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あの人のいない春
娘が生後1ヶ月を迎えたあの日、藤井遙華(ふじい はるか)はこの子を連れて、この世界から出て行くことにした。 「宿主、本当に出て行くのです...
Chương (1)
第1章
娘が生後1ヶ月を迎えたあの日、藤井遙華(ふじい はるか)はこの子を連れて、この世界から出て行くことにした。
「宿主、本当に出て行くのですか?」
それを聞いて、遙華の腕の動きは一瞬で止まった。ただそのまま赤ちゃんを抱き上げていた。しかし、遙華はすぐに固い決意を表している目つきで、「はい」と答えた。
そのような迷いもない答えを得るとは思っていなかったからか、システムは少し残念そうな口調で、「もう少し待ちませんか?広瀬景市(ひろせ けいいち)はもうすぐ記憶が取り戻せるかもしれませんし」と言った。
それに対して、遙華はまるで何の感情もないような目をして、ただ落ち着いた口調で、「もう待ちくたびれた。こんなに長い間、ずっとずっと待ってたから」といった。
遙華の話を聞いて、システムもこれ以上何を言っても無駄だと分かった。
「カウントダウンが始まりました。7日後、宿主は完全に元世界へ戻ります!」
日差しが窓の外から、色とりどりのガラスを越して、机の上に置いてある写真を照らした。遙華は目つきが微妙に変わった。そして写真を手に取って、その中に映っている景市の顔を優しく触っていた。
遙華は攻略ミッションの執行者であることを、誰でも知らなかった。
小さい頃から、遙華はミッションの世界に来て、景市を攻略し始めた。この十年間、二人は学生時代の出会いから白無垢の日まで辿り着いた。
景市は遙華のことを死ぬほど愛していると、誰もが言っていた。
遙華に伝説の結婚式を挙げるために、何千万円も使って海外からバラを1万枚航空便で運送してもらったもの。
第1話
娘が生後1ヶ月を迎えたあの日、藤井遙華(ふじい はるか)はこの子を連れて、この世界から出て行くことにした。
「宿主、本当に出て行くのですか?」
それを聞いて、遙華の腕の動きは一瞬で止まった。ただそのまま赤ちゃんを抱き上げていた。しかし、遙華はすぐに固い決意を表している目つきで、「はい」と答えた。
そのような迷いもない答えを得るとは思っていなかったからか、システムは少し残念そうな口調で、「もう少し待ちませんか?広瀬景市(ひろせ けいいち)はもうすぐ記憶が取り戻せるかもしれませんし」と言った。
それに対して、遙華はまるで何の感情もないような目をして、ただ落ち着いた口調で、「もう待ちくたびれた。こんなに長い間、ずっとずっと待ってたから」といった。
遙華の話を聞いて、システムもこれ以上何を言っても無駄だと分かった。
「カウントダウンが始まりました。7日後、宿主は完全に元世界へ戻ります!」
日差しが窓の外から、色とりどりのガラスを越して、机の上に置いてある写真を照らした。遙華の目つきは微妙に変わった。そして写真を手に取って、その中に映っている景市の顔を優しく触っていた。
遙華は攻略ミッションの執行者であることを、誰でも知らなかった。
小さい頃から、遙華はミッションの世界に来て、景市を攻略し始めた。この十年間、二人は学生時代の出会いから白無垢の日まで辿り着いた。
景市は遙華のことを死ぬほど愛していると、誰もが言っていた。
遙華に伝説の結婚式を挙げるために、何千万円も使って海外からバラを1万枚航空便で運送してもらったもの。
数玉を手に入れて、遙華の健康を祈るために、999段の階段を額ずきながら上がったもの。
遙華のために何十億円の大金も使って、宇宙を漂う広い星雲を買ってあげて、二人の名前で名付けたもの。
だから、攻略ミッションを達成しても、遙華はこの世界に残って、景市と結婚して一緒に暮らすことにした。
しかしある日、遙華は妊娠してから9ヶ月経った時、いきなりサンシュユの実が食べたくなってきた。冬の深夜3時に、景市は車で買いに行ったのだが、まさか交通事故に遭ってしまったとは。
目が覚めた時に、景市は周りの人に関することを全部忘れてしまった。遙華に関することも。
それだけでなく、景市は高校時代に遙華をいじめてきた真白菜々子(ましろ ななこ)に恋をしたのだ。
奈々子は景市が目覚めた瞬間、自分が景市の初恋だと嘘をついたから。
ただこの前自分が海外にいるうちに、遙華は勝手に景市の布団に入ってしまったから、世間の口で遙華と結婚するしかなかったと。
広瀬家の家訓では、妻が亡くならない限り離婚してはいけないから、
自分とは仕方がなく、別れさせられてしまって、一生一緒にはいられないという大嘘をついた。
景市は完全に信じてしまった。その故、遙華も、遙華の産まれた「畜生」も、骨の髄まで憎んでいた。
そう、今の景市は、自分と遙華の娘のことを「畜生」と呼んでいるのだ。
遙華は耐えられなくなり、絶望したこともあるが、色々な方法を考えて、景市の記憶を取り戻せようとしていた。
高校時代に景市が自分に書いたラブレターを見せたり、ここ数年一緒に撮った写真を見せたり、生後1ヶ月になった娘を景市の前に抱き上げてきて、見せようとしたりしたが、
