人生は花火のように儚く散る

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人生は花火のように儚く散る

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結婚して三年目のある日、五十嵐小雪(いがらし こゆき)は自分の誕生日に、福山義堂(ふくやま ぎどう)が別の女を連れて彼らの夫婦の寝室に入...

Chương (1)

第1章

結婚して三年目のある日、五十嵐小雪(いがらし こゆき)は自分の誕生日に、福山義堂(ふくやま ぎどう)が別の女を連れて彼らの夫婦の寝室に入り、そこで共に夜を過ごすのをこの目で見た。 十年もの間愛し続けてきた男。その男が、皆の前で甘い言葉をささやき、愛情深い夫を装っている姿を見て、小雪の心はとうとう完全に冷え切った。 彼がかつて涙ぐみながら誓った言葉を、彼女は今でも覚えている。 「小雪、俺は一生君と一緒にいる。君が死なない限り、天の果て地の底まで君を探しに行く。ずっと一緒にいるって、約束する」 ──なら、私が死ねばいい。そうすれば、あなたはもう二度と私を見つけられない。 第1話 「五十嵐さん、ご購入いただいた『偽装死サービス』は七日後、柳川橋下の干潟にて実行されます。 当日はスタッフが現地であなたを救出し、衣服などを遺品としてご家族にお渡しします。 その後、ご遺族には死亡のご報告をいたします。ご確認のうえ、問題なければ準備を進めますが……」 「問題ないです」 五十嵐小雪(いがらし こゆき)は静かに頷き、送金を済ませた。 彼女は、福山義堂(ふくやま ぎどう)がかつて言った言葉を覚えている。 「小雪、俺は一生君と一緒にいる。君が死なない限り、天の果て地の底まで君を探しに行く。ずっと一緒にいるって、約束する」 ──なら、私が死ねばいい。そうすれば、あなたはもう二度と私を見つけられない。 手配を終えると、小雪はすぐにホテルへ向かった。 「福山様との結婚三周年のレセプション、ご予約をキャンセルなさいますか?」 彼女は芝生の上で結婚式を挙げている新郎新婦に目をやり、そして頷いた。「はい、お願いします」 「でもこの会場は福山様が三年前からご予約されていたもので、奥様のご希望だからと、特別に押さえていたのですよ。キャンセルされますと、次に予約が取れるのは来年になりますが……」 スタッフは困惑していた。 義堂が毎年欠かさずこの会場で記念日を祝っていたことを知っていたからだ。どうして今年に限って急に? 義堂と小雪といえば、誰もが認める睦まじい夫婦ではなかったのか? 「すみません、必要なくなったので」 「承知しました。それではキャンセルを承ります。料金の返金に関しては……」 「返金は結構です」 振り返ったとき、周囲からこんな声が聞こえた。 「わあ、なんて素敵な結婚式!私もここで式を挙げたい!」 「バカ言わないで、ここはめちゃくちゃ高いのよ?誰でも使える場所じゃないの!五十嵐小雪と福山義堂、知ってる?あの二人は結婚三周年、毎年ここで記念日を祝ってるんだって!」 「もちろん知ってる!福山社長、本当に奥さんのことを愛してるよね。私も生まれ変わったら、社長夫人になれるかな?」 「夢見すぎ!それに福山奥さんも福山様のことをすごく愛してるって。肝臓を提供したって噂よ?」 その言葉に、小雪の目がわずかに陰った。 この数年、義堂の演技は完璧だった。世界中が、彼が最も愛しているのは小雪だと信じて疑わなかった。 でも彼が何をしたか、彼女はすでに知っている。 やがて誰かが彼女に気づき、小さな歓声を上げた。 「あっ、あれ五十嵐小雪じゃない?来月が結婚記念日でしょ?たぶん下見に来たんだよ!」 「本当に仲が良い夫婦よね、ああいう両想いの愛って憧れる!」 その羨望の視線を浴びながら、小雪はかすかに唇を吊り上げ、冷笑を浮かべた。 仲が良い? 外から見れば、きっとそう見えるのだろう。 でも小雪だけは知っていた。その愛は、二年前にはすでに壊れていたことを。 義堂との十年、倦怠期を乗り越えて結婚した彼女は、ずっと信じていた。自分たちはきっと、最後まで共に歩いていけると。 あの日までは。 