に無造作に放置されていたその頃、由奈はすでに個室で、心地よさそうに横たわっていた。 今も彼女は弱々しい表情を作りながら、母が丁寧に剥いた果物をゆっくりと口に運んでいる。 「おばあちゃん、ママはどこ?わたし、ママに会いたい」 希未のその幼い可愛らしい声が響くと、由奈は怯えたようにびくりと肩を震わせた。 彼女は小動物のように身を縮め、涙をにじませながら言った。 「お母さん……」 母は苛立ちを隠そうともせず、希未を鋭く睨みつけた。 「あんた、母親そっくりな厄介者だね。由奈は休まなきゃいけないのに、この子を連れてきたのは誰だい?」 するとそこへ、息を切らした家政婦が慌てて駆け寄ってきた。 「希未ちゃんが、テレビで唯さんが病院に運ばれたのを見て……どうしてもママに会いたいと言って、聞かなくて……」 それを聞いた母は、露骨な嫌悪の色を浮かべて希未を見下ろした。 「母親の真似して同情を引こうなんておやめ。そんな歳からろくでもないことを覚えて……大きくなったら、あんたの母親みたいにどこの馬の骨かもわからない男との間に子を産むようになるんだから」 容赦ない叱責に、希未は怯えて立ち尽くし、声ひとつ出せずにいた。 その時、病室のドアが勢いよく開いた。 父が、顔の埃を拭う間もなく、彼の「可愛い娘」を見舞うため大急ぎで駆け込んできたのだ。 その姿を見ると、希未はぱっと顔を輝かせた。 「おじいちゃん、ママを助けに行ったの?」 父は途端に顔色を変え、近寄ろうとした希未を乱暴に足蹴にした。 「どこの馬の骨かもわからんガキにそう呼ばれてたまるか!お前の母親なんざ、死んだふりや失踪ごっこが得意な女だ。助けなんていらんわ!」 唇が血を滲ませるほど強く噛みしめ、込み上げる嗚咽だけはどうにか飲み込んだ。 父と母にとって、私は昔から同情を引くか、死んだふりをすることしか能のない存在だった。 私が命懸けで育ててきた娘でさえ、彼らにとっては「どこの馬の骨かもわからない子」に過ぎない。 由奈の口元がニヤリと、ほんのわずかに嗤った。 「お父さん、お母さん……希未ちゃんもママが心配なのよ。お姉ちゃんも困ったものね、こんなに小さい子を放って失踪ごっこなんて」 そう言いながら、由奈は親しげなふりで希未の手を取った。 だが希未は痛みを覚え、とっさに彼女の手首に噛みついた。 由奈はその小さな身体を乱暴に振り払い、憎しみを隠すように伏し目がちに言った。 「希未ちゃんもお姉ちゃんと同じで、私のことが嫌いみたい……私、やっぱりこの家に来るべきじゃなかったんだわ」 聞き覚えのある言葉が、耳の奥で蘇ってきた。 高校の頃、叔母夫婦が事故で亡くなり、由奈が我が家に引き取られた時もそうだった。 母は優しい声を作って言った。 「これからは、ちゃんと由奈ちゃんの面倒を見てあげるのよ、唯」 だが、両親の前で猫を被る由奈は、裏では私をからかい、陥れるのが日常だった。 由奈は泣き真似をしては言うのだ。 「お姉ちゃんが私を嫌ってもいいけど……つねられたところが、ほんとに痛くて……」 自分でつけた青痣を見せられ、罰として私は一晩中跪かされたこともあった。 そして今、由奈は私の娘にまで同じ手口を使っている。 案の定、母は心底不憫そうな顔で由奈を抱き寄せている。 父は希未を病室の外へ乱暴に追いやった。 「お前の母親と一緒にどこへでも失せろ!俺たち家族の邪魔をするな!」 よろめいた娘を抱きとめようと手を伸ばしても、今の私にはその小さな体に触れることすらできない。 