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初恋の呪い、裂かれた妻の魂
私はかつて刑事課で一番優秀な潜入捜査官だった。 しかし、潜入生活の最後の摘発作戦で、夫である宮崎剛志の「初恋」に命を奪われた。 それ以...
Chương (1)
第1章
私はかつて刑事課で一番優秀な潜入捜査官だった。
しかし、潜入生活の最後の摘発作戦で、夫である宮崎剛志の「初恋」に命を奪われた。
それ以来、私は「裏切り者」と呼ばれるようになった。
第1話
解剖台の上にある死体の断片は、まるで巨大なクラゲのように膨れ上がっていた。薄黄色の粘液が絶え間なく滲み出し、ぽたぽたと垂れている。
臭いんだろうなあ。
もう死んでしまった私は、匂いを感じることはできないけれど。
「宮崎隊長が来たよ」
扉の音に気づいた検視官の海斗が、作業の手を止めて顔を上げた。
剛志は眉をひそめ、鼻を指でつまみながら言った。
「状況はどうだ?」
「遺体は完全に巨人観を呈しており、表面にもタトゥーのような目立った特徴はないです。女性だということは辛うじてわかりますけどね」
「随分と残酷だな。遺体を切り刻む前に、多くの骨がすでに粉々に砕かれていたようだ」
海斗はため息をつきながら続けた。
「でも、金庫に付いていた海底の苔から、死亡推定時期は約5年前だと判断できました」
剛志の手が一瞬止まった。しかしすぐに冷静さを取り戻し、手袋をしっかりはめ直すと、海斗と共に解剖の作業を続けた。
――もう、死んで5年も経っていたのか?
私は空中に浮かびながら、自嘲気味に口元を歪めた。
何かの理由で、私は死体を海に捨てられた後も、深海のその場所に長く彷徨っていた。
人気のないその場所では、鳥さえも滅多に姿を見せない。
嵐や雷がどれほど荒れ狂おうと、私は消えることができなかった。
そんなある日、禁漁期にこっそり深海に入って、一儲けしようとした船がやってきた。
彼らが引き上げたのは――私の死体だった。
しかし、刑事課の隊長である剛志が、今回の解剖に自ら立ち会うとは思ってもみなかった。
彼は重度の潔癖症なのに。
「うっ......!」
巨人観の死体の悪臭は、通常の死体よりもはるかに強烈だ。百戦錬磨の海斗ですら、最初の一刀を入れた瞬間、ゴミ箱にしがみついて激しく嘔吐した。
剛志も数歩後退した。
しばらくして、彼はもう一度確かめるように聞いた。
「今日は香織がいないんだな?」
「香織さんは結婚ドレスの試着で休んでますよ」
海斗は顔を拭いながら力なく答えた。
「分かってます、宮崎隊長。この件は香織さんには黙っておきますよ。お二人はもう妊活を始めてますから、こんな臭いものは、身体に良くないですし」
「そうだな」
剛志は小さくうなずき、冷たいはずのその目に、わずかな優しさが浮かんだ。
その瞬間、私は雷に打たれたように感じた。
最愛の夫が、私を殺した犯人と結婚しようとしている?
それだけじゃない、妊娠まで計画しているのか?
「剛志!どうしてそんなことができるの!」
私は抑えきれず、絶叫した。
「山下香織が私を殺したんだよ!」
だが、私の声は誰にも届かない。解剖は続けられていた。
「臓器も体表も腫れすぎていて、DNAの採取は無理ですね」
「長骨や歯なら可能性はあるが、骨は粉々に砕かれていて、頭蓋骨も見当たりません」
「犯人は遺体を完全に闇に葬ろうとしているんですよ!」
海斗は怒りをあらわにし、拳で解剖台を強く叩いた。
「さらに酷いことに、被害者の子宮内にはまだ形成途中の胎児がいたんです!」
「三ヶ月にも満たない胎児が!」
私は空中で呆然としながら、解剖台を見つめていた。
すっかり膨れ上がり、醜く変わり果てた私の子宮が切り開かれ、その中には同じく腫れた胎児が静かに横たわっていた。細い臍の緒で私と繋がり、一つだった。
あの時......私、妊娠してたの?
第2話
胸の中に針で刺されるような痛みが込み上げてきて、涙がこぼれそうになる。
香織に昼夜を問わず拷問された時ですら、こんなに崩れそうな痛みを感じたことはなかった。
私の子ども、本当なら無事に生まれていたはずなのに。
そして、元気に育ち、可愛く「ママ」と呼んでくれるはずだった......