義堂が、ある若い女優と抱き合ってホテルへ消えていくのを目にするまでは。 その女優は今人気絶頂のスターで、若く、美しく、スタイルも抜群。 噂ではベッドの上の「演技」も一流だという。 長年付き合っている新鮮さが薄れた義堂は、新しい刺激を求め始めていた。その一方で、小雪だけが、何も変わらぬ場所に取り残されていた。 もう終わりだ。 腐りきった愛に、これ以上縋るつもりはなかった。 家に戻ると、宅配便が届いていた。 開封すると、中から出てきたのは、海外の有名な画家が描いた記念の肖像画だった。 義堂は毎年、記念日の前に彼女を国外へ連れて行き、その年の、記念の一枚を描かせていた。 包装紙を破って、中の絵を見た瞬間、小雪は笑った。 まるで相思相愛に見えるその二人の姿が、滑稽でならなかった。 彼女は無言でハサミを取り出し、自分の側だけを切り取り、丸めてゴミ箱に投げ捨てた。 そして、残った絵を丁寧に包み直して脇に置いた。 その夜、義堂が帰宅し、すぐに絵に気づいた。 「小雪、絵が届いたんだね?見せてくれる?」 小雪はそれを制した。「結婚記念日の日に見よう」 「わかった」 義堂は彼女の長い髪に顔を埋め、強く抱きしめた。 「君の言うことなら、何だって聞くよ。会えなかった一日が長すぎた、恋しかったよ……」 第2話 小雪はふと目を落とし、義堂の手首に見慣れない金色の腕時計があることに気づいた。 「あなた、金色って、成金っぽくてダサいって、嫌ってたじゃない?」 義堂の体が一瞬こわばり、彼はそっと彼女から腕を離した。 「いや、最近なんかカッコよく見えてさ。気まぐれで買ったんだ」 「そっか」 小雪は心の中で冷たく笑った。 義堂が金色を嫌っていたのは、決して気のせいではない。むしろ毛嫌いしていたと言ってもいい。 それなのに、今、金色の腕時計を着けている。 つまり、これはあの女が贈ったものだ。 「うん、思ったより悪くないよ」 「じゃあ、今から一緒にお店行かない?私からも新しいのをプレゼントしたい」 義堂は小雪を腕に抱き寄せながら、少し困ったように言った。 「やめとこうよ、小雪。ひとつあれば十分だよ。着けるところももうないし」 彼の手首を見た小雪の目に、時計の内側に刻まれた文字が映る。 【G&T】 義堂と松原玉枝(まつばら たまえ)、二人の名前の頭文字。 胸の奥がずきりと痛み、小雪は彼を押し返した。 「なんか……あなた、変なにおいがする。シャワー浴びてきて」 「え?におうかな?」 義堂は自分の服の匂いを嗅いでみた。「そんなことないけど……?」 もちろん、彼にその匂いがわかるはずもない。だが小雪の鼻は敏感だった。 他の女と情事を終えたばかりの身体についた、あの嫌な湿り気と匂い。 小雪は何も言わずに、ただ彼を見つめていた。 「わかったよ、シャワー浴びてくるね。ここで待っててくれないか?」 やがて、シャワーを終えた義堂が出てきた。 黒のバスローブに身を包み、濡れた髪をわずかに垂らし、照明に映るその姿は、まるで高貴な肖像画のように冷たく美しかった。 かつての小雪なら、この姿にまた心を奪われただろう。 けれど今は、ただ吐き気がするだけだった。 「小雪、寂しかった?会いたかった?」 ベッドに上がってきた彼が、唇を近づけようとしたとき、小雪はそっと顔をそむけた。 「疲れてるの」 「最近冷たいよね?俺のこと、もう欲しくないの?まさか外に男でもできた?」 その真剣な顔を見て、小雪は思わず感心した。 本当に見事な演技だ。 「じゃあ、あなたは?外に女はいないの?」 「誓うよ!俺が一番愛してるのは、小雪、君だけだ!」 義堂は真剣そのものの顔で断言した。その瞬間、彼のスマホが鳴った。 一度、鳴って止まった。そしてまた数回鳴り続けた。 小雪は冷静に目をやり、「出れば?」とだけ言った。 義堂はしぶしぶ立ち上がり、部屋の隅で電話に出る。 「何度言えばわかる?夜の十時過ぎに電話かけるなって言っただろ」 「今撮影終わったばかりなの!時代劇の衣装だよ?ねえ、会いたい。今、あなたの会社の前にいるの、来てよ?」 義堂はベッドの小雪に一瞥をくれ、少し迷った。 だが、今、彼の身体は欲していた。小雪は拒んでいる。 玉枝の強引な求愛を思い出し、義堂は誘惑に負けた。 