私たちを隔てるもの

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湊と結婚して五年目、彼は三度、雪葉を連れて海外に定住しようと提案してきた。 春日は作りたての料理を置き、彼に理由を尋ねた。 湊は正直に...

Chương (1)

第1章

湊と結婚して五年目、彼は三度、雪葉を連れて海外に定住しようと提案してきた。 春日は作りたての料理を置き、彼に理由を尋ねた。 湊は正直に打ち明けた。 「もう隠したくないんだ。実は雪葉は隣の団地に住んでいる」 「彼女は九年間も俺に寄り添ってくれた。彼女には恩があるたから、今回の海外定住では彼女を連れて行くつもりだ」 春日は泣き喚くことなく、雪葉のために航空券を一枚手配した。 湊は春日がついに納得したのだと思っていた。 出発の日、春日は二人を見送った後、両親の元へ帰る飛行機に乗り込んだ。 第1話 「奥様、本当に7日後に海外に定住するための航空券をキャンセルしていいんですか?」 電話越しに秘書の困惑した声が聞こえた。 春日はバルコニーに立ち、下に広がる枯れた木々を一瞥しながら、決心を固めた。 「ええ、私にその日の実家行きの航空券を手配して、それと雪葉にその日の海外行きの航空券を予約してちょうだい」 「7日後、私が彼らを空港まで見送るわ。それから実家に帰るの」 電話の向こうで秘書は少し驚いた様子だった。 雪葉は奥様の結婚生活における第三者。奥様はいったい何を考えているのだろう? 不思議に思いながらも、秘書は了承した。 「かしこまりました、奥様」 春日は電話を切った。 リビングに戻ると、湊が立ち上がり、不機嫌そうに言った。 「考えはまとまったか?彼女が俺の返事を待ってるんだ」 10分前、春日が夕食を作り終えた頃、湊は帰宅するなりこう切り出した。 「もう隠したくないんだ。実は雪葉は隣の団地に住んでいる」 「彼女は九年間も俺に寄り添ってくれた。彼女には恩があるたから、今回の海外定住では彼女を連れて行くつもりだ」 春日は料理をテーブルに置きながら、その笑顔を一瞬で凍りつかせた。 実は、湊が雪葉を連れて海外に行きたいと提案したのはこれが初めてではない。 最初に彼がその話を持ち出したとき、春日はリビングをめちゃくちゃに壊しながら、彼を激しく罵った。 二度目には、春日は彼に平手打ちをし、家を飛び出して7日間戻らなかった。 その7日間、湊からは一本の電話もなかった。 今回は、春日は彼らを成就させることに決めた。 「秘書に頼んで彼女の航空券を予約させたわ。一緒に行って」 「やっと分かってくれたのか」 湊の険しい顔が和らぎ、薄い唇がゆっくりとほころんだ。 春日は視線を落とし、箸で一粒のご飯をつまむ。胸に苦味が広がる。 「彼女を国内に一人で残すのが心配だと言ったでしょ」 「彼女は人に騙されやすい性格だから」 言い出すと止まらないのか、湊は雪葉の話題になると満足げな笑みを浮かべた。 「雪葉はお前よりもずっと良い妻になれたはずだ」 「でもお前の方が運が良かった。俺と出会ったのが彼女より数年早かったからな。海外に行ったら、彼女から男の扱い方を学ぶといい」 その言葉を最後に、湊のスマホが震え、彼はバルコニーへと電話を取りに行った。 春日は彼の背中を見つめながら、視線を伏せた。 彼女はずっと湊と出会えたのが運命だと思っていた。 高校1年のとき、湊は彼女をアプローチをするために99通ものラブレターを書いた。 高校での交際が発覚すると、湊は両親を連れて彼女の家へ行き、土下座して何十回も頭を下げながら彼女の両親に交際を許してくれるよう懇願した。 大学入試のとき、彼女は失敗したが、湊は本来行けたはずの名門大学を諦め、彼女に付き添い普通の大学に進んだ。 湊が北海道で起業したとき、彼女は無一文の彼に嫁ぎ、彼を全力で支えた。 湊が3年間連続で起業に失敗したときも、彼女は彼と一緒にアパートから湿気の多い地下室へ引っ越し、長い間インスタント麺とおかずで生活をした。 その後、湊が起業に成功すると、彼はSNSで彼らの写真を公開し、会社の80%の株を彼女に譲り、盛大な結婚式を挙げた。 式の場で、彼は彼女を見つめ、声を詰まらせながら言った。 「春日がいなければ、今の俺はいない。愛しているよ」 その言葉は今でも彼女の記憶に残っている。 しかし、1ヶ月前、彼女は偶然にも湊が愛人を囲っている事実を知った。 その女性の名は雪葉。 湊の大学の後輩で、卒業後数年間、彼らはずっと連絡を取り合っていた。 