きっと、私は喜びに満ちてあの子を大切に育てていたはず。
でも、私を殺したのは香織なんだ!
すべては5年前、あの廃工場で終わってしまった!
そしてベテラン刑事である剛志も、長い沈黙の後にようやく口を開いた。
「初歩的な考えとしては、情殺か仇殺の可能性だな」
海斗はさらに怒りを露わにした。
「俺は情殺だと思います!」
「遺体の切断面は不規則です。これは、少なくとも頭部を切断される前に被害者がまだ意識を保っていたことを示しています。さらに、犯人は人体についてある程度の知識がある可能性が高く、おそらく女性でしょう」
「そうでなければ、これほどまでに被害者を痛めつける理由が説明できません」
私は苦笑した。
かつては死体を見るたびに震えていた海斗が、今ではこんなにも熟練しているなんて。
まさにその通りだ。
だが、剛志は海斗の言葉を聞いて眉をひそめた。
「警察の捜査は、証拠を目の前に突きつけるべきだ!」
「お前、それが『可能性が高い』とかで済む話か? 法医学者として、そんな発言が許されるのか?」
「警察学校でお前の先生はそんなふうに教えたのか?」
彼はいつも慎重で、簡単に結論を出すことはない。
だからこそ、入職したばかりの年にいくつもの冤罪事件を覆し、一気に刑事課長に昇進したのだ。
それなのに、私の件に関しては、まるで即断即決だった。
彼は香織を永遠に信じている。
あの、お金のために彼を捨てたことがあっても、絶対に純粋で善良だと信じて疑わない「初恋」を。
笑わせる。
海斗は口を尖らせながら反論した。
「俺は適当なことを言うかもしれませんが、死体は決して嘘をつきませんよ」
「見てください、宮崎隊長」
「皮膚は水に浸かってふやけていますが、異常に青黒い色をしています。これは生前、皮膚が激しく壊死していた証拠です。そして、肺には広範囲に感染症の痕跡があり、両方の腎臓は水腎症と同時に硬化しています」
「これらは全て、強い薬物の注射によって引き起こされる症状です」
その言葉を聞いた瞬間、剛志の目つきが鋭くなった。
「薬物......だと?」
海斗は一瞬驚いて、「え、どうしたんですか?」と口ごもった。
「いや、何でもない」
剛志は目をそらし、冷静にマスクを外して部屋を出て行こうとした。
「そうだ、最近、伊藤理沙のDNAと一致したものは出てきたか?」
「えっ、あの裏切り者のことですか?」
突然の話の切り替えに、海斗は一瞬考え込んでから首を振った。
「いいえ、見つかっていません」
「それも不思議ですよね。現場にはあれだけ多くの血痕が残っていて、彼女は間違いなく重傷を負っていたはずなのに、この数年、全国を捜索しても治療の記録が全く見つからないなんて。もしかして、もう死んでるんじゃないですか?」
剛志はドアの前で一瞬立ち止まった。
そして冷たく笑いながら言った。
「ふん、あんな警察の恥さらし、死んだ方がマシだ」
「香織も含め、皆があいつを信頼していたのに、結局は欲に目が眩んで大物麻薬密売人に寝返り、作戦を台無しにし、同僚を犠牲にしやがった。香織まで殺されそうになったんだ」
「この警察の制服がなければ、天涯海角まで追い詰めてでも、俺はあいつを自分の手で千切り裂いてやる!」
第3話
私は自分の耳を疑った。
そんな言葉が、私がこの世で一番愛した夫の口から出るなんて、なんて皮肉なんだろう。
「そうだよな、あんな奴に、警察なんて務まるわけない!」
海斗も頷きながら軽蔑の声を上げた。
「あの人でなし、死んで当然だし、記録からも抹消してやるべきだ!」
「もうすぐだな」
剛志はドアノブに手を置き、押して外に出ていった。
私の頭は真っ白になった。
記録には、私が命懸けで得た栄光が一つひとつ、鮮明に刻まれている。それは命より大事なものだ。
それなのに、ただ香織のために、それさえも抹消するつもりなのか!
本当に、彼の胸倉を掴んで問いただしたい。
――剛志、あなたは私を愛したことがあるの?