何度もこちらを振り返る希未を、家政婦が抱えて連れていく。 私はただ、無力にその背中を見送るしかなかった。 ぎゅっと目を閉じ、胸の奥にこみ上げる痛みを必死に押し殺す。 そっと病室へ目を向けると、そこには和気あいあいとした「三人家族」の姿があった。 かつて私の頭を撫でてくれた父の大きな手は、今や由奈のためにみかんの皮を丁寧に剥いている。 母は慈しむような眼差しで由奈を見つめ、彼女のこめかみにかかる髪を優しく整えている。 そうだ。由奈の言う通り、この家に私の居場所はもうないのだ。 従妹が家に来てからというもの、壁に飾られた家族写真の中に、私の姿はどこにもなかった。 両親にとっての「いい娘」は、すでに私ではなくなっていた。 愛されない者は、家族の中でただの部外者に過ぎないのだ。 第3話 洪水の影響で、病院は押し寄せる人々と混乱に満ちていた。 身元不明の遺体は、家族が迎えに来るまで遺体安置所に仮置きされるしかない。 希未は家で私の帰りを待っていたが、ついに我慢できず、母親を探して病院へ向かってしまった。 そして由奈は、その小さな娘を見下ろしながら、悪意を滲ませた笑みを浮かべた。 「希未ちゃんのお母さんはもう死んだのよ。もう二度と会えないわ」 娘は怯えながらも、懸命に反発した。 「うそよ!ママが私を置いていくわけないもん!」 それでも由奈は、冷えきった声で言い放った。「信じないなら、病院の霊安室に行ってみればいいわ。あなたのお母さんは、そこにいるもの」 遺体安置所で、希未は死後硬直が進み、青ざめた私の姿を目にした。 どんなに呼びかけられても、私は二度と起き上がって娘を抱きしめることはできない。 ついに希未は声を上げて泣き崩れた。 普段は大人びていても、希未はまだ四歳の幼い子にすぎないのだ。 泣き声を聞きつけ、医者が駆けつけた。 希未はそのまま、私の母の前へと連れて行かれた。 そして次の瞬間、希未は私の母の足に勢いよくしがみついた。涙で顔をぐしゃぐしゃにし、言葉をつまらせながら訴える。 「おばあちゃん……ママを見たの。横になって、動かないの。ねぇ、ママを起こしに行こう……だってママが、小さい頃、学校に行くときはいつもおばあちゃんが起こしてくれたって言ったもん……」 母の身体が一瞬こわばり、どこか遠い記憶を辿るように目を曇らせた。 そのわずかな変化に、私はもはや鳴るはずのない心臓の鼓動が高鳴るような気がした。 母は霊安室に行くつもりなのだろうか。 だがその淡い期待は、次の瞬間、粉々に砕かれた。 母は露骨な嫌悪を浮かべ、希未を睨みつけて吐き捨てた。 「蛙の子は蛙だね。こんなに小さいくせに嘘をつくなんて、本当に躾のなってない子だわ。唯が死んだ?ちょうどいいわ、あんな娘、いない方がせいせいする!」 そして泣きじゃくる希未を手荒く突き放した。 小さな体は床に叩きつけられ、膝から血が滲み出た。 私は胸が裂けそうになりながらも、その身体に触れることすらできず、拳を爪が食い込むほど強く握りしめるしかなかった。 「嘘じゃない!ママは……ママはただ眠ってるだけなの!」 母は舌打ちし、警備員を呼びつけた。 「どこの馬の骨かも知れない子をこの病院に入れないでちょうだい。こいつの家政婦を呼んで迎えに来させなさい」 自分の孫娘であることを知っているはずなのに、母は希未に対して情けの欠片すら示さなかった。 病室に戻ると、父が由奈に栄養食を食べさせていて、母はその光景を一瞥すると、嘲るように言った。 