「わかった、すぐ行く。待ってて」 通話を切ると、彼はクローゼットへ向かい、服を取り出した。 「こんな夜中に、出かけるの?」 小雪は、誰からの電話かすでに分かっていた。だが、それでもなお、彼が本当に出かけようとしているのが信じられなかった。 「うん、会社の緊急対応。ちょっと行ってくるよ。先に寝てて」 義堂は彼女にキスをして、さっさと立ち去ろうとする。 小雪はその腕を掴んだ。 「私も行く」 義堂は動揺した。「え?でも疲れてるって……先に休んでよ?」 「あなたが一人で頑張ってるの、見てられない。一緒に行く」 小雪は淡々と着替え始めた。 義堂にはもう、どうすることもできず、急いで社内チャットにメッセージを打った。 深夜にもかかわらず、役員全員を召集して会議を開くように。 彼らが会社に到着したときには、すでに会議室は幹部たちでいっぱいだった。 義堂は小雪を休憩室に案内し、申し訳なさそうに微笑んだ。 「ちょっとだけ待ってて、すぐ終わらせるから」 「ええ」 まさか、本当に会議を開くとは思っていなかった。 そこまで完璧に演じるとは。 第3話 休憩室でしばらく座っていた小雪は、急に眠気を感じ、灯りを消して少し目を閉じた。 すると、すぐ隣の給水機の方に数人の社員がやって来て、水を飲みながら話し始めた。 「いや……最近ほんとに美味しい仕事だよな」 「だよな。ちょっと会社に残業しに来るだけで、一人一回二万円の口止め料だぜ。福山社長、太っ腹になったもんだよ」 「けどさ、そこまでして小雪に隠し通す必要あるか?あの女優と浮気するなら、いっそ離婚すりゃいいのに」 「バカ言うなって。福山社長が言ってたんだ、五十嵐さんには絶対バレちゃいけないって。お前も余計なこと言うなよ。……金もらえてんだから、文句ある?俺なんてこの二年で結構稼いだぞ」 …… 数分の会話が終わると、彼らは笑いながらその場を去っていった。 部屋の暗がりの中、小雪はソファに座ったまま、身体全体が震えていた。 そうか。義堂が外に女を作っているのは、会社中が知っていたことだったのだ。 この二年間、知らなかったのは、自分だけ。 ゆっくりと立ち上がった小雪は、操り人形のように会議室の方へ向かって歩き出した。 中はすでに空っぽで、人の気配もない。 きっと彼らは、小雪がもう寝ていると思って油断し、そのまま全員帰ってしまったのだろう。 だが、プロジェクターはつけっぱなしで、室内灯もついたままだった。 義堂を探そうと思いかけたその時、プロジェクターから「通知音」が鳴り──大きなスクリーンに、スマホの画面が映し出された。 【どこ行ったの?早く戻って、まだ欲しいのに】 【そんなに欲しがって……さっきあげたばっかだろ。今トイレ、すぐ戻る】 【だって会いたいんだもん。寂しくて一秒も我慢できない。今度はブラジャーだけで見せてあげる】 【小悪魔め……小雪も寝たし、すぐ戻って君を天国に連れてってやるよ】 その一連のやり取りが、まるで刃物のように、彼女の視界へ突き刺さった。 画面に並ぶ猥雑な言葉。 吐き気がするほどの卑猥な言い回し。 十年愛してきた男が、こんなにも下劣で卑しいなんて──小雪は想像すらしていなかった。 彼の初めてを思い出した。 彼が彼女に初めて触れた夜、ただ唇を重ねただけで顔を真っ赤にし、服を脱がせるときは震えながら頬を撫でて、「小雪……俺、君を本当に愛してる。夢みたいだ、やっと君を抱けた」と言った。 そんな彼が、たった二年で、玉枝にこんなふうに堕ちた。 しかも、家では、今も変わらず「良き夫」を演じ続けていたのに。 怒りと絶望で胸が張り裂けそうだった。 小雪は拳を握りしめ、その指先が掌に深く食い込んでも、痛みすら感じなかった。 その足で彼のオフィスへ向かい、ブラインドの隙間から中を覗く。 そこには、現実とは思えない光景があった。 義堂と玉枝が、何も身につけず、身体を絡め合っていた。 書類も筆記具も何もかもが床に散乱し、彼らはそれを気にすることなく──貪るように愛を交わしていた。 一瞬、何も感じなかった。 だが、次の瞬間、込み上げる吐き気に襲われ、小雪はトイレに駆け込んだ。 何度も吐き、ようやく少しだけ気持ちが落ち着いた頃、洗面所の鏡に映る自分の顔は、血の気が引き、魂の抜けた人形のようだった。 