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愛も憎しみも、罪の形
初めて藤原彰真(ふじわらしょうま)に会ったとき、私は思った。 「この世にこんなに美しい人がいるなんて」 そして、こう決めた。 「大人...
Chương (1)
第1章
初めて藤原彰真(ふじわらしょうま)に会ったとき、私は思った。
「この世にこんなに美しい人がいるなんて」
そして、こう決めた。
「大人になったら絶対彼と結婚する」
最後に彰真に会ったとき、私は言った。
「おじさん、もう二度と会わないで。私、あなたを殺したくなっちゃうから」
彼は静かに答えた。
「梨乃(りの)、俺なら、君に殺されてもいい」
第1話
彰真に初めて会ったのは、母さんの結婚式だった。
司会者に無理やり挨拶を促され、私は場を見渡した。
目の前には不倫相手との結婚に晴れ晴れと微笑む母と、妻を亡くしたばかりで再婚を決めた桐生雅貴(きりゅう まさたか)だった。
その光景に、私はこう言い放った。
「では、この不義のカップルが末永く幸せであることを祈りましょう!」
会場はざわめき、まばらな拍手が響いた。
その中で、一際目立つ声が聞こえた。
そちらに目を向けると、喪服姿の少年が微笑みながら立っていた。
その姿に、私の頭にはこう浮かんだ。
「目立ちたければ、喪服を着ろってね」
どうして今日が、私たちの結婚式じゃないんだろう――
そんな厚かましいことを考えた。
少年の目元には怒りが滲んでいたけれど、それでも信じられないくらい美しかった。
「彰真、梨乃はまだ子どもだからともかく、お前が騒ぐのはどういうつもりだ?」
雅貴が彼を叱責したが、私はまだ彼の正体を知らなかった。ただ、それに腹が立った。
「そっちがそんな破廉恥なことをするなら、私たちが騒いでもいいでしょ?その亡くなった奥さんの親族が大人しいだけで、私が彼女の家族だったら、もっと大騒ぎしてる!」
そう言って、私は得意げに彰真の方を振り返った。でも、彼の顔は真っ青になっていた。
何があったのかと困惑していると、背後から母の冷たい声が聞こえた。
「その亡くなった奥さんの家族なら、今、目の前にいるわよ。梨乃、よく見て。あなたが見ているその人が彼女の弟よ」
生まれて初めて、守りたいと思った人ができた。しかも、敵のような相手を。
私はただただ混乱していた。
結婚式場から警備員に引きずり出され、私は未だに呆然としていた。
夜になって、母が牛乳を持って部屋にやってきた。現実に引き戻されるようだった。
「一日中騒いで、まだ寝ていないの?疲れない?」
朝の新妻らしい輝きは消え、今の母は目に見えて疲れ果てていた。
それを見て、私は心の中で自分を褒めた。これで父の仇を少しは取れた気がする、と。
「梨乃、これまであなたを守れなかったのは母さんの責任よ。でも、信じて欲しいの。母さんには――」
「事情があったってことでしょ?」
母が長々と語ろうとするのを、私は冷たく遮った。
しばらく沈黙が続いた後、母が再び口を開いた。
「梨乃、母さんは不倫相手じゃない。誰が何を言おうと、それだけは信じて欲しい」
そう言って、母は腰を深く折り、全力で何かを訴えるような姿だった。
でも、私はその言葉も姿勢も理解できなかった。
だからまた、冷たく答えた。
「誤解してないよ。事実だもん、違う?」
母の目が赤くなったのを見て、一瞬だけ動揺した。
しかし、そのタイミングでノックの音が聞こえた。
雅貴が、強制的に連れてきた彰真を押し出すようにして部屋に入ってきた。
「彰真、美沙(みさ)に謝りなさい」
場が再び静まり返る。
「お前の姉さんが亡くなった後も彼女を――」
「すみません!」
彰真は深々と頭を下げ、母に謝罪した。その時、涙が白い床に落ちるのを私は確かに見た。
私はその涙を、一晩かけて胸に刻み込んだ。
彼も私と同じなのだろう、と。
大切な人のために、「仇」と親しくするのを耐え忍んでいるのだと。
その後、半月ほどかけて、私はある現実を飲み込んだ。
それは、雅貴の亡くなった妻が、彰真にとって唯一の家族だったということ。
つまり、彼が成人するまで、私はこの大きな別荘で彼と暮らすことになる。
