愛されている時は掌中の珠、愛されていない時は足元の泥

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結婚の二週間前、田中陽介は突然、結婚式を延期すると言った。 「由美がその日、初めての個展を開くんだ。オープニングセレモニーは彼女一人だ...

Chương (1)

第1章

結婚の二週間前、田中陽介は突然、結婚式を延期すると言った。 「由美がその日、初めての個展を開くんだ。オープニングセレモニーは彼女一人だけだって。きっと心細いだろうし、俺が行って手伝わないと」 「俺たちの関係はこんな形式に縛られないだろう?結婚するのが一日早かろうが遅かろうが、何も変わらないさ」 でもこれで、陽介が高橋由美のために結婚式の日取りを延ばすのは三度目だった。 一度目はこうだった。由美が手術を終えたばかりで、故郷の食べ物が恋しいと言い出した。陽介は二ヶ月間も海外に行って、彼女の面倒を見ていた。 二度目は由美が深い山奥にスケッチに行くと言い出した時だ。彼女が危険な目に遭うんじゃないかと心配して、同行した。 そして、これが三度目。 電話を切った私は、向かいに座っている幼馴染の松本優斗に目をやった。彼は相変わらず、気だるそうな姿勢で椅子にもたれている。 さすが御曹司。手元のエメラルドがあしらわれた杖をリズミカルに大理石の床に叩きつけている。 「奥さんがまだ一人足りないんじゃない?」 結婚式当日、由美は軽い笑みを浮かべながらグラスを掲げ、男が乾杯に応じるのを待っていた。 けれどその男は赤い目をして、全国最大の不動産会社である松本グループの御曹司の結婚式のライブ中継を見つめていた。 第1話 杖を叩く音が突然止み、優斗がゆっくりと顔を上げた。その深い瞳が私を捉える。 「覚悟は決まったのか?」 「彼にチャンスは十分与えたわ」私は肩をすくめながら答えた。「よく言うでしょう、三度目の正直。彼が同じ女性のために結婚式を三回も延ばしたってことは、もう縁がないってことよ。無理に繋ぎ止める必要なんてないわ」 優斗は微笑みを浮かべ、片眉を上げた。 「決めたのならいいさ。じゃあ、すぐに準備を始める。俺が手掛ける結婚式は、間違いなく世界中の注目を集めることになるから、その覚悟だけはしておけ」 「半月後には、松本グループの女主人が誰なのか、全員が知ることになる」 目の前の男を見つめた。彼が真剣に自分の決意を宣言していることが分かった。 「分かったわ。安心して。小林家も全力で松本グループを支えるつもりよ。足を引っ張るようなことはしないから」 優斗は意味深な笑みを浮かべ、私に一瞥を投げた。 「俺は松本グループのためにやってるわけじゃないけどな」 家に戻った私は、部屋の中の自分に関わるものを急いで整理し始めた。そのとき、陽介がドアを開けて入ってきた。最初は驚いた顔をしていたが、すぐに鼻で笑った。 「小林結衣、また始まったのかよ。何歳だと思ってんだ?ケンカするたびに家出なんて、子供じみてるぞ」 「そんなに焦ってんのか?あの日は本当に用事があったんだって。別にお前を嫁にもらわないってわけじゃないのに」 彼の声には、部屋中に溢れそうなほどの苛立ちが滲んでいた。私は手早く荷物を詰め込みながら、一度も彼の方を振り返らなかった。 「誰が家出するなんて言った?物が多すぎるから、いらないものを整理してるだけ」 心の中でそっと付け加えた。 ついでに、あんたも捨てるのよ。 陽介はドアにもたれかかり、気だるそうにポケットからタバコを一本取り出し、口に咥えた。 「へえ、じゃあついでに客間も片付けておけよ。由美がしばらく泊まるからさ。画廊に近い方が便利だろ?」 私は軽く頷きながら、彼の言葉を引き取った。 「分かった。明日、客間を掃除しておくわ。他に何か彼女に準備しておくものはある?」 陽介がタバコに火を付けようとした手が一瞬止まり、信じられないというような表情を浮かべた。 