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遅すぎた愛情なんていらない
私が十八歳の誕生日を迎えた日、叔父の江原聖哉(えはら せいや)が私の日記を見つけた。 「篠原晴美(しのはら はるみ)、お前、こんな汚れた...
Chương (1)
第1章
私が十八歳の誕生日を迎えた日、叔父の篠原聖哉(えはら せいや)が私の日記を見つけた。
「篠原晴美(しのはら はるみ)、お前、こんな汚れた考えを持ってたなんて……信じられない!お前がそんな人間だったなんて!」
彼は怒鳴るように私を責め立てた。
私はすぐに謝った。「ごめんなさい、叔父さん。あなたのことを好きになっちゃいけなかった……」
だけど、彼は私を拒むようにして、すぐさま私を海外に送り出した。そしてその背中を見送る間もなく、彼は初恋の人と盛大な結婚式を挙げた。
数年後、私は一人の子どもを連れて帰国した。
聖哉は目を見開いて、私を凝視した。
「その子は……誰だ?」
私は子どもをぎゅっと抱きしめながら答えた。
「私の息子。三歳よ」
そして顔を横に向けて、江原陽翔(えはら はると)に優しく声をかけた。
「陽翔、挨拶して」
第1話
飛行機に乗った瞬間、まだどこか現実味がなかった。
海外に出てからの六年間、一度も帰国できるなんて思っていなかった。
だって、あの時聖哉が言ったのよ。「もう二度とお前には会いたくない」って。
でも、今回の帰国は彼の方からの申し出だった。すべてを手配してくれて、清水夏子(しみず なつこ)がジュエリーデザインコンテストで優勝した祝賀パーティーに出席するために、私を呼び戻したのだ。
あの時は遠くへ行きすぎて、飛行機も乗り継ぎ二回。
着陸してから、腕の中の篠原陽翔(しのはら はると)が少しずつ目を覚ました。
見知らぬ場所に来たせいか、不安そうな顔で私に手を伸ばしてきた。「ママ!」
そのか細い声に胸が締め付けられて、私は急いで彼を抱き上げた。
到着ロビーを出たところで、タクシーを呼ぼうと手を挙げた瞬間、ポケットの中の携帯が鳴った。
その番号はもうとっくに削除したはずなのに、どうしても忘れられない番号だった。
電話が自動的に切れるまで、ただ立ち尽くしていた。そしてすぐに、二度目の着信。
私は深呼吸して、通話ボタンを押した。
江原聖哉(えはら せいや)の声が、すぐに耳に届いた。
「空港出た?助手を向かわせてある」
その声は昔と変わらず、冷たくて、よそよそしいほどに事務的だった。
私は苦笑して答えた。
「いいよ、自分でタクシー呼べるから」
聖哉は少し驚いたように黙った。
無理もない。あの頃の私は、彼にすべてを世話されていた。
一緒に暮らしていた数年間、食事も服も生活のすべてに手が行き届いていた。専属の運転手までいたのだから、自分でタクシーなんて呼ぶ必要もなかった。
沈黙ののち、聖哉が口を開いた。
「助手に迎えに行かせた。車のトランクに、俺が夏子に買ったプレゼントが入ってる。忘れずに渡してくれ」
聖哉は、夏子のことを本当に大切にしている。
あの頃、彼は夏子に豪華な結婚式を用意し、希少なダイヤを使って婚約指輪を特注で作らせた。
それが全て、彼の愛の証だった。
「分かった」
私は淡々と返事をして、早くこのやり取りが終わることを願った。
だけど聖哉は、電話を切らずに続けた。今度は、警告のような口調だった。
「六年も海外にいたんだ。もう分かってると思うが、邪魔はするな。夏子を傷つけるようなことも、絶対にするな」
私は一瞬、言葉を失った。周囲の雑音すら、耳に入らなくなった。
電話はもう切れていた。
私はただ、乾いた笑いを漏らした。
彼の警告なんて、まったくの無意味だった。私は何もするつもりなんてない。
ただ陽翔と一緒に、静かに暮らしたいだけ。二人を養える仕事を見つけて、それで十分。
空港を出る時、私は帽子のつばを深く下げた。
十八歳の頃のあの情熱は、もうどこにも残っていない。
まさか、たった六年で、こんなにも落ちぶれるなんて……自分でも想像していなかった。
第2話
子供の頃、両親が飛行機事故で亡くなった。親戚もおらず、私はひとりぼっちになった。
聖哉はそんな私を哀れんで、ずっと支援してくれた。そのおかげで、私は無事に大人になることができた。
私たちの関係は、まるで家族のようだった。でも、十八歳の時、私は気づいてしまった――聖哉のことが好きだと。
