余生は、花火のように燃え尽きる

Đang tải thông tin quảng bá...

余生は、花火のように燃え尽きる

GoodNovel Hoàn thành

私は陸村志之(りくむら しの)と7年間付き合っていた。 だが、彼が起訴され収監されたとき、私は彼の元を去り、彼の一番の親友と付き合うよう...

Chương (1)

第1章

私は陸村志之(りくむら しの)と7年間付き合っていた。 だが、彼が起訴され収監されたとき、私は彼の元を去り、彼の一番の親友と付き合うようになった。 志之は出所後、立ち直ると、あらゆる手段を使って私に結婚を迫ってきた。 世間の人は、彼が本当に私を愛していると言った。 しかし、誰も知らなかった。 結婚後、毎晩彼は別の女を連れ込んで、私たちのベッドで愛を交わした。私の実の妹さえも例外ではなかった。 それは、私が彼を裏切ったことへの罰だった。 だが、彼も知らなかった。 私は彼の無実を証明するため、マフィアの巣窟に身を投じた。そして、腎臓一つと肝臓の半分を代償に、決定的な証拠を手に入れた。 ただ、私にはもう、あまり時間が残されていない。 第1話 「小林さん、本当に来月の尊厳死プログラムを予約して、献体同意書に署名なさるんですか?」 「はい、そうです」 小林純歌(こばやし すみか)は、数値がめちゃくちゃな検査結果を見下ろしながら、苦々しい口調で言った。 「このまま生きていても、資源を浪費するだけです」 全身の臓器が不可逆的に機能不全を起こしており、彼女の命はあと一年も持たない。 ただベッドの上で、残された日々をかろうじて延命するだけなら、いっそ潔くこの世を去って、社会の役に立ったほうがいい。 医師が名残惜しげに見送る中、純歌は病院を後にした。 彼女が家に戻り、玄関のドアを開けた瞬間、寝室から甘く乱れた吐息が聞こえてきた。 元から青ざめていた純歌の顔は、さらに血の気を失った。 彼女は検査結果の紙を隠した後、寝室のドアに寄りかかって、中から漏れる喘ぎ声を聞いていた。 気づけば、彼女の爪は掌の肉に食い込んでいた。 陸村志之(りくむら しの)がこれまでに連れ帰った女は、これで何人目になるのか。もはや彼女には分からなかった。 結婚して二年、志之は毎日のように別の女を家に連れ込み、彼女の目の前で情事にふけった。純歌はそれを避けることすら許されなかった。 ようやく一時間が過ぎ、室内の声も静まり返った頃、志之が上半身裸のまま、寝室から出てきた。そして、ドアのそばに立ち尽くす純歌を見下ろし、冷たく言い放った。 「何をボーッとしてんだ?雫が喉乾いたってさ、水でも持ってってやれ」 純歌は胸が高鳴り、一瞬、自分の耳を疑った。 「……雫?」 彼女は急いで寝室のだドアに駆け寄り、ベッドの上を見やった。 そこには、純歌とよく似た顔立ちの小林雫(こばやし しずく)が、力なく横たわっていた。 彼女は純歌のシルクのスリップを身にまとっていたが、今はすでにボロボロに裂けていた。 純歌の手が小さく震えた。 彼女はゆっくりと顔を上げ、赤くなった目で志之を見据えた。 「あなた、頭おかしいの?雫は、私の実の妹よ!どうして、こんなことができるの!」 志之は彼女の手首をつかみ、乱暴に壁に押し付けた。その深邃の瞳には、嘲笑の色を浮かべた。 「だから何だ? ああ、そうだな。唯一の家族に裏切られるのは、さぞキツいだろうな?」 彼の声は冷たく、瞳の奥に暗い怒りが滲んでいた。 「純歌。これは全部、お前への報いだ」 純歌はそっと目を閉じ、胸に言いようのない苦しみが込み上げてきた。 彼女と志之は幼なじみで、少年時代から恋人同士だった。そして、七年も愛し合い、結婚も早々に決まっていた。 だが、結婚式の前夜、志之が経営する病院で、突然、臓器売買のスキャンダルが発覚した。 彼本人が首謀者として起訴され、服役することになった。 一夜にして、志之は時代の寵児から囚人へと転落した。 まもなく無罪が確定して出所できることを純歌に信じてもらうため、彼は何度もメッセージを送り、電話をかけて説明した。 しかし純歌は、彼がもっとも苦しく、もっとも彼女を必要としていた時に別れを告げ、彼の親友との恋愛関係を公にした。 