植物人間の社長がパパになった

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植物人間の社長がパパになった

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 意外な出来事で貞操を失った日向桃は妊娠した。重病に苦しむ母親を救うために、彼女は植物人間となった菊池雅彦と結婚することを余儀なくさ...

Chương (1)

第1章

第1話 深夜。 日向桃は担当する客室を真面目に掃除していた。 母親が重病にかかった後、昼間は会社で働き、夜はバイトとしてここで掃除をして、やっと高額な医療費を支払うことができていた。 ようやく、今夜のバイトがほとんど終わり、あと最後の一室、プレジデントルームが残っていた。日向桃は額の汗を拭き、ドアを開けて中に入っていった。 部屋の中は真っ暗だった。スイッチを探して明かりを点けようとしたが、突然力強い腕に押さえられた。 びっくりして叫ぼうと思ったが、声を出す前に男に口を塞がれてしまった。「静かに!」 驚きのあまり目を大きく見開いた彼女にはこの男が誰なのか、何を狙っているのか全く分からなかった。 まさか変態か、それとも精神異常者か? そう考えると、日向桃は必死に抵抗し始めた。しかし、背の高い男の前では彼女の抵抗は無駄なものだ。 男は何だか違和感がした。 実は強力な媚薬を飲まされた後、男はアシスタントに女を送ってくるように頼んだが、今目の前にいるこの女性はちょっと... けれど、絶望的且つ無力な少女の様子に、彼の独占欲が強くかき立てられてしまった。 … 翌朝。 目覚めた日向桃は昨夜の男が既にいないことに気づいた。 シーツにある赤黒いしみが彼女の目を刺すようだった。そして、体を少し動かすだけで、全身が砕けるような痛みが襲ってきた。 彼女は見知らぬ男に最も大切なものを奪われたのだ。 言葉では表し難い悲しみが胸に押し寄せてきた。その時、日向桃はナイトテーブルに置かれた腕時計に気づいた。昨晩の男が残してくれたものだった。 腕時計の下には一枚のメモがあり、簡単に二文字、「補償」と書かれていた。 私を売春の少女だと思っていたのだろうか? 限りない屈辱を感じた日向桃は、その腕時計を強く床に叩きつけた。最後に、顔を覆って声を上げて泣き出した。 しばらくして、彼女は徐々に落ち着いてきた。今は泣いている場合ではないし、倒れるわけにもいかなかった。母親が病院で彼女の世話を待っているのだから。 そう考えながら、彼女はベッドから這い降り、痛みを我慢して着替えた。そして、一度も振り返ることなく、この悪夢のような部屋を逃げ出した。 ホテルを出た日向桃は、道に沿って歩きながら行き交う車両を眺めていた。自殺したい気持ちさえ湧いてきた。 しかし、病床にいる母親のことを思い出すと、思いとどまるしかなかった。 彼女は決して諦めてはならなかった。もし彼女に何かあれば、母親の面倒を見る人はいなくなってしまうからだった。過去のことは全部水に流そうと桃は思った。 … アシスタントの伊川海は電話で「若旦那様、昨夜薬を盛った者が見つかりました。おそらく若旦那様のお兄様からの指示でしょう。どうされすか?」と聞いた。 それを聞いて、菊池雅彦は目が冷たくなった。帰国して数日しか経っていないのに、もう我慢できなくなったのか? 「さんざん懲らしめて、兄貴に送り返せ」 その瞬間、電話の向こうからは悲鳴と懇願の声が聞こえてきたが、菊池雅彦の表情には些細な変化もなかった。 ただ、腕時計をはめていない手首が目に入ると、昨夜の艶やかな光景を思い出してしまう。なぜ忘れられないのか… 男の目が暗くなった。「昨晩のあの女に、お金をもっと渡せ」 電話の向こう側で伊川海が呆然とした。「昨晩のあの女?私が手配した女がホテルに着いた時、すでに誰かが中にいたと言って、結局戻ってきんですが…」 それを聞いた菊池雅彦は、手で強くハンドルを握りしめた。 ということは、昨晩のあの女は、伊川海が送ってきた女性ではなく、関係のない少女だったというのか? 昨日、あの女性が必死に抵抗した様子を思い出して、彼の顔色はすぐに曇った。あの時、あの女性が怖がって逃げようとしたのだと思っていたが、まさかそういうことだったとは。 菊池雅彦は何も考えずに、直ちにホテルに引き返した。 しかし、その時、逆走していた大型トラックが突然隣の車線から猛スピードで突っ込んできた。 轟音とともに巨大な炎がすべてを飲み込み、周囲を真っ赤に染め上げた… 第2話 1ヶ月後。 病室の入り口に座る日向桃は手元にある診療費請求書を呆然と眺めていた。 ホテルを出たその日以来、彼女は仕事をやめた。その夜の出来事が彼女の心に影を落としたのだ。 