Đang tải thông tin quảng bá...
婚約者に内緒で中絶して別の人と結婚したら、彼は狂った
私は、まだ三ヶ月にも満たない命を、自らの手で終わらせた。 けれど、婚約者はそのことを何も知らない。 彼は今、忘れられない初恋の女性と情...
Chương (1)
第1章
私は、まだ三ヶ月にも満たない命を、自らの手で終わらせた。
けれど、婚約者はそのことを何も知らない。
彼は今、忘れられない初恋の女性と情熱を再燃させている真っ最中だった。
「彼女に帰ってきたって感じさせたいんだ」
そう言って、私たちの寝室だった主寝室を、何のためらいもなく彼女に明け渡した。
さらには——
本来、私と彼の婚約披露宴として準備していた席を、彼女の歓迎パーティーに変えてしまった。
招かれた親戚や知人たちの前で、私はただの笑い者になった。
私は静かに婚約ドレスの裾を切り落とし、そして、見合い相手との結婚を受け入れた。
第1話
姉から、お見合い相手の写真が送られてきた。
私は数秒だけ眺めてから、すぐに画面を閉じた。
「いいよ。先に段取りしてくれる?ただ、三日だけ時間が欲しいの」
そう返信した。
三日——
それだけあれば、この場所ときれいに決別するには十分だった。
私たちの婚約披露宴は、結局、香月澪奈(こうづきれいな)の歓迎会にすり替えられた。
もうこの家にいる理由なんて、どこにもない。
ただの笑い者になるために居続けるつもりはなかった。
切り裂いた婚約ドレスをゴミ袋に詰め込み、私は実家に戻る準備をした。
けれど、それすらも許してくれない人がいた。
「紗月さん、ほんとごめんなさい。婚約の準備でお忙しいところを……でも、どうしても今日がいいって凌翔が言い出して。歓迎会なんて断れないじゃない?怒らないでね?」
澪奈がにこにこと笑いながら、わざとらしく首元を傾けた。
その首筋には、わざと見せるように、はっきりとキスマークが残っていた。
またか。
彼女は私の嫉妬を煽って、醜く取り乱す様子を楽しむのが常だった。
でも、今回は違う。私は、もう何も感じなかった。
「うん、別に気にしてないから」
そう答えると、彼女の顔から一瞬で笑みが消えた。
用意していた言葉がすべて喉に詰まったようだった。
私はバッグを持って、何も言わず家に帰った。
だが、帰宅してすぐ、激しい痛みに顔が真っ青になる。
やはり、身体はまだ回復していなかった。
一週間前のこと。
私がどれだけ反対しても、神原凌翔(かんばらりょうしょう)は澪奈を家に迎え入れた。
「出てってやる」と脅しても、結局彼女はこの家に住みついた。
その時、私ははっきりと理解した。
この人にとって、誰も——私ですら——彼女には敵わないのだと。
翌日、私はひとりで病院へ行き、中絶手術を受けた。
ソファに倒れ込んだまま、痛みに耐えながら鎮痛剤を探す。
薬を飲み込んだ、その瞬間——
玄関が開き、凌翔が帰ってきた。
彼はソファで丸くなる私に気づかぬまま、コートを投げ渡してきた。
「ただいま」
いつものように、それを受け取ってハンガーに掛ける私を想定していたのだろう。
けれど、私は一歩も動かなかった。
すると、彼の表情が曇る。
「今日の会が急に変更になったのは分かってるけど……そんな露骨に態度に出すなよ。
途中で帰るとか、澪奈が気まずい思いするだろ?」
私たちの婚約披露宴を勝手に変更したのは、彼のほうなのに。
私の屈辱は、彼にはまったく見えていない。
黙っている私に苛立ったのか、彼が腕を掴もうと近づいてきた。
だがその時、私が顔を歪め、腹を押さえているのを見て、足が止まる。
「大丈夫か?」
「胃がちょっと痛いだけ」
私は適当にごまかした。
彼は眉をひそめながらも、テーブルに袋を置いた。
「体調悪いなら仕方ない。これ、君に買ってきた。さっきの会の件の埋め合わせってことで。温めて食べてくれ」
それは、彼なりのごめんねの表現だった。
私たちはこれまで、喧嘩するたびにこうやって仲直りしてきた。
けれど、私はその袋を持って、無言で台所へ向かった。
確かに、今日はろくに食べていなかった。
でも、袋の中身を見た瞬間、胃の奥がまた痛んだ。