景市は自分たちの娘を「ドン!」と地面に落として、嫌気の差した顔で、
「もういい。畜生を俺の前に持ってくるな!」と言った。
あの日、落とされた娘の顔は血まみれになって、まるで遙華の傷だらけの心のようだった。それで、遙華は娘を連れて、この世界から抜け出すことを決めたのだ。
続々と立ち去るゲストと一緒に、遙華も娘を抱き上げて、待合室のほうに行った。
しかし、待合室のドアを閉めようとしたら、赤いネイルをしている手が閉めかけたドアを止めた。
遙華は上を向いて、目に映ったのは奈々子の顔だった。
「遙華、今日もお疲れ様。私が代わりに抱っこしてあげようか?」
奈々子は優しいふりをしているが、その爪で遙華の腕の中にいる子どものほっぺたを引っ掻こうとした。
その瞬間、高校時代に奈々子に長い爪で顔を引っ掻かれて傷つけられた光景が頭に浮かんできて、
遙華はゾクッとした。すぐに娘を連れて横に避けて、「大丈夫」と言った。
それを聞いて、奈々子は眼差しから表されている悪辣を隠しきれなかった。「抱かせないなら奪うからね」
そう言って、直接子どもを奪おうとした。
奪い合っている中、奈々子の長い爪は子どものほっぺたに入り込んでしまって、柔らかいほっぺたからすぐに血が滲んできた。
子どもの痛そうな泣き声を聞いて、遙華の心もチクチクと痛みだした。
それで遙華は歯を食いしばって、力を入れて子どもを奪ってきた。
子どもが奪われた瞬間、奈々子は勢い余ってよろよろと後ろに転んだ。
その時、景市はパッとドアを開けた。
「奈々子!」
それを見た景市は、慌てて転んだ奈々子に手を差し伸べて起こした。
その傷ついた手のひらを見て、景市はまるで大切なものが傷つけられた目をして、「どういうことだ?」と聞いた。
奈々子は唇を噛み締めながら、涙を貯めた目で景市の顔を見ていた。「景市、私、ただ子どもを抱っこしてみたかったのに、遙華は全然抱っこさせてくれなかったし、私を押し倒してさ……」
次の瞬間、景市は遙華のほうを向いて、いつ怒り出してもおかしくないような鋭い目つきで遙華を睨んでいた。
「謝れ!」
景市が事情も聞かずに奈々子の味方になるのはもう珍しいことではないが、毎回見るたびに、遙華の心はやはり刺されたように痛かった。
昔、あんなに自分のことを愛していたのに。
皆知っていたのだ。景市は彼女がいないとだめだということを。
怒鳴るどころか、遙華の前で大声を出すことすらなかった。
遙華は手を握りしめて、濡らした瞼で、「押してないの。奈々こは子どもを奪おうとしたから、勢い余って転んだの」と言った。
言い終わった瞬間、昔いつも優しかった景市の顔色はいきなり変わったのを見た。その墨のように淀んだ目から、すぐに嵐をもたらすような眼差しが見えた。
それは怒り出す兆しだと、遙華は分かっていた。
ハラハラしながらも、遙華は子どもを抱き上げて後ろ引き下がっていた。
「信じないなら監視カメラを確認して。本当に押してないの!」
なのに、景市はまるで聞こていないようで、力強く遙華の手を掴んで、後ろにいる奈々子を見ながら、そう聞いた。
「奈々子を押したのはどっちの手?」
奈々子は一瞬ぼんやりしていたが、適当に遙華の左手の方に指を指した。
次の瞬間、パッキとした音が遙華の耳に入った。
「ああ!」
そして、激痛が指から全身に走った。
遙華は顔色が一瞬で真っ青になって、膝から崩れ落ちるほど痛かった。
折れられた左手の人差し指を見て、遙華の目も一瞬で涙でいっぱいだった。
しかしその可哀想な姿を見ても、景市は全然情をかけなかった。
遙華の左手の指は景市に1本ずつ折れられ、
パキッとしたたびに、景市は彼女の耳元で、「まだ謝らないつもり?」と尋問のように囁いていた。
それに対して、遙華はただ唇を噛み締めて、声も出さなかった。
景市が右手に変えようとしたところで、奈々子は自分のドヤ顔を隠して、二人の方に来て軽く景市の袖を引っ張っていた。
「景市、もういいよ」
景市は少し躊躇っていた後、ようやく遙華の手を放して、警告のように言い聞かせた。「もしまた奈々子を傷つけたら、どうなるか分かるよな?」
待合室のドア閉められた。その瞬間、遙華はスンッと頭を垂れた。目から零れた涙は体の前の地面を濡らした。
どれくらい経ったか、個人医者はそのことを聞いてすぐに遙華のところへ駆けつけてきた。
みんな遙華と景市の過去を知っているから、遙華のことを可哀想だと思っていた。昔、景市は全身全霊で遙華を愛してきたのに。周りの人はもちろんだが、昔景市が宝物を扱っているように遙華を大切にしてきたことを、全市の人も見届けてきた。
医者たちは遙華と子どもの傷を処置しながら、遙華を慰めていた。
「若奥様、どうか広瀬会長を責めないでください。広瀬会長はただ記憶をお失いになってしまったから、あんなことをしちゃいました」
「聞いた情報によると、朝日病院のほうは傷ついた脳神経を治せる薬を開発したそうで、7日後で市場に出るとのことです。それを飲めば、広瀬会長はきっと若奥様のことを思い出すでしょう」
7日後?
