あの夜を捧げて笑われたけど、私はMITに合格した

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あの夜を捧げて笑われたけど、私はMITに合格した

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高校の卒業ダンスパーティーの前日、イーサンに誘われて、私は初めてを捧げた。 彼の動きは荒くて、一晩中求められ続けた。 正直、痛みもあ...

Chương (1)

第1章

高校の卒業ダンスパーティーの前日、イーサンに誘われて、私は初めてを捧げた。 彼の動きは荒くて、一晩中求められ続けた。 正直、痛みもあったけど……それ以上に、心は甘い幸福感でいっぱいだった。 だって、私はずっとイーサンに片思いしてて――ようやく、その想いが叶ったんだ。 「卒業したら結婚しよう。ルチアーノ家を継いだら、お前をいちばん高貴な女にしてやる」 そう、彼は私の耳元で囁いた。 翌朝、イーサンは私を腕に抱きながら、私の養兄にふたりの関係を明かした。 私は照れながら彼の胸にもたれて、世界でいちばん幸せな女だって思ってた。 ……その時までは。 突然ふたりがイタリア語で話し始めて―― 養兄のルーカスが、からかうように言った。 「さすがヤング・ボス。初回からクラス一の美少女が自分からお誘いとは。 で?うちの義妹の味はどうだった?」 イーサンは気だるそうに返した。 「見た目は清純だけど、ベッドの上じゃとんでもなかったな」 周りから笑い声があがる。 「じゃあ、これからは妹って呼べばいい?それとも義姉さん?」 でもイーサンは眉をひそめた。 「義姉?それはない。チアリーダーのシルヴィアを狙ってるけど、テクに自信なくてな。だから先にシンシアで試しただけ。 俺がシンシアと寝たことは、シルヴィアには絶対言うなよ。あいつ、気分を害しそうだからさ」 ……だけど、彼らは知らなかった。 私は、ずっと彼のそばにいるために、こっそりイタリア語を勉強してたことを。 全部、聞こえてた。 私は何も言わなかった。ただ、静かに心の中で決めただけ。 大学の進学先―― カリフォルニア工科大学から、マサチューセッツ工科大学に、志望を変えることを。 第1話 高校の卒業ダンスパーティーの前日、イーサンに誘われて、私は初めてを捧げた。 彼の動きは荒くて、一晩中求められ続けた。 正直、痛みもあったけど……それ以上に、心は甘い幸福感でいっぱいだった。 だって、私はずっとイーサンに片思いしてて――ようやく、その想いが叶ったんだ。 「卒業したら結婚しよう。ルチアーノ家を継いだら、お前をいちばん高貴な女にしてやる」 そう、彼は私の耳元で囁いた。 翌朝、イーサンは私を腕に抱きながら、私の養兄にふたりの関係を明かした。 私は照れながら彼の胸にもたれて、世界でいちばん幸せな女だって思ってた。 ……その時までは。 突然ふたりがイタリア語で話し始めて―― 養兄のルーカスが、からかうように言った。 「さすがヤング・ボス。初回からクラス一の美少女が自分からお誘いとは。 で?うちの義妹の味はどうだった?」 イーサンは気だるそうに返した。 「見た目は清純だけど、ベッドの上じゃとんでもなかったな」 周りから笑い声があがる。 「じゃあ、これからは妹って呼べばいい?それとも義姉さん?」 でもイーサンは眉をひそめた。 「義姉?それはない。チアリーダーのシルヴィアを狙ってるけど、テクに自信なくてな。だから先にシンシアで試しただけ。 俺がシンシアと寝たことは、シルヴィアには絶対言うなよ。あいつ、気分を害しそうだからさ」 ――その言葉を聞いた瞬間、私はその場に立ち尽くしてしまった。胸の奥がギュッと引き裂かれるように痛んだ。 ルーカスも一瞬驚いた表情を見せたけれど、すぐに他の男たちと一緒に笑い出した。 「やっぱりイーサンだな。練習台にするのが、みんなの憧れだった女の子とか、さすがすぎる。 シンシアのことを好きだった連中、これ聞いたらどれだけ落ち込むだろうな」 イーサンは鼻で笑った。 「シンシアみたいに軽い子、わざわざ口説く必要なんかないだろ。