「もしもし、香織?」
歩いている途中で、剛志は電話を取り、その瞬間、自然に笑顔が浮かんだ。
電話の向こうからは甘えた声が聞こえてきた。
「剛志、もう終わった? どのドレスもすごく可愛くて、選ぶのに迷っちゃう。早く来て一緒に選んでよ」
「わかった、すぐ行くよ」
剛志はその優しい声で返事をし、足早に歩き出した。
そして、私はそのまま引きずられるように、ウェディングドレスの店へと連れて行かれた。
「剛志!」
香織は白いマーメイドドレスをまとって、彼の胸に飛び込んだ。
剛志は微笑みながら、彼女の輝くティアラを直して、頬に軽くキスをした。
「本当に綺麗だよ」
「これだけで綺麗?」
香織は顔を上げて鼻を鳴らした。
「後ろのドレスの方がもっと綺麗だったら、どうするの?」
「赤ちゃん、一つだけ言わせてくれ」
剛志は彼女の腰をそっと抱きながら、優しい口調で言った。
「君が美しいから、どのドレスも素敵に見えるんだよ」
香織は恥ずかしそうに微笑み、軽く彼を叩いた。
「もう、いやらしい!」
その光景は、あまりにもロマンチックだった。
ウェディングドレス店のスタッフも羨ましそうに笑い、二人はまさに「お似合いのカップルだ」と囁いていた。
かつて、私がウェディングドレスを試着した時、剛志はこんな風ではなかった。
「忙しいから、君が気に入ったものを選べばいい」と言っただけ。
でも、何がそんなに忙しかったの?
――香織の仕事のレポートを手直ししていたんだ。
「ふぅ......」
突然、香織が眉をしかめ、震えた。
剛志はすぐに彼女の腕を放し、優しく椅子に座らせた。
「また足が痛むのか?」
香織は笑顔を見せた。
「ちょっとだけよ」
「ふん、俺は絶対に理沙という裏切り者を捕まえてやる」
剛志は歯を食いしばりながら言った。
「当時、君は彼女に協力するために、わざわざ人質になって危険な場所に飛び込んだのに、彼女は君の両足を傷つけ、終身障害になりかけたんだ!」
違う!
そんなことはない!
本当は彼女こそが裏切り者なんだ!
なぜ彼女の一方的な言い分だけで、私の無実を完全に否定するの?
剛志、あなたのあの正義感と細心の注意深さはどこに行ったの?
私は怒りで体が震えそうだったが......それでも彼らの愛し合う姿を邪魔することはできない。
「先日、骨科の専門医を紹介されたんだ。結婚式が終わったら一度見てもらおう。君はハイヒールが好きだからな」
「別に必要ないわ。どうせ妊娠したら、フラットシューズを履くようになるし」
「それとは全然違うよ」
剛志は彼女の手を握り、深いキスを落とし、真剣な眼差しで彼女を見つめた。
「香織、俺はこれから先、君が毎日、自分の好きなように生きられることを願っているんだ。もう、無理をして何かを選ぶ必要はないんだよ」
香織は目に涙を浮かべ、「剛志......」と囁きながら、二人は再び抱き合い、キスをした。
その光景を見ているだけで、私は胸が締めつけられた。
耳元に、死の間際に香織が嘲笑う声が蘇る。
「たとえあなたが剛志と結婚したとしても?」
「私という『初恋』には、絶対に敵わないわ!」
そう、私には敵わない。
剛志の心の中で、私は一度も彼が信じる「第一の存在」ではなかった。
香織こそがその「第一」だったのだ。
彼女は豪邸に嫁ごうと必死になって、金持ちのボンボンに尽くした挙句、出自を理由に彼の母親に追い出され、再び剛志のもとに戻ってきた。
それでも、彼女は「純粋無垢な初恋」のままだ。
全ては彼女の「苦労」と「やむを得なかった事情」のせいだ。
第4話
その当時、剛志は仕事を通じて私に惹かれ、私たちは婚姻届を出した。
ただ、私の身分が特殊だったため、結婚式を挙げることはできなかった。
でも、署内のみんなに結婚の報告をし、お祝いの祝い菓子も配った。それが私にとって、幸せな生活の始まりになるはずだった。
しかし、剛志はその後、頻繁に私と口論するようになった。
「同僚を家まで送っていくのが、そんなに問題か?」
「お前、もういい加減にしてくれないか?」
「理沙、頼むからもう疑うのはやめてくれ。何度も言ってるだろ、俺と香織はただの友達だ!」
でも、本当にそうだったのだろうか?
どんな「ただの友達」が、頻繁にランジェリーのレースがどうとか話し合うんだ?
どんな「ただの友達」が、うっかり真っ裸のバスローブ姿の写真を他人の夫に送るんだ?
