植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた

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植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた

GoodNovel Hoàn thành
偏執男財閥独占欲結婚してから恋愛

父親の経営している会社が倒産する寸前、三千院とわこは継母の都合で、ひどい病を患った噂の大物常盤奏の妻となった。周囲の人々全員が彼女は...

Chương (1)

第1章

第1話 今日は東京名門にあたる三千院家ご令嬢三千院とわこの結婚式だ。 新郎の姿の見当たらない彼女の結婚式なのだ。 なぜならば、新郎の常盤奏は半年前に車の事故で植物人間となり、余命も今年いっぱいだと医者に断言された。 失意のどん底に落ちたその際、常盤家の大奥さまは、息子が亡くなる前に、結婚させようと決めた。 常盤家が、東京での指折りの一流名門だといっても、死ぬ間際の人間の妻として喜んで嫁入りする令嬢は誰一人もいない。 … 鏡台の前に座っているのは、支度の整えたとわこ。 白いウェディングドレスに包まれた姿のしなやかで美しい彼女は、まるで雪みたいな白肌をしている。凝った化粧をしている彼女は一段と美しく見えて、まるでまるで蕾を膨らませ今にでも咲こうとしている赤いバラのようだった。 キョロキョロしているその大きくてつぶらな瞳には、恐懼という不安の色が見えた。 式開始まで、まだ二十分、彼女は絶えずにスマホのスクリーンをスライドして、ヤキモキしながら返事を待っていた。 無理矢理常盤奏との縁談話に乗せられる前に、とわこには彼氏はいた。 まるで嘘のような巡り合わせで、その彼氏というのは、常盤奏の甥っ子で、常盤弥だった。 ただ、その間柄はずっと伏せておいたままだった。 昨晩、彼女は弥にメールを送り、自分を連れて東京を脱出して、駆け落ちしようと彼に願ったが、一晩中待っていても返事は来なかった。とわこはもう、待っていられなかった。 椅子から立ち上がった彼女は、スマホを握りしめて、適当な口実を作って部屋を抜けた。 回廊を抜けて、とある休憩室の前を通ろうとしていたところ、彼女は驀然と足が止まってしまった。 閉めただけにしてあった休憩室のドアの向こうから、妹のはるかのかわいこぶった笑声が聞こえてきた。 「弥くん、きっとまだ弥くんが来るのを待っているのよ。あたしのバカ姉は!ねぇ、後で会ってあげなよ。もし後悔でもして、結婚してくれなかったら、どうするの?」 はるかを抱きしめている弥は、はるかの首に自分の薄い唇を走らせながら言った。「今更、あいつが嫁入りしたくないってわがままを言っても効かないんだろう?後悔したとしても、俺ん家の用心棒どもが多少強引な手を使っても、結婚させてやる!」 聞こえてくるはるかの笑声は先よりも耳障りだった。「弥くんが毎晩、あたしといるの、あの三千院とわこが知ったら、きっと発狂するよ。あははは!」 ガンーという轟音が脳内を通過したのをとわこは感じた。 身体中気が抜けたように、突然後退りした彼女は、転んでしまいそうだった。 両手でしっかりとウェディングドレスの裾を握りしめていた彼女は、まぶちから涙が溢れそうのを我慢した。 とわこの父親は、会社の金融連鎖の断絶で、この前に急病で入院したばかりだったというのに、 継母のすみれさんは、高額の結納金のために、常盤家との縁談話に応じてしまった。このことには三千院家の全てがかかっているとすみれさんはそう口で言っていたけど、これはあくまでも自分を家から追い出すための建前にすぎないと彼女はちゃんとわかっていた。 さらに、とわこの想像を超えたのは、自分のことが好きだと言い張った彼が、とっくに自分を裏切ってしまったことだった。 道理であの常盤弥は、「一応嫁として嫁いでやれば?常盤奏が死んだら結婚しよう」と自分を説得したわけだ。 全部うそだった! 平和で素敵だった生活の全てが粉々に砕かれ、彼女も絶望の抑圧で息をするのもは苦しくなった。 あの休憩室から漏れてきた物音がだんだん激しくなるのにつれて、握り拳を作った彼女の目には、危険で冷たい光が一瞬して消えた。 以前のとわこは愚か者だった。父親を困らせないため、彼女は黙って継母と妹からの虐めを一切合切耐えてきた。ただそれだけでは収まらず、三千院家の利益のため、遭わされた偏頗な待遇全てを、彼女はそのまま受け止めた。 でも、今のとわこはもうあの人たちに馬鹿にされないことを決めた! 彼女は自分のものを奪還するのだった! 間もなく、式が始まった。 角隠しを被り、花束を両手でささげて持ったとわこは、ロマンティックでエレガントな音楽に伴ってやってきた。 彼女は一人で誓いの言葉を読み上げ、一人で指輪をつけた。 野次馬から寄せてきた悪意に満ちた視線を、彼女はちっとも気にしていなかった。 今この瞬間をもって、彼女は常盤奥様だ。もう誰も彼女をいじめることができない。 ただ、彼女の夫、かつて東京を自分のもののように翻弄したあの男は、もう長くはないのだ。 … 夜、 とわこは、奏の豪邸へと送られた。 建築するのに二百億もかかったこの屋敷は、高級住宅街の中心部にあった。 別荘の中を一目見るのにも間に合えず、彼女は婆やの三浦さんに主寝室に案内された。 広いベッドの上に寝ている男はすぐ彼女の気を引いた。一歩一歩ベッドに近ついた彼女はやっと、彼の顔がはっきりと見えた。 彼の整った顔立ちはいささか西洋気味で、眉宇からする生まれつきの上品さがものを言った。 長時間昏睡状態が続いたせいか、彼の肌は異様なほど白く見えた。それでも、視線をそらすことのできない色男であることは変わらなかった。 男がそんなふうに昏睡状態に陥っていなかったら、とわこは決して彼の妻にはなれなかった。 車の事故で植物人間になる前の男は、世間を揺るがす力の持ち主だった。彼の司った常盤グループは、日本トップテンの会社の一つだった。 噂での奏は残酷無情な男で、性格も暴戻だと言われ、裏社会まで手が届き、彼に喧嘩売った相手の全ては、惨めな幕引きを迎えたと言われた。 自分がこのような男と結婚するとは、とわこは思いもしなかった。 彼女が気抜けをしているその瞬間に、寝室のドアが不意と開けられた。 常盤弥だった! 「とわちゃん、ごめんね!今日は忙しかったから、今やっと暇ができたの」常盤弥はあくまでも心が籠ったように装い、大股に歩き、とわこのそばに行って、謝った。 とわこはただ冷たく常盤弥を見ながら皮肉った。「私は弥くんの叔父さまの妻です。とわちゃんではありません。叔母さまです。お行儀悪ですよ」 「とわちゃん、もう怒らないで。駆け落ちしないのは、とわちゃんには苦労させた行くないんだから。叔父さまは息だけするの死人だ。そんな人と結婚しても、何もしなくて済むから。叔父さまが死んだら、俺が腕のいい弁護士先生を紹介するよ。必ず、莫大な遺産を手に入れてあげる!」 興奮した常盤弥はとわこの手を握って、こう言った。「その時が来たら、叔父さんの全てが俺らのものだ!」 ふっとこの男とはるかが不倫していたところを頭に浮かべたとわこは、虫唾が走った。 「離せ!」 彼女は鼻で笑い、常盤弥の手を強く振り払った。 とわこの怒鳴り声に、常盤弥はピンッと来なくて、固まってしまった。これは本当に自分の知っているあの三千院とわこなのか? 昔のとわこは、おとなしくて優しかった。大声で彼に口答えをしたことは一度もなかった。 もしかして、何か知られた? 少しばかり心細くなった常盤弥は、彼女に近付き、きっちりと弁解しようとしていたが、とわこの背後を目に収めた彼は、次の瞬間、まるで鬼でも見たかのように、信じがたく目を丸めた。 「お、叔父…」 ベッドの上に寝ていた奏は、突然目を開いた… 第2話 シャンデリアの下にいる奏の目は黒曜石の如く、中からは奥深い何かが読めそうで、悩ましいと同時に、危険なオーラを放っていた。 彼の目はいつもと同様、身の毛がよだつほど、人の心を脅かしていた。 びっくりして顔が真っ青になった常盤弥はがばと数歩後退りした。 「とわちゃん…じゃなくて叔母さま、もうだいぶ遅くなったので、私はこれで失礼いたします」 生汗が止まらない弥は、足元をひょろつきながら主寝室から逃げ出した。 弥が慌てて逃げたのを見届けたとわこも、口から心臓が出そうになって、小刻みに震えている彼女の体はどうしてる止まらなかった。 「常盤奏が起きたのかしら?! もう余命は長くないはず!」というのは彼女の心の声だった。 とわこは何とかして奏に話かけようとしたが、自分の口からはなかなか何も出なくて、もっと近寄って彼の様子を見ようともしたのに、両足はまるで床に固定されたかのように、一歩も動けなかった。 未知への恐怖に包まれた彼女は思わず尻込みをし…下の階へと走り出した。 「三浦さん、奏さんが起きたの!目、開いてくれた!」 とわこのを聞いて、三浦は急いで上の階に上がってきた。 「若奥さま、若旦那さまは毎日目を開いてくれますが、これは意識が回復したことではございません。今こうしてお話をしていても、何の反応もくれずにいますから」ため息まじりに三浦は「植物人間が昏睡状態から回復する確率は極めて低いとお医者さまが」といった。 