生まれ変わった私は、元夫の臓器を提供した

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生まれ変わった私は、元夫の臓器を提供した

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復讐

長年の親友である梅子は末期がんだと告げられ、最期の願いは浩一の妻になることだった。 浩一は私の手を取り、諭すように言った。 「戸籍上の...

Chương (1)

第1章

長年の親友である梅子は末期がんだと告げられ、最期の願いは浩一の妻になることだった。 浩一は私の手を取り、諭すように言った。 「戸籍上の書類なんて形だけのものさ。俺の心はずっと雅子のところにあるんだから」 息子の大輔まで私を責め立てた。 「お母さんがお父さんと離婚しないから、梅子おばさんは何十年も影で苦しんできたんじゃないか」 梅子の治療費のために、大輔は留学の夢を諦め、さらには婚約者との縁を切って梅子の娘と結婚すると言い出した。 必死に懇願する父子の姿を見つめながら、私は迷うことなく頷いた。 「梅子は私の大切な親友だもの。もちろん認めるわ。 ただし、条件があるの。家と車と預金は私の物。息子は君たちが引き取って」 区役所戸籍課で、二人が嬉々として婚姻届を提出する様子を見ながら。 私は静かに微笑んだ。私には前世の記憶があったのだから。 梅子のがんは偽りだった。でも、浩一の末期がんは紛れもない事実だった。 第1話 田中浩一(たなか こういち) が山本梅子(やまもと うめこ)を連れて私、鈴木雅子(すずき まさこ)のところにやって来た。 浩一は苦しそうな顔をして言った 「医者から、梅子の余命はもう長くないと言われてね。 できるだけ彼女の望みを叶えてやってほしいそうなんだ」 目の前に置かれた梅子の乳がん末期の診断書を見て、胸が締め付けられるような痛みを感じた。 梅子は泣きはらした目で私の手を握り、申し訳なさそうに切り出した。 「まさ子さん、実は私ね、初めて浩一くんに会った時から一目惚れだったの。 お互いに想い合っていたけど、それが倫理に反することも分かっていたから、ずっと気持ちを抑えてきたのよ」 吐き気を覚えた。よくも梅子はこんなにも堂々と浩一との不義理な関係を語れるものだ。 「でも今、私は病気で、医者からあと半年もないって告げられたの。 最期のお願いを聞いてくれないかしら? 死ぬ前に浩一くんと結婚して、彼の妻として送られたいの」 私の様子から拒否の気持ちを察したのか、梅子はさらに激しく泣き出した。 「まさ子さんは昔から優しい人だったわ。きっと長年の友情を裏切るようなことはしないはずよ。 だから浩一くんと一緒にお願いに来たの。私を失望させたまま、この世を去らせるようなことはしないでしょう?」 浩一は梅子を抱きしめ、私に道徳的な重圧をかけた。「まさ子、お前と梅子は幼なじみの親友じゃないか。今彼女が病気で、たったこれだけの小さな願いなんだ。どうして心を開けないんだ?」 梅子は浩一の腕の中で、気を失いそうなほど泣き続けていた。 私が黙り続けるのを見て、浩一は態度を変え、諭すような口調で言った。 「戸籍上の書類なんて形だけのものさ。俺の心はずっとお前にあるんだ。それが一番大切なことじゃないか」 前世でも、浩一は同じ言葉を口にしていた。 私は彼の約束を信じ、離婚を承諾してしまった。 ところが、梅子と入籍した途端、梅子のがんは奇跡的に完治したのだ。 二人は周りの人々に、何十年も変わらぬの真実の愛が天の加護を得て、奇跡を起こしたのだと、得意げに吹聴して回った。 一方の私は、離婚の際に浩一が財産を移していた事実を知ることとなった。住んでいた家も梅子名義になっており、預金も残らず引き出されていた。 浩一に復縁を懇願すると、彼は嫌悪の表情を浮かべ、私を階段から突き落とした。