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憎しみの連鎖
私は笑顔を浮かべながら兄の目の前で息を引き取った。その時、兄はあまりの苦しさに血を吐きそうになっていた。 この21年間、兄には一日たりと...
Chương (1)
第1章
私は笑顔を浮かべながら兄の目の前で息を引き取った。その時、兄はあまりの苦しさに血を吐きそうになっていた。
この21年間、兄には一日たりとも、私の死を望まなかった日はなかったと思う。
すべての始まりは、私が5歳の誕生日を迎えた日のことだ。
あの日、私は出張中の両親に「帰ってきて一緒にお誕生日をお祝いしてほしい」とお願いした。
両親は私の願いを叶えようと、無理をして夜通し帰ってこようとしてくれた。
でもその途中、交通事故に遭い、二人とも帰らぬ人となってしまった。
それ以来、兄は私を憎むようになった。「お前のせいだ」と、まるで私が両親を奪ったかのように責め立てた。
兄は、私が作った作品を従妹が横取りするのを見過ごしただけでなく、大家さんを説得して私を追い出すよう仕向けたこともあった。
兄の願いはただひとつ、私が惨めに死ぬことだった。
だけど、皮肉なことにその願いが叶ったその日、兄は泣きじゃくりながらこう叫んだ。
「お願いだ、目を覚ましてくれ。もう一度、『お兄ちゃん』って呼んでくれ」
第1話
二階堂拓弥から電話がかかってきたのは、ちょうど家に戻った瞬間だった。
手に握りしめていた診断書は、いつの間にかぐしゃぐしゃになっていた。
「今どこにいる?」
電話越しの拓弥の声は冷たく、まるで氷の刃のようだった。
答えようとする前に、彼は一方的に続けた。「今日は【朝暮】の発表会だ。急いで来い。遅れるな」
言い終わると同時に、通話は素っ気なく切られた。
いつも通りの態度だ。必要最低限のことしか言わない、相変わらず冷たい人だ。
窓の外から差し込む夕焼けが、部屋の隅をほんのり染めていた。私はデスクの前に腰を下ろし、診断書を無言で引き裂いた。紙片がひらひらと机の上に舞い落ちる。そんな時、彼から発表会の会場の住所が届いた。
深い息を吐き出し、クローゼットから一番豪華なドレスを選び出す。そして、唯一の高価な宝石を身につけた。今日はどんなことがあっても、完璧な姿で臨みたかった。
何と言っても【朝暮】は、母が遺した設計図をもとに、私が心血を注いで完成させた作品だ。母の希望を裏切ることなく、最高の形で刺繍を仕上げた自負がある。
しかし、司会者がステージでこう紹介した時、私の動きは止まった。
「それではご登壇いただきましょう。【朝暮】の作者、森島瑠香様です」
ドレスの裾を掴み、立ち上がろうとした私は、まるで滑稽な道化のようだった。
周りの視線が突き刺さり、手が震え出した。仕方なく座り直し、苦々しい表情を浮かべるしかなかった。
壇上では瑠香がマウスを操作し、私の作品を紹介するためのプレゼン動画を流していた。
司会者に【朝暮】という名前の由来を聞かれた瑠香は、ひとつ穏やかな微笑みを浮かべながら私の方を見た。
「皆さんもご存じの通り、このデザイン図は生前の叔母が遺した唯一の原稿です。この名前は、叔母と叔父の愛を記念してつけました。叔母は生前、何度も『朝から晩までずっと一緒にいたい』と語っていました」
少し間を置いた後、彼女はわざとらしく目を伏せ、感傷に浸る素振りを見せた。
「この刺繍の一針一針には、叔母が叔父へ向けた愛情と、私の叔母への思いが詰まっています」
その言葉が終わると、会場は大きな拍手に包まれた。中でも右手側から聞こえる拓弥の拍手が、一際大きく響いていた。
彼は壇上の瑠香に優しい眼差しを向け、その目には誇らしさと称賛の色が溢れていた。