戻ると、二人はすでに終わっていた。 義堂の髪は乱れ、顔は紅潮していた。 紛れもなく、情事の直後の男の顔。 そんな彼は、小雪の姿を見た瞬間、慌てふためいた。 「ど、どこ行ってたんだ!?探したよ、すごく心配したんだ!」 「心配?」 小雪は、彼の首筋にあるキスマークを見つけ、笑った。 「何が心配?……私がどこかで見てしまったら困るから、心配してるだけでしょ?」 義堂の顔色が変わった。 「何言ってるんだよ……見ちゃいけないものなんて、あるわけないだろ?会議終わって疲れただけだよ。早く寝よう?」 「さっきしたいって言ってたじゃない。あなたのオフィスで、続きしない?」 そう言って、小雪は義堂の腕を引っ張った。 「や、やめよう。今日は疲れてるし……明日、ね?明日ちゃんとしてやるよ」 まだ、演じるつもりか。 小雪は、思わず彼に平手を打ちたくなった。けれど、手は最後まで振り下ろせなかった。 胸に渦巻く痛みを押し殺し、彼女はゆっくりと頷いた。 「うん、じゃあ帰ろう」 もう、どうでもいい。 第4話 義堂は帰宅するなりシャワーを浴び、部屋着を持ってくるよう小雪に頼んだ。 ドアを開けると、鍛えられた義堂の上半身があらわになり、だがそれよりも、目に焼きついたのは、彼の身体に散らばる赤い痕だった。 それを隠すかのように、義堂は急かした。 「小雪、そこに置いてくれたらいいよ。もう出ていいから」 小雪は冷ややかに彼を一瞥し、まぶたを持ち上げて淡々と訊いた。 「その身体、どうしたの?」 「何でもないよ」 予想外に見られてしまい、義堂はわずかに動揺した。 「なんか……アレルギーかな。かゆいってほどでもないし……たぶん大丈夫」 話題を逸らすように彼は続けた。 「そうだ、小雪、明日は君の誕生日だよね。いろんな人を招待したから、今日はもう早く休んで?」 そういえば、明日が誕生日だった。 十年間、彼は毎年欠かさず彼女の誕生日にサプライズを用意してくれた。 年々豪華になるプレゼント。気持ちは確かに込められていた。 けれど、小雪が本当に欲しかったのは、そんな物ではなかった。 彼女は無言で浴室を出て、ベッドに戻り、目を閉じた。 けれど眠れなかった。 深夜。ふと目を開けると、義堂はスマホを手に、笑みを浮かべながら誰かとやりとりをしていた。 その笑顔が、すべてを物語っていた。 胸をえぐるような痛みを抱えながら、小雪は心の中で念じた。 もうすぐだ。もうすぐ、全部、終わる。 翌朝。 まだ眠っていた小雪に、義堂は額に優しくキスをしながら囁いた。 「お寝坊さん、起きて」 彼はスタッフに命じ、一列に並べられたドレスやヒールを小雪の前に差し出した。 それを見た使用人が思わず声を漏らした。 「旦那様、本当に奥様にお優しいんですね……!」 「もちろん。俺の妻だよ?大事にしないでどうするの?」 義堂が笑いながら言うと、小雪も薄く唇を引いた。 だがその目には、冷たい嘲笑が浮かんでいた。 「誕生日おめでとう、小雪。今日は何着たい?」 小雪は適当に数着を指差し、残りは義堂がスタッフに持ち去らせた。 着替えてリビングに出たとき、義堂が使用人に言っているのが聞こえた。 「これらの衣装、全部川上別荘に届けておいて」 ──川上別荘。 小雪は聞き覚えのある名前に、無意識に心がざわついた。あの家は、結婚二年目に購入した別荘だった。 家からそう遠くないのに、一度も足を踏み入れたことはなかった。 嫌な予感がしたが、彼女はあえて何も訊かなかった。 義堂は小雪の誕生日会の準備に一日中奔走した。 会場の装飾から、キッチンで用意されるケーキまで、彼はすべてを自ら指示し、こだわり抜いた。 「今日は君が主役なんだ、何もしなくていい。座って、楽しむだけでいいんだよ」 もし、彼の裏切りを知らなければ、小雪は本気で「自分は世界一幸せな女」だと思っていただろう。 やがて日が落ち、客人たちが次々に訪れる。 「福山社長、また今年も盛大ですね!誕生日、バレンタイン、結婚記念日……毎回大掛かりで、愛がすごい!」 「ほんと、毎回のパーティーに呼ばれてる気がする!奥さんのためにここまで……羨ましいですよ!」 義堂はワイングラスを手に、シャンデリアの下で笑った。 