毎年の誕生日に、湊は彼女に精心込めて贈り物を用意しており、それと同時に春日にも贈り物をしていたが、雪葉へのプレゼントは彼女のものより高価なことが多かった。 起業で忙しい時期にも、彼は週に一日必ず雪葉に時間を割いていた。 さらに、彼らが結婚式を挙げた日に、雪葉も出席していた。 彼女は控えめな短いウェディングドレスに、大きめのジャケットを羽織り、その夜のSNSにはこう投稿した。 「別の立場であなたと共にいる」 この投稿に湊は「いいね」を押していた。 翌朝、湊が目覚めると、春日は彼のスマホを雪葉とのチャット画面に開き、声を荒げて問い詰めた。 「どれくらいの期間連絡を取り合ってるの?8年?それとも9年?」 名前を出す必要もなく、湊はすぐに誰のことか理解した。 彼には後ろめたさなど微塵もなかった。 「雪葉は俺を好きだけど、お前との結婚生活に干渉しようとは思ってない。9年間ずっと連絡を取ってきたけど、それは何が?」 春日の目は血走り、信じられないという表情で彼を見つめた。 「それはどう見ても浮気よ。私を裏切ったのね」 彼女のかすれた声は深い悲しみに満ちていた。 湊は眉をひそめ、冷たい声でこう言い放った。 「俺が事業に成功してから、春日はずっと家に籠ったままだろ?3年も妊娠しようとして失敗してるんだぞ。妻として失格だと思わないのか?」 「立場を変えて考えてみろよ。俺はもう昔の貧乏な若造じゃない。今や会社を3つ持つ成功者で、お金もあるんだ。一人の女を養うくらい、大したことないだろ」 「雪葉はお前にちょっかいを出したことなんてないし、俺も普段からお前を尊重してるだ。それが何が不満なんだ」 第2話 数行の言葉が交わされた後、春日は黙り込んだ。 ここ数年彼女が仕事をしていない理由は、湊の起業を手伝っていた時期に、過労で体に取り返しのつかないダメージを負ったからだ。 当時、若くして客を開拓し始めた湊は自信に満ち溢れていたが、交渉力に欠けており、誰も彼向いてくれなかった。 そんな彼のために、春日は何回酒を酌み交わし、客に頭を下げた。胃に穴が開くまで飲み続け、ようやく次々と契約を取り付けた。 彼が起業に成功した年に、彼女の体は完全に壊れ、閉経し、半年以上入院することになった。 そして今、彼は療養中に仕事をしていない彼女を責めるのだ。 春日は静かに寝室に戻り、その日の妊娠検査報告書を破り捨て、ゴミ箱に投げ入れた。 その夜も彼女は眠れなかった。 薬を使って2時間ほど眠るのが精一杯だった。 それから、ほぼ毎日のように二人は口論するようになった。 半月前、湊は支社を海外に移し、移住したいと提案してきた。 春日はこれを機に湊と雪葉を引き離したいと考えていた。 しかし、湊は雪葉を連れて行きたいと言い出した。 そして今日、彼はこの話を3回目に持ち出してきた。 春日はついに心が折れた。 彼女は食事を適当に済ませ、視界の端で再びベランダに目を向けた。 湊はまだ電話中で、口元には優しさが浮かんでいた。 春日は立ち上がり、リビングのホワイトボードに「7」と書いた。 翌朝、春日は早く起き、離婚の相談をするために弁護士の元を訪れた。 「小鳥遊さん、夏山さんが離婚協議書に同意すれば、それが一番いいのですが」 「同意しない場合、国内外で1年間別居すれば、裁判で離婚が認められる可能性は高い」 「ですが、本当に離婚するのですか?」 弁護士は春日が離婚を考えていると聞き、少し驚いた。 周囲の人々の目には、湊は春日に細やかな気配りをしており、周りには女性の影も見当たらなかったからだ。 春日はまつげを伏せ、その瞳には哀しみが漂っていた。 「彼は浮気をしています」 相手は数秒沈黙し、軽く謝罪した後、春日は続けた。 「離婚協議書を送ってください。記入したら国外に郵送します」 「7日後、彼の飛行機が到着したら、すぐにサインしてもらうよう手配します」 電話を切った直後、春日は湊が寝室のドア口に立っていることに気付いた。 彼の視線は春日に向けられており、表情は険しかった。 「今何を話していた?離婚協議書って聞いたけど?」 春日は湊に聞かれるとは思っていなかった。 彼女は携帯を握り締め、適当に理由を作った。 「友達と電話してたの。離婚したいって」 湊はそれ以上深く考えなかった。 彼は春日が自分を離れることはないと思っており、その「友達」が彼女自身を指しているとは思いもしなかった。 彼は携帯を取り出し、春日に別荘の写真を見せた。 「もう海外の別荘を購入した。2棟だ。大きい方は俺たち用、小さい方は雪葉のものだ」 「2棟の不動産証明書には、雪葉の名前だけを書いた。もう決定事項だ。彼女は俺と長年一緒にいたんだ。