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心の苦しみを癒す宝石は、何処に?
結婚して四年、夫は一度も恋人の定番スポットになど連れて行ってくれなかった。 「そんな流行りもの、俗っぽいだけだ」と言って。 なのに、彼...
Chương (1)
第1章
結婚して四年、夫は一度も恋人の定番スポットになど連れて行ってくれなかった。
「そんな流行りもの、俗っぽいだけだ」と言って。
なのに、彼にとって忘れ得ぬ女性が帰ってきたとき、あの「一緒に登れば生涯添い遂げられる」と噂される山へ、嬉々として彼女を連れて行った。
まさか、離婚して国を出たというのに、元夫となったあの人が追いかけてきた。瓦礫の中で、泣きながら私を探していた......
第1話
「離婚したいんです」
結婚して四年、月島ルビー(つきしま ルビー)はこの結婚生活に終止符を打つことを決めた。
しかし、向かいに座る弁護士は、彼女がただの悪ふざけに来たのだとでも思ったのだろう、眉をひそめるだけだった。
「お嬢ちゃん、離婚ってのは片方だけの意思で出来るもんじゃないよ」
弁護士が相手にしてくれないのも無理はない。
なにしろ、ルビーは大学から直行してきたばかりで、スウェットにジーンズという格好でそのまま来たのだ。
どう見ても離婚調停を起こそうとしている人間には見えなかった。
だが、彼女はここに来る前に万全の準備を整えていた。落ち着いた口調で切り出した。
「離婚協議書を作成していただければ結構です。夫の署名は私がもらいますから」
彼女と月島遥斗(つきしま はると)の間に子供がいない。財産分与も一切不要。協議書はたった二枚の紙に収まるほどシンプルなものだった。
家に帰ると、玄関のドアを開けた途端、鼻をつく強烈な匂いが押し寄せてきた。
目をやると、天野晶(あまの あきら)と遥斗がなれ寿司を食べているところで、テーブルの上には半分に割られたドリアンまで置かれている。
何を話しているのか、二人は顔がくっつきそうなほど笑い合っていた。
遥斗はルビーが入り口に立っているのに気づくと、すぐに表情を引き締め、真面目腐った顔で尋ねてきた。
「ルビー、この時間に帰ってくるとは思わなかったから二人分しか頼んでないんだ。何が食べたい?追加で注文しようか?」
「いらない。学校で食べてきたから」
ルビーはなれ寿司にちらりと目をやり、静かに視線を落とした。
この数年間、彼女は匂いの強いものを食べるのをずっと我慢してきた。遥斗が鼻炎持ちで、家で変な匂いがするのが嫌だと言っていたからだ。
ルビーはバッグから離婚協議書を取り出し、遥斗にペンを差し出して言った。
「大学で安全責任承諾書に家族の署名が必要なの。ここにサインして」
ルビーは孤児であり、夫である遥斗は、確かに彼女にとって唯一の家族だった。
「どれ、見せてみろ」
遥斗は軽く眉をひそめ、書類を受け取ろうと手を伸ばした。
ルビーは遥斗がまじまじと見ようとするなんて、思ってもみなかった。
これまでルビーのことに関心などなかったのだ。一ヶ月前に晶が離婚して帰国してからは、なおさらだった。
離婚協議書を握るルビーの指に力がこもった。体がこわばり、今この場で彼に見せるべきか、一瞬ためらった。
「遥斗、何よその顔!」
晶が赤い唇を開き、からかうように遥斗を軽く叩いた。「ルビーちゃんの前でそんなに構えちゃって。まるで鬼みたい。ルビーちゃんが怖がってるじゃない」
「そうか?」
さっきまで眉をひそめていた遥斗の表情が瞬時に和らぎ、目に笑みを浮かべてルビーの書類を受け取ると、ルビーが指差した場所に美しいサインを書き込んだ。
ルビーは心の中で安堵したが、すぐに自嘲の念がよぎった。遥斗が慎重で真面目な顔をするのは、彼女の前だけだ。晶がそばにいると、彼の警戒心はどこかへ消え、すっかりリラックスしてしまう。
もう少し注意深く見ていれば、これがただの承諾書ではなく、離婚協議書であることに気づいたはずなのに。
だが彼は晶のからかいに応じるのに夢中だった。「俺はまだルビーを妹みたいに思ってるからな。兄貴としては、厳しくしないと」
妹としてだけ?
