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十年前に戻った私は三度も命を救ってくれた夫との縁を切ることにした
初恋の相手を亡くした伊織曜(いおり よう)は十年もの間、私を憎み続けた。 どれだけ尽くしても、返ってくるのは冷たい視線と、「本当に償い...
Chương (1)
第1章
初恋の相手を亡くした伊織曜(いおり よう)は十年もの間、私を憎み続けた。
どれだけ尽くしても、返ってくるのは冷たい視線と、「本当に償いたいなら、死んでくれ」の一言だけ。
それでも、あの日、暴走トラックが突っ込んできた瞬間、私を庇って血まみれになったのは、曜だった。
最期の瞬間、息も絶え絶えに私をじっと見つめて、曜はかすれた声で言った。
「もし、お前と出会ってなければ......よかったのに」
葬儀で、義母は泣き叫んでいた。
「曜と芽依を一緒にしてあげればよかった!無理にあんたと結婚させなきゃよかったのに!」
義父の視線は、まるで刃のように鋭くて冷たかった。
「曜はお前のために三回も命をかけたんだぞ!あんなにいい子が......なんで、お前じゃなくて、あの子が......!」
誰もが、私と曜の結婚を後悔してた。私自身でさえも、そうだった。
ぼろ雑巾のように追い出された葬儀の帰り道、私はもう、生きてる意味すらわからなくなっていた。
それから三年後――
時をさかのぼるタイムマシンが現れて、私は過去に戻ることになった。
今度こそ、曜との縁は全部断ち切るって決めた。誰の心にも後悔が残らない世界を、私が作ってみせる。
今度こそ、曜のそばを離れて、彼に自由になってもらうんだ。
第1話
初恋の相手を亡くした伊織曜(いおり よう)は十年もの間、私を憎み続けた。
どれだけ尽くしても、返ってくるのは冷たい視線と、「本当に償いたいなら、死んでくれ」の一言だけ。
それでも、あの日、暴走トラックが突っ込んできた瞬間、私を庇って血まみれになったのは、曜だった。
最期の瞬間、息も絶え絶えに私をじっと見つめて、曜はかすれた声で言った。
「もし、お前と出会ってなければ......よかったのに」
葬儀で、義母は泣き叫んでいた。
「曜と芽依を一緒にしてあげればよかった!無理にあんたと結婚させなきゃよかったのに!」
義父の視線は、まるで刃のように鋭くて冷たかった。
「曜はお前のために三回も命をかけたんだぞ!あんなにいい子が......なんで、お前じゃなくて、あの子が......!」
誰もが、私と曜の結婚を後悔してた。私自身でさえも、そうだった。
ぼろ雑巾のように追い出された葬儀の帰り道、私はもう、生きてる意味すらわからなくなっていた。
それから三年後――
時をさかのぼるタイムマシンが現れて、私は過去に戻ることになった。
今度こそ、曜との縁は全部断ち切るって決めた。誰の心にも後悔が残らない世界を、私が作ってみせる。
今度こそ、曜のそばを離れて、彼に自由になってもらうんだ。
……
タイムマシンが激しい閃光を放ち、思わず私はぎゅっと目を閉じた。すると突然、耳元で曜の嘲るような声が響いた。
「俺の親、死ぬってまで脅してお前と結婚させようとしてるんだぜ。立花真優(たちばな まゆ)、お前もなかなかやるじゃん。でもさ、結婚したところでお前に何が残る?俺たちが幸せになれるとでも思ってんの?」
はっとして目を開けると、そこには生きている曜が立っていた。
彼は両手をスラックスのポケットに無造作に突っ込みながら、目には隠しきれない嘲笑が浮かんでいた。
未来の曜は洗練された風格を備えていて、どこか気品もあった。でも今、目の前にいる彼は気だるげで自由奔放。久々に見る、あの頃の少年のような瑞々しいエネルギーに満ちている。
その姿を見た瞬間、鼻の奥がツンと痛んだ。