「夜、明かりをつけたまま寝てもよろしいでしょうか?何となく不安でね」とわこの胸はなおどきどきしていた。 「もちろんです。明日の朝はお家元のお屋敷へ行くご予定ですので、若奥さまは早めにお休みになってください。では、明日の早朝起こしにまたお伺いいたします」 「はい」 三浦を見送ったとわこはパジャマに着替え、ベッドに上がった。 男のそばにいる彼女は、窮屈に座っていた。奏のハンサムで美しい顔を見つめながら、彼女は手を差し出して、彼の目の前で振った。 「常盤奏、あなたは今何を考えているの?」 けど、男は何の反応もしてくれなかった。 彼女の心境は突然変わり、悲しくなってきた。彼の遭遇と比べたら、自分が現に経験している苦しみはつまらないと思い知った。 「常盤奏、私的には、あなたが目を覚めてほしい。あなたは大金持ちだ。あんな大金が常盤弥のクズの手に入るの、あなただって死んでも死にきれないでしょう」 彼女の声が収まったそば、男はゆっくりと目を閉じた。 彼をじっくりと見ている彼女はぼんやりしていて、緊張に煽られ、動悸がしてきた。 レアケースだけど、植物人間の一部には意識がちゃんとある。それを前提として踏まえて、果たして彼は彼女が先発した言葉を聞いただろうか? 男のそばで横になったとわこは胸騒ぎに囲まれ、どれだけの時間が過ぎ去ったもわからなくて、彼女は自分が嘆息を漏らすのを聞いた。 今の自分は常盤家の若奥さま、暫くは虚仮にされることはないはず。 しかし、常盤奏の死後、常盤家がどう扱ってくれるのかはわからない と思うと、彼女は急に不安な予感がした。 必ずしも、男が死ぬまで、常盤家若奥さまの肩書きを存分に生かして、失われた全てを取り戻すのだ! 自分を虐めた人間には、対価を支払ってもらうと彼女は決心した! … 翌日、 朝八時。 三浦の婆やに導かれて、とわこは常盤家お家元の屋敷へ上がり、常盤大奥さまに機嫌伺いをした。 常盤家一族の全員が揃っていて、広間に入った後、彼女は尊属の方々にいちいち挨拶をして、お茶をもてなした。 大奥さまはとわこのことを入念に見れば見るほど気に入った。何せ彼女のような大人しいおなごのほうが、コマとした扱いやすのだ。 「とわ、昨夜はよく眠れたか?」 「ええ、お陰様で」と顔の薄く赤らんだとわこが答えた。 「奏くんの様子は?迷惑はかけてないといいけど」 男の美しいのわりに活気のかけらもない顔を思うと、とわこはやや哀惜の念がしてきた。「全く動いてくれないので、迷惑なんでとんでもございません」 確かしに向こうじっとしていたが、男の体から温もりがするのも事実だ。昨夜の彼女は熟睡した後、うとうとしていたら彼のことを抱き枕がわりにした。 夜中に起きた彼女も、自分が男の体に抱きつくことで、大いに驚いた。 「そうだったわ、とわ。これは私からのプレゼント」大奥さまはそう言いながら、紫色の小箱の蓋を開け、彼女に渡した。「このバングルきっととわに似合うよ。どう?気に入ってくれた?」 大勢の面前で大奥様の機嫌を損ねるのはどうかと思って、とわこは即座にバングルを受け取った。「ええ、こんな素敵な腕飾りをいただいて、ありがとうございます」 「とわには多少窮屈な思いをされているのはわかっている。何しろ奏くんはあんな様子だし…床入りは無理だけど、とわにできるだけ味を占めさせる方法なら一つある」ここまで話を持ち込んだので、大奥さまは自分の計画を話してあげた。「奏くんは多分もう長くはないでしょう。前ずっと仕事一心で、恋をする余裕もなくて、子供すら残してくれなかった…」 大奥さまの話はまだ途中だけど、とわこは虫の知らせで胸がざわついた。 子供だと? よもや自分には常盤奏の子供を産んでほしいとは言わないよねと思った途端、 「だからとわには奏くんの子を産んでほしいと思ってね、これで奏くんの血筋も残れる」 という大奥さまの一言で、とわこは固まってしまった。家族のみんなの顔からも、驚愕が書いてあった。 第3話 今のとわこはまるで背中に棘が刺さられいたかのようで、いても立ってもいられない気分だった。 「とわこさんはまだ大学生だよね?こんな大事な時期に妊娠したら、勉学に支障が出ることになるでしょう…」と悟の妻が言った。 悟も相槌を打った。「そうだ、そうだ。とわこさんはまだお若いだし、彼女的にも勉学をやめて、家で子供を産んで育つのがさぞ嫌だろう!」 大奥様は長男とその嫁の腹の中をちゃんと把握していた。これも老婆であった彼女が意地を張っても奏の血筋を残すことを押し通す理由なのだった。 「とわ、奏くんの子を産んでくれるか?」という問いを投げてすぐ、大奥様は何も隠さずに、率直にとわこに言い聞かせた。「あなたも知っているはず、あなたと奏くんの子供は、将来奏くんの遺産を継ぐことになる。奏くんの莫大な遺産で、あなたと子供は贅沢に生きていけるでしょう」 とわこは何も躊躇なく、「ええ、喜んで」と答えた。 常盤弥が奏の家業を奪うのを阻止することさえできれば、彼女は何でも喜んで試したことだった。 それだけではなく、自分が拒んだとしても、常盤家従来の強腰のやり方からして、強引に子供を産ませるだろうと彼女が判断した。 彼女から良い返事を聞けた大奥様は、満足そうな微笑みを顔に浮かんだ。「いい子だ。さすが私が見込んだだけ、外の愚かの女どもとは違うだと分分かっていた。あの連中は奏くんがもうすぐ死ぬので、奏くんから何にももらえないと踏んでいて…愚か者ども!」 お茶のおもてなしを終えて、屋敷から出たとわこは、奏の別荘に帰ろうとしていたところを、 途中で弥に引き止められた。 汗ばむ炎天下で、蝉の声は次々と高まった。 常盤弥のを顔を目にしたら、とわこはやけに虫唾が走った。 「三浦さん、先にお土産を持って帰ってきてちょうだい」と彼女は三浦婆やに言いつけた。 頷いた三浦婆やは、お土産を持って、先立った。 周りは誰人もいなかったのを確認して、安心した弥はとわこに向けて、こう言った。「とわちゃん、俺だって傷つくんじゃない!もうあんなにも長く付き合っていたのに、とわちゃんは一度もくれなかった…けど、今は自らの意志で叔父さんの子産むだなんて」 「奏さんの子を産めば、遺産がもらえますし。これ以上都合のいい話ないじゃないと思いませんか?」彼女はわざと軽い口で返事して、弥の心を抉った。 思った通り、あいつはかなりな刺激を受けたようだった。 「とわちゃん、これは確かにいい考えだ!けど、いっそうのこと、俺と子供を作って、叔父さんのだと言えばいんじゃない?どうせ常盤家の子供だし、お祖母様がお怒りになられても、堕胎はきっとさせないだろう」 とわこの顔にあった笑顔が瞬く間もなくきれいさっぱり消えてしまった。 「常盤弥、野心を持つのは大変いいことですが、野心ばかりを膨らませて、頭脳を置き去りにすのは危険です」まるで相手に忠告をしていたかのように、とわこは続けた。「奏さんの周りにいるのは、皆悪役だと聞いていますが。奏さんがまだ息をしている限り、その手下たちはきっと彼が意識を取り戻すのを待っているはず。もし私があなたの間で子供ができたのが彼にバレてしまったら、あなたをただで逃すと思いますか?」 とわこの言葉は、まさに冷たい水のようにさしてきて、常盤弥の胸に潜んだ野心の火花を皆無にした。 叔父の奏の手下の一人ひとりは、冷血で残酷なのを、弥は誰よりもはっきりと分かっていた。 叔父の奏が昏睡に落ちてから、あのものどもはかなり控えめになってくれたが、 これは決してもう存在していなかったという意味ではなかった。 「冗談だよ!俺の子でも、叔父さんの子でも、常盤家の子なのは一緒だ。叔父さんが亡くなったら、俺はきっとあの子を実の子として…」弥は無理矢理弁解しようとした。 とわこは腹の中でため息をついて、口をきいた。「奏さんの子供は、あなたの従兄弟になります」 まるで蠅でも飲んでしまったようで、弥の顔色は一段と悪くなった。 「とわちゃん、今こんなことで揉めでも仕方がないから、叔父さんが死んでからまた話そう」 とわこは思わず問い返した。「もし奏さんがなかなか死んでくれなかったらどうなります?あなたは誰とも男女の仲を交わさずに私を待っててくれますか?」 とわこが投げ出した質問に、弥は口のきけない唖にされた。 答えようのなかった弥を見て、とわこは皮肉った。「お祖母様が呼んでくれたお医者様を叔父さんの屋敷で待たせてますので、お先に失礼」 … 常盤奏の屋敷に戻って間もなく、とわこは医者二人とともに、身体検査を受けるため、病院へ行った。 卵細胞が成熟していたのを検知できたら、彼女の体内から卵細胞を取り出す予定で、もしまだ成熟していなかった場合は、排卵するのを促す注射を受けることになる。 「奥様、リラックスしてください。ちょっと痛いんですが、無事常盤様の子を孕んだら、常盤家での奥様の地位も確実になります」と、女の医者がとわこを慰めてくれた。 ベッドで横になっていたとこわは、心跳が乱れていた。「成功するまでどれぐらいかかります?」 第4話 「そうですね、早ければ、三、四ヶ月で成功するケースもあります。遅ければ、いくらでも時間がかかります」女医者は少しの空白を作って続けた。「奥様はお若いですし、きっとうまくいくはず!」 時は割と早く流れていき、一雨で東京ではすっかりと秋が来られた。 夜、風呂上がりのとわこは浴室から出て、 ベッドの傍らに行き、今日買ったばかりの保湿クリームを、少しつづ肌につけて、斑がなくなったまで塗った。 