ルビーの動きが止まる。だったら、毎晩のように彼女を抱きしめ、熱い吐息を漏らしていた時の言葉はなんだったのか、と心の中で毒づいた。
ルビーは幼い頃に両親を亡くした。恩師である月島教授は彼女の家庭の事情を知ると、資料整理の手伝いという名目で、頻繁に彼女を家に招き、食事をさせてくれた。
そうするうちに、ルビーは教授の息子である遥斗と知り合った。
月島教授は臨床医学の権威だったが、一人息子の遥斗は医学の道には進まなかった。
遥斗は大学時代にゲームスタジオを立ち上げ、三十歳になる前に経済誌の常連となるほどの新進気鋭の起業家になっていた。
優れた容姿に富も兼ね備え。そんな彼は、どれほどの少女たちの夢の王子様だったことだろう。
ルビーも例外ではなかった。遥斗と数回会っただけで、胸がキュンとした。
ただ、二人の身分の差は分かっていた。彼女はずっとその想いを胸の奥にしまい込み、遥斗と同じ食卓についても、堂々と彼を見ることさえできなかった。
それが変わったのは四年前。月島教授と奥様が一緒に出張に出かけて、ルビーに家から書類を送ってほしいと頼んだ。
その夜、ルビーが郵便物を出し終えて帰ろうとすると、泥酔した遥斗が外から帰ってきて、いきなり彼女の胸に倒れ込んできた。
遥斗の勢いは激しく、ルビーは半ば抵抗し、半ば受け入れる形でベッドに絡み合った。遥斗は乱暴に彼女の肩に噛み跡を残した。
彼の酒臭い声には、恨みがましさが滲んでいた。「俺がお前を好きなの、知ってるくせに!」
後にルビーは、晶がこの日に外国人と電撃婚したことを知った。
ただその時の彼女は、まだ晶の存在を知らなかった。
彼女は有頂天になり、片思いがついに報われたのだと信じ、暗闇の中で全身全霊を捧げた。
翌日、家に帰ってきた奥様が二人のことを発見し、その場で遥斗に責任を取るよう約束させた。
ルビーが法律上の結婚可能年齢に達するとすぐに、二人は籍を入れた。
四年間、遥斗は仕事で忙しく、ルビーは寮生活だったため、二人は会う時間も少なかった。
普段から遥斗が冷淡なのは、彼の性格が元々そうだからだと、ルビーは思い込んでいた。
見返りを求めず、ただひたすら尽くすことに甘んじていた。
一ヶ月前、彼女は奨学金で高級レストランを予約した。結婚四周年記念日であり、彼女の二十四歳の誕生日を祝おうとした。
この日のために、半月も前から遥斗のスケジュールを押さえ、何度も彼の秘書に確認を取った。
遥斗も必ず行くと約束してくれた。
しかしその夜、彼女がレストランの閉店時間まで待っても、遥斗の電話は一向に繋がらなかった。
店員にレストランから送り出された後、携帯で近くで交通事故があったというニュースを見て、彼女の心臓は凍りついた。
二時間で周辺の病院をすべて駆け回ったが、遥斗の姿は見つからない。最後にようやく、成瀬信彦(なるせ のぶひこ)の電話に繋がった。
信彦は遥斗の数少ない、二人の関係を知る友人の一人だった。彼は驚いたように言った。「遥斗さんから聞いてないのか?今日、晶さんが帰国するから、ホテルで歓迎会を開いてるんだよ」
ルビーは遥斗から晶という名前を聞いたことすらなかった。ホテルに行って自分の目で見て初めて知った。遥斗が唯一フォローしていた旅行系インフルエンサー「Akira」が、晶その人だったのだ。
個室のドアの前まで来ると、遥斗の同級生たちがゲームで盛り上がっていた。やじが飛び交う中、遥斗は晶をお姫様抱っこして、大ジョッキの酒を一気に飲み干した。
ルビーは、あんなに楽しそうな遥斗を一度も見たことがなかった。
彼女は個室に飛び込み、遥斗が何か合理的な説明をしてくれることを期待した。
だが、彼女を見た遥斗の顔には気まずさが浮かぶだけだった。彼は周りの人々にこう紹介した。
「彼女は俺の親戚の妹なんだ」
その瞬間、ルビーはついに悟った。自分は一度も遥斗の人生の中に入り込めていなかったのだと。
遥斗と晶が、当たり前のように互いの皿のおかずを交換しているのを見て、ルビーは手の中の離婚協議書を固く握りしめた。
一ヶ月後、手続きを終えて離婚届受理証明書を手にしたら、ここを去ることを決意した。一度も自分のものにならなかった遥斗から離れるために。
第2話
晶はルビーと遥斗の住むマンションの上の階に部屋を借りていた。
そして、ほとんど毎日、ルビーと遥斗の家に遊びにやってくる。
以前は残業で家にほとんど帰らない遥斗も、急に暇になったかのように、毎日家で待っていた。
晶と遥斗が食事の後にリビングでテレビを見ていると、晶はルビーも一緒に見ようと誘った。
「卒業論文がまだ終わってないから、二人で見てて」ルビーはそう言って寝室に戻った。
リビングから晶の明るい笑い声が聞こえてくる。「ルビーちゃんは本当に真面目ね。私と違って。あの頃はよく遥斗に宿題手伝ってもらったっけ......」
パソコンで夜の11時まで作業していたルビーは、遥斗がスリッパを履いて入ってきたことに気づかなかった。
彼がテーブルの上のファイルに手を伸ばした瞬間、ルビーの心臓がどきりと鳴った。
止めようと思ったが、もう手遅れだった......その中には、彼が署名した離婚協議書が入っているのだ。
「これは何だ?」
遥斗は眉をひそめ、ファイルから一枚の紙を抜き出してテーブルに放り投げた。「お前、アフリカ支援に行くのか?」
ルビーが目を凝らすと、それは彼女が一番上に置いていた、大学のアフリカ支援プロジェクトの申請書だった。
「これは私のものじゃない。寮にプリンターがないから、ルームメイトの分を印刷してあげただけ」