しかし、仕事を失ったため、元々辛い生活はさらに困難になってしまった。 しばらくしてから、日向桃は立ち上り「今ここで時間を無駄にするわけにはいかなかった。新しい仕事を早く見つけなければ」と考えた。 だが、病院の出口に着いた途端に、すごくなじみのある姿が目に入ってきた。 父親の日向明だった。 日向桃は思わず拳を強く握りしめた。母親が病気になってから、彼女はこの男に頼ったことがないわけではなかったがが、結局家から追い出された。 あの時、父親の冷酷な目つきは今でも日向桃の記憶に新しい。そのため、今日彼がやってきたのは自分と母親を心配しているからだとは思えなかった。 「日向さん、何かご用ですか?」 日向桃は母親の病室に進もうとした父親を止めた。今、療養中の体調が悪い母親を他の人に邪魔されたくないと考えていたのだ。 娘から自分に対する呼び方を聞いた日向明は、表情が暗くなったが、今日やらなければならないことを思い出して、彼は極力怒りを抑え込んだ。 「桃ちゃん、パパが来たのは良い知らせがあるからだ。実はお見合いがある。相手は名門の菊池家のお坊ちゃんだ。特に、その三男である菊池雅彦さんは才能溢れる若者だよ…」 日向明はきれいごとばかりしていたが、日向桃は目を細めてまったく信じなかった。「そんなに良いことが、簡単に降ってくると思ってるんですか?」 彼女は自分をちゃんと弁えていて、棚から牡丹餅があるとは思わなかった。 それを聞いて、日向明は気まずい思いで話を終わりにした。確かに、日向明の言ったことは間違っていない。その菊池家の三男はすごく優秀な男で、多くの少女にとっては王子様のような存在だが、それはもはや交通事故に遭った前の話だった。 半月前、突然の事故に巻き込まれた菊池雅彦は、命は助けられたが、植物状態となってしまった。 医者によると、意識回復の可能性はあるが、生ける屍のように一生をベッドで過ごす可能性もある。 そのため、菊池家は菊池雅彦に結婚式を挙げさせたりして厄払いをし、病気を回復させようとした。いろいろと選択した末、最終的に日向家を選んだ。 日向明は婚姻で家業を強化できるとずっと考えていたが、実際、困ったことが一つ出てきた。 一番下の娘である日向歌は、植物状態の夫と結婚して一生を寂しく送ることを知ると、泣きわめきながら絶食をした。 日向歌は幼い頃から父親の日向明に非常に可愛がられていた。日向明は娘がこんな苦しみを受けることを見てはいられなかった。 だから、彼は家から追い出した日向桃のことを思い出した。とにかく、菊池家は誰を嫁がせるかまだ決定していないのだ。 さっと変わる日向明の顔色を見て、日向桃は全てを理解し、振り返って戻ろうとした。 日向明は慌てて彼女の手を引っ張って止めた。「確かに、菊池雅彦さんには少し問題があるが、彼と結婚することはあなたにとって決して不利なことではない。病床にいる母親のために、よく考えなさい。このまま保守的な治療を続ければ、長くは生きられないが、もし応じてくれれば、治療費用はこっちが全部負担する。結婚のこと、やっぱりよく考えてくれ」 簡単なひと言で日向桃は足を止めた。 父親が愛人を連れて帰ってきて、母親が彼女と一緒に家を追い出されたその年から、母娘二人がしっかりと頼り合って辛い日々を過ごした。 だから、彼女にとって母親は失うわけにはいかない存在だ。 日向桃は歯を食いしばり、怒りを抑えながら、「菊池雅彦さんは一体どうしたんですか?隠すことなく、すべてをはっきりと言ってください」と言った。 簡単にごまかせないことを知って、また事実をこのまま隠していけば、日向桃が自分の要求を受け入れないのを心配し、日向明は勇気を振り絞って実際のことを教えた。「菊池雅彦さんは今、植物人間となっている。結婚したら、ただ夫の世話を見るだけでいいんだ。それ以外の心配は何もない」 日向明の話を聞いて、彼女は目をしっかりと閉じた。 自分の前に立っている、父親とずっと呼んできたこの人をとても憎たらしく感じた。彼女のところにやってきたのは、妹の代わりに植物人間の妻になってほしいからだったのだ。 しかし、彼女に他の選択肢があるのか... 病床につき、日に日に苦しんでいる母親の姿を思い浮かべ、しばらくして決断し日向桃は「私、嫁に行く」と言った。 数日後、彼女は菊池家に送られた。 結婚式の準備時間が限られていたし、また菊池雅彦の体調が悪いため、盛大な結婚式は行われなかった。 外でしばらく待った後、執事が日向桃を客間に案内した。 部屋に入ると、部屋の奥に立っている白髪の男性が目に入った。年を取っているが、元気に満ち溢れ、堂々とした威厳を持っているようだった。 日向桃はすぐに恭しく挨拶をした。 彼女の様子を見た菊池永名は、首を振りながら微笑んだ。「私を怖がっているのか?