もちろん、私たち二人にとって「不愉快なカップル」も一緒だけど。
「梨乃、これから彰真のことは『おじさん』と呼びなさいね」
第2話
重たい空気が漂う共同生活を続けて半月後、雅貴が小さな家族の集まりを開いた。
メンバーは、私たち四人。表向きは家族でも、心の中ではそれぞれ異なる思惑を抱える集団だ。
「彰真、二人とも、今日の料理はどうかな?君たちの好みに合わせて作ったんだ」
私たちが黙り込む中、母が笑顔で場を和ませようとした。
母には、一種の魔法があると思う。
どんなに彼女を嫌う人でも、一緒に過ごすうちに少しずつ彼女を好きになってしまう。
――幼い頃の私を除いては。
「美味しいです。ありがとうございます」
「美味しくない。次からは作らないで」
彰真と私が同時に口を開いたが、その評価は正反対だった。
「美味しくないなら、なおさら作るわよ。何度か試せば、きっとあなたの好きな味になるわ」
母はそう言いながら、私と彰真にそれぞれチキンウィングを一つずつ取り分けた。
私は口を尖らせて黙り込み、無意識に彰真の様子を横目で伺った。
彼が仇敵を褒めることを強いられて、屈辱的な表情を浮かべているかどうか、確認したくて。
ところが、彼の顔には驚くほど何もなかった。
その冷静さに私はますます苛立ち、彼の足を思い切り踏んづけた。
次の瞬間、斜向かいに座っていた雅貴が声を上げた。
「彰真、なんで俺の足を踏むんだ?」
彰真が困惑した顔で顔を上げる。私は慌てて俯き、黙々とご飯をかき込んだ。
母の笑い声が頭上で響いていたが、私は一言も発しなかった。
敵対関係の相手と仲良くなるなんて、私にはあり得ないことだった。
母に引き取られるまで、私がいた村では、男たちが一片の土地を巡って血を流し、
祖父・父・孫の三代が互いに絶縁して暮らしていた。
子どもたちは、地面に落ちた砂糖一つを奪い合い、土まみれで転がり回りながら引っ掻き、噛み付いて喧嘩していた。
奪えなかった子は、トイレでしゃがんでいる相手に石を投げつけ、汚物まみれにして復讐していた。
そんな村で育った私は、半月間じっと彰真を観察していた。
母に報復することなく、礼儀正しく振る舞う彼の姿に、正直耐えられなくなってきた。
ある日、車の後部座席で、ついに問いかけた。
「ねえ、あんた、うちの母のこと、恨んでないの?」
雅貴は母を喜ばせようと、わざわざ手を回して私を彰真が通う中学校に編入させた。
授業の合間、彰真に聞かれる。
「君、うちの姉が眠っている墓の年間費用、いくらか知ってるか?」
私は首を振った。
すると、彼は嘲笑混じりに片手を広げてみせる。
「500万円。山に囲まれて川が近くに流れる、最高の場所だ。雅貴は『亡き妻に尽くす良き夫』だとか『遺された義弟を大事にする男』って評判を得られた。そのために、俺がするべきことはただ一つ――お前の母さんに面倒をかけないことだ」
「それでも、恨まないの?」
私は再び問いかけた。
「自分に何もできなくて、他人に頼らざるを得ないときに、恨んでも意味がない」
くっ!何言ってるのかさっぱり分からない!
心の中で舌打ちしながら悪態をついた。
すると、彰真がさらに深く笑う。その笑顔はさっきよりも自然で、少し優しげですらあった。
「君、母さんのことすごく恨んでるみたいだけど、俺が見る限り、彼女は君に親切だぞ」
彼は探るように私をじっと見つめた。
その視線に、これは「将来の共犯者」となるかどうかの試金石だと直感する。
無防備な私は、つい本音を漏らしてしまった。
私が母を憎むのは、すべて祖母のせいだ。
祖母の「素晴らしい教育」のおかげで、私が人生で初めて言った完全な文はこうだ。
「母さんは、ビッチだ」
その言葉を聞いた祖母は、顔中の皺を目いっぱい伸ばして笑った。
私はさらにもう一度繰り返した。
その後の人生でも、この言葉を何度も口にした。
でも、ある日、私はその自分を激しく責めた。
自分で自分を何度も平手打ちした。その手が血をにじませるほど叩き続けたところで、彰真に必死に止められて、やっとやめた。
私が母に会ったのは、14年の人生の中で一度もなかった。
祖母はいつもこう言っていた。
「あんたの母は下劣な人間だ。あんたの父を台無しにしたんだ。だから、もし母と会うことがあったら、絶対に良い顔なんて見せるんじゃないぞ」