中に入っていたのは——宴会の残り物。
しかも料理の中には、歓迎会の装飾用のリボンまで紛れていた。
私は無言で袋ごとゴミ箱に捨てた。
戻ると、彼はソファに腰掛けてスマホの画面を見て笑っていた。
その画面には——
今日の宴会で、彼と澪奈が熱く抱き合い、皆が茶化す中で笑い合う映像が映っていた。
ソファも彼に取られた今、私はスマホを持って寝室へ向かった。
ちょうどその時、姉から電話がかかってきた。
「紗月、全部手配しておいたわ。ようやく決心がついたのね。やっぱり凌翔なんて信用できないと思ってたのよ。
昔、あの女のことで鬱になって、死にかけたのは彼の方でしょ。そんな男、他の誰かを本気で愛せるわけないでしょ?」
たしかに。
澪奈は、彼が三年間付き合い、結婚まで約束していた本物の初恋だった。
私はというと、両親が事故で亡くなった後、神原家に預けられた居候に過ぎない。
彼女が突然国外へ行って消息を絶ったから、たまたま私が彼の傍にいた、それだけのことだった。
「だから、もう終わりにするの。私は、彼のもとを離れるよ」
そう口に出したとき、不思議と心は穏やかだった。
「紗月、本当にバカね……身体が弱いのに、あんな奴のせいで子どもまで失って」
「もう大丈夫だよ。終わったことだから」
私は話題を変えた。
「ねえ、私のこと気にしてくれるのはありがたいけど……流産のこと、紹介された人、本当に気にしてないの?」
すると姉は明るい声になった。
「心配しないで!一切気にしてないって言ってたわ。むしろね……」
姉は電話口で、彼のお人柄がどれだけ素晴らしいか、熱弁し始めた。
「話を聞いてると、なんか私までワクワクしてきちゃった。この結婚、ちょっと楽しみかもね」
私が苦笑しながら口にしたその時——
背後から、凌翔の低い声が響いた。
「結婚?何の話だ?」
第2話
胸の奥が一瞬ざわついた。
彼がどこまで聞いていたのかは分からない。
けれど、もう出ていくと決めたのなら——
十五年もの間、この家に置いてもらった恩に対して、一言くらいは言うべきなのかもしれない。
私は画面を閉じ、表情を整えて口を開いた。
「私……」
言いかけたその時、リビングで彼のスマホが鳴った。
彼は「悪い」とだけ言って、電話に出るため部屋を出て行った。
中途半端に止まった私の言葉も、もう必要なかった。
そのまま彼はコートを手に、足早に家を出て行った。
私はスマホを取り出し、航空券を予約する。
そのあと、叔母に結婚の報告とお別れの連絡を送った。
まさか、叔母がそのまま家に飛んできてくれるとは思わなかった。
玄関を開けるなり、彼女は力いっぱい私を抱きしめた。
「紗月!結婚するって、なんで三日前になってやっと知らせるの?凌翔からも何も聞いてないし!」
叔母は仕事柄、一緒に暮らすことはできなかったけれど、毎週末には私を自宅に呼んでくれていた。
神原家の中で、私が一番心を許していたのはこの人だった。
叔母はずっと、私と凌翔は幼なじみで、いつか必ず結ばれる運命だと信じていた。
私は微笑んで首を振った。
「違うよ、叔母さん。私の結婚相手は、凌翔じゃないの」
叔母は目を丸くした。
「えっ、どういうこと?」
「もう疲れちゃったから、ちょっと環境を変えようと思って」
私はあくまであっさりと答えた。
叔母はそれ以上何も聞かず、そのまま部屋に入って私の服をまとめ始めた。
「今夜はうちに来なさい。あなたの好きなラーメン、作ってあげる」
私は素直に頷いた。
荷物を持ってエレベーターで降りたときだった。
ちょうど凌翔と澪奈が帰ってきたところに鉢合わせた。
澪奈は細い腕で凌翔の首に絡みつき、甘えるようにキスをして言った。
「凌翔〜、頭が痛いの……今夜は一緒にいてくれる?」
凌翔は優しく彼女の髪を撫で、囁くように答えた。
「もちろん。俺が特製のスープ作るから、心配しないで。今夜はそばにいるよ」
その優しさは、かつて私だけに向けられていたものだった。
彼が会社を立ち上げたばかりの頃、胃が弱くてお酒が飲めなかった。
私は代わりに酒を飲み、商談に付き合った。
酔いつぶれた私を、彼は毎回抱きしめて心配そうに泣きそうな顔をして、一晩中看病してくれた。
