愛と別れのその先へ

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愛と別れのその先へ

GoodNovel Hoàn thành

彼氏が性に興味ないって言うから、5年間、手をつなぐことと抱きしめることにとどまった。 キスも、親密な行為も、何もなかった。 同じ布団の中...

Chương (1)

第1章

彼氏が性に興味ないって言うから、5年間、手をつなぐことと抱きしめることにとどまった。 キスも、親密な行為も、何もなかった。 同じ布団の中でも、彼は寄り添ってこない。 最初は、彼の性格がそうなのだと思った。 でも、ある日、彼は恩師の娘と子どもを作ると言い出した。 「ただ、精子を貸すだけだ。これは先生の遺言だから、断れないんだ。優香には、俺しか友達いないから」って。 私は、何も言わなかった。ただ、微笑んで、頷いた。 「うん。応援するよ」 もう、愛してない人のことで、正しいか間違ってるかなんて、争う必要ないものだ。 第1話 小川龍也(こがわ たつや)と付き合って、もう五年になる。 付き合う前、彼はこう言った。 「異性との、体の接触は苦手なんだ」 「もし嫌なら、別れてもいいよ」 優秀な人には、多少変な癖があるものだと思った。だから、私は特に気にしなかった。むしろ、彼のことも受け入れた。 五年来、私たちは穏やかに過ごした。 でも…… ある夜更け、突然、電話が鳴った。 龍也の恩師が、危篤だって。 電話を受けた彼は、何も言わずに服を着て、病院へ走って、翌朝、疲れ切った顔で帰ってきた。 朝食の席。 ふいに、彼が言った。 「優香と、子どもを作るつもりだ」 一瞬、聞き間違いかと思った。 「え?何て言ったの?」 彼は相変わらず穏やかな顔してる。 「先生の容態が、もう長くない。一番望んでいるのは、娘の優香が、信頼できる誰かのもとに嫁ぐことだ」 「先生は、ずっと俺を助けてくれた。その恩に、報いなければ……」 私は言葉を失った。「でも、他の人に頼めば?優香ちゃんだって、普通に彼氏とか……」 龍也が眉を寄せた。「感情のこと、そんなに軽く考えていいのか? それに、ただ子どもを作るだけ。 精子を貸すだけ。結婚するわけじゃない」 なにそれ、平然としての? 「龍也。今、何て言ったの? あと一ヶ月で、結婚するんでしょ?それなのに、他の女と子供を作るって、どういうこと?」 龍也の眉が、わずかに寄せられ、その目にも、初めて苛立ちが浮かんだ。 「優香は、恩師の娘だ。妹のようなものだ。どうして、他人扱いするんだ?」 「妹が、自分の兄に『妊娠してほしい』なんて言うの?!」 わからない。 本当に、わからない。 そんな私の反応は予想外だったのか、龍也が一瞬だけ固まった。 でも、すぐにいつもの無表情に戻る。「幸(さち)、そんなに無茶苦茶言わないでくれ。俺は……」 話を遮られたその時、スマホが鳴った。 彼は画面を見るなり、表情を変えた。 「わかった、すぐ行く」 龍也は私の方を、一瞥もしない。立ち上がり、足早に部屋を出ていった。 テーブルの上には、朝から丁寧に作った朝食。彼が口にしたのは、ほんの一口だけだった。 ドアが閉まる音がした瞬間、私は全身の力が抜けたように、椅子にぐったりと座り込んだ。 いつから、こんな風になってしまったのだろう? 私は過去を思い返した。 大学時代、龍也は有名だった。「氷の男神」、「高嶺の花」と呼ばれ、誰も近づけない存在だった。 彼に近づこうとする者は、誰一人として例外なく、容赦なく、遠ざけられていた。 龍也が女嫌いだなんて噂さえ、ちらほら流れていた。 でも、私は信じなかった。 三年間、執拗にアプローチし続けた。 告白も、何度も何度も。 嫌がられても、逃げられても、諦めなかった。 そしてついに、彼は心を開いて、私のことを、受け入れてくれた。 付き合い始めてからも、彼は相変わらず、感情を表に出さない。 でも、それでもよかった。