起訴も逮捕も冷静に受け止めていた志之は、その知らせを聞いた瞬間、崩れ落ちた。 彼は自殺をほのめかして警察官を脅し、土下座してまで純歌に会わせてくれと懇願した。 彼はあまりに激しく自分を傷つけたせいで、失血によって病院に運ばれた。 しかし、彼が待ち続けた末に知らされたのは、純歌がすでにその恋人とともに海外へ渡ったという知らせだった。 純歌がそんなにも冷酷だなんて、志之は信じられなかった。 彼は他人のスマホを借りて、彼女に何度も電話をかけたが、一度もつながらなかった。体調が優れない中、それでも空港へ向かおうと必死にもがいた彼は、ついに道端で倒れてしまった。 だが、純歌は一言のメッセージすら残さず、背を向けて去っていった。 あの瞬間から、志之は純歌を骨の髄まで憎んでいた。 だから出所後、彼はあらゆる手段を使って彼女と結婚し、その後は毎晩のように彼女を苦しめ続けた。 だが、彼は知らなかった。 純歌は自ら危険を冒し、志之の友人を通じて臓器売買の拠点を突き止めていたのだ。 そして、彼を救う決定的な証拠を得るために、彼女は自分の腎臓ひとつと肝臓の半分を差し出した。 第2話 純歌の沈黙が、志之の怒りにさらに火をつけた。 彼は純歌を乱暴に振り払い、嫌悪の表情を浮かべながら、彼女に触れた手をティッシュで拭った。 「ボーッとしてんじゃねえ!雫が水を待ってんだろ」 純歌はやや慌ただしい足取りでキッチンへ向かい、ぬるま湯を一杯注いだ。寝室の枕元に置くときも、彼女の手は抑えきれず、かすかに震えていた。 「ありがとう、姉さん」 雫は愛し合った後のようなかすれた声をしていた。 「これから、しばらくお邪魔するね。 志之が言ってたの。一緒に住もうって。家族なんだから、姉さんも文句ないでしょ?」 純歌の動きが一瞬止まった。 「彼、正気じゃないの?あんたも!」 皮肉の混じった口調が、雫の神経を逆撫でした。 雫の声が突然、尖った。 「そうよ!私も正気じゃないの! だって子どもの頃から、あんたはずっと私より優秀で、家族に愛されてたのよ。誰も私のことなんて見向きもしなかった!」 雫はシーツをつかんで、ぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。 「唯一私に優しかったのは志之だけなの。いつも気にかけてくれてたよ。 でも彼も、あんただけが好きだった!裏切られても、あんたと結婚すると言い張ったのよ!」 雫の口調には嫉妬が溢れていた。 「どうしてあんたなのよ?あんたなんかが!」 純歌はただ苦笑いした。 「だから、恥知らずにも志之とこんな汚らわしいことをしたってわけ?」 「私じゃなくても、どうせ誰かがやるわよ」 雫は体を起こし、純歌の手をそっと掴んだ。その声は柔らかくなっていた。 「姉さん、病院から連絡があったの。あなた、もう長くないんでしょ? だったら、あんなふしだらな女たちに陸村夫人の座を取られるくらいなら、私が代わりに志之を支えるわ。 姉さん、私は今までずっと、あなたと何かを争ったことなんてなかった。ただ今回だけ……譲ってくれない?」 純歌は首を振った。 「譲るも何も、必要ないわ」 雫の表情が険しくなったが、次の言葉でまた少し和らいだ。 「彼が私をこんなにも憎んでるよ。私が、あなたの邪魔になれると思う?」 雫は水の入ったコップを手に取り、それをそっと純歌の手に持たせると、静かに囁いた。 「姉さん、最後に、もう一度だけ手伝って」 純歌の胸に、得体の知れない不安がこみ上げた。 反射的に手を引こうとした瞬間、雫がいきなり力を込めて、コップの水を自分の顔にぶちまけた! そして同時に、大声で悲鳴を上げた。 「きゃっ、やめて!」 志之が勢いよく寝室に飛び込んできた。 彼が目にしたのは、コップを手に立ち尽くす純歌と、顔も髪も濡れて、いかにも被害者然とした雫の姿だった。 「純歌!いったい何してるんだ!」 志之は雫を抱き寄せ、憎しみに満ちた目で純歌を睨んだ。 「雫は、お前の実の妹だぞ!」 雫は彼の胸に顔を埋め、かすれた声で言った。 「志之、姉さんを責めないで。きっと驚いただけなの……」 「バカだな」 志之は雫を見下ろし、優しく語りかけた。 