「だって俺は小雪を愛してるからね。来年も再来年も、毎年やるよ。みんな、また来てくれる?」 「もちろん!福山社長の愛、見習わないと!」 リビングのソファで、小雪は無表情のまま義堂を見つめていた。 内心、冷たい笑いが込み上げる。 すごい。ここまで嘘を自然に語れるなんて。 もし昔の自分なら、きっと感動して泣いていただろう。 その時、場がざわめいた。 松原玉枝。今をときめく若手女優が、会場に姿を現したのだ。 小雪の顔色が、ほんの一瞬変わる。 やっぱり、義堂は、彼女を呼んでいたのだ。 第5話 玉枝の姿を見た瞬間、義堂は明らかに動揺した。 彼は平静を装いながらも、足早に歩み寄り、あくまで礼儀正しく挨拶を交わすふりをした。 だが、手をすり合わせる仕草、目の奥に潜む甘い熱情。 そのすべてを、小雪は見逃さなかった。 「五十嵐さん、お誕生日おめでとう」 玉枝は用意していたプレゼントを差し出し、にこやかに微笑んだ。 「これ、私からの贈り物。気に入っていただけると嬉しいよ」 「ありがとうね」 小雪は静かにそれを受け取ったが、その顔色は明らかに良くなかった。 「松原玉枝?なんであの子が?」 周囲の客たちも彼女の登場にざわめいた。 「えっ、ただの女優でしょ?どうして福山社長がこんな場に呼んだの?」 「ちょっと、あのネックレス見た?あれ、ただ者じゃないわよ」 「ほんと!芸能人が買えるような代物じゃない……高すぎる!」 その言葉に、小雪もふと玉枝の首元に目をやった。 そして、気づく。 そのネックレスは、自分が結婚二年目の誕生日に義堂から贈られた「特別な品」だった。 「この世に二つしかない」と彼が言っていたネックレス。 そのもう一つが──今、玉枝の首に。 何の前触れもなく、胸が締めつけられるような痛みに襲われた。 小雪は手にしたプレゼントの箱をぎゅっと握りしめる。 「みんな、このネックレスのこと、話してるの?」玉枝は挑発的な視線で彼女を見つめた。「聞いたことあるわ、五十嵐さんも同じのを持ってるって?」 「ええ」小雪は表情を崩さずに答えた。「そのネックレス、誰からもらったんですか?」 「私の彼氏よ。私の誕生日が近かったから、わざわざ海外まで行って買ってきてくれたの」 そう言いながら、玉枝は義堂をチラリと見た。 義堂の顔はすでに曇っていたが、玉枝は気にする様子もない。 小雪は深く息を吸い込み、なんとか冷静を保とうとした。 「へえ……もう彼氏がいたんだね」 「もちろん。もう二年も付き合ってるの。すごく仲良しでね。たぶん、あなたとご主人よりも仲がいいかも?」 玉枝は止まらなかった。 「五十嵐さん、私の彼氏が誰か、知りたい?」 「ええ、興味あるわね。松原さんに言う勇気があるなら」 小雪は意図的に彼女を挑発した。 玉枝の眉がぴくりと動き、思わず叫びかけた。 「私の彼氏はふく──」 「もうやめろ」 義堂がようやく口を開いた。 彼の視線は玉枝のネックレスに向けられていた。 「松原さん、今日は俺の妻の誕生日だ。君の彼氏の話なんて興味ない」 「ただ私は知りたいだけなの、私の彼氏の愛と、社長が五十嵐さんを愛してる気持ち、どちらが本物かって」 悔しさを隠しきれない玉枝。だが義堂は迷わずこう言った。 「もちろん、俺が一番小雪を愛してる。この世界で、誰よりも」 その言葉に、玉枝の顔は見る見るうちに青ざめていく。 小雪は黙って義堂を見上げた。 気持ち悪い。 その言葉を口にしたくなるほど、彼の「愛してる」という言葉は嘘臭く、胸がむかついた。 「小雪、大丈夫?」 義堂が心配そうに彼女に近づき、支えようとする。 だが彼女は彼の手を払いのけた。 「少し疲れたわ」 「それなら、プレゼントの後に、上で休もうか」 義堂が拍手すると、庭では煙花が打ち上がった。 夜空に咲き乱れる火の花。 そのきらめきが空一面を照らし、まるで夢のような幻想的な景色を作り出す。 「すごい!本当に綺麗……五十嵐さんって幸せだなぁ!福山社長と出会えて」 「ねぇ、二人って本当に愛し合ってるよね?福山社長、昔肝臓悪くて、五十嵐さんが自分の肝臓あげたって話、感動したもん!」 「いや!ロマンチックすぎる。羨ましい!」 炸裂する煙花の音と、無邪気な賛美の声が入り混じる中、小雪は息が詰まりそうだった。 