だって、彼は私の恋人だったのだから。 だけど…… どうして、婚約目前で、こんな決断をするのだろう? 「異性との接触は嫌だ」と、あんなに強く言っていたのに、よくも「ただ精子を貸すだけ」って平然と言えるなんて。 私はソファに座り、夜更けまでずっと待ち続けた。 でも、やって来たのは龍也ではなく、小林優香(こばやし ゆうか)からの動画メッセージだった。 動画の中では、龍也がベッドの前に立ち、彼の先生が彼の手を握り、力なく声をかけている。 「龍也君、私の状態は分かってる。この一生、期待することも何もない。ただ、娘が良い人を見つけて、穏やかに暮らせることだけが願いだ」 龍也は目元を赤らめ、俯いたまま、何も言わなかった。 その後、優香の声が口から零れ落ちた。「龍也君、お父さんの遺言だから、今夜、私は部屋で待ってる」 手が、緊張で強張っていた。 動画の最後、龍也の声が、かすかに聞こえた。 「わかった」 第2話 動画が終わった。 それでも、私はじっと画面を見つめたまま、動けなかった。 気づいたら、もう一度、最後の部分だけを再生していた。 何度も何度も、龍也の言葉を確かめるように。 ……あの「わかった」を。 私は溺れている人みたいに、必死に、何かにすがろうとしていた。自分を騙すための一本の藁に縋り。 十三回目にその言葉を聞いた時、ぽたりと涙が画面に落ちた。 慌てて顔を拭って、いつの間にか、涙で頬が濡れていた。 かなしい? ううん、そうでもない。 つらい? 少しだけ。 では、なぜ涙が溢れるのだろう? バスルームに行って、水を両手で掬って、顔に当てる。顔を上げた瞬間、鏡の中の自分を見て、思わず息を呑んだ。 これは私? 髪はボサボサで、肌はどこか黄色っぽく、目の周りは真っ赤に腫れている。 今朝の私は、こんなじゃなかった。 本当に、誰かを好きになりすぎると、自分が変わってしまうんだね。​ 龍也のことを、好きで好きでたまらなかった。 五年も一緒にいて、ついに結婚するんだって、私は信じていた。 これで、全部うまくいくんだって。 でも、その「うまくいく未来」は、最初からもう臭く、腐っていた。 【結婚したいんだけど、新郎がいないんだよ。誰か応募してくれる人~?】と投稿する…… 友達から、あっという間に返信が届き始めた。 みんな、私が龍也のことをどれだけ好きか知っている。だから、この投稿を真に受けるやつはいない。 コメントには、いっぱい「マジ?」や「本人?」、「冗談でしょ?」って言葉が並んでいた。 私はそれを見て、自嘲するように笑った。 でも、その時。スマホが震えた。 南秀康(みなみ ひでやす)だ。 その名前を見た瞬間、瞳が、わずかに縮んだ。 秀康は私の幼馴染。でも、別に仲が良いわけじゃない。 むしろ、小さい頃から喧嘩ばかりしていた。 小学生の頃から高校まで、彼はいつも私の肩を抱えるようにして、「お前は俺が守る」とか言って、周りには、「俺の兄弟だ」と吹聴していた。 大学に入ってからは、別々の町に行き、ほとんど連絡を取らなくなった。 正直言うと、私は龍也と付き合うために、自然と疎遠になったんだ。 なんで、今さら電話してきたんだろう。 迷ったけど、出た。 「よお、ブラザー。どうしてこんなに返事遅いんだよ、あにきからの電話に……」 相変わらずの、いつもの軽口。 その声を聞いた途端、胸の中にあった暗い雲が、少しだけ晴れた気がした。 「どうしたの?急に電話して」 彼は珍しく少し沈黙してから、口を開いた。その声は、少し深くなっていた。 「その、投稿、マジで言ってんの?」 私は彼の変化に気づかず、ふわっと返した。 「へぇ、来るの?」 「来るよ! ダメ?」 今度は、私が黙る番だった。 考えてみたら、もし本当に結婚相手を変えるなら、秀康はちょうどいい相手かもしれない。 家柄もいいし、私たちの関係も長い。 「もちろん、いいよ。でも、理由を聞かせて」 「理由?