「こんなことされたのに、まだ純歌をかばうのか?安心しろ、俺がいる。誰にもお前を傷つけさせない」 純歌は呆然としながらも、ふと我に返った。目の前の相思相愛の光景を見つめているうちに、心がゆっくりと凍りついていくような感覚に襲われた。 そして彼女は静かに背を向け、その光景を振り払うように歩き去った。 第3話 その夜、志之と雫は、まるで純歌をわざと苦しめるように、激しい音を立てて愛し合った。 「雫、愛してる……」 「志之、私もよ。あっ……」 隣の部屋に寝ていた純歌は、唇をきつく噛みしめ、布団を頭からかぶってやり過ごした。 かつて彼も、こんなふうに愛し合って、彼女の名前を優しく呼んだ。 二人は固く抱き合い、白髪になるまで寄り添い合いながら、円満な家庭を築いて幸せに暮らす未来を共に夢見ていた。 しかし、時の移り変わりとともに、その夢は結局泡のように消え、一瞬で砕け散ってしまった。 そう思うと、純歌の胸には言いようのない悲しさが押し寄せ、頬を涙がつたった。 翌朝、ほとんど眠れなかった純歌の目の下には、うっすらと青いクマが浮かんでいた。 食卓で彼女は一人でご飯を食べながら、目の前でいちゃつく二人を無視して過ごしていた。 「志之、このパンすごくおいしいよ。ほら、食べてみて?」 雫はジャムを塗ったパンを志之に食べさせようと差し出した。 志之は笑みを浮かべながら口を開けてパンをくわえ、手に持ったままゆっくりと味わった。 そのやりとりを見て、純歌の胸がちくりと痛んだ。 しかし次の瞬間、彼女の腹に鋭い激痛が走った。痛みが増すたびに、額から冷や汗がにじみ出た。 「おい、お前、大丈夫か?」 向かいにいた志之が、眉をひそめて声をかけた。 「わたし……」 純歌は口を開いたが、言葉にならない。 その直後、彼女の口から、鮮やかな血が勢いよく吐き出された。 その後、彼女の体がぐらりと揺れ、意識が飛びそうになる。 「純歌!」 志之は顔色を変え、すぐに立ち上がった。 「すぐに病院に連れて行く!しっかりしろ!」 その焦りと心配に満ちた表情を見た瞬間、純歌は、ふと数年前の彼を思い出した。 あの頃の彼は、たとえ彼女が普通の風邪や熱をひくだけでもひどく心配し、彼女の苦しみを代わりに受けたいと願っていた。 そんな思い出が、純歌の心の奥の柔らかい場所に触れたようだった。 だがその感情は、一瞬で消え去った。 雫が立ち上がり、笑みを浮かべて口を開いた。 「志之、ちょっと待って。今朝、トイレでこんなの拾ったの……」 そう言うと、彼女が取り出したのは、空になった透明の血液パックだった。 その瞬間、志之の顔が、見る見るうちに険しくなった。 「姉さん、もしかしてさ、今吐いた血って、これを使ったんじゃない?志之に同情してもらうために?そうでしょ?」 雫は悲しげな表情を作り、純歌を見つめた。 「嘘だと?俺をバカにした?」 志之は無言で手を引っ込め、その場に立ち尽くしたまま、氷のように冷たい目で純歌を見つめた。 「フッ、バカね」 純歌は喉元まで込み上げてくる血を必死にこらえ、何事もなかったかのようにそっと口元をぬぐった。 「そうよ、嘘に決まってるじゃない。まさか信じたの?あなた、意外と単純ね」 「お前……本当に気持ち悪い!」 男の声には、怒りと嫌悪が混ざっていた。 「お前が本当に死にかけてようが、俺には一ミリも関係ない! とにかく、俺の目の前で死ぬなよ。目障りなんだ!」 彼は奥歯を強く噛み締め、怒りに満ちた口調でそう吐き捨てた。 第4話 純歌は、彼の軽蔑に満ちた視線を見つめたまま、口元を引き攣らせた。 「じゃあ……その言葉、ありがたく受け取っておくわ」 その様子を見ていた雫は、すぐに志之の腕にすがりつき、甘えた声で言った。 「志之、姉さんのことで怒らないで。体を壊したら良くないよ。 ほら、今日は天気もいいし。良かったら、一緒にショッピングでも行かない?」 志之は雫に視線を向けた瞬間、表情が一変して柔らかくなった。 「うん、すぐ車庫から車出す。そこで待ってて」 彼は彼女の腰に手を回し、優しく抱き寄せた。 そう言い放つと、彼は一切のためらいもなく背を向け、車庫へ続くドアを乱暴に叩きつけるように閉めて去っていった。 