ちょっと年を取ったが、怪物ではないし、あなたを傷つけないよ」 話を聞いて、日向桃は亡くなった祖父を思い出して少々落ち着いてきた。 日向桃は緊張が解れた。菊池永名は彼女を菊池雅彦の部屋に案内した。 部屋のドアを開けると、日向桃は大きなベッドに男一人が横になっているのを見た。 菊池永名の後ろに立った彼女は夫の真の姿を初めて見た。 第3話 ベッドに横になっているその男は、目を閉じていて、顔が若干青白いが、彼の完璧とも言える顔には何ら影響が及んでいなかった。植物状態ではなく、まるで童話の中の王子様が眠っているかのように見えた。 日向桃は面食いではないが、菊池雅彦を何度も見ないではいられなかった。見ているうちに、彼の青白い手の甲には多くの針穴が残っているのに気づいた。 それを見ると、彼女は一瞬茫然としてしまった。これまで病気と苦しく戦ってきた母親の姿を思い出した。 こんなに優秀な男が、交通事故に遭わなければ、まさに高嶺の花のような存在だった。さもなければ、日向家でちっぽけな存在である日向桃に、結婚の話が回ってくるなんてありえなかった。 菊池雅彦と日向桃は境遇が似ていた。 そう考えると、日向桃は目の前にいる男に対して同情する気持ちが少しずつ芽生え、顔の表情も徐々に柔らかくなってきた。 菊池永名は日向桃の表情の変化を見逃さなかった。今日、彼女を連れてきたのは彼女の本当の思いを探るためだった。 もし嫌悪感を持っていたら、菊池雅彦を見るその一瞬の反応は隠し通すことはできなかったのだ。 彼女の様子をみると、菊池永名は息子のために正しい選択をしたようだ。 「うちの雅彦のことについて、多少聞いたことがあるだろう。もし何か迷いや不満があれば、率直に言ってくれ。こっちは無理にやらせるつもりはないから、うちの嫁さんになると約束したら、後悔するようなことはさせない」 菊池永名の話を聞いた日向桃は菊池雅彦から目をそらし、ためらうことなく首を振った。「お父様、約束した以上、後悔するつもりはありません。今後、妻として雅彦さんの面倒を見る責務を誠実に果たします」 意外な出来事で貞操を失った彼女は、もはや愛情に憧れを抱かなくなってしまった。その代わりにここで妻として菊池雅彦の世話をしたほうがいいと考えた。 少なくとも、それで母親に最良の治療を受けさせることができるのだ。 菊池永名は日向桃をじっくりと見つめ、彼女の目が真摯であることを確認し、安心した。「了承してくれるならば、これから桃さんは雅彦の妻となる。彼の食事や日常の世話をちゃんとしてあげてくれ。後ほど他の者が注意すべき点を教える。」 言い終わると、菊池永名はその場を去っていった。 しばらくしてから、二人やってきた。 一人はマッサージセラピストで、もう一人は普段から菊池雅彦の世話をしている使用人だ。 まず、日向桃はマッサージセラピストにマッサージの基本手技を学んで、菊池雅彦の腕や脚の筋肉をマッサージした。 それから、使用人がお湯とタオルを持ってきた。「お嬢様、これからは雅彦様の全身清拭をお願いいたします」 全身清拭って? 日向桃は一瞬愕然として、病床にいる菊池雅彦を見つめた。彼の裸を見ることになるのだろうか? その思いが頭をよぎると、日向桃はドキドキして顔が次第に赤くなった。使用人は彼女の様子に気づいて、「やることはやらなければなりません。将来、お嬢様は雅彦様のためにお子様をお産みになるかもしれませんから、早く慣れておくと良いでしょうね」と笑った。 第4話 今後の注意点を教えてから、使用人は下がっていった。 日向桃はベッドに横たわる菊池雅彦を見つめ、しばらくためらった後、心の恥ずかしさを克服して彼の服を一枚一枚脱がせた。 現在、菊池雅彦は意識不明の状態だが、体のスタイルは依然として素晴らしい。事故の時に残った傷跡を除けば、長身でしっかりと筋肉がついたボディだ。まさに見る人を魅了するほどだ。 日向桃は湿ったタオルを手に取り、男の肌を少しずつ拭き始めた。しかし、菊池雅彦の身に残された唯一の下着で手が止まった。どうしてもその下着を脱がせる勇気が出せなかったのだ。 先ほどの使用人の話が、再び日向桃の頭に浮かんできた。もし菊池雅彦が一生目を覚まさなかったら、恐らく雅彦のために跡継ぎを産むことになるだろう。 しかし、この状態でどうすれば良いだろう? 目の前の男は筋肉もスタイルも素晴らしいが… 小さな声でつぶやいた後、彼女は感電したかのようにさっさとベッドから離れた。 あまりにも慌てていたため、日向桃は元々緩んでいた男の手が知らぬ間に握りこぶしになったことに気づかなかった。 トイレに駆け込んだ日向桃は、冷たい水で顔を洗い、自分を落ち着かせようとした。ただ、顔を洗いながらも、さっきの変な思いは消えることはなかった。 