愛をやさしく語り合った

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安田翔真(やすだ しょうま)が可愛い転校生に告白したあの日、みんなは私が取り乱して泣き叫んで止めに入るだろうと思っていた。 しかし、告...

Chương (1)

第1章

安田翔真(やすだ しょうま)が可愛い転校生に告白したあの日、みんなは私が取り乱して泣き叫んで止めに入るだろうと思っていた。 しかし、告白が終わるまで、私は現れなかった。 翔真は知らなかった。そのとき私が、彼のルームメイトのパーカーを着て、そのルームメイトのベッドの上に座りながら、無邪気な顔でこんなことを言っていたなんて。 「ねえ、ベッド濡らしちゃったんだけど……今夜、どうする?」 島良太(しま りょうた)は視線をそらし、喉仏を動かして、私にタオルを投げた。 「先に髪、乾かしてきな。シーツは俺が替えるから、それが済んだら寝ろ」 第1話 安田翔真(やすだ しょうま)はあの可愛い転校生に告白しようとしている。 彼は事前にみんなに声をかけて、私には内緒にしておくよう頼んだ。 ただ、彼は知らない。おせっかいな誰かがとっくに私に教えてくれていた。 私が翔真のことを好きで、彼と結婚したいと夢見ているなんて、誰もが知っている。 今回、翔真はその転校生に一目惚れして、本気で恋に落ちた。 私はきっと、泣いて喚いて大暴れするに違いない。 こういう男女のドロドロ劇は、誰だって大好きだ。 みんな、私がぶち切れて修羅場を起こすのを今か今かと待っていた。 ただ残念なことに、翔真の告白が無事に終わるまで、 私は姿を見せなかった。 野次馬は何重にも取り囲んでいたのに、どこか白けた空気が漂っていた。 翔真の顔にも、大して嬉しそうな様子はなかった。 彼は新しい彼女を腕に抱きながら、スマホを取り出す。 でも、電話もメッセージも一通もなかった。 翔真は少しだけ眉をひそめた。 そして、取り巻きたちに向かってこう言った。「今夜は俺のおごりだ。見てたやつ、全員な」 そのひと言に、クラスメートたちは一斉に歓声を上げた。 ずっと茂みの陰に立っていた私が、ようやく姿を現した。 目ざとい誰かが私を見つけ、すぐに叫んだ。「斉藤紗季(さいとう さき)だ、紗季が来た!」 「ほらね、紗季が我慢できるわけないと思った」 翔真はぱっと顔を上げ、私を見た瞬間、口元をほんのわずかに緩めた。 騒ぎを期待してざわつく周囲の視線を無視して、 私はまっすぐ翔真の前へと歩み寄った。 「紗季」 翔真は新しい彼女をさらに強く抱き寄せ、 私を見ながら淡々とした声で言った。「恋ってものは、無理にどうこうできるもんじゃない」 「俺たちはもう十年以上の付き合いだし、あんまりひどいことは言いたくない。昔の縁もあるし」 「これからも、お前のことは妹みたいに思ってる」 「困ったことがあったら、いつでも頼ってきていい」 そう言い終えると、彼は声のトーンをぐっと落として続けた。「みんなが見てるんだ、もう騒ぐのはやめて、帰れ」 「翔真」 私は彼の言葉を遮り、静かに一歩、前へ踏み出した。 彼はまた眉をひそめる。「紗季、言うことを聞け」 私はふっと笑い、さっき腕から外したばかりのブレスレットを彼に差し出した。 「来たのは、これを返したかっただけ」 ブレスレットを見た翔真の顔が、さっと曇った。「紗季、また何を企んでる?」 「これ、受け取って。もうあなたにまとわりつくつもりはないから」 翔真は私をじっと見据え、声をさらに冷たくした。