「奏さんにも塗ってあげようか!最近のお天気は乾燥しすぎたのよ」彼女はそう言いながら、奏のそばに寄った。 ベッドの縁に座り、彼女は指先で適量なクリームを汲んで、彼の顔に塗ってあげた。 ふっと彼の目が開いた。琥珀のようで奥深い何かを潜めたあの瞳は、まるで宝石みたいだった。 彼の目から漏れてきたわずかな心気の揺らぎを察した彼女は、驚きのあまりに息が重くなった。 毎日、彼が目を開いたのを見てきたけど、見るたびに驚いてしまった。 「動きが荒かったせいか?力を入れてないつもりだったけどね!」そう言いながら、彼女は指を動かしつづけて、彼の頬を丁寧にマッサージした。 同時に、ぶつぶつと独り言を続けた—— 「ねぇ、奏さん、ネットでのニューズを読んだら、奏さんは彼女を作ったことがないのは、きっと身体的に無理だからというのが書かれてて…けど、私は奏さんがなかなかいい体をしていると思うよ!腕が健やかだし…太腿も丈夫そうだし…」 彼の顔に保湿クリームを塗り終えた彼女は、勢いで手をあげて彼の腕と太腿をポンポンした。 彼女の叩きは柔らかくて軽いから、決してこのポンポンで大な大人がどうかしたはずがなかった。 なのに彼女は彼の反応で目を丸くした—— それは…何となく男の声がしたからだった。 「奏さん?奏さんなの?さっきの男の人の声は、奏さんが喋ったからなの?」とわこはぱっとベッドの縁から跳ね上がり、ただでさえ大きなつぶらな目を丸くして、彼の顔を見つめた。 彼も彼女を見つめていた—— 今までとは全然違った。これまでの彼も目を開いたけど、両目には生気がなかった。でも今の彼の目はじっと彼女を見つめていて、中から感情が読めてきた! ただその感情には怒り、敵意とわずかな疑惑が混じっていた。 「三浦さん!」尻尾を踏まれた猫のようで、とわこは素早く寝室から飛び出して、下の階へと走っていった。「三浦さん、奏さんが起きたの!口、きいてくれたの!本当に起きたの!」 彼女の顔が真っ赤になって、耳まで赤色に染まった。心拍が狂ったのにつれて、胸も激しく起伏していた。 常盤奏は確かに起きた。 彼が意識を取り戻したのを、彼女は確信できた。それが、彼は目を開いただけではなく、自分に向けて話してくれたからだった。 彼の声はしゃがれていて、話すスピードもおそかったのにもかかわらず、十分に迫力があった。 「誰だ?」と男に聞かれた。 あの瞬間、とわこの頭の中は空白だった。 彼がもうすぐ死ぬ運命だったと、散々周りの人々に聞かされて、とわこには彼が起きてしまった時の対応は全くなかった。 彼女が大声で叫び出した後、三浦婆やをはじめ、医者も、用心棒も、急いで駆けつけた。 三十分後、この別荘の中は人でいっぱいだった。 奏がいつか意識を取り戻すのを、誰一人も信じることができなかった。 「奏くん、必ず起きてくれると、お母さん知ってた!」常盤大奥様は、喜びのあまりに、涙をこぼした。 兄貴の悟も関心があったかのように口を開いた。「まったく、奏。起きてくれてよかった。家族全員が、どれだけ心配してたか知ってる?特にお母さん、髪の毛が全部白髪になったまで、悲しんでたぞ」 奏に身体検査をして、医者の方は大奥様に報告をした。「これはまさに奇跡です!前回までの検査でも、回復する様子はなかった。常盤さんが話せる以上、引き続きリハビリをすれば、正常状態への回復は大いに可能かと」 突然のいい知らせの連発を受け止めきれず、膝が笑ってしまった大奥様は気を失った。 悟は大奥様を背負って、外に連れ出した。 部屋の中に残ったのは、医者、三浦婆や、用心棒に中に入る勇気を持たず、入口で様子見をしていたとわこだった。彼女はまだぼんやりとしていた。 意識を取り戻した奏は、凄まじき暗いオーラを発した。 彼は現に今、枕頭によりかけて座っていて、鷹のような鋭利な両目から、飛び出した濃厚な悪意は、彼女の顔面に留まった。 「誰なんだ?あの女は?」 彼の声は低くて有力で、迫力満タンだった。 医者の方は、息をする気力すらなくなるほど怯えていた。 三浦の婆やはこうべを垂れて、声を上げた。「若旦那様、この方は、若旦那様がご病気だった間に、大奥様が代わりに式をあげて、迎えた若奥様です。お名前は…」 奏は無関心に口をきいて、さらっとして冷酷な声でとわこの行き来を決めた。「出ててもらえ!」 第5話 とわこはびっくりして、つい後退ってしまった。 奏はまるで蘇生した野獣のようだった。眠てくれていた時は、彼からは一切危険な気配もしてこなかったが、その両目を開いたと、危険が湧いてきた。 部屋から出てきた三浦婆やは、門を軽く閉じた。 驚いた鹿のように取り乱していたとわこを見て、三浦婆やの口から慰めの言葉が出てきた。「若奥様、安心してください。若旦那様は起きたばかりから、まだこの事実を受け入れられないのかもしれません。今日は一旦、客の間でお休みください。話がございましたら、まだ明日にでも。大奥様は若奥様のことを買ってくれますし、もしかしたら、肩を持ってくれます」 とわこの頭の中はもうごちゃごちゃになっていて、奏がいつか死ぬ覚悟ができていたが、まさか起きてしまったことは想像すらもしなかった。 「三浦さん、私の荷物はまだ彼の部屋に…」中に入って自分の所持品を持ち出したがっていたとわこは、ちょこっと主寝室のほうを覗いた。 先自分の目で確かめた奏のあの凶悪な目つきで、彼女の心の中では、彼は多分自分を妻として受け入れないだろうといった予感が強くした。 彼女にとって、いつでもこの常盤家を出られるよう、準備するが必要だった。 とわこの話を聞いた三浦婆やは、息を浅く吐いた。「貴重なものでなければ、預けてもらいましょうか!明日、この私が取って差し上げます」 「はい。三浦さんもやっぱり奏さんのことが怖いのでしょうか?」 「若旦那様の元で、お仕えさせてもらってるのはもかなり長い年月が経ちました。一見怖そうな感じがしますが、私を困らせたことは一度もございませんでした」 とわこは相槌だけを打って、これ以上何も言わなかった。 彼女は彼の妻だけど、厳密に考えると、これが初対面だったから、彼が敵意を抱いていたのも、納得できた範囲内だった。 この夜、彼女はよく眠れなかった。 訳のわからなかった発想が脳裏をよぎった。 奏が意識を取り戻したことは、完全に彼女の生活のペースをかき乱した。 … 翌日。 朝八時、三浦婆やは主寝室から持ち出したとわこの所持品を、客の間へと持ってきてくれた。 「若奥様、朝食の準備は出きました。若旦那様がダイニングで待っていますので、一緒に来てください!お話をして、お互いへの理解を深めるいい機会です」と三浦婆やが言った。 とわこは難色を示した。「奏さんは私のことを知りたくないと思うのだが」 「それでも、朝食は取るべきです。早く!先、大奥様が若奥様のことを気に入ってるって、若旦那様に聞かせても怒りませんでした!もしかしたら、今日はもっとちゃんとした態度で接してくれます」 とわこはダイニングにきた。まだ離れていたけど、彼女はもう車椅子に座っていた奏の姿が見えた。 彼の両手はもう自由に動けた。これは日々筋肉を鍛えてきたあまみなのだった。 車椅子に座っていたのにも関わらず、彼は背筋を伸ばしていた。もし立っていたら、きっとすらっとした長身のはずだった。 彼女は胸がどきどきしながら、テーブルについた。 三浦婆やは彼女にお椀とお箸を持ってきてくれた。 彼女が箸を手に取ったまで、彼は黙って沈黙を続けていた。 彼女は無意識に彼のことをちらっと見てしまった。 この一瞥のお陰で、彼の関心が引かれて、彼女に集中した。 彼の目は深くて果てしないブラックホールみたいで、人を飲み込めそうだった。 「えっと…わ、私は三千院とわこと言いますが…」彼女の声には緊張が宿っていた。 コーヒーコップを手に取り、一口飲んだ奏の仕草は風物詩のように洒落だった。とわこの耳に入ってきた彼の声からは何の感情も読めなかった。「腹に僕の子があるかもしれないと聞いたが」 とわこの心の琴線は緊張でぴっちりとなり、食欲を完全に無くしてしまった。 「人工流産と薬物流産、どっちがいい?」彼は平然な口調で、残酷なことを口にした。 顔が真っ青になったとわこの頭の中は、空白な荒野となった。 三浦婆やはこの話があまりにも物騒だと思ったのかもしれず、マナーを忘れたかのように、弁解した。「若旦那様、若奥様に子供を産んでほしいのは大奥様です。若奥様は関係ありません」 奏は三浦婆やに威圧感の満ちた目線を投げた。「お母さんで脅かすな!」 三浦婆やは頭を下げて、口を封じた。 「奏さん…」とわこがやっと自分の声を取り戻した。 「下の名前で呼ぶな!」 とわこは一瞬愕然した。「下の名前がいけませんのなら、あなたとお呼びしましょうか」 今度は奏が言葉も出なかったほどあきれた。 彼は唇を固く閉じり、目から怒りの炎が飛び出しそうな様子だった。 そんな奏を見て、とわこは彼が怒り出す前に、タイミングよくその怒りを鎮めた。「私は妊娠なんかしてません。生理もちゃんと来てますし。信じてくれないのなら、掃除婦の下屋さんに聞いてみるといいです。今朝、下屋さんに生理用品を借りてましたし」 口では何も言わなかったが、奏は満足したかのように、再びコーヒーコップを手に取り、ほんの少し飲んだ。 とわこは、腹が空いて胃が痛くなったので、周りを配慮する余裕がなくなり、勝手に食べ始めた。 