タイムマシンは本当に私を過去に戻してくれた。だけど残念ながら、ちょっとした誤差があったみたいで、彼と初めて出会った日には戻れなかった。戻ったのは十年前――私と曜が結婚する、その日だった。
それでも、このタイミングならまだやり直せる余地がある。
胸の奥に湧く切なさを必死でこらえながら、私は彼を貪るように見つめた。
「曜、あなたが私と結婚したくないのって……本当に結婚したいのは、常盤芽依(ときわ めい)だからでしょ?」
もしかして図星だったのか、曜の体がビクッとこわばった。そして、冷たい目で私を見つめた。
「そうだとして、だから何だよ。俺たち、もう役所の前まで来てんだぞ?今さら後戻りできるとでも?」
私は素直にうなずいた。「できるよ」
曜は鼻で笑った。「いい加減な猫かましはやめろ。さっさとサインして、婚姻届受理証明書取って終わり。俺は外で待ってるから」
去っていく曜の背中を見送りながら、胸の奥が鋭い針で突き刺されたように痛んだ。
前世も今世も、私はずっと曜を愛してきた。
彼はかつて、命を懸けて二度も私を助けてくれた。それで私は、てっきり彼も私のことを好きなんだって思い込んでた。
曜の両親もこう言ってた。
「曜は口は悪いけど、本当は優しい子なの。もし君のことを好きじゃなかったら、命懸けで二度も助けたりなんてしないよ」
私はその言葉を信じて、嬉々として彼と結婚した。
でも、曜の初恋の相手が亡くなったあと、ようやく気づいた。彼が本当に愛していたのは、私じゃなかったってことに。
死ぬ間際、曜が言った「お前になんか会わなきゃよかった」って言葉は、私を完全に打ちのめした。
この十年分の愛は、彼にとっては十年分の苦しみだったんだ。
タイムマシンを起動する前、あの僧侶が言ってた。曜の三つの後悔を解消できれば、彼との因縁を断ち切ることができるって。
そうすれば、曜は私のせいで三十歳で死ぬこともなくなる。そして私たちはそれぞれ、自分の人生を歩んでいけるようになる。
私はうつむいて、婚姻届に「常盤芽依」と書き込んだ。
曜の日記に書かれていた三つの後悔、私は今でもはっきりと覚えている。
「真優と結婚したことを後悔してる。親の言いなりになったことを後悔してる。芽依を救えなかったことを後悔してる」
これで、彼の最初の後悔だけは、少なくとも解消されたはずだ。
私は婚姻届受理証明書を二式手に取って、扉の外へ出た。曜が入口で待っていた。
曜は無意識のうちに私の手から婚姻届受理証明書を取ろうとして、中身を見ようとした。その瞬間、私は彼の手をギュッと押さえた。
第2話
私は曜に優しく微笑んだ。
「明日、楽しみにしてて。サプライズがあるから」
曜が私をじっと見て、眉間にシワを寄せた。
「今日のお前、なんか変だな。俺と結婚して浮かれてんのか?」
そう思われても無理もない。だって私は、ようやく生きてるあなたに、もう一度会えたんだから。
私はふっと笑った。
「曜って、世界で一番素敵な人だと思ってる。曜と結婚できる人は、絶対にすっごく幸せになれるよ」
曜は鼻で笑って、そっぽを向いたまま歩き出した。もし、私が彼に嫌われてるって知らなかったら、あれは照れてるんだって勘違いしてたかもしれない。
そのとき、近くから若い夫婦のはしゃぐ声が聞こえてきた。
「今夜って、百年に一度の流星群なんだって!一緒に流れ星見た夫婦は、ずっと仲良しでいられるんだって。ねぇ、行こうよー」
私は思わず足を止めた。
前世の今日のことを思い出す。あのとき、ちょっとだけ「曜も私を好きになってくれたらいいな」って淡い期待を抱いて、無理やり彼を流星群に連れ出した。
でも、返ってきたのは曜の冷たい嘲笑だった。
「形だけの夫婦が流れ星見たって、長続きすると思ってんの?その理屈だと、世界中の人が流星群見れば、誰も離婚しないって話になるな。お前、どんな夢見てんだよ」
今回は、もうそんな期待なんてしていなかった。
……はずだったのに、曜が不意に口を開いた。