ベッドに戻った後、まだ未完成だった全身清拭をやり続けるのは気が引けたため、早速菊池雅彦に服をちゃんと着せた。 夜の帳が下りた。 一日中忙しく動き回った日向桃は、すっかり疲れ果ててしまった。彼女は体を丸めてベッドの端で眠りについた。 深夜、寒さを感じた日向桃は、知らず知らずのうちに対面に横たわる菊池雅彦に近づいた。菊池雅彦の温かさを感じながら、彼女はぐっすりと眠った。 … 菊池雅彦は夢を見た。夢の中で、彼は再びあの一晩に戻った。 抱いていたその女の子はいい匂いがして、可愛い様子が彼を完全に惚れさせるほどだった。 真夜中に無理やり起こされた日向桃が目を開けると、誰かに後ろからしっかりと抱きしめられているように感じた。そして、彼女の服もいつ脱げたのかわからなかった。 日向桃はこの予想外の出来事にあっけにとられた。 もしかしたら、夫の菊池雅彦が植物人間であることを知った誰かが、彼女を狙っているのか? その悲惨な一晩の記憶が蘇り、彼女は全力を尽くして後ろの人を押しのけ、振り返らずにふらふらと外に逃げ出した。 「誰か、助けて!」 外に出た日向桃は大声で助けを求めた。 彼女の叫びを聞いた菊池家の皆は慌ててベッドから起き上がった。 騒がしい物音で起こされた菊池永名は、乱れた格好で外に立っている日向桃を見ると、顔色がたちまち陰鬱になった。 結婚の初日に、この女は大騒ぎをおこすなんて。果たして、うちの息子が植物人間であることを嫌っているのだろうか? 「一体何が起きた?夜中、こんなに騒いでるなんて、どういうことだ!」 出てきた菊池永名を見ると、日向桃は少し落ち着いてきた。「部屋に誰かいます。誰かが侵入したみたいです」 菊池永名は彼女の話を聞いて、眉をひそめた。菊池家のセキュリティは非常に厳格であり、特に菊池雅彦が事故にあってからは、セキュリティ対策はいっそう強化された。 そのため、彼は日向桃を叱責しようとしたとき、後ろから冷たい男の声が聞こえてきた。「お父様、僕です」 第5話 その馴染みのある声を聞いた菊池永名は、菊池雅彦のいる部屋のほうをぼんやりと見つめ、自分の目を疑った。 日向桃は振り返ると、立ち上がって外に出てきた菊池雅彦を目にした。 さっき彼女を抱きしめたのは、まさか菊池雅彦だったのか? 驚きのあまりに呆然とした日向桃は、夫がこんなに早く目を覚ますとは思わなかった。 菊池雅彦が日向桃のほうをチラッと一瞥した。そして、驚愕の表情を浮かべた菊池永名を見た後、彼は顔にやわらかな微笑みを浮かべた。「覚めました。お父様、この間、ご心配をかけました」 菊池永名はまるで夢から覚めたばかりのように、震えながら息子のところに駆け寄り、手を出して菊池雅彦の体を触った。息子が無事であることを確認してから、彼は嬉しさのあまりに泣き出した。 「目を覚まして良かった、良かった!」 菊池雅彦は手で菊池永名を支えながら、「お父様、もう大丈夫です。安心してください」と慰めた。 そして、横に立って困った日向桃を見た菊池雅彦は、「この女性は誰ですか?どうして私の部屋に入ってきたのですか」と尋ねた。 彼の部屋には関係のない人、特に女性は絶対に入ってはいけなかった。 さっきの出来事で、目を覚ましたばかりの菊池雅彦はカチンときた。だから、彼の口調は非常に冷たかった。 菊池永名は日向桃を見て、さっきは彼女を誤解していたことを知った。「話せば長くなるが、書斎で詳しく話そう。桃さん、先に部屋に戻ってくれ」 自分の父親がこの女性に対する親切な言い方を聞いて、菊池雅彦が一層冷たくなった目線で日向桃を見つめた。 彼の視線に触れた瞬間、日向桃は言葉で言い表せないほどの寒さを感じた。菊池雅彦が自分に対して大きな敵意を抱いていることを感じ取った。 しかし、このような事態になると、日向桃は自分の運を天に任せるしかなかった。菊池雅彦の冷たい視線に耐えながら、部屋に戻っていった。 日向桃の後ろ姿が視界から消えた後、菊池雅彦は菊池永名の後ろに続いて書斎に向かった。 菊池永名は簡潔な言葉でこの間に起こったことを息子に全部教えた。最後に日向桃のことに言及した。「桃さんはおまえの妻だ」 それを聞いて、菊池雅彦は落ち着いていた顔色を瞬時に変えた。 彼の眉が一瞬にしてしかめられ、目には隠せない嫌悪を浮かべた。「妻って?私が昏睡していた僅かな数日間で、あの女を連れてきたなんて、僕が絶対に認めません」 息子の話を聞いて、菊池永名は深くため息をついた。今まで菊池雅彦が女性には無関心だったため、こんな反応を示すのは予想外のことではなかった。 「実は、いろいろあってしょうがないことなのだ。結婚証明書も取得し、合法的な夫婦として既に認められている」 菊池雅彦は父親の話を聞いて、すぐに「ならば、離婚手続きをします」と言った。 すると、彼は椅子から立ち上がって日向桃を探しに行こうとした。