どんな「ただの友達」が、妻が流産した日に仕事を休んで一緒に山登りに行くんだ?
それに、酔っ払って電話をかけてくるなんて。
「剛志、どうして私を待ってくれなかったの? あなた、まだ私を愛してるんでしょ?」
剛志はすぐには答えなかった。私から身を隠すために。
「そうだ、俺はまだ君を愛しているよ、香織」
浴室で蛇口を全開にしながら、彼は真剣に答えた。
「でも、もう遅すぎる。俺は理沙の夫になったんだ」
「もし次の人生があるなら、絶対に君を逃さない」
でも、彼は忘れていたようだ。
私は最も優秀な潜入捜査官であり、最も厳しい訓練を受けた警察官だ。
この程度の水音なんかで、私の聴力を誤魔化せるわけがない......。
だから、それが私にとって初めて、彼と本気で口論した日だった。
でも、私の訴えに対する彼の反応は、ただの苛立ちだった。
「理沙、お前、いつまで続けるつもりだ?」
「まさか犯罪者相手にするみたいに俺にもやろうってのか?」
「俺はもうお前と結婚したんだろ? 一体何を望んでるんだ?」
その一言一言が、私の心に鋭い刃を突き立てる。
私は泣き崩れながら彼に問いかけた。
「剛志、あなたが私にプロポーズしたんじゃないの?」
でも、返ってきたのはドアが閉まる音だけだった。
私はその夜、彼の背中に向かって一晩中泣き続け、翌朝、局長に潜入捜査任務の再開を申し出た。
きっと、少し距離を置けば、色々と考えが整理できるはずだと思って。
でも、誰がこんな結末を予想できただろう?
この決断が、全てを失うことになるなんて。
当初、その任務では、人質に予定されていたのは警察学校の3年生だった。
それなりに身のこなしができ、新顔だったから、任務を遂行するには最適だった。
しかし、どういうわけか、最終的に大物麻薬密売人に囚われたのは、香織だった!
その予想外の展開に、私は一瞬、動揺してしまった。
私は彼女が嫌いだった。
彼女のために、剛志は今までの誇りを捨ててまでコネを使い、彼女を捜査チームのインターン法医学者にした。そして、現場でもいつも一緒に行動していた。
それに比べて、私はまるで余分な存在のようだった。
でも、私は警察官だ。任務は全て優先する。
だから、彼女を死なせるわけにはいかなかった。
たとえ、それが私の命に代わるとしても。
ところが、彼女に密かに渡した保命用のナイフは、ためらいなく私の背中に突き刺さった。
その上、彼女は叫んだ。
「この女は理沙! 潜入捜査官よ!」
それは、あの大物麻薬密売人さえも夢にも見なかったような光景だった。
そして、私はまるで氷の底に沈むように、冷え切っていく。
――なぜだ?
「もちろん、あんたが不愉快だからよ!」
彼女は冷たく笑った。
「私と剛志が一時的に離れてる間に、あんたが彼を誘惑して、彼に結婚を迫ったんでしょ。理沙、あんたなんてこの世で一番図々しい女よ!」
「お前、自分が何を言っているのか分かってるのか?」
その場には、周りにたくさんの麻薬密売人がいた。全員、命をかけて逃げる覚悟の連中だ。
そんな状況で、たかが男を奪うために、私を裏切ったというのか!
しかし、香織は答えなかった。
彼女はただ、麻薬密売人のボスに向き直り、歪んだ表情で言った。
「ここで時間を稼いであげる。その代わり、理沙の始末は私に任せて」
第5話
大物麻薬密売人が文句を言うはずもなかった。
むしろ、彼は寛大に3キロの薬物と二人の部下を香織に手助けさせるために残した。
「お前は実に卑劣な女だが、俺は気に入ったよ。もし警察でやっていけなくなったら、俺のところに来い」
大物は紙に電話番号を書き残し、言った。
「そんなことは絶対にありえないわ」
「だって、私は剛志と永遠に幸せになるんだから!」
香織はその番号を見向きもせず、私の携帯を使って外で待機している警察にメッセージを送った。
「アジトに爆弾あり、軽率な行動を控えるべし」
その後、彼女は大物麻薬密売人が事前に録音した音声を少しずつ流し、すべての麻薬密売人がまだアジトにいるように見せかけた。
実際には、私を拷問し、命を奪おうとしていた。
丸三日三晩、私の体は黒い針の痕だらけになった。
薬物依存が発作的に襲ってくると、骨の髄まで無数の蟻が這い回り、噛みついているようだった。
私は尊厳を失い、叫び、転げ回り、失禁さえし、人間とも幽霊とも言えない姿になった。
香織は言った。「私に土下座してお願いすれば、楽に死なせてあげるわ」
だが、そんなことは絶対にありえない!