遙華の目はいきなり淀んだ。そして苦笑いを浮かべながら、こう言った。「遅すぎるよ。その日が来るのを、待ちきれないわ」
第2話
東北の春は雨になりがちで、雷も鳴りがちだった。
深夜、遙華は布団にくるまって、手足が氷のように冷たかった。
遠い昔にもそういう雷の日があったが、遙華は奈々子に廃棄の体育倉庫に閉じ込められ、一夜も恐怖の中で過ごしていた。
だから、雷が遙華にとってトラウマになった。
しかしそういう日に、いつも景市がそばにいて、自分を抱きしめて、優しい声で「大丈夫、怖くない。俺がいるから」と慰めていた。
だが今、自分のそばに誰もいなかった。
何度も自分の冷たい体を温めてきたあの人は、今、自分をいじめてきたあの女のものになった。
あの女を慰めるかもしれない。抱きしめるかもしれない。昔自分をキスしたように、あの女をキスするかもしれない。
遙華はこれ以上考えるのをやめて、そのまま目を閉じた。
この夜、遙華はちゃんと寝れなかった。そのせいで、朝ネックレスの専門店からの電話に出た時、ずっとぼーっとしていた。
「すみません。今なんて?」
向こうの人は少し困惑したが、優しくもう一度述べた。「若奥様、広瀬会長が3ヶ月前にお子様のために特別発注した挨拶ギフトはもうご用意できたのですが、いつ取りにいらっしゃるのですか?」
遙華はそれを聞いて、呆然としていた。そして、心臓がまたチクチクと痛みだした。
昔、景市はあんなにこの子を迎えるのを楽しみにしていた。遙華が妊娠したことを知って、すぐに全市で3日間も花火を上げ続けてもらった。妊娠してから3ヶ月の時は、更に全市の遊園地も借り切った。9ヶ月経った時もそれ以上に、子どもへの挨拶ギフトをセットで発注した。
今、挨拶ギフトはもうできたのに、彼はすでにすべてを忘れてしまった。
遙華は深呼吸して、落ち着いたら、ようやく口を開いた。
「後で行きます」
娘を抱き上げて、ネックレスの専門店に来た時、売り場でイチャイチャしてる二人が目に入った。
奈々子の隣で、ギフトが大量に並んでいた。
頬を赤くしながら、奈々子は力を抜いて景市の胸に寄りかかって、照れているような口調で、「まだ子どももできてないのに、もうこんなにたくさんの挨拶ギフトを用意するの?」と言った。
景市は可愛がっているように軽く奈々子の鼻先を擦った。
「先に買っておいて、いつか使えるから」
奈々子の顔は更に赤くなった。そして、何か見かけたように、ショーウィンドーに指を指した。
「このお守り、不思議な雰囲気があるね。将来私たちの子につけたら、絶対かわいいよ」
それを聞いた店員は、困っている顔をして、「すみません、真白さん。このお守りは特別受注で、すでに売り出したのです」と言った。
そして、遠くから遙華のほうを見ていた。
「あそこの藤井さんのものです」
遙華を見て、景市の笑顔は一瞬で消えた。
「遙華、いい度胸だな。ここまで俺にこっそりついてきたとは」
それを聞いて、遙華は心がチクッとした。子どもを抱き上げてきて、店員に向かって、「このお守りを包んでください」と言った。
遙華の言ったことを聞いた景市は、嫌気の差した目をした。
「聞こえねえのか?奈々子もこのお守りを気に入ってるんだぞ」
遙華はただ静かに手にあるお守りを触っていて、何も言わなかった。
景市は全部忘れてしまった。
これは自分たちの子のために注文したお守りだということを。
自分が地震で命をかけて遙華を救い上げて、胸のところにまだ2本の傷跡が残っていることを。
自分は何度も何度も遙華の耳元で「愛している」と囁いてきたことを。
遙華の忘れられないことを、景市は全部忘れてしまった。
景市がまた何か言いたそうなところで、そのお守りは奈々子の腕に押し付けられた。
「そんなに好きなら、あげるわ」
思惑通りの挙動なのに、景市は困惑な顔をしていた。そして不快そうに眉を顰めた。
「今度はまた何を企んでいる!?
一歩引いたところで、俺が一緒に家に帰ってあげるって思うなよ。遙華、夢でも見てろ」
遙華は長らく景市を見つめていた。それから、自虐のように口角を上げた。
今の自分は、何をしても景市に嫌われる。
でも遙華はもう気にしていなかった。これが一緒にいる最後の時間だから。
もうすぐ、自分と娘は徹底的に彼らの世界から消えるのだ。
第3話
遙華は何も言わずに、娘を抱き上げながら、外へ歩いて行った。
交差点で、彼女は娘を宥めていて、執事が車で迎えに来るのを待っていた。
待っている間、横からいきなり騒音が耳に入ってきて、顔を上げたら、獣のような勢いで走ってきた車に気づいて、遙華は目を丸くした。
まだ体が追いついていない時、「パーン!」とぶつかった音で、娘を抱えている遙華は10メートルも飛ばされて、血の中で倒れていた。
遙華の視界がぼやけてきた。
ただ路上に倒れたまま、血だらけになった娘が「おぎゃーおぎゃー」と泣いているのを見ていた。
運転席にいる奈々子は怖がっている顔で景市に抱きついて、泣きながら「アクセルをブレーキだって思っちゃった」と言ったの。
景市が全然気にしていないような顔で「大丈夫。あいつの夫だから、俺が代わりに承諾書にサインしてあげるよ」と言った。
その瞬間、遙華は何も聞こえなくなった。ただ血が出ている感覚を味わっていた。
景市、私はあんたの妻で、あんたの大好きだった人よ。腕に抱えているのは、あんたがずっと楽しみにしてた私たちの愛の結晶なのよ。
もしいつか真実を知ったら、
あんたは切腹したいくらい後悔するのかな?