何か形に残してやらないと」 春日の胸に冷たいものが走った。 つまり、春日名義の不動産はないってこと? 「彼女は何も望んでないって言ってたのに、結局2棟の名義を彼女一人にするんだね」 「あなたが起業していた時期、私はいろいろ手伝っていたのに。良心が痛まないの?」 湊は春日を不満げに一瞥し、低い声で答えた。 「お前には十分与えただろう。まだ満足していないのか」 「俺がこの2棟を買った時、彼女は自分の名義の不動産がないって言ってた。気の毒と思って渡したんだ。彼女が要求したわけじゃない」 春日は完全に失望し、心底可笑しく思えた。 まだ何か言おうとしたその時、玄関から物音が聞こえた。 二人が振り向くと、雪葉が玄関から顔を出した。 彼女は白いワンピースを着て、スーパーの大きな買い物袋を両手に提げていた。 透き通るような肌に、淡い化粧が施されており、体調は良さそうだった。 一ヶ月前、春日はチャット履歴を見返して初めて知った。 湊は事業が成功してから、毎月ひそかに雪葉に100万円を送金していたのだ。 そして、湊は毎回こう言っていた。 「受け取ってくれ。これは俺からの恩返しだ。君のために用意したんだ」 「残念だけど、彼女は君より先に現れた。運も君より良かったんだ」 春日は雪葉と視線を空中で交わし、彼女の目には誇りが満ちていた。 服装や雰囲気は儚げな初恋のようだったが、精緻な顔立ちには「アピールしに来たのよ」という10文字が刻まれているようだった。 春日は眉をひそめ、湊を見つめる。 「どうして彼女がここにいるの?この家に彼女を一歩も入れないでって言ったよね!」 湊は気まずそうに目をそらしながら答える。 「今日は雪葉の誕生日なんだ。君が彼女を国外に送り出すことを許したから、感謝の気持ちを伝えに料理を作りに来たんだ」 そう言いながら、彼は不満げに春日を見て責めるように言った。 「わざわざ歩み寄ってるんだ、意地を張るなよ。この数年、彼女がどれだけ辛い思いをしたかも知らないだろ」 春日はホワイトボードに書かれた「7」を見つめながら深く息を吸い、嫌悪感を抑えて言った。 「梅村さんに伝えて。私はネギが嫌いだから、料理に入れないように」 雪葉の笑顔が引きつった。 まるで家政婦のように命じられた気分だったのだろうか。 雪葉はキッチンに入り、四品の料理と一品のスープを作った。 だが、それを運ばず、顔をのぞかせて春日に手招きした。 「春日、ちょっと手伝ってくれる?」 春日はキッチンに入り、テーブルに並べられた料理を一瞥した。 四品の料理と一品のスープ、どれもネギ入り。 雪葉は淡い色の口紅を手に取り、化粧直しをしている。 赤みを帯びた唇をわざわざ血の気のない色に塗り替えている様子だった。 彼女は春日を見つめ、水をたたえた瞳に傲慢な光を宿しながら言った。 「湊は、私がこんなに働いてるのを見てきっと心配するわ。彼は私が苦労するのが嫌いだから」 春日は彼女のやつれた化粧をちらりと見た。 湊が彼女を心配しているのは事実だった。 ここ最近、湊はよくこんなことを口にしていた。 「雪葉は俺のために犠牲を払ってきた。お前はただ起業の手伝いをしてただけだろう」 最初は彼の言葉に対して反論していた春日も、今ではもう言い返す気になれなかった。 「可哀想なふりばかりで、疲れないの?」 雪葉は鼻で笑い、炊きあがったスープを手に取りながら春日を軽蔑するように見た。 「全然疲れないわ。あなたみたいに身を削って彼に尽くして、結局嫌われるよりはずっとマシよ」 「私はあなたなら今すぐ湊と離婚するけどね」 春日は冷ややかな目で彼女を見据え、腕を組んだ。 「汚い泥沼にずっといたから、ついにのし上がろうとでも思ったの?」 雪葉はスープを置き、腕を組み返す。 彼女は長年湊に溺愛されてきたせいで、自然と自信と余裕に満ちていた。 「正直なところ、名目上彼の妻じゃないってだけで、それ以外は私のほうが奥さんにふさわしいと思うけど」 「私と湊は九年の付き合いよ。この九年間、毎日連絡を取り合ってきた」 「彼が何かあると、真っ先に私に話してくれる。彼の感情のすべてを把握しているし、彼のスマホの決済パスワードだって知ってるわ」 「198111よ。信じられないなら試してみたら?」 春日の表情が一瞬止まった。 付き合って十二年になるが、湊がパスワードを教えたことは一度もなかった。 彼女は名目上は正妻だったが、正妻の権利をすべて雪葉に奪われていたのだ。 「話は終わった?」 雪葉は彼女の眉間のしわを見て、口元を歪ませ得意げに笑った。 「自分の旦那が浮気してるのを、我慢できるわけ?」 