この嫌なお見合い結婚を取り消そうと思っていたのだ。決意をした息子の様子を見て、菊池永名は急いで彼を止めた。「おまえはもうすぐ30歳だ。私の立場に立ってよく考えてくれないか。おまえの状態を知っていながらも、桃さんは結婚を決めてくれた。なんて良い子なんだ」 菊池雅彦はその場を離れようと思っていたが、振り返ると、父親の頭に生えた数本の白髪に気づいた。今まで常に意気軒高たる姿勢を示している父親は、やはり年を取ってしまった。 最後に、菊池雅彦は強硬な姿勢を崩して「離婚のことを先送りしてもいいですが、もし本当に気に入る女性に出会ったら、僕の決断をどうか認めてください」と言った。 実は、菊池雅彦は自分とあの夜を過ごしたその純粋で可愛い子をずっと覚えていた。 その女性は菊池雅彦の最初の女性であり、また、大事な初体験も彼が奪った。そのため、どうしても責任をちゃんと取らなければならないのだ。 第6話 菊池雅彦の真面目な顔を見た菊池永名は最終的に頷いた。「では、約束しよう。もし本当に気に入った女性を連れてきたら、桃さんと離婚してもいい」 話を終えると、菊池雅彦は直ちに自分の部屋に戻っていった。菊池永名は彼の後ろ姿を見送りながらため息を何度かついた。 その場面を見て、執事が「旦那様、心配なさらないでください。お嬢様は優しくて純粋であるため、一緒に過ごすうちに雅彦様はお嬢様の良さに気づくでしょう。それから愛情は知らず知らずのうちに芽生えていくのでしょうね」と話した。 それを聞いて、菊池永名は軽くうなずいた。 そうなってくれればいい。 … 菊池雅彦が書斎に行った後、日向桃は一晩しか泊まっていない「新しい部屋」に戻った。 菊池雅彦の冷たい目つきを思い出すと、彼女は思わず心配になった。 あの男は自分に抵抗感を持っているようだ。もしかしたら、離婚を考えているのかもしれなかった。 離婚のことが胸中をかすめると、日向桃は少しイライラしていた。菊池雅彦から離れたくないわけではなかった。菊池雅彦と結婚して一日しか経っていないのに離婚するなんて、日向明は決して許さなかった。 そして、母親はつい最近一番いい病院に転院したばかりで、再び送り返すのは無理だった。 しかし、菊池家のような名門は女性の名誉を非常に重視していた。ここに居続けて、彼女がすでに貞操を失っていることがいつかばれたら、菊池家を怒らせるかもしれなかった。 板挟みの状況で、日向桃は服の裾をしっかりと握りしめ、額から気づかぬうちに汗が滴り落ちてきた。 居ても立ってもいられない時に、突然、閉ざされていたドアが開かれた。 部屋に入ってきた菊池雅彦は、横に座っている緊張した日向桃を見て、眉をひそめた。やや嫌悪の表情が顔に浮んできた。 「お前、ここでじっとしていられるのか」 この男の前で、日向桃は胸が締め付けられるように感じた。たが、今は緊張している場合ではなかった。彼女は急いで立ち上がり、無理やりに微笑みを浮かべた。「雅彦さん…」 菊池雅彦はあざけるように口をゆがめた。「お前、何を笑っている。目を覚ましたこの僕を見て、喜んでいるのか。菊池家のお嬢様の座につけると思っているのか」 日向桃はすぐ首を横に振った。菊池雅彦の態度からみると、日向桃はここに居続けるのが不可能だと分かった。そこで、彼女は勇気を振り絞って、「雅彦さんが目を覚ましたら、私が妻であることを一方的に告げられたことに怒るのは当然のことです。そして、私…私も自分の身分が低いことをちゃんと弁えており、あなたとの家柄が違い過ぎて釣り合わないと思っています。離婚しても構いませんが、その前に、お願いしたいことが一つあります…」と言った。 「なんだ?」 「少し補償金をくれませんか?元々未婚だった私は、たった一日で寡婦になってしまいます。こちらも損をしました」 日向桃は言葉を詰まらせながら、勇気を出して最後まで言い続けた。 日向桃は幼い頃から母親に気骨のある人になって、金銭に目をくらませてはいけないと教えてもらった。今日、自分が直接お金を要求するのは非常に卑しいと分かっていたが、母親のためには、尊厳は何ともならなかった。 とにかく追い出されることになるなら、とりあえず母親の治療費用は手に入れたいと彼女は考えていた。 言い終わると、日向桃は頭を下げて、菊池雅彦を直視する勇気がなかった。 裕福な名門で生まれ育った彼にとって、お金で済ませることに困ることはないだろう。 だから、菊池雅彦はこれからどんなにお金で自分を辱めようとも、我慢するつもりだった。 しかし、日向桃が予想していた、小切手が自分の顔に投げつけられることはなく、その代わりに菊池雅彦の冷ややかな笑い声が聞こえた。 その皮肉がこもった笑い声を聞いて、日向桃は鳥肌が立ってしまった。 