瀕死の私を冷ややかな目で見下ろしながら、吐き捨てるように言った 「お前の家の財産目当てでなければ、こんな役立たずと結婚するわけないだろう」 傍らに立つ梅子も憎々しげな目で私を睨みつけて言った。 「まさ子さんが私の大学進学の機会を奪わなければ、こんな裕福な暮らしなんてできなかったはずよ。この何年も、まさ子さんのことを骨の髄まで憎んできたのよ!」 私は息子の田中大輔(たなか だいすけ)に助けを求める電話をかけた。 しかし大輔は突き放した。 「お前みたいな女は死んで当然だ。さっさと死んで、もう俺に迷惑をかけるな」 私が冷たい階段の踊り場で息を引き取ると、彼らは私の持ち物をゴミ同然に投げ捨て、さらには私の臓器提供を美談に仕立て上げ、地域の模範として持て囃され、名誉と富を手にした。 死後、怨念があまりにも深かったため、私の魂は浩一につきまとい続けることとなった。 そのおかげで、梅子が隠し持っていた浩一のがん末期診断書の存在を知ることができた。 また、大輔が梅子の娘と結婚した後、梅子母娘に従順になり果て、末期がんで苦しむ浩一を病院に放置し、その生死すら気にかけなくなった様子も目の当たりにした。 浩一は耐え難い激痛の中で最期を迎えた。全身の褥瘡には蛆虫が湧き、耐え難い悪臭を放っていた。 その後、梅子母娘は大輔を巧みに騙して全財産を自分たちの名義に移し、彼を家から追い出した。大輔は寒風吹きすさぶ雪の夜に凍死した。 梅子母娘は前回と同じ手口で、二人の臓器を提供し、再び美談として世間の称賛を浴び、名誉と富を手中に収めたのだった。 第2話 神様のお導きで、浩一が梅子の乳がん末期診断書を持って私のもとを訪れたあの日に生まれ変わったことに感謝する。 まだ全てをやり直せる。 「雅子、実はな。秋美の言うことにも一理あるんだ。 あの時、お前が彼女の大学進学の機会を奪わなければ、俺と出会ったのは彼女だった。 一生、夫や息子に大切にされたのも彼女のはずだったんだ」 「大学に行けなかったばかりに、随分と苦労したらしい。 そのことを三十年以上も引きずって、心の痛手が病気を引き起こしたんだ」 「つまり、全ては、お前に責任があるということだ」 浩一は昔の出来事を持ち出し、私に恩を売るような口ぶりで言った。 だが、私は秋美の大学の座を奪ってなどいない。 確かに私たち二人は同点だった。ただ、その年の筑波大学の地域枠はたった五人。 文系で、私の国語の点数が彼女より七点高かっただけで、最後の一枠を得たのだ。 それなのに秋美は、私の父が入試課の職員に賄賂を贈ったと思い込み、私が不正に合格したと信じ込んでいた。 「梅子さんは私の大切な友人だもの。もちろん認めますわ」 私の言葉に、浩一と梅子はほっとした表情を見せた。 二人は思わず見つめ合い、愛情に満ちた笑みを交わす。 机の下で私の手は強く握りしめられ、爪が掌に食い込むほど。胸が刺すように痛んだ。 浩一と梅子の裏切りが許せない。 そして前世の自分の愚かさが悔しい。二人が三十年以上も私の目の前で密会を重ねていたのに、まったく気付かなかったなんて。 「ただし、条件があります。 家と車と預金は私の物。息子さんは浩一が引き取ってください」 前世の私は愚かだった。梅子の命が長くないと思い込み、浩一とすぐに復縁できると思って財産分与を要求しなかった。 結局、全てを失う結果になった。 私の要求を聞いて、浩一と梅子の表情が曇った。 特に梅子は、浩一本人ではなく、彼が死ぬ前に正当な形で財産を手に入れることが目的だったのだ。 浩一は少し躊躇った後、きっぱりと頷いた。 「分かった。お前が俺たちのことを認めてくれるなら、身一つで出ていく」 「浩一くん!」 浩一は梅子の手を握りしめ、優しく語りかけた。 「お前は俺のために長年我慢してきた。 お前が幸せになれるなら、財産なんてどうでもいい。この命さえ惜しくないんだ」 梅子は無理に笑顔を作り、優しく献身的な女性という役を演じ続けた。 