「流星、見に行きたいなら付き合ってやるよ。ただし、新婚旅行はナシな。会社が忙しくて、そんな暇ねぇし」
驚いて曜の顔を見た。まさか、彼の方から言ってくれるなんて。でも、すぐに納得した。
曜は口は悪いけど、本当はすごく優しい人だ。そうじゃなきゃ、あの三回も命を懸けて私を助けてくれたことに、説明がつかない。
最初は十八歳のとき。裏路地で強盗に襲われた私をかばって、曜は右手を刺された。そのせいで橈骨神経を損傷して、重いものが持てなくなり、彼のピアニストとしての夢は絶たれてしまった。
二度目は地震のとき。崩れた瓦礫の下に閉じ込められた私たち。曜はずっと私を励まして、残っていた食料と水を全部私にくれた。もし救助がもっと遅れていたら、きっと彼は助からなかった。
三度目は、トラックが突っ込んできたとき。曜はとっさに私を抱きしめて、飛んできたガラス片を背中で受け止めた。彼の腕に守られていた私は、かすり傷一つですんだ。
そんなふうに命を懸けて三度も私を救ってくれた人を、私はどうしても愛さずにはいられなかった。
曜は私の返事を待たず、少し苛立ったように言った。
「で?行くのか行かねぇのか、流星」
我に返って、私は彼に笑いかけた。
「うん。今夜、一緒に流星見に行こう」
それを聞いて、曜はようやく表情を緩めてタクシーを止めた。
「まずはお前を家に送る。そのあと迎えに行くから、天文台で流星見ようぜ」
そのとき曜のスマホが鳴り、彼はそれを取ったあと、顔をしかめた。
「芽依が手をケガしたらしい。ちょっと様子見てくる。お前は先に帰ってろ」
私はうなずいた。
「うん、わかった」
曜は少し意外そうに言った。
「お前、前は俺が芽依んとこ行くの、一番気にしてたじゃん。どうした?性格変わった?」
私は何か言おうとしたけど、曜が先に冷笑混じりに続けた。
「ま、そっか。結婚したし、もうあいつはお前にとっちゃ脅威でもなんでもねぇか。家着いたら連絡しろよ。先行くわ」
曜は車に乗って、そのまま走り去った。私の目に浮かんだ寂しさや、無理に作った笑顔には、気づくこともなく。
正直なところ、曜が芽依を特別扱いするのを、私は一度だって本気で止めたことはない。
ただ、一度だけ。曜の両親と一緒にいたとき、偶然見てしまった。芽依が中年の男とキスしてるところを。
調べたら、彼女はとっくに複数のパトロンに囲われていた。
それを知って、曜が芽依に深入りしないように、私は必死に止めた。
でも曜は何も知らないまま、芽依が亡くなったあとも、十年間も苦しみ続けた。
もし、どちらかを選ばなきゃいけないとしたら……私は、曜が芽依と一緒にいる方を選ぶ。
曜が苦しみ抜いた末に、私のせいで命を落とすようなことになるくらいなら。
罪悪感と自責は、人を壊してしまうから。
第3話
私はため息をついて、まず学校で推薦入学の通知をもらい、それから家に戻った。
曜の両親はすでに食卓にご馳走を並べていて、私が帰ると、曜の母・玲子(れいこ)が嬉しそうに私の手を取った。
「真優ちゃん、こんなに早く手続き済ませて帰ってきたのね。曜は一緒じゃないの?」
「彼、会社の用事で、そっちに行っちゃったの」
玲子は、少し呆れたように言った。
「この子ったら……今日は大事な入籍の日なのに。仕事なんて、後回しにすればいいのにね」
曜の父・裕司(ゆうじ)は笑いながら言った。
「男はそれくらい仕事に打ち込んでるほうがいいさ。どうせもう結婚したんだから、家族そろっての食事なんて、いつだってできるんだし」
玲子は不満げに鼻を鳴らした。
目の前の温かな光景を見て、私は思わず目頭が熱くなった。
「おじさん、おばさん……私たち、まだ入籍していません。それに、留学の手続きが終わったので、数日中に出国するつもりなんです」
玲子は一瞬、驚いたように目を見開いた。