当たり前だろ、お前のことが好きだから」 秀康の声が、いつもの大らかな調子に戻ってた。 「お前のことずっと好きだったんだぜ。夢の中でもお前を娶って家に連れて帰りたかった。だから、チャンスを逃すわけにはいかねぇだろ?」 「これ、結婚なんだよ!遊びじゃない」 「わかってるよ」 彼はにやりと笑った。 「へへっ、だからだよ。お前を嫁にもらうだけじゃなくて、小川龍也よりもっとお前を愛させてもらうぞ」​ もっと彼を愛するのか? それ、私にできるのかな。 でも、どうでもいいや。 「いいよ」 私はそう答えた。 「手元のことを済ませたら、また連絡するわ」 秀康は、それ以上何も聞かなかった。 いつもそうだ。 彼は賢い。聞くべきことと、聞かないほうがいいことを、ちゃんとわかっている。 電話を切ったあと、あの投稿を削除した。 それから、秀康の名前を友達リストのトップに置き、ニックネームも変更した——「夫」。 龍也が、他の女と子供を作るなら、私は、別の男を「夫」にするだけ。 第3話 龍也は、まだ帰ってこない。 私は連絡もしない。 ただ、優香から送られてくるの挑発めいた動画から、二人の様子を知るだけ。 動画の中では、二人が楽しげに笑い合い、何気ない仕草の中にも親密さがにじむ。でも、私の心には、何の波風も立たない。 まるで、他人事のように、淡々と…… 結婚式の準備を進めていた。 ただ一つ、変わったことがある。私が送り出した結婚式の招待状に記された「新郎」の名前。 もう、小川龍也じゃない。そこには、南秀康の名前と変えた。 「ねぇ、幸。新郎のところ、間違ってないよね……?」友人の声が、少し不安げに聞こえた。 「間違ってないよ」私は静かに、けれどはっきりと答えた。 「新郎、変更になったの。秀康は私の幼馴染だよ」 電話の向こうが、さらに驚いたのが伝わってきた。 「えっ?ちょっと待って!小川さんと喧嘩でもしたの?」彼女たちは、慎重に、恐る恐る聞いてる。 その声には、信じられないという気持ちと、どこか戸惑いが混ざっていた。 無理もない。私が龍也を好きだったことは、周囲の誰もが知っている。私は、彼のためならどんなに情けないことでもやってのけた。 でも愛されている方として、龍也は何も知らない。 いや、彼はずっと知っていたのかもしれない。ただ、気にしていなかっただけだ。 彼はいつだって、あの冷たく、自分自身だけを見つめる高嶺の花だ。 私が必死に努力して頂上まで登り詰め、そして惨めにも粉々に転げ落ちるのを、冷ややかな目で見ているだけ。 私は深く説明しようとせず、ただ笑って何も言わなかった。 友人たちは安堵の息をつきながら、それを単なる冗談と受け取り、からかいの言葉を投げかけてきた。 彼女たちにとって、これはカップルが軽口を叩き合い、お互いの絆を楽しむような、ごく普通の戯れに過ぎなかったのだ。 誰も、私が三年もかけて、必死にアプローチし、ようやく掴んだその人を簡単に手放せるとは思わない。 だからこそ、彼女たちは理解できない。どうして、私があっさりと「新郎を変えた」なんて言えるのか。 でも、彼女たちを責めることもできない。 だって、私自身も、その言葉を口にした時、ほんの一瞬に自分が誰なのかわからなくなった。 まさか、私が三年もかけて追い求めた男を、こんなに簡単に手放せる日が来るなんて。 でも、いいわ。 そうなったからこそ、龍也にも、このことは知られたくない。 この「冗談のような真実」が、彼の耳に入ることがない限り、私はもっと自由に、もっと冷静に、準備を進められる。 それから、約一週間後。龍也が、ようやく帰ってきた。 顔色は悪く、目の下には薄い隈ができていて、明らかに睡眠不足だった。 私は、彼の首筋にあるくちづけの痕を一瞬見つけ、すぐに視線を逸らした。 「お疲れさま」感情を込めずにそう言った。 彼は何も言わず、靴を脱ぎ、そのまま私の隣に腰を下ろし、複雑な眼差しを向けていた。 「何かあるの?」 私が聞くと、彼は少しの間を置いて、こう言った。 「うん。