けれど今、彼が気にかけているのは、澪奈だった。
二人がいちゃつく姿をよそに、私は通り過ぎようとした。
だが、彼が私に気づき、声をかけた。
「ちょうどよかった。今日一晩だけ外に出てくれないか?澪奈が酔ってて、君の顔見ると気まずくなるから」
私は「分かった」と言おうとした。
その瞬間、後ろから出てきた叔母がピシャリと返す。
「出て行く必要なんてないわ。紗月は今夜、うちに泊まるの」
凌翔は、叔母がいるとは思わなかったのか、澪奈の腕を慌てて引きはがし、姿勢を正した。
「叔母さん。彼女が酔ってて外に置いて帰るわけにはいかなくて。紗月の迷惑にならないようにって」
叔母の顔はみるみる険しくなり、彼らを押しのけて私の手を引いた。
そのまま叔母の家に到着し、私はようやく落ち着いた。
叔母は黙って、私のためにラーメンを作ってくれた。
その温かさに、心も身体も少し癒やされ、私は久々にぐっすり眠った。
だが、深夜。
澪奈から、スマホに一枚の写真が届いた。
彼女は私のキャミソールを身にまとい、その胸元に、凌翔が気持ちよさそうに眠っていた。
続いてメッセージが届いた。
【紗月さん、凌翔が私を看病してるうちに寝ちゃって……気にしないでね】
【もし気になるようなら、すぐに起こすけど?】
くだらない。
私は「気にしてないから、ゆっくり寝かせてあげて」とだけ返し、スマホを無音モードにした。
翌朝、会社に辞表を提出した。
午前中は引き継ぎ業務でバタバタし、ようやく一息つこうと給湯室へ行ったとき——ふと、同僚たちのグループチャットが目に入った。
【みんなSNSを見た?神原さん、本当に香月さんのこと好きなんだね〜】
【神原さん、ついに彼女できたって感じ!前の子は可哀想だけど】
【どうせ神原家に居候してた孤児でしょ?優しさで妹みたいに扱ってただけじゃん。初恋には敵わないよね〜】
コップからお湯があふれ、指にかかった熱さに我に返る。
凌翔とは十年を共に過ごし、五年間恋人として付き合ってきた。
それなのに、周りの人たちは誰一人として私たちの関係を知らず——
私のことを、ただの「神原家に居候している、片思いの哀れな女の子」だと思っていた。
彼が、「目立ちたくないから」って言っていたから。
でも——
澪奈が戻ってきた途端、彼は何もかもを大っぴらにした。
まるで、全世界に自慢したいかのように。
愛してない。それが答えだった。
私はSNSを開き、澪奈の投稿を目にした。
【この指輪、すごく貴重なんだって。永遠の愛の証……今年、あなたがいてくれて本当によかった】
その写真には、凌翔が片膝をつき、澪奈の薬指に指輪をはめている姿が写っていた。
それは——
私が半年かけてデザインし、特注で作った婚約指輪だった。
彼はその投稿をリポストし、コメント欄には祝福の声が溢れていた。
私は、何の感情もなく、その投稿に「いいね」を押した。
すると、すぐに彼から電話がかかってきた。
第3話
凌翔は、どこか探るような口調で言った。
「紗月、誤解しないでくれよ。ただ……澪奈に誕生日プレゼントを用意できてなくて。あとで君にはもっといいものを買ってあげるから」
「うん、分かってる。再利用ってやつでしょ」
どうせ、私はもうすぐ別の人と結婚する身。
この指輪を持っていたところで、不快なだけだ。
凌翔は安堵の息をついた。
それから改まった声で訊いてきた。
「辞表、見たよ。急に辞めるなんて、どうしたんだ?」
つまり、ずっと前から知っていたのに、今まで無視していただけだった。
私は淡々と答えた。
「疲れたの。少し休みたいだけ」
彼はすぐに納得したように頷き、こう続けた。
「それならちょうどいいじゃん。仕事辞めたなら、家でゆっくり安静にして、赤ちゃんのためにも身体を大事にしてよ。俺がちゃんと養うからさ。
あとで一緒にご飯食べよう」
思わず、もう何もいない下腹部に手を当てて——「うん」と答えてしまった。
荷物をまとめ、タクシーで家へ戻る。
料理なんてしないはずの凌翔が、ダイニングテーブルいっぱいに料理を並べていた。
ちらりと見れば、全部辛い料理。
私、胃炎持ちで、辛いものは一切食べられないのに。