「こんな金、大したもんじゃない」 「いらないなら、捨てていいよ」 その言葉を聞き終えるか終えないかのうちに、私はくるりと背を向け、ブレスレットを近くのゴミ箱に放り投げた。 「前のプレゼントも、ぜんぶ捨てて」 そう言い残して、私は彼を一度も振り返ることなく、その場を後にした。 翔真はその場に立ち尽くし、紗季の姿が完全に見えなくなるまで微動だにしなかった。 けれど、その顔色はやはり冴えなかった。 そばにいた友人かが慌てて空気を和ませようとした。「まあ、紗季はプライド高いからね。無理してるだけだよ」 「翔真、見ててよ。今夜中には絶対後悔して戻ってくるって」 「下手したら、俺らがいなくなった瞬間に、泣きながらゴミ箱漁ってるかもな」 それを聞いた翔真は、ふっと笑って言った。「好きにさせておけ」 第2話 「両家の親の顔を立てることを考えなければ、誰があいつに付き合う気になるものか」 「もういいって、怒るなよ。今夜はちゃんとお祝いするんだから、あいつのせいで白けたらもったいないだろ」 翔真は隣にいる、華やかで美しい新しい彼女をちらりと見た。 そして、紗季のうっとうしい顔なんて、心の中から追い払った。 どうせ明日になれば、紗季はまた何事もなかったみたいに—— 寮の下で彼を待って、一緒に授業に行こうと付きまとうに決まってる。 そんな茶番、彼はもう何年も見飽きていた。 川辺に着いた頃には、雨は土砂降りになっていた。 私は傘をさして雨の中に立ち、数日前に見た夢を思い返していた。 夢の中の私は、翔真が片山かなみ(かたやま かなみ)に告白したことに取り乱し、 泣き叫んで別れを迫り、その夜、この川に飛び込んだ。 でも、結果はどうだった? 私は命を落としかけた。 翔真は病院に五分いただけで、冷たく去っていった。 私を引き取って育ててくれた斉藤家は、私が死のうとしたことを恥と思い、 さらに翔真の態度を見て、私にもう利用価値がないと判断した。 そして私を退学させ、飲んだくれて賭け事に溺れ、悪事ばかり働いていた実の両親の元へ送り返した。 最後には、私の人生は奈落の底へと転げ落ち、異国の地で惨めに命を落とした。 私が死んだあと、バラバラになった遺骨を収めてくれたのは、ずっと距離を置いて、恐れてさえいたあの人だった。 その頃、翔真は新婚生活を楽しみ、順風満帆で、最初から最後まで現れなかった。 ここ数日、夢の中で見たことが、次々と現実になっている。 もしあの夢がなかったら、今ごろ私は狂ったように翔真に電話をかけ、 そして死を覚悟でこの川に飛び込もうとしていただろう。 この夢に、私は心から感謝している。まるで生まれ変わったような気持ちだった。 自分に定められた悲惨な運命を、少しずつでも変えられる気がした。 三度目にその番号へ電話をかけたとき、ようやく相手が応答した。 私は携帯をぎゅっと握りしめ、耳元にそっと当てる。 「良太(りょうた)」という名前が舌の先で何度も渦巻き、ようやくゆっくりと口からこぼれた。 激しい雨が世界の喧騒をすべて遮り、 その中でただひとつ、少しけだるげな、低く響く声が聞こえた。「紗季?」 「良太、すごい雨だね」 「今、川辺にいて……帰れなくなっちゃった。迎えに来てくれる?」 電話の向こうは数秒ほど沈黙した。私は緊張で傘の柄をぎゅっと握りしめ、手のひらは汗でべたついていた。 夢の中で、良太が私の遺体を収めてくれたとき、たしか彼は涙を流していた。 その涙は一滴一滴、私の腐りかけた肉体と白骨に落ちて—— 私は夢の中ですら、その熱さをはっきり感じていた。 その後、彼は私の遺灰を小さな瓶に入れて、ずっと身につけていた そして、一生を孤独に過ごした。 思い出すだけで涙がこみ上げてきて、私は嗚咽を漏らした。 