結婚式、延期したい…… 先生が亡くなった。喪に服すのため、当分結婚はできない」 その言葉と共に、彼の目に、珍しく、申し訳なさそうな色が浮かんだ。 「幸、ごめんね」 私は、彼を見つめ返した。 なぜ、謝るの? もしかして、この結婚が私の何年もの願いだったことを、彼も知っているから? それとも、他の女と子供を作りながら、夫として、私に謝る義務があると思ったから? わからない。でも、どうでもいい。 「うん、わかったわ。ご愁傷さま……」 龍也は、私の反応を見て、眉をひそめた。その目には、探究心とも、困惑とも取れる色が浮かんでいた。 どうして、こんなに平然としているのか、彼には理解できないようだった。 確かに、あの時、彼が優香のために子供を作ると言った時、私は怒り狂っていた。でも、今は静かだ。 彼はそれ以上、何も言わなかった。 ただ、すぐに次の言葉を口にした。「今日は、先生の葬式だ。一緒に行こう」 その口調には、命令が含まれていた。 相談ではない。選択肢もない。 でも、私は拒否しなかった。 あの恩師が、他人の婚約者に自分の娘のために子供を作れと命じたような人間だとしても、今となっては、彼に対して怒りを抱く気持ちは、ほとんどない。 むしろ、感謝さえしている。彼のおかげで、私は龍也の本当の姿を見ることができた。 これ以上、彼に縛られる必要は、もうない。 第4話 簡単に身支度を整えると、龍也と一緒に出発した。 葬儀の場には、すでに多くの人が集まっていた。 車から降りるとすぐに、一人の人影が待ちきれない様子で駆け寄ってきた。 「龍也君!」 優香だった。 喪服姿で、胸元には白い花。涙で頬を濡らし、泣き腫らした目で彼を見上げている。 龍也はすぐに彼女を抱きしめた。「優香、ご愁傷さま」 優香は彼の胸に顔を埋め、嗚咽混じりに呟いた。「龍也君がいてくれて、よかった……」 二人は周囲の視線などお構いなしに、寄り添い、語らい、慰め合う。 もしも知らない人が見たら、きっと「あの二人こそ、本当のカップルだろう」って思うに違いない。 本来なら、孝女として父の霊前に座るべき優香が、他人の夫の龍也と、こうして甘い空気を漂わせているなんて。 もしこれが、昔の私なら。きっと、カッとなって言い返し、冷笑しただろう。 でも、今の私は何も言わずに二人を無視して、そのまま霊堂へと向かった。 ここに来たのは、ご霊前を弔いため。彼らの愛のショーを観賞しに来たんじゃない。 龍也はそれに気づいたのか、少し表情を強張らせ、何か言いたげに口を開きかけた。 その時だった。 「龍也君、少しだけここにいてくれない?」優香の声が、彼の注意を再び彼女へ引き寄せた。 「いいよ」龍也は柔らかく微笑み、頷いた。 数日一緒にいただけで、二人の距離はもうすでにカップルのそれだ。 二人が隅の方へ行くのを見送り、私は何も言わず、他の参列者たちと一緒に弔いをした。 「幸よ、来てくれてありがとうね」そこには、優香の母親がいて、静かに頭を下げた。 悲しみに暮れた目の奥に、かすかな申し訳なさが浮かんでいるのが見えた。 「優香と龍也君のこと、最初は私も反対だったの。でも龍也君ったら、先生の最後の願いを叶えたいって、どうしてもって言うものだから…… 本当に、あなたには申し訳ないことをしたわ」 彼女はそう言って、溜息をついた。 でも、その言葉が、私の耳には少し変な風に響いた。 龍也と優香が関係を持ったことを、「情に厚い」とか「恩返し」とか言って、まるでそれが立派なことで、私が文句を言う方がおかしいみたいに聞こえたのだ。 もし私が「嫌だ」と言ったら、私がわがままで、理不尽な女なのか? 私は何も言わなかった。ただ、黙って聞いていた。 すると、彼女はさらに言葉を続けた。 「龍也君ったら、普段は無口で冷たい子なのよ。 うちにいる時だけが少し活発なんだよ。彼は恩返しのつもりで、そう決めたんだ。だから、彼を恨んだりしないでね」 聞いているこっちが、思わず笑いたくなる。 