私はその教えを忠実に守った。
「お父さんは?」
教室の前で、私がぶつぶつ愚痴をこぼしていたのを聞いていた彰真が、不意に問いかけた。
「知らない」
「じゃあ、祖母は?」
「死んだ」
「死んだ?」
「そうだよ。うちの裏山に埋まってる。未亡人だからって理由で、祖先の墓には入れてもらえなかったけど、母さんが何とかすると言って、それを条件に私を連れて行ったんだ」
私は彰真が微妙に複雑そうな顔をしているのを見ないふりをして、教室に向かって歩き出した。
数歩進んだところで、ふと振り返る。
「母さん、村長に40万円渡して、祖母が一生そこで眠れるようにしたんだって。あんたの姉さんの命ほどの値段じゃないけどね、彰真」
その直後、チャイムが鳴り響き、彼が返そうとした言葉はその音にかき消された。
第3話
私が本音をさらけ出したのは、意外にも効果があった。
二人きりのとき、彰真は母や雅貴に対する丁寧すぎる態度を捨てて、普通に話してくれるようになった。
一緒にいるとき、彼は時折、皮肉を込めて母さんを茶化したりした。
「美沙さん、真似するのはいいけど、手が大雑把で大ママみたいなのに、真似して姉さんの好きだったシルクなんか着てどうすんだよ」
たまには苛立たしげに毎月8日になると雅貴を忘恩の徒だと怒鳴り散らした。
「姉さんの墓参りにすら月に一回も行かないくせにさ!」
「なんで毎月8日になるとそんなに怒るの?あんたの姉さん、8日に生理でも来てた?」
私が無邪気に聞くと、彰真の苛立ちはそのまま私に向けられた。
「お前、本当に頭悪いな。姉さんが亡くなったのは去年の1月8日だ。これは命日だぞ」
彼の厳しい口調に、思わず反発してしまう。
「そんなやり方で弔う人いる?普通は一周忌だけで十分だよ!毎月毎月弔うなんて、月イチで来るのは女にとって生理くらいでしょ!」
彼は私をじろりと見て、低く言った。
「お前なんて、女ですらねぇよ。ただのガキだ」
私がさらに反論しようとしたそのとき、母が果物を持ってやってきた。
私の大好きな青いマンゴーを、ちょうど一口サイズに切ってある。
その優しさが妙に腹立たしかったけど、ふと母の手に目を向けてしまった。
彰真が言った通り、母の手はまったく上品ではない。
どれだけ取り繕っても貴婦人には見えないし、態度も手もそうだった。
その手は、記憶の中の祖母の手によく似ていた。
「彰真、梨乃は基礎ができていないけど、よろしくお願いね。でも、頭はいい子だから……」
母の言葉に対し、彰真は無言で私に数学を教え始めた。
私はというと、適当に勉強するふりをする。
これが私たちの無言の共通認識だった。
「あと二ヶ月もすれば、姉さんの命日だな。そのとき一緒に南海の墓に行こう……」
彰真が手を止め、鉛筆を落とす。
私は床に落ちた鉛筆を拾う彼の姿を見てから、母の顔を見上げた。
母はいつも通り穏やかな笑顔を浮かべている。私が見つめると、さらに微笑んでみせる。
その優しさが余計に嫌だった。
「……わかった」
「ありがとう」
最後の「ありがとう」は、母が部屋を出ていくときに彰真が小声で言った。
母にはきっと聞こえなかっただろう、と思うほどの低い声だった。
だから、彰真のその感謝が少しも誠実に思えなかった。
たぶん、姉さんの墓参りを約束通りにするためだろう。
彰真は、母をからかう私の企みに乗らなくなった。
彼が協力してくれなくなると、家の中の空気は確かに少し「平和」になった気がする。
食卓の上で、雅貴が笑顔で口を開いた。
「家の中もだんだん良くなってきたな。お前たちが大学を卒業したら、ぜひうちの会社に来てくれ。彰真は落ち着いてるし、梨乃は活発だから、ちょうど文武両道でいい組み合わせだ」
「じゃあ私は絶対に反乱を起こして、あんたをどこかの秘密の小屋に監禁してやる」
私は心の中でそう毒づきながら、目の前のチキンを思い切り噛みしめた。
「梨乃、来週は誕生日だろ?どこか行きたい場所はあるか?」
「遊園地!」
人間の最大の欠点は、口が脳よりも早く動くことだ。
そう言った瞬間、私は激しく後悔した。
遊園地なんて、本当の親と行くものだ。継父の雅貴なんかに、ふさわしくない!
