私たちの愛が凍えた

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私たちの愛が凍えた

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結婚して三年。葛城柊弥(かつらぎ とうや)はもう私を愛していない――そう思うしかなかった。 秘書と親しげに車内で囁き合う姿を、私はこの...

Chương (1)

第1章

結婚して三年。葛城柊弥(かつらぎ とうや)はもう私を愛していない――そう思うしかなかった。 秘書と親しげに車内で囁き合う姿を、私はこの目で見た。 私の誕生日にも、彼は彼女とのコンサートを優先した。 問い詰めれば、「あの子はまだ若くて分別がない。仕事の話をしていただけだ」と、まるで私が勘違いしているかのように、冷たく言い放つ。 なのに、同じ車、同じ距離で、今度は私が他の誰かに寄り添うと、彼は取り乱して怒鳴り散らした。 私はただ、静かに笑ってコートを羽織り、ゆっくりと告げる。 「菅原くんはまだ若くてね、どうしても一緒にいたいって言うの」 「あなたも、理解してくれるわよね?」 第1話 誕生日を迎えた数日後、私は手術を受けた。 手術前、担当医がぽつりと訊いた。「ご家族は来られないんですか?」 その一言で、胸がぎゅっと締めつけられた。私はうつむいたまま、小さく答える。「一人でも大丈夫ですから」 「まったく最近の若い子は……自分の身体を大事にしないとダメじゃないか。身体が資本って言葉、知らないのかね?」 私は苦笑し、何も言わなかった。 小言を受け入れる方がまだマシだった。――自分の夫・葛城柊弥(かつらぎ とうや)に、付き添ってくれるかと前日に聞いたのに、今も返事はない。 誕生日の食事会さえ、彼は綺麗さっぱり忘れていた。 彼に気を遣われたくないし、私ももう彼に頼りたくなかった。 結婚三年目。柊弥との関係は、もう終わりが見えていた。 手術は三時間。その後目が覚めた頃には、外はすっかり暗くなっていた。 疲れた身体を引きずって病院を出ると、肌を刺すような冷たい風が吹き抜けた。 雪の気配もする。鼻先にひやりとした感触。顔を上げると、白い雪が風に乗って舞い落ちていた。 帰ろうと道路沿いに立ってタクシーを待っていると、ふと視線の端に見慣れた青いマイバッハが止まっているのが目に入った。 その瞬間、胃がぎゅっと痛み、手が無意識に震え始めた。 私は車に近づき、指でコンコンと窓を叩いた。 揺れている車体が止まり、半分ほど窓が開いた。そこから覗いたのは、若くて綺麗な女性の顔。 頬を赤らめ、服は乱れ、耳元で柊弥に何か囁いていた。その様子はあまりに親密で…… 私に気づいた彼女は「きゃっ」と声を上げ、慌てて柊弥の胸元に顔をうずめた。濡れた瞳が、小鹿のように怯えて揺れていた。 一目でわかった。彼の新しい秘書、鈴木愛蘭(すずき あいら)。 あの子は笑うと、昔の私によく似ている。無垢で、どこか儚げで。 今は目元が赤くて、まるで泣いたばかりのようだった。そんな姿が、男心をくすぐる。 柊弥はシートにもたれかかり、私に目をやった。けれどその視線は、まるで他人を見るように冷たい。 それどころか、腕の中の彼女をさらに抱きしめた。 「大丈夫、俺がいるよ」見惚れるほど整った顔立ちで、そう呟いた。 甘く優しい声。あの頃と同じ声で。 彼は、かつて私にもこうして囁いた。 私は静かに笑った。「柊弥、今……何してるの?」 酒の匂いが彼の身体から漂い、目には酔いの色が滲んでいた。それでも、口から出た言葉は冷ややかだった。「仕事の話をしてたんだ」 その言葉に、私はさらに笑みを深めた。ただ、目は少しも笑っていなかった。 「そう……それなら、仕事はもう終わった? じゃあ、次は私と話す番じゃない?」 家に戻り、玄関で靴を脱いでいたときだった。彼のコートのポケットから、何かがひらりと落ちた。 私はそれを拾い上げる――コンサートのチケット。 日付を見ると、三日前。 三日前……それは、私の26歳の誕生日だった。 その日は、両家の両親や、帝都城の名だたる名士たちが集まる盛大な宴が催された。 ただ一人、来なかった。 ――私の夫、葛城柊弥。 冷え切った料理がテーブルにずらりと並び、ざわつく招待客たちの視線が痛かった。