第3話 「もう話し終わった?」 春日は再び尋ねた。 雪葉は一瞬戸惑った。彼女は春日の意図を測りかねていたが、それでも刺激したい気持ちは抑えられなかった。 「私、絶対に彼のそばを離れない。あなたたちが海外に行くなら、私もついて行く」 「湊は私を愛しているんだからね。私がいる限り、あなたは幸せにはならないよ!」 雪葉の言葉を聞き、春日は皿を置いた。目を細めて冷ややかに笑みを浮かべる。 「言い終わった?なら私の番だね」 「アドバイスを一つあげるわ。愛人っていう立場なら、大人しくしておきなさい。鬱陶しい」 言い終えると、春日は手を振り上げ、雪葉の頬を勢いよく打った。 雪葉はよろめき、机に置かれていたスープに当たってしまう。スープがこぼれ、彼女の体にかかる。 「熱っ!」 彼女は思わず叫び声をあげた。 湊がその声を聞いて慌ててキッチンに駆け込んできた。 「どうしたんだ、雪葉!」 雪葉は少し顔を上げ、赤く腫れた頬と火傷した左手を見せながら、恨めしげに春日を指差した。 「ねえダーリン、彼女が私を殴って、スープを私にかけたのよ」 「…...あなた?」 春日は内心、強い嫌悪感を抑えた。 湊が彼女の夫なら、春日自身の夫は一体誰だというのか。 湊は雪葉を気遣いながら、顔をしかめて言った。 「雪葉に謝れ」 春日は眉をひそめた。彼女の体にも熱いスープがかかり、顔は青ざめていた。 「何があったか、確認もしないの?」 だが湊は無表情のまま、雪葉の狼狽えた姿を痛ましげに見つめていた。 「彼女はいい子だ。名分を求めることなく、長年も俺についてきたんだ。そんな彼女が君に喧嘩を吹っかけるわけがないだろ?」 春日は彼の言葉に何も言い返さなかった。ただ静かに彼を見つめる。 かつて学校で、自分が同級生に嫉妬され、盗難の濡れ衣を着せられた時、湊は真っ先に彼女を庇ってくれた。 「先生、春日は本当にいい子です。彼女は何があっても黙って耐えてしまう子なんです。そんな子が盗みなんてしません」 だが今、似たような言葉が別の女性のために使われている。 春日は深呼吸し、静かに言った。 「謝るのはいいけど、彼女が私たちと一緒に海外へ行くのは嫌よ」 雪葉は歯を食いしばり、睨みつけた。 「あなたが決めることじゃないでしょ」 湊は顔を曇らせて低い声で言った。 「俺を怒らせるな」 春日の目には涙が浮かんでいたが、彼女は顔を上げて泣かないように堪えた。 「これ以上私を追い詰めたら、弁護士を通してあなたと雪葉の関係を公にするから」 湊の表情は暗く沈んだ。しばらく沈黙した後、渋々言った。 「…...分かった。今回は見逃す。次はないと思え」 そう言い残し、彼は雪葉を抱えてリビングのソファに運び、火傷の薬を取りに行った。 春日はキッチンを後にすると、寝室に戻った。 湊がいない間、彼女は彼の携帯を手に取り、暗証番号を入力した。 「送金成功」 春日は一瞬黙り込み、その後証拠を消して携帯を元の場所に戻した。 夫の暗証番号を他の女性に教えられるなんて、本当に皮肉な話だ。 リビングでは、湊が雪葉の右頬を冷やし、火傷の手に薬を塗っていた。 雪葉は涙目で悲しそうに言った。 「殴られたのは私なのに、彼女は全然反省してない。どうしてあんなに意地悪なの?」 「ねえ、彼女に仕返ししてよ。彼女にも一発くらいいいでしょ」 湊は顔をしかめながら、彼女をなだめた。 「彼女が怒って、君が海外に行くのを阻止されたらどうするんだ?俺は君のために耐えているんだよ」 雪葉は視線を伏せ、小さく呟いた。 「分かったわ。でも、今日は私の誕生日だから、ちゃんと祝ってね」 「分かりましたよ、お姫様」 湊は彼女の唇に優しく口づけた。 二人は気づいていなかった。二階に立つ春日が、その光景を冷ややかに見下ろしていたことに。 湊が寝室に戻ると、彼は顔を曇らせて言った。 「雪葉が火傷したから、すぐに病院に連れて行く」 春日は何も言わなかった。 湊が出かけた後、彼女は彼の携帯を再び開き、過去のメッセージを確認した。 毎年この日、湊は「仕事が忙しい」と言っていた。 夜になると、彼女はホワイトボードの「7」を消し、「6」と書き換えた。 「あと六日」 その翌朝、湊が帰宅した。彼の目の下は真っ青で、昨夜の放蕩ぶりが明らかだった。 春日が朝食をとっていると、彼はホワイトボードを見て眉をひそめた。 「この『6』って何だ?」 春日は平然と答えた。 「あと6日で海外に行く日よ」 あと六日で、この十二年の感情を終わらせることができる。 あと六日で、彼と別れることができる。 湊は数字を眺めて、おかしいなと思った途端、携帯が鳴った。 