つまり、これも私のためじゃないってこと。
凌翔は気づいてもいない様子で言った。
「今日、澪奈の誕生日なんだ。外のごはんが苦手だって言うから、俺が作ってみたんだ。一緒に食べよう」
「私、こういうの食べられないから。ふたりで食べて」
背を向けて部屋へ戻ろうとしたその時——
澪奈が、わざとらしく潤んだ瞳で口を開いた。
「凌翔さん、紗月さん、私のこと歓迎してないのかな。だったら、私、帰るね……」
凌翔の顔が一気に険しくなる。
「紗月、いい加減にしてくれないか?ちゃんと説明したよな?澪奈の誕生日だからって。それを俺が手作りでごはん用意して、一緒に食べようって言ってるだけなのに。
お前のその態度は何なんだよ」
私は真っすぐに彼の目を見て、冷静に返した。
「私、怒ってないよ。胃が悪いだけ」
あんたのために、無理して酒を飲んで営業回ったあの頃の後遺症だけどね。
でも、それを口にする気力すらなかった。
納得してくれると思ったのに、彼はさらに不機嫌になって、ケーキの一切れを手に取った。
「辛いのがダメなら、甘いのはいけるだろ?」
私が答える前に、澪奈がすかさず割って入る。
「紗月さんに、ただ誕生日の幸せを分けてあげたかっただけなのに。まさかこんなに怒られるなんて。神原家が十五年もあなたを引き取ってくれたんだし、せめてその恩情くらい……凌翔さんが困ってるの、分からないの?」
ああ、やっぱり。
凌翔は、自分より下だと思ってる私には、こうして誰に何を言われても許せるとでも思ってるんだ。
「十五年も面倒を見てやった」って、何度心の中で聞かされたことか。
でも——その分の恩なんて、とっくに返し終わってる。
私は口を開きかけた。
その瞬間——
ケーキの一口を無理やり、私の口に押し込まれた。
凌翔は、残りのケーキをゴミ箱に叩き込んで吐き捨てた。
「飯くらいまともに食えないのか。いちいち面倒くさい!」
私は仕方なくケーキを飲み込んだが——
すぐに異変に気づいた。
口の中に広がったのは、私がアレルギーを持っているマンゴーソースの味だった。
もう遅かった。
顔がみるみる赤くなり、呼吸が苦しくなっていく。
胸を押さえてしゃがみ込み、必死に空気を求めた。
「紗月、お前、どうし……」
凌翔が慌てて駆け寄ろうとしたその時——
澪奈が、わざとらしく咳き込みながら声を絞り出した。
「りょ……凌翔さん、助けて……紗月おさんが怒るから、緊張して喉に詰まっちゃったの……」
その声を聞いた瞬間、凌翔の目から焦りが消えた。
代わりに浮かんだのは、澪奈への心配と優しさ。
彼は迷わず澪奈を抱き上げ、私を見下ろして怒鳴った。
「紗月!ふざけるなよ!お前が騒ぐから、澪奈が詰まったんだ!もし何かあったら、どう責任取るつもりだ!」
私を責め立てるその目には、もはや一片の情もなかった。
彼は怒声を浴びせたまま、澪奈を抱えて部屋を飛び出していった。
ドアが閉まる直前、澪奈が私に向けて——勝ち誇ったように、確信に満ちた笑みを浮かべていた。
「ね、見たでしょ?二人のうち、選ばれるのはいつだって私なの」
部屋には静寂だけが残った。
私は痛みと息苦しさに耐えながら、震える指でスマホを取り出し、救急車を呼んだ。
次に目を開けた時——
凌翔が、私の病室の椅子に座っていた。
私が目を覚ましたのに気づくと、彼は手をぎゅっと握ってきた。
「紗月」
ちょうど看護師が回診に入ってきて、その声は遮られた。
彼は改めて、深刻そうな顔で訊いた。
「赤ちゃん、大丈夫か?」
第4話
私は首を横に振り、小さな声で答えた。
「大丈夫」
もうすぐここを離れるのだから、彼に知られる必要はない。
凌翔はようやく肩の力を抜いて、どこか申し訳なさそうに言った。
「紗月、ごめん。本当に知らなかったんだ。君がマンゴーアレルギーだなんて」
知ってたでしょう。
以前は、私の好みも体調も、何ひとつ忘れずにいてくれた。
ただ、今はもう——忘れたフリをしているだけ。
私は目を閉じ、何も答えなかった。
彼はしばらく病室にいたが、すぐに澪奈から呼び出されて、帰っていった。
私は点滴が終わったあと、自分で退院して帰宅した。
いよいよ、最後の日。