指一本動かせばベッドに飛び込んできたよ」 「まあ、あいつのスタイルは悪くなかったけどな。惜しむらくは――あの学校一の美少女に比べたら、胸がちょっとな」 「そんなに見てたってことは、お前シンシアが好きなんじゃないのか?まさかシルヴィアまで?」 イーサンが目を細めて、鋭くルーカスを見つめた。彼は慌てて両手を振って否定した。 「そんなわけないだろ。シンシアは俺の義妹だぞ?好きになるはずがない。ましてやシルヴィアなんて、お前が好きな子だろ。俺が手を出すわけない」 「でも意外だったよな。シンシア、普段は清楚ぶってるけど、実は黙ってやるタイプだったとはな」 イーサンがくつくつと笑う。 「ずっと俺の後ろを追いかけてきたし、ようやく夢が叶ったんじゃないか?まあ、あとで俺がシルヴィアと付き合うようになっても落ち込まないように、今のうちに一回やっておいてやったって感じ」 まるで頭を鈍器で殴られたみたいに、私はその場で完全に思考が止まった。 ……信じられない。理解が追いつかない。 ただ、顔を見られないように、そっと俯いて表情を隠すしかなかった。 誰も知らない――私がいつかイーサンの妻になるために、密かにイタリア語を勉強していたことなんて。 だから、彼らの一言一句、すべて……ちゃんと聞こえていた。 それなのに、イーサンはまだ私を抱き寄せて、途中で鼻先を頬にすり寄せてきた。 ……もし、私がイタリア語を知らなければ。 きっと「イーサンは私を愛してくれている」って、素直に信じてたと思う。 でも私は、知ってしまった。 すべての嘘と、裏切りと―― 感情が堰を切りそうになったその瞬間、私は勢いよく立ち上がって、「トイレに行ってくる」とだけ言ってその場を逃げ出した。 階段を駆け下りるようにして、近くのトイレに飛び込み、個室に入ると……そのままマットに座り込んで、流水音に紛れて、私はようやく声を上げて泣いた。 イーサンの言葉が、ずっと頭の中を反芻している。 ――信じられない。 昨日あんなに執拗に私を求めてきた男が、どうして……こんなことを言えるの? あの熱を帯びたまなざしも、肌を這う手も、耳元で囁かれた甘い言葉も……全部、嘘だったの? 「卒業したら、お前を娶る」 そう言っていたのに。 息がかかるほど近くで、あんなに優しく、でも激しく、何度も何度も―― 最後は私の体力が尽きて、息もできないほどだったのに、それでも彼は私を離そうとしなかった。 ……その時、スマホが震えて、思考が現実に引き戻された。 画面には、イーサンからのメッセージ。 【どこ行った? 夜、ちょっと大事な用事あるから、卒業パーティーは一緒に行けない。 まぁ、あんなの大したことないし、今日は家でゆっくりしてな。 それより昨日のことだけど、ちゃんと緊急避妊薬飲んどいて。昨日、ちょっと興奮しすぎてコンドームつけ忘れた。 絶対忘れんなよ、心配かけんな】 昨日のことを思い出す。 終わったあと、彼は私を抱きしめながら、嬉しそうに「お前はもう俺のものだな」って囁いた。 コンドームは――つけてなかった。 シャワーを浴びた時、彼の中身がそのまま流れ出してきた。 でも、不思議と責める気にはならなかった。 むしろ、そんな彼の「忘れっぽさ」さえ、愛しくて。 私の心は、ふんわりとした甘さに包まれていた。 けれど―― 今、この瞬間、すべてが嘘だったと気づいてしまった。 忘れた?そんなの嘘。 イーサンは、初めからつけるつもりなんてなかったんだ。 全部……最初から計算づくだった。 私を利用して、欺いて――それを当然のように振る舞っていた。 気づいた瞬間、自分の中の何かが崩れ落ちた。 勝手に頭の中で想像してしまう。 ……相手がシルヴィアだったとしても、同じように「忘れた」なんて言って、避妊しなかったのか―― ……いや、絶対に、そんなことしない。 私だけが、軽く見られてたんだ。 涙をぬぐって、呼吸を整える。 泣いていたことが誰にもばれないように、鏡で顔を確認して、深呼吸した。 そのまま薬局に行って、緊急避妊薬を買って、飲み下す。 帰宅後、静かにベッドに横たわって、これまでのことを思い返した。 ――イーサンを好きになってから、もう十年。 私たちは十年前に隣同士になって、彼の父親がマフィアのボスだってこともあって、近所の子たちは誰も近づこうとしなかった。 ……でも、私は違った。 怖がるどころか、自分から彼に近づいていった。 「俺に友達なんかいらねえよ」 そんな口ぶりだったけれど、本当はうれしそうだった。 だから私は、彼の背中をずっと追いかけ続けた。 気づけば、十年も経っていた。 そんな思い出を抱えたまま、眠りに落ちた。 ――目が覚めたのは、夕方。 ぼんやりした意識を引き戻したのは、アヴァからの電話だった。 「ちょっとシンシア!卒業パーティー来なかったの!?あれって人生で一度きりなんだよ!? しかもイーサンの相手……シルヴィアだったよ!?あんたを誘うって言ってたのに! しかもね、なんと……ふたり、会場でキスしてたんだよ!人前でだよ!他の子たち、普通に盛り上がっちゃってさ…… え、待って?みんなイーサンがあんたの彼氏って知らないの!?」 第2話 アヴァがスマホのカメラを向けた先には、イーサンがいた。 舞台のど真ん中で、シルヴィアと――まるで周囲の目なんて存在しないかのように、深く、激しくキスをしていた。 イーサンの目は閉じていて、動きも表情も……どこをどう見ても、心から夢中になっていた。 ……その瞬間、ようやく思い出した。 昨日、私たちが身体を重ねたとき―― イーサンは一度もキスしてくれなかった。 あのとき、私は思わず唇を求めたのに、彼はサッと顔を背けた。 「……ごめん、キスって好きじゃないんだ。口の中とか……なんか気持ち悪くて」 その言葉を、私は信じていた。 だけど今、この光景を見て……すべてが、ただの嘘だったんだと分かった。 キスが嫌なんじゃない。私とするのが嫌だっただけ。 スマホの画面越しに見える、イーサンとシルヴィアのキス―― それは、まるで心臓に何千本もの針を突き刺されるような感覚だった。 息ができないほどの痛みが、全身を締めつけてくる。 ついさっきまで、養兄のルーカスに「シルヴィアを狙ってる」って話してたばかりのくせに。 同日の夜にはもう、あんなふうに人前でキスしてるなんて―― さすがイーサン。昔から欲しいものは全部手に入れるタイプだった。 パーティーが正式に始まると、イーサンは迷うことなくシルヴィアに手を差し出し、最初の一曲を一緒に踊り始めた。 ふたりは優雅に舞い、まるで映画のワンシーンみたいだった。 誰もが「お似合い」と口にする中で、私だけが泣いていた。 そのダンスが終わったあと―― ふたりは額を寄せ合い、静かに唇が近づいて…… 観客たちの「キス!キス!」という声に押されるように、ふたりはもう一度キスした。 その瞬間、もう涙は止まらなかった。 痛くて、苦しくて、どうしようもなくて。 何度も涙をぬぐったのに、気づけば目がヒリついて、もう涙すら出てこない。 そんな私に、アヴァがそっと言った。 「シンシア……辛いよね。でも、見せたのはあなたに目を覚ましてほしかったから。 もうイーサンの後ろをついていくのはやめて。あんな奴、あんたの気持ちに値しないよ。もっと自分の人生を生きなきゃ」 声を出そうとしたけど、喉がひどく乾いていて、まともに話せなかった。 絞り出した声は、かすれていた。 「……うん、わかった」 自分でもわかっていた。 ずっとイーサンの嘘に気づかないふりをして、好きでいることにしがみついてただけ。 ――でも、あの人は最初から、私なんて愛してなかった。 「アイツは最低の男だよ!」 アヴァの声が怒りに震えていた。 「ずっとシンシアが好きだって知ってたくせに、好意だけ利用してさ、でも『知らないふり』してキープし続けてたんだよ? ほら、今だって……あっさり他の女と付き合ってるじゃん」 そう……みんな、最初から見抜いてたんだ。 なのに、気づかなかったのは――私だけ。 イーサンも私を好きだと信じて、勝手に夢見て、抜け出せなかった。 「もう大丈夫、アヴァ。私は……もうイーサンを追いかけたりしない。 もう二度と、あんな人のために自分を犠牲にしない。 それに……カリフォルニア工科大の願書、取り下げた。