だけど、分かっていた。私たちは絶対に結ばれないって。
だから、少女の秘めた想いはすべて日記に綴った。
もしも、聖哉があの日記を見なければ……私はこの気持ちを胸の奥にしまって、一生誰にも言わずにいられたはずだった。
でも、彼は見てしまった。
彼は怒りに任せて私の日記帳を破り捨てた。その時の彼の目は、まるで何か汚らわしいものを見るような冷たい視線だった。
「篠原晴美(しのはら はるみ)、お前、どうしてそんなこと思うんだ?」
言い訳しようとしたけど、何をどう説明すればいいのか分からなかった。
結局、私はただひたすら謝るしかなかった。好きになってごめんなさい、そんなこと書いてはいけなかったと。
なぜ「好き」がいけないのか分からなかったけど、彼があれほど拒絶するなら、きっと私が間違っていたんだ。
けれど、彼はそれだけで終わらせてくれなかった。
翌日、何も知らされないまま、私は休学処理をされ、無理やり海外行きの飛行機に乗せられた。
彼は遠く離れた国の、田舎の大学を用意していた。
私が外の世界と接触しないように、彼はボディーガードと家政婦を雇い、24時間体制で私を監視させた。
最初は、なぜそんなことをされるのか分からなかった。
でも、留学して二か月目、彼の結婚のニュースが世間を騒がせた。
その時、ようやく気づいた。彼はずっと初恋の人を忘れていなかったんだ。
聖哉は彼女に、まさに夢のような豪華な結婚式を贈った。その動画を、私は何度も何度も繰り返し見た。
映像の中で、聖哉は夏子を優しく見つめ、彼女の額にキスを落とした。
私に、あんな表情を見せたことは一度もなかった。
その瞬間、はっきりと分かった。彼が私を支えてくれたのは、本当にただ「可哀想だったから」なんだと。
「篠原さん、どうぞお車へ」
助手の声で、私は我に返った。
第3話
私は陽翔を抱えて車に乗り込んだ。
陽翔を見た助手の顔に、わずかな驚きが走った。
「篠原さん、これは……」
私は陽翔のぷくぷくした頬を軽く撫でて、抱き締め直した。
「私の息子よ」
助手は目を少し見開いたが、それ以上は何も言わなかった。
そして車は、聖哉と夏子が結婚式を挙げたあのホテルへと向かった。
結婚して六年、聖哉は夏子を溺愛していた。
誕生日でも、結婚記念日でも、毎回盛大なパーティーが開かれていた。
今回私を呼び戻したのも、きっと夏子がどれだけ成功しているかを見せつけて、彼らがどれほど幸せかを思い知らせるため。
そして、私に完全に諦めさせるためだった。
車を降りた途端、夏子が手を振ってこちらに駆け寄ってきた。
やつれた私の顔とは対照的に、夏子はまるで上流階級の奥様のような佇まいだった。
高価なアクセサリーと服装が、聖哉の愛を物語っていた。
私の腕の中の陽翔を見た夏子の笑顔が、一瞬で引きつった。
彼女は驚いたように陽翔を指さした。
「晴美ちゃん、あなた外国で子供産んだの?聖哉も知らなかったわよ。ずいぶん隠してたのね」
私が何も言う前に、夏子は勝手に陽翔をあやし始めた。
陽翔は知らない人に触られるのが苦手で、ずっと体を逸らしていた。
私は慌てて彼の背中を軽く叩いてなだめた。
実のところ、夏子は私が聖哉に想いを寄せていたことを知っている。
だから今回、私は誰とも深く関わるつもりはなかった。
だが夏子は、陽翔の嫌がる様子を無視して、無理やり彼を抱き上げた。
個室に近づく頃、陽翔はついに我慢できずに泣き出してしまった。
私は急いで手を差し出し、彼を抱き取った。
夏子は無理に笑顔を作りながら陽翔を渡してきた。
「聖哉ね、私が痛いのが苦手って知ってるから、出産は辛いでしょ?だから子供は作らなかったの」
「まさかあなたが息子を産んでるなんてね」
そう言いながら、彼女は個室のドアを開けた。中にはすでに数人が座っていた。
私は何も言わず、部屋の隅の席に座った。
すると夏子は迷いなく私の隣に腰を下ろした。
そして陽翔の肩を抱きながら、他の人たちに私たちを紹介し始めた。
その奇妙な空気に耐えきれず、私は席を立ってトイレへ向かった。
戻ってきたとき、ちょうど夏子の声が聞こえてきた。
「何が厄介者よ。聖哉は何年も晴美を養ってたんだから、もう家族みたいなものでしょ」
「聖哉は私の夫なの。誰にも変えられない事実よ」