彼の声が急に柔らかくなった。 「ベイビー、最近お前に我慢ばかりさせてるよな。お前、×ブランドの婚約指輪が好きだったろ?もう一セット注文して、交代でつけられるようにしよう」 「最近、俺も時間がなくてさ。由美が初めて個展を開くんだ。色々と気を使ってやらないと。でも、彼女の展覧会が無事終わったら、ちゃんとお前と一緒にいるから」 胸の奥に重たいものが詰まるような感覚がした。それでも振り返らず、声だけは穏やかに保った。 「大丈夫よ。気にしないで。あなたはまず自分のやるべきことを優先して。私も片付けないといけないものがいっぱいあるから」 彼はいつもシンプルな部屋が好きな私が、突然片付けなければならない物が増えた理由を尋ねようとはしなかった。ただ、私が急に物分かりが良くなったと勘違いし、安心した様子でこう言った。 「実はあの書斎、画室に改装するべきだったんじゃないかと思うんだ。あんなに日当たりがいいのに、お前の研究道具を置いておくなんて、もったいないだろ?由美の絵を描くために使った方がいいんじゃないか?」 「あなたの言う通りね」 手を止めることなく荷物を詰めながら答えた。 「彼女があの部屋を気に入ってるなら、専用の画室として使わせてあげたらいいわ」 他人のものがそんなに好きなら、部屋も人も一緒に差し上げるわ。 翌日、陽介は空港に向かい、由美を迎えに行った。朝食すら食べる暇もなかったようだ。 話題の女性画家が帰国して個展を開くというニュースは、メディアで争うように報じられ、ツイッターのトレンドを独占していた。 コメント欄にはこんな声が溢れていた。 「株式市場の神童とロマンティックな女性画家、これはもう筆が勝手に動くわ!」 「嫉妬の余地がないカップル。だって、本当にお似合いなんだもん。美しい愛は彼らにこそふさわしい!」 第2話 私がコメント欄を楽しんで読んでいる最中、優斗から電話がかかってきた。 電話越しに彼の低くて魅力的な声が響く。 「うちの広報部がお前に聞いてきた。例のトピック、削除するか?」 私は思わず笑ってしまった。 「必要ないわ。そんなお金があるなら、全部結婚式に使って。私はあなたが他人に無駄遣いするのを許さないから」 電話の向こうで彼が低く笑った。 「分かった。じゃあ今日はドレスの試着に行くぞ。それと、結婚式の花。お前が好きな薔薇の種類を選べるように、3つの品種を空輸しておいた。後で選んでくれ」 昨日結婚を決めたばかりなのに、もう薔薇の品種を3つも用意してくれたなんて。その迅速な対応に驚かされる。 結婚を決めてから、全ての準備は優斗と彼のグループが進めてくれた。私はほとんど何も関わっていない。それでも彼は嫌な顔一つせず、全てを整えて、私が選ぶだけにしてくれる。 思い返せば、陽介と結婚を決めた時は真逆だった。すべての準備を私が一手に引き受け、彼に相談すればいつも面倒くさそうな返事ばかり。 「こんな小さいこと、自分で決めろよ。いちいち俺を煩わせるな」 その時はそれが当たり前だと思っていたけど、今こうして優斗の振る舞いを見ると、これこそが本当の婚約者のあるべき姿だと感じる。 ドレスの試着では、50着近くの選択肢が用意されていた。どれも私のサイズぴったりに仕立てられている。デザイナーがそばで声をかけてくれる。 「松本さんの指示で、昨晩急遽、サイズ直しを行いました。合わないところがあればその場で直せるよう、我々はいつでも待機しています」 デザイナーは私の着ている輝くドレスを見て微笑みながら言った。 「松本さん、本当にあなたのことを大事に思っているんですね」 私は顔が少し熱くなるのを感じながら、こっそりと優斗に視線を向けた。彼はどこか掴みどころのない笑みを浮かべていた。 1日が終わり、ドレスやアクセサリー、薔薇の花まで選び終えると、私は疲れ果て、帰宅してソファに倒れ込んだ。その瞬間、陽介からの着信に気づいた。さらに十数件の不在着信もある。 