これからは、自分が本当に行きたかった、マサチューセッツ工科大を目指す」 迷いが戻らないうちに、私はパソコンを開いて、カリフォルニア工科大への出願を即座に撤回。 その勢いのまま、マサチューセッツ工科大に志願書を提出した。 アヴァは大喜びだった。 「やっと本気出してくれた!」って。 ……彼女はずっと言ってたんだ。 「シンシアの才能なら、MITこそふさわしい」って。 でも、イーサンの成績ではMITは無理だった。 だから彼は、自分に合わせて私にも同じ大学を選んでほしいって言った。 私は、それを彼からの「特別」だと勘違いしてた。 ……バカみたい。 あれはただ、私を手放したくなかっただけ。 便利な存在を、そばに置いておきたかっただけ。 でも、もう彼にはシルヴィアがいる。 そんな今となって、まだ彼と同じ大学に通おうなんて思えるほど、自分を卑下するような生き方はしたくない。 もし、それでもなお未練がましく彼を追いかけるような真似をしたら―― そんな自分を、私はきっと許せない。 だから……もう、やめる。 彼とは違う道を行く。 私は、もうイーサンを追いかけない。 これからは―― 私自身の夢を追いかける。 第3話 アヴァからの電話を切って、来てくれるって言葉もやんわり断った。 けれど、昨夜の記憶が頭の中からどうしても消えてくれない。 強く抱きしめられたときの、あの腕のぬくもり。 興奮した彼の吐息が耳元にかかって、くすぐったくて熱かったこと。 囁かれる甘い言葉と、何度も軋むベッドの音―― あの夜のすべてが、いまも鮮明によみがえる。 首をぶんぶんと振って、記憶を振り払おうとした。 毛布にくるまって、身体を丸める。 思い出すのは、かつて優しかったイーサンと、今日の冷酷なイーサン。 その差が大きすぎて、心がついていかない。 夜が明ける頃、ようやく少しだけ眠りについた。 ――その間、イーサンからの連絡は一通もなかった。 昔、一度だけ私が酔って連絡が取れなくなったとき、彼は半狂乱になって探してくれた。 それ以来、彼は毎晩「おやすみ」をくれるようになった。 それが習慣になっていた。 けど、習慣なんて……一晩で、いとも簡単に壊れてしまうんだ。 でも、それでいいのかもしれない。 どうせいつか、こんな日が来ると分かっていたから。 本当は、怒りをぶつけたいと思った。 名誉もなにも気にせず、あの男をボロボロにしてやりたいと思った。 ……だけど、家の商売は、イーサンの父親に大きく関わっている。 感情のままに突っ走ることなんて、できない。 我慢して、少しずつ距離を取る。 それが、私たちの終わり方としては、一番穏やかなんだと思った。 ――翌朝、ぼんやりとした意識の中で、誰かに抱きしめられているのを感じた。 その腕は、あたたかくて、しっかりしていて―― 目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、見慣れた喉元のラインだった。 イーサンだった。 そうだ。彼はうちの家の玄関パスコードを知っている。 家に入ってくるとき、両親も、家政婦も誰ひとりとして彼を止めたりしない。 私が目を覚ましたのを見て、イーサンは小さく笑った。 その声が、すぐ耳元でくすぐるように響いた。 イーサンは、わざと私の耳にふっと息を吹きかけた。 くすぐったくて、思わず彼を押しのけ、ベッドの隅まで逃げた。 すぐに追いかけてきた彼が、背後から腕を回してくる。 「どうした?欲しくないのか? 昨日の気持ちよさ、もう一度味わいたくないのか?」 囁くような声が、耳元で甘く響く。 どう答えていいか分からなくて、私は唇を噛んだまま黙っていた。 すると、イーサンはふざけたように声を落とす。 「昨日、『おやすみ』のひとこともなかったよね。そんなの、俺が心配するに決まってるだろ。 今回は許してあげる。でも……罰は受けてもらわないと。たとえば、口でしてもらうとか」 一気に背筋が凍った。 必死に彼の腕を振りほどこうとする。 ――どうして。 どうして、シルヴィアがいるのに、私に触れようとするの? そんな気持ちがぐるぐると渦を巻く中で、イーサンの顔にも苛立ちが見え始めた。 