ルビーは顔色一つ変えずに言うと、遥斗もそれを信じ、彼女のファイルにそれ以上興味を示さなかった。
ルビーは安堵の息を漏らした。
まだ遥斗に離婚のことを知られたくなかった。
この結婚は最初から彼女の片思いが混じっていた。
だからこそ、去る時はもう少し体裁よく、落ち着いていたい。
「支援プロジェクトはアフリカで最も貧しい地域に三年も滞在するらしいな。大変そうだ」
遥斗は長い指でテーブルを軽く叩きながら、ゆっくりと言った。「お前がそんな流行りに乗る必要はない。父さんの昔のコネを使えば、帝都の病院でいい就職先を見つけるのは簡単だ」
言葉だけ聞けば心配しているようだが、ルビーの心は苦々しく笑った。
彼女の成績は毎年、専門分野でトップだった。大学院在学中には十数本の論文を発表している。
彼女の履歴で、帝都に残るのも選び放題で、コネなど全く必要ない。
遥斗はそんなことさえ知らない。この四年間、彼は一度も彼女を理解しようとしなかったのだ。
それに比べて、ルビーは遥斗が最も快適に感じるエアコンの温度まで知っていた。
寝る時には、前もって温度を下げておく。そのせいで、彼女自身はいつも夜中に寒さでくしゃみをしていた。
今日、彼女はもう無理強いするのをやめた。
案の定、横になった途端、遥斗が寝返りを打った。「今日はなんでこんなに暑いんだ?」
「暑くないわ。私が寒がりなの」
ルビーは淡々と言い放つと、遥斗に背を向けて横になり、布団の半分以上を巻き取った。遥斗が自分で温度を調節するだろうと思った。
ところが、遥斗は長い腕を伸ばし、後ろから彼女を抱きしめてきた。
温かい息がルビーの首筋にかかり、欲望の匂いを帯びていた。
遥斗は普段から体を鍛えている。腕に力を込めると、強引にルビーをひっくり返して抱きしめ、怒涛のキスが降り注いだ。
ルビーはもがいたが、無駄だった。
ベッドの上での遥斗はいつも強引で、普段の物静かで冷静な彼とはまるで別人だった。
ルビーは眉をひそめて顔をそむけると、ベッドサイドのデジタル時計が目に入った。今日は金曜日......
四年間、毎週金曜の夜は、いつもこうして過ごしてきた。
今までは、一週間会えなかったから、遥斗の欲望が抑えきれないのだと思っていた。
だが、数日前、夜眠れずに晶のSNSアカウントを何度も見返しているうちに、晶が動画を更新するのはいつも金曜日だということに気づいた。
晶は旅行ブロガーで、どの動画も外国人の夫と一緒に世界中を旅するものだった。風景を撮る以外は、ほとんどすべてのショットがラブラブな様子を見せつけていた。
これまでの数え切れないほどの睦み合いが、すべて遥斗が晶に刺激されてのことだったと思うと、ルビーは吐き気を催した。
彼女がえづくと、遥斗の動きがようやく止まった。
「どうした?」
遥斗が壁のライトをつけると、薄暗い光が彼の立体的な横顔を照らした。
「今日は気分が悪くて......ゲッ......」
ルビーはもともと遥斗を止めるためだけのつもりだったが、胃がひっくり返るような感覚に襲われ、内臓をすべて吐き出してしまいそうだった。
「病院に連れて行く。もしかして......」
「違う!」
ルビーは遥斗が何を言いたいのか分かっていた。だが、二人はいつも避妊していたから、そんなはずがない。
「それでも病院に行った方がいい。どうであれ、今のお前はかなり辛そうだぞ」
そう言うと、遥斗はすでに服を着て、ベッドサイドの車のキーを手に取っていた。
彼がルビーを支え起こそうとした時、携帯が鳴った。
遥斗は着信を見ると、すぐに電話に出た。
電話の向こうで誰かが何かを言ったのだろう、遥斗はわずかに眉をひそめた後、諦めたように笑った。
電話を切ると、彼はルビーに向かって言った。「晶が、一人でホラー映画を見て、怖くて泣きそうだって......」
光の下で、遥斗の表情にためらいが浮かぶ。
ルビーは察した。「行ってあげて。私は大丈夫よ」
そう言っている間にも、遥斗の携帯が再び鳴った。切羽詰まった着信音は、まるで催促のようだった。遥斗はちらりとそれを見ると、急いで立ち上がった。
数歩歩いたところで、彼は何かを思い出したかのように、申し訳なさそうな顔で言った。「後で病院に連れて行くから」
ドアが閉まるのを見て、ルビーは苦笑した。
後で?それは最も役に立たない言葉だ。彼女は待つのが嫌いだった。
吐き気がして眠れず、ルビーは起き上がると、ファイルからあのアフリカ支援プロジェクトの申請書を取り出した。
もともと海外に行くべきか少し迷っていた。だが、今の状況では、卒業後も帝都に残れば、離婚後も遥斗と顔を合わせることは避けられないだろう。
それなら、数年間外で自分を鍛える方がいい。
申請書を記入する際、婚姻状況の欄に、彼女はためらうことなく「独身」と書いた。
第3話
遥斗は一晩帰ってこなかった。ルビーは朝早くから晶のアカウントの投稿をチェックした。
【どん底にいるけど、幸運なことに、一緒に行こうって言ってくれて、夜の魚尾山に登ってくれる人がいる!】
写真は彼女の自撮りがメインだったが、その後ろに立つ背の高い男性の背中は、ルビーには一目で遥斗だと分かった。
コメント欄のファンが次々とゴシップを囁いていた。
【自由を愛する女の子はやっぱり魅力的。晶さんを追いかけてる人、フランスまで行列できてるんじゃない?】
【晶さんがクズ男に浮気されて離婚した後も、落ち込まないって信じてた!私たちの手本だわ!】
【男性ゲストの後ろ姿、すごく背が高そう。いつか皆に顔を見せてくれるのかな?】
......