「昔は若くて分別もなかったし、ちょっと変な感情持ってたのも無理ないわ。でも今は子供までいるんだし、もう問題ないでしょ」
私は個室のドアの前で、黙ってその会話を聞いていた。
――そう、他人の目には、私は叔父を好きになった異常者で、常識を無視した狂った女。
陽翔が不安そうに私の手を握ってきたので、私は彼の額にキスをしてから、個室に入った。
もう済んだことなら、堂々と向き合うしかない。
どれくらい時間が経ったか分からない頃、個室のドアがゆっくりと開いた。
「江原社長!」
第4話
人だかりができても、私は動かなかった。静かに席に座ったまま、彼らの挨拶や談笑を聞いていた。
しばらくして、ゆっくり顔を上げ、聖哉の方を見た。
彼は昔と変わらない様子だった。
高級そうなスーツを身にまとい、夏子がその腕にしっかりと絡んでいる。二人が見つめ合うその目には、優しさと愛情が溢れていた。
彼は人に囲まれていて、部屋の隅にいる私には気づいていない。
何年経っても彼は常に注目の的で、どこにいても中心にいる。
うまくいってないのは、私だけだった。
突然、夏子が満面の笑みで聖哉に私の方を見るよう促した。
「聖哉、晴美ちゃんも来てるよ。何年ぶりだし、ゆっくり話したら?ちょうど晴美ちゃん、ちょっとしたサプライズも連れてきたの」
「サプライズ」という言葉に、聖哉の表情は特に変わらなかった。
まず夏子のために、彼女の好きなフォアグラを注文し、それからようやく私の方を見た。
陽翔は少し怖がりながら、私の服の裾をぎゅっと掴んでいた。警戒しているようだった。
聖哉も陽翔に気づいたようで、無表情だった顔に驚きが浮かんだ。
「晴美、これはどういうことだ?」
彼が訊いたのは、陽翔のことだった。
私は今まで一度も彼らに陽翔のことを話したことがなかった。だから私が子どもを連れてきたことで、彼らは皆同じような顔をしていた。
驚きと、どこか茶化すような目。
夏子が明るく紹介した。
「聖哉、晴美の息子よ。ほら、可愛いでしょ?晴美にそっくり。もう結構大きいのよ」
聖哉の視線が私と陽翔の間を行ったり来たりし、最後にはじっと私を見つめていた。
もう何も言わないかと思ったそのとき、少しかすれた声で口を開いた。
「まさか……海外に行ってる間に、結婚して子供までいたとはね?」
私はまっすぐ彼を見返した。
「結婚して数年になります。ご報告できず、すみませんでした」
周囲は静まり返り、誰も口を開かなかった。
聖哉は私を見つめ続け、その目には明らかに信じられないという色があった。
夏子が何か言おうとしたが、先に聖哉が私の前に来た。
「旦那さんは?」
私はまつ毛を伏せて答えた。
「都合が合わなくて、来られませんでした」
すぐに周囲から小声のざわめきが起こり、笑い声も混じっていた。
もっとも、聖哉の顔を立ててか、誰もあからさまには笑わなかった。
聖哉の顔色は悪かった。
「そんな遠いところから、一人で帰ってきたのか?旦那さんは心配しなかったのか?」
私は苦笑いを浮かべた。
「昔、私が一人でこの国を離れて、遠い外国に行った時も、誰も心配なんてしてくれませんでした。
今となっては、もう大人ですし、誰にも心配される必要なんてありません」
あの時、彼は私を国外に送り出した。
それまで一度も飛行機に乗ったこともない私を、言葉の通じない異国へ、一人きりで。
周囲は全員見知らぬ人ばかりで、恐怖と孤独に押し潰されそうだった。
でも彼は、そのことを一度も気にかけたことはなかった。
聖哉の目がさらに冷たくなった。
食事の間、私はほとんど何も食べられなかった。体中が落ち着かず、不快な感覚に包まれていた。
皆が聖哉を持ち上げ、聖哉と夏子の仲睦まじさを褒め称えている。
でも私は、ただ早くこの場を離れて、陽翔を休ませたかった。
この町で、あまり高くない家を借りて、仕事を見つければ、陽翔との生活に問題はない。
もう海外に戻るつもりはなかった。
食事が終わり、私は陽翔を連れてその場を後にしようとした。
だが、聖哉の声が私を呼び止めた。
夏子も一緒にいた。
彼の目は冷たく、声もまた感情のない冷えきったものだった。
「晴美、俺たちはもう結婚してるんだ。これからは、俺の生活に関わらないでほしい」
夏子は笑顔で聖哉の肩にもたれかかった。
「聖哉、晴美ちゃんはそんなことしないわよ。もうお母さんなんだもん、ちゃんとわきまえてるって」
二人は本当に仲の良い夫婦に見えた。