「死ぬ前に浩一くんの妻になれるなら、それだけで十分です」 もう年老いた二人が抱き合う姿を見て、私は目を背けたくなった。 浩一よ、その命で梅子の望みを叶えるがいい。 私との離婚届を出したその日に、彼は梅子と入籍した。 まだ離婚届の印字が新しいのを見て、役所の職員も呆れた様子だった。 浩一は老眼鏡を直しながら、しみじみと言った。 「長年我慢してきて、やっと一度、本心に従うことができた」 なるほど。私との結婚生活は、彼にとってはただの我慢の日々だったというわけか。 浩一と梅子が晴れやかな表情で区役所を出て行くのを見ながら、私の胸は針で刺されるような痛みに襲われた。感情を抑えきれなくなりそうで、思わず胸元を掴んだ...... 夕暮れ時、職員から閉庁時間だと声をかけられるまで、その場に立ち尽くしていた。 心の中の憎しみは、長い溜息となって漏れた。 浩一、あなたが病床で梅子に見捨てられ、激しい痛みに苦しみながら息を引き取る時、この「勇気ある決断」を後悔することになるでしょうね。 第3話 浩一の体調はずっと優れなかった。特にここ数年は原因不明の発熱や風邪を繰り返していた。 年のせいで免疫力が落ちたのだろうと思っていた。 腰が痛くて立つのもままならないのに、毎朝一番のバスに乗って市場へ行き、新鮮な食材を買い求めていた。 彼のために漢方スープを煮込み、鍼灸を独学で学んで目を酷使した。 彼の健康を案じて、夜も眠れず、白髪が増える一方だった。 でも浩一は私の気持ちを無にした。こっそりスープを捨て、私の心配りを過剰な執着心と支配欲だと決めつけた。 家庭の日常を疎ましく思い、私が家事に追われる間、縁側の籐椅子に座って、若い頃に愛する女性とできたはずのロマンチックな思い出に浸っていた。 私が何か言おうものなら、軽蔑的な目を向けて、皮肉を言うのだった。 「台所に縛られて一生を過ごすようなお前に、ロマンスなんて分かるはずがない」 その頃の私は、台所仕事に人生を捧げることが悪いとは思わなかった。 三十年以上連れ添った夫がいて、一流大学を出て将来有望な息子もいる。そのうち可愛い孫もできるはずだった。 たとえ夫が冷たくても、息子が反抗期でも、どの家庭だって波風が立たないわけがない。 女の一生なんてこんなものではないのか。 離婚して中途退学の娘を抱える梅子よりも、どれだけ幸せかと思っていた。 少なくとも私は妻として母としての務めを果たし、人生は充実していると信じていた。 もう一度人生をやり直してみて、自分がどれほど愚かだったか思い知った。 時計の針が進む。カレンダーを見ると、浩一が発病するまであと半年。 百八十日あまり、それは浩一が梅子の正体を見抜き、死んでも心残りになるほどの時間だ。 浩一の衣類を片付けて捨てようとした時、大輔から電話がかかってきた。 いきなり怒鳴り声が響いた。 「お母さんがお父さんと離婚しないせいで、梅子おばさんは一生影で苦しんできたんだぞ。 今まで良い暮らしをしておいて、離婚の時に父さんの財産を全部取り上げるなんて、よくもできたものだ。 梅子おばさんの言う通りだよ。母さんは自分勝手で冷たい人間だ。金のために家族も捨てる人間だ」 ソファに座ったまま、私は言葉を失った。 彼を産むために、どれほどの苦労をしたことか。彼の世話のために、教員の正規採用も諦めた。 読字障害があった彼のために、全国の病院を回り、何度も何度もリハビリに付き添った。彼は子供の頃苦労したと言うけれど、母親の苦労なんて分かるはずもない。 私の苦労は、比べものにならないほどだった。 心を込めて育てた息子は、私が死に瀕している時でさえ、私の愛が重荷だと非難し、人生を縛られたと責めた。 「一生俺を支配して、父さんとの離婚の時も財産で脅そうとした。 なんで俺はこんな母親に当たってしまったんだ」 受話器から聞こえる大輔の冷たい言葉に、私は思いのほか冷静だった。 夕陽が沈みゆく中、私は淡々と言った。 「大輔を縛らない新しいお母さんができて、よかったわね」 親は子のことを思って先々まで考える。