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その年の寒い冬を覚えている
再び目を覚ました時、俺は決心した。高原玲美を自由にしてやろうと。 彼女が吉田和輝親子を家に呼んで面倒を見るつもりなら、俺は邪魔せずに身...
Chương (1)
第1章
再び目を覚ました時、俺は決心した。高原玲美を自由にしてやろうと。
彼女が吉田和輝親子を家に呼んで面倒を見るつもりなら、俺は邪魔せずに身を引く。
前世では、彼ら親子のために玲美と何度も口論を繰り返した。
本来なら老後の生活費や治療費として取っておくべき金まで、和輝の息子の結婚費用に使われてしまった。
そして、あの厳しい冬、俺は寒さで命を落とした。
玲美はその知らせを聞いても、悲しみの表情を一つも見せず、むしろ俺が彼女の大切な名付け子の結婚式の日に亡くなったことを責めた。
だが、今世の俺にはもう未練などない。
彼女は彼女の道を行き、俺は俺の橋を渡るだけだ。
第1話
「学院が君に一つ枠を残してくれたから、留学できるぞ。家に帰って相談してみたらどうだ?」
「行きます!」
俺は少し汗ばむ掌をぎゅっと握りしめ、興奮した表情で再度自分の意思を伝えた。
先生は目を丸くし、驚いたような表情を見せた。
「そ、それで……玲美さんは同意するのか?」
前世の俺は、留学のチャンスを諦めて、婚約者の玲美と一緒にいる道を選んだ。
だがその後、彼女は大学院に進学するために津市へ行った。
和輝親子が住むあの街へ。
一方の俺は、仕事の都合で戸市に残るしかなかった。毎月彼女の学費を送金し、彼女の両親と問題ばかり起こす弟の面倒を見る日々。
彼女の学業が終われば、また一緒に小さな家庭を築けると思っていた。
しかし、彼女は卒業後、仕事を理由に戻ってこなかった。
普段はお金が必要な時だけ、メッセージが送られてきた。
やっと正月になって会えると思った矢先、彼女は和輝親子を連れて帰ってきた。
「お母さんを亡くしたかわいそうな親子なんだから、仕方ないでしょ」
そう言われると、俺は何も言い返せなかった。
さらに、三人で神社に行き、まるで家族のように仲良く祈願している姿を見た時、俺の心に積もっていた嫉妬が爆発した。
俺は玲美に話を切り出した。「家の親たちが、孫の顔を見たいと言ってるんだ」
俺は彼女との子供が欲しかった。
だが、彼女は激怒した。
「鈴木嵐汰、自分のことしか考えてないの!?私、今はキャリアのために頑張ってるのよ。子供なんて作る暇なんかない!」
これ以上怒らせないために、俺は譲歩した。
彼女のキャリアを最優先に考えた。
だが、彼女は和輝親子をもっとよく面倒見るために仕事を辞める選択をした。
さらには、俺たちの老後資金をも和輝の息子の結婚費用に使った。
その冬、俺の足の痛みはひどくなっていた。
だが、病院に行く金もなかった。
家は冷蔵庫のように冷え込み、寒さで震え続けた。
俺は玲美に電話をかけて金を頼もうとした。
だが、すべて無情に切られた。
年老いた俺の体はもう耐えられず、ついに寒さに凍えながら死んでいった。
俺が発見されたのは、一か月経った後だった。
警察が玲美に連絡を入れた。
俺は、彼女が俺の遺体を見て、少しでも罪悪感を抱くのではないかと期待していた。
だが、俺の期待は完全に裏切られた。
彼女は冷たい表情で俺を責め立てた。
「嵐汰、あんた本当に大したもんだね!死ぬのに日を選ばないなんて!わざわざこんな日に、誰を困らせたいの?」