「バンッ!」 その激しい音が、純歌の最後の平静を打ち砕いた。 雫は何気ない様子で彼女のそばに歩み寄り、さっきまで見せていた思いやり深いふりをすっかり引っ込めた。 「あなたが志之に病気のこと隠したがってたの、知ってるわよ。だから、助けてあげただけ。お礼なんていらないよ、だって妹だもの」 彼女は得意げにウィンクして、腰をくねらせながらその場を去っていった。 窓の外から聞こえるスポーツカーの爆音を耳にしながら、純歌は苦々しく笑い、全身の力を振り絞って立ち上がった。 体内から流れる血のせいで、彼女の身体はどんどん冷えていった。魂までもがふわりと浮いているようで、今にも肉体から離れてしまいそうだった。 純歌は口元の血を拭い、歯を食いしばりながら、よろよろと部屋へと戻っていった。 薬を飲んだ後、体の痛みはようやくかなり和らぎ、彼女はもう耐えきれず、疲れ果てて深い眠りに落ちた。 この日を境に、純歌の食欲は目に見えて落ち込み、ほとんど食事が喉を通らなくなってしまった。 そしてこの数日間、志之と雫はまるで一心同体のように、彼女の目の前をうろつきながら、遠慮のかけらもない振る舞いを続けていた。 純歌は冷ややかな目で、志之と雫の親密な様子を見つめていた。それはまるで、かつての自分を見ているかのようだった。 あんなふうに幸せそうで、何の憂いもなく、お互いしか見えていない。 それでいいと、純歌は思った。 彼女がいなくなったあとも、心から大切に思っていた二人が、これからもずっと一緒に、幸せな人生を歩んでいけるのなら、それで十分だ。 純歌は数日休んだあと、薬を受け取りに病院へ向かう日を迎えた。 だが、彼女が家を出た瞬間、突然路地の奥から数人の見知らぬ男たちが現れた。 彼らからは荒っぽさがあからさまににじみ出ており、どう見てもまともな人間には見えなかった。 「あなたたち、誰?」 純歌は眉をひそめながら、警戒心を露わにして身構えた。 男の一人が前に出て、凶暴な表情で彼女をじろりと見下ろした。 「お前が小林純歌だな?」 純歌は眉をきつく寄せ、不吉な予感に胸がざわついた。 案の定、次の瞬間、その男が手を振った。 「連れて行け!」 「んっ……!」 純歌は視界が真っ暗になり、意識が遠のいた。 目を覚ましたとき、彼女は冷たいプールの柵に縛りつけられていた。 環境から判断して、ここは廃工場のようだ。 プールのほとりに雫が立ち、彼女を見下ろしている。 「姉さん、やっと起きた?」 雫は微笑みながら言った。 「よかった、志之ももうすぐ来るわ」 純歌は彼女を見返した。 「あんた、私を誘拐したの?志之にバレたら、どうする気?」 「バレないわよ」 雫はくすくす笑いながら、プールにゆっくりと足を踏み入れた。 「だって、私も被害者なんだから。 当ててみて。志之は、どっちを先に助けると思う?」 やがて、志之が駆けつけると、すぐに縛られた二人を見つけた。 純歌は彼を冷ややかに一瞥し、すぐに顔を背けた。まるで一目見るだけでもうんざりするようだった。 一方で雫は、涙をボロボロと流しながら必死に訴える。 「志之、助けて、怖いの……」 志之は目を伏せ、持ってきた金の詰まったケースを掲げた。 「金はちゃんと用意した。人を返してもらおう」 誘拐犯の親分が合図を送り、子分がケースを受け取り彼の前に置いた。 親分は金額を数え、満足げに頷いた。 「いいぜ。ただし、どっちか一人だけな」 志之は急に顔を上げ、歯を食いしばって言った。 「それはどういう意味だ?」 相手は三人を一瞥し、不敵な笑顔を浮かべながら言った。 「別に。お前みたいに女を二人も抱えてる奴にムカついたんだな。 気になってんだけどよ。この二人の美人、どっちが大事か、見せてもらおうか?」 志之は、わずかも迷わず雫に手を伸ばした。 「彼女を選ぶ」 純歌は彼の顔を見つめたまま、口の中にじんわりと血の味が広がった。 彼女はもう気にしていないと思っていたのに、胸の奥がズキズキと痛んだ。 「純歌、雫は体が弱いから。まずは彼女を安全な場所に運ばなければ」 志之は低く言った。 「お前は小さい頃からずっと丈夫だったから、きっともうちょっと耐えられるだろう……すぐ戻る」 そう言うと、彼は雫を抱きかかえ、立ち去った。 