もう一度目が覚めた時、遙華は自分と娘はもう病院に搬送されてきたと気づいた。
自分も血まみれで、肋骨が2本折れているのに、医者に処置してもらってすぐ、手に入っている注射針を抜いて、無理をしてまでベッドから起きて外に走っていった。
「子ども、私の子どもが……!」
まだあんなに、あんなに幼いのに。
隣の医者がそれを見て、心を痛めてすぐに遙華を止めた。
「患者さん、どうか落ち着いてください。全力でお子様を助けますので、まずはベッドに横になって、大人しく傷口を対処させてください。」
遙華は涙で顔がビショビショで、ただ頭を横に振り続けていた。「私は大丈夫だわ。どうかあの子を助けてください!」
すぐに、その子は救急室に搬送された。救急医師は会計伝票を出してあげたが、
ただ生後1ヶ月の赤ちゃんなので、輸入薬でしか治せなかった。合計で2千万円も必要。
遙華は考えもせずにカードを出したが、カードを差しても支払うことができなかった。
看護師の困惑の目で、遙華はハッと思い出した。景市が記憶を失った後、このブラックカードを利用停止にしたことを!
この中のお金は、全く使えなかった!
遙華は動揺していた。仕方がなく、景市に電話をかけてみた。
1回目、2回目、3回目……
何度も景市に電話してみたが、ずっと繋がらなかった。
どんどん上がっていく心拍数で、遙華は「お願いだから、早く出て」と繰り返し呟いていた。
もうすぐ充電が切れそうなところで、スマホからようやく繋がった音がした。
「景市、私のことはどうでもいいけど、娘のこともどうでもいいの?今あの子はすぐに手術が必要で、2千万円の治療費用も必要なの。貸してくれるつもりで……」
遙華は慌てて話したが、まだ話の途中で、向こうから女性の喘ぎ声とスマホが落ちた音が届いてきた。
「あっ……景市、優しく……」
ドカーン!
一瞬で、遙華は頭が真っ白になって、全身が激しく震えだした。
男と女の「んっんっあっあっ」を聞いて、手にあるスマホも信じられないほど熱くなった気がした。
「パーン!」とした音の後、遙華の手にあったスマホはいきなり地面に落ちて、画面がバキバキに割れた。
それでも、向こうの喘ぎ声は止まなかった。
「け、景市、本当に病院に見に行かないの?」
景市は無情に「ふん」と言った。
「行かねえよ。死んだほうがいいだろ?俺と奈々子の子だけいればいいし。
奈々子、中、きつい。気持ちいい……」
遙華はついに耐えられなくなって、チクチクとする胸を押さえて、涙が滝のように目から出てきた。
自分たちの娘の命に関わっている時に、あいつは他の女と布団の中。
それとも、死んだほうがいいって思ってるの?
心臓はまるで誰かに割かれたように、息もできないほど痛かった。
仕方がなく、遙華は先に子どもの手術を始めるよう、何度も看護師にお願いしていた。
費用に関しては、一日以内に集めて支払うと伝えた。
看護師はその可哀想な姿を見て、上に報告して特別に後払いにしてあげるしかなかった。
それを聞いた遙華はようやく安心した。このどう伝えても伝えきれない感謝の気持を表すために、何度もお辞儀を繰り返していた。
手術室のドアがまた閉められて、力を抜いた遙華はそのまま膝から崩れ落ちた。下を向いて、ずっと娘の無事を祈っていた。
壁にかかっている時計の針は一秒一秒で回っていた。窓の外もどんどん明るくなってきた。
最初の日差しが窓を越して、遙華の顔を照らした瞬間、一夜ずっと閉まっていた手術のドアはようやく中から開けられた。
医者に娘の無事を伝えられた瞬間、遙華のずっとハラハラしていた気持ちがようやく晴れて、涙も溢れ出てきた。
しかし自分は休むのがまだ早かった。まだ娘のために手術の費用を集めなければいけなかった。
ICUで娘の様子を確認したら、遙華は涙を拭いて、すぐに家に戻った。
別荘のドアを開けた瞬間、遙華は目の間の光景を見て呆れた。
見えるところで、男と女の服が散々破れて散らばっていた。
散らばっている服の奥の部屋から、時々男と女の喘ぎ声が聞こえてきた。
その声はまるで凶器のように、自分の心をバラバラになるまで、血まみれになるまで切り裂いた。
心の底の怒りを一生懸命抑えるために、遙華の爪は深く手のひらに入り込んだ。
この一瞬、遙華は本当にあの部屋に入って、景市に人の心を持っていないか聞きたかった。
自分たちの娘の命に関わっている時に、他の女と丸1日中も布団の中で愛し合っていたとは。