その後、湊が出かけた後、春日は荷物を整理し始めた。 この家は、彼が海外に行った後も売るつもりはないらしい。 彼女は自分の荷物をまとめて実家に送った。湊から贈られたものは一切持っていかなかった。 全てが終わる頃はもう午後だ。玄関の方から物音が聞こえた。 春日が振り返ると、雪葉が湊の後ろに立っていた。得意げな表情で、手にはスーツケースを持っていた。 第4話 春日は二人が何をしようとしているのか、おおよそ察しがついた。 彼女は少し眉をひそめたが、怒ることはなく、静かに言った。 「寝室の隣の部屋は広いから、そこに彼女を住まわせてあげて」 どうせ彼女の荷物はすべて送り出してしまった。 ここはもう彼女の家ではないのだから。 湊は春日があまりにあっさりと承諾したことに驚いた。 彼が少し違和感を覚えた矢先、雪葉が彼の袖を引っ張り、甘えた声で微笑んだ。 「ねぇ、ダーリン、早く二階に行きましょうよ」 湊は雪葉を寝室に案内し終えると、再び戻ってきた。 寝室の中は半分が空っぽになっていた。 春日の持ち物がすべて消えている。 湊は眉をひそめ、少し違和感を覚えた。 「お前の荷物は?」 春日はベッドに座り、彼を見る気にもならない様子で答えた。 「宅配業者に頼んで国外に送ったわ。向こうに行けば新しく服を買う必要もないから」 湊の視線は机の上のアクセサリーケースに留まった。 それは彼がこの数年間に春日に贈ったプレゼントの数々だった。 「俺が贈ったものは、なぜ一緒に送らなかった?」 春日は頭を掻いた。 ゴミ箱に捨てるのを忘れていただけだった。 「忘れてた。明日にまた頼もうかな」 湊は眉を寄せ、冷たい声で言った。 「持って行かなくてもいいが、あとで俺に弁償を求めたりするなよ。俺にはそんな時間も金もないからな」 春日は唇をきゅっと引き結び、何も言わなかった。 夕食を終えた後、湊は車の鍵を二つ取り出した。 まずベンツの鍵を春日に差し出した。 「一か月前に新車を買っておいたんだ。向こうに着いたら、このベンツはお前が使え」 春日は鍵を受け取ったが、顔に喜びの色は一切浮かんでいなかった。 「私のは?ダーリン」 雪葉が唇を尖らせて甘えた。 湊はポケットからマクラーレンの鍵を取り出し、彼女の頬を指で軽く撫でた。 「ちゃんと用意してあるさ。君がこの車を気に入ってるのは知ってるからな」 雪葉は車の鍵を受け取り、春日に向けて得意げに微笑んだ。 春日の顔は少し冷たくなった。 彼女には1千万円のベンツ。 そして雪葉には4千万円のマクラーレン。 どうやら一か月前から湊はこの準備を進めていたようだ。 「ベンツだっていい車よ、春日。何か不満なの?私、実はベンツを運転するの、けっこう好きなのよ」 雪葉は唇をゆるめ、わざと羨ましそうな表情を浮かべてみせた。 「マクラーレンは派手すぎるし、私にはもっと控えめな方が似合うの」 春日は眉をひそめ、ベンツの鍵を雪葉に手渡した。 「好きなら全部あげるわ」 どうせ離婚協議書には、彼女が受け取るべきものがすべて記載されている。 春日が大らかに高級車を譲ったことで、湊は彼女の態度に満足した。 以前ならこんな状況では、春日は怒って物を投げたり、彼を浮気者呼ばわりして喧嘩になったりしていたものだ。 ところが今の春日はこれほど寛大だ。 どうやら、彼女も本当に悟ったらしい。 この冷静な春日こそ、彼が望んでいたものだった。 三日後、春日は一本の電話を受け取った。 「小鳥遊様、三ヶ月前にご注文された誕生日プレゼントが完成しました。いつ取りにいらっしゃいますか?」 春日は眉をひそめた。それは湊のためにあらかじめ準備した誕生日プレゼント、高級オーダーメイドの腕時計だった。 二日後の湊の誕生日に間に合うよう、わざわざ追加料金を支払って職人に急いでもらった品だったが、もう必要なくなった。 「寄付してください」 「えっ?」 電話の向こうで店員は戸惑った。 「近いうちに離婚するので、もういらないです。寄付してください」 春日は平静に言った。 店員は数秒沈黙した後、ひたすら謝罪を繰り返した。 春日は電話を切り、タクシーで病院へ向かった。 婦人科で、担当医の燕が待っていた。彼女は春日の友人でもある。 燕は春日の後ろをちらりと見て、湊の姿がないことに気づいた。 「以前は病院に来る時、どんなに忙しくても仕事を中断して付き添ってくれたのに。最近は仕事が暇になったのに、逆に来なくなったのね」 春日は椅子に腰を下ろし、苦い笑みを浮かべながら、未練がましくお腹を撫でた。 「燕子、中絶手術をお願い」 「正気なの!?」 