彼女は唇をかみしめて、「ひどい要求ではないと思いますが…」と蚊の鳴くような弱々しい声を出した。 日向桃が話を続けようとしたところに、菊池雅彦が突然彼女の方に歩いてきた。そして、日向桃は目の前が真っ暗になった。 第7話 目を開けると、自分は菊池雅彦に壁に押し付けられていた。 菊池雅彦は日向桃の顎をしっかりと掴み、彼女の顔を持ち上げた。すると、二人の視線がぶつかり合うことになった。「父親が僕のために選んだ奥さんが一体どんな女性なのか興味津々だったが、まさか金当てのやつだとは」 男の話方は皮肉交じりで、指の力も日向桃に自分の顎が押し潰されると感じさせるほど強かった。 強い痛みで日向桃の目には涙が浮かんだが、涙を流さないようにした。「その通りです。私は金当ての女で、お金には目がないんです。だから、お金さえくれれば、この嫌な私はあなたの生活から永遠に姿を消すことができます」 その返答を聞いた菊池雅彦は、少し驚愕した。自分の前でお金に対する欲望をこういうふうに率直に表す女性を一度も見たことはなかったのだ。 普通お金が欲しいとしても、他の女は直接的に言わないものだ。 目の前に立っているこの女は本当に特別な存在だ――スノビズムとは程遠いやつだった。 そう考えながら、菊池雅彦は「そうか、じゃあ、こんなにお金が欲しいと思うなら、さっきお前の言ったことを確認するよ」と揶揄した。 その一瞬間、日向桃は非常に困惑していたが、ぱっと両手を掴まれて、情けなくベッドに投げつけられた。 「あなた…何をするつもり?」 びっくりした日向桃は後ずさりしようとしたが、菊池雅彦は彼女の足首を引っ張ったため、逃げ出せなかった。 「さっき、潔白な未婚者から寡婦になったから、補償金がほしいと言ってただろう。じゃあ、お前の要求に応じないわけにはいかない」 言い終わると、菊池雅彦は彼女にゆっくりと近づいていった… 彼は皮肉な笑みを浮かべながら、日向桃の肌の白い首筋に近づいた。けれど、想像していたような嫌悪感はなく、彼女の香りから言葉で言い表せない懐かしさを感じ取った。 潔白且つ清新で、まるであの日の女性が与えてくれた感覚のようだ… その瞬間、彼はただこのわがままな女を怖がらせようとしていたが、知らず知らずのうちに彼女の体に近づいてしまった。 壁に押さえつけられた日向桃は、まったく身動きが取れなかった。彼女は目を閉じて前を見ないようにした。そして、体が緊張し過ぎて硬直してしまった。最後に、日向桃は「お金はもういらない。許してください!すぐ離れます」と叫んだ。 彼女はやっぱり心の壁を乗り越えることができなかった。 日向桃の叫び声で、菊池雅彦は一気に我に返った。 さっき、無意識のうちに自分がやったことに気づいた。 このお金に目がない女に対して欲望を抱いて、さらにはこいつを純粋且つ無垢なあの夜の女性と結びつけてしまったことに、菊池雅彦は心に深く恥じていた。 彼は憎悪に目を光らせて、即座に立ち上がり、「お前に触れたいと思ってるわけがない。お前のような女なんて…」と声を震わせた。 彼が話す時の軽蔑した態度で、日向桃は今にも胸が裂けてしまうような気持ちがした。 日向桃は服を整理しながら、「わたしが度を越してしまいまして、申し訳ありません。私を嫌うなら、出て行きます。離婚のことについては、雅彦さんご自身で始末できると思います。離婚届受理証明書が出来ましたら、また取りにきます」と話した。 言い終わると、彼女は振り返ることなく、外に向かって歩いていった。 しかし、後ろから男性の低い声が響き渡ってきた。「そう簡単に行けるわけはないだろう!」 ドアの前に立ち止まった日向桃は、唇を噛みしめながら心の怒りを抑えた。 自分の尊厳を踏みにじったこの男は、今度は何をするつもりなのだろうか? 第8話 「さきほど父親がお前のことを話してくれた。僕がお前を妻として認めないなら、決して許さないと言ってた。また、離婚も望ましくないと。お前、さんざんお父様を騙してたようだな」 彼の話を聞いて、日向桃は眉を少しひそめた。 お義父様がそんなことを言ったなんて… しかし、さっきの出来事で、彼女はこの気まぐれな男と一緒に暮らすことに抵抗感を持ち始めた。やはり菊池家を離れたほうがいいと考えた。 「それでは、お義父様と相談します。安心してください、離婚を提案したのはあなたではなく、こちらですので」 落ち着いてきた日向桃は、背中をみせて淡々とした口調で話した。 菊池雅彦は彼女を興味深く見つめた。人を見る目はあるが、その一瞬で彼女の心を読み取るのは難しいと感じた。 罠を仕掛けるつもりなのか、それとも、計画がうまくいかないことを知って、諦めたのか? 日向桃は早速菊池永名に事情をちゃんと説明したいと思い、外に歩いていった。それを見て、菊池雅彦は彼女の腕をつかんだ。 「待って、取引してくれないか。