急いで朝食を終えた彼女は、カバンを取るために部屋に戻り、これからは出かけようとしていた。 彼と一つの屋根の下にいることは、どうにも窮屈だった。 「三千院とわこ、戸籍謄本用意しろ。もうすぐ離婚するから」彼の凍りついたような声が聞こえてきた。 とわこは足を止めて、予想できたかのように問いで返事をした。「今から行きますか」 「近いうちに行く」というのが彼の答えだった。 昨晩、気持ちが過剰に高揚していた常盤大奥様は、高血圧で入院した。 奏は、母親の血圧が安定するのを待ってから、離婚のことを検討しようと思っていた。 「なるほど、では連絡を待っていますから」彼女は早足で、部屋に戻った。 五分経った頃、彼女はガバンを持って、部屋から出てきた。 まさかリビングで、あの馴染み深い姿を目にしたのが、とわこにとって想定外だった。 弥が屋敷に来た。 あの弥は、根性のない腰抜けのように、尻尾を巻いて、恭しく奏の車椅子の傍らに立っていた。 「叔父様、父さんと母さんは、お祖母様の看病で病院に行きましたので、叔父様の見舞いを父さんに託されて参りました」弥は差し入れのサプリメントを、リビングテーブルの上に乗せた。 奏は、横にいた用心棒に目配せをした。 その用心棒はすぐ意味を解けて、弥が持ってきた差し入れを手に取り、屋敷の外へ放り投げた。 弥は慌て出した。「叔父様!私が持ってきたサプリメントは全部高級品なんです。お気に入れてもらえないようでしたら、まだ別のものをご用意いたします…どうかそのお怒りを」 彼の話が終わったすぐ、もう一人の用心棒がきて、膝の裏に蹴りを入れて、強引に跪けさせた。 驚かされたとわこは、自分の呼吸を軽くした。 一体どんな経緯で、奏が自分の甥を荒く扱いをするようになったのか、とわこには見当もつけなかった。 「我が愛しい甥よ、僕が起きてしまったことで、がっかりしているだろう?」話の途中で、奏は一本のタバコを指の間に挟ませた。 用心棒がライターでタバコに火をつけた。 その火種はとわこにとって、どうにも目障りなんだ。 彼は昨日の夜に起きたばっかりが、今朝からはコーヒーだの、タバコだの、どうやら自分の体調にはかなりの自信を持っていたようだった。 床に跪いた弥は、膝の痛みが激しいため、泣き出してしまった。「叔父様が起きてくれたの、私当然は嬉しく存じます…夢を見ても叔父様が起きてくれるのを祈ってます…」 「僕のことを疑ってるつもりか」奏は剣のような眉をあげた。彼が無頓着そうに発した言葉の一言一句には、殺意が込めていた。「金で僕の弁護士を買収しておいて、認めるほど肝がふとないようだね」 彼はわざとタバコの灰を弥の顔に払って、いきなり口を開いた。「出てけ!二度と喧嘩を売るような真似をしたら、犬の餌にしてやる!」 精神的に崩壊した弥は、はい転がりながら逃げた。 このような出来事を自分の目で収めたとわこの内心では、なかなか静まれなかった。 彼女は重度に怖がっていた。 常盤奏のことが怖かった。 弥のような卑劣な男は、奏の前では、野生の馬鹿みたいだった。 彼女には、彼に喧嘩を売るつもりも、彼の気を引くつもりもなかった。 カバンを持った彼女は、素早くリビングを抜けた。 今日の彼女は身体検査を受けるために、病院に行く予定だった。 今月の生理が遅くなったうえ、量も少なかった。 彼女がこういう状況に遭遇したのは、今回で初めてだった。 病院について、事情を説明したら、お医者さんがカラー超音波検査の申請フォームを出してくれた。 およそ一時間後、検査を受けた彼女は、検査の結果をもらった。 検査結果によると、子宮の出血はなかった。 彼女の体内には胎嚢が確認された…つまり、彼女は妊娠した! 第6話 出血していたので、流産を防ぐ処置が必要となった。 このことはまさに、とわこをパニックに突き落とした晴天霹靂だった。 「先生、もしこの子が要らなかったら、どうしたらいいでしょう」 もうすぐ奏と離婚することになったから、腹の中の子は、実に間が悪かった。 問いかけられたお医者さんは、彼女を一瞥した。「理由を聞いてもいいですか?世の中には、赤ちゃんがどんなに欲しくても、授からない人々がどれだけいるかわかります?」 彼女は視線を少し下のほうに向けて、沈黙を選んだ。 「ご主人は一緒に来ていませんが、どうかしましたか?」と医者に問われた。「赤ちゃんが欲しくないのも結構ですが、まずは夫婦二人で話し合ってから決めましょう」 とわこは顔を顰めた。 彼女がかなり困っていたように見えて、その医者はやっと彼女の病歴本を手に取り、目を通した。「まだ21歳か!結婚はしていませんよね?」 「してい…一応その枠に入れます」もうすぐ離婚するのを思い出して、とわこはそう答えた。 「人工流産手術も立派な手術です。今日決まったところで、今日中にすぐできるわけではありません。手が空いてません。一旦帰って、じっくり考えのをおすすめします。彼氏さんとどう揉めているのが知りませんが、赤ちゃんにはなんの罪もないです」 お医者さんは病歴本を彼女に渡した。「今出血しているので、処置をしないと、これから流産する可能性もあります」 とわこの態度もふっと柔らかくなった。「先生、処置というのは?」 お医者さんは再び彼女の顔を見た。「人工流産する希望じゃなかったか?もう気が変わりましたか?三千院さん美人ですし、赤ちゃんもきっと綺麗でしょう。流産を防ぐのなら、まずは薬を処方しますので、一週間の間安静にしてください。一週間後まだ再診に来てください」 … 病院から出てきた彼女は、明るい日差しで目が眩んだ。彼女の背中からは、止まらないほど、生汗が出ていて、両足は鉛のように重く感じた。 今の彼女はすごく迷っていて、どこに行くべきかも、誰に相談するべきかもわからなかった。 ただ唯一確定できたのは、これは奏に乗ってもらってはいけない相談だった。 彼に教えたら、彼女は確実に彼の用心棒に、手術台に乗せられた。 彼女は子供を産む決心をついたわけではないが、ただ今の彼女は頭が混乱していて、一旦落ち着いてから決めようと思っていた。 道端でタクシーを拾って、彼女は叔父の住所を運転手さんに教えた。 両親が離婚した後、彼女の母親は叔父夫婦と暮らすことになった。 叔父夫婦は三千院家ほどの金持ちではないが、かなり裕福な暮らしをしていた。 「とわちゃん、お一人なの?」彼女が手ぶらで来たのを見て、叔母の顔が思わず暗くなった。「お父さん家に帰るときは、高級なお土産をたくさん持ってたの聞いたけど!やっぱりよそものの家だと、礼儀もクソもないね」 ちゃんととわこのことをもてなししようとした叔母のテンションは、とわこが手ぶらだったのを目にして、一気にさがった。 とわこはピンっとこなくて、詫びをした。「叔母さん、ごめんね。わざとじゃないんだ。今度こそちゃんとお土産を用意する!」 「もういいの!そのしけったツラを見て、常盤家から追い出されたの、大体察しがつく。あの常盤奏はもう意識が回復したって聞いたが、もし気に入ってもらったら、こんな顔で母親に会いにこないでしょう?」 問い詰められたとわこは、顔が赤くなった。 娘がいじめられたのを見て、井上美香は即座に言い返した。「仮に、娘が本気で常盤家から追い出されたとしても、お前にあれこれ言われる筋合いがない」 「美香さん、事実を言っていただけで、本気で怒るとは。ここが私と主人の家なの、美香さんご存知でしょう…窮屈だったら、出ててもらっても構わないが!」 馬鹿にされて頭にきた美香は苛立って、白黒をつけようとしたが、残念なことに口が不器用すぎだった。 この揉め事の全てを目に収めたとわこの中では、いろんな複雑な感情が混ざり合って、胸が詰まった。 叔父夫婦の家での母親の暮らしは、三千院家ほど贅沢はなくても、きっと悪はないはずだと彼女は思い込んでいた。 まさか、母親と叔母は犬猿の仲だったとは予想しなかった。 「お母さん、こんな家を出て、別の部屋を借りましょうよ!金なら、私持ってるから…」とわこは乾いた声で言い出した。 美香は頷いた。「うん、いま荷物をまとめるから」 30分もたらず、美香親子は仮住まいの家を出て、タクシーに乗った。 「とわ、お母さんのことは心配しなくて大丈夫。ここ数年、お母さんなりに貯金してあるから。ずっとあの家を出ていなかったのは、お婆ちゃん、体が悪いから、そばにいてくれって。お婆ちゃんじゃなかったら、あんな家とっくに出て行ったのよ」美香は無理に笑った。 とわこは数秒の間、少々目線を下に向いて、思い測ってから口を開いた。「叔母さんの言う通りだった。近いうちに、常盤奏と離婚することになった」 美香はわずかに戸惑ったが、やはり娘を励んだ。「大丈夫、まだ卒業してないんだし、離婚上等、これでちゃんと卒業を迎える」 「うん、ママ、離婚しても、三千院家には戻らないから、一緒に暮らそう!」とわこは自分の頭を母親の肩に乗せて、妊娠したことを内緒することにした。 心配性な母親なんだから、教えたらきっと必死になるくらい気をつかってくれるととわこが確信した。 夜、とわこは常盤家に戻った。 その大きすぎるリビングは、針が落ちても聞こえてしまうほど、静かだった。 「若奥様、お食事は?まだでしたら、作っておいたものがございます。生理用品ですが、一応準備しておきましたので」三浦婆やが急に現れてきたことに、とわこは生汗をかくまで、びっくりしてしまった。 