「じゃあ、梨乃の誕生日には家族全員で遊園地に行こう。ちょうど週末だしな」
「いいわね。ついでに買い物もして、二人に新しい服を買ってあげましょう……」
母は手振りを交えながら楽しそうに提案する。その目には、私にはわからない輝きが宿っていた。
私は横目で彰真を見た。彼はただ穏やかに私を見返してきた。
「嫌だ」と言う言葉は、どうしても口に出せなかった。
その夜、私は我慢できず、彰真の部屋のドアをノックした。
「一緒に行きたくないのか?」
私が勢いよく頷くと、彼は私の頭を軽く揉んだ。
「考え方を変えてみろよ。嫌いな人の金で、自分の好きなことをするんだ。悪くないだろ?」
第4話
「そう考えると確かに悪くないけど……」
「着いたら、あいつらを振り切って、君が遊びたいことを全部しよう」
その言葉に、私は目を輝かせた。
「それで、何が欲しい?」
不意に聞かれ、私はぽかんとしてしまった。
「まぁ、俺が見繕うよ。とりあえず早く寝ろ。明日はテストだろ?」
そう言って彼は早々に眠りについたが、私は一晩中目が冴えてしまった。
プレゼント?
彰真が私にプレゼントを?
誕生日の朝、私はいつもより早起きして準備を整えた。
母の化粧台に忍び込んで香水をひと吹きする余裕まであった。
彰真からのプレゼントへの期待で気持ちがいっぱいになっていたせいか、
普段は嫌だった母の香りも今日はそこまで気にならなかった。それどころか、なぜか落ち着いた気分にすらなった。
準備を終えて彰真の部屋の前に立ったとき、まだ朝6時だった。
学校があってもこんなに早く起きる必要はない時間だ。
「何だ、こんな早起きしてどうした?」
後ろから声が聞こえ、振り向くと、彰真が髪をタオルで拭きながら立っていた。
彼は私に小さな箱を手渡そうとする。
「まさか、俺の誕生日プレゼントを待ってたわけじゃないよな?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
核心を突かれた私は赤面し、うつむいて箱を受け取る勇気がなかった。
そんな私を見て、彼は笑いながら、無理やり箱を押し付けてきた。
「これ、俺が手作りしたやつだ。いらないなら捨てるぞ」
「いる!」
慌てて箱を奪い取ると、彼の笑い声がさらに大きくなった。
「まさかここまで恥ずかしがるとはな。今日はそれを絶対に身につけろよ」
「わかった!」
部屋に駆け戻り、ベッドに飛び込む。
胸の鼓動が早すぎて、落ち着くまでに時間がかかった。
しばらくしてから、ようやく箱を開けると、中には精巧な作りの御守りが入っていた。
ゆっくりと御守りを取り出し、首にかける。
そして胸元にぎゅっと押し当てた。
これが、私にとって人生初めての誕生日プレゼントだった。
しかし、私と彰真の逃亡計画は失敗に終わった。
とくに母が私の手を一瞬たりとも離そうとせず、しっかりと握っていたのだ。
家を出たときから、母は別人のように神経質な顔つきだった。
笑顔はどこにもなく、ただ不安そうに眉をひそめている。
「美沙、心配するな。後ろにはボディーガードがついている。梨乃は何も起こらないよ」
雅貴がそう言うと、母は後ろのボディーガードたちを見て小さく頷いた。
その隙に彰真が私にウィンクしてきた。
私はお腹を押さえ、大袈裟にうめき声を上げる。
「母さん、トイレ行きたい……!お腹が痛い……!」
慌てた母がトイレを探している間に、私は母の手を振り払い、彰真と一緒に人混みの中へ走り出した。
母と雅貴の叫び声が消え去ったとき、私たちは顔を見合わせて大笑いした。
お腹を抱えて笑いすぎて、腰が抜けそうになるほどだった。
これは、私たちが初めて本当に反抗した瞬間だった。
そして、見事に成功したのだ。
お互いにハイタッチを交わし、彰真がリードして、私は次々と初めての体験をしていった。
ジェットコースター、メリーゴーランド、脱出ゲーム……
気がつけば空が暗くなっていた。
驚いたことに、母も雅貴も私たちを探しに来る様子はなかった。
「梨乃、今日は楽しかった?」
「楽しかった!」
「俺も楽しかったよ。姉さんの仇を取ったからな」
その言葉に、彼の不気味な笑みを見て、私は胸がざわつく。
嫌な予感がする。
「……君の母さん、妊娠してたよ、知ってるか?」
「え?」
「でも、あの子はもういない」
彰真の目が興奮したように輝いている。
「君を追いかけて転んだんだ。それで流産した」