結局、遙華は聞こえていないふりをして、自分の部屋へ向かった。
自分の部屋で、大きな箱とこの10年間景市からもらったプレゼントを全部取り出した。
15歳の時、景市から宝石の腕輪をもらって、自分の妻がこの一生遙華しかいないと言われた。
18歳の時、景市から命懸けで取ってきた数玉をもらって、ただ遙華の健康を祈るためだと言われた。
20歳の時、景市から特別注文した王冠をもらって、永遠に遙華を姫のように可愛がると言われた。
22歳の時、景市から結婚指輪をもらって、遙華につけてほしいと、一生裏切らないと言われた。
この箱に詰まったものは、全部景市からの愛だった。
遙華は深く息を吸って、箱を運びながら外に出たら、やることを終えたところの景市とばったり会った。
その半裸の体についている赤いキスマークと爪痕を見て、目が痛くなってきた感じがした。
遙華は動きが一瞬止まったが、何事もなかったかのように箱を運びながら別荘のドアへ向かった。
次の瞬間、腕が力強く掴まれた。
「それらを片付けて何をするんだ?」
振り返ったら、遙華はその淀んだ目と目が合った。
「売るつもりよ」
それを聞いて、景市は「はは」と嘲笑った。
「あの時それらを全部奈々子にくれって言った時、お前は泣きながら自殺とか言ってあんなに騒いでいたのに、売るって?お前手放せるのか?」
遙華の顔色は一瞬真っ青になった。それから少し皮肉な眼差しで、「売らないと娘の手術費用も支払えないわよ」と言った。
景市の動きは一瞬止まった。そして同じように皮肉な眼差しで返した。
「まだ死んでないのか。チッ」
その一言はまるでパンチのように、遙華の顔に入って、耳鳴りがするほど痛かった。
昨日のような絶望を味わった後、この人にどんなことを言われてももう痛くも痒くもないと思っていたが、この人の言ったことは毎回前回よりもずっとひどくて、傷つけさせるものだった!
遙華はいきなり自分の手を掴んだその手を払って、震えながら景市を見ていた。
何か言いたそうだったが、涙が急に勝手に溢れ出た。
涙でビショビショになったその可愛らしい顔を見て、まるで誰かにギュッと握りしめられたように、景市の心臓はチクッとした。
あまりの痛みで、景市はつい腰を折って、胸を抑えた。
「景市、どうしたの?」
妖艶な姿をした奈々子がそれを見て、すぐに駆けつけてきた。焦って倒れそうな景市を支えながら、鋭い目つきで遙華を睨んでいた。
奈々子の声を聞いて、景市はやっと我に返った。心の痛みをなんとか抑えながら、奈々子に「大丈夫だ。ちょっと心が痛くなっただけ」と言った。
それを聞いた奈々子は一瞬呆然としたが、すぐに目を細めて、景市の首に手を回した。
「じゃあ、ふーふーしてあげようか?」
そう言いながら、つま先立ちして、景市と口づけを交わした。
景市は一瞬で落ち着いたような目つきになって、奈々子に顎クイをして、お返しに更に熱いキスをした。
見ていられなくなった遙華は涙を拭いて、二度と振り返らずに箱を運んで出かけた。
外で、オークション会社で並んで待ちくたびれた人たちは、箱の中身を確認したら、みんな驚いて目を丸くした。
「若奥様、本当にそれらを売ってくださるんですか?」
「はい」
「もう全部いらないのですか?」
「もういらない」
これらのプレゼントも、景市からの愛も、景市も、もう全部いらないのだ。
第4話
オークション会社に売り出した金額を振り込んでもらったら、遙華はすぐに病院に駆けつけて、手術の費用を全額支払った。
やることを全部済んだ後、遙華はようやく安心して自分の傷口を対処してもらった。
ベッドの横で、娘の小さいほっぺたについている傷跡を優しく触っているうちに、遙華の心が痛くなってきた。
「いい子、もう少し我慢して。すぐに連れて帰るから」
深夜、看護師の説得で、何日もちゃんと寝れなかった遙華はようやく眠気で眠りに落ちた。
しかしその手はずっと娘の手を放さなかった。
何時間寝ていたか、遙華がもう一度目が覚めた時に、
病室の電気はすでに消された。遙華は電気をつけて、娘の様子を確認しようとしたら、視界が明るくなった瞬間、息が止まった。
いつの間にか、ベッドの上に誰もいなかった。
娘が……!
遙華はパッと椅子から立ち上がって、急いで病室から出て行った。
病院から出たばかりで、こそこそしている奈々子が自分の娘を抱えて、バイクに乗っている見知らぬ男に渡そうとしているところを目撃した!