電話を取ると、彼の苛立った声が響いた。 「お前どこにいるんだ!何度も遅れるなって言ってるだろ!自分の価値を見せつけたいのか?」 私は困惑して聞き返す。 「どこへ?」 陽介は冷笑した。 「何を装ってるんだよ、結衣。俺はお前が由美を受け入れてくれたと思ったのに、昨日の態度は芝居だったのか?メッセージも無視するようになったんだな」 「前にも言っただろう、今日は由美が帰国する日だって。歓迎会を開いたんだよ。由美が気を利かせてお前も招待したんだから、早く来い。位置情報を送ったからな」 彼は私が答える前に電話を切り、すぐに位置情報と音声メッセージが届いた。 「結衣お姉さん、久しぶりですね。早く来てください。私と陽介お兄さんのことで誤解されたくないので……」 次に再生されたのは陽介の声だった。 「結衣、来ないと前に約束してた期刊の主編の連絡先、絶対渡さないからな」 彼の言葉に少し迷った。私は医学を専攻していて、長らく発表できずにいる論文を、その期刊に載せたかった。陽介はその主編の連絡先を偶然手に入れ、一度は渡すと約束していた。 だが、今それを脅迫材料に使うとは。本当に呆れる。 少し身支度を整えた私は、心の中で呟いた。 行くか。この二人も、私を不快にさせられるのはそう長くない。 ホテルの個室に入ると、主賓席には陽介と由美が並んで座っていた。二人の距離は非常に近く、まるで一心同体のように親密だ。 私が入ったのを見て、由美はすぐに立ち上がり、その白い顔に満面の笑みを浮かべた。 「結衣お姉さん、来てくれたんですね。こちらへどうぞ、座ってください」 そう言いながら、自分の席を譲ろうとした。 しかし、陽介が彼女の腕を掴んで制した。 「由美、今日の主役はお前だ。ここに座っていろよ。こんなに席があるんだから、あいつはどこでも好きなところに座ればいいだろう」 由美は申し訳なさそうに私を見つめ、その顔にほんのりと赤みが差した。 「ごめんなさい、結衣お姉さん。陽介お兄さんが……少しお酒を飲み過ぎちゃったみたいで」 私は手を振り、適当な席を選んで腰掛けた。 「気にしないで。私はここで十分よ。陽介お兄さんの言う通り、今日はあなたが主役なんだから」 その時、陽介の友人が横から茶化すように声を上げた。 「おいおい、席のことなんかで揉めるなよ。ところでさ、今日の写真見たか?あの写真じゃ、お前と由美、本当にお似合いのカップルに見えるぜ。俺の知り合いも、あれは恋人同士に違いないって言ってたぞ!」 「由美は夢に向かって一直線の女だもんな。昔は別れちまったけど、今由美が帰ってきたんだし、もう一度やり直せるだろ!」 第3話 陽介は私に目もくれず、まるで何事もないかのように言い放った。 「お前ら、何をバカなこと言ってんだよ。由美は大画家になる人間だぞ」 彼はそれ以上の説明をせず、悪意に満ちた言葉が飛び交うのを黙認していた。今、私は陽介と結婚する予定の婚約者のはずなのに。 私は自分がどれほどお人好しだったのかを考えざるを得なかった。心に別の女性を抱える男を、これまでずっと許してきた自分に呆れるばかりだ。 由美は唇を軽く噛み、小鹿のように潤んだ瞳で私を見つめながら言った。 「結衣お姉さん、あんなの真に受けちゃだめだよ。みんな冗談が過ぎただけで、本当に申し訳ない……」 そう言うと、彼女は精美な箱を差し出した。 「結衣お姉さん、これ、私が用意したプレゼント。開けてみて、気に入るといいな」 私が箱を開け、中を見ると、細いチェーンに小さなルビーがいくつも不規則に配置されたブレスレットが入っていた。 目を上げて由美を見ると、彼女の首には豪華なルビーのネックレスが輝いていた。それは職人技が光る一品で、一目で特注品だと分かった。 その瞬間、私は思い出した。このルビーのネックレス、確かに陽介が私のためにオーダーしたものだった。 「結衣、結婚式ではこのネックレスをウェディングドレスと合わせて身につけてくれよ。