純歌は笑ったが、笑いながら涙が一筋こぼれ落ちた。 彼女の体はすでにボロボロで、これ以上の苦しみに耐えられなかったことを、志之は知らなかった。 知らないままでいい。それなら彼はずっと彼女を憎み続けられるから。 そうしたら、彼女が死んだとき、彼は少しも悲しまないだろう。 純歌ははうつむき、胸のあたりを見つめた。 これこそまさに彼女が望んでいたことのはずなのに、どうして胸の奥が少し痛むのだろう。 誘拐犯の親分は純歌の前に来て、彼女の口をつかむと、薬を一粒無理やり飲ませた。 「悪く思うなよ」 男はねっとりした目で彼女を見つめながら言った 「これはボスの命令なんだ……」 だが彼が動く前に、子分が慌てて駆け込んできた。 「まずい、警察が来た!」 親分は不満げに舌打ちし、子分に指示した。 「もういい。どうせ、任務はもう果たした。さっさと逃げろ。奴はほっとけ!」 純歌は残った力でもがき、縛られた縄は少し緩んだ。 しかし、彼女の体力は限界だった。 水が口と鼻に入り、体のあちこちに言い表せないほどの虚弱感が広がった つい……死ぬのか? ただ、あまりにも苦しんで死んでしまったのが残念で、遺体もきっと提供できないだろう。彼女がこの世界に最後の恩返しをしたいという願いも、叶わなくなってしまった。 純歌は苦笑し、力なく目を閉じると、死を待った。 ぼんやりと、彼女は遠くから志之のかすれた呼び声が聞こえた。 「純歌……」 志之はついに駆けつけ、彼女を救い上げた。 「純歌、目を覚ませ!」 志之は慌てて彼女の縄を解き、顔を軽く叩いた。 だが、自由になった純歌が最初にしたのは、彼の首に腕を回すことだった。それは彼にとってまったく予想外のことだった。 「苦しいよ。助けて」 彼女は荒い息をしながら、色っぽく喘いだ。 志之が懐中電灯を向けると、彼女の異様に気づいた。 目を閉じた彼女は、意識が朦朧としており、火照った体を震わせながら、ひどく苦しんでいるようだった。 「純歌……俺が誰だかわかるか?」 志之の目は暗く、声はかすれていた。 純歌はもう何も気にしていられなかった。彼女の身体が今にも爆発しそうなことしか、頭になかった。 彼女は一言も発さず、彼の首元の襟をつかんで、一気に引き剥がした。 「わかってるわ。あなたは……私の志之よ」 第5話 この短い言葉で、志之の硬い殻が一瞬で砕けた。 彼は純歌をしっかりと抱き、全速力で車に乗り込んだ。 閉ざされた空間の中で、情欲が激しく燃えている。まるで世界に二人だけがいるかのようだった。 「優しくして……」 純歌が痛みに顔をしかめた。 志之は一瞬ぽかんとして、動きが一気に優しくなった。 「わかった。怖がらないで、すべて俺に任せて」 …… 純歌は、この情熱的な夜がいつ終わったのか分からなかった。 目を覚ますと、彼女がもう家に戻っていて、志之と同じベッドにいることに気づいた。 二人とも裸で、志之は彼女の腰に手を回し、体をぴったりと背中に寄せていた。 しかしこのベッドには、彼がこれまで無数の女性と寝てきた場所だ。彼女たちも、今の純歌のように、彼の腕の中で目を覚ましたのだ。 突然、純歌の胸は焼けつくような痛み、胃が締めつけられるような感覚が走った。 これで、彼女は何日も食事をしていなかったことを思い出した。 「うっ……」 彼女は背を向けて、激しく嘔吐し始めた。 「純歌、大丈夫か?」 志之は驚いて目を覚まし、心配そうに尋ねた。 昨夜、純歌が初めて素直に彼に折れたことで、今の志之の心はすっかり和らいでいた。 しかし純歌は彼を押しのけた。 「離れて……」 彼女の口調は冷たく、まるで昨夜の出来事が夢だったかのようだった。 志之は、嬉しさから一転して、気分がどん底まで落ち込み、顔色も悪くなった。 彼女は、自分のことを嫌悪していたから、こんなに吐いたのか? 彼はベッドから飛び起き、冷たい表情で運転手に電話をかけた。 「車の用意をしろ。純歌を病院へ連れて行け!」 純歌は彼の背中を見つめ、胸の中は苦く満たされた。 彼が誤解していることは分かっていたが、彼女は説明したくなかった。 昨夜のことはそもそも間違いだった。彼女の意志が弱かったせいで、あのひとときの優しさと甘いぬくもりに、心を奪われてしまった。 