ルビーは軽く笑った。もしこのファンたちが、この「男性ゲスト」が既婚者だと知ったら、どう思うだろうか。
晶自身もコメント欄に書き込んでいた。【皆さん、魚尾山の伝説について知ってる人いる?】
一緒に魚尾山の頂上に登った恋人たちは、残りの人生を永遠に心を通わせることができるという。
去年、魚尾山がライトアップされた時、ルビーも遥斗に一緒に行ってほしいと頼んだ。
何度か頼んだが、遥斗はただ厳しい顔でこう言った。「ルビー、お前はそんな流行に流されるような人間じゃないと思っていたぞ」
当時、ルビーは言葉を失い、諦めるしかなかった。
同じことをしても、私がやれば主体性がないとされ、晶がやれば自由奔放で洒脱だとされるのか。
これが、愛されているかどうかの違いだ。
ただ、ルビーには男というものがどうしても理解できなかった。
愛してもいないのに欲望をむき出しにできるなんて。
昨夜のようなことが二度と起こらないように、ルビーは荷物をすべてまとめ、離婚届受理証明書を手に入れるまではここに戻らないと決めた。
ルビーはもともと寮生活が多かったので、ここの荷物は少なかった。衣類はスーツケース一つに収まった。
最後に、彼女はベッドサイドの引き出しを開け、分厚いポラロイドのアルバムを取り出した。中には彼女が撮った遥斗の写真がぎっしり詰まっていた。
ただ、どの写真も不意打ちで撮った横顔ばかり。なぜなら、遥斗は決して彼女の撮影に協力してくれなかったし、ましてやポーズを取るなんてことはなかったからだ。
晶が投稿したあの写真とは違う。遥斗は後ろ姿しか見せていないが、わざと協力的な角度で撮られているのが見て取れた。
家を出る時、ルビーはアルバムを階下に持って行き、ゴミ箱に捨てた。
大切にされない想いなんて、道端の石ころ以下だ。誰も拾ってくれやしない。
卒業が近づき、ルビーは猫の手も借りたいほど忙しくなった。二週間続けて、彼女は遥斗のことをほとんど思い出せなかった。
金曜日のグループ会議が終わり、ルビーは携帯に表示された遥斗からの不在着信を見て、少し戸惑った。
四年間、何かあればいつも彼女から遥斗に連絡し、時には彼の秘書に予約を入れなければならなかった。
「電話は最も非効率的なコミュニケーションだ。時間の無駄だ」
遥斗が以前、彼女を諭したその言葉を思い出し、彼女は着信通知を削除し、この電話を無視することにした。
ところが、遥斗は立て続けに何度も電話をかけてきて、LINEのメッセージも届いた。
【父さんが、一緒に顔を見に来いって】
一昨年、奥様が亡くなってから、月島教授はすっかり気落ちし、体は一夜にして衰弱してしまった。彼はすべての職を辞し、自ら療養型病院に入った。
以前は、ルビーは十日に一度は見舞いの準備をしていた。先月の出来事が起きてから、確かにずいぶん行っていなかった。
ルビーの心に、少し罪悪感が芽生えた。
彼女と遥斗は夫婦ではいられなくなるが、月島教授と奥様は、心から彼女を可愛がってくれた。
まだ帝都にいるうちに、確かにもう少し訪ねておくべきだ。
遥斗が車で迎えに来て、会うなり彼は尋ねた。「最近、どうして家に帰ってこないんだ?」
「学校が忙しくて」
「それならいい。晶が、お前が俺と親しくしすぎていることに怒っているんじゃないかと心配していた」
遥斗はハンドルを握る手で軽く叩きながら言った。「お前はそんなに心の狭い人間じゃないと晶に言ったんだが、信じてもらえなくてな。気まずいから来月には引っ越すと言ってたよ」
「その必要はないって伝えて。私は気にしてないから」
ルビーの声は気だるげで、まるで当直中にカルテについて尋ねる時のようだった。
隣の遥斗はわずかに眉をひそめた。
彼はもともとそういう答えを望んでいたはずなのに、なぜルビーがそんなに軽々しく口にすると、かえってどこか奇妙に感じるのだろう。
赤信号で止まった時、彼はルビーの表情をよく見ようとしたが、助手席の彼女はすでに眠ってしまっていた。
第4話