燕は目を見開き、春日がまた駄々をこねているのかと思った。 「怒るのは勝手だけど、三年間の妊活の末、やっと妊娠したのよ。しかも胎児は健康そのものなのに、何で?」 春日は目の前の友人をじっと見つめ、隠すつもりはなかった。 「離婚するつもりよ。この生活、もう限界なの」 春日が話す声には、かすかな嗚咽が混じっていた。 燕は事情を察したようで、妊娠中絶手術の書類をすぐに用意し、春日を手術室へと付き添った。 二時間後、春日は家に戻った。 リビングでは、湊が笑顔を浮かべ、雪葉の腹を愛おしそうに撫でていた。 「雪葉は本当にすごいよ」 「春日は三年間妊活しても授からなかったのに、たった一ヶ月で俺をパパにしてくれた」 雪葉は愛嬌たっぷりの表情で得意げに言った。 「きっとあの女のせいよ、ダーリンは気にしないで」 春日は手を止め、顔面蒼白のままリビングを静かに通り過ぎ、階段を上がった。 湊もその後を追いかけてきたが、春日の顔色が悪いことには気づかず、冷たく言い放った。 「雪葉が子供を授かったんだ、お前も妊活のプレッシャーから解放される」 「それと、俺は彼女に約束した。この子供には全力で父親として尽くす。必要なお金は惜しみなく使うつもりだ」 少し間を置き、湊の視線は春日の腹に向けられた。 「文句があるなら、自分の体を恨め」 春日はベッドの縁に座り、目の前の男を見上げた。その唇は青ざめ、かすかに震えながら動いた。 「もし私と雪葉が同時に妊娠していたら、あなたは彼女の子供をひいきにするの?」 第5話 湊は眉をひそめ、春日がどうしてそんな質問をするのか理解できなかった。 どうせ彼女に妊娠できそうにないから、嘘をつくつもりもなかった。 「実際、俺が欲しいのは雪葉の子供だけだ。同時に妊娠したとしても、俺は確実に彼女の子供を贔屓するだろうね」 その言葉を聞いて、春日の顔は真っ青になった。 彼女は俯いてお腹に手を当てると、すべての罪悪感が跡形もなく消え去った。 「そうだ、二日後は俺の誕生日だ。国外に出る前に友達を集めて祝うつもりだし、ついでに雪葉が妊娠したことを知らせたい。お前も来てくれ」 湊はドアの近くにもたれかかりながら、淡々と春日を見つめた。 春日はこのことを予想していた。 だが、実際にその言葉を耳にしたとき、彼女の心はやはりぎゅっと痛んだ。 「そうなら、私が行く必要なんてないでしょう?」 湊は眉をひそめた。 「お前が行かなければ、彼らは雪葉を不審に思うだろう。みんなに誤解されたくないんだ」 春日の顔には複雑な感情が浮かび上がった。自嘲、哀しみ、失望、そして心が折れたような表情だ。 「行かないわ。正妻が側室を支えるなんて聞いたことがないもの」 湊は険しい表情を浮かべ、しばらくしてからゆっくりと言った。 「君が来てくれるなら、俺は無条件でお前の要求を一つ飲むよ」 春日は水のように澄んだ目を伏せ、静かに言った。 「ならいいわ。その時、書類にサインして」 離婚届にサインしてもらうという意味だ。 二日後、湊の誕生日パーティーが開かれた。 彼の友達やビジネスパートナーが大勢集まっていた。 湊は雪葉の手を取り、みんなの中心へと歩み寄った。 彼は咳払いを二度し、瞬く間に周囲は静まり返った。 「今日は誕生日を利用して、皆さんに良い知らせをお伝えしたい」 「雪葉が妊娠しました。俺はついに父親の、家族三人の夢を叶えてくれた彼女に感謝します」 その言葉に、春日を知る多くの人々が一斉に彼女が座る隅を振り返った。 春日は俯いたまま黙っていたが、赤くなった目が彼女の感情を隠しきれなかった。 三年前、湊が事業に成功した後、彼は自ら春日に結婚式を挙げ直そうと提案した。 彼女は派手なことを嫌がったが、湊はそれでもなお式を強行した。 「他の女があるもの、うちの嫁さんにもあげたいんだ」 「お前はずっと苦労をしてきた。その恩は今から返すよ。俺にはその能力がある」 その日、結婚式の舞台で湊は彼女を見つめ、嬉しそうな表情でこう言った。 「俺たちは今、二人家族だ」 「子供を産んでくれたら、三人家族になれるよ」 だからこそ、式が終わった後、彼女は家で体調を整え、積極的に妊活に取り組んだのだ。 それなのに今、彼は他の女性が産む子供をみんなに喜んで発表している。 出席者の多くは春日が正妻であることを知っていた。 しかし、中には素早くお祝いの言葉を送る人たちもいた。 「おめでとうございます!」 「梅村さんは本当に幸せ者ですね。夏山さんという立派な方に巡り合えて」 一方で、不満げな表情を浮かべる男たちも少なからずいた。 「春日が昔、湊のために取引先を回るため、どれだけ俺に頼み込んだか覚えてますよ。