私は胸の奥が締めつけられるように苦しくなり、震える指先を握りしめ、やっとの思いで拓弥に声をかけた。
「どうしてこんなことを?」
すると、拓弥は吐き捨てるように言った。「お前にはそんな資格がない」
ざわめきの中でも、その冷酷で嫌悪に満ちた言葉だけは、私の耳にしっかりと届いた。
「お前の名前が【朝暮】に載ったら、母さんの心血が汚れるだけだ」
第2話
拓弥は私の兄だ。
兄は21年間ずっと私を憎んでいる。
理由は簡単だ――私が両親を死なせた元凶だと思っているからだ。
私が5歳の誕生日を迎えた日、両親は隣の県で出張中だった。
でも、両親はどうしても私のことが気になっていたみたいで、仕事が終わるとすぐ電話をかけてきてこう聞いてきたんだ。
「どんな誕生日プレゼントが欲しい?」
当時の私はただの子供だった。だからプレゼントよりも、両親と兄と一緒に誕生日ケーキを分け合って、みんなで笑い合いたい。それだけだったんだ。
この幸せな瞬間を、家族みんなで共有したかった。
だから、両親も私を喜ばせようとして、無理を承知で夜通し車を飛ばして帰ろうとした。
でも、そんな悲劇が待ち受けてるなんて、あの時の私は夢にも思わなかった。
私の誕生日は、両親の命日になってしまったんだ。
両親が亡くなった後、親戚たちは急にソワソワし始めた。それは私たち兄妹の心配をしていたからじゃない。ただ、両親が残した財産を巡っての争いだった。
そんな中、叔父が急いで駆けつけて、私たち兄妹の養育権を手に入れてくれた。そして私たちを家に迎え入れながら、目を赤くしてこう言ってくれたんだ。
「両親の遺した財産は、お前たちのためだけに取っておく。うちは一銭も手をつけない」
従妹の瑠香は幼いながらも、拓弥の手を握りしめてこう言った。「お兄ちゃん、泣かないで。これからは瑠香が守ってあげるね」
その時初めて気づいたんだ。兄は優しい人なんだって。
瑠香の好きなものを細かく覚えて、毎日彼女の帰りを待つ兄。
いじめられると、迷わず彼女を守るために立ち向かう兄。
何か特別な日には、瑠香を喜ばせるためにサプライズを一生懸命考える兄。
これが、本当の兄なんだなと思った。
でも、そんな兄の優しさは私に向けられたことなんて一度もなかった。
兄が私に見せるのは、憎しみだけだ。
あの日から続く兄の憎しみは、今でも消えない。
次の日、会社に着いた私は、なんだか嫌な予感がした。通りすがる社員たちは、皆こっそり私を見ては何か言いたそうな顔をして黙っていた。
オフィスに近づくと、私の荷物が全部外に放り出されているのが見えた。中身は散乱していて、特にデザインの原稿はほとんどが真っ二つに裂かれていて、見るも無惨な有様だった。
私は思わず顔をしかめて、「どういうことなの?」と唖然としていると、背後から聞き覚えのある軽い笑い声がした。
「弥江さん」
振り返ると、オフィスから出てきたのは瑠香だった。私の驚いた目と視線が交わると、彼女は満面の笑みを浮かべながらこう言った。
「ごめんね。お兄ちゃんがね、『朝暮』の作者である私がチーフデザイナーとして務めるって決めてくれたの。それでこのオフィスは、私が使うことになったの。だから弥江さんは......」
彼女は眉を上げてニヤリとしながら言った。
「みんなと一緒に座るしかないかもね」
その瞬間、場の空気が一気にピリついた。
「この恥知らずが!」
私のアシスタントの真央が飛び出してきて、顔を真っ赤にしながら私の前に立ちふさがった。
「みんな知ってますよ!『朝暮』は弥江さんの作品だって。こんな堂々と盗作して、恥ずかしくないんですか!」
その言葉に瑠香の目に涙が浮かんだ。
もともと瑠香は無垢で可愛いらしい印象を与えるタイプで、涙目になってぽつりと泣き出すと、いつも簡単に人の同情を引いてしまう。