「どうして泣いているんだ」 突然、良太の声が聞こえてきた。 相変わらずの淡々とした調子で、どこか少しイラついているようにも思えた。 「行かないなんて、一言も言ってない」 「じゃあ、いつ来てくれるの?」 「待ってろ。二十分で着く」 「うん、待ってるね、良太」 それきり彼は何も言わず、電話が切れた。 十五分後。私は傘を、近くで雨宿りしていた親子に渡した。 だから、良太がやって来たときには、私はもう全身ずぶ濡れだった。 彼は車を降り、唇をきゅっと引き結びながらこちらに歩いてくる。その表情はまるで霜や雪をまとったみたいに冷たくて、容赦がなかった。 私は濡れた前髪をかきあげて、顔を上げ、笑顔を向けた。「良太、時間ぴったりだったね」 「紗季、お前はバカだな」 冷たい表情のまま、良太は私の腕をつかんで、ぐいっと車の中へ押し込んだ。 そして、ふわりとした毛布をひとつ投げてよこす。 「ちゃんと拭け。車を汚すなよ」 バックミラー越しに私を一瞥すると、彼は迷いなくハンドルを切り、車を発進させた。 第3話 「うん」私はおとなしく毛布にくるまり、頷いた。 けれど、ついまた視線が運転に集中している彼へと向かう。 無表情なときの良太は、いつも冷たくて近寄りがたく見える。 学校では彼を好きな子がたくさんいたけど、誰も告白なんてできなかった。 彼は翔真と同じ寮のルームメイトだった。 私はよく翔真を訪ねてその寮へ行っていたけれど、行くたびに良太は私をうっとうしそうに見ていた。 そして今も、迎えに来てくれたのに、態度はやっぱり冷たいまま。 さっき車に押し込まれたときは、手加減なんて一切なくて—— 手首にはまだ赤い跡が残っているし、ひりひりと痛んでいた。 どう見ても、彼がずっと密かに私のことを想っていた、なんて信じられない。 私はそっとまつげを伏せた。 夢の中で見たことは、今のところ、すべて現実になっている。 でも——私が動き出したことで、少しずつ変わりはじめたこともある。 じゃあ、良太の気持ちも……変わってしまったのだろうか。 それとも、最初から私のことなんて、何とも思ってなかったのか。もしそうなら、私の行動は彼に迷惑をかけているだけじゃないか…… 「寮に戻るか?」 突然、良太が横目で私を見て、問いかけてきた。 私の心臓がどきりと跳ねた。気づけば、口をついて出た言葉は—— 「うん、あなたの寮に戻る」 良太はハンドルを握ったまま、鼻で笑うように嗤った。「翔真は今夜、戻ってこないぞ」 「知ってる」 私は毛布の端を握って、ぎゅっ、ぎゅっと指先に力を込めていく。 「別に、彼に会いたいわけじゃない」 次の瞬間、車が急ブレーキをかけて、路肩に停まった。 良太がこちらに振り返る。その瞳の奥にある冷たい霜のような色が、胸の奥をずしんと打った。 「紗季、俺をお前らの茶番に巻き込むな」 「ちがう、そんなつもりじゃ……」 彼は私をじっと見つめたまま、スマホを手に取った。 「タクシー呼んでやる。自分で帰れ」 「……良太」 私は唇をきつく噛みしめて、思わず彼のスマホを奪い取った。 「紗季」 彼は私を見つめたが、その目には怒りや嫌悪はなかった。 ただ、深く澄んだその瞳には、無数の感情が渦巻いていた。 私は突然、言葉にならない悲しさが溢れてきた。 「……良太、帰りたくない。寮に戻ったら、みんな笑うの」 「家にも帰れないの」 「ねえ……あなたの寮で、一晩だけ過ごさせてもらえない?」 私は彼のスマホを背中に隠しながら、声をだんだん小さくしていった。 「もちろん、もし本当に……私のことが嫌で、顔も見たくないって言うなら……いい。諦める」 その言葉が静かに落ちると同時に、涙がぽろり、と目から零れ落ちた。 