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偽りの令嬢に不妊にされた私、それでも夫の子を授かった
名家の偽物令嬢だとバレたあの日、本物の令嬢が家に押しかけ、私のお腹をめがけて何度も包丁を突き立てた――そのせいで、私は母になる資格を...
Chương (1)
第1章
名家の偽物令嬢だとバレたあの日、本物の令嬢が家に押しかけ、私のお腹をめがけて何度も包丁を突き立てた――そのせいで、私は母になる資格を失った。
婚約者は激怒し、両親も彼女を絶対に許さないと強く言った。
私を慰めるため、婚約者はすぐさまプロポーズしてくれた。両親もその場で絶縁状を書き、私にしっかり療養するよう言ってくれた。
その後、本物の令嬢は国外に逃げ、ミャンマー北部で人身売買されて行方不明になったらしい。自業自得だと、私はそう信じていた。
――結婚して六年後、私は見てしまった。
本来ならミャンマー北部で地獄のような日々を過ごしているはずの彼女が、堂々とお腹を大きくしたまま、私の夫に寄り添っていた。
「六年前、あのとき私がカッとなって手を出さなきゃ、結菜があなたと結婚することもなかったのにね。
でも良かったよ、あなたと両親が私の味方でいてくれて。じゃなきゃあの偽物に刑務所送りにされるとこだった。あの偽物め、まさかずっと目の前で私が生活してるなんて思ってもみなかったでしょ。しかもあなたの子を妊娠してるなんて。
私の子どもが生まれたら、あなたはうまく理由つけて養子にすればいいわ。そしたらあの偽物、私の子の世話を一生し続けることになるのよ。
この数年、本当にありがとうね、湊翔」
彼女のうるんだ瞳を見て、三浦湊翔(みうら みなと)の頬が赤く染まった。
「そんなこと言うなよ。君が無事で生きていくために、あいつと結婚したんだ。
君が大事なんだ。君のためなら、俺はなんだってするよ」
――私を愛していると信じていた夫は、最初からずっと私を騙していた。
私の両親も、すべては実の娘を守るためだった。
そうまでして守りたいなら、彼らなんて――もういらない!
第1話
産婦人科の病院で、絶対に一生忘れられない人影を見た瞬間――
その場から一歩も動けなくなった。体中の血が逆流して、心臓が張り裂けそうだった。
腹に刃物が突き刺さったあの痛みは、今でも脳裏に焼き付いている。
あの時、「君が心配だ」って泣きながら抱きしめてくれた男は、今――
元凶を優しく抱きしめて、彼女のお腹にそっと手を添えていた。
遠く離れていても、彼から溢れ出す父性愛がはっきりと伝わってくる。
私が救いだと信じていたこの結婚は――ただの茶番だった。
「永遠に味方だよ」と言ってくれた両親は、私に黙って証拠を処分し、湊翔に無理やり結婚させた。
それも全部、彼らの実の娘を守るため。
故意に人を傷つけたとしても、刑務所に行かせないように。
……笑わせないでよ。
私は必死に湊翔の視線を避け、震える手に持ったスマホに視線を落とした。
画面が光り、両親からの着信が表示されている。
着信音の急かすような響きが、向こうの焦りを物語っていた。
深呼吸して、心を落ち着け、通話ボタンを押した。
「結菜、どこにいるの?執事が言ってたのよ、昼間に家を出たって……もしかして病院?
ダメじゃないの、あれほど言ったのに、あなたの体は弱いんだから、外出する時は誰かを連れて行きなさいって。
もし何かあったら、私たちどうすればいいのよ?」
手入れされた爪が手のひらに食い込み、私の意識が現実に引き戻される。
このタイミングでの電話。
私の体を本当に心配しているのか?
それとも、真実を私に知られるのが怖いだけ?
「結菜、父さんの声聞こえてるか?今どこにいる?