もしあなたの夫が、別の女のために子どもを作るって言ったら?あなたは、「恩返しだから」って許せる? そんなの、絶対に無理だと思う。 でも、もう私は新郎を変えることに決めたんだ。だから、もうこんな話に付き合ってられない。 「ええ、大丈夫ですよ、奥様。私はわかってますから」 私がそう言うと、彼女は少し驚いたように目を見開いた。 「それはありがたいわ。本当に、龍也君のことを信じてあげてね。 きっと、彼の心の中には、あなたが一番いるはずよ」 彼は私のことを愛してる? 私は思わず首を振った。 もしこれが以前だったら、こんな言葉を聞いて、きっと心の中で嬉しく思っただろう。 でも今は、ただおかしく思うだけだ。 もし私のことを愛してるなら、どうしてあんな馬鹿げた要求に同意したの? 別の女と子供を作る時、私のことを考えてくれたの? どうして、何年も付き合ってきたのに、私を妻にすることさえできなかったの? 私は、ただ彼の後を追いかける犬みたいなものだった。彼が機嫌が良ければ、ちょっとだけ寄り添わせてくれる。 それだけ。 優香の母親は私の耳元でしつこく話し続け、龍也はとても賢い子だとか、優香は孝行な娘だとか言っていた。 それに、二人の過去の楽しかった思い出話もしていた。 彼女は完全に私こそ、龍也の婚約者のことを、忘れているかのようだった。 彼女の娘の介入が、私たちの関係を壊してしまった。 彼女は謝罪すべきなのに。 そして、葬儀が終わる頃には、龍也は相変わらず優香の傍らにいた。 もう、小林家の婿みたいな顔をしている。 客が次々と帰っていく中、私も帰る支度をした。 車のところまで来た時、助手席の窓がふと下り、優香が座っていた。 「あの、幸さん、ごめんね。まだお墓の方に確認したいことがあって……」 彼女は、申し訳なさそうに微笑んだ。 私は思わず眉を上げた。 彼女が父の墓所を選びに行くのは、当然のこと。でも、なんで私に謝るの?その疑問は、すぐに解けた。 優香の母親が自然に後部座席に乗り込み、彼らはまるで仲睦まじい家族三人のようで、私はその外れにいる人のようだった。 後ろから私も乗ろうとした時だった。ガチャリと音がして、ドアがロックされた。 え? 私は眉をひそめた。「どういうこと?」 優香は大きな溜息をついて、私の方を見ることなく、龍也の手を取った。 「龍也君、この大切な時、私たち三人だけでいたいの。だめ、かな?」 その言葉に、龍也が何か言いかけるより早く、優香の母親が口を挟んだ。 「何を言ってるの?龍也君は幸の婚約者なのよ!」 「だって!」優香は、突然声を張り上げ、涙声になった。 「龍也君は、大学からずっとうちの家族みたいなものだったの!お父さんが亡くなった今、私は……外の人を、お父さんのお墓のことを決める場面に入れたくないよ!それが、どこが悪いの?」 第5話 優香の母親の顔色がさっと曇った。 確かに自分の娘の味方ではあったが、こんなことはやはりあまり立派なものではなかった。 彼女が何か言うのを待たずに、龍也はすでに決断を下していた。 「お前、タクシーで帰れ」 そっけない一言。 優香は、そっと私のほうを見た。その目には、はっきりとした嘲りの色が浮かんでいた。ほんの一瞬、唇が皮肉っぽく持ち上がった。 それから彼女は、ゆっくりと車の窓を閉めた。 白い息を吐いて走り去った車を見て、私は、驚きもしなかった。 そういう龍也だ。 優香の気持ちを優先するために、私をどこまでも後回しにできる。 そして、それを当然だと思っている。 空は皮肉屋のように、ぽつりぽつりと雪を降らせはじめた。小さな粒が、次第に地面に白いベールを広げていった。 私はその雪を、ひらりと手で掴んだ。 かじかむほど冷たい。 けれど……その冷たさは、胸の奥の何分之一も冷たくない。 家に帰ると、龍也が荷造りをしていた。 私が玄関から入っても、彼は振り向きもせずに言った。 「優香は最近気分がすぐれないんだ。 しばらく、俺がそっちに付き添う。