「食べてきたので、ありがとう、三浦さん!静かだね。奏さんはまだ帰っていないか?」部屋に入る前、とわこは何気なく聞いた。 「若旦那様はまだ戻っていません。養生になさってくださいってお医者様に注意されましたが、なかなか耳を傾けてくれません」そう言いながら、三浦婆やはため息をついた。「若旦那様はご自身の意志が強いお方なんだから、他人の指示で動くのは流石に無理ですね」 とわこは軽く頷いた。 彼と正面接触してからまだ長くはなかったが、インパクトがかなり強く彼女の中に残った。 彼は生意気で、残酷に凶暴で、かなりな自信家… 病人であった彼に対したほんの僅かな彼女からの同情も、彼が起きてから消え去った。 その夜、とわこは輾転反側ばかりして寝付けなかった。 腹の中の子を考えると、病院にいたときより落ち着いたところか、更なる葛藤を抱えてしまった。 瞬く間に、翌朝が来てしまった。 奏に会いたがらなかったため、彼女はかなりゆっくりさせてもらって、部屋からなかなか出なかった。 朝9時半、部屋のドアがたたかれた音に伴って、三浦婆やの呼び声がしてきた。「若奥様、若旦那様はもう出かけましたので、どうぞ、朝食を食べに出ておいでください」 まさか自分の腹の中が完全に三浦婆やに詠められてしまったとは予想していなくて、気恥ずかしくなったとわこの頬が赤くなってきた。 朝食後、とわこのところに電話が一通きた。 とある資料の翻訳の仕事を任せたいといった先輩からの電話だった。 「とわこちゃんが卒論のことでバタバタしているの知ってる。けど、とわこちゃんなら、この資料の翻訳なんて、朝飯前でしょう。依頼人も高い報酬出してくれるそうで、ただ条件は今日午後12時前完成することだ」 今のとわこはお金に詰まって、ひと時考えてから応じた。 翻訳が終わったのは、ちょうど午前11時半だった。訳された文章を2回チェックして、問題なかったと確認して、これから先輩に送ろうしした。 ところが、パソコンのスクリーンが突然2回点滅した。 彼女は、戦々恐々しながらスクリーンが青くなり、青から真っ黒になたのを見届けた… ノートパソコンが思い切り固まった! 幸いなこと、ファイルはUSBメモリーに保存されてあった。 息を吐いた彼女は、ノートパソコンからUSBメモリーを抜いた。 別のパソコンを使って、中にあるファイルを先輩に送信しなければ。 「三浦さん、私のパソコンが故障しているみたいが、今は急用でパソコンが必要なんで、家中他にパソコンは置いてあるか?ちょっことファイルを送るだけ」 「ありますが、若旦那様のものでして」 舞い上がったとわこの心から、ウキウキがなくなった。 奏のパソコンをいじるほど、彼女は器用ではなかった。 「ファイルを送るだけなら、それほど時間はかかないでしょう?」彼女の顔から「至急」といった二文字を読めた三浦さんも力を貸したがっていた。「若旦那様は顔つきが悪いのわりに、極悪人ではございません。急用なら、多少使っても、怒らないはず」 とわこは時間を確認した。 もう11時50分になった。 12時前に送信しなくてはいけなかった。 奏の書斎は二階だ。 彼が病気だった間、掃除する役目を任された使用人を除き、彼の書斎に入った人間は一人もいなかった。 とわこは、奏にバレるのが怖いが、同時、この容易く懐に入れそうな報酬が欲しいだった。 彼女は金に困っていた。 百歩譲って、人工流産を選んだとしても、手術するために工面しないと。 一人で妊娠したのではなく、奏にも責任はあった。 ちょっぴりパソコン借りるのを、妊娠中絶するのに、彼からの貢献だと彼女は思った。 書斎に入った彼女は、デスクの前に移動して、パソコンをオンにした。 パスワードが設置されたら、彼のパソコンを使わないと彼女が考えていた間に、スクリーンにはふっと起動画面が映った。 第7話 奏はパスワードを設置していなかった。 立ち上がるスピードも早かった。 早すぎて、彼女の心拍に乱れが生じた。 彼女は深呼吸をしながら、USBメモリーを挿入し、自分のSNSアカウントにログインした。 ちゃんと登録したのを確認でき、彼女は迅速にファイルを先輩に送った。 怪しいほど順調だった。 ファイルは12時前に、無事送信だれた。 1秒でも、書斎に長く居残る勇気、彼女にはなかった。電源を落とした時、マウスを取った手が震えたのかもしれなかった。その拍子で、とあるフォルダをクリックしてしまった。 あるフォルダがいきなり表示された。 彼女はそのつぶらな目を大きく開けて、好奇心に誘われ、フォルダの中身を見てしまった。 … 5分後、彼女は書斎から出てきた。 三浦婆やはほっとした。「ほら、若旦那様はそんなに早く戻りませんって」 とわこの内心はいつもよりも複雑だった。彼女は奏の秘密に触れてしまったようだった。 そんなことになったとわかっていたら、絶対彼のパソコンは借りなかった。 「三浦さん、奏さんの書斎には監視カメラはあるか」 「書斎の外にはあります」 とわこの顔色は思わず悪くなった。「じゃ私が書斎に入ったの、きっと彼にバレる」 「若旦那様が帰ったら、若奥様のほうから、積極的に説明すれば問題ないと思います。この三浦婆やが時間を見ていました。10分も経っていません。お怒りにならないはずです」とわこは三浦婆やに慰められた。 「チン」と携帯の通知音がなった。 携帯を手に取ったとわこは、振り込みの通知を目にした。 先輩から四万三千円の振り込みが来た。 報酬がこれほど高かったのが予想外だった。たかが二時間で、まさか四万三千円をゲットしたとは! この振り込みは、タイミングよく、彼女の内心を虜にしたパニックをはらってくれた。 わざと彼のパソコンを使ったのではなかったし、それに、わざと彼のパソコンの中身を見たのでもなかった。 彼が帰ってきたら、ちゃんと説明しようと気合を入れた。彼が怒らないことをも、とわこは祈った。 何しろ、彼女はもう離婚するのに承諾したので、離婚したら、もう二度と会うこともなかったはず。 彼がどれだけの秘密を抱えても、彼女には関係のなかった話だった。 昼飯の後、とわこは部屋に戻り、ドアを閉めた。 彼女は鏡台の前に座り、頭を傾けて、まだ膨らんでいなかった自分のお腹を見つめながら、ぶつぶつ言った。「ごめんね、ママも君を下ろすのは嫌けど、産んであげたら、きっとママより倍の苦労をするでしょう…」 妊娠して嗜眠するようになったのが原因かどうかははっきりしなかったが、暫くして、彼女はうつ伏せのまま、机の上で眠りに落ちた。 午後、部屋の外からは急かされたかのような足音が聞こえてきた。 とわこは目覚まされた。 彼女の意識がはっきりするのをも待ってくれず、ドアが開けられた。 「若奥様、若旦那様のパソコンの中身を見ませんでしたか」驚きの色を顔に浮かべた三浦婆やに聞かれた。 とわこは口から心臓が飛び出しそうだった。「か…奏さんは帰ったか?バレてしまったの?」 三浦婆やも何かと焦ったような口調をしていた。「ファイルを送るだけって言いましたよね?若奥様が自分のものを触ったって、今、若旦那様は書斎でご立腹です!若奥様、今回ばかりは、フォローしかねます!」 とわこの心臓の搏動は、緊張で乱れた。 彼女の思考回路を占領したのは、しまったという一言だった。 これでは、離婚する手間を省けて済むだろうと彼女が思った。自分がそのまま彼によって葬られる可能性は十分にあった。 彼女の目元が赤くなってきた。「三浦さん、ごめんなさい。わざと見たんじゃないんだ。電源を切ろうとしたら、手が震えて、不注意で開けてしまった。本当一目見たらすぐ閉じたと誓います…」 三浦婆やは彼女のことを信じていたけど、助けようがなかった。「先、若旦那様に怒られました。もしかしたら、この仕事ももう長くは続けませんかも」 とわこの胸が詰まった。自分が罰を受けるのは何事でもなかったが、三浦婆やを巻き込むのは断じて嫌だった。 彼女は部屋から出て、奏に説明しに行こうとしていた。 ちょうどその時、一階のエレベーターのドアがゆっくりと開いた。車椅子に座っていた奏は、用心棒に推されて、中から出てきた。 この別荘の最上階が三階のにもかかわらず、エレベーターがつけられた。 彼女の見た車椅子を乗っていた彼は、顔色が恐ろしいほど暗かった。両目には、紅蓮の炎のような怒りが横転した。 このことを知って、彼が怒るのを彼女は踏んでいたが、まさかのご立腹だとは。 「常盤奏さん、申し訳ございません」彼女はおどおどした感情を抱き、喉に棘が刺さったようで、言いたがったことを言えずに苦しんだ。「今朝、私のパソコンが壊れたから、勝手に常盤さんのパソコンを拝借しました。三浦さんは、このこととは全く関係ないんで、むしろ止めに入ってくれたが、私が言うことを聞きませんでした」 彼女は非を丸ごと自分のみに押し付けた。 車椅子の彼をリビングまでエスコートする役目を終え、用心棒はやっと止まった。彼女も目線を上げて彼を見た。 彼の目は、ほんの少し赤みが差していて、よっぽど彼女の所業にガンガンとなったみたいだった。 彼女は再び口を開いた。重ねにかさった鼻声で、言葉を発した。「申し訳ございません」 「全部、見ただろう?」奏の声は低くて、骨が凍みたような冷たさがした。 彼は両手の指を交差させていて、リラックスしていたように見えたが、手の指が白くなったまで、両手を握りしめていた。 