母さんと一緒にもう病院に来てる。すぐに向かうからな」
優しい声が、鋭い刃のように胸に突き刺さる。
少し考えてから、私は努めて穏やかに答えた。
「婦人科のトイレにいるよ。そんなに焦らなくても大丈夫、ちょっと検査に来ただけだし、大ごとになるわけないでしょ。
それに、私もう子供じゃないんだから、いつまでも迷惑かけてられないよ」
わざと軽く言ってみせた言葉に、電話の向こうで安堵の息が漏れたのがわかった。
数分後、母がトイレに駆け込んできて、私の体を上から下まで見て回った。
「何もなかった?検査はしたの?」
伏し目がちなまつ毛の奥に、不安が滲んでいる。
そしてさっき、慌ただしく立ち去った二人の背中を思い出すと――
察しはついた。
両親が私に付き添っているのは、私が倒れないようにするためじゃない。
瑠菜と鉢合わせしないよう、監視しているだけ。
「母さん、大丈夫だよ。さっき病院に着いたばかりで、ちょっと胃の調子が悪くて。
それで時間かかっちゃって、まだ検査はしてないの」
「それなら良かったわ」
思わず口をついて出た母の一言。
だけどすぐに何かに気づいたようで、顔をしかめて私を見返す。
「まだ検査してなくてよかった、あなた一人で冷たい機械の前に立たせるなんて、可哀想でしょ。
さ、行くわよ。一緒に行こう」
トイレの入り口には、優しそうな中年の男性――私の父が立っていた。
血の繋がりはなくても、私はずっとこの人の掌の中で育ってきた。
世界で一番私を愛してくれている人だと信じていた。
けれど今日、ようやく気づいた。
血の繋がりの前では、その愛すらも簡単に崩れるんだと。
ならば――私からも、相応の「贈り物」を返さないとね。
第2話
「どうしてひとりで来たの?何かあった?」
父が自然に私の左側に立ち、話しかけてくる。母は甘えるように父を見てから、私の肩に顔をうずめた。
「別に大したことじゃないの。ただ、娘が大人になって、私たちのことを気遣ってくれるようになっただけよ」
「でもな、病院にひとりで来るなんてダメだろ、わかったか?」
父は怒ったふりをして私の頬を軽くつねる。その隙を狙って、私は録音を開始していたスマホを父のポケットにそっと滑り込ませた。
「ごめんね、検査に行ってくるから、スマホ預かってて、父さん」
そんな何気ないやり取り。二人ともまったく疑いもせず受け取ってくれた。
婦人科に着くと、私はひとりで手術室に入った。
両親は扉の前に立ち、心配そうに手を振っている。その目は、私のことを案じているように見えた。
昔の私なら、こんな家族を持てたことに心から感謝していたかもしれない。
でも今は……全身がぞわぞわと気味悪くて、まるで無数の毒蛇が私の体を這い回り、今にも牙を突き立てようとしているかのようだった。
「先生、どうでしたか?」
検査がすべて終わった後、母がすぐに結果を手にして、専門医に尋ねた。
一方で父は、持ち歩いているノートを取り出していた。そこには私の好みやアレルギーなどが細かく書き込まれている。
誰がどう見ても、子どもを大切にする素晴らしい両親だ。――もし、私が真実を知らなければ。
「父さん、母さん、ちょっとトイレ行ってくるね」
私は甘えるようにスマホを父から受け取り、震える手でトイレへと向かった。
録音を再生する前に、心の中で何度も心の準備をした。
それでも、最初の一言で胸が締めつけられ、息が詰まった。
「岡田さん、奥さん、結菜さんはこの数年でかなり回復されてますよ。当時の傷もすっかり癒えています。しっかり養生すれば、そう遠くないうちに妊娠も可能です。となると、今飲んでいる薬はそろそろ……
このまま飲み続けると、本当に妊娠できなくなってしまうかもしれません。それはあまりにも酷すぎるのではないかと……」
主治医の声だった。どこか申し訳なさそうに聞こえる。
女性から母になる権利を奪うということ――それ自体が残酷なことだと、彼はわかっているのだ。
だが、次の瞬間、父の声がそれを遮った。
「余計なことは言わなくていい。薬は止めるな。
子ども産めないなら、養子を取ればいい。産む苦労もしなくて済むしな」