案の定、瑠香の泣き声が響いたその瞬間、拓弥の怒鳴り込むような声が私の耳に突き刺さった。
「弥江、こっちに来い!」
第3話
真央の肩にそっと手を置いて、「大丈夫」とだけ言い、私はオフィスの中に入った。すぐ後ろから瑠香がついてくる。
中に入ると、拓弥が椅子に座っていた。冷たい表情で、怒りを必死に抑え込んでいるようだった。
誰かが昔こう言ったことがある。「同じ親から生まれたのに、弥江と拓弥で似ているのは目だけだ」って。
つり上がった目尻がどことなく冷たさを感じさせるけど、私たちはどちらも笑うことがあまり好きじゃない。それに、拓弥に至っては、私が5歳のときから一度も私に笑いかけたことなんてない。
「弥江」
拓弥が私の名前を呼んだ時、その声は低く冷たい。眉間には深いシワが刻まれている。
「お前のアシスタントが瑠香を侮辱するのを黙って見てたのか?お前のその腐った根性、どこまでひどいんだよ!」
その言葉を聞きながら、私はちらりと瑠香の方を見た。瑠香もタイミングを見計らったように目を上げて、私と視線を合わせてきた。
まだ20代そこそこの、ぽっちゃりした顔立ち。泣き腫らしたような赤い目元。その涙が光を反射してキラキラしている。
こういうの、私には一生できないだろうな。
「聞いてるのか!」
私が黙っていると、拓弥は我慢できなくなり、机の上のファイルを私に投げつけてきた。端が頬をかすめ、鋭い痛みとともに血が流れ出した。
「弥江......!」
拓弥が驚いたように私の名前を呼んだ。その一瞬の動揺をよそに、私は冷静に、はっきりと口を開いた。
「私が辞めるよ。そして彼女に謝る。それで満足?」
拓弥は言葉を失ったが、その沈黙もつかの間、再び怒りをぶつけてきた。
「ガキみたいなこと言ってんじゃねえよ!お前なんかにそんな駄々をこねる権利、あると思ってんのか?」
そうだよな。わかってる。昔からそのことだけはわかってた。駄々をこねるなんて、誰かに甘えられる人間だけができることだ。
私には、そんな権利なんて最初からないんだ。
「人事に自分で話すよ」
そのまま背を向けてドアを閉める。拓弥の怒声は扉越しに遮られた。
帰り道。急に腹に激しい痛みが走り、後部座席に横たわったまま体を丸めた。痛みが全身に広がる中、不思議と頭だけは冴えていた。
拓弥が私に向ける、あの嫌悪に満ちた目つき――それを一つ一つ、嫌というほど鮮明に思い出していた。
最初の頃、私たちの関係はここまで酷くなかった。
兄は私を憎んでいたけど、まだ少しは私を気にかけてくれる部分もあった。だから私は必死で「いい子」に振る舞おうとした。兄に尽くせば、また家族になれるって、そう信じてた。
あれは、中学の時のことだ。ある日、瑠香が泣きながら帰ってきた。「学校で、弥江が人を使って私をいじめた」って。
その時、拓弥は一瞬戸惑った。でも、次の瞬間、迷うことなく私を平手打ちしたんだ。そして、私を冷たく睨みつけて、こう言った。
「やっぱり、お前は生まれつきの悪党だ」
その夜、私は家の外に閉め出された。
寒さに震えながら壁に身を寄せ、ようやく気づいた。拓弥が私を、心の底から憎んでるんだって。
家に帰ると、部屋の灯りが煌々とついていて、ドアは開け放たれていた。
慌てて中に入ると、家の中はめちゃくちゃだった。家具も荷物も散乱していて、大家が何人かを指揮して私の荷物を外に運び出しているところだった。
「ちょっと、何してるの?」
大家が振り返り、「おお、帰ってきたか」と言った。
「ちょうどいい、ちゃちゃっと整理して、今夜中に出て行ってくれ」
「は?私の許可もなく勝手に入って私のものを触るなんて、なんで勝手にこんなこと......!」
怒りが込み上げて、声を張り上げずにはいられなかった。そう問い詰める私に、大家は息をついて言った。