車椅子に座っていなかったら、彼は直接折るまで、彼女の首を絞めていただろった。 この大胆極まりの馬鹿女! 本当に、この家の若奥様気取っているか? よくも彼の書斎に入って、彼のものを触ったとは! 畜生!と言うのが、彼の心の中の声だった。 彼女は頷いたそば、頭を大きく振った。「もうあまり良く覚えていません。一目を見てすぐ消しました!決して、わざと常盤さんのプライバシーを犯そうとかではありません。緊張しちゃってて、気がついたら、あのフォルダーが開かれちゃって…」 「デタラメを言うな!」彼女の言い訳を聞かされて、彼がさらに彼女のことが嫌いになってきていた。「部屋に戻れ!離婚するまで、部屋から一歩も出るな!」 とわこは、もうすぐ口から滑ってしまいそうになった弁解の言葉を飲み込んで、腹にしまっておいた。 彼女を振り向いて、早足で部屋に戻った。 自分への彼の嫌悪には、彼女がはっきりと感じ取った。 彼女が部屋のドアを閉めた直後、奏は生唾と共に怒りを飲み込んんで、三浦婆やに指示をした。「あいつに飯をやるな」 これは彼女を閉じ込むのついでに餓死させるつもりなのでは? 三浦婆やは心の中で、とわこが気の毒に思ったが、その指示に逆らうようなことができなかった。 この常盤邸では、若旦那様の奏がルールそのものだった。 … 二日後、 血圧が落ち着いた大奥様には、やっと退院の許可が降りた。 退院後、大奥様が最初にしたのは、奏の豪邸に来ることだった。 「奏くん、具合はどう?お医者様は何って言った?いつ頃になったら立ってそうになるかしら?」大奥様は明るい表情で息子を見つめながら、笑顔を見せた。 「順調に回復してるってお医者さんが。とこが、お母さん、相談に乗ってもらいたいことがあるが」 それ聞いて、大奥様の笑いが薄くなった。「結婚させたことでしょうかね?式を上げることにしたのは私よ。とわはいい子だわ、私は気に入ってるけど…そうだわ、とわは?追い出したんじゃないわよね!」 「そんなことはしない」 母親に返事してすぐ、奏は三浦婆やに目で合図をした。 三浦婆やも即座に、とわこの部屋の方向に行った。 彼女はまる二日、米粒の一粒も食べずに、水の一滴にも触れずにいた。三浦婆やは、彼女の安否が心配だった。 第8話 内側へとドアが押し開かれて、外に立っていた大奥様は、部屋の中を覗き込んだ。 体育座りをしていたとわこは、体を丸めて、壁に寄りかかっていた。 下ろされた彼女の髪は、ぼさぼさになった。 外からしてきた物音に気付き、彼女は呆然としながら、顔を向いてきた—— 「とわ!どうしたの?!」白紙のような蒼白な顔色をしていたとわこを見て、大奥様の血圧はあっという間に上がった。「何にをどうしたらこんな様子になるの?まさか…奏の馬鹿者に…虐められたの?」 そう言いながら、大奥様の声がやや震えてきた。 前の会った時より、彼女はすっかりと痩せた。 彼女の面には、血色が少しもなく、唇には浅いながらひび割れができてしまった。 何かを言いたがっていたそうで、彼女の胸が起伏していたが、声が出なかった。 三浦婆やは温まった牛乳を持ってきて、飲ませようとして、彼女の口元に押し付けた。「若奥様、まずは牛乳を。大奥様がきてくれましたから、もう安心してください。ご飯を食べさせてもらえます」 大奥様は眉を顰めた。「これはどういうことなの?!奏はとわにご飯を食べさせないの?こんなにも痩せてしまって!とわを餓死させる気か?」 大奥様はこのことで、大いに驚かれた。 彼女は今までになかった速さでリビングに行き、息子の責任を追究するために、彼の前に立った。「奏、とわは私の決断であなたの妻になってくれたの。こんなふうに扱われたら、お母さん面目ないわ!」 「過ちを犯したら、罰を受けて当然だ。あの女を今まで、放置してやったのは、もう十分にお母さんの気持ちを配慮した結果だ」彼の声はそっけなくて冷徹だった。 奏にとって、丸二日何にも食べさせなかったという罰は、とわこの腕を折るよりは、相当に軽い処罰だった。 彼女は自分が触るべきではなかったものを触ってしまって、彼の逆鱗に触れたから、簡単に許せるはずがなかったのだ。 「過ち?とわには一体何の非がある?」大奥様の知っていたとわこは、大人しくて気の利いた女性で、積極的に奏の顰蹙を買うような愚か者ではなかった。 奏は口を閉じて、沈黙で母親に返事をした。 「お母さんわかってるの…奏くんが結婚して子育てするのを拒む理由を…お母さんちゃんと知っているから、奏くんがこうやって一人になることが許せないんだ…とわはいい子だよ。愛してやれなくてもいい、お母さんただ奏くんがとわと家庭を作ってほしい。たとえ仮面夫婦だとしも、構いません!」 まだ話の途中だったが、大奥様はもう苦痛で泣きそうになった。 話し続ければ続いたほど、彼女の感情が高鳴って、目も充血した。 これから反撃しようとした奏は、母親の様子がおかしかったのに気付き、支えてくれと用心棒に指示した。 「…この私がいる限り、お前がとわを追い出すことは絶対あり得ない!奏に好きな女性ができたとしたら…離婚を認める。とにかく、一人で居続けるのを、お母さんは許せない!」用心棒の支えて、ソファーに座ったことができた大奥様だが、目眩がだんだん激しくなる一方だった。 このことを言っていた時、自分の息が苦しかったのを彼女ははっきりと分かっていた。 わずか30秒後、大奥様は首を傾けたまま、ソファーの中で失神した。 午前退院したばかりの大奥様は、もう一度病院へと緊急搬送された。 今回の母親の態度がここまで固かったことは、すでに奏の想像を越えた。 まして、再入院するまでお怒りになられたとは。 奏はとわこのことを簡単に解決できると思い込んでいたが、今の状況から見ると、やや手強いのだった。 彼は三千院とわこだけが嫌いではなく、女という生き物に抵抗があった。 よって、とわこと離婚するために、別の女をここに連れ込むわけにもいけなかった。 … 部屋の中にいたとわこは、牛乳を一杯飲んで、少しは元気を取り戻した。 外での揉め事だったが、全部彼女の耳に入った。 口数の少なかった割に、奏は自分の母親を失神まで追い込んだ。 彼女のために粟のお粥を持ってきてくれた三浦婆やは、櫛を手に取り、ボサボサになった彼女の長い髪をとかした。 「若奥様、もうお分かりでしょう?大奥様がいる限り、若奥様が若旦那様に追い出されることは決してございません」三浦婆やはとわこのことを慰めた。 二日空腹だったとわこはもう精神力の限界だったが、一つだけ確実にやらなくてはいけなかったことを決意した。 「私は奏さんと離婚する」彼女の喉はまだかせれていたけど、発した言葉の一つ一つは明白だった。「奏さんが離婚したいかしたくないかにも関わらず、私は絶対離婚する」 この鬼屋敷から、彼女は1秒も早く離れたがっていた! あの鬼の奏にも、二度と顔を合わせたがらなかった! 三浦婆やは気まずくなった。「若奥様、お怒りを鎮めてください。まずは、お粥を召し上がってください。外の様子を見てきます」 部屋の外に出て、用心棒に推されてきた奏を見た途端、三浦婆やは声を出した。「若旦那様、若奥様はまだ情緒不安定でして」 奏の表情は今までとは変わらなかったように見えたが、目つきが霧氷のように冷たかった。 三浦婆やが立ち去った後、用心棒は奏をとわこの部屋の門前まで推してきた。 とわこはいきなり目の見た方向を上に向いて、彼と目線が合った。 空気の中には、火花がぶつかりあって、出した爆発音が聞こえた。 「離婚しましょう、常盤奏さん!」とわこはお粥を盛っていたお椀を置いて、自分のスーツケースを手に取り、彼の前にきた。 いつでもここを出られるように、彼女は一昨日の夜、荷物をまとめた。 「好きな女性とでも、結婚してください!」彼女の口調はかなり強気になってきた。 奏は目を細くして、ぽつぽつと一言一言話した。「よほど僕のことを恨んでいるようだが、ご自分には非はないと勘違いをしているか」 「もちろん自分にも非はありました。常盤さんのパソコンを使うのではなありませんでした」とわこは必死に自分の感情を抑えた。「私はもう罰を受けましたので、これでプラマイゾロなんです。離婚協議書はありますか?ないのなら、弁護士の先生に頼んで、起草してもらい…」 彼女が急いで自分との関係を断とうとしていたのに引き換え、奏はただ落ち着きながら、余裕に満ちた口調で話した。「もう罰が終わったと言った覚えはないが」 彼の言葉はまさに頂門の一針だった。とわこは反応できず固まってしまった。 「僕の隣にいるのがこんなにも息苦しいのなら、引き続き、常盤奥さん役をよろしく!」奏の口振りは、話し合う余地のなかった命令そのものだった。「離婚も勿論するが、今じゃないんだ」 彼は来た時と同様に、用心棒に推されていった。 彼の後ろ姿を見ていたとわこの中には、憎しみの炎が盛り上がった。 離婚するのも、しないのも彼の一言で決まったのは理不尽だった! 彼にその気がないと言って、彼女に打ち手がないと思うのは甘い! 急な眩暈で、彼女の足元が動揺して、体から力が全部抜かれたようだった。 彼女は即座に、ベッドで横になった。 横になってから、彼女の不安だった情緒も少しつづ収まった。 奏は離婚しないとは言ってなかった。ただ、母親の病状が気になったから、離婚せずに我慢していただけだった。 そうであれば、彼女は気を長くして待っていれば良いのだった。 一週間後。 