お前はこの間、バスで会社に行け」 私は何も言わず、気にも留めなかった。 優香の気分を取り戻すために龍也は、私を放ったままで、彼女のもとに行くと決めたのだ。 私は何も聞かなかった。 彼も、何も説明しなかった。ただ荷物をまとめて、家を出ていった。 それから、一週間、龍也は帰ってこなかった。 メッセージも、一つもない。 でも、私は知っていた。彼が今、何をしているのかを。 優香が、私に教えてくれたから。 動画も、写真も、連発で送られてくる。 それを見ているうちに、私が龍也には、こんな一面があったんだと。 彼は愛し方を知ってる人なんだ。ただ、人によるだけ。 彼は優香のために、料理を作る。 エビの殻を丁寧にむいてあげたり、プレゼントを選んだり。遊園地にも、観光地にも、彼女を連れていく。 全部、私が昔、彼に「一緒に行きたい」と頼んだことばかり。でも龍也は「つまんないだろ」って、ずっと断っていた。 特に気にしていなかったが、送ってきた動画や写真は、無言で保存していっただけ。 そして、自分のことの処理を終えた後、私は会社に退職届を出した。 友人たちは、呆然とした表情を浮かべた。「え?どうして突然辞めるの、幸?」 「大丈夫?何かあったの?」 「ずっと外でぶらぶらしていたから、帰って地元で仕事をしたいんだ」私は笑って説明した。 すると、誰かが聞いた。「じゃあ、小川さんも一緒に帰るの?」 誰もが知っていることだが、龍也は今の仕事のために長い間頑張ってきた。彼が今のすべてを捨てて、私と地元に戻ってくるなんて、みんな信じていなかった。 「結婚してすぐに別居するなんて、ちょっとよくないんじゃない?」友人の一人が私に言った。 でも、今のところ、彼らはまだ悪い方向に考えてはいなかった。 でも、私はどうなの? なぜ、私が彼を追いかけ続けてきたのか。 なぜ、私が彼のためにこの街に来たのか。 なぜ、私が「愛してる」と口にするたびに、自分の将来まで差し出したのか。 私は文句を言ったことがあっただろうか? だからといって、私が彼を愛しているからといって、それで私が当然苦労すべきだというのか? でも私が口にしたのは、「ううん。別居することじゃないよ」 そう言っただけ。 言い終えると、私はもう説明しようとはしなかった。 私にはまだやるべきことが山ほどある。彼らが信じないのなら、無理に信じさせる必要もない。 仕事の後始末を終え、最後には上司の引き留めもきっぱりと断り、私は家へと帰った。 意外だったのは、龍也の姿が見えた。そしてその隣には、優香がいた。 ドアが開く音を聞くと、もともと寄り添っていた二人はすぐに離れた。 私は見なかったふりをして、自分の事務用品を抱えると、寝室へ向かった。 「おかえり! 今日、仕事じゃなかったのか?」龍也が聞いてくる。 彼は、私が抱えているものに気づき、眉をひそめた。「辞めたのか?」 「うん」私は答えただけ。 多くを説明する気はなかったので、物を持って書斎に入った。 龍也は後ろからついて入ってきて、顔をしかめた。「どうして、俺に相談もなく勝手に……!」 その言葉を遮るように、優香が現れた。 「龍也君、幸さんのこと、責めないで。こんなに若くない年齢で、若者たちと競争するのって、大変なのよ。時流に流されて、落ちるのも、無理ないかも……」 その言葉が、胸に突き刺さった。私の年齢を、あえて強調して、皮肉っているのが、わかるくらいに。 私は何も言わなかった。ただ、頷いた。 「役に立たない奴だ!」と龍也は不機嫌そうに呟いたが、優香に慰められ、ようやく落ち着いた。 もし、彼女があの挑発的な動画や写真を送ってこなかったら、私は、彼女に「ありがとう」って言っていたかもしれない。 そんな時だった。机の上に置いていたスマホが、突然鳴った。 私が手を伸ばすより早く、優香が、何かを見たようで、手に取った。 そして、その画面を見て、大袈裟に声を上げた。 「わぁっ!こ、この『夫』って、誰?」