ひと粒ずつ、静かに、音もなく。 良太は何も言わなかった。 だけど、彼は黙ってエンジンをかけ、車を再び走らせた。 向かったのは学校。そして車は、彼の寮の建物の前で止まった。 私は黙って良太について寮の中へ入った。 彼はクローゼットからきれいなスウェットを一着取り出して、私に差し出した。「風呂、あっち」 良太は背が高いから、渡されたスウェットは私にはぶかぶかで、 膝まで届くその丈は、まるでワンピースみたいだった。 シャワーを浴びたあと、そのままスウェットを着て、素足のまま部屋に出る。 良太は私をちらりと一瞥したが、すぐに目をそらした。 私は翔真のベッドの横を通り過ぎて、良太のベッドの端にそっと腰を下ろす。 濡れた髪の先から水滴が落ちて、シーツにしみをつくった。 私の体にふんわりと残る香りは、良太が使っているシャンプーとボディソープのものだった。 狭いこの空間に、彼と同じ匂いがほんのりと漂いはじめる。 それは、言葉にできないけれど、どこか曖昧で、静かに芽生えるなにかだった。 良太はタバコの箱を手に取り、軽く咳払いをして言った。「ちょっとタバコ吸ってくる」 そして、バルコニーへと出ていった。 私は少しだけ興味をそそられて、良太のベッドを見回す。 淡いグレーのシーツと布団は、きちんと整えられていて清潔そのもの。 机の上にはパソコンと数冊の本が置かれ、無駄のない整った印象だった。 なんとなく、彼の机の置物にも目を向けようとした、そのとき—— 突然、携帯が鳴った。 画面に表示されていた名前は、翔真だった。 第4話 私は電話に出なかった。 でも向こうはすぐにまたかけてきて、まったく止まる気配がなかった。 もううんざりして、私は携帯をサイレントにしてバッグに突っ込んだ。 「良太」 私はバルコニーに向かって声をかけた。 彼はすぐにこちらを振り返り、タバコをもみ消してから歩いてきた。「どうした?」 私はベッドに腰を下ろしていたから、彼を見上げる形になる。 良太と目が合った。けれど、たった二秒で彼はそっと視線をそらした。 だけど、私は見逃さなかった。彼の耳のあたりが、ほんのり赤く染まっていたのを。 「ねえ、ベッド濡らしちゃったんだけど……今夜、どうする?」 良太は私を見て、それからシーツの濡れたところに目をやった。 喉仏がごくりと大きく動き、それから静かに立ち上がり、タオルを取って渡してくれた。 「先に髪、乾かしてきな。シーツは俺が替えるから、それが済んだら寝ろ」 そう言って、彼はクローゼットから新しいシーツを取り出した。 私はタオルを握りしめながら、さっき彼の耳が真っ赤になっていたことを思い出して、つい口元をほころばせた。 髪を乾かして部屋に戻ると、良太はもうすっかりベッドを整えてくれていた。 「寝ていいよ」 「じゃあ、あなたは?」 私がそう聞くと、良太は椅子を引き、こちらを振り返りもせずに答えた。「ゲームする」 「ああ……」 私は少し不満げに、彼のベッドの上に座り込んだ。 良太はヘッドフォンを手に取り、ちょうどつけようとしたそのとき、携帯が突然鳴った。 彼は画面をちらりと見て、それから私のほうを一度だけ振り返り、通話ボタンを押した。 「翔真、どうかした?」 その名前が聞こえた瞬間、私の胸はきゅっと締め付けられ、息を呑んだ。 「うん、寮にいるよ」 「……誰かが、紗季がうちの寮に来たのを見たって?」 良太はもう一度、こちらを見た。「俺は……」 焦りと混乱が一気に押し寄せた私は、彼の言葉を最後まで聞く前に立ち上がった。 そして、そのまま彼のもとへと歩き、膝の上に跨り、腕を彼の首に回した。 