かつてあなたを愛しただけ

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婚約式の三日前、久我真一(くが しんいち)から電話がかかってきた。 「婚約式、ひと月延ばしてくれないか。その日は詩音が帰国して初めての...

Chương (1)

第1章

婚約式の三日前、久我真一(くが しんいち)から電話がかかってきた。 「婚約式、ひと月延ばしてくれないか。その日は詩音が帰国して初めての演奏会なんだ。行かないわけにはいかない」 「延期になるだけなら、大したことじゃないわ」 これで一年の間に三度目の延期だ。 最初は氷川詩音(ひかわ しおん)が海外で虫垂炎になり、入院したからだと言って、彼は看病のために慌ただしく飛んで行った。 二度目は詩音が「気分が落ち込んでいる」と言ったから、彼はうつ病になるんじゃないかと心配して、すぐに飛行機のチケットを取った。 そして今回が三度目。 私は「分かった」とだけ答え、電話を切ると、隣に座る端正で気品ある男性に向き直って尋ねる。 「結婚に興味はない?」 その後、詩音の演奏会の最中、真一は彼女をためらいもなく置き去りにし、赤い目をして私の婚約式に駆け込んでくる。 「神崎優奈(かんざき ゆうな)……お前、本当にこの男と結婚するつもりか?」 第1話 婚約式の三日前、久我真一(くが しんいち)から電話がかかってきた。 「婚約式、ひと月延ばしてくれないか。その日は詩音が帰国して初めての演奏会なんだ。行かないわけにはいかない」 「延期になるだけなら、大したことじゃないわ」 これで一年の間に三度目の延期だ。 最初は氷川詩音(ひかわ しおん)が海外で虫垂炎になり、入院したからだと言って、彼は看病のために慌ただしく飛んで行った。 二度目は詩音が「気分が落ち込んでいる」と言ったから、彼はうつ病になるんじゃないかと心配して、すぐに飛行機のチケットを取った。 そして今回が三度目。 私は「分かった」とだけ答え、電話を切ると、隣に座る端正で気品ある男性に向き直って尋ねる。 「結婚に興味はない?」 「本気なのか?」隣にいた男性が顔を上げる。「だって君たち、何年も付き合ってきたんだろう?」 私は眉を軽く上げる。 「三度の婚約のチャンスを全部逃すなんて、多分それほど私を愛してないのよ。彼が私を好きじゃないなら、私だってしがみつく必要はない。それなら彼を自由にして、私も解放されるわ」 九条貴臣(くじょう たかおみ)は迷いなく立ち上がり、私に手を差し伸べる。 「じゃあ決まりだな。婚約の段取りは全部俺がやる。君は何も心配しなくていい。約束する、この京市で俺たちの婚約式より豪華なものは存在しない」 目の前の彼を見上げる。オーダーメイドのスーツが端正な立ち姿を際立たせ、整った顔立ちは社交界の女性たちの憧れそのもの。 何より、貴臣が私を見つめる瞳には、真一が一度も見せたことのない誠実さと確固たる意志がある。 「ええ」 微笑みながら、その手に自分の手を重ねる。 別荘に戻り、私物をまとめていると、突然真一が戻ってくる。 私を見るなり眉をひそめる。 「また何するつもりだ?家出か?婚約式が一か月延びただけだろ。いい歳して、いつまで子供みたいに騒ぐんだ」 私は淡々と答える。 「ただの出張よ」 彼は眉を緩める。 「なんで先に言わないんだ?」 「会社で急な用事ができたの。それに、あなたも忙しいでしょう?邪魔したくなかったの」 彼はうなずき、当然のように続ける。 「ああ、それと詩音が数日後、うちに泊まるかもしれない。まだ帰国したばかりで、住むところが見つかってないから」 「分かったわ」 私は無表情のままスーツケースを引き、玄関へ向かう。 「構わないわ。執事に任せる。彼女の好きにさせて」 一瞬彼は固まったが、すぐに私の腕を掴む。 「……いつ帰ってくる?」 「未定よ。決まったら連絡するわ」 彼は安心したように手を放し、そのまま詩音にメッセージを送り始めた。