約束できれば、金はいくらでも払える」 腕を掴まれた瞬間、日向桃はさっき男に手荒く扱われたことを思い出して、彼の手を振り放したいと思ったが、結局できなかった。 菊池雅彦が手を放さないので、日向桃はやむを得ず「どんな取引ですか?」と聞いた。 「お父様は年を取っていて、早く結婚して安定してほしいと常に口にしてる。こんなことで心配させたくないから、お前はここに居続けてもいい。生活費はこっちが負担する。ただし、僕が理想の結婚相手を見つけたら、さっさと離婚しろ。その際に一括で5000万の補償金を与える」 最初に、この男が傲慢で無礼極まりないと感じていた日向桃は、強い抵抗感を持っていたが、5000万という魅力的な数字を聞いて、彼女はなかなか「ノー」と言えなかった。 菊池家一族の普段の行いについて、日向桃はよくわかっていた。彼らが約束を反故にして、母親の高額な治療費用を負担してくれなくなるかもしれなかった。その時、彼女はいくら働いても、治療費用を賄えないだろう。 しかし、5000万あれば… ほんの少し迷った後、彼女は菊池雅彦に向かって「わかりました。約束します」と言った。 「それはよかった。でも、言葉だけでは信用できない。さっき言ったことを紙に書いてサインしてもらおう」 「わかりました」 日向桃は考えずに頷いた。それを聞いて、菊池雅彦はすぐに契約書を書き始めた。 日向桃は完成した契約書を手に取り、ざっと目を通した。中にはさまざまなルールが並べられていた。たとえば、外出時に菊池雅彦の妻として謙遜的で礼儀正しく活動すること、家では菊池雅彦のすべての要請に従い、賢明な妻を目指して自分を高めなければならないこと、お父様に違和感を気づかれないようにしなければならないことなど。 実は、毎月彼女に一定のお金を支払う以外には、菊池雅彦への制約は一つもなかった。 不公平な契約書だった。 だが、日向桃は契約書の内容について全部受け入れた。ただ… 「こちらからお願いが一つあります」 彼女は署名欄にペンを置いて、菊池雅彦を見つめた。 まさか、値上げしようとしているのか? 菊池雅彦は眉をひそめ、腕を組んで「早く言え」と言った。 彼はこの女の欲望がどれほど大きいか見てみたかったのだ。 「今後、さっきのようなことが再び起こらないと望みます。必要な場合を除いて、私の体に接触しないと約束してくれませんか」 第9話 日向桃の澄んだ目に強い決意が見えてきた。この契約は彼女を心動かせるものであったが、自分の体をこの男性に売り渡すことはしたくなかった。 珍しく言葉につかえた菊池雅彦は、しばらく沈黙した後、「心配するな、頼まれたとしても、お前のような女に絶対触れたくはない」と話した。 彼の侮辱を気にしない日向桃は「それが一番ですね」と笑った。 彼女はさっきの内容を契約書に書き加え、また署名してから菊池雅彦に手渡した。 彼女の字は、お金に目がないイメージとは全く異なり、非常に綺麗に書かれていた。 美しく整った字で、苦労して練習した成果だと一目でわかった。 しかし、菊池雅彦はその思いをすぐに頭から消し去って、日向桃の署名の横にサインしてからその契約書をしまった。 その後、彼はブラックカードを一枚取り出して、日向桃の前に置いた。 「これから、このカードはお前のものだ。限度額に制限はない」 一連の出来事で、日向桃はためらいなく平然とそれを受け取った。「安心してください。お金が手に入った以上、あなたの要求にしっかりと応じます」 菊池雅彦は唸り声を上げ、彼女と話を続ける気はまったくなかった。 彼は腕時計を見て、目が覚めたのは深夜だったため、夜明けまで数時間しかないと気づいた。 植物状態から回復したばかりだった彼は少し疲れを感じていた。「休みたくなった。お前はどこで寝るか自分で決めろ。家族に異変を感じさせないようにしてくれ」 すると、菊池雅彦は堂々と部屋にあるその大きなベッドに入っていった。 日向桃は何も言わなかった。何と言っても、お金を払った方が偉い態度を取ってもいいと彼女は思ったのだ。 カサカサと物音が聞こえた後、部屋の明かりが消え、もとの静寂に戻った。 菊池雅彦はこの女がベッドを少し譲ってくれるように要求するだろうと思っていたが、結局彼女は何も言わなかった。菊池雅彦はこっそりと起き上がり、床に敷かれた布団に入った日向桃を見た。 細身を丸めて、わずかなスペースしか使っていなかった。誰にも迷惑をかけないように静かに寝ていた。 菊池雅彦の心には些かに異なった感覚が生まれた。日向桃にさきほど身体上の接触をしたくないと言われたが、ただの焦らし作戦であると思っていた。 しかし、今のところを見ると、彼女の話は噓ではないだろう。 目の前で寝ているこの女は、彼にとって謎に包まれた存在だった。 しばらく見つめた後、菊池雅彦は鼻を鳴らした。 