「この子こんなに可愛いし、美人になるに違いない。山奥に売れば、自分の息子の未来の妻にしたい人も絶対いるはず。きっと儲かるって」
遙華の頭が真っ白になった。
「何してるの?娘を返して!」
取り引きがバレた瞬間、男はすぐに慌てながら子どもを抱えて、バイクのハンドルを握り、アクセルを踏んで前へ走って行った。
「止まれ!」
遙華は考える余裕もなく、ただ狂ったように追いかけて、バイクのタンデムシートを掴んだ。
顔色が暗くなった男は、力強く遙華を蹴った。
「このクソ女が、放せ!」
蹴られた胸元から痛みが伝わったが、遙華の両手はただギュッと掴んでいるままだった。
子どもも二人の激しい喧嘩で泣き出した。
その泣き声を聞いて、遙華の心はチクチクと痛みだした。そして歯を食いしばって、男の腕を噛み締めた。
「この野郎、よくも噛んだな!」
男は暴言を吐きながら、更にアクセルを踏んだ。遙華はこのまま勢いのついたバイクにずっと引っ張られ続けてきた。足も地面に擦られて、傷だらけになった。
土の匂いと血の匂いが混ざって、遙華の鼻を刺激していた。しかし、遙華はまるで何も感じていないようで、
ただただ放さずに子どもを掴んで、より力強く歯で噛み締めていた。
「クソがっ、頭おかしいだろ!」
顔に傷跡のついている男はようやく耐えられなくなり、そのまま子ども放した。
遙華は足の傷にも構わず、前へ駆けつけて落ちていく子どもをしっかりと受け止めた。
子どもの無事を確認したら、遙華はやっと安堵して、失うところだったこの子を抱きしめて、震えが止まらなかった。
あと少し、あと少しで、もう自分の子に会えなくなるところだった。
遙華はそこに座っているまま、腕の中の子を宥めていた。
そのまま10数分間も経て、彼女はようやく涙を拭いて、傷だらけの足を引きずって、病院へ戻った。
その足についている傷口から、まだ血が滲み出ていた。その光景に、通りかかる人の視線が集まった。
「見間違いじゃないよな?あれは広瀬会長の奥さんじゃない?子どもが攫われるところだったのか?」
「誰なの?大胆すぎでしょ?広瀬会長があんなに奥さんのことが愛していたのよ。奥さんが自分との子を孕んでることを知って、全市で花火を打ち上げてたし。よくも広瀬会長の子どもを攫うのね。命知らずなの!?」
「聞いてないか?広瀬会長は記憶を失って、奥さんのことも忘れてしまったんだ。今の広瀬会長は毎日あの真白というやつと一緒にいるんだぞ!」
……
市民たちの話し声の中、遙華は何の感情もないような表情で病院まで行った。
無表情で娘を保育器に戻した後、遙華は無表情で看護師に傷跡の処置をしてもらった。
最後に、無表情で奈々子を見つけて、力加減のないビンタをした!
「パチン!」
奈々子はそのビンタを食らって、勢いで後ろに倒れた。
「よくもビンタをしたわね?」
遙華の目にはもう怒りに満ちている。手を挙げて、もう一回食らわそうとした時に、強い風が横から襲ってきた。
「パチン!」
次の瞬間、ビンタを食らった遙華の顔はすぐに腫れた。
「遙華、狂ってんのか!?」
遙華は呆然と目の前で奈々子を身で守っている景市を見ていた。最後に、声を出して苦笑いした。
「狂った?もうとっくにあんたたちのせいで狂ったのよ。奈々子のクソ女が私たちの子に何をしたか分かるの!?
私たちの子はそいつに攫われるところだったわよ!」
目を濡らした遙華は二人を睨んで、そう言った。最後の一言まで言ったらもはや情緒の制御ができなくなり、二人に向かって叫んでいた。
第5話
その瞬間、景市は躊躇った。後ろに振り向いて、疑いの満ちためで目で奈々子を見ていた。
奈々子もその目で見られて、全身が震えてきた。すぐに焦りながら否定して、涙までその目からこぼれ落ちた。
「違うの、景市。濡れ衣を着せられてるの」
それを聞いて、遙華の怒りがまた胸元から湧いてきた。一歩前へ出て、ビンタしようとしたら、「もういい!」と言っている景市に突き飛ばされた。
景市は自分の身で後ろにいる奈々子を守っていた。
その目つきはいきなり冷たくなって、まるで冬の風のように、震えさせるような怖い目つきだった。
「遙華、お前いい加減にしろ。奈々子は見舞いに来たんだぞ。濡れ衣を着せるなんて」
その目で睨まれた遙華は、一瞬体を震えて、自分の手を握りしめた。それから、じっくりと言葉を発した。
「濡れ衣?体に付いてる傷、見えてないの?」
その血だらけの姿を見た時、何故か、景市の心がまたチクッと痛みだした。
その痛みをなんとか抑えて、景市は遙華に怒鳴った。
「お前そんなに腹黒いし、作った傷だとしてもおかしくないだろ!?奈々子は優しいから絶対にそんなことをしないが、たとえ本当に子どもが攫われても、お前の自業自得だ」
たとえ本当に子どもが攫われても、お前の自業自得だ。
その言葉を聞いて、遙華はまるで体の温度が全部失ったような感じだった。
そして狂ったように景市に突っかけて、拳で殴りながら叫んだ。
「景市、あんたはあの子の父親なのよ。よくもそんなことを言えるね!」
景市は眉を顰めて、遙華を強く押した。「暴れるなら家でしろ。ここで恥をかかせるな!」
遙華は「トン!」膝から崩れ落ちた。ただ涙を流して、その人が奈々子をしっかりと守りながら去っていくのを見ていた。
最後に見たのは、奈々子のその煽っているような目だった。
どれくらい経ったか、突然、雨が一雫遙華の顔に落ちてきた。
降り出した雨はどんどん激しくなり、コンクリートの道が濡れて、浅い色が深く染められた。同時に、顔からこぼれ落ちた涙と混ざりあった。
これからの数日間、遙華は一歩も離れずに娘のベッドの横で、娘を守っていた。
別荘の召使いから何回も電話が来て、どれも奈々子が別荘でパーティーを開いて、家をめちゃくちゃにしたという苦情だった。
それ以外に、ここ数日、景市から「奈々子に謝れ」というメッセージも何件か来たが、全部遙華に無視された。
しかしこの日、遙華が水を湧くために病室から出た時に、テレビに映っているニュースが目に入った。
ニュースで、景市は愛でいっぱいな目で隣の奈々子を見ながらこう言った。
「奈々子は俺のために色々ひどい目に遭ってきたんだ。
だから伝説の結婚式を挙げてあげたいんだ。妻にすることはできないが、一番大好きな人はいつも奈々子なんだ」
隣で聞いていた奈々子は少し濡れた目で、感動しているような口調で、「景市……」と名前を呼んだ。
横でニュースを見ている看護師たちもついに耐えられなくなって、批判を始めた。
「広瀬会長って確か、昔めちゃ奥さんのことが大好きだったよね?」
「そうよ。記憶を失っただけで、大好きなのが奈々子になっちゃったし、伝説の結婚式を挙げてあげたいとか言って……」
「もしいつか思い出したら、後悔するのかな?」
……
後悔?