私の愛が重荷なら、手放すしかない。 こんな夫と息子には、もう未練はない。 長年住んでいた家の名義変更の日、浩一は態度を変えた。というより、梅子が変えさせたのだ。 「浩一さんはこの家で長年暮らしてきて、思い入れがあるのよ。 こうしましょう。四百万円で買い取らせていただけないかしら?」 今の家は古くて狭いけれど、市内一番の学区にある。四百万円では玄関も買えないような場所だ。 この二人の腹の中が見え見えだった。 梅子は勝ち誇ったような表情で、わざと浩一と色違いのお揃いの服を着てきていた。 私には滑稽に思えた。年甲斐もなく恋人ごっこをするなんて。 浩一は咳き込みながら、水で咳を押さえようとしていた。 「四百万円でも十分な額だ。これ以上は望まないでくれ」 声にも力がなかった。 私は密かに口元を緩めた。私の細やかな看病がなければ、浩一の病状は早まるに違いない。 「千八百万円なら、即日名義変更に応じます」 浩一と梅子は本当に、私が台所に立ち続けた人生だから世間知らずだと思っているのか。今の相場では、千四百万円下で手放すなんて考えられない。 浩一と梅子は顔を見合わせ、梅子が切り出した。 「お互い歩み寄って、千四百万円ではいかがかしら」 私はすぐに頷いた。 「それで結構です」 人生をやり直せる利点は、先が読めることだ。 この家は確かに今は価値があるが、近い将来、景気の低迷と学区制度の見直しで、不動産市場は数十年に一度の不況期を迎え、価格は急落する。 梅子は得をしたつもりでいるが、千四百万円で買った家は、将来売れるだけでもラッキーな状態になる。値上がりなど望むべくもない。 千四百万円が手元に来て間もなく、大輔から連絡が入った。 結婚するから、新居を買ってほしいという。 「お母さん、俺と月香を一緒に住まわせたくないだろう?」 山本月香(やまもと つきか)は梅子の娘だ。 大輔には高校からの付き合いがある彼女がいたのに、月香が甘えるように「お兄ちゃん」と呼びながら近づき、二人の仲を引き裂いてしまった。 大学卒業後に留学させるつもりだったが、彼は留学資金を持って月香と二年間海外で遊び暮らした。 「お母さん、分かってくれるよね。月香に我慢させるわけにはいかないから。 もう物件も決めたんだ。全面改装済みで、ちょうど千四百万円。 住所を送るから、明日の午後三時に現金を持ってきてよ」 ぴったり千四百万円。 図らずも一致した金額。なんという偶然だろう。 いや、なんという計算づくの話というべきか。 第4話 女は懐が暖かければ、人生も何倍も楽しい。 こんな年になって、初めてタピオカドリンクの美味しさを知った。 アイドルを応援するのも、そう無駄なことじゃないと初めて気付いた。 秋に入って、雨の日が続いている。 もう朝五時に起きて浩一の健康食を作る必要もないし。 昼は四品のおかずに味噌汁を作って一時間もかけて電車で大輔に届けても「コンビニ弁当の方がマシだ」と文句を言われることもない。 夜も浩一の睡眠を気にして、彼が寝てから床に就く必要もない。 ふかふかのベッドで、片手にスイーツドリンク、もう片手でこの二日間ハマったアイドルに投票する。 こんな気楽な時間を過ごせるなんて...... そして何より、今までにない心の安らぎ。 浩一からの着信は山ほどあるけれど、出ても黙ったまま。 受話器越しに聞こえる怒鳴り声や罵倒に、むしろ気分が良くなる。 人生の終わり頃になって、こんな素敵な日々を過ごせるなんて夢にも思わなかった。 その日、高級ワンピースを見つけて会計しようとした時、大輔から電話がかかってきた。 「三時に来るって約束したよな! どうしてまだ来ないんだ!いつもグズグズして...... あと十分だけ待つ。それまでに来なかったら、俺と月香の結婚式で母親として壇上に上がれなくても知らないからな!」 大輔は私の急所を突くのが上手い。 子供の頃、友人の結婚式に連れて行った時、新郎の実母と継母が挨拶する順番で大揉めになった。 