母もすぐに続いた。
「結菜は元々身体が弱いんだから、子どもを産まない方がいいのよ。あなたが口出すことじゃない。医者なら医者らしく、自分の仕事だけしてなさい。わかった?」
二人の口調は冷たく、威圧的だった。医師は慌てて応じた。
「い、いえ、口出すつもりは……ただ、あまりに薬が強いので、このままだと結菜さんは妊娠できないどころか、体にも深刻な影響が……」
深刻な話のはずなのに、父の声はまるで気にも留めていなかった。
「わかってる。それはお前が考えることじゃない。お前は、彼女の体をちゃんと回復させるだけでいい。あとのことは俺たちが決める」
「はい……」
録音が終わったとき、私は全身が凍りついたような感覚に襲われた。
何年も、私は湊翔に子どもを産んであげられないことを、ずっと申し訳なく思っていた。
両親はいつも優しく言ってくれた。「君のせいじゃない、無理しなくていい」と。
でも――全部、嘘だった。
私が妊娠できないのは、私のせいなんかじゃない。
彼らが、私が湊翔の子どもを産むことを、許さなかっただけ。
私には、その資格がないと、そう決めつけられていた。
本当の娘だけが、その資格を持っていると。
だから、何年経っても、薬を飲み続けさせられていたんだ。
全部、偽りだった。医者も、優しさも、私のためなんかじゃなかった。
涙が頬をつたって止まらなかった。体は震え、足元から力が抜けていった。
「結菜」
トイレの扉の外から、声が聞こえた。
私が戻らないことに気づいた母が、ノックしていた。
第3話
彼女はひどく焦っていて、トイレのドアを一つひとつノックしながら、まるで私に何かあったんじゃないかと心配しているようだった。
「ここにいるよ」
涙をぬぐってから、目を赤くしたまま母の前に出た。
母は私の様子に驚いて、頬にそっと触れた。
「どうしたの?誰かにいじめられたの?なんで泣いてるの?母さんに話してくれない?」
目の前の顔は昔と何も変わっていないのに、私は吐き気を覚えていた。
「大丈夫だよ、母さん。ちょっとお腹壊したみたいで、胃がムカムカしてるだけ」
私は母の肩にもたれて、目に浮かぶ憎しみを隠した。彼女は困ったように私の頭を撫でながら、私を三浦家へと連れて帰った。
湊翔はすでにその知らせを聞いて、家の前で待っていた。
2時間前に他の女の人のお腹を撫でていた男が、今は優しい表情で私を抱きしめて、私の下腹をそっと撫でた。
「母さんから聞いたよ。胃が悪いって。帰ってきて、お粥作ってるところ。もうすぐできるから、少し食べて休もう」
その時になって、私は彼の腰に巻かれたエプロンに気づいた。
もし今日、病院であの光景を見ていなかったら、私をここまで丁寧に世話してくれていた湊翔が、心の中ではずっと他の女性を愛していたなんて、想像すらできなかっただろう。
結婚する時、私の実家に近いという理由で、わざわざ岡田家の古い屋敷の近くに引っ越してきたのに。
夢の中では、彼は私の名前を呼んでいたのに、愛してはいなかった。
彼が愛していたのは瑠菜。彼女のためなら、私と結婚して、何年も仮面夫婦を演じることも厭わなかった。
彼の演技力には、本当に感心する。
「父さん、母さん、入って一緒にご飯食べましょう」
私をソファに座らせた湊翔は、またキッチンへと戻っていった。
父と母は、こんなにできた婿に恵まれて運がいいと、感慨深げに話していた。
私はただ、壁にかかった一枚の絵を見つめていた。ずっと不思議だった――あんなに下手な絵なのに、なぜ湊翔はこの家で一番目立つ場所に飾ったのか。
今、父と母がその絵の前に立って、懐かしそうに見つめているのを見て、ようやく気づいた。
あの絵の描き手が大事な人だから、絵も一番目立つところに飾られているんだ。
絵の隅に書かれた「R」の文字が、全てを物語っていた。
「ご飯できたよ」
料理がテーブルに並べられた時、私はようやく気づいた。
――長年、湊翔が作ってくれた料理は、どれも私の好物じゃなかった。