一ヶ月以上ぶりに会った月島教授は、一段と老けて見えた。彼は震える手で箱を開け、翡翠の腕輪を取り出してルビーの手に押し付けた。
「ルビー、これはお母さんの形見で、月島家の嫁に伝わる家宝なんだ。お母さんは急に逝ってしまったから、渡す機会がなくてな。今日、俺がお前につけてやる。いつか俺もぽっくり逝ってしまわないうちに......」
「先生、そんなことおっしゃらないでください」
かつて意気軒昂だった恩師が、風前の灯火となっているのを見て、ルビーも涙ぐんだ。
ただ、彼女には分かっていた。自分と遥斗はもうすぐ離婚する。この月島家の嫁の品を、彼女が受け取るわけにはいかない。
だが、月島教授はそれでも彼女の腕にはめようと譲らなかった。
そしてこう続けた。「前はお前がまだ学生だったから、遥斗との結婚式も盛大にはやらなかった。もうすぐ卒業するんだし、時間を見つけて結婚式をやり直すべきだ。これも、お母さんの最期の願いだったんだ」
ルビーも遥斗も答えなかった。
結婚式の話について、月島教授は一人で長々と語り、さらに二枚のチケットを取り出して遥斗に押し付けた。「これは篠崎さんからお前たち夫婦へのプレゼントだ。彼の息子さんが監督したオペラで、今夜が公演なんだ」
「篠崎さん?」遥斗は眉をひそめた。
月島教授はすぐに笑った。「ルビーは知ってるよ。療養型病院でできた友達だ。この前、ルビーがここに来る途中で、道端で心臓発作で倒れている篠崎さんに偶然出くわしたんだ」
月島教授は誇らしげにルビーを見た。「ルビーがすぐに救急処置をしてくれたおかげで、篠崎さんは一命を取り留めたんだ。だから彼はルビーのことをずっと覚えていて、お前たちの結婚式にはぜひお祝いに行きたいと言っていたよ」
「そんなことが?どうして俺に言わなかったんだ?」
遥斗はルビーを見た。彼はまったく知らなかったのだ。
ルビーは月島教授の前で遥斗を問い詰めなかった。
あの日、彼女が人助けをした後、立て続けにボイスメッセージを送ったが、彼は何も返信しなかったのだ。
今なら分かった。送ったメッセージ自体も聞かれなかったのだ。
療養型病院を出て、ルビーは直接タクシーで大学に戻ろうとしたが、遥斗は手の中のチケットをひらひらさせた。「わざわざお前のために取っておいてくれたんだ。見に行かないのは失礼だろう」
月島教授と篠崎さんの気持ちを考えると、ルビーはチケットを受け取り、行くことにした。
途中、遥斗は仕事用の携帯を取りに一度家に帰ると言い、近所のマンションに立ち寄った。
ルビーは思った。以前、彼が急に晶と山登りに行った時、仕事用の携帯は書斎で一晩中鳴り響いていたのに、彼は平気だったじゃないか。
私と一緒の時は、急に仕事が重要になるのね。
そう思いながら、ルビーは腕から翡翠の腕輪を外した。自分の所有物ではないものは、早く持ち主に返すのが一番だ。
腕輪を外した途端、彼女が顔を上げると、エレベーターから晶が降りてくるのが見えた。
「遥斗!どうりでさっき家に行ってもいなかったわけだ。どこ行ってたの?」
晶はルビーを完全に無視して、ウサギのように遥斗のそばに跳ねてきた。ルビーは自ら一歩後ずさった。
「俺に用?なんだ?」
「もちろん、大会に参加するためよ。見て!自転車も用意してきたんだから......」
ルビーはそこで初めて、エレベーターの中に三台の自転車と、金髪の女性がいることに気づいた。
ルビーはその女性が、晶の動画にも出ていたインフルエンサーの佳奈(かな)だと分かった。
佳奈も気さくに挨拶し、からかうように晶を冷やかした。「この人が写真の男性ゲストね。確かにイケメン!」
彼女の視線が後ろのルビーに落ち、訝しげに尋ねた。「こちらは?」
晶も遥斗も気まずそうな顔をしたので、ルビーは遥斗を指さし、自ら口を開いた。「私は彼の妹です」
第5話
遥斗と晶は何も言わず、それを黙認した。
「コホン......」遥斗は軽く咳払いをして話題を戻し、晶に尋ねた。「何の大会だ?」
晶は舌をぺろりと出した。「湖を一周するナイトサイクリングよ。勝手にエントリーしちゃったけど、怒らないでくれる?」