怖がった大輔は私の手を握ってこう言ってくれた。 「たとえ父さんと別れても、僕のお母さんは雅子だけだよ。結婚式で壇上に上がれるのも雅子だけだから」 その時の優しい言葉に胸が温かくなったものだけど、まさかそれが何年も経って、こんな形で私を傷つけることになるなんて...... 「お客様、65万5千円になります。お支払い方法は?」 私はカードを店員に渡した。 「カードで。あ、そのバッグも頂戴」 「かしこまりました。合計157万2千円です。暗証番号をお願いします」 「157万2千円だと!? 雅子、何してるんだ!何を買ったらそんなに高いんだよ! 157万2千円あれば俺の半年分の給料だぞ。使い過ぎだろ!」 「すぐ返品しろよ! 月香がウォークインクローゼットが欲しいって言ってるんだ。157万2千円あれば何平米も増やせるじゃないか!」 「大輔」 私は大輔の夢想を遮った。 「大輔のお母さんは梅子さんでしょう。 家を買うなら彼女にお金を出してもらえばいいじゃない。私に何を求めているの?」 大輔は言葉に詰まって、しばらく黙り込んだ。 「お前は......そんなこと言ったって、母親は母親だろう。俺の新居を買うのは当たり前だ! それに梅子おばさんの金なんか当てにするな。あれは彼女が実力で稼いだ金なんだぞ」 ほら見なさい。命がけで産んだ息子なんて何の役に立つ?ブランドショップの店員の方がよっぽど気が利く。 「一つ忠告しておくわ。 今は不動産価格が高騰してる上に、景気も下降傾向にあるの。将来、価格が下がるかもしれないわ。 それに、お父さんの体調も良くないから、少しお金は残しておいた方がいいんじゃない?」 「お父さんの悪口を言うな! 今日家を買ってくれないなら、これからは本当に母親として認めないからな」 「間違ってるわ。私の方が先に大輔を息子として認めないって決めたの」 電話を切ると、店員が包装した服とバッグを手渡してくれた。 夫と息子のために一生懸命尽くしてきた。今、いい暮らしをするのは私の権利よ。 浩一は口で言うほど強気ではなかった。その午後ずっと、何度も電話をかけ、60秒の音声メッセージを何十件も送ってきた。 私は一つも聞かなかった。 後で友人から聞いた話だが、大輔は月香と別れるのを恐れて、千四百万円の物件に20%の頭金を払い、30年ローンを組んだそうだ。毎月の返済が50万円。 一流大学を出ていても、見栄ばかり高くて実力が伴わない大輔の月給は20万円ちょっと。 収支が合わないのに、これだけの融資が下りたのは不動産屋が裏で手を回したからだという。 昔から言うでしょう、親の忠告を聞かないと痛い目を見るって。大輔、後になって私に助けを求めても、もう遅いわよ。 第5話 大輔は月香に全額一括で購入したと嘘をつき、偽造した不動産登記簿謄本まで用意していた。 月香は自分の名前が記された書類を見て、有頂天になっていた。 彼女は誠意を示すため、結納金は不要だと言い、梅子が千四百万円の結納金を用意すると約束した。 浩一と大輔は喜びを隠せず、「月香には最高のものを」と意気込み、彼女の手を引いてジュエリーショップへ急いだ。 思いがけず、そこで私とばったり出会ってしまった。 「まさ子さん、今日はちょうどよいタイミングでいらっしゃいました。 先日ご覧になったブライダルティアラ、本日は加工料が半額で、二万円もお得になっております」 若い頃、浩一と結婚する時、白無垢にティアラを合わせたいと思っていた。でも、その時は経済的な余裕がなかった。 その後も稼いだお金は全て息子の結婚資金にと思って貯めてきた。 私の人生は常に誰かのことばかり考えてきた。 今、夫と息子との心が離れてしまったのは、かえって良かったのかもしれない。 人は歳を重ねてやっと目が覚めるものね。でも、今からでも遅くない。私の人生は、これからが本番だわ。 「はい、お願いします」 ティアラは美しかった。着ける機会はなくても、時々眺めて楽しむだけでも素敵なものだわ。 