「お嬢ちゃん、心を鬼にしてるわけじゃない。お前の兄貴がな、金を出してお前を追い出してくれって頼んできたんだよ。あの大きな家業を抱えてる二階堂グループの会長様だぞ?断れるかって話だよ」
その言葉に、何も言い返せなかった。
大家は荷物を運び出しながら、「早いとこ新しいとこ見つけな」とだけ言って去っていった。
荒れ果てた部屋を見渡し、震える手を押さえつけながら、拓弥に電話をかけた。
電話越しに聞こえてきた彼の冷笑混じりの声。
「帰って瑠香に謝れよ。それが嫌なら、いくらでも困らせてやる方法を考えつくぞ」
第4話
日が経つごとに、体調はどんどん悪くなっていった。
あの日、電話越しに私が思い通りにならないのを見て、拓弥は皮肉たっぷりに私を責め立て、それっきり何の連絡もよこさなくなった。
正直、こっちとしてはそれで気が楽だった。
毎日、隠れ家にこもってはカレンダーをめくり、残り少ない時間をただただ数えていた。
そんな中、不意に瑠香からメッセージが届いた。
彼女は「朝暮」という展示会に私を招待してきた。最後に、こんな一文を添えて。
【弥江さん、叔母さんもきっと、自分の心血を注がれた作品が世に出るのを願っていると思います】
一瞬迷ったけれど、結局行くことにした。
煌びやかなホールには、グラスがぶつかる音や人々の話し声が響き渡り、賑やかな雰囲気が広がっていた。
こんな場所、久しぶりだ。急にこんな賑やかな空間に足を踏み入れて、なんだか落ち着かなくなった。
無意識に指をぎゅっと握り締めていた。
少し離れたところで、拓弥が瑠香を連れて人混みの中を歩きながら、満面の笑みでゲストに彼女を紹介していた。
その光景を目にした瞬間、頭がクラクラしてきた。
まるで二人が本当の兄妹みたいだった。
拓弥がこちらに目を向けると、表情がわずかに変わった。目には、見慣れた嫌悪感がはっきりと浮かんでいた。
瑠香もそれに気づいたのか、彼の視線を辿って振り返り、私を見つけた。
彼女はすぐに笑顔を浮かべ、こっちに向かって歩いてきたけど、私はその場を離れ、迷うことなく会場を後にした。
瑠香が何を言いたいかなんて分かりきっている。また皮肉混じりに私を見下して、「母親が大事にしてた作品も守れないなんて」とでも言うつもりだろう。
でも今日は、そんなことで揉める気分じゃなかった。
二階のベランダに出ると、風が強く吹いていた。でもその風が妙に心地よくて、ベランダの端に寄りかかりながら座り、冷たい風に心のモヤモヤを吹き飛ばしてもらった。
しばらくすると、不意に背後から誰かに抱きしめられ、そのまま体を強く引き寄せられた。
一瞬でタバコの匂いが鼻を突き、吐き気がこみ上げてきた。振りほどこうと必死になり、怒鳴りつけようと振り返った瞬間、視界に入ったのは瑠香だった。
「弥江さん、この人、私の友達の東村雄大だよ」
彼女はドレスをきれいに着こなしながら、ウインクひとつしてこう言った。
「すごくいい人だから、仲良くしてね」
東村もその言葉に応えるように、にやりと笑って私を見た。
「そうですよ、弥江さん。心配しないでください。俺が大事にしますから」
そう言ったかと思うと、突然私を抱き上げ、そのまま後ろのソファに押し倒してきた。
私は必死に抵抗し、もがきながら叫んだ。
「離して!触らないで!」
全力で膝を振り上げて蹴り飛ばすと、東村は呻き声を上げながら体を抱えて後ろにのけぞった。
なんとか体を起こした私は、口を押さえながら空えずきを繰り返した。
二人が隙を見せたその瞬間、手を震わせながら近くのフルーツプレートに手を伸ばし、果物ナイフを掴み取った。
震える手でナイフを握り締め、目の前の二人に向かって無我夢中で振り回した。