「なに怒ってんだよ?昨日、パーティーで一緒に踊らなかったから?それで拗ねてんのか?」 私は何も答えなかった。 イーサンは、私が嫉妬していると勝手に勘違いしたらしい。 少し笑って、皮肉っぽく言う。 「どうせアヴァから聞いたんだろ? そんなに怒る?シルヴィア、相手いなかったんだよ。だからちょっと手助けしただけ。それで嫉妬?」 そのひとつひとつの言葉が、胸に刺さるようだった。 でも、言い返したところでどうにもならない。 彼との関係を完全に壊せない今の状況が、もどかしかった。 私は無言でベッドを下り、そのまま階段を降りていった。 リビングには、家政婦だけがいた。 イーサンもすぐに追いかけてきたけれど、明らかに表情が険しくなっていた。 ――こんなふうに彼に露骨な態度を取るのは、私にとっても珍しかった。 いつもなら、イーサンはもう冷戦モードに入っていただろう。 でも、今の彼はシルヴィアと順調で、機嫌がいいのかもしれない。 だからこそ、今日は珍しく根気強く私をなだめようとしてきた。 「……まあ、無理にとは言わないけどさ。とりあえず朝ごはん食べなよ。 うちのシェフのメープルパンケーキ、好きだったよな?」 そう言って、手に持っていたお皿を差し出してくる。 でも私はその皿を静かに押し戻し、テーブルの上にあった家政婦が用意したシリアルを手に取った。 イーサンの顔から笑みが消え、表情がこわばった。 次の瞬間、彼の口調は一変する。 「……お前、いったい何が気に食わないんだよ?」 私は静かにため息をついて、視線を合わせずに言った。 「何も……ただ、シルヴィアと一緒にいればいいじゃない」 イーサンは鼻で笑って、苛立ちを隠そうともしなかった。 「やっぱり、シルヴィアのことかよ。そんなに気に食わない?自分を何様だと思ってるわけ?たかが一晩寝ただけで、俺のこと縛れるとでも?」 声を荒らげたかと思うと、彼は手元のパンケーキの皿を勢いよく床に叩きつけた。 ガシャッという音が響いて、私はびくっと肩を震わせる。 思わず、涙がつーっと頬を伝って落ちた。 昨日の屈辱と今日の失望が、いっきに心の奥からあふれ出した。 イーサンは私が突然泣き出したことに驚いたようで、明らかに動揺していた。 「……ちょっと、泣くなよ。そんなに驚かせたか?」 私は震える肩を抱えて、身体をぎゅっと縮める。 何か言おうとしたのか、イーサンが少し身を乗り出したそのとき―― 彼のスマホが振動音を立てて鳴った。 彼は画面をちらっと見ただけで、すぐに表情を引き締める。 一瞬で態度が切り替わり、まるで私の存在がどうでもいいかのように立ち上がった。 「今、すごく大事な用がある。お前も少し落ち着けよ。 いつまでも、自分が世界の中心みたいに思うな」 第4話 イーサンが出ていって間もなく、シルヴィアがSNSを更新した。 【「食べたい」って言っただけなのに、翌朝にはテーブルに並んでた。こんなあからさまな優しさを、見せびらかさずにはいられない】 ――添えられていた写真には、私のダイニングテーブルに並んでいたのとまったく同じ、メープルシロップのパンケーキ。 そのパンケーキを、作ったのはイーサンの家のシェフ。 もともと彼はパンケーキなんて作らなかった。 でも、私が好きだって言ったから、イーサンがわざわざ教えさせたのだ。 そして、彼はかつてこう言っていた。 「このパンケーキは、お前のためだけに作らせた」――と。 私はスマホの画面をそっと閉じて、溢れそうな涙を静かにぬぐった。 視線を移すと、床では家政婦が、イーサンが投げつけたパンケーキの破片を懸命に掃除していた。 メープルシロップが絨毯に染み込み、何をしても取れないようだった。 「もう、いいのよ、片付けなくていい。そのまま捨ててください」 その絨毯は、以前イーサンがプレゼントしてくれたものだった。 でも、もう――いらなかった。 それをきっかけに、私は部屋中を見渡した。 イーサンからもらったもの。 指輪も、香水も、クッションも――全部。 ひとつ残らずまとめて、箱に詰めて、全部捨てた。 パンケーキも、あの言葉も、プレゼントも―― 結局どれも、彼の気まぐれで投げ与えられた、どうでもいい「もの」にすぎなかった。 