目覚めてからも、二人は変わらず、越えがたい隔たりがあり、和解は不可能だった。 病院に着くと、稲葉(いなば)という苗字の女医が純歌の全身検査を行った。 手にした検査報告書を見つめながら、経験豊富な稲葉医師は思わず眉をひそめた。 そして、外で待っていた志之も呼び入れた。 「陸村さん、奥様の体調が……」 しかし彼女が言いかけたところで、志之のスマホが突然鳴った。 志之が電話に出ると、向こうから雫の泣き声が聞こえた。 「志之、事故にあったの……」 志之の顔が引き締まった。 「待ってろ、すぐ行く」 電話を切ると、志之は稲葉医師に言った。 「彼女の病状は後で教えてくれ。今は急用を処理しなければならない」 そう言って、彼は振り返ることなく病院を去った。 彼の背中を見送りながら、純歌はほっと息をついた。 そして稲葉医師に向き直った。 「私の病状は、私だけに教えてください」 稲葉医師は厚い眼鏡を押し上げ、ため息をついた。 「小林さん、あなたは元々体が弱い上に、今回長時間水に浸かり、高熱のまま一晩中無理をしたため、体が大幅に悪化しています。このままだと……半年も持たないでしょう。 それに、味覚は完全に失われ、胃の消化能力は80%も失われています。残された時間は、栄養剤の注射で命を維持するしかありません」 純歌は栄養剤を受け取り、静かにそのすべてを受け入れた。 その後の日々、志之はずっと雫のそばにいた。 彼女は誘拐犯に怖がり、毎晩悪夢を見るため、常に志之の付き添いが必要だと言った。 志之は雫をかわいがり甘やかし、出張時も二人はべったりと離れなかった。 会社の誰もが、志之は妻の雫をとても大切にしていると知っていた。 あっという間に安楽プロジェクトの三日前になり、純歌は最後の検査を受けに病院に向かった。 稲葉医師は検査結果を見て、少し複雑な表情を浮かべた。 「小林さん、あなたは妊娠しています。尊厳死プログラムと献体計画は一時中止をお勧めします」 純歌は呆然とし、信じられない声で言った。 「私……妊娠していますか?」 一瞬にして様々な感情が胸を駆け巡り、純歌はぼんやりとお腹を撫でた。 ここに小さな命が宿っていると思うと、彼女は胸が震え、酸っぱくも甘く、複雑な思いが交錯した。 稲葉医師は頷いた。 「そうです。もし赤ちゃんを産みたいなら、これから安静にして機械の助けを借りながら妊娠を維持する必要があります。 そうしたら、赤ちゃんが生まれるまで持ちこたえられる可能性はあります。 しかし、献体の継続はできかねます」 純歌はためらった。 「もう少し考える時間をください」 悩みを抱えたまま、彼女は病室を出て帰宅しようとした。 だが婦人科のエレベーター前で、予想外の二人に出会った。 志之が雫を慎重に支え、雫は恥ずかしそうにお腹を撫でていた。 彼は純歌に気づき、思わず眉をひそめながら、相変わらず冷たい声で言った。 「また具合が悪いのか?」 少し前、彼は彼女を病院に連れてきたばかりだ。今また何をしに来たのか? 純歌は黙っていた。今の彼女は、まだ志之に妊娠のことを話すべきか分からなかった。 これは彼女だけの子どもではなく、彼の子でもある。彼には知る権利があるはずだ。 しかしその時、雫が先に近づいてきた。 「姉さん、よかった!いい知らせがあるの!私、妊娠したの!」 雫は笑顔で幸せそうに話し、まるで彼女が志之の正妻であるかのようだった。 純歌は彼女に手を引かれて、階段口へと歩いていった。 志之の見えない場所で、雫は小さな声で言った。 「姉さん、今こんな時に婦人科に来るなんて、あまりいいことじゃないね…… もし私たち二人が何かあったら、志之は誰を先に助けると思う?」 純歌が答える前に、雫は急に手を伸ばし、驚いた声を上げて純歌を引きずり落とした。 「きゃあ!」 第6話 人目の前で、二人は階段から転げ落ち、下に倒れ込んだ。 着地するとき、雫はわざと純歌の上に落ちた。 すぐに志之が慌てた表情で駆け寄り、雫のそばへ走った。 「雫、大丈夫か?」彼は緊張した顔で尋ねた。 「志之、痛いよ、うう……」雫は涙を流し、心が砕けたような表情をしていた。 