良太が反射的に私を押しのけようとしたその瞬間、私は彼の耳元に顔を寄せてささやいた。「良太、私がいないって、そう言って」 首に回した指の下で、彼の肌がびくっと震えた。熱がぶわっと伝わってくる。 私は彼の首筋に浮かぶ青い血管を見つめる。そこは緊張で固く張り詰め、微かに浮き上がっていた。 彼の喉仏が大きく上下に動いている。そして、心臓の鼓動が聞こえてきそうなくらい、速く高鳴っていた。 私が顔を上げて彼を見つめると、良太は伏せたまなざしで、静かに私を見返していた。 彼の瞳の奥には、次第に熱を帯びた欲望が滲んでいった。 「いないよ、ずっと寮にいた」 「彼女は来てない。他のやつにでも聞いてみろ」 良太はそう言い切ると、迷いなく通話を切った。 そしてスマホを脇に放り投げ、長くてしなやかな指で、スウェット越しに私の腰をしっかりと掴んだ。 そのままぐっと力を込め、私の身体を胸元へと引き寄せる。 その瞬間、私は彼のまるで今にも噴き出しそうな火山のような熱を、はっきりと感じ取った。 頭の中で警報のように響き渡る。最初に浮かんだのは「逃げなきゃ」だった。 けれど、良太は私を逃がすどころか、さらに強く抱き締めた。「紗季」 その声は掠れていて、どこか切羽詰まったようだった。 熱い吐息が、耳元や首筋にふわりと落ちてくる。 私は思わず肩をすくめて顔を背けようとした。だが、彼の唇はまっすぐ私の唇に触れた。 「……誘惑するなよ。こんな場所で、お前に触れたくなんかないんだ」 「良太……」 私は体をひねって、どうにか座る位置を変えようとする。 でも、その火山は今にも爆発しそうで、荒々しくて、怖いほどだった。 わずかな息継ぎの隙に、ようやく私は声を振り絞った。 「私に触れたくないなら、どうしてキスなんかするの?」 良太はそっと頭を垂れ、額を私の額にそっと押し当てた。 互いの息が絡み合う中、彼は目を閉じたまま、呼吸を整えようとしているようだった。 「それにさ……キスの仕方、わかってるの?私の唇、もう腫れてるんだけど」 「紗季」 良太は目を開けなかった。 ただ、私の腰を掴んでいた両手から、少しだけ力が抜ける。 彼の指は長く、力強かった。 スウェット越しに腰のくぼみを掴まれたその感覚は、痛みと、どうしようもない熱と、混ざり合って私を締めつけた。 「良太……」 私は眉をひそめ、彼の手を押しのけようとした。 けれど、良太はそのまま私の指をとり、しっかりと握り返した。 第5話 「紗季、動くな」 「今度は優しくする」 その言葉が落ちた瞬間、良太の両手が私の後ろ腰にそっと触れた。 次の瞬間、私は彼の胸にぎゅっと押し寄せられ、ぴたりと体を重ねる。 今回のキスは、驚くほど優しくて長くて、 けれどその最後には、彼が少しだけ自制を失って、深く深く、私を貪るようなキスになった。 「……良太」 私は彼の胸を軽く叩き、息継ぎの隙に口を開いて、彼の唇を甘く噛んだ。 「紗季」 彼の声は、もうまともに出せないくらい、かすれていた。 全身が緊張でこわばっているのが伝わってくる。 彼の掌の熱は、まるで火に包まれるようで、そのまま私の体を溶かしてしまいそうだった。 そして突然、良太は私の首元に顔をうずめると、低く、苦しげな吐息を漏らした。 火山が噴き出し、そして一瞬、静まった。 だが次の瞬間には、またもや爆発寸前まで熱がせり上がってくる。 けれど、良太はふっと我に返ったように、私をそっと押しのけて、立たせた。 その顔には、何とも言えない、奇妙な表情が浮かんでいた。 そして空気の中には、どこか知らない匂いが、淡く漂っていた。 私は思わず聞いてしまった。「良太、さっき……どうしたの?」 彼の耳は、血がにじむんじゃないかと思うほど真っ赤に染まっていた。 