「入籍してないって……どういうこと?もしかして曜に何かされたの?あの子、不器用なだけで、本当は真優ちゃんのこと、すごく大事に思ってるのよ。心の底から愛してるの。
それに、真優ちゃんが独学で心理学を勉強して、曜のそばに寄り添ってくれて、心のケアまでしてくれたこと、私たち全部見てたわ。二人は愛し合ってるんだから、ちゃんと一緒になるべきよ。それに、あの芽依って子がどんな人かも知ってるでしょう?あんな子に曜を譲っちゃダメよ」
裕司も慌てたように口を挟んだ。
「曜は、ちょっと頑固なだけなんだ。君がちゃんと結婚する意思を示せば、きっと気持ちも変わるよ」
このセリフ、もう何度も聞いた。以前だって、同じようなことを言われた。
でも、無理に結ばれた結果、後悔するのはきっとみんななんだ。
私は玲子の手を握り、口を開いた。
「どうか落ち着いて、まず私の話を聞いてください。認めたくはないけど、無理やり結ばれた関係には、やっぱり幸せって訪れないと思うんです。曜は……最初から、私のことを好きじゃなかったんです。
昨日の夜、夢を見たんです。曜と私が結婚してる夢でした。でも、彼は私に会おうともしないで、胃を壊すまで会社にこもって働き詰めで……私が作ったお粥にも手をつけず、病気になっても世話もさせてくれなくて。
それで言うんです。『幸せよりもお前がもたらす苦しみの方が大きい』って……そして三十歳の年、私をかばってトラックに轢かれて、死んじゃったんです」
そこまで話すと、胸が締めつけられるように痛んだ。
玲子は呆然としたような表情を浮かべた。
「そ、そんな……でも、それは夢の話でしょう?曜がそんな……」
私は鼻をすすりながら、無理やり笑みを浮かべた。
「でも、夢って、時に予兆なんです。私、曜と結婚しなくてもいい、夫婦にならなくてもかまわない。でも、曜には長生きしてほしいんです。
それに、曜と結婚しないと決めたのも、ちゃんと理由があるんです。曜は音楽が好きで、ビジネスには興味がない。誰かに決められた道を歩くのも嫌がる人です。
もしあの時、手を怪我してなかったら、あんな道は選ばなかったと思う。今だって同じ。両親に決められていなければ、私との結婚だってしなかった。
すべての始まりは、私なんです。私のせいなんです。だから、これ以上、間違いを重ねたくないんです。
留学のことは、もう決まってます。お二人の優しさは、ずっと私の中にあります。これからも感謝の気持ちを込めて、ちゃんと恩返ししていきますから」
玲子はそっと涙をぬぐった。
「なんていい子なの、真優ちゃん……曜には、君を妻に迎えるご縁が足りなかったみたいね」
私は玲子を抱きしめ、涙を浮かべながら微笑んだ。
「大丈夫です。お嫁さんにはなれなくても、娘にはなれますから。これからも、お二人のこと、ちゃんと支えさせてくださいね」
曜の両親は、ようやく笑顔を見せてくれた。そして最後には、私の思いを受け入れてくれた。
曜の日記に書かれていた、二つ目の願いを思い出す。たぶん、これで……叶えられたよね。
タイムマシンの効果が切れるまで、あと三十六時間。今から、最後の願いを叶えに行く。その願い、ちゃんと叶えられるかな。
夜が近づく頃、私は一人で天文台に向かった。
流星群を見るには、ここが一番いい場所。手すりにそっと手をかけながら、どこかで胸が高鳴っていた。
第4話
どれくらい待ったのか分からない。後ろのドアが突然開いて、私は思わず振り返り、目を輝かせて見つめた。
「曜、来てくれたんだね」
でも、現れた曜の顔は険しく、怒りを宿した目で私をにらみつけ、数歩で私の前に立った。
「真優、お前さ、俺が送らなかったことと芽依と一緒にいたことに腹を立てて、うちの両親にチクったって本当か?分かってんのか、あいつら芽依に電話して怒鳴りつけたんだぞ。そのせいで芽依は気が動転して、道路を渡る時に交通事故に遭った。今、出血がひどくて命が危ないんだよ……それで満足か?」