その瞬間、俺の心は氷の底に沈み込んだ。
だが、幸運なことに、神様は俺にもう一度の機会を与えてくれた。
この人生では、彼女には彼女の道を行かせ、俺は俺の道を進む。
俺は真っ直ぐな目で先生を見据えた。
「これは俺自身の問題です。自分で決められます」
先生は一瞬驚いたように黙り込んだ。玲美を深く愛していた俺が、こんな言葉を口にするとは思ってもいなかったのだろう。
だがすぐに、彼は満足そうに頷いた。
「大人になったな」
二度の人生を経験すれば、心も成熟するものだ。
俺は先生に別れを告げ、家へと帰った。
第2話
玲美はまだ帰ってきていなかった。
まぁ、もう慣れている。
俺は簡単にラーメンを作って腹を満たした。
だが、食べている途中でドアの音がした。
玲美が和輝親子を連れて帰ってきたのだ。
和輝親子は靴を脱ぎ、コートを脱ぐ動作を流れるようにこなし、三人で今日見た映画を褒めながら笑い合っていた。
俺がリビングにいるのを見て、一瞬動きを止めた。
羊毛のシャツにカジュアルパンツを身に着けた和輝が、場を和ませるように口を開いた。
「嵐汰、悪いね。俺、戸市に戻ってきたばかりで家をまだ片付けてなくてさ。吉田祐希を連れてちょっと食事にお邪魔しちゃったけど、気にしないでくれよな?」
俺の記憶が正しければ、彼が戻ってきたのはもう三か月も前だ。
和輝は金縁の眼鏡を指で押し上げた。その目には嫌味な笑みが浮かんでいる。
彼の息子、祐希は飛び跳ねながら俺のそばに来て、俺のどんぶりを指さして言った。
「ラーメン食べたい!」
それも俺が作るラーメンを指定だ。
「叔父さんに失礼なこと言っちゃだめだよ!」
「でも僕、食べたいんだもん!玲美おばさんのゲストだし、作ってくれてもいいでしょ!」
和輝は困ったような表情を作り、言い訳をした。
出国前に、必ず玲美との婚約を解消しなければならない。
玲美との婚約は、彼女の両親が決めたことだ。
俺たちは子供の頃から一緒に育ち、お互いをよく知っている。
だから高校入試が終わるとすぐに婚約した。
昔はこういうことは普通だったのだ。
婚約解消自体は大したことではないが、玲美の両親には恩があるから、直接会って話さなければならない。
じゃあ、いつ帰るのがいいだろうか。
「祐希、俺たちもう行くぞ!」
和輝の声が俺の考えを中断させた。
顔を上げると、彼らが目に入った。
祐希が玲美にしがみついて離れない。
「玲美おばさん、僕、玲美おばさんとパパと一緒に寝たい!」
和輝は俺を一瞥し、わざと大声で祐希を叱った。
「何歳だと思ってるんだ!玲美おばさんに甘えて恥ずかしくないのか!」
「そんなふうに言わないであげてよ」
玲美の笑顔は最初から最後まで崩れなかった。
和輝はこめかみを揉み、わざとらしくため息をついた。
「俺は嵐汰が誤解するんじゃないかって心配してるんだよ。だって玲美と君は婚約してるんだし、今日俺が祐希を連れてきて3人で食事したことについて、嵐汰が不満に思っているんじゃないかと思って」
彼は苦笑を浮かべながら続けた。
「子供は分別がないけど、大人の俺が無礼でいるわけにはいかないからね」
「彼は昔からポーカーフェイスだから、気にしなくていいの」
玲美は彼らを家まで送りに行った。
俺は彼女が何か口実を作って戻らないだろうと思っていた。
ところが、わずか2分で戻ってきたのだ。
「今日、家に戻って誕生日を一緒に祝わなかったから怒ってるの?」
誕生日?