そして私は、どこまでも余計な存在だった。
何をどう約束しても、彼らはきっと信じてくれない。
私はうなずいた。
「これからは絶対に関わりません」
第5話
彼らが何か言う前に、私は陽翔を抱き上げてその場を離れた。
聖哉がまた助手に送らせようと申し出たが、私はすぐに断った。
「江原社長、私はあなたの生活に関わりたくありませんし、ご迷惑もかけたくありません」
さっき彼が私に言った警告を、今そのまま返した。
マンションに戻ると、陽翔はどこか不機嫌そうだった。
「ママ、今日のあのおじさんとおばさん、僕のこと嫌いだったの?」
陽翔は頭が良くて、感受性も強い子だ。全部わかっている。
私は彼の頭を撫でながら言った。
「そんなことないよ。あの人たちは陽翔のこと嫌ってないよ」
……嫌っているのは私の方だ。
陽翔の柔らかい体が私にもたれかかってきて、彼の顔が私の頬をすり寄せてくる。
「ママ、僕、ママのことが一番好きだよ」
心がじんわりと温かくなった。
まだ陽翔が私のことを愛してくれている。それだけで十分だった。
私は彼の頬にキスをして言った。
「ママも陽翔のこと、大好きだよ」
陽翔が寝った頃、突然一通のメッセージが届いた。
差出人は夏子だった。
「晴美、今少し時間ある?話がしたいの」
これ以上関わりたくなかった私は、メッセージで済ませようと返信した。
だが、すぐに電話が鳴った。
「晴美、今あなたの家の下にいるの。少しだけ会えない?」
ただ聞きたいの。今回戻ってきたけど、またすぐに帰るつもり?私も聖哉も、あなたには海外でちゃんと生活してほしいの」
「それに、あなたの旦那さんも海外にいるんでしょ?離れて暮らすのはよくないわ」
彼女の言いたいことは一つだけ。
出て行け、ということだ。
なんだか可笑しくなってきた。聖哉と結婚してもう何年も経っているのに、まだ私がいるかどうかを気にしてるなんて。
つまり、聖哉も同じ気持ちなんだろう。
私の存在が、それほどまでに彼たちにとって不快なのだ。
陽翔がしっかり寝ているのを確認して、私はそっとドアを閉めて階段を降りた。
夏子は本当にそこにいた。
私は心の準備を何度もしてから、ようやく彼女の目を見て言った。
「私はもう出て行かない。国内に残るわ」
陽翔を連れて、これ以上あちこちを転々とするのはもう辛い。
夏子は鼻で笑った。
今は私たち二人きり。もう取り繕う必要もないのだろう。彼女の目には、あからさまな軽蔑が宿っていた。
「晴美、お金に困ってるんでしょ?金額はあなたが決めていい。払うから」
私は首を振った。
夏子は驚いたようで、その軽蔑の色はさらに濃くなった。
「国内に残って何の意味があるの?子供の父親はそれで納得してるの?
晴美、自分の立場を理解して。私と聖哉はもう夫婦なの。あなたがここに残ったところで、何も変わらないわ。
ここでの生活はきっと辛い。だったら、帰った方が……」
「もう言ったでしょ。私は出て行かない。それは私の問題で、あなたには関係ない」
声を強めて、はっきり言い切った。
夏子は怒りをあらわにして、そのまま立ち去った。今回の話し合いはそれで終わった。
それから数日、私はずっと仕事を探していた。
だが、どの面接も、結果につながらなかった。
ある優しい担当者が、遠回しに教えてくれた。
清水社長の指示があったらしい。
つまり、夏子は私が国内で生きていけないように、意図的に潰しにかかっているのだ。
そうすれば、私は国外に出るしか選択肢がなくなる。
ある会社の面接を出たばかりの頃、病院から電話がかかってきた。
昨夜はほとんど眠れず、病院に予約を入れて、抗うつ薬をもらおうと思っていたのだ。
診察中、医師からこう言われた。
最近の私の状態はかなり悪い。薬だけでは抑えきれないかもしれないので、心理カウンセリングを受けた方がいいと。
この言葉、海外の医師にも言われたことがある。
その頃、私はすでに重度のうつ病だった。
病院のドアを開けたとき、私はうつむいて歩いていたせいで、前から来た人にぶつかってしまった。
「すみません……」
すぐに謝って顔を上げると、目の前にいたのは聖哉だった。
その隣には夏子もいた。
聖哉は眉をひそめ、私と関わりたくないような顔で、身をひねって立ち去ろうとした。
そのとき、彼の目が私の手元にある薬袋を捉えた。
「晴美、お前……病院で何の診察を受けたんだ?」