「あなたの『可愛い』娘さんが、自分のところのあのガキと一緒になって、死んだふりをして私を騙そうとしてるのよ」 父は唇を固く結び、冷たく言った。 「俺にあんな娘はいない!」 由奈はわざとらしくため息をつき、悲しげな声を作ってみせた。 「お姉ちゃん……お父さんとお母さんが私を先に助けてくれたから、それが気に入らなくて、死んだふりをして気を引こうとしてるんじゃないかしら」 母は由奈の涙ぐんだ目元を見ると、すぐに慰めた。 「お母さんの心の中で一番大切なのは由奈ちゃんなのよ。あなたは体が弱いんだから、あの子が譲るべきなの。今さら死んだふりなんてしても、お父さんも私も騙されないからね」 父も深く頷いた。 「あの子、きっとどこかに隠れて、様子を窺ってるだけだ。気に病むことはないさ、由奈ちゃん。お前自身の身体が何より大事だ」 両親が従妹をいたわるその声は、私の耳に鋭い刃のように突き刺さった。 由奈の「可哀想ぶる」手口は、昔から両親に対しては百発百中だった。 たとえば高校二年のとき、私がシャワーを浴びている間に、由奈はわざと浴室に鍵をかけ、給湯器を切った。 凍える寒さに震え、仕方なくドアを蹴破るしかなかった。 両親へ訴えたが、由奈は泣きながら言い返した。 「お姉ちゃん……学校でもいじめるのに、家でもこんなことするの?」 その晩、母は怒り狂って私を殴り、食事すら与えなかった。 深夜になっても高熱が下がらない私を見て、母はようやく父に病院へ連れていくよう促した。 そのとき、由奈は悠然と言い放った。 「お姉ちゃんが冷水シャワーを浴びた理由、わかったの。お母さんに心配してほしかったんでしょう?」 両親の失望のまなざしを浴びるたびに、私の心は少しずつ暗い深淵へ沈んでいった。 その日以来、私は両親から気遣いの言葉を一度もかけられなかった。 学校では、由奈が不良グループを使って私に嫌がらせをした。 鞄に放り込まれた死んだネズミ。 破られた宿題や答案用紙。 成績も急落し、学年一位から一気に百位圏外へ。 両親は私を見るたび眉をひそめた。 「毎日遊んでばかりで勉強もしない。少しは由奈ちゃんを見習いなさい」 弱々しいふりをした従妹は、気づけば両親の心の中で、私の居場所を完全に奪っていった。 やがて両親は、由奈のことを「娘」と呼ぶようになった。 それでも由奈は満足せず、私からさらに多くを奪おうとした。 そして今、彼女の望み通りの結末が目の前に広がっている。 私は両親の愛を失い、名門大学への道も断たれ、そしてついには、自分の命さえも失った。 それでもなお、私の死を信じる者は、誰一人いなかった。 第4話 由奈は、ただ驚いただけで軽い貧血を起こしたにすぎなかった。 それなのに両親は、彼女を退院させようとはせず、万全に静養させるつもりでいた。 対して、私が生きているのか死んでいるのか――そんな当然の問いを気にかける者は、誰ひとりいなかった。 救援活動が終わるのは、ちょうどお盆休みと重なる頃。 任務を終えるや否や、父は真っ先に病院へ駆けつけ、由奈のそばに付き添った。 母は由奈の好物を作るため、手術の時間すら調整してまで看病した。 病室では、由奈が甘ったるい笑みを浮かべ、ケーキの一切れを母の口元へ運んでいた。 「せっかくのお盆休みなのに、お姉ちゃんはどこにいるのかしら」 母の笑みはひきつり、冷ややかな色を帯びる。 「親不孝な娘のことなんて放っておきなさい。あんな子、外で野垂れ死んだって誰も弔ったりしないわよ」 しかし、由奈は眉を寄せ、悲しげに俯いた。 「でも、せっかくのお休みだもの。