ルビーは俺が君を妻に迎える誠実な気持ちの象徴だから」 そう言って、彼がデザイン画を見せてくれたことを覚えている。デザイナーは、ネックレスの主石を切り出した際に余った素材で、小さなアクセサリーも作れると言っていた。 そして今、そのウェディングドレスに合わせるはずだったネックレスは由美の首に掛かり、余り物で作られたブレスレットが私への「プレゼント」として渡されている。 私は思わず笑ってしまった。 陽介の友人たちは、私が笑っているのを見て「世間知らず」と思ったのか、軽蔑の眼差しを隠さなかった。 「こんな女、陽介がなんで選んだのか分からないよな」誰かが小声で呟いた。 別の人が由美のネックレスに目を留め、驚きの声を上げた。 「由美!そのネックレス、めちゃくちゃ綺麗じゃないか!」 由美は照れくさそうにネックレスを指で軽くなぞりながら、優しい目で陽介を見た。 「これは陽介お兄さんが私にくれたの。帰国祝いだって。もし画展が成功したら、もっと良いものを贈ってくれるって……」 私は横から感嘆するように口を挟んだ。 「すごいわね、陽介。本当に太っ腹。だってこのネックレスの素材、あなたのお母さんの家から代々受け継がれてきたものじゃない。デザインだけでも半年かかって、切削加工も海外で特注したんでしょ。確か田中家の嫁にだけ渡されるものだったはずだけど、由美にプレゼントするなんて、本当に気が利くわ」 その場が一瞬で静まり返った。 陽介の顔が見る見るうちに険しくなっていく。 そこにいる誰もが、このネックレスが本来誰のものだったのかを理解した。そして、それが今、由美の首に掛かっているという事実の意味も。 由美は震えるように立ち上がり、ネックレスに手を当てながら、どうすればいいのか分からない様子だった。彼女の目には涙が溜まり、赤くなっていた。 「陽介お兄さん、ごめんなさい……私、本当に知らなかったんです。これが結衣お姉さんのものだなんて。私、なんて愚かなんだろう……」 そう言いながら、彼女の涙が次々と零れ落ちた。その姿は誰の目にも痛ましいものだった。 彼女は震える手でネックレスを外そうとしたが、力が入りすぎて首に痕ができるほどだった。 「陽介お兄さん、お願い……外して。私、これつけていられない」 声が震え、呼吸さえ乱れていた。 陽介は慌てて彼女の手を掴み、その無理やりな動きを止めた。 「お前に渡したものはお前のものだ。気にせずつけていろ。他人の言うことなんか気にするな」 そう言うと、彼は私を睨みつけた。 「たかがルビーのネックレスじゃないか。お前、医者の卵だろ?あんなくだらない石ころを宝物扱いして、恥ずかしくないのか?博士課程まで進んで、まだそんな浅はかさを捨てられないのか?」 「それに、田中家の嫁に渡すものだと言っただろう。それはつまり、俺の未来の妻のものだ。俺が誰の首に掛けるか決める権利がある」 「最初から自分のものだと思い込むな。俺が由美に渡したのは、彼女の方がそれにふさわしいからだ」 「お前は俺と結婚するんだから、それで満足しろ。他に何を不満に思う必要がある?」 由美はそばで、まるで彼を庇うように言った。 「陽介お兄さん、ありがとう。実は私も、このルビーのネックレスが画展の日のドレスに一番似合うと思ってたの。こんなに長い間一緒にいなくても、陽介お兄さんは私の好みを分かってくれるのね」 第4話 私は面白がるように二人を見つめながら、軽く言葉を足した。 「ごめんね、別に他意はないのよ。そんなに敏感にならないで」 「それに、アクセサリーってセットじゃないと綺麗に見えないでしょ。このブレスレットはルビーの端材で作ったものみたいだから、あなたに返すわ」 由美は唇を噛みしめながら、小さな声で言った。 「結衣お姉さん、安心して。陽介お兄さんは私にくれるつもりだったかもしれないけど、これがあなたたちの結婚祝いだって知ってたら、私、絶対もらわないよ。画展が終わったら返すから、それでいいでしょ?」 