いつもはクールで人を寄せつけない彼の目に、いまはただただ深くて濃い、欲の色が滲んでいた。 「シャワー、浴びてくる」 良太は立ち上がると、伏し目がちに私の乱れたスウェットの裾をそっと整えた。 「先に寝とけ」 私が何か言おうとする前に、彼はもう足早にバスルームへと消えていった。 水音が聞こえてきたとき、私は良太のベッドにうつ伏せになり、くるりとひと回り転がった。 そして、火照った頬を手の甲でそっと冷やす。 なんとなく、ほんのりとだけど、察した気がした。 良太は背が高くて、運動もよくしているから、その身体には余分な脂肪のない、しなやかな筋肉がついている。 鼻筋はすっと通っていて、顎のラインは鋭く整っている。 指も長くて、関節には無駄のない力強さがある。 ……どう見ても、うーん、その……「早い」タイプには見えない。 まさか、これまで一度も彼女がいたことないの? それとも、女の子と親しくなったことすらなかった……? そんなことを考えているうちに、胸の奥に、ぱちぱちと甘い泡がひとつずつ、弾けるように膨らんでいった。 私は良太の枕にうつ伏せになりながら、ふと手を差し込んだ枕の下から、ひとつの真珠のイヤリングを見つけた。 そのイヤリングには見覚えがあった。 私が日常的によく身につけていた、あのペアの片方。 以前、翔真の寮に遊びに来たとき、片方を落としてしまって、どれだけ探しても見つからなかったもの。 どうやら、あのとき良太が拾っていたらしい。 私はふと思った。 以前見た夢の中でも、このイヤリングはずっと良太のそばにあった気がする。 しばらく呆然と見つめたあと、私はそっとそのイヤリングを元どおり、彼の枕の下に戻した。 そのとき、バスルームから聞こえていたドライヤーの音が止んだ。 良太が部屋着に着替えて出てくる。濃紺のラフなセットアップ。 湯気をまとった彼の肌は、どこか透き通るように白く見えて、 髪がなびき、いつもの鋭さや冷たさがほんの少し、和らいで見えた。 なぜだか、そのときの良太は、なんだか……ちょっとかわいい、なんて思ってしまった。 彼を呼ぼうとした矢先、扉の外から、かすかに誰かの話し声が聞こえてきた。 私は一瞬で顔色を変え、身体がすっと固まった。 その中に、明らかに聞き覚えのある声が混じっていた。——翔真。 良太もまた、顔を曇らせた。だが彼は、私よりずっと素早く動いた。 そして翔真が、ドアを開けて入ってきた。 私の服はすでに、良太の手によってクローゼットの中に押し込まれていた。 靴も、ベッドの下の一番奥にしっかりと隠されている。 その間に、良太は布団をめくって、ベッドに上がっていた。 寮の部屋にはルームライトがひとつだけ灯っていて、室内は薄暗かった。 私はその布団の中に、身を潜めている。 外から見えるのは、ほんの少し布団が盛り上がっている程度。 翔真が近づいても、ちゃんと見なければ気づかれることはないだろう。 「なんでこんなに早く電気を消したんだ?」 翔真の声には、少しばかりの疑問が混じっていた。 「雨に打たれたせいか、ちょっと頭が痛くて」 良太はそう答えながらも、布団の中で私のそわそわと動く手首を、そっと掴んだ。 このベッドは幅が1メートル30しかなく、しかも良太は背が高くて脚も長いから、スペースが狭い。 第6話 私の全身は良太にぴたりと寄り添い、 浅い呼吸が彼の腰のあたりをかすめていく。 そのとき、はっきりと感じた。彼の腰腹の筋肉が、驚くほどきゅっと緊張していたことを。 「わかった」 翔真は電気を点けることもなく、 椅子に腰を下ろした。そして携帯を手に取り、誰かに電話をかけ始めた。 