私は警察官だ。罪人に屈するわけにはいかない!
それを見た彼女は、私の目をえぐり出し、耳元でそれを潰す音を立てた。
さらに、特製の小さなハンマーで私の全ての骨を一つずつ砕き、手足を細かく切断した。
それでも、アドレナリンを注射して私を生かし続け、すべての苦痛を完全に感じさせた。
ついには、鈍いナイフで喉をゆっくりと切られ、血が床一面を赤く染めていった。
私はそこで完全に息絶えた。
私の遺体の断片は、大物麻薬密売人の手下によって運び出され、廃工場には香織だけが残った。
彼女は私の銃を使い、何のためらいもなく自分の両脚を撃ち抜き、激痛に耐えながら外の警察支援部隊を引き寄せた。
「ごめんなさい、剛志! 私が無力だったせいで!」
「理沙は大物麻薬密売人から金を受け取って、偽情報を流し、罪を恐れて逃げたのよ!」
彼女の脚は血で染まり、涙で顔を濡らしていた。
剛志が彼女を疑うはずもなかった。その場で局長に報告し、私の全国指名手配が始まった。
それも赤手配のリストだ。
神様、あなたは本当に残酷だ!
私を無惨に殺し、汚名を着せただけでは飽き足らず、私にこの二人の甘い関係を目の当たりにさせるなんて!
私は一体何を間違えたというの!
そして、結婚式の日、同僚たちは皆集まっていた。
「香織さん、本当に綺麗だよ!」
「香織さん、おめでとう! 宮崎さんと早く子供ができるといいね!」
「五年経って、ようやく実を結んだね。おめでとう!」
「ついにお似合いのカップルが結ばれた! 私が応援してたカップルが実現したわ!」
私は胸がさらに痛むのを感じた。
五年前から、彼らの目には剛志と香織が完璧なカップルだったというのか?
それなら、私は何だったの?
ただの笑い者か?
その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おっと、ちょっと渋滞に巻き込まれてしまって、遅れてないかな?」
それは局長だった。
彼は満面の笑みで、二つの大きな紅包を差し出した。
「おめでとう、宮崎さん、山下さん。新婚生活を祝ってるよ!」
「ありがとうございます、高橋局長」
剛志も珍しく笑顔を浮かべていた。
「忙しいだろうと思って、来られないんじゃないかと思ってました」
「そんなわけないだろう!」
局長は笑って言った。
「君たち二人はここまで来るのに苦労が多かった。私はこの数年間、君たちが成長し、ますます優秀になっていくのを見てきたんだ。どんな大事な仕事があったとしても、君たちの幸せを祝う方が大事だよ!」
「本当そうですよね。二人が結婚するなんて、誰もが『苦労の末の幸せ』だって感動してますよ!」
海斗が舌打ちしながら言った。
「理沙とかいうあの裏切り者のせいで、うちの宮崎隊長は無駄な時間を何年も過ごす羽目になったんだ!」
「海斗、そんなこと言わないで」
「何があっても、理沙はずっと君のことを弟のように思っていたんだから」
香織はそうやって彼を諭しながらも、その目には得意げな光が浮かんでいた。
それを見て、海斗はさらに興奮し、軽蔑の声を上げた。
「誰がそんなこと気にするか! 俺が彼女に夢中になって崇拝していたなんて、思い出すだけで気持ち悪い!」
第6話
「気持ち悪い?じゃあ、どうしてゲームの課金が終わると私にご飯代を借りに来たの?」
「どうして女の子に振られた時、私の足にしがみついて大泣きしたの?」
「それに、せっかく書き上げた検死報告書が、香織の名前で表彰されて、悔しくて私に愚痴をこぼしてたのは誰?」
「本当に、どっちが気持ち悪いのか!」
その時、同僚が小声で海斗を突いた。
「こんなめでたい日に、何でわざわざそんな縁起でもない話を持ち出すんだよ?」
彼は局長の方を見て、海斗に目で示した。
海斗もようやく私と局長の関係に気づいたのか、口を閉じた。
しかし、局長は笑顔で手を振りながら言った。
「我々は警察官だ。間違いに直面する時は逃げてはいけない」
「そして、警察隊に理沙のような裏切り者が出たことを、私も非常に悲しんでいる」
「彼女の行方についても、警察は追跡を続けているから、香織にもしっかり報告できるよ。安心しなさい」
そう言いながら、局長は剛志の肩を軽く叩いた。
その時、私の全身は、痛みで震えていた。
8歳の時に、両親が殉職した後、局長は私を引き取ってくれた。
彼は私を自分の子供のように育て、父親のように愛情を注ぎ、私を誇りに思ってくれていた。
そして、剛志と結婚した時、涙を浮かべながらも厳しい顔をして、
「もし、理沙を大切にしなかったら、お前の脚を折ってやる」と言っていたのに。
今では彼も......。
「局長、もう一つお願いがあります」
剛志が真剣な表情で言った。
「香織と二人で、理沙の両親の墓を建て直したいと思っています。私たち二人の名前で。彼女のような裏切り者は、烈士の子供としてふさわしくありません。彼女は烈士の名誉に泥を塗るだけです」
私はまるで雷に打たれたかのようだった。
私のすべての名誉を抹消するだけでは足りないのか?