俺は少し驚いてから、今日が俺の誕生日だということを思い出した。
でも、両親が亡くなって以来、誕生日を祝ったことはなかった。
玲美にも以前話したことがあったが、彼女は気にも留めなかった。
玲美は俺の黙ったままの様子を、同意だと思ったらしい。
彼女は唇を引き締めて弁解した。
「前に話したでしょ?和輝親子の世話をするのは、亡くなった友人の遺言を守るためなの。約束を破るなんてできない」
俺が何も言わないのを見て、さらに柔らかな口調になった。
「次からは家に連れてこないようにするわ」
俺は黙って自分の食器を洗いに行った。
玲美は俺の異変に気付くことなく、両親が足をくじいた話を続けていた。
「最近、授業が多くて…」
俺は冷淡に答えた。
「暇を見つけて様子を見に行くよ」
この機会に彼女の両親に話をつけようと思ったのだ。
玲美は急に笑顔になり、飛びついてこようとしたが、俺は身をかわした。
彼女の体からタバコの匂いがした。
第3話
翌日、玲美は早起きして俺のために朝ごはんを買ってきてくれた。
「おはよう!これから授業だから、家で一緒に食べられないけどね」
彼女の慌ただしく出て行く背中をじっと見つめ、一瞬だけ違和感を覚えた。
何かがおかしい。
前世の玲美とは少し違う気がする。
だが、その奇妙な感覚もすぐに消えた。
俺が玲美の両親に渡す物を買いに店に行った時のことだった。
偶然、学校にいるはずの玲美に出くわした。
彼女は片手で和輝に腕を絡め、もう片手で祐希を引っ張り、その顔には幸福感に満ちた笑みが浮かんでいた。
二度の人生で分かったことだが、和輝が隣にいる時だけ、玲美はこんな笑顔を見せる。
俺は彼らを邪魔することなく、そっと買い物を済ませ店を出た。
書店を通りかかったついでに、店主に菓子を渡した。
学生時代、この店主には随分世話になった。バイトを探しているとき、真っ先に声をかけてくれたのもこの人だ。
出国前に感謝を伝えておきたかった。
「田中さん、これまでのご厚意、本当にありがとうございました」
店主は慌てて手を振りながら答えた。
「そんな大げさな!君がここで働いてくれてから、うちの売上が目に見えて上がったんだよ」
笑いながら話していると、玲美が祐希を抱えて通りかかった。
店主が俺の肩を叩き、小声で尋ねた。
「ねえ、あの子とどういう関係だ?何度か君の奥さんが抱っこしてるのを見たことがあるよ。この前なんか隣に眼鏡をかけた男がいたな」
「その男、金縁眼鏡をかけてて、見るからに怪しそうだったぞ!嵐汰、気をつけたほうがいい。まさか他人に人生を台無しにされるなんてことにならないようにな」
ここに住んで数年、俺が玲美をどれだけ甘やかしているかは、皆が知っている。
彼らはよく俺をからかう。
「嫁を迎えたんじゃなくて、娘を養ってるようなもんだな」
俺がいれば、彼女は何一つ心配しなくて済む。
昔、ここに来て学校に通い始めた頃、玲美はルームメイトとうまくいかなかった。
だから俺は彼女のために外に部屋を借りた。
掃除が嫌いで、自炊も面倒くさいという彼女のために、一緒に住むことにした。
俺の部屋は本来、物置として使われていたにも関わらずだ。
かつての俺は、真心を込めればそれが返ってくると信じていた。
だが、それは間違いだった。
誰もが同じ考えを持っているとは限らない。
前世の自分があんなにも惨めな生活を送ったのは、自分自身にも問題があったからだ。
「俺と玲美のことはまだ何も決まってないから、そんな冗談はやめてくださいよ」
店主は一瞬驚いた様子だった。
「でも君たち、婚約してるんだろ?」
俺は玲美の両親に渡すために買った品物を見つめながら、淡々と答えた。
「婚約したからって、必ず結婚するわけじゃありませんから」
家に戻った俺は、荷物を片付け始めた。
玲美の両親を訪ねる機会を利用して、実家に帰るつもりだ。
ついでに、両親のお墓参りもしたい。
そう考えて、当日の午後の切符を買った。
家を出る前、玲美が戻ってきた。