私はその場に立ち尽くし、呆然としていた。
前世の芽依も、交通事故に遭って大量出血し、血液が足りなくて手遅れになって死んでしまった。
もしそれまでの曜の態度がただの皮肉や嫌味だったのなら、この出来事がきっかけで、彼は私を本気で憎むようになったんだと思う。
でも、本来ならこれは、結婚して一か月後に起きるはずの出来事だった。それがなぜこんなにも早く――
私は曜の三つ目の願いをどうやって叶えるか、ずっと考えていた。それが今、まるで運命のように、自分からやってきたのだ。
曜を見つめながら口を開いた。
「つまり、芽依のために私の血が必要で、来たってことよね?」
その言葉に曜は一瞬驚いたものの、すぐに怒りを押し殺した冷たい笑みを浮かべた。
「俺ができないとでも思ったか?これはもともと、お前が芽依に償うべきことだ」
そう言うと、私の手首を掴み、病院へと急いで連れて行った。
病院に着いてすぐ、私は400mLの献血をした。体から力が抜けていくようで、ほとんど動けなくなった。
看護師たちは眉をひそめながら言った。
「献血量が全然足りません。血液センターから届くまでには、あと10分はかかります。患者さんがそれまで持ちこたえられるかどうか……」
私は曜を見上げた。彼の視線は病床の上の芽依に注がれていて、彼女の青ざめた顔を見た瞬間、抑えきれない悲しみがその目に浮かんだ。
看護師が私の手首の駆血帯を外そうとしたとき、私はそっとその手を押さえた。
「看護師さん、お願いします。もう400mL、献血させてください」
看護師は驚いて慌てて止めに入った。
「ダメですよ!一度に献血できるのは最大で400mLまでです!」
私は笑って答えた。
「大丈夫です。あとでちょっと休めば元気になりますから。それより、彼女を助ける方が先です」
その時、救急室から医者が飛び出してきて、叫んだ。
「輸血が足りない!血液はまだか!?このままじゃ患者が持たないぞ!」
私は看護師に急かすように頼んだ。彼女は困惑しつつも、感謝の気持ちを込めて言った。
「お嬢さん……本当に優しい方ですね。患者さんが目を覚ましたら、きっと感謝すると思います」
「真優、お前……」
曜が口を開きかけたが、言葉に詰まりながらも続けた。
「後で……ちゃんと報酬はする」
細い針が血管に刺さる。私は微笑んで曜に言った。
「気にしないで。これは私の意思だから」
曜が命懸けで私を助けてくれた。だから、彼の大切な人を守るくらい、何でもない。
ただ、献血の影響を甘く見ていたのが失敗だった。その場で意識が遠のき、私は倒れてしまった。
次に目を覚ましたとき、私は病室のベッドに横たわっていた。さっきの献血の針跡には、もう綿が当てられていた。
曜の姿はどこにもなく、周囲の人たちは皆忙しく動き回っていて、私が目を覚ましたことに気づく人はいなかった。
顔を上げると、壁の時計が目に入った。残された時間はあと1時間。それが過ぎたら、私はまた過去に戻る。
病院の小さなテレビには、昨夜の「百年に一度の流星群」の映像が再放送されていた。
流星は本当に綺麗だった。ただ、またしても私は見逃してしまった。
やっぱり、私の願いはいつも叶わないんだと、そう感じた。
ぼんやりしている私の隣で、足音が響いた。曜の疲れているけど、どこか嬉しそうな声が聞こえた。
「目、覚ましたんだな。芽依も目を覚ましたよ。昨晩、お前がすぐに血を提供してくれたおかげだ」
私は振り返って、彼に言った。
「……そう」
曜は私の青ざめた顔に気づいた瞬間、はっとしたような表情になり、どこか気まずそうに口を開いた。
「昨日の夜は……言いすぎた。でも、両親にチクるのはさすがにダメだろ。関係のない芽依を俺たちの問題に巻き込むべきじゃないだろ……」
その言葉を聞いて、胸の奥が少し締めつけられるような気がした。
第5話
曜は、いつだって私のことを誤解する。もしこれが10年前だったら、私はきっと目を赤くして、必死に自分を弁解していたと思う。