何回も一緒に飲んでいました」 「そうそう、一番凄かったのは、彼女が一日に七軒も飲み歩いた時だ。今でも俺の妻が彼女を尊敬してるくらいだ」 パーティーは再び賑やかさを取り戻し、歌う者、カードゲームに興じる者、それぞれが楽しんでいた。 春日は隅の席に座り、スマホをいじりながら黙々としていた。 雪葉は周囲を見回し、隅で座っている春日に気づくと、お腹を支えながらゆっくりと彼女の側に歩み寄った。 「春日、お湯を一杯持ってきてくれない?赤ちゃんが喉が渇いたの」 春日は顔を上げ、雪葉の得意げな目つきを捉えたが、取り合う気にはなれなかった。 「無理、今忙しい」 雪葉は彼女がゲームをしているのを見て、ふと悪だくみを思いつき、さらに近づいてきた。 「もし、あなたがずっと湊の子供を妊娠できず、別の男の子供を妊娠したらどうなると思う?」 「湊はあなたと完全に縁を切って、私を正妻にするんじゃない?」 春日はゲームをしていた手を止め、目を細めて言った。 「試してみれば?もしそんなことをしたら、あなたの腹を蹴って流産させてやるわ」 雪葉は舌を出し、淡々と笑った。 「冗談よ、そんなに怒らないってば」 春日は冷たい目で雪葉を一瞥し、それ以上相手にしなかった。 湊に約束したことは既に果たしたため、彼女は立ち上がり、部屋を出ようと歩き始めた。 しかし、振り返った瞬間、雪葉はすかさずスマホを取り出し、メッセージを送信した。 「彼女が出るよ、やれ」 春日はボックスを出た後、トイレに行き、そのままタクシーに乗るつもりだった。 だが、数歩進んだところで、突然別のボックスのドアが内側から勢いよく開き、 一本の男性の腕が伸びてきて、彼女を力強く引き込んだ。春日はその勢いで床に倒れ込んだ。 春日は警戒して叫んだ。 「誰?」 彼女の声が響く中、別の男が素早くボックスの音量を最大にした。 激しい音楽が流れ始め、春日の助けを求める声はかき消されてしまった。 春日は恐怖に駆られて顔を上げた。 ボックスには6人の男たちがいて、誰もが邪悪な視線を彼女に向けていた。その目つきは卑猥で、凶悪だった。 「美しい奥さんじゃないか。最高だな」 「大物の女だって聞いたけど、今日は贅沢させてもらえるな」 「始めようぜ!」 数人の男が一斉に春日へ手を伸ばしてきた。春日は恐怖で逃げようとしたが、男たちの一人の手がすでに彼女の体に触れていた。 その時、彼女はふと雪葉の言葉を思い出した...... 第6話 「雪葉がいくら払ったの?私が倍額払ってやる!」 「はっ!このアマが!金なんていらねぇよ。今日はいい女を味わいたいだけだ!」 金髪のリーダー格の男が春日の服を掴み、力任せに引き裂いた。 春日の襟元が破られ、男の手が首筋へ伸びる。 彼女の顔に恐怖が浮かび、絶望が胸に押し寄せた。 ズボンが脱がされそうになったその瞬間、春日は素早く机の上の酒瓶を掴み、男の頭に叩きつけた! バキッ! 金髪男が頭を抑えて倒れると、残りの5人は動きを止め、怒りに拳を振り上げて春日に殴りかかってきた。 「クソ女が!今日こそブッ殺してやる!」 春日は地面に丸まって耐えていたが、最後の生存本能で起き上がり、足元に転がっていた酒瓶を再び掴んで振り回した。 6人が慌てて身を引くと、彼女はその隙に一気にドアへ駆け出した。 6人は追いかけようとしたが、恐れをなして動けなかった。 春日は一直線に湊が予約した個室へ駆け込んだ。 目を走らせると、視線は部屋の隅にいる雪葉に止まった。 彼女はそのまま歩み寄り、雪葉の目の前に立った。 雪葉はボロボロになった春日の姿を見て、わずかに慌てた表情を浮かべるも、すぐに声を張り上げた。 「湊!」 その声が響く間もなく、春日の足が雪葉の腹部を直撃した。 雪葉は地面に叩きつけられ、苦しそうに湊を呼び続けた。 だが春日は容赦なく、もう一度蹴りを見舞った。 「さっき言ったでしょ?私に手を出したら、その腹を蹴り飛ばしてやるって!」 「わ、私、は何も知らない!」 雪葉は恐怖に震えながら地面に丸まり、腹を抱えて苦痛に歪んだ顔をしていた。 その場の人々が静まり返り、全員がこちらを見ていた。 湊は慌てて駆け寄り、雪葉を抱き起こして守るように立ちはだかった。 次の瞬間、彼は怒りに任せて春日の腹に蹴りを入れた。 「お前、正気か?彼女は妊娠してるんだぞ!それなのに蹴りだなんて......!」 「やり過ぎだ!」 春日は地面に叩きつけられた。 流産手術を終えたばかりの彼女は、顔を真っ青にしながら仰ぎ見て言った。 「やり過ぎ?じゃあ、彼女が私に何をしたか、聞いたらどうなの?」 