彼女の体調はほぼ回復した。 朝食を食べて、彼女は一人で病院に行って、再診を受けた。 彼女の内心には、強烈な予感がしてきた。 彼女のお腹の子は、多分無くなっただろう。 この前は奏に拘束されて、まる二日空腹だった。何も口にしていなくて、喉が渇いたら、水道水を飲むしかなかった。 あんな状況で、自分が一命を取り留めたのもやっとだったから、お腹の子はきっと、栄養不足でなくなったはず。 病院について、医者は彼女にカラー超音波検査を受けさせた。 検査を受けている間、彼女の心情はどん底にあった。 「先生、私の子はもう、なくなったんですね」 「どうしてそんなことを言いましたか」 「私は二日何も食べずに、飢えていたから…この子の状況は元々悪かったので…」 「そうですか。二日だけなら、問題ありません。つわりが激しい妊婦さんは、一ヶ月の間何にも食べられませんこともあるので」 とわこは緊張してきた。「じゃあ、私の子は…」 「おめでとうございます!三千院さんの子宮内は胎嚢が二つあります。双子です」 第9話 前回検査を受けた時には、胎嚢はまだ一つしかなかった。 たかが一週間過ぎたというのに、お腹の子が双子になったとは。 とわこはカラー超音波検査の結果を手に取り、廊下のベンチに座っていて、ぼうっとしていた。 双子を授かる確率は極めて低いと、先生から聞いた。 今回妊娠中絶したら、もう二度と双子を授かれない可能性があった。 とわこは心の中で、苦く笑った。これは全部、常盤家のプライベートドクターたちの傑作だった。 当初、受精卵を移植された時には、双子を産ませるという一言も彼女は聞かされていなかった。 もしかしたら、彼らの認識の中での彼女は、最初から最後まで、常盤家に後継を産む道具でしかなかった。 彼女は先週の出血を生理だったと勘違いして、話したから、常盤家のプライベートドクターは移植が失敗したと判断したようだった。意識を取り戻した奏は彼女と離婚しようとしていたから、常盤家のプライベートドクターたちも、それ以来彼女のところにこなかった。 産むのか、産まないのか、これは全部彼女次第だった。 病院で一時間ほど居座ったら、カバンの中の携帯が鳴った。 彼女は携帯を取り出して、立ち上がって、病院を出た。 「とわ、お父さんがやばいの!早く家に戻ってきなさい!」携帯の向こうから伝わってきたのは、母のかれがれで急かされたような声だった。 とわこは一瞬ピンとこなくなった。 お父さんがもうダメだって? どうしてこんなことになったの? お父さんが会社のことでストレスを受けて、気病みで倒れて入院したから、自分の結婚式にすら出なかったのは知っていた。 しかし、ここまでの重病だったとは。 とわこは混乱に陥った。 父親が不倫したため、彼女は父親とは親しくなかった。とわこは不倫した父のことを一生許すことができなかっただろう。 しかし、突然父が重病だと聞かされたら、心臓が強く刺されたように心が痛むのだった。 … 彼女が駆けつけた三千院家のリビングは、ひどく荒らされた。 母親の美香の後ろについて、彼女も主寝室に入った。 ベッドの上で寝ていた父親の三千院太郎は、いつでも息の根を絶ってもおかしくなかったようだった。目を細くしていたその老人は、とわこを目にしたら、彼女に向けて腕を上げた。 「お父さん、病気だったら、どうして病院に行かなかったの?」父の冷たい手を握った瞬間、とわこは目縁から涙がこぼれそうだった。 すみれさんは鼻で笑った。「軽々しく言うな!君の父さんを病院に行かせるほど、この家にはお金の余裕がないんのだ!」 とわこは頭を上げてすみれさんのほうを見た。「金なら、常盤家から貰ってるでしょう!どうしてお父さんを病院に連れてあげないの?!」 すみれさんはベソをかいた。「あのお金なら、借金の返済に使ったのよ!父親の会社がどれほど借金したの、知ってる?とわこさん、まるであたしが金を全部乗っ取ったような目じゃないか?それに、お父さんの病気、治れないってさ!一層のこと早く死んだほうが楽だわ!」 すみれさんはこの言葉を吐いて、つれなく寝室を後にした。 はるかは一緒に行かなかった。 なんと言っても、三千院太郎は実の父親で、ずっと彼女のことを可愛がってくれたから、彼女も父親を亡くしたがらなかった。 「お父さん、ママのことを悪く思わないで。病院に行かせたがらないのじゃない。うちにそんなお金がないのも事実だ。」はるかはベッドの傍に立っていて、泣きながら言った。 「お父さん、病気治るといいね…」 三千院太郎はまるで、はるかの言葉を聞こえていなかったようだった。 彼の目は涙でいっぱいいっぱいになっていて、とわこを見つめていて、唇をわずかに動かし、低い声で言った。「とわ…とわ…ごめんね…お父さんが悪いよ…とわにもママにも悪いことをしてしまった…この貸しは来世で君たち親子に返す…」 とわこの手を握っていた大きな手は急に、彼女の手を離した。 部屋中には、鳴き声が響いた。 とわこの心臓は、ビクビクと痛んでいた。 一夜で、彼女の世界には、天地を繰り返すような変化が起きた。 彼女は人妻となって、妊娠して、彼女の父が他界した。 内心では自分はまだまだ子供だと思っていたが、彼女は生活に振り回されて、気がつけば無人の境地に追い込まれた。 葬式の日、小雨はしとしとと空から降ってきた。 三千院家が落ちぶれて、葬式に参加してくれた人は少なかった。 葬式が終わった後、すみれさんは親友を招待するために、ホテルに行った。 集まった人の群れもその場を離れた。 しばらくして、墓地に残ったのは井上美香ととわこの二人だけだった。 空は濛濛としていて、二人の心持ちも悪かった。 「ねぇママ、父さんのこと、恨んでいるか?」父親の墓碑を見つめていたとわこは、身体中哀しみが沁みて、目には涙が浮かんだ。 美香は下を見つめながら、淡々と言った。「恨んでるに決まってる。この人が死んでも、許す気はしないんだ」 とわこには理解ができなかった。「じゃ、どうして泣いてるの?」 美香は溜息をついた。「それは愛していたからよ。とわ、人の感情というのは複雑なんだ。愛と恨みは必ずしも対立面にあるんじゃない、混じり合うこともあるのよ」 夜、疲れ果てていたとわこは、やっと奏の屋敷の戻った。 とわこの父、三千院太郎が亡くなってから、今日葬式が終わったまで、合わせて三日だった。 この三日間、彼女は常盤家には帰っていなかった。 常盤家のものからの連絡も一切なかった。 父が死んだことを、彼女は常盤家の人間には話してなかった。 彼女と奏の仲は、氷よりも冷たくて、霜よりも寒いほど悪かった。 前院の門に入ってきたら、彼女は別荘全体を照らした明かりと空席の空いていなかったリビングを目にした。 リビングにいた客人のみんなはきちんとした身なりで、ワイングラスを手に取り、楽しそうに話し合っていた。 彼女は中に入るのを躊躇った。 「若奥様!」彼女の姿を見て、三浦婆やは迎えにきてくれた。 多分、リビングの盛り上がった空気にふさわしくなかった彼女の表情があまりにも凄惨で物寂しかったから、三浦婆やの微笑みもくずれた。三浦婆やは言いたがったことを飲み込んだ。 「外に雨が降っていますから、入ってください!若奥様」三浦婆やは彼女の腕を軽く引っ張って、中へ連れ込むことに成功した。 今日のとわこは黒いトレンチコートを着ていて、裾の下に見えたのは細くて色白の脛だった。彼女の両足には、黒いローヒールだった。 そっけなかった雰囲気は、いつもの彼女とは全然違った。 三浦婆やは、ピンク色のモケット材質のスリーパーを用意した。 スリーパーに履き替えた彼女は、なんとなくリビングのほうをちらっと見た。 奏の客人たちは、意味深い目で彼女のことを眺めていた。まるで動物園で、籠の中に入れられた動物を鑑賞していた観客のようだった。 彼らの目つきは大胆で、無礼だった。 とわこもまた同じ目で、ソファーの真ん中に座っていた奏を見た。 指の間にタバコを挟んでいた彼は、煙に巻かれた。煙の背後に潜めた彼の薄情の顔は、幻と真実のにあった。 彼女が彼に目をくれたのは、彼の側に女が一人座っていたからだった。 この綺麗な長くて黒い髪を誇っていた女性は、白いタイトドレス姿に、整った化粧をしていて、世に浮いている美しさだった。 女は、上半身をべったりと奏にくっつき、指で女性向けのタバコを一本挟んでいた。 彼女と奏の関係は尋常ではないのは、一目見れば分かった。 自分の目線を数秒この女に置けた後、とわこは眉を顰めた。 「三千院とわこというのは、あなたのことでしょう?」ソファーから立ち上がった女は、妖艶な足取りでとわこの前にきた。「あなたが大奥様が奏君に無理矢理に押し付けた嫁だと聞いたが。さすが大奥様、いいセンスしてるだけあって、顔立ちがいいわよね、ただ未熟だわ…そうだわ、年齢のことじゃないの、胸のほうが未熟なの…」 とわこは淡々と口を開いた。「あなたは綺麗で、セクシーな体をしていて、どっからどう見ても私よりはずっといい女ですが…奏さんいつあなたと結婚するのかしら?」 彼女の素朴な質問に、女は即座にカッとなった。 「三千院とわこ!どんな神経をしていて、あたしにこんな暴言を言えるわけ?!あたしは何年奏君の側にいたのわかる?たとえあなたが彼の妻だとしても、私が今ここで平手打ちを食わせても、彼は気にしないでしょう!」言ったそば、女は腕を上げた。 