彼女は俺に小さなスナックを渡し、道中で食べるようにと言った。
「本当は一緒に帰りたかったんだけど、こっちが忙しくてね。代わりに私の両親を見てきてくれる?」
「うん、大丈夫だよ。君は君のことを優先して」
適当に答えた後、俺は帰郷する電車に乗った。
故郷に着いた後、1番に玲美の両親に渡す土産を買いに行った。そして、家に着いた頃にはすでに夜になっていた。
玲美の両親は俺が戻ったのを見て、驚きの表情を浮かべた後、笑顔になった。
「どうしたんだ、急に帰ってきて」
二人は俺の後ろをちらりと見て、俺が一人だとわかるとこう聞いてきた。
「玲美と喧嘩でもしたのか?」
俺は手に持った荷物を家の中に運び入れ、頭を振って自分の考えを話した。
「婚約解消したいんです」
玲美の父親は最初驚き、次に怒りを見せた。
しかし、その怒りは俺に向けられたものではなかった。
「玲美が何かお前を傷つけるようなことをしたのか?言ってみろ、俺があの子を叱る!」
玲美の母親が彼を引っ張り、冷静になるように促した。
俺は首を振り、否定した。
「彼女は何も悪くありません。ただ、俺たちは合わないと思ったんです」
俺の態度があまりにも真剣だったため、玲美の両親もそれ以上説得しようとはしなかった。
だが、玲美の父親は俺に酒を勧め始めた。
一杯、また一杯と酒を飲み、彼は酔い始めた。
そしてこう言った。
「お前は小さい頃から本当にできた子だ。責任感も強いし。あの子が本当に何か悪いことをしたんだろう。お前が婚約解消を言い出すなんて、絶対にそうだ」
「いい婿を失ってしまったのは、残念だよ」
俺は微笑みながら首を横に振り、熱いお茶を注いで彼に渡した。
「婿にはなれませんでしたが、あなたとお母さんへの感謝は忘れません。これからも息子のように思っていただければ、高原友貴さんと同じように親孝行します」
玲美の弟である友貴の話題になると、彼の父親は深いため息をついた。
「アイツがお前の半分でもしっかりしてたら、俺もこんな怪我しなかったのにな」
俺たちは夜遅くまで話し込んだ。
翌朝、玲美の母親が二日酔いのために特製のスープを作ってくれた。
そして、婚約解消のことで俺が気まずく思わないように励ましてくれた。
「学校のことも落ち着いてるんだろ?少し家にいてもいいじゃないか。ちょうどいい布を手に入れたから、新しい服を作ってあげるよ」
彼女の口やかましさが、逆に俺の目を潤ませた。
本当に、彼らは俺にとても良くしてくれる。
時は流れ、ついに俺の出国する日が着々と近づいてきた。
俺は予定より2日早く戻り、準備を整えた。
道中、俺は必要なものがちゃんと揃っているかどうか心配だったが、結局、金さえあればなんとかなると思い直した。
以前、書店でのバイトで貯めた金もあるし、本の翻訳で得た原稿料もある。
これでしばらくの間、生活費の心配はない。
未来を思い浮かべると、自然と笑みがこぼれた。
荷物を手探りしていると、玲美の両親がこっそり入れてくれた金を見つけた。
大きな紙幣も、小さな硬貨も。
全てが彼らの汗水の結晶だった。
俺は一瞬、涙が溢れ出し、そっとつぶやいた。
「ありがとう」
第4話
俺が家に着いた時、和輝は俺のベッドでくつろいでいた。
その息子は靴を履いたまま俺が整理したばかりの服の上で飛び跳ね、机に並べてあった本は破られてボロボロになっていた。
俺が部屋に入ったことに気づいても、彼らは特に反応を示さなかった。
ただ、玲美が入ってきた瞬間、和輝はようやくゆっくりと起き上がり、息子を叱るふりをしていた。
「嵐汰、ごめんね。今日は頭がふらふらして、玲美が俺をここで休ませてくれたんだ」
玲美も和輝のフォローを入れる。
「家には部屋が二つしかないでしょ?和輝を私の部屋で休ませたら、あなたが嫌がると思って…」
「嫌じゃない」
俺は無表情のまま振り返り、玲美をじっと見つめた。
和輝を玲美の部屋に行かせるなら全く問題はない。それどころか、今の状況が何より腹立たしかった。