私がどこへ出張するのか、聞こうともしなかった。 私は自宅に戻った翌日、芸能ニュースで真一が空港で詩音を迎える写真を見た。 雨の中、真一は詩音のために傘を差し出し、自分がずぶ濡れになるのも構わない様子だった。 見出しには太字で【久我真一、千里を駆ける愛、ついに実を結ぶ】 コメント欄も賞賛一色。 【なんて素敵な恋愛!】 【やばい、ロマンチックすぎる!】 【誰が見てもお似合い】 まれに【婚約者がいたのでは?】【婚約者の立場は?】といった疑問もあったが、すぐにコメントの波にかき消された。 私は鼻で笑い、画面を閉じると、貴臣からの電話に出る。 「婚約用のドレスとアクセサリー、もう出来上がった。今日試着に来られるか?」 「そんなに早く?」と、私は思わず驚く。 現地に着くと、そこにはなんとデザインチーム全員が集まっている。 「まあ、この方が花嫁様ですね」金髪のデザイナーが私を見て笑う。 「道理で九条様がそんなに急ぐわけだ。こんな美しい婚約者がいるんですから」 照れる間もなく、数着のドレスを次々と試着させられる。 「全部、九条様からいただいたサイズで仕立てました。どうぞご試着ください」 裾を持ち上げて一回りすると、どれも驚くほどぴったりだ。 耳がほんのり熱くなり、そっと彼に尋ねる。 「……どうして知ってたの?」 彼は無邪気な笑みを浮かべる。 「たいしたことじゃない。ただ、君のお母様に伺っただけさ」 第2話 数日後、真一から電話がかかってくる。 「まだ出張中か?早く戻れ。詩音が久しぶりに帰国したから、みんなで集まりたいらしい。お前にも会いたいと言っている」 私は眉をひそめる。 「まだ用事が終わっていない。あなたたちだけでどうぞ」 すると、彼の声が一気に不機嫌になる。 「お前、仕事なんて後に回せないのか?詩音がわざわざ呼んでるのに、空気読めないのか?とにかく来い、東区の土地が欲しければな」 私は一瞬躊躇した。あの土地の設計は私が一から手がけ、工事も半分まで進んでいる。ここで真一に裏切られたら、私の努力は全て水の泡だ。 行くだけ行こう。どうせこの関係はもうすぐ終わる。最後の顔見せだ。 彼から送られてきたホテルの住所に向かうと、個室にはすでに多くの友人たちが集まっていた。 真一と詩音は、部屋の中央に並んで座り、しかもお揃いの色の服。まるで本物の恋人同士のようだ。 私を見るなり詩音が立ち上がる。 「優奈、来てくれたんですね。ずっと待ってたんですよ。あっ、もしかして私、優奈の席に座っちゃってます?ごめんなさい、すぐに譲りますね」 だが、真一は冷たい顔で彼女の肩を押さえる。 「譲る必要ない。遅れて来た奴は後ろに座れ」 詩音は困ったふりをして、自然に彼の胸に身を寄せて言う。 「真一がそうおっしゃるなら、ごめんなさいね、優奈」 私は全く気にせず、近くの椅子を引いて座る。 「気にしないで」 もう、この二人が何をしようと、私には関係ない。 途中で洗面所に行き、戻ろうとしたとき、個室の中から彼の友人たちの声が聞こえてくる。 「やっぱり詩音と真一が一番お似合いだよな。幼なじみで、昔から気心知れてるし」 「そうそう。あの優奈なんか比べ物にならない!」 「詩音が帰国したんだし、元サヤに戻れば?」 「やめろよ、詩音はこれからピアニストになるんだぞ」 そう言いながらも、真一は否定せず、むしろ優しい眼差しで詩音を見つめている。 どうして、私はこんなクズ男を愛していたのでしょう。 私が扉を開けたとき、彼の友人たちはさらに盛り上がる。 「聞いたか?真一が詩音の新しいコンサートのために、四十億円のピアノを買ったって!」 「すげえな、そこまでするなんて、本気だな!」 真一が私を見下しているのは昔からだが、彼の友人たちもそれにならい、私の存在など最初から眼中にない。 「大袈裟だ」真一は気だるげに笑いながら言う。 「詩音にはその実力がある。彼女なら相応しいだろ」 私は唇を噛んだ。