一秒でもこの場所に、義堂の隣に、これ以上いれば、自分のすべてが崩れてしまう気がした。 第6話 「小雪、誕生日おめでとう!愛してるよ!この一生、俺が愛するのは君だけだ!」 義堂は笑顔でワゴンを押して現れ、その上には三段重ねの豪華なケーキ。そしてその頂には──一本の高級車の鍵が載っていた。 「君へのプレゼントだよ。海外から特別に取り寄せた新車」 「うわっ、最新型のフェラーリじゃん!?いくらするんだこれ!」 「羨ましすぎる……自分で注文しようとしても予約すら無理だったのに!」 側で見ていた玉枝は、内心で歯を食いしばった。 「福山社長って、本当に五十嵐さんに対しては太っ腹ですよね」 「松原さんもそんなに羨ましがることないですよ。あなたの彼氏だって、もしかしたら同じのを買ってくれてるかも?」 義堂がさらっとそう言うと、玉枝の目が一瞬で輝いた。 その言葉の裏の意味を、他の人々は理解できなくても、小雪だけは痛いほど分かった。 この車──義堂は、自分だけでなく、玉枝にも同じものを贈っていたのだ。 一生でただ一人を愛する?笑わせないで。 「疲れたわ」 もう笑顔を保てなかった。プレゼントを置き去りにして、そのまま階段を上っていった。 客の中には「福山社長の顔を潰した」とか、「甘やかされすぎてワガママ」などと陰口を叩く者もいたが、義堂は気にもせず言い返した。 「うちの妻は疲れたんだ。上で休ませてやってくれ。俺はね、彼女を甘やかすのが好きなんだよ」 小雪は二階の一番端のシアタールームに入り、無理やり映画を見始めた。けれど、頭の中はぐちゃぐちゃで、何も入ってこなかった。 長く続いた外の喧騒。 喉が渇いた彼女は、飲み物を取りに一階へ降りようとした。と、その時。 主寝室の方から、はっきりと聞こえてきた男女のセックスする音。 その瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。小雪は自らの耳を疑った。 一歩、また一歩と寝室へ向かう足取りは、鉛を詰められたかのように重くのしかかる。 そして、扉の隙間から目撃してしまった。 ──あのベッドで、彼らが絡み合っている姿を。 「大胆すぎるだろ、こんな所で俺を誘いやがって。小雪に見られたらどうするんだよ?」 「わざとよ。小雪に見せつけたかったの、あなたは私のものだって」 玉枝は義堂の首に腕を絡め、さらに激しく挑発する。 彼の理性は崩れ落ち、ふたたび深く堕ちていく。 「けど、小雪にだけは絶対バレるなよ。何をしてもいいが、彼女を挑発するのだけはダメだ」 「どうして?義堂、離婚して、私とずっと一緒にいるって、そんなにできないの?」 その瞬間、義堂はぴたりと動きを止め、冷たい目で玉枝を睨んだ。 「玉枝、今日は少し言いすぎたな。彼女に言ったあの言葉、危なかったぞ。それに、俺は小雪と離婚しない。彼女は永遠に俺の妻だ。自分の立場をわきまえるべき」 「わかってるわ…でも、私だって傷つくじゃない。私を招待しておいて、あんたがどれだけ奥さんを大切にしてるか見せつけるため?」 「分かった。後で埋め合わせるよ」 二人はまた抱き合い、ドアの向こうに立ち尽くす小雪の存在に、まったく気づいていなかった。 胸の奥が締めつけられるような痛みに襲われ、小雪はその場に崩れそうになった。 心臓を押さえ、苦しげに呼吸を整える。気づけば、涙がとめどなく頬を伝っていた。 壁に手をつき、ようやくの思いで階段を降りた。 外ではまだ花火が打ち上がり続けていた。もう三時間も。 小雪は庭で、しばらくそれを眺めていた。 やがて、玉枝と義堂が時間差で階段を降りてきた。玉枝の足元がおぼつかない。 小雪の様子を見た瞬間、義堂はあわてて駆け寄った。 「小雪!どうして外に?寒いじゃないか……ほら、これ着て。どこに行ってたんだよ、心配したよ!」 小雪は無言で彼を押し返し、その目には氷のような冷たさが宿っていた。 「じゃあ、あなたは?どこに行ってたの?」 「君を探してたんだよ!ずっと探してた!」 「もし、いつか本当に私が見つからなくなったら?」 義堂の心臓が、どくん、と跳ねた。 「やめてよ、小雪。君がいなきゃ、俺……死んじゃうよ」 小雪はその目を逸らさず、静かに言った。 