その日から、イーサンからの連絡は一切なかった。 以前なら、冷戦が始まっても、いつも先に折れて連絡するのは私だった。 けど、今回は違う。 私は、彼のSNSをブロックし、電話番号も着信拒否にした。 家のパスコードも変更して、家政婦には「もうイーサンを中に入れないで」とはっきり伝えた。 ちょうどその頃、アヴァから「気分転換しない?」と聞かれた。 私は出張中の両親に電話をかけて、「アヴァと一緒に北極に行って、オーロラを見に行く」と伝えた。 夏休みが終わるまでそのまま滞在して、そこから直接大学に行くつもりだった。 ――そうすれば、イーサンと再会する可能性は限りなくゼロになる。 スーツケースを引いて玄関を出たそのとき、ちょうどイーサンの母親と鉢合わせた。 彼女はいつも私にとても優しくしてくれていた。 だから、私とイーサンがすでに絶縁状態だということは、まだ知らない。 私は笑顔を作って、丁寧に挨拶した。 すると、彼女は私がスーツケースを引いていることに、まったく驚いた様子もなく聞いてきた。 「え?ひとり?イーサンは一緒じゃないの?迎えに来てくれるって言ってたけど。 あなたたち、若いうちにたくさん旅行しておいたほうがいいわよ。今回のスイス旅行、イーサンがあなたを連れていくって言ってたから、私すごく応援してたの」 私は表情を崩さずに相槌を打ったけれど、心の中には疑問が渦巻いていた。 確かに――以前、私たちは「いつか一緒にスイスに行こう」と話していたことがある。 でも、イーサンは「遠すぎてめんどくさい」と、結局あの時は流された。 なのに、今さら……? 今の私たちの関係で、どうやって一緒に旅行なんて行けるの? その疑問の答えは、思ったよりも早く、目の前に現れた。 空港で――イーサンと鉢合わせた。 彼の隣には、シルヴィアがいた。 彼は当然のようにシルヴィアの荷物を持っていて、まるで恋人に尽くすように、気遣いながら並んで歩いていた。 ふと、昔のことを思い出す。 私が疲れて「バッグ、持ってくれない?」と頼んだとき―― イーサンは「自分のことは自分でやれ」と言い放った。 「お前のバッグ、男っぽさがないから嫌だ」 そう言って、絶対に背負ってくれなかった。 ――なるほど。 大切に思う相手には、そういうことを気にせずできるんだ。 私は深く息を吸って、静かに頭を振った。 イーサンのことを頭から追い出そうと、何度も深呼吸した。 アヴァは少し早めに空港に着いていて、すでに搭乗ゲートで待ってくれていた。 でも、保安検査に向かう通路は同じ方向。 私はイーサンに気づかれないように、少し距離を取って彼らの後ろを歩いた。 ……イーサンは、どこか上の空だった。 スマホをいじりながら、ずっと何かを操作していて、何度も発信しようとしては失敗していた。 隣でシルヴィアが何か話しかけても、気づいていない様子だった。 搭乗ゲートに到着すると、彼らはそのまま先へと歩き去っていった。 私はそこでアヴァと合流―― その瞬間、スマホが突然鳴った。表示されたのは、見知らぬ番号。 怪訝に思いながら出ると、受話口の向こうから怒気を含んだ声が聞こえてきた。 「……シンシア、何日も連絡ないのはいいとして、なんで俺をブロックしてんの? お前、そんなに短気だったっけ? そのまま一生ブロックしてみろよ。どうせ大学行っても俺がいなきゃ誰にも相手にされないんだぞ」 明らかに、イーサンの声だった。 怒りを押し殺しているようなトーンに、いつもの「俺様」な威圧感が混じっていた。 だけど、私は口を閉ざした。 ……「もう大学変えた」なんて、言えるはずがない。 「……もういい。今から搭乗だから。さっさとブロック解除しとけよ。俺、これから海外行くんだ。数日間は連絡できないから」 イーサンの勝手な言い草に、思わず罵声を吐きそうになったけど―― 私は無言で電話を切った。 ふと目をやると、少し離れた場所でイーサンが怒りに任せてスマホを振り回し、まるで他人の端末をぶん投げそうな勢いだった。 私はアヴァの手をぎゅっと握り、何も言わず、そのまま搭乗口へ向かって歩き出した。