「お母さん、なんでここにいるの? その......そのティアラは...... まさか、月香へのプレゼントにそんな高価な物を買って、結婚式で私たちの乾杯を受けさせてもらえると思ってるの?」 大輔はそう言いながらも、包みに手を伸ばしてきた。 午前中に彼から電話があった。月香への結納品を買うから、最後のチャンスとして資金を出せと。 彼の言葉で思い出した。前世では不況で不動産価格は暴落したが、金価格は急騰したのだ。 だから私は先に銀行で金の延べ棒を購入し、それからジュエリーショップに来たのだった。 「お母さん、何やってるの?早くティアラを渡せよ。 月香がすごく気に入ってるじゃないか。 母親としては大したことないけど、目は利くんだな」 大輔は私を見下しながら、巧みに精神的な支配を試みた。 彼の目には、私はただの家政婦で、自分の感情や好みを持つ資格もない。ただ無償で全てを捧げる存在でしかないのだ。 女は夫を間違え、子を間違えると、人生を棒に振るものね。 「大輔のお母さんは後ろにいるわよ」 私は失望の眼差しで大輔を見やり、ティアラを持って彼の傍を通り過ぎながら、月香を一瞥した。 月香は幼い頃は素直な子だった。 梅子が離婚後、前夫から強引に引き取ってからは、母親の影響で梅子と同じように自己中心的で見栄っ張りになってしまった。 前世では彼女を気の毒に思ったが、今世では分かった。人の本性は環境では変えられないのだと。 月香も、大輔も、そう変わりはしない。 梅子は浩一の手を握りながら店に入ってきた。 傍にいた若いカップルが思わず感嘆の声を上げた。 「素敵なご夫婦ですね!」 梅子は照れて手を引っ込めようとしたが、浩一がしっかりと握り返した。 「年の功さ。照れることはないよ」 「お写真を撮らせていただけませんか? 今、SNSで『理想の夫婦』コンテストをやってるんです。 お二人を推薦させていただきたいんです。きっと一位になれますよ!」 梅子は手を振って断ろうとしたが、浩一は彼女の肩を抱き寄せた。 シャッターが切られた瞬間。 「二人で歩む人生、それが私にとって最高の幸せです」 「梅子、あなたと巡り会えたことこそ、私の人生最大の宝物だよ」 浩一が熱く語る傍らで、梅子の表情は次第に居心地悪そうになり、彼が気付かない隙に目を反らすほどだった。 私はその様子を全て見ていた。思わず冷笑が漏れる。 浩一よ、梅子にあなたの価値が搾り取られ尽くした時、まだ自分は幸せだと思えるのかしら。 「お母さん!いい加減にしろよ」 大輔が追いかけてきて、私の手からティアラの袋を奪おうとした。 「ティアラを月香にやって、それに指輪とネックレスも買えば、結婚式での乾杯を許してやるよ」 大輔の騒ぎに、梅子と浩一も気付いて近寄ってきた。 二人とも私を見る目が妙だった。 梅子は私を上から下まで値踏みするように見て、意地の悪い声で言った。 「まさ子さん、もしかして新しい方でもできたの? お化粧までして。そのバッグ、確か百万円くらいでしょう? よくも浩一さんが苦労して稼いだお金を、そんな風に使えるものね」 何が浩一の苦労して稼いだお金よ。私が家庭を守り、子育てに専念したからこそ、浩一は仕事に打ち込めたというのに。 月香は大輔を心配そうに見つめた。 「だから最近ずっと残業してたのね。 お母様の贅沢のため。私、大輔を理解してあげられなくてごめんなさい!」 大輔は後ろめたそうに、彼女の目を避けた。 月香は知らないのだ。大輔が必死に残業するのは、こっそりローンを返済するため。そして彼女の機嫌を取るためにクレジットカードで散財した借金を返すため。 この母娘は、他人のお金を自分のものと思い込んで、本当に呆れたものね。 浩一は顔を曇らせ、まるで不倫を見つけた夫のように憤然として私を叱りつけた。 「雅子、いい年して何をやってるんだ。 男がいないと生きていけないとでも思ってるのか」 彼は私を睨みつけながら言った。 