誰もが私たちの関係に気づいていたのだろう。 私の胸には無数の針が刺さったような痛みが広がった。 でも、外面を取り繕うために、私は笑顔を装って、一人で何度も杯を交わした。 夜が更ける頃、私は洗面所で嘔吐し、胃が裂けそうなほど痛みに苦しんだ。 ベッドに横たわり、身体を丸めて「柊弥、水……苦しい……」と、無意識に夫の名を呼んだ。 ――ああ、そうだ。彼は、もうずっと帰ってきていなかった。 けれど、その夜に限って彼は帰ってきた。 私は彼を見るなり、堪えていた涙が溢れた。「柊弥……お酒、飲んじゃった……私…… ……死ぬかと思ったんだから……」 「そう?」 彼の一言が、私の言葉を遮った。泣き言も、訴えも、何一つ言えなくなった。 私は彼を見つめた。ただ、見つめるしかできなかった。――この人、本当に私の夫だろうか? 私は酒が飲めない。それを誰よりも知っていたのは、彼だったはず。彼がいる場では、私は一滴も飲まされなかった。 こらえていた悔しさが、一気に胸の奥から溢れ出した。目には涙が滲んでいた。 招待客たちに嘲笑され、年配の人たちに咎められ、アルコールの酔いが身体をじわじわと蝕んでいく――言いたいことは山ほどあるのに、唇からこぼれたのは、ただひとこと。「……今日、私の誕生日だったの」 私の泣き声に気づいたそのときになって、やっと彼の態度が変わった。 彼は少し乱暴に私を抱きしめ、髪を撫でながら、私の泣き声をかき消すように言った。 「ごめん、稚奈……仕事で、うっかりしてた。本当にごめん。埋め合わせ、ちゃんとするから……ね?」 涙で顔はぐしゃぐしゃだった。胸に溜めこんでいた悔しさのやり場もなくて、私は彼の手を掴んで思いきり噛みついた。彼は何も言わず、黙って耐えていた。 涙が枯れるまで泣き、顔を上げると、彼は隣に座っていた。 私の頬に手を添え、囁く。「全部、俺が悪かった。君に辛い思いをさせたな。 ……ただ、あまりにも忙しかっただけなんだ。ほんとに、ごめんな」 その言葉を聞いて、私はなぜか――それでも信じようとしてしまった。彼のことを。 でも今はもう、全部が滑稽に思える。 私はあのチケットを指に挟み、嘲るように笑った。 「なるほどね。あなたの忙しいって、こういうことだったの?若い子とデートで、大忙しってわけね?」 柊弥は、何の反応もしなかった。弁解すらしない。まるで、何もかもどうでもいいと言わんばかりだった。 彼はソファにもたれかかりながら、私を強引に引き寄せ、腰を抱いて逃げられないようにした。 そして笑いながら言うのだ。「いい大人が、やきもちなんか焼いて。子供じゃないんだからさ。 若い子にはまだ分別がないだけだよ。仕事の話をしてただけ。ちょっとは理解してくれよ。 ね、稚奈、喧嘩はもうやめよう。君が怒ると……俺、つらいよ」 そのセリフを聞いた瞬間、私は涙の代わりに笑ってしまった。あまりにも滑稽で、泣くより笑うしかなかった。この人、本当に私を馬鹿にしてる。 彼が心配してるのは、私じゃない。私が暴れ出すのが怖いだけ。 前に一度、彼と激しく言い争ったとき、私は家中の壊せるものを壊した。 その時、彼は私を洗面所の鏡の前に引きずっていって、肩を押さえつけながら冷たい目で言ったのだ。 「稚奈、自分の顔、見てみろよ。これが……本当に君なのか?」 鏡の中の女を見た瞬間、私は喉の奥から叫び声がこぼれ、無意識に彼の髭剃りを掴み、鏡に叩きつけた。そして、鏡は粉々に砕けた。 彼は高級なスーツを着て、首には私が贈ったネクタイを締め、完璧な姿でそこに立っていた。 それなのに私は――髪が乱れ、泣きじゃくり、まるで狂った女だった。 かつて、私は明るくて元気いっぱいだった。彼の隣りに立つと、「理想のカップル」だと言われていた。 彼の傍にいられる女性は私だけだった。 ほかの女が近づけば、彼は一喝して追い払ってくれた。「気持ち悪い。俺の彼女の髪一本にも敵わねぇよ」と私の肩に寄りかかり、甘えていた。 あの頃の全てを思い出すたび、胸が張り裂けそうになる。息をすることすら苦しくなるほど。 でも今、彼の顔には悲しみも後悔もなかった。あるのは、ただの「余裕の笑み」。 ――ああ、やっと分かった。全部、私一人の独り相撲だったんだ。 傷ついて、溺れて、まだ夢を見ていたのは、私だけだった。