私は静かに荷物の整理を始めた。
クローゼットを開けると、そこには赤ちゃんのために少しずつ準備してきた服がきれいに並んでいた。
でも、もうその子はいない。
私はそれらすべてをダンボールに詰めた。
自分の服も、そして——
毎年誕生日になるたび、凌翔がくれたプレゼントも。
昔の私は、それを宝物のように大切にしていた。
でも今は——一切の迷いもなく、それらすべてをマンションのゴミ置き場に捨てた。
午後になって、凌翔が帰ってきた。
部屋を見渡し、驚いたように声を上げる。
「なんか、部屋、ずいぶん空っぽになってないか?赤ちゃんの服とか、どこにやった?あれ、俺があげたプレゼントも、全部ない?」
私は水を飲んでいた手を止め、平然と嘘をついた。
「湿気が多くて、カビが出たから、全部捨てた」
彼は顔をしかめ、少し苛立ちを滲ませた声で言った。
「俺のプレゼントまで?あれ、ずっと大事にしてたよな?」
最初の数年はね。
彼が丁寧に選んでくれたから、私も心から喜んでいた。
でも、澪奈が戻ってきてからは、彼女がいらなくなったものをついでに渡されるだけだった。
私はそっけなく「うん」とだけ返した。
彼は慌ててゴミ置き場に向かったが、すでに収集が終わっていた。
「十年以上集めたものなのに、何も言わずに捨てるなんて……」
モノには執着するんだ。
なら、私の流産のことや、他の男との結婚話を知ったら、どんな顔をするのかしら?
私は黙ったままだった。
彼はしばらく沈黙し、ふとため息をついた。
そして私の背後から、そっと抱きしめてきた。
「さっきは言い過ぎた。ごめん。全部捨ててもいいよ。また新しいの、買えばいいから」
残念だけど、もう次はない。
私は抱きしめる腕を振りほどこうとした。
けれど、彼の力は強くて、離れられなかった。
「最近、君が隣にいるのに、どこか遠くに感じて……なんか不安なんだ。まだ、俺のこと怒ってる?」
私は落ち着いた声で「怒ってない」と答えた。
彼は少し安心したように、優しく聞いてきた。
「紗月、何かしたいこと、ある?」
私は少しだけ迷ってから、口にした。
「一緒に、海を見に行きたい」
それは、ずっと胸の中にしまっていた、小さな夢だった。
彼は意外そうな顔をした。
「それだけ?本当に?」
「うん。それだけでいいの」
彼は驚いたまま、でもすぐに「分かった、行こう」と笑ってうなずいた。
ちょうどいい。
今日の夕方、海を見て、彼とすべてに終止符を打とう。
荷物をまとめ、海辺に向かった。
けれど——
到着した矢先、彼からのメッセージが届いた。
【ごめん、急に用事が入った。海は明日、必ず連れて行くから】
やっぱり、そうなると思った。
海辺の夕暮れはとても美しかった。
私はひとりで、波の音と沈む夕陽を静かに見つめた。
ライターで小さな火を灯し、ひとり言のように言った。
「誕生日、おめでとう、私」
そして、凌翔に最後のメッセージを送った。
【私たち、別れましょう】
送信ボタンを押したその瞬間、ふと——
病院の診断書、処分し忘れていたことを思い出した。
まぁ、いいか。もう、どうでもいい。
そこに、澪奈から電話がかかってきた。
今度は、もはや演技すらしない、あけすけな口調だった。
「やっと諦めた?でもそれ、まさか駆け引きのつもりじゃないよね?あんたみたいな女に、凌翔の心が戻るわけないでしょ?
今ね、彼は私のベッドで、気持ちよさそうに眠ってるの。さっきまでどれだけ私を求めてたか、あんたには想像もできないでしょ?」
そして、添付された写真には——
彼女のベッドで眠る凌翔の姿が、しっかりと収められていた。
澪奈は続けて声を荒げた。
「もしあんたさえいなかったら、凌翔はとっくに私と結婚してた!三年いなくても、愛されてるのは私なのよ!」
私は鼻で笑って答えた。
「そう。じゃあ、その腐った野菜、あげるよ」
その言葉を聞いた彼女は、明らかに逆上し、電話の向こうからは物を投げる音が聞こえてきた。
私はスマホを閉じ、海に向かってシャッターを押した。
夕暮れの波を背景に、最後の記念。
そのままキャリーケースを引いて、迷わず空港へ向かった。
搭乗直前、スマホが狂ったように鳴り出した——