志之はすぐに振り返り、純歌を見る目はまるで食い殺そうとするかのようだった。 「お前は何をしているんだ!雫が妊娠しているのを知ってて、わざと彼女を押したのか?母子共に死なせようとしているのか? 言っておくが、もし雫と腹の子に何かあったら、絶対に許さない!」 志之は純歌に捨て台詞を吐いた後、急いで雫を抱き起こした。 「雫、医者に行こう。俺たちの子は絶対に大丈夫だ!」 そう言うと、彼はためらうことなくその場を離れた。 そのため、純歌の身体の下からゆっくりと流れ出る赤い血には気づかなかった。 純歌は腹の激しい痛みと下半身の濡れた感覚に胸が冷たくなった。 まずい……子供が! 二人の看護師がやって来て、純歌を支えながら病室に入れた。 診察した医師は、ちょうどさっきの女医だった。 「小林さん、あなたは……」 稲葉医師は驚き、急いで検査と治療を行ったが、最後には無力に両手を下ろした。 「小林さん、お腹の子はもういません。女の子でした」 朦朧としながら、純歌はかつて志之が言った言葉を思い出した。 「将来、女の子が欲しい」 男は優しい口調で、目に愛情をたっぷりと宿して言った。 「きっと彼女はお前にそっくりだ。そして、この世界で一番のものを、全部彼女にあげるよ!」 今、約束した子は来たが、二人の関係はもう元には戻らなかった。 病床の上で純歌はそっと首を振り、涙があふれた。 「大丈夫、これでよかった」 たとえ子を産んでも、子どものそばにいられない。志之が純歌を憎んでいるから、彼女に似た子を愛せるわけがない。 苦しみの人生を送るより、生まれなかった方がよかった。 子よ、待っていて、母はすぐにそばに行く。 またあの世で会おう。 稲葉医師は続けた。 「流産で体力を大きく消耗したため、これからは歩くことも難しいでしょう」 純歌は車椅子で帰宅した。 純歌がクッションになっていたため、雫は大きな怪我を負わず、子供も無事だった。 おそらくそのため、雫が志之に結婚式を望んだ時、彼は少し考えた後に了承した。 その後の二日間、雫のSNSは結婚準備の日常で埋め尽くされた。 彼女は自分が志之と結婚することを告げ、九枚の写真を連続で投稿した。全ては彼女が試着した美しいウェディングドレスの写真だった。 純歌の手がわずかに震えたが、すぐに平静を取り戻し、指先でその投稿に「いいね」を押した。 雫はまるで今スマホを手に持って彼女を待っているかのように、次の瞬間にはメッセージを送ってきた。 【姉さん、どのドレスが一番似合うと思う?姉さんの目を信じてるから、選んでほしいな】 純歌は少し迷い、ただ三文字だけ返信した。 【一番目】 それはかつて彼が美しいと褒めたデザインだった。 かつて彼女は志之と結婚の話まで進んだことがあった。 彼は彼女と一緒に店のすべてのウェディングドレスを楽しそうに試着しに行った。 どのドレスも、彼は笑顔で、似合うと言った。その目にはあふれるほどの賞賛と愛情が満ちていた。 彼は指輪を持って片膝をつき、愛する人に最高の結婚式を約束した。 しかし、今は変わった。 志之は最愛の人に盛大な結婚式を挙げたが、その相手は彼女ではなかった。 純歌はスマホを切ると、ひとりベッドの隅に縮こまり、体をぎゅっと抱きしめた。 第7話 志之と雫の結婚式は、多くの人々の期待の中で行われた。 まるで運命のいたずらのように、その喜びの日は純歌が自ら定めた最期の日でもあった。 その朝早く、志之と雫は客たちに囲まれ、嬉々として教会へ向かっていた。 出発前、志之は複雑な表情で彼女を一瞥し、冷たい口調で言った。 「今日は俺と雫の結婚式だ。何か言いたいことはないのか?」 彼の顔が視力の低下でぼんやりとしか見えない中、純歌はただ淡々と答えた。 「お二人の長寿と幸せを祈ります」 彼女の言葉には、愛した男と妹への真心が込められていた。 しかし志之は彼女のその様子が耐え難く、冷笑した。 「本当に白々しい!」 そう言い捨て、振り返らずに家を去った。 家には純歌だけが残された。 彼女はそれを望んでいた。 なぜなら、こうしてゆっくりと自分のやるべきことを終え、人生の最後を静かに迎えられるから。 彼女は暖炉に火をつけ、自分の所有物すべてを投げ入れて焼き尽くした。 