どうやら彼が本当に元サヤに戻っていると自覚しているらしい。 真一はさらに続ける。 「それに、神崎家のあの土地にも俺は金を入れてるんだ。優奈、心配するな、戻ったら契約にサインするから」 するとすぐ、別の男が口を挟む。 「ああ、それ知ってる。でも投資額は十億円だってな?」 「ハッ、詩音のピアノの4分の1かよ!」 周囲からクスクスと笑い声が漏れ、私の値打ちを嘲笑うように。 私もつい笑ってしまう。 以前の私は、どうしてこんな男に時間を浪費していたのでしょう。 すると、ある女性が詩音の髪飾りを見て叫ぶ。 「まあ、詩音、そのティアラ、すごく綺麗じゃない?」 詩音は頬を赤らめ、真一を見つめる。 「これは真一がくれたんです。演奏会が成功しますようにって」 私はすぐに気づいた。これは本来、婚約式で私が付けるはずのものだ。 第3話 「さすが真一、豪快だね」 私は薄笑いを浮かべる。 「あのティアラ、久我家が10年前に競り落としたブルーサファイアの原石で作られたものでしょう。本来は久我家の嫁に着けさせるためのものだったんだ。真一は本当に詩音のことが好きなんだな」 個室は水を打ったように静まり返った。どんなに言い繕っても、表向き私はまだ真一の婚約者だ。 詩音が最初に反応し、すぐに目を赤くして手を伸ばして取ろうとしている。 「ごめんなさい、優奈……こんな高価なもの、私には勿体ないです。すぐお返しします」 彼女は髪を何本か引きちぎりながらティアラを引き抜き、目元に涙を浮かべている。 真一は苛立って彼女の手を押さえつける。 「送ったものを返すなんて話はないだろ?俺があげたんだから、そのまま持ってろ!誰が文句を言えるっていうんだ!」 私を見るや、彼は嫌悪の表情を浮かべる。 「優奈、そんな細かいことでいちいち揚げ足を取るな。まだ結婚もしてないのに、何様のつもりだ?俺を舐めてるのか?」 私は冷笑いながら立ち上がる。 「ただ事実を述べただけよ。別にこの髪飾りが私のものでなきゃいけないなんて言ってないでしょ。そんなに焦ること?」 詩音は困ったように私を見ている。 「優奈、本当にこの髪飾りが気に入ったんです。少しだけ借りてもいいですか?演奏会が終わったらちゃんとお返ししますから」 真一の友人も口を挟む。 「神崎さん、もう少し大人らしければどうだろう?神崎家の令嬢なのに、詩音も借りるだけって言ってるさ、そんなケチな真似しなくてもいいだろう。せっかくの食事が台無しだ」 私は無表情で椅子を引く。 「では失礼します。ゆっくりどうぞ」 私の態度が真一の怒りを買ったらしい、彼はテーブルを叩いて立ち上がる。 「優奈!その態度は何だ!久我家の嫁になる身で基本的な礼儀も学べないのか?今すぐ詩音に謝れ!」 私は嗤いそうになる。 「婚約すらしてないのに、何を謝る必要があるの?久我夫人気取りしたいなら、お好きにどうぞ」 真一の顔色が変わり、詰め寄ってくる。 「どういうつもりだ?こんな些細なことで婚約破棄するつもりか?契約精神というものはあるのか!」 私は彼の手を振り払い、貴臣からのボイスメッセージを再生する。 「婚約式のブーケはユリにする?それともバラ?」 「じゃ、ユリにするわ。ウェディングドレスのデザインに合うから」と私は即答する。 「何のウェディングドレスだ?」真一は食い下がってくる。 「優奈、勝手にウェディングドレスまで予約したのか?ここまで押し掛けてくるなんて少しは恥ってものはないか?」 私は逆に笑いが出てくる。 「勘違いもいい加減にしてください、結婚するのは私よ。あんたじゃない!」 「お前の結婚式は俺のものだろ?市内の誰もが知ってる、優奈は夢でも俺と結婚したいって思ってるんだ」 私の表情は完全に冷え切る。 「真一、他人の意志を尊敬するってことを教わったことはないの?」 そのとき、個室の扉がバンと開き、低い男性の声が響く。 「久我さん。俺の婚約者から手を離してくれないかな?」