「少しは分別を持て。大輔と月香の結婚式の費用を出すべきだろう。 無駄遣いばかりして。梅子を見習え。 彼女は一円たりとも無駄にせず、全て俺と子供たちのために使ってるんだぞ」 浩一の言葉を聞いて、ふと思い出したことがある。 前世で、梅子は浩一と大輔のために高額な医療保険に加入し、かなりの保険金を手に入れていた。 梅子を見直さざるを得ない。彼女に金儲けの才覚が半分でもあれば、最後にあんな結末を迎えることはなかっただろう。 「なんでそんな目で見てるの?」 私はフッと笑って答えた。 「別に。ただ、カモを見つけたみたいで」 「何ですって!」 私は月香の方を向いて、さも何気なく言った。 「そういえば、大輔が前の彼女に約束してたのよ。 結婚したら、ティファニーのダイヤの指輪に、カルティエのネックレス、それにブレスレットまで差し上げるって」 そして大輔の方に振り向いて。 「月香のことをそんなに大切に想ってるんでしょう? 前の彼女より粗末に扱うわけないわよね?」 大輔は青筋を立てて怒りを露わにしたが、月香は目を輝かせて彼の腕を引っ張り、店内へ戻っていった。 でも大輔には金がない。財布の中身は顔よりもスッカラカン。私には期待できず、浩一に頼るしかない。 ただ彼は知らなかった。浩一と梅子が入籍してから、梅子は様々な理由をつけて金を自分の口座に移していたことを。 抜け目のない梅子が、自分の金を出して月香にジュエリーを買うはずがない。 四人とも店の中で睨み合い、誰も金を出そうとせず、最後は大喧嘩になった。 みんなが惨めな顔で店を出ようとした時、先ほどの若いカップルに呼び止められた。 「さっき喧嘩してた奥さんが言ってたんですけど、お二人って、一人は奥様を裏切った方で、もう一人は親友の旦那さんを奪った方だって本当ですか?」 梅子の顔が真っ青になり、浩一を激しく突き飛ばして立ち去った。 若いカップルは軽蔑した声を上げた。 「本当だったんですね!投票まで手伝おうとしたのに、最悪です!」 私は遠くから、若いカップルが怒りに任せてスマートフォンを取り出し、必死に画面を操作するのを見ていた。 SNSで彼女の言っていた投票を探してみると、案の定、彼女のコメントを見つけた。 『9番には絶対投票しないでください!不倫男と略奪女です。吐き気がします もっと許せないのは、不倫した父親の息子が略奪女の娘と結婚しようとしてること! たった今目撃しました。元奥様に意地悪して、略奪女の娘のためにジュエリーと結婚式の費用を出させようとしてました! 9番には絶対投票しないで!絶対ダメ! こんな最低な不倫カップル、消えてほしい! 私が元奥様なら許せません。本当に可哀想です。』 コメント欄で私のために憤ってくれるネット仲間を見て、心が温かくなった。 世の中、冷たいことばかりじゃないんだね。まだ温かい心を持った人がいる。 大輔と月香の結婚式当日、私は出席しなかった。 でも、物事を荒立てるのが好きな人たちが、現場の様子をリアルタイムで教えてくれた。結婚式は大変な騒ぎになったそうだ。 披露宴が始まる前から、私と一緒にフィットネスダンスをしている仲間たちが梅子を取り囲み、どうやって三十年以上連れ添った妻と浩一さんを別れさせたのかと詰め寄った。 浩一に、息子は父親の血を引いているから、結婚しても浮気するんじゃないかと心配じゃないのかとも言った。 花嫁の控室に押しかけた人もいて、月香に母親が不倫相手だったことを知っているのか、母親のように年配の男性を誘惑したりしないのかと問いただした。 四人とも散々な目に遭ったが、体面があるから追い返すこともできない。 でも、これはまだ序の口だった。本当の地獄は、取り立て屋が大輔を探して式場に押しかけてきた時から始まった。 月香はそこで初めて、大輔が数千万円の借金を抱えていることを知り、その場で結婚を取りやめようとした。しかし梅子に止められた。 浩一はその場で大輔を何度も平手打ちした。