陽介の友人たちは、それを聞いてすかさず助け舟を出した。 「結衣、いい加減にしろよ。見ろよ、由美がどれだけ怯えてるか。一つのネックレスごときで、そこまで大事にするか?せっかく由美が帰国したのに、こんな雰囲気にして全員が不機嫌になれば満足するわけ?」 「ほんとだよ、小林さん。君の家もそれなりに名のある家系だろうに、まるで破産寸前みたいだな。一つのネックレスで他人と争うなんてさ」 陽介の取り巻きたちは昔から私のことが気に食わなかった。彼らにとって、由美こそが陽介に相応しい「女神」だった。 私がどんなに努力しても、彼らは一度も私を認めたことがなかった。私が陽介にふさわしくないと、いつも影で嘲笑っていた。 由美は焦った様子で私に向き直り、仲裁するように言った。 「みんな、そんなこと言わないで。結衣お姉さんはこれが陽介お兄さんからのプレゼントだなんて知らなかったのよ。ちゃんと説明すれば、きっと分かってくれるはずだから」 その一方で、陽介は冷ややかな目で私を見ながら吐き捨てた。 「お前、来ないほうがよかったよ。来た途端に雰囲気を壊してばかりだ」 私は立ち上がり、あっさりと言った。 「じゃあ、帰るわ」 ドアの近くまで歩いたとき、ふと考えが浮かび、振り返った。 「そうだ。そういえば、あなたたちの家の客室は少し狭いみたいね。由美が泊まるには窮屈かもしれない。いっそのこと、主寝室を彼女に譲ったらどう?」 陽介は眉をひそめ、不機嫌そうに返した。 「何を言ってるんだよ。俺の家もお前の家も関係ないだろ。そこは俺たちの家だろ?まだそんな幼稚なことを言ってるのか?田中家の嫁になる身なら、少しは大人になれよ」 「お前、結婚した後も俺の両親にそんな態度を取るつもりか?」 私は眉を上げ、薄笑いを浮かべながら言った。 「田中家に嫁ぐ?結婚式はキャンセルしたし、結婚の話はまた今度にしましょう」 陽介は顔色を変え、焦ったように私の腕を掴んで怒鳴った。 「お前、何を言ってるんだ!?結婚式をキャンセルだと?俺は延期すると言っただけだ!それを勝手にキャンセルだなんて、どういうことだ?」 そのとき、優斗から電話がかかってきた。私は陽介の前で電話を取り、通話を始めた。 「結衣、デザイナーが聞いてきた。首飾りの宝石、何にする?」 私は彼のエメラルドがはめ込まれた杖を思い出し、答えた。 「エメラルドにしよう」 その言葉を聞いた陽介は鼻で笑いながら嘲るように言った。 「エメラルドだって?ルビーを失ったからって、自分でグリーンの宝石を注文するのか?そんなに他人より見劣りするのが怖いのか?」 由美は一瞬驚いた表情を見せ、涙ぐみながら声を震わせた。 「陽介お兄さん……あなた……結婚するの?」 しかし、陽介は彼女に答える余裕もなく、再び私に怒りを向けた。 「結衣、はっきりさせておくが、俺は結婚式を挙げると約束しただけで、まだ正式に婚姻届を出したわけじゃない!つまり、俺たちはまだ法律的には夫婦でもなんでもないんだ」 「それを分かった上で、何勝手にアクセサリーだのウェディングドレスだの式場だのを準備してるんだ?まさか俺を結婚に追い込むつもりか?そんなに必死なのかよ。お前の家、そんなに金に困ってるのか?」 陽介はますます取り乱し、言葉がヒートアップしていく。私は呆れて彼の顔を見る気にもなれず、腕を振り払おうとしたが、どうしても力で敵わない。 「いい加減にして、誰もあなたに結婚を迫ってないわ。私は私が欲しいものを買ってるだけ。それがどうしてあなたに関係あるの?」 陽介は冷たい笑いを浮かべた。 「まだ言い訳するのか?俺以外の誰と結婚するつもりだよ。電話までかかってきてるってのに、まだとぼけるつもりか?」 「お前の家の立場を考えて、俺も一応の体面は保ってやろうと思ったけど、これ以上恥をさらすような真似をするなら、容赦しないからな!」 そのとき、個室のドアが力強く開けられた。冷ややかで落ち着いた声が室内に響く。 「その手を離せ」