「すぽん」と破裂音がした! とわこはテーブルに置いてあった高級ワインを取って、ボトルをリビングテーブルで割った! 真っ赤な液体が飛び散って、テーブルの縁を沿って、カーペットまでに流れた。 とわこの目は深紅に染まって、彼女は指でしっかりと割れたワインボトルを握って、割れて鋭利なトゲがあったほうをあの生意気な女に向けた。 「私に平手打ちをくわせるつもりでしたよね?来いよ!私に指一本でも触れたら、たたじゃ済まないよ!」ワインのボトルを持った彼女は、あの女のほうに迫った。 その場にいた全員が驚いてしまった。 噂での三千院家のご令嬢は地味で静かな人柄だが、まさか想像を何倍も上回った狂いぶりを見せてくれた! 奏は鷹のような目を細くして、薄い煙の輪を口から出した。 熱くなった彼の視線は、とわこの辛い気持ちで一杯で、同時に凶悪な顔にとどまった。 第10話 ほんの一瞬で、リビングは心臓の鼓動が聞き取れるほど静まった。 部屋に戻ったとわこは、強い力でドアを閉めた。 「すぽん」と大きな音がした! 別荘ごとがその音につれられて、揺れたような感じがした。 常盤奏の別荘でドアスラムしたとは、この女は、肝が据わっていた。 野次馬はこっそりと奏の顔色を伺った。本人は涼しい顔をしていて、怒ってはいないようだった。 普段なら、彼の前でデシベル60を超えるほどの音を出した人物は、必ず彼の顰蹙を買ったのだった。 先のとわこがドワをスラムした音は少なくともデシベル90を超えたというのに、なぜ奏は怒らなかった? それより最も問題になっていたのは、とわこに割られたこの四千万もするワインだった。まだ一口も飲んでいなかった。 それをとわこは、躊躇せずに割ってしまったのだ。 「そういえば…三千院さんのお父上は一昨日に亡くなられたって聞きましたが、今日は真っ黒な召し物で来ていますし、お葬式のお帰りではないでしょうか」 なんとかして勇気を出して、沈黙を破った人がいた。 白いドレスの女性は三木直美だった。彼女は、常盤グループ広報部でシニア経理職を努めっていた。 今日は彼女の誕生日で、奏が目覚めたのを祝うのをも兼ねて、彼女が奏の友達を誘って、飲みにきたわけだった。 つい先に、とわことのやり取りで、彼女は面目まるつぶれだった。 奏は表では、黙って顔色一つも変えなかったにいたが、彼がいつ尻を巻いてもおかしくなかったというのは、彼のことをよく知っていた直美には、分かっていた。 直美は彼の元に戻って、丁寧に詫びをした。「奏君、申し訳ございません。私、とわこさんのお父上が他界したのを知りませんでした」 奏はタバコの吸い殻を灰皿に突っ込んで、火をもみ消した。その細くて長い指は、ついでにワイングラスをとった。彼はその勢いで、中にあったワインを飲み干した。ワイングラスがテーブルに置かれた音とともに、彼の低くてセックシーな声が直美の耳に入った。「誕生日おめでとう」 直美の耳元が熱くなった。「ありがとう」 「それと、三千院とわこに喧嘩を売って、無事に済むとは思わないように」奏は指を走らせ、シャツの襟を調整した。彼の声には、警告の脅しが含まれていた。「仮に彼女がこの常盤家の飼い犬だとしても、彼女に意地悪できるのはこの僕だけだ」 直美の胸が詰まってしまった。「けどもうすぐとわこさんと離婚するでしょう。離婚したら、彼女は奏君の飼い犬ですらなくなるよ!」 奏の目つきは急に幾分怖くなった。「たとえ僕が捨てたあまり物だとしても、他人がいいようにするのは許さない」 ちょうどその時、三浦婆やは割れたボトルの破片とカーペットの片付けにきた。 奏のワイングラスは、再び誰かによってワインに満ちた。 「怒らないで、奏。直美もわざとやったじゃない。本気でとわこさんに手をかけることはしないだろう」奏のもう一つ傍らに座っていた人が、フォローした。 「そうだよ!直美、罰として、三杯飲もうよ。君の誕生会だけど、先のはいきすぎたと思うよ!」 直美はワイングラスを取って、三杯の罰酒を飲もうとした。 奏は隣にいた用心棒を一目見た。 すると用心棒は早速彼のところに来て、彼を起こしてあげた。 「飲んでいてくれよ!」という言葉を投げたら、奏は部屋に戻った。 迷いなく立ち去った彼の後ろ姿を見て、直美は悔しそうに酒を三杯飲んで、ハイヒールをすたすたして出ていった。 「なんだよ!主役の二人に席をたたれたら、せっかくの酒も不味くなるじゃないか」 「いいから、飲んで!あの直美に現実を見せたのもいいことだ。そうでもないと、いつまで経っても、常盤夫人になれると夢見てる!」 「今晩のことがあっても、必ず諦めるとは限らないでしょう!何せよ、奏は三千院とわこと離婚するのだから」 「三千院とわこと言ったら、中々な美人だけど、性格が悪すぎなんだ。奏、よく耐えてきたな!」 … 客の間の中。 とわこは両手で膝を抱えて、声を上げずに、涙だけ垂らしていた。 三日も我慢した涙は、この瞬間で、暴発してしまった。 なくなる直前の、父の謝りの言葉は、時刻問わずに、彼女の頭の中で響き続けた。 生前の父に対した恨みは、一撃も耐えられなかったほと脆くなった。 彼女は泣いて、泣き続けて、最終的には涙をこぼしたなか、気を失って寝てしまった。 翌朝起きた彼女を迎えたのは、腫れながら痛い両目だった。 シャワーを浴びて、きれいなパジャマに着替えた彼女は、部屋から出てきた。 ここ数日ろくに飯を食べていなかったから、彼女はいま胃が非常に痛いのだった。 ダイニングのところに来て、奏の後ろ姿を見た彼女は、立ち止まることにした。 彼女が来たのを見た三浦婆やは挨拶をした。「若奥様、朝食の用意ができましたので、さぁさぁ、食べにいらっしゃ!」 いつもなら、彼女は避けるに避けきれないほど、彼のことを遠ざけていた。何せよ、彼の機嫌を損ねたら、損をするのは彼女だからだった。 今は、離婚を伸ばしていたのが向こうだと考えたら、とわこは多少落ち着けた。 彼女は彼から一番遠い席に座った。三浦婆やは朝食を運んできて、彼女は箸をとって、食べようとした。 「昨夜のワイン、四千万だ」彼のぬるい声が耳に入ってきた。 箸を持っていたとわこの手がさらに強い力で箸を握ったのとともに、頭の回転も一瞬止まった。 四千万だと? ウィンの一本が? こんなにも高かったとは、これは一体何のワインだ? 自分に弁償して欲しいのかな? 自分がそんなお金を出せるわけないだろうなど、言葉の数々が彼女の脳内で暴走した。 胃から絞められたような痛みがしてきて、彼女の背中から生汗がして、食欲も完全に無くしてしまった。 彼女の憔悴で蒼白な顔をジラっと見て、奏はまるで怒っていたかのような口調で言った。「これは警告だ。次に僕の家のものを割ったら、弁償してもらうから!」 それ聞いて、彼女の胃の痛みが消えて、食欲も戻ってきた。 妊婦の大抵は、妊娠初期に妊娠反応がしたが、つわりはまだ薄いほうで、反応が激しい人だったら、ベッドで寝込むこともあった。 彼女の場合は、たまには吐き気はしたが、吐いたことは今までなかった。 それにしても、お椀の中に入った肉を見ると、彼女はなんとなく気持ち悪くなって、肉を取り出した。 「若奥様、お口に合いませんか」彼女が肉だけを取り出したのを見て、三浦婆やは緊張そうに聞いた。 とわこは頭を振った。「いいえ、ただ最近は野菜だけ食べたいんだ」 三浦婆やは急いで返事した。「かしこまりました。以後気をつけます」 朝食を食べた後、とわこは部屋に戻り、着替えた。 今日は父の弁護士と会う約束をしていた。会って何の話をするのは、弁護士から聞いていなかったが、大体の想像はついた。 着替えを済んだ彼女は、バッグを手に取って部屋から出てきた。 ちょうど、奏もこれから出かけようところだった。 彼には用心棒がついていて、運転してくれる人もいた。 とわこは時間を確認した。弁護士との約束は10時で、もう9時が迫ってきた。 彼女は大股に外へと歩き出した。別荘区から出て、約10分ほど歩かなければ、タクシーを拾うことはできなかった。 昨日の秋雨で、温度は何度も下がった。 冷たい風にあたったのかもしれないが、少し歩いたら、彼女は強く吐き気がした。 銀色のベントレーが別荘区を抜け、スピードを上げようとしたところを、運転手は、そう遠く離れていなかったとわこの姿を見た。 「若奥様のようですね」運転手はそう言いながら、スピードを緩めた。 運転手はとわこが家から出るのを見たから、彼女が今日着ていた服には、それなりに見覚えがあった。 本来目を閉じていた奏は、運転手のいうことを聞いた瞬間、目を開けた。 「常盤様、若奥様は吐いたようです」運転手は前の席にいたから、はっきりと見た。 朝食を食べる時には、自分の妊娠初期反応が激しくなかったので舞い上がっていたが、まさか今になって抑えられないほど吐いてしまうとは。 とわこはゴミ箱に手をつけて吐いた。もうこれでおしまいだと確認できた彼女は、家に戻って顔を洗うことを決めた。 振り向いた突端、奏の豪車と鉢合わせた。 太陽の光に照らされた彼の車はピカピカした。 いつの間にか、運転手は車を彼女のそばに止めて、そして丁寧に車窓を下ろした。 彼女は、奏の冷たくて黒い瞳が自分を見ていたのを見た。 彼女の顔は急に赤くなった。 彼が疑っていたのでは? 彼女は細い眉を顰めて、車の後ろの席の外側に寄って立つことにした。彼に向けて、なんとかして弁解の言葉を聴かせた。「私、朝食を食べすぎたのかも」。