玲美は一瞬困惑したような表情を浮かべ、俺の言葉の意味を探ろうとしているようだった。
一方の和輝は、無邪気そうな顔で俺に謝罪をしてきた。
俺は冷笑を浮かべながら答えた。
「謝れば済むなら、警察はいらないだろう」
俺は本の上で跳ねている祐希を持ち上げ、その手を少し上げてみせた。
玲美が慌てて駆け寄り、俺を押しのけるように祐希を庇い、その声には焦りがにじんでいた。
「子供相手に何を本気になってるのよ!」
「全部俺が悪かったんだ。玲美に甘えて、ここで休ませてもらったのが間違いだった。怒りを俺にぶつけてくれればいい。息子には悪気なんてないんだ。だって、彼には母親がいないんだから…」
和輝は前世と同じだった。
いつも玲美の前で、彼女が一番気にしていることを持ち出してくる。
「子供が可哀想だ」とか、彼女の親友が亡くなる前に託した言葉をほのめかすようなことを言って。
以前は、玲美がそのことで和輝にコントロールされているのが可哀想で、俺も和輝と激しく言い争ったものだ。
「母親がいないのは事実だが、父親がいるだろ!そんな言い方で玲美に罪悪感を植え付けるつもりか?」
前世の俺なら、この言葉で彼女が目を覚ますと信じていた。
だが現実は違った。
玲美は俺の言葉に耳を貸すどころか、逆に俺の顔を叩き、険しい表情で言い放った。
「嵐汰、いい加減にして!」
何度もこうしたやり取りを繰り返すうちに、彼女はいつも俺を責め立て、俺たちの関係は冷え切っていった。
今、和輝の策略を目の当たりにしても、俺の心は驚くほど穏やかだった。
俺はただ、玲美に突き飛ばされてぶつけた手の痛みを感じながら、部屋の散らかった物を片付け続けた。
「ええ、あなたたちの言う通りだ。俺が子供相手に本気になるべきじゃなかったな」
玲美は唇を噛みしめた。
「そういう意味で言ったんじゃないの…」
その言葉を最後まで言い切る前に、祐希が彼女の腕の中で大泣きし、彼女の注意を奪った。
和輝は手の施しようがなくなった玲美を慰めながら言った。
「大丈夫だよ。驚いただけなんだ。祐希は小さい頃から気が弱いからね…」
気が弱い?
もし本当にそんな性格なら、人の部屋で好き勝手に暴れたりしないだろう。
和輝の言葉に一言二言返す間もなく、彼らはリビングへと移動していった。
俺は鈍く痛む腰を揉みながら、自分の荷物を片付け続けた。
田舎にいた時は毎日玲美の両親を手伝い、重労働をこなしていたが、あまり身体を鍛える習慣がなかったせいで、体力が落ちてきたのかもしれない。
これからは早起きしてジョギングでも始めるべきだ。
出国する前に身体を壊すなんて最悪だからな。
そんなことを考えていると、玲美が薬を手に部屋に入ってきた。
「さっきは私が悪かったわ。子供を叩くのかと思ってしまって…ごめん」
俺は本を持つ手を止めた。
彼女が謝っている。
太陽が西から昇る日が来たのか?
信じられない気持ちだったが、驚きもそれほど長続きはしなかった。
前世の玲美は自信家で自分の非を認めることはほとんどなかった。
むしろ亡くなった親友の夫と息子を助けることを誇りに思い、自分を義理堅く友情深い人間だと信じて疑わなかった。
だが、その「正義感」の代償はいつも俺が負わされる形となっていた。
玲美はその薬を俺に塗ろうと近づいてきたが、俺はそれを無視した。
「2人とも元気にしてた?」
微妙な空気を変えるように玲美が質問してきた。。
「元気だったよ」
俺は一言で済ませた。
玲美が再び身を寄せ、結婚についての話を切り出した。
「私が卒業したら、すぐに婚姻届を出しに行こう」
「そんなことより、まずは目の前のことに集中しろ」
玲美はまだ何か言いたそうだったが、外から祐希の泣き声が響いてきた。
「玲美おばちゃーん!玲美おばちゃーん!」
「祐希、これ以上騒いだら本当に置いて行くぞ!」
和輝はそう言いながら、こちらを一瞥した。
玲美が部屋を出て祐希をなだめに行くと、和輝は俺に向けて満足げな、そして勝ち誇ったような笑みを浮かべた。