私の両親の名誉までも奪おうというのか!
剛志、お前は本当に人間か!?
局長は少し考えた後、頷いた。
「君の言う通りだ。烈士の名誉は守られるべきだ。彼女の名前がそこに残っているのは不適切だな」
「結婚式が終わったら、すぐに手続きを進めるといい」
「ああ、そうだ」
局長は思い出したかのように、スマホを取り出して剛志に見せた。
「この前君が提案した件も、もう手続きが進んでいるよ」
「通緝犯理沙の全ての名誉を剥奪する件に関する会議通知」
その電子文書のタイトルを見た瞬間、私は突然笑い出してしまった。
死ぬのも、案外悪くないものだ。
少なくとも、これで明らかになった。
私がかつて愛し、信じてきた人々が、全員漏れなく、24K純度の大バカ者だったってことが。
「これって、やりすぎじゃない?」
香織は口元の笑みを隠せないでいたが、わざとらしく心配そうに言った。
「理沙が犯した罪は確かだけど、彼女のこれまでの功績を......」
「香織、お前の唯一の欠点は、優しすぎることだ」
「彼女が自分の功績を大切にしているなら、金に目がくらんで犯人を逃がしたり、君を傷つけたりするわけがない。全部、彼女の自業自得だ!」
剛志は不満げに眉をひそめ、その目には嫌悪が溢れていた。
「それに、もし彼女を捕まえることができたら、法律の裁きにかける前に、必ず君の前で土下座させて謝罪させる!」
局長も頷いた。
「そうだ。自分でまいた種は、自分で刈るしかない」
でも、私はもう死んでいる。
殺したのは、そちらで祝福されているその香織だ。
どうやってこれ以上、私を生かさないようにするつもりなんだ!?
怒りが込み上げすぎたせいか、私は突然、自分の顔が痒くなるのを感じた。
手で触ってみると、血の跡があった。
そうか......人間は死んでも涙を流すことはない。
ただ、血の涙を流すだけだ。
「もしもし?」
式が進行している最中に、剛志の携帯が突然鳴った。
激しいドラムの音が響き渡り、祝福ムードの中で一際異質なものだった。
だが、彼は以前言っていた。この音にしておけば、いつでも緊張感を保ち、油断しないで済むと。
電話を取ると、向こうからモーターボートの轟音が聞こえた。
そのため、相手の声はほとんど叫び声のようだった。
「宮崎隊長、たった今、死体の頭部が見つかりました!」
剛志は驚いて喜んだ。
「本当か?」
この遺体の事件は、市全体を震撼させ、警察も大きなプレッシャーを抱えていた。
頭部が見つかれば、歯のDNAを採取して身元を特定でき、事件解決も近づく。
「本当です! 一度確認に来てください!」
そう言って向こうは続けた。
しかし、剛志は眉をひそめた。
「俺が確認する必要があるのか? 鑑定課に回せばいいだろう。俺が今日は何の日か知ってるのか?」
「宮崎隊長、あなたは必ず来るべきです!」
相手は焦った様子で、彼の言葉を遮った。
「私が思うに、この頭部は......」
剛志はイライラした様子で言った。
「何なんだ、はっきり言え!」
「私は、この頭部が理沙のものではないかと思います」
「五年前、大物麻薬密売人を逃がして罪を犯し、逃亡したまま行方不明で、あなたの元妻でもある理沙です」