「義堂。もしあなたが私を裏切ったら──私は、この世から消えて、二度と戻らない」 「誓うよ!」 義堂は手を高く掲げ、花火の下で誓いの言葉を叫んだ。 「この命にかけて、小雪だけを愛する!絶対に裏切らない!」 その姿を見て、小雪の心に浮かんだのは、かつてのあの夜。 二人が付き合っていた最初の年の年越し。 山頂で見上げた夜空、彼は満天の花火の下でこう叫んだ。 「福山義堂は一生、五十嵐小雪だけを愛す!来世も、その次の世も!」 彼の肝臓が悪くなった時、自分は躊躇なく提供した。 同時に手術室へ運ばれたあの時、義堂は涙で目を真っ赤にしながら叫んだ。 「小雪……俺、絶対に君を裏切らない。愛してる、心から愛してる……」 あの時、二人は手を握り合い、手術台の上で、最後まで指を離そうとしなかった。 医者に無理やり引き離されるその瞬間まで。 第7話 我に返った小雪は、夜空に打ち上げられた花火を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。 「人生って、この花火のように儚く散るものね」 「なにそれ、そんな悲しい話やめてよ」 義堂は小雪を力強く抱きしめた。 「小雪、本当に愛してる。お願いだから、俺から離れないでくれ」 ──愛? 小雪は、心の底から可笑しくなった。 ほんの数時間前、別の女と二人で、自分たちの寝室で淫らにまみれておきながら、今さら何を言うのだろう? 罪悪感なんて、彼の中には一欠片も存在しないのか? この人間の底知れぬ厚顔無恥さに、ただただ呆れるしかなかった。 小雪はひとつ息を吐いて、心の中で呟いた。 もういい。全部、もうどうでもいい。 彼女はすでに心を決めていた。義堂の人生から、自分の存在を完全に消し去ることを。 その夜、屋敷は最後まで賑やかだった。来客たちも一人また一人と帰っていった。 翌朝、義堂はいつものように早朝に出かけていった。 小雪はスマホを開くと、メッセージが届いていた。 【スマホを開けて、松原玉枝の配信を見てみて。見たいものが、そこにあるわよ】 差出人は非通知の番号。誰かは分からない。でも、内容はだいたい予想がついた。 小雪はすぐに配信アプリを立ち上げ、玉枝のライブを探してアクセスする。 そこには、今日の彼女の誕生日パーティーの様子が映っていた。 豪勢で華やかな会場。けれど、それ以上に、彼女の背後に映っていた光景に、小雪の心は揺れた。 あの部屋、あの服、あの靴、あの装飾。 それらは、先日自分の誕生日のために義堂が用意したもので、使われなかった残りは「川下別荘」に運ばれたと聞いた。 まさか──玉枝があの家に、住み着いたというの? 小雪の手が、スマホを握るたびに震える。 失望の果てに、もはや絶望しか残されていなかった。 「皆さん、こんにちは。今日は私の誕生日です。これは、私の彼氏が開いてくれたバースデーパーティーです」 画面には、祝福のコメントが溢れかえる。 【なんて盛大な誕生日パーティー!玉枝ちゃんの彼氏、優しすぎない!?】 【福山義堂が小雪にした誕生日パーティーと同じレベルだよね、これ!】 【えっ、玉枝が住んでるのって川上別荘?あそこって値段は何億円でしょ!?マジで!?!?】 【玉枝ちゃん、彼氏いつ出てくるの!?ふたりの愛、羨ましすぎる!】 玉枝は微笑みながら、コメントを読み流す。 「ふふ、彼は顔出しNGなの。私が守ってあげないとね」 その直後、配信の画面にに誰かが最も高価な有料ギフトを連続投下した。 【やばっ!誰!?めっちゃ金持ち!】 小雪は即座に送信元のアカウントを確認した。 履歴のない匿名アカウント。 けれど直感で分かった。それは義堂の裏アカウントだ。 極めつけに、玉枝はカメラをフェードさせ、画面に一台の真紅のフェラーリを映し出した。 それは、昨夜義堂が小雪に贈ったのと、まったく同じモデルだった。 コメント欄は歓喜の声で爆発し、文字が飛び交い、小雪にはもう何も読めなかった。 彼女は静かにスマホを閉じ、ゆっくりと顔を上げて、壁の時計を見た。 7月15日。 自分が「死ぬ」と決めたのは、明日。 見渡せば、冷たく感情のないこの家に、もう何の未練もなかった。 けれど、たとえ死ぬとしても。 