そして、自分名義の資産を整理し、それぞれの社会機関に寄付するために、何枚かの小切手に署名した。 すべてを終えた後、彼女は車椅子に乗って玄関まで行き、タクシーを呼んだ。自らの尊厳死プログラムを実行するために、指定された病院へと向かった。 彼女の穏やかな表情からは、この旅がもう戻らぬものであることは一切感じられなかった。 志之と雫の結婚式はライブ配信されていた。 手術前、純歌は我慢できず、ライブ配信を見てしまった。 教会では志之の親戚友人が集まった。 神父の前で、二人は指輪を交換し、甘いキスを交わしていた。 もしあの事件がなければ、彼女も志之と幸せな結婚式を挙げ、円満な家庭を築いていただろう。 彼女が叶えられなかった未来は、雫に託したのだ。 「先生、準備できました」 純歌は静かにスマホを切り、手術台に横たわった。 身体の隅々まで微かな痛みに襲われ、彼女の声はまるでそよぐ雨のようにか細かった。 しかし、尊厳死プログラムの医師は首を振った。 「すみません、まだ始められません。献体家族の同意が必要なので、親族の署名を得なければなりません」 純歌は弱々しく眉をひそめた。 「遺体は私のもの、私が決めるべきではないのですか?」 医師も困惑しながら言った。 「法の定めです。私たちは従わざるを得ません」 家族の同伴なしで、孤独に尊厳死を選ぶ人がいるとは、彼らは予想していなかった。 「それでは連絡先の2番にかけてください。彼女は私の妹、雫です」 看護師は頷き、手際よく携帯番号を入力したが、うっかり1番目の連絡先の番号を入力してしまったことには気づかなかった。 「待って……」純歌が言い終わらぬうちに、電話はつながってしまった。 彼女は唇を噛み、看護師に目を向けた。そこには自分でも気づかぬほどの名残惜しさがあった。 これが彼の声を最後に聞ける機会だったのだ。 その時、志之は大勢の祝福の中、雫とシャンパンタワーを倒していた。 酒がゆっくりと流れるのを見つつも、彼は苛立っていた。純歌から連絡がなかったのだ。 すると電話が鳴った。志之の胸の苛立ちは消え去ったようだった。 彼は微笑みを浮かべ、電話に出た。 「もしもし、どなただ?」 「大変申し訳ございません、小林純歌さんが病院で尊厳死を受けています。直系親族の署名が必要です。今すぐ来られますか?」 尊厳死? 志之は眉をぎゅっとひそめた。 純歌はいつも自分の体を大切にしていた。以前二人が一緒にいたとき、彼女は健康に気を使い、必ず長生きしたいと言っていた。そうすれば、この世に生まれてきた意味があるからだと考えていた。 そんな彼女が自ら死を選ぶわけがない。 おそらく今日、彼女はついに我慢できず、結婚式を止めようと動き出した。 志之は楽しげでありながら冷たく笑った。 「彼女が死にたいなら、俺は反対しない。署名するさ」 隣で雫もスマホを受け取った。 「姉さんが何か書類にサインするの?私は彼女の実の妹よ。私も同意するから、早くサインしてください!」 志之が気づかぬうちに電話は切られ、さらに電源も切られた。 看護師は再び純歌の電話帳の1番目と2番目の連絡先に電話をかけたが、「電源が切れています」のアナウンスしか返ってこなかった。 看護師は数通のメッセージを送ったが、それにも返事はなかった。 病床の純歌は、彼らの会話をすべて聞き届け、目の奥の最後の光もついに消え去った。 彼女は持っていた離婚協議書を取り出した。そこには彼女と志之の署名があった。 それは書斎で見つけたものだった。 志之はおそらく、結婚式の後で改めて自分に署名を求めに来るつもりだろう。 「私たちはもう離婚しています。 だから、献体同意書に誰の署名も要らないはずです」 医師は静かに頷いた。 「今から尊厳死の手術を始めます」 冷たい薬液が体内に注がれ、純歌の意識はぼんやりとしていった。 彼女の頭に数々の記憶がよみがえった。 夜、彼女は志之と抱き合い、朝日を迎えた。 記念日に、志之が彼女にサプライズを用意してくれた。 夏の柔らかな夜に、彼らは浜辺で星を数え、二人の未来を描いた。 純歌はゆっくり目を閉じ、涙がこぼれ落ちた。 志之、これで二度と会うことはない。 どうか末永く健やかに、これからの人生が順調でありますように。