家族みんなで過ごしたいわ……お姉ちゃん、きっとまだ私のこと恨んでるんだわ」 そのわざとらしい沈んだ様子に、父は携帯を取り出した。 ここ数年、父のほうから私に連絡してきたことなど一度もなかった。 だが、返ってきたのは冷たい呼び出し音だけで、虚しく響くだけだった。 数度かけ直したのち、父は携帯をテーブルへ叩きつけ、苦々しく吐き捨てた。 「親不孝者が、この俺の電話に出ないとは。 由奈ちゃん、気にするな。唯が現れたら、お前の前に跪かせて謝らせてやる」 由奈は、両親が私を貶める言葉を耳にするのが殊のほか好きだった。 彼女は心配するふりをしながら言う。 「お姉ちゃん、本当に何かあったんじゃないかしら……すごく心配だわ」 それを聞いた母は鼻で笑った。 「憎まれっ子世にはばかるって言うでしょ。あの子がどうにかなるわけないわよ。恩知らずのことなんて考えなくていいの。あなたが健康でいることが一番大事なんだから」 両親は、私が本当に死んだという現実をいまだに受け入れていない。 何日も行方が分からず、希未がこの目で私の遺体を見たと言っても、両親はなお、私が拗ねて家出しているだけだと信じ込んでいた。 お盆休みの間、両親は病院で由奈に付きっきりで甲斐甲斐しく世話を焼いていた。 その一方で、私の遺体は冷たい霊安室に横たわり、引き取り手もなく孤独に朽ちていくばかりだった。 「聞いた?霊安室に洪水で亡くなった女の人の遺体があるんだけど、まだ身元が分からないんだって」 「家族と仲が悪かったのかもね。副院長が、明日警察呼んで顔認証するって言ってたよ」 若い看護師二人が噂話をしている。 母は眉をひそめ、テーブルを指で叩いた。 「暇そうね。自分の子を愛さない親なんてどこにいるの?きっと、その子が悪いことをしたから誰も引き取りに来ないんでしょ」 私の胸は締め付けられ、心臓に大きな穴があいたかのように疼いた。 お母さん、私は何も悪くない。どうして、どうして私を愛してくれなくなったの? 看護師たちは、どこか気まずそうに視線を落とした。 母が踵を返して立ち去ろうとしたとき、不意に尋ねた。 「その、水害で亡くなった女の遺体って……何歳くらいなの?」 看護師は少し戸惑いながら答える。 「たぶん……二十五歳くらいだと思います」 母は眉を上げ、息をのみ、唇を硬く結んだ。 霊安室へと向かう彼女の背中を眺めながら、私は静かに息を吸い込んだ。 お母さん、ようやく会えるね。 しかし、由奈の声がその希望をあっさり断ち切るように響く。 「お母さん……低血糖みたい。頭がクラクラするの。部屋に戻って横になりたい……そばにいてくれない?」 母は一瞬たりとも迷わず、彼女を支えた。 「大丈夫よ、お母さんがついてるから」 母と娘のような親密さを見せつけられ、私は自嘲気味に笑う。 死んでなお、私は選ばれない。 その頃、救援任務を終えたばかりの父にも一本の電話が入った。 「もしもし、日向浩介(ひなた こうすけ)さんでしょうか。病院まで、娘さんのご遺体を引き取りに来ていただけますか?」 父は深いため息をつき、すぐに電話を切った。 「最近、詐欺電話が多いな……それにしても、由奈を呪うなんて、許せないやつだ」 父の心の中で「娘」と呼べる存在は、もはや由奈ひとりだ。 そして私は、父が縁を切りたくて仕方のない、ただの厄介者にすぎない。 だが、病院に着き、その電話について話した途端、母の顔色は見る間に蒼白になった。 「私も……その電話を受けたの!まさか、本当に唯に何かあったんじゃ……?」