遥斗はまた沈黙し、ルビーに視線を送った。
ルビーは肩をすくめた。「行ってくれば。私はちょうど学校に戻って論文を整理するから」
隣の佳奈は二人の関係を察することなく、親しげにルビーを誘った。「妹さんも一緒に遊びに行こうよ」
「ルビーはサイクリングみたいな男の子っぽい活動は好きじゃないと思う」
ルビーが答える前に、晶が代わりに断った。
遥斗もそれに同調した。「ああ、ルビーは臆病で、運動は苦手なんだ」
ルビーは反論しなかった。
大学で三年も空手部の部長を務め、学部内で敵なしだったのに。彼女の教え子たちが遥斗の言葉を聞いたら、その場で彼の頭をかち割る勢いだろう、と心の中で思った。
これ以上時間を無駄にしたくなかったので、彼女は先ほど外した腕輪を取り出して遥斗に差し出した。「これ......」
遥斗にちゃんとしまっておくように言いたかったのだが、佳奈が腕輪を見るなり、目を輝かせてそれを受け取った。「うわっ!すごい透明度のガラス質の翡翠!」
佳奈は羨望の眼差しで晶を見た。「この前に良い腕輪が欲しいって言ってたじゃない。あなたの遥斗、もう見つけてくれたのね!私にもこんな素敵な幼馴染がいたらなあ......」
晶は少し恥ずかしそうにうつむいた。
佳奈はさらに囃し立てた。「晶、早くつけてみてよ。こんなに質の良い翡翠、見たことない!千万円以上するんじゃない......」
晶の期待に満ちた眼差しを受け、遥斗はためらいながらも腕輪を受け取り、晶の手に渡した。
ただ、彼はルビーの表情をずっと観察していた。
ルビーは晶が腕輪をはめるのを見て、大きく息をついた。この月島家の家宝は、彼女にとっては厄介物でしかなかった。
どうせ遅かれ早かれ晶の手に渡るものだ。今、手放せてむしろ清々した。
「じゃあ、楽しんできて。私はタクシーで帰るから」ルビーは振り返りもせずにエレベーターに乗り込んだ。
彼女の後ろで、いつも彼女に見つめられていた遥斗が、初めて彼女の背中を見送っていた。
遥斗はエレベーターのドアがゆっくりと閉まるのを見つめ、ルビーがあまりにもあっさりと去っていく姿に、心の中に言いようのない感情が湧き上がった。
ルビーは一人でオペラを観に行った。この悲劇的な『イェヌーファ』は、彼女を公演のほとんどで泣かせた。
タクシーで大学に戻る途中、彼女はまた晶の最新の投稿をチェックした。
あの腕輪が彼女の腕にはめられている。「翡翠の腕輪をつけて湖をサイクリング。最高でしょ!」
写真には、遥斗の影が彼女の影とぴったりと寄り添っていた。
ルビーは静かに晶のアカウントを開き、「フォロー解除」と「興味なし」をタップした。
晶がルビーの生活に割り込んできた当初、ルビーはまるでドブネズミのように晶のアカウントを隅々まで調べ尽くした。だが今は、もうどうでもよかった。
過去数年間、彼女はただ遥斗の観客だった。
笑いもしたし、泣きもした。今、芝居は終わり、彼女も悲劇から抜け出す時が来たのだ。
アフリカ支援プロジェクトの開始日が近づき、ルビーと親しい友人たちは次々と休暇を取って実家に帰り、最後の数日間を家族と過ごすと言った。
大学に残ったルビーは、チームの後方支援を一手に引き受け、物資の準備に奔走し、また数日間、休む暇もなかった。
出発まであと十日。薬局で薬を準備する必要があった。
棚に並んだ妊娠検査薬を見て、彼女は魔が差したように一本手に取った。
最近、毎日吐き気がして、生理も遅れていた。
嫌な予感は当たるものだ。妊娠検査薬の二本線が出た時、ルビーは思わず悪態をつきそうになった。
彼女は無理やり自分を落ち着かせた。検査薬がフライングすることもある。すぐに携帯で予約を取り、翌朝一番で産婦人科へ血液検査に行った。
一時間後、「妊娠二ヶ月」の報告書を握りしめ、病院のロビーに立っていた彼女は、頭の中が真っ白になった。
二ヶ月。計算すると、晶が帰国する前、遥斗とした最後の行為の時だろう。
なんてタイミングが悪いんだ!