あのふたりに、何の代償も払わせないまま終わるなど、絶対に許さない。 小雪はスマホを手に取り、玉枝にメッセージを送った。 【明日、柳川橋で会いましょう】 すぐに返事が届いた。 【いいわ、やっと来たわね小雪。やっぱりあんたも馬鹿じゃなかったみたいね】 続いて、玉枝から一枚の写真が送られてきた。 そこには、エプロン姿の義堂が、台所で料理をする姿が。 【見た?これ、彼が私のために作ってくれた料理よ。あなたは?彼、あなたのために料理したことある?】 小雪は目を伏せた。 また、心が痛んだ。 十年。義堂と知り合って十年になる。その間、一度も料理をしてくれたことはなかった。 けれど、玉枝のためには、手ずから台所に立ったのだ。 十年の真心が、結局無駄になったわけだ。 第8話 スマートフォンを取り出し、小雪は義堂に電話をかけた。 「もしもし?小雪?どうしたの?」 「今日、帰ってくるの?」 「今日はちょっと無理だ。会社で色々あって……たぶん戻れない」 「わかった」 電話を切った小雪は、無機質な声でつぶやいた。 「義堂、これがあなたに与える最後の会うチャンスだったのに、それを捨てたのはあなたよ。じゃあ、もう二度と会うことはないわ」 彼女は使用人を呼び、二階の寝室にある結婚以来使ってきたベッドを運び出させた。 「火を持ってきて」 使用人は一瞬、耳を疑った。 「奥様、今なんと……?」 洗うのか、あるいは天日干しか――そんなふうに思っていた使用人は、思いもよらぬ命令に言葉を失った。 「火を」 小雪はもう一度繰り返した。その顔には何の感情も浮かんでいない。 恐る恐る火を持ってくると、小雪はためらうことなく、火をそのベッドに投げつけた。 シーツも、布団も、結婚した年に一緒に選んだそのベッドも──全てが赤々と燃え上がった。 使用人は、目の前の光景に言葉を失い、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。 「義堂、これが、私からあなたへの最後の贈り物よ」 すべてを終えた彼女は、ふっと笑った。 これで、すべてが終わった。もう本当に終わったのだ。 …… 翌日の夕暮れ時、玉枝がやって来た。 彼女は義堂に贈られた真紅のフェラーリで現れ、その派手な姿に周囲の視線が集まった。 小雪は冷笑を浮かべた。 これでいい。彼女を皆に見せつける。それが目的だった。 「来たの?」 「早く用件を言って。疲れてるの、昨日から義堂とずっと一緒だったから」 わざとらしく首元のキスマークを見せつけるその態度に、小雪は一切動じなかった。 「義堂に伝えて。『私は彼を憎んでいる』と」 「……は?」 玉枝は拍子抜けしたように眉をひそめた。 「なんで、自分で言わないのよ?」 「だって──私、死ぬから」 そう言い終えると同時に、小雪は欄干をよじ登り、橋の縁に立った。 「ちょ、なにしてるの!?まさか本気で飛び降りる気!?」 玉枝は慌てて手を伸ばす。 「死にたいなら勝手にしなさいよ!でも私を巻き込まないで!」 そのとき、小雪のスマホが鳴った。 「五十嵐様、ご予約のサービスが本日より発動されております。ただいま現場に到着いたしました。ご遺体の回収の準備は万端です。今すぐ回収を開始してもよろしいですか?」 「ええ、すぐ行くわ」 小雪は皮肉な笑みを浮かべ、スマホを橋の下へと投げ捨てた。 玉枝の腕をふりほどき、そのまま、真っ逆さまに身を投じた。 水面が「ドン」という重たい音を響かせ、大きな水しぶきがあがる。 玉枝は、呆然とその場に立ち尽くした。 人々が騒ぎ始めると、彼女は慌てて車に乗り込み、フェラーリのエンジン音と共にその場を逃げるように立ち去った。 水に落ちた瞬間、過去の記憶が走馬灯のように蘇った。 小雪の体は、まるで重力に引かれるように、深く、深く沈んでいく。 頭上の太陽の光は、次第に遠ざかり、やがて闇に飲まれて消えた。 やっと、終わった。 義堂という男の偽りから、全ての過去から、私は解き放たれた。 私は死ぬ。けれど、義堂には、後悔という名の鎖を、生涯まとわせてやる。 あの人は、一生、私の名を思い出すたびに、血のような苦しみに苛まれる。 小雪は、死によってしか、新しい人生を始められないのだから。