月香は心配になって大輔を庇い、浩一と揉み合いになった。 梅子が仲裁に入ろうとして、慌てているうちにステージから転落した。結婚式は完全な混乱状態となった。 ...... これらの出来事は私には他人事のような、ただの茶番劇だった。 ところが数日後、ホテルから請求書が届いた。結婚式の残金を支払えとのことだった。 私は結婚する当事者に請求するように言い、必要なら法的手段を取るようにと伝えた。 大輔は執拗に電話をかけてきた。私は着信拒否もせず、電源も切らず、ただ携帯を脇に置いて鳴らしっぱなしにしていた。 焦るのは私ではないのだから。 後に浩一は、私が頑として大輔の残金を払わないのを見て、梅子には頼みづらく、しぶしぶ私のところへ来た。 「大輔はお前が十月も身籠って、二日二晩命がけで産んだ一人の子じゃないか。 母親なら当然、子の結婚式に出るべきだろう。 こんな非情な仕打ちができるなんて、お前は母親失格だな」 私は投資アプリで金価格の急上昇を確認しながら、上機嫌だった。 浩一は私が無視するのを見て、今までの威厳が崩れ、心理的な落差が大きすぎて、顔色を失っていった。 声を荒げて言った。 「雅子!話を聞いているのか!人として最低限の礼儀もないのか!」 私は浩一をじっと見つめた。あと二ヶ月で古希を迎える。 彼の服装は皺だらけで、入浴もままならない様子で、高齢者特有の臭がした。 顔色も優れず、梅子が十分な世話をしていないのは一目瞭然だった。 そうね、私のような愚かな女だけが、夫と息子に全てを捧げて尽くすのだわ。 私は尋ねた。 「浩一、最近体調が悪いでしょう? 夜中に原因不明の痛みで目が覚めて、ひどい咳も出るんじゃないですか?」 前世で、彼は病院で孤独に古希を迎えた後、すぐに息を引き取った。 生前、私は二人分の生命保険に加入していて、受取人は息子の大輔だった。 私が死んだ後、保険金は大輔に支払われ、大輔は月香の機嫌を取るためにその全額を彼女に渡した。 浩一が死んだ後の保険金も同じように月香の懐に入った。梅子母娘は、金になるものは何でも欲しがった。 浩一は一瞬たじろぎ、それから急に声を荒げた。 「どうしてそんなことを...... まさか梅子に私のことを聞いたのか? そんな真似は見苦しいぞ。私はもうお前に何の未練もない。 梅子には三十年も辛い思いをさせた。残された時間は全て彼女のために使うつもりだ」 浩一の傲慢さに、私は呆れるばかりだった。 「浩一、病院で検査を受けた方がいいわ」 「死んでほしいと願っても無駄だ。 早く大輔と月香の結婚式の残金を払え。大きな問題になって大輔の立場を悪くするわけにはいかないんだ」 ここまで言って、浩一が信じるか信じないかは彼の問題だ。 私が譲歩しないため、大輔は支払いができず、ホテル側はメディアに話を持ち込んだ。 メディアは大輔の職場まで取材に来た。 会社の上司は、怠け者の大輔にずっと不満を持っていて、この機会に解雇を言い渡した。 これで給料すら入らなくなり、借金を借金で返す自転車操業もついに限界を迎え、二ヶ月後に破綻した。 取り立ての電話が月香にまで及び、そこで彼女は家がローンで買われたこと、不動産登記簿謄本が偽造で、しかも大輔の名義だったことを知った。大喧嘩の末、離婚を切り出した。 大輔は自分の努力が水の泡になることも、月香が苦難を共にしてくれないことも受け入れられず、口論の最中に月香を階段から突き落とした。 月香の運は全て大輔という騙されやすい男に出会うことに使い果たしたようで、階段での転落事故で頭部と脊椎を強打することになった。 意識不明の重体で、担当医の話では目が覚めても重度の障害が残るという。 梅子は集中治療室の前で何度も気を失うほど取り乱していた。 大輔は警察に逮捕されたが、まだ現実を受け入れられず、月香が不倫相手と密会しようとしていたから口論になり、彼女が自分で転んだのだと言い張った。 防犯カメラも目撃者もない階段での出来事。 警察は彼を釈放せざるを得なかった。