あと数日で離婚届受理証明書を手に入れ、アフリカに出発できるはずだったのに。
ルビーは思わず遥斗の番号を呼び出した。
彼女がどれだけ強くても、まだ二十四歳になったばかりの学生だ。ためらいながら、発信ボタンを押した。
次の瞬間、彼女からそう遠くない場所で電話の着信音が鳴り響いた。
ルビーが音のする方を見ると、トレンチコートを着た遥斗が、唇の赤い晶と並んで立っていた。お似合いの二人だった。
遥斗は着信音を聞き、眉をひそめて携帯を取り上げた。
ルビーは慌てて通話が繋がる前に電話を切り、さっと物陰に身を隠した。
第6話
「......まだ胎児は不安定ですから、妊婦さんは激しい運動は控えてくださいね。夫婦の営みも、この二ヶ月は避けてください......」
遥斗と晶が、自分が今出てきたばかりの診察室に入っていくのを見て、ルビーは涙をこらえて急いでその場を去ろうとした。
だが、ドアの前を通り過ぎる時、医者が二人にかける言葉が耳に入ってしまった。
「はい、ありがとうございます、先生。彼女には注意させます」
遥斗の優しい声が返ってくる。見なくても、彼が晶を甲斐甲斐しく気遣う姿が目に浮かぶようだった。
ルビーは歩を速めたが、廊下の外で人にぶつかってしまった。診察室から出てきた遥斗が、やはり彼女に気づいてしまった。
「ルビー!?」
遥斗は眉をひそめて彼女を呼び止めた。「病院で何してるんだ?」
「私......胃が痛くて、検査してもらったの」ルビーは手の中の妊娠検査報告書を固く握りしめた。
「胃が痛い?」遥斗の後ろから晶が顔を出し、やけに親しげに言った。「遥斗から聞いたわ。ルビーちゃんは昔からよく食事を抜くから、そんな持病ができたのね」
ルビーはただ頷くだけで、何も答えなかった。
彼女の視線が晶の持つエコー写真に注がれているのに気づくと、遥斗は少し慌てた様子で、急いで口を開いた。「ルビー、誤解するな、俺は......」
「遥斗!」
晶が甘えるように遥斗の袖を引くと、遥斗はそれ以上何も言わず、ただ複雑な表情を浮かべた。
これ以上、お互いを気まずい状況に追い込みたくなくて、ルビーは適当な口実を作ってその場を去った。
彼女の後ろで、遥斗は彼女の手を掴もうと手を伸ばしたが、晶が懇願するような顔で彼を引き止めた。
「遥斗、しばらく秘密にしてくれるって約束したじゃない!」
遥斗は追いかけようとした足をぴたりと止めた。
ルビーは一人、病院を後にした。この世界に、彼女には身内が一人もいない。街角でしばらく立ち尽くした後、彼女はやはり療養型病院の門を叩いていた。
月島教授は彼女の顔を見て大喜びし、しきりに食べるものを探してくれた。
彼の頭は少しぼんやりしていたが、それでもルビーの卒業後の就職を心配し、世話を焼いてやると言った。
ルビーはそれを断り、結局、妊娠のことは言い出せなかった。
しかし、彼女は療養型病院で、この子を産むための口実を見つけた。
彼女には家族が必要だった。
同じ血が流れ、永遠に応援してくれる家族が必要だった。
ただ、この子を産むとなると、アフリカ支援に行くのは無理だろう。
ルビーは携帯の画面に表示されたリーダーの電話番号を見つめ、かけるべきか迷っていると、遥斗からのメッセージが飛び込んできた。
【ルビー、明日の夜、空いてるか?レストランの『雲町』に席を予約した。話があるんだ】
そのレストランは、記念日にルビーが予約した場所だった。置き去りにされた記憶が蘇り、ルビーはまるで別世界のことのように感じた。
彼女はメッセージ入力欄に打ち込んだ。【分かった。時間通りに行く】
ちょうどいい。彼女も遥斗に離婚の話を切り出すつもりだったからだ。
彼女はすでに弁護士に相談していた。
もし遥斗に隠してこの子を産みたいなら、離婚の事実を隠すわけにはいかない。
さもなければ、遥斗は後々それを理由に親権を争ってくる可能性がある。
「前からこのレストランに来たがってただろ?今日の埋め合わせだ」
レストランの向かいに車を停め、遥斗は少し申し訳なさそうにルビーに言った。その言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼は手を伸ばし、ルビーの手を自分の手のひらで包み込んだ。
ルビーの体がこわばる。この四年間で、遥斗が自ら彼女の手を握ってきたのは、これが初めてだった。
慣れない感触に、彼女は無意識に手を振りほどこうとした。ちょうどその時、遥斗の携帯がピロンと鳴り、遥斗は手を離して携帯を見た。
何かが届いたのか、遥斗の整った眉がすぐにしかめられた。なんと、道路の真ん中で立ち止まり、慌ててライブ配信アプリを開いた。
ルビーが覗き込むと、画面の中では、晶がリストカットをしようとライブ配信をしていた。
「危ない!」
一台の車が角を曲がって猛スピードで突っ込んでくる。携帯に気を取られていた遥斗は、呆然と立ち尽くしていた。
ルビーは力いっぱい彼を後ろに引き寄せたが、彼女自身は走り去る車にかすめられ、地面に倒れ込んだ。
「ルビー!」
遥斗はようやく我に返った。彼は地面に倒れたルビーを一瞥し、それから携帯のライブ画面を見た......
ほんの一瞬ためらった後、彼は袖を振り払った。「ルビー、晶の方が緊急事態なんだ。先にあっちに行く!」
ルビーは道端に倒れ込んだまま、行き交う車と人混みの中で、遥斗が焦って走り去っていくのを見つめていた。
彼女は懸命に起き上がろうとしたが、下半身に激痛が走る。見下ろすと、鮮血がすでに彼女のズボンを濡らしていた......