何度かけても相手は出ず、翔真の声には明らかに苛立ちがにじみ出ていた。 「良太、お前はどう思う?紗季、わざとやってるんじゃないか?」 「何が?」 「今日、俺がかなみに告白したばかりだってのに、あいつ、こんなふうに邪魔してきた」 「さっきテレビで、女子大学生が失恋して川に飛び込んだってニュースやってたんだ」 「もしかしてアイツかと思って、かなみを置いて猛スピードで駆けつけたんだよ」 「でも、引き上げられたのは別人だった」 「今夜ずっと電話してんのに一回も出ないし、姿も見えない」 翔真は苛立った様子で携帯をテーブルに投げ置いた。「全部わざとだ。今夜のデートを潰すためにやってる」 そう言って、彼はふっと冷笑した。「どうせ、これから先もずっと俺にまとわりつくんだろ」 「そうとも限らない」 良太が、ぽつりと口を開いた。 「そうとも限らない?」翔真は少し驚いた声を出した。 「良太、この二年間、あいつがどれだけ俺に付きまとってきたか、お前が一番よく見てきたはずだろ」 「良太だって、あいつにうんざりしてただろ?一度も優しくしたことないじゃん」 その言葉を聞いた瞬間、私はカッとなって、良太の腰にガブッと噛みついた。 彼は痛みで思わず手を伸ばしたが、その指先がちょうど私の唇に触れた。 私はそのまま、彼の指を甘く噛んだ。 良太の全身がびくんと緊張し、低く押し殺したように「っ……」と息を呑んだ声を漏らした。 「どうしたの?」 「……いや、大丈夫。足がちょっとつっただけ」 良太の声はかすれていて、言い終わったあと、小さく二度咳き込んだ。 「そうか。じゃあ、ゆっくり休んでくれ。俺はもう帰るよ」 そう言って、翔真は椅子から立ち上がりながらつぶやいた。「ちょっとトイレだけ借りるわ」 彼がバスルームのドアを開けたとき、私はふいに思い出した。 さっきシャワーのついでに靴下を洗って、 浴室に干したままだ。 案の定、二分も経たないうちに翔真が戻ってきたとき、彼の顔には明らかにからかいを含んだ笑みが浮かんでいた。 「良太、お前……女の子、寮に連れ込んだだろ?」 「いやぁ、完璧に隠し通したな。で、誰だよ?うちの高嶺の花・良太を落とした美女って」 「でたらめを言うな」 翔真はにやにやしながらベッドに数歩近づいた。「そんなに早く寝るとか、まさかベッドに誰か隠してんじゃないだろうな?」 「翔真」良太の声が急に低くなった。 「わかったってば、近づかないよ」翔真はぴたりと足を止めた。 けれど、彼は興味津々といった様子で良太のベッドを一瞥した。「お前、コンドーム持ってる?余ってるのあるけど、渡そうか?」 その瞬間、良太は布団の下で、私のうなじをそっと押さえるようにして、 動けないように私を自分の体にぴったりとくっつけた。 それから翔真を一度見て、冷たい声で言った。「女の子をそんな冗談のネタにするな」 「マジかよ……本気なのか?」翔真はさすがに少し驚いたようだった。 良太は唇を引き結び、喉仏が大きく上下する。「……ああ」 もしこの部屋がもう少し明るければ、翔真は、良太の顔に浮かんだ、あふれそうな欲望と必死に抑える苦しさを、きっと見ていただろう。 なにせ彼は、私の首筋を押さえて動けないようにしているけれど、 私の他の部分はべつに動かないわけじゃない。 どうせ布団の中にいれば誰にも見えない。 だから私は、こっそりと、良太の腹筋に触れてみた。 ひと撫でするごとに、彼の筋肉はぴくっと反応して、少しずつ強く張っていった。 私はそっと、いたずら心を忍ばせて手を下へ滑らせた。そして人魚線に触れた瞬間、良太の身体がびくんと大きく反応した。 その勢いに、逆に私のほうがびっくりしてしまった。