目に混ざっている複雑な気持ちを隠すために、遙華は下を向いた。
たとえ思い出して後悔するとしても、もう見れないのだ。
景市が奈々子に伝説の結婚式を挙げるというニュースはすぐに全市で広まった。
しかし誰一人も祝っていなかった。
昔景市と遙華の結婚式は全市の人に見届けられながら挙げたものだった。結婚式の現場で、景市が遙華に言ったこともしっかりと全市の人の耳に届いた。
なのに2年も経たずに、そのまま他の女に同じことを言った。
ニュースが広まった瞬間、広瀬家の株価は一気に崩れて、景市も実家に呼び戻された。
遙華が執事からの電話で知らされて、急いで実家に戻った時に、景市はすでにお仕置きを受け済みだった。
30回も鞭で打たれて、景市の背中はもう血まみれになった。
「反対しようが賛成しようが、俺は絶対に奈々子と結婚するからな。結婚証明書がなくても、必ず奈々子に結婚式を挙げるから!」
景市の父がそれを聞いて、怒りのあまり震えが止まらなかった。
「この親不孝なものが!これ以上怒らせるつもりか!?」
隣りにいる母も涙が出るほど怒っていた。
「あんたが一番大好きなのはいつも遙華なのよ。真白じゃないの!
もしいつか思い出したら、絶対後悔するわ!」
景市は顔が一瞬で暗くなった。
「遙華は一体何の薬を飲ませて、そこまでお前らを惑わせるんだ?なんでいつもあいつの味方なんだ!?
俺は奈々子だけが大好きなんだ。俺には奈々子しかいないんだ!」
俺は奈々子だけが大好きなんだ。俺には奈々子しかいないんだ!
そのような固い決意が溢れ出るような口調を聞いて、玄関に立っている遙華はふらっとした。
「俺は遙華だけが大好きなんだ。俺には遙華しかいないんだ!」
あの時、あの少年の決意に満ちた口調が目の前の人と一致している。
しかし遙華にとって、今の景市は完全に別人で、あの少年はもう完全に消えた。
深く息を吸って、遙華は実家に足を踏み入れた。
「お義父さん、お義母さん、この結婚式は挙げさせようよ」
第6話
その言葉を聞いて、3人の視線も遙華の体に集まった。
景市の父と母は心配しているような顔で遙華を見ていた。母は彼女の前まで来て、慰めているように手を握った。
「遙華、怒っているのは分かるけど、変なこと言わないで。景市を他の女と結婚させてどうするの?一番愛してるのは遙華なのに」
そうね。景市が遙華のことを死ぬほど愛しているのを誰もが知っていた。
しかし、あれは記憶を失う前のことだった。
目の前で正座して、傷だらけの男を見て、遙華は泣きそうなのに、口角をキュッと上げた。
「お義母さん、今の景市の頭には奈々子しかいないよ。それなら、叶えてあげてもいいんじゃない?」
何故か、遙華は自分の味方でいてくれているのに、景市はどんどん不安になってきて、激しくドキドキしてきた。
出て行きそうな遙華を見て、景市はすぐによろよろと立ち上がって、遙華のほうに突っかけて、腕を掴んだ。
「遙華、お前どういう意味だ?これで奈々子にビンタしたことを許されると思うのか?馬鹿馬鹿しい。奈々子に関わることは絶対に譲れないからな。一生許さなからな」
遙華はそれを聞いて、少しニヤけた。
奈々子に関わることは絶対に譲れない?