第7話
「患者は流産、大出血です。緊急輸血が必要です」
「血液バンクにA型の血液がありません!」
「このままでは危険です!」
ルビーは大量出血で意識が朦朧としていた。自分が誰かに運ばれ、救急隊員の声が断続的に耳に入ってくるのを感じるだけだった。
「俺の血を!俺はA型です」
澄んだ声がルビーの耳に飛び込んできた。
ルビーは最後の力を振り絞って目を開け、声の主をはっきりと見た。見覚えはあったが、すぐには名前を思い出せなかった。
思い出した......
ルビーが「ありがとう」と言おうとした瞬間、全身の力が抜け、気を失った。
次に目覚めたのは翌日だった。
ルビーは点滴をしばらく見つめてから、徐々に体温を取り戻した。体の中から何かがごっそり抜き取られたような感覚がはっきりとあった。
二人の看護師が入ってきて薬を交換した。彼女たちはルビーが目を覚ましていることに気づかず、楽しそうにゴシップを話していた。
「知ってる?上の階のVIP病室、月島社長が全部貸し切ってるんだって」
「聞いたわよ。女の子、旅行ブロガーで、すごく美人だけど、離婚歴があるらしいね」
「それが何よ。月島社長があの子に夢中なんだから。ちょっと情緒不安定になって自殺配信しただけで、手首にほんの小さな傷をつけただけで、月島社長が血相変えて駆けつけたっていうじゃない」
「じゃあ、ネットでバズってたあの動画、月島社長だったの?」
「そうだよ......彼がライブ配信の現場に駆けつけて、あの子を抱きしめたんだって。イケメンと美女で、まるで恋愛ドラマの撮影みたいだったって」
そう言うと、その看護師は声を潜めた。
「内部情報だけど、あの子、もうお腹に赤ちゃんがいるらしいよ」
もう一人の看護師が驚きの声を上げた。「どうりで今朝、月島社長が十数種類の朝食を買ってきて、彼女に選ばせてたわけだ......」
......
ルビーは自分の下腹部に手を当てた。そこにあったはずの心臓の鼓動はもうなかった。
赤ちゃんは、自分と同じように、実の父親に歓迎されていないと知って、去っていったのだろうか......
「あら、どうして泣いてるの?」
看護師がようやくルビーが目覚めたことに気づいた。彼女はルビーの目尻の涙を拭い、慰めた。
「悲しまないで。まだ若いんだから、今は体を休めることが一番よ。ご家族に連絡しましょうか?」
ルビーはゆっくりと首を振り、ただ尋ねた。「昨日、私に輸血してくれた人は?」
「ああ、彼ね。うちの病院の研修医よ。昨日あなたを助けるために、無理やり800ミリリットルも採血したの。ここ数日は家で寝てるんじゃないかしら」
もう一人の看護師も同調した。「人を助けるためにあんなに無茶する人、初めて見たわ。本当に命知らずの青二才ね!退院したら、絶対に感謝状を贈ってあげなさいよ」
ルビーが退院したのは、九日後のことだった。
この数日間、彼女は様々な人の口から、上の階のVIP病室にいる月島社長とその恋人の恋物語を耳にし続けていた。
遥斗に会うのを避けるため、ルビーは入院中、できるだけ病室から出なかった。
しかし、退院手続きだけは自分で行わなければならなかった。
「月島ルビーさん!」
「はい......」
名前を呼ばれ、ルビーはすぐに受付へ会計に向かった。
廊下で、晶と一緒にエレベーターを待っていた遥斗は、一瞬、足を止めた。
「今、ルビーの名前が聞こえたような気がしたんだが」
「まさか......」晶は彼の肩を叩いた。「ここは病院よ。ルビーは大学にいるんだから、入院なんてするわけないじゃない」
「それもそうだな」遥斗はエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターのドアが閉まった瞬間、会計を終えたルビーが薬の袋を提げて出てきた。
エレベーターがちょうど上がっていったのを見て、彼女は待つのをやめ、階段の方へ向かった。
弁護士が階下で彼女を待っていた。手には、発行されたばかりの離婚届受理証明書と新しい身分証明書があった。
ルビーはそれを受け取ると、弁護士に数百円の宅配料をLINEで送金した。
「残りの資料は、彼に郵送してください」
彼女と遥斗の子供はいなくなった。
今、五十嵐ルビーの名に戻って、遥斗とはもう何の繋がりもない。
ルビーはただ、解放されたような気持ちだった。
アフリカ支援のリーダーは、ルビーが国内で体調を整えてから来ることを許可してくれたが、ルビーはそれを聞き入れなかった。
「私は若いし、体は丈夫です。チームの足を引っ張るわけにはいきません」
だが、出発の日、同行する仲間たちは皆、彼女を気遣い、荷物をすべて持ってくれ、さらにはお金を払って優先搭乗手続きまでしてくれた。
「これは現地のSIMカードだ。飛行機が着いたら、この番号で連絡を取り合おう」
リーダーがルビーにSIMカードを渡しながら、両方のカードを残しておいてもいいと注意しようとしたが、ルビーはすでに元のSIMカードをゴミ箱に捨てていた。
「君って子は、国内の家族や友達とは連絡取らないのかい?」
ルビーは首を横に振り、振り返って窓の外の帝都の街並みを見つめた。
月島遥斗、もう二度と会うことはない。