雪葉は目を伏せ、何か弁解しようとしたが、湊は低い声で遮った。 「聞くまでもない!」 「お前みたいに手段を選ばない女なら、どんなことでもやりかねないだろう!前はビジネスのために身を売ったのくせに」 彼の言葉は雷鳴のように春日の耳を貫いた。 手段を選ばないだって? ビジネスのために身を売るだと? 彼は知っているはずだ。かつて彼のためにクライアントと接待中、悪意を持った社長に薬を盛られそうになったことを。 その時、湊が間一髪で彼女を救ってくれたのに。 だが今、彼はその言葉を彼女を傷つけるための刃として突きつけた。 春日が口を開こうとしたその時、湊は雪葉を抱き上げ、慌てて病院へ向かった。 人々は次々と立ち去り、最後にボックスに残されたのは春日一人だけだった。 鏡に映る自分を見つめる。 襟は引き裂かれ、化粧は崩れ、顔と手には青痣が散らばっている。髪も乱れていた。 湊が彼女を正面から一目でも見ていれば、彼女がどんな目に遭いかけたのか気づいたはずだ。 だが彼の目は雪葉にしか向いていなかった。 長い時間をかけて春日はようやく立ち上がり、家に帰ることにした。 歩き出してすぐ、彼女の脚の間を血が流れた。 湊が彼女を一度でもちゃんと見ていたら、彼女が実は危うく酷い目に遭いかけていたことに気づけたはずだ。 だが、彼の心は雪葉に奪われていた。 しばらくの間、春日はその場に座ったままだったが、やがて立ち上がり、家に帰ることにした。 数歩進んだところで、彼女の足元に温かい血が流れ落ちるのを感じた。 それから二日間、湊は家に戻らなかった。 出国まであと一日という時、彼は雪葉を連れて帰ってきた。 雪葉は顔色が悪く、重傷を負ったような様子をしている。 しかし、よく見ると、それは化粧で描かれたものだった。 湊はソファに座る春日を見下ろし、非難するように言った。 「子どもが無事だったことを感謝するんだな。もしそうでなかったら、俺たちは確実に離婚していただろう」 「雪葉は心が広い。彼女はお前を許すと言っている。だが、俺も彼女に約束したんだ。あっちに着いたら、お前は小さな別荘に住む。大きい方は俺と雪葉が使う」 春日は静かにテレビを見ていたが、湊に視線を向けて尋ねた。 「もし自分が愛する人が嘘つきだとわかったら、それでも彼女を愛し続けるの?」 湊は眉をひそめ、春日がなぜ突然そんなことを言うのか理解できなかった。 「愛するわけがないだろう」 「俺が嘘つきなんかを好きになるわけがない。雪葉はいい女だ、俺が愛するのは彼女みたいな女性だけだ」 春日は目を伏せ、失望の色を隠しながら言った。 「湊、私たちはかつて愛し合っていた。でも、もう終わりよ。明日の朝、最後のお願いを聞いてほしい」 それは離婚届にサインしてほしいという願いだった。 湊は春日を見つめながら眉を寄せた。 彼女の言葉は、まるで別れを告げているように聞こえた。 だが、午後には一緒に国外に引っ越す予定のはずだ。 「そんなくだらない話はもういい、荷物をまとめて空港に行こう」 数時間後、空港。 湊と雪葉は肩を並べ、まるで夫婦のように親しげに前を歩いていた。 春日は一人、二人の後ろを静かについて行った。 保安検査に向かう直前、春日は湊を一瞥して言った。 「あなたたちはファーストクラスよね。私はエコノミークラスだから、先に行っていいよ」 湊は眉をひそめ、不思議そうに聞いた。 「その程度の金を節約する必要があるのか?数万円くらいで」 春日は何も答えず、ただ手を振っただけだった。 さようなら、湊。 もう二度と会えないように。 湊が彼女の席をアップグレードしようとした矢先、雪葉が先に彼を引き止めた。 「早く行きましょうよ。赤ちゃんがお腹空いたって言ってるの。ラウンジで何か食べましょう」 二人が保安検査を通り過ぎたのを見届け、春日は身を翻して国内線の保安検査へと向かった。 そして間もなく、彼女は実家へと帰る国内便に搭乗した。 翌朝、海外便がついに着陸した。 湊が飛行機を降りた時、春日の姿はどこにもなかった。 彼が電話をかけると、冷たい女性の声が「電源が切られています」と告げるだけだった。 「一体何なんだ?こんな時に何のつもりだ?普段から甘やかし過ぎたせいだな!」 仕方なく、湊は先に空港を出ることにした。 間もなく、出迎えの男性が湊を見つけた。 彼は手元の写真を確認し、湊本人だと確信すると、書類の入ったファイルを手渡した。 「夏山さん、小鳥遊さんがここにサインを」 湊がファイルを開くと、そこには大きく五文字が記されていた。 「離婚協議書」 彼は濃い眉を深く寄せた。 離婚協議書?