この女が何をしても、彼には関係ないのだ。その夜の女性を見つけた後、彼女は菊池家を離れなければならなかった。 … こうして、一晩中何事もなく過ごした。 翌朝。 部屋に差し込んできた日差しで、菊池雅彦が目を覚ました。近くで本を読んでいる日向桃の姿が目に映った。 彼女は朝早く目を覚ましていた。ホテルでバイトをやった時、彼女はいつも夜勤を終えてから、早朝のバスで病院に行って母親のために朝食を用意した。 しかし、今は菊池家に住んでいるので、病院に行くと誰かに気づかれたらまずいことになるだろう。だから、朝の時間をつぶすために本を読むしかなかった。 ここ数年、母親の世話を見るため、気に入った仕事をする暇はなかったが、時折合間を縫って関連の本を読むこともあった。母親が回復したら、また自分の夢を追いかけたいと考えていた。 菊池雅彦は真剣に本を読んでいる日向桃からなかなか目をそらさなかった。朝日を浴びる女性の姿が幻のようで、作り物のようで美しかった。 第10話 菊池雅彦が彼女を呆然と見つめるうちに、朝の時間が過ぎ去ってしまった。本をめくる音を聞いて、菊池雅彦はやっと意識を取り戻した。 さっきこの女をずっと見つめていたことに気づき、彼は顔に皮肉っぽい笑みを浮かべた。 この下品でお金に目がない女が、わざわざ朝早く起きて本を読むのは、この私の見方を変えさせたいのか? 本当に退屈な芝居だ。 菊池雅彦はにやついた顔でベッドから出て、直接バスルームに向かって身支度を整えた。 物音を聞いた日向桃は、菊池雅彦が目を覚ましたと分かった。もしかして彼の机を使ったことで、不快に思わせたのか。 彼女はできるだけ考えすぎないようにした。今、母親の治療費用は全部菊池雅彦からもらったものだ。日向桃は急いで机の上の本を片付け、礼儀正しく席についた。 しばらくして、バスルームから出てきた菊池雅彦は、片付けを終えた日向桃を見ると、「食事に行け」とゆっくりと言った。 日向桃は菊池雅彦の後ろについて、二人でダイニングルームに向かった。そこで、菊池永名はすでに種類豊かな朝食を用意していた。 穏やかな表情で部屋から出てきた二人を見て、菊池永名は笑顔で頷いた。「桃さん、よく眠れたか?雅彦は桃さんをいじめたりはしなかったか?」 それを聞いて、菊池雅彦は彼女をちらりと見た。その目線を感じた日向桃はすぐに首を横に振った。「いいえ、そんなことはありません。私は大丈夫です。」 昨夜、床に寝ていたため、彼女は腰と背中が痛く感じた。だが、菊池雅彦からお金を受け取ったため、彼女は昨夜のことを明かさなかった。 「それはよかった。これから、雅彦が桃さんをいじめたら、私に教えてくれ。叱ってやるから。」 それを聞いて、日向桃は軽く微笑んだ。みんな気楽な雰囲気で朝食を済ませた。 食事の後、菊池雅彦はお父様と相談するために書斎に行った。 「お父様、私が植物状態から目覚めたことについて、うち以外の人に知られないようにしてほしいです」 「え?何か考えがあるか?」 「今回の事故は普通の交通事故ではないと私は思ってます。現状を維持することで、真の容疑者らを油断させられれば、あいつ等は尻尾を出すかもしれないです」 顔が曇ってきた菊池雅彦は、長年にわたり諸名門の間で活躍していた。そのため、逆走のトラックに衝突した今回の事故は、単なる偶発的事件であると甘く見てはいなかった。きっと、誰かが綿密な計画を立て、彼の命を狙っているのだろう。 菊池永名はしばらく考え込んで「わかった。調査する際は気をつけろ」と念を押した。 「はい」と返答してから、菊池雅彦は書斎を出て自分の部屋に向かった。ちょうど部屋に入ろうとした時、中から慌てて出てきた日向桃とぶつかってしまった。 日向桃が後退りして転びそうになった瞬間、しっかりとした手が彼女の体を支えた。 日向桃の手をつかんだ菊池雅彦は、心の中では少し驚いていた。さっきの行動は理性ではなく、本能によるものだ。無意識のうちに取った行動だった。 普段なら、潔癖症の彼は決して自ら女に触れることはないだろう。 もしかして植物状態が長すぎて、自分も変わったのか? そう考えると、菊池雅彦は嫌悪感を持って手を振り払い、「どこに行くんだ?」と日向桃に聞いた。 支えてくれた菊池雅彦にお礼を言おうとしたが、彼の蔑むような目を見て、感謝の話を飲み込んでしまった。ただ「母親を見に行くんです」っと言った。。 結婚のため、日向桃は数日間病院に行っていなかった。母親が本当に菊池雅彦が言ったように一番いい病室に移動したのか、彼女は自分の目でちゃんと確かめなければならなかった。 菊池雅彦は何か言おうとしたが、その理由を聞いて、ただ顔色を引き締めた。「そうか。早く帰ってきてくれ。そして、私が目覚めたことについて、誰にも知られないように気をつけろ」。