でも今は、もうすぐ別れの時が来る。この先、交わることのない線になる。誤解されるかどうかなんて、もうどうでもいい。
そんな時、曜がぽつりと口を開いた。
「流れ星を一緒に見ようって約束、守れなかった。お前、南国に行きたいって言ってたよな。あと数日したら、南国に旅行に行こう」
曜がそんなこと、まだ覚えてたなんて思いもしなかった。驚きつつも、私はすぐに首を振って断った。
「そんなの、必要ないわ」
曜は珍しく皮肉も言わず、黙ってスマホを取り出し、その場で5日後の航空券を予約した。
「お前が怒ってるのも、すねてるのもわかってる。チケットはもう取ったし、数日後にはお前の体も回復してるはずだ。そしたら……新婚旅行に行こう」
「だから、必要ないってば、曜」
曜はじっと私の顔を見つめてきた。
「無理にこだわらなくてもいいの。私のことで、そんなに気に病むことなんてない。これは、私があなたに借りがあるから」
その言葉は、曜に向けてというより、自分自身に言い聞かせるためのものだった。
曜は納得のいかない顔で言った。「……意味が分からない」
私はそれ以上、何も答えなかった。
沈黙が降りる。
曜はそっと背を向け、カップを手に取って、私にお湯を淹れようとした。その手が震えているのが見えた。今日の雨のせいだろうか。昔の怪我がまた疼き出したみたいだった。
記憶と胸の痛みが、一気に溢れ出してくる。
「私を助けたせいで、こんな身体になっちゃったけど……後悔、してる?」
曜は俯いたまま、私の前に水を置いた。その髪が、表情を隠していた。
「後悔なんか、するわけない。たとえその人がお前じゃなかったとしても……俺は、助ける」
「地震のときも?」
曜の指が一瞬、ぴたりと止まった。
「ああ。誰であっても、俺は助ける」
やっぱり、曜ってそういう人なんだ。心の優しい、まっすぐで、善良な人。
私は微笑んだ。でも、その頬を一筋の涙が伝った。
「ありがとう、曜。あなたって、本当に素晴らしい人だよ。昔の私は……恩を仇で返して、10年間もあなたにしがみついて、離れようとしなかった。きっと、苦しかったよね」
そんな素敵な人を10年も縛りつけて、最後には私のせいで命を差し出すことになった。私は、彼にとっての厄災だったのかもしれない。
泣いている私を見て、曜の目が、珍しく落ち着かない色を浮かべていた。
「何言ってるんだよ、俺は……」
その時、秘書が慌てた様子で駆け込んできた。
「社長!芽依さんが目を覚まされました!」
曜の顔にぱっと明るい色が差し、すぐに身を翻して向かおうとした瞬間、私は彼を呼び止めた。
振り返った曜に、私は明るく笑ってみせた。
「ごめんね、曜。これからのあなたの人生が、穏やかで、幸せに満ちたものでありますように。望んだものが、全部手に入りますように」
曜は、私の様子にすぐ気づいたみたいだった。
「なんだよ、それ……まるでお別れみたいな言い方して。芽依を見に行くだけだよ。俺、お前とまだ話したいことあるんだ。戻ったら、ちゃんと話そう」
そう言い残し、曜は病室を出ていった。
未来に戻るまで、あと30分もない。
私は点滴の針を抜き、そっと立ち上がって、病院の外へと向かった。
---
そのころ、芽依のそばを離れた曜が、手いっぱいに栄養スープを持って真優の病室へ戻ってきた。
だがそこには、誰もいなかった。
空っぽのベッドを見て、曜は試しに何度か真優の名前を呼んでみた。でも、返事はない。
曜の胸に、なんとも言えない焦りが広がる。咄嗟にスマホを取り出し、真優に電話をかけようとした時、外から秘書が慌てて飛び込んできた。
「社長、大変です!」
秘書は息を切らしながら、大声で叫んだ。
「10分前、真優さんが交通事故に遭い、大量出血しました!でも、病院の血液庫が緊急事態で……真優さんは……助かりませんでした!」