昔遙華が奈々子にいじめられている時に、景市は殺したいくらい奈々子が大嫌いだった。
今は自分の大嫌いだった人にそこまで弄ばされているとは。景市が思い出して死ぬほど後悔する姿は少し楽しみになってきた。見れないのは残念だが。
遙華は構ってあげなかった。ただ景市の手を振り払って、後ろを向いて外へ歩き出した。
後ろから景市にどのように呼ばれても、足を止めることもなかった。
景市と奈々子の伝説の結婚式の当日、この都市半分の人も来た。
しかし「新郎新婦」を祝うために来たのではなく、笑いに来たのだ。
それでも、景市と奈々子は全く気にしていなかった。
奈々子は更に、自分の結婚指輪についている大きなダイヤモンドを自慢するために、ずっとカメラマンにドアップにしてもらった。
それは景市が奈々子のためにオークション落札相場で、2億円も入札して落札した結婚プレゼントだった。
しかし景市は知らなかった。この結婚指輪はあの時、自分の手で遙華につけた結婚指輪だということを。
遙華はあの二人が舞台で抱き合って、熱い口づけを交わしている姿を眺めて、何も言わずに、グラスに残っている最後の一口を飲み干した。
奈々子が景市の腕を掴んで、遙華のいるテーブルに回ってきた。みんなと乾杯しようとした時、遙華は空っぽのグラスを揺らして、にこにこしながらこう言った。
「ごめんね。お酒は飲み干したの」
それを見た奈々子はまた泣きそうになった。そばにいる景市はすぐに慰めているように彼女の背中を触って、そのまま奈々子と他のテーブルに回った。
パーティーの後、遙華は病院に戻る予定だったが、まだ別荘のドアからも出ていないのに、警備員二人が彼女の前に現れた。
それから、後ろから届いてきたのは景市の声だった。
「遙華、わざと奈々子と乾杯しないなんて、まだ俺を諦めてないのか?
なら今日は、完全に諦めてもらうぞ!」
遙華の顔色はいきなり真っ青になった。そして、警備員は犯人を捕まえているような捕まえ方で、遙華を景市と奈々子の部屋に連れて行った。
ここは元々自分と景市が初夜に使った部屋だった。
しかし今は、景市と奈々子の愛の巣となった。
元々部屋にあった自分のための飾りは全部奈々子の好みに合った飾りになった。
すべてが静かに自分を煽っているようだった。
壁にかかっている大きな結婚写真の中でも、白いウェディングドレスを着ている奈々子は煽っているような目で自分を見ていた。
その時、セクシーなルームワンピースを着ている奈々子はゆっくりと遙華の前まで歩いてきて、遙華に向かって微笑んだ。
「遙華、知ってる?あんたが景市と結婚したあの夜に、私は一夜も酒を浴びてた。
仕返しとして、私と景市の初夜も見せてあげるわ」
第7話
遙華は一生懸命もがいて、なんとかここから脱出しようとしたが、自分は釘で固定された椅子に縛られて、微動もしなかった。
だから、この目で自分のことを一生愛してると言ったあの人が、自分の目の前で、自分の大嫌いな女を抱くのを見ているしかなかった。
微かな光の下で、体格が立派な男が片手で、小さな女の顔を触りながら、荒い息で、力加減を調整しつつ何回もキスをした。
もう1つの手は女の腰に回して、まるで逃げさせないようにギュッと自分の体に引き寄せていた。
景市の体の下で、奈々子は少し顔を上げて、魅惑的に景市の肩に両腕を置いて、求めているような目をした。
景市が奈々子に優しくキスして、唇に、首に、目にキスしている姿は遙華の目に入った。
景市がずっと奈々子に甘い言葉をかけて、愛してると、心が奈々子でいっぱいと、幸せにしてあげるとか言っている声は遙華の耳に入った。
最後に、奈々子が景市のものになった瞬間も見届けた。
何度もその動きを繰り返して、何度も声を上げて、何度も何度も、切りがなかった。
縛られた遙華は目を丸くしてそのすべてを見ていた。びしょ濡れの顔に隠されたのは、虚無で感覚が麻痺しているような目だった。
あの二人は一夜も布団の中から出てこなかった。
夜が明けたら、景市はようやく腰を折って、お姫様抱っこで奈々子を浴室に連れて行った。腕の中の奈々子の額にキスをした景市は、椅子に縛られた遙華のほうには見向きもしなかった。
ドアを閉める時だけ足を止めて、命令しているように遙華に言いつけた。
「奈々子と俺にスープを作ってくれ。この後飲むから」
浴室のドアは「バタン」と閉められた。遙華も現れた警備員に縄を解けられた。
その瞬間、力が入らなかった遙華は椅子から滑って床に崩れ落ちた。腰を折って、吐きそうで何も吐けなかった。
数十分後、遙華はようやく落ち着いて、麻痺したような顔でドアの外へ行って。
スープができたら、2階からまた二人の喘ぎ声が聞こえた。しかし遙華は動揺もしなかった。
できたスープをテーブルに置いたところで、かかりつけ医は自分の娘を抱き上げながら入ってきた。
自分の娘を見て、遙華のとっくに死んだはずの心はまるで生き返ったようだった。
娘を抱き上げた瞬間、医者は瓶に入っている薬を遙華に渡した。
「若奥様、記憶が取り戻せる薬が市場に出ました。広瀬会長に飲ませば、すぐに昔のことを思い出すはずです」
遙華はしばらくぼんやりしていて、ようやくこの薬を受け取って、「ありがとう」と言った。
医者が出て行った後、遙華はさっそく振り向いて、この薬を景市と奈々子が後で飲むスープに入れた。
そして、腕の中の娘を抱きしめていた。次の瞬間、システムの声が頭で響いた。
「宿主、お時間です。今すぐにお子さんと一緒に家に帰らせます」
2階からの喘ぎ声はまだ続いていた。
「奈々子、大好き。大好きだ」
景市が奈々こに向かった愛の告白を聞いて、遙華はついに我慢できずに笑い出した。
笑いながら、涙も出てきた。
そうね。
帰る。もう帰るのね。
「行きましょう」
話が終わったら、白い光はすぐに差してきて遙華と娘を包んだ。
姿が消えるあの瞬間、遙華は楽になれたように微笑んだ。
景市、もうこれから永遠に会わないように!