刃が肌を切り裂き、血がじわじわと滲み出す。その赤い色が私の視界をどんどん染め上げていった。
第5話
「弥江!」
怒鳴り声と同時に、私は思い切り地面に叩きつけられ、ナイフが転がり落ちた。視界の端に見えたのは、光る刃に反射していた男の冷たい軽蔑の目。
「お前、何やってんだ!」
拓弥の声が雷鳴のように響き渡っている。
ハッと我に返ったものの、こめかみはズキズキ痛み、目はカラカラに乾いて焼けるようだった。それでも口からは一言も出てこない。
瑠香が拓弥の側に駆け寄り、涙声で言った。「お兄ちゃん、弥江さんがここで彼氏と会ってるなんて知らなかったの。それに、邪魔するつもりもなかったんだけど......」
その一言に込められた意図は明白だった。まるで、私が「楽しい時間」を邪魔された挙げ句に逆上して暴れた、とでも言いたげだ。
東村も間を測ったかのように口を開いた。
「いやぁ、弥江さんがちょっと照れちゃってただけだよ。君が急に入ってきたから、驚いて怒っちゃったんだと思うけど」
拓弥は私を一瞥し、表情が一瞬固まった。そしてすぐに、あの見慣れた軽蔑の顔で怒鳴りつけてきた。
「弥江!お前、こんなにみっともないことして、本当にどうしようもないな!今日がどれだけ大事な日かわかってるのか?なんでこんな時に余計な問題を起こすんだ!」
頭の中に鈍い衝撃が走った。私は信じられない思いで兄を見つめた。血の繋がった兄が、こんなにも酷い言葉を平然と浴びせるなんて。
胸の奥からこみ上げる痛みに耐えきれず、私は服を掴みながら荒い息をついた。それを見た瑠香が、おどおどしながら声を絞り出した。
「お兄ちゃん、そんなに怒らないで。弥江さんだって、わざと邪魔しようとしたわけじゃないと思うの。ただ、感情が抑えられなかっただけじゃないかしら」
その言葉に息を切らしながら、瑠香に向かって反射的に手を振り上げた私を、拓弥が間髪入れず突き飛ばし、また地面に倒れ込んだ。
その場にいる全員が私を見下していた。
胃が痛い。
目も頭も全身が痛む。まるで壊れかけのロボットのようだった。頭の中はぐちゃぐちゃだった。
「お前、いったい何がしたいんだ?」
地面に横たわる私に、拓弥が冷たい声で吐き捨てるように言った。
「弥江、お前、頭がイカれてるんじゃないか?」
頭がイカれてる――その言葉が胸に突き刺さった。泣きたいのに、嗚咽しか出てこなかった。ただ、壁を頼りに体を起こし、痛みに耐えながらなんとか立ち上がった。
「そうだよ......私は頭がおかしいんだよ」
まるで病気で、しかも長く生きられないかのように。
壁に寄りかかり、全身の力を振り絞ってなんとか体を伸ばそうとした。声を出そうとしたその瞬間、喉の奥が甘くなり、どろりとした血が口の中から溢れ出た。服を伝い、床に滴る赤い液体。
拓弥は一瞬動揺したように私に手を伸ばしかけたが、私はその手を振り払い、一歩下がった。
「どうして、一度も私の話を聞こうとしなかったの?どうして、あの男に何をされたか聞いてくれなかったの?なんで瑠香の言葉だけを信じて、私を信じてくれなかったの?」
血は止まらない。激痛に耐えながら、それでも私は拓弥を睨みつけた。
「あなたは私のお兄ちゃんなのに、一度だって私の話を聞こうともしなかった。私なんかどうでもいいんでしょ?大事なのは瑠香だけ。だって私は両親を死なせた罪人だから――そうでしょ?」
その場が凍りつくように静まり返った。
拓弥は一瞬表情を歪めたものの、すぐに冷たい声で答えた。
「違うのか?」
空気が止まった。
「そうだよ」私はかすかな声で答えた。
涙は出ない。目は痛くてたまらないのに、なぜか一滴も流れなかった。
「だから、もうすぐ両親に命を返すんだ」私は拓弥を見据え、微かに笑った。「もうすぐ死ぬんだよ。よかったね、お兄ちゃん」