もう六年もこの疑問を抱えたまま、自分に言い聞かせてきた。彼は私のためにいろんなことをしてくれてるんだから、食事くらい我慢するのは当然だって。
でも今はもう、これが本当に彼の好物だったのか、それとも――瑠菜の好物だったのか、疑わずにはいられなかった。
「結菜、大丈夫?」
顔色の悪い私を見て、湊翔は心配そうに私の皿に料理をよそってくれた。母も一瞬沈黙し、ぎこちない口調で話し始めた。
「あなたたち二人がこんなに幸せそうで、私と父さんも安心したわ……でも、ただ……」
言葉の続きを濁したその「ただ」は、瑠菜のこと。
この何年も、母は楽しいときになるとつい、彼女の名前をぽろりと口にすることがあった。私はいつも、彼らが私のために実の娘を諦めたことに感謝し、そして罪悪感から何も言えなかった。
「今あの子、どうしてるかね。やっぱり、あの子は俺たちの実の娘だから……あの国で、ひどい目に遭ってなければいいけど。生きててくれれば、それだけでいい。
結菜、母さんを責めないであげてね。あの子は、母さんの体から生まれた子だ。母さんは、自分のしたことにちゃんと代償を払った。過去のことは過去として、君も、もう忘れたほうがいいんじゃない?」
第4話
父は母の言葉にため息混じりで同意した。彼らにとって、瑠菜はすでに大きな代償を払ったのだ。だから私があまりに細かくこだわるのはよくない……と、そういうことらしい。
――じゃあ、命を落としかけた私は自業自得ってこと?
私は目を伏せ、不満を態度で示した。
その思いを察したのか、湊翔が初めて私に冷たい顔を向けた。
「結菜、母さんはもう年なんだ。そんな顔見せるなよ。あれからもう六年も経ってる。当時は確かに君が瑠菜の身分を奪って、二十年以上も本来君のじゃない人生を生きてきた。それを母さんに責めるのは違うだろ。血の繋がりってのは、やっぱり特別なんだよ。
どんな事情があっても、母親が子供への愛情を捨てるなんてできないんだ。それに、元はと言えば父さんと母さんが瑠菜に対して負い目を感じてるんだから。
そういえば、この前話した郊外の別荘、あれ元々は瑠菜のために用意してたんだよ。今週末、父さんと母さんを連れて行こうと思ってる。それも一つ彼女への思いになる。君は来たくなければ来なくてもいいけど、どうする?」
言葉こそ相談するような口調だったが、その声には拒否の余地がなかった。私は目の前の三人を見上げた。湊翔は冷たい表情のまま、父さんと母さんは何も言わなかったが、重苦しい空気にすべてが表れていた。まるで、私が「行かない」と言えば、それはとてつもない罪であるかのようだった。
「わかった。行ってきて。彼女は父さん母さんの実の娘だし、あのときのことも私に責任がなかったとは言えない。一度くらい顔を出すのは当然だよね」
私は静かに、素直にそう答えた。すると湊翔の顔が一気にほころんだ。
「ほらな、うちの嫁はやっぱり一番優しくて思いやりがあるね。安心しな、当日、君の食べたいものはちゃんと作ってから出かけるからさ」
母さんは片手で涙を拭いながら私を抱きしめた。
「結菜は昔からいい子だった。瑠菜の代わりに……ありがとう。本当に、親として申し訳なかった」
母の腕の中で、首元に熱い涙が落ちた。私は震える体で顔を埋めると、全身が痺れるような感覚に襲われた。
彼らは瑠菜に対して「申し訳ない」と言い続け、その思いを六年間、私に刷り込んできた。今では私自身でさえ、瑠菜の過激な行動を「理解しよう」としてしまうほどに。
心の奥底では、「私が彼女に借りがあったから、あの人は私を刺したんだ」と思い込んでしまっていたのだ。
でも――
でも、子供を取り違えたのは私の意思じゃない。そんな罪、私が作ったわけでもない。私の本当の両親は、故意に子供を入れ替えたわけですらない。
確かに、私は二十年以上も瑠菜のものだった人生を生きてしまった。でも、もし彼女が望むなら、私はすぐに岡田家を出て行ける。私は誰かと争いたかったわけじゃない。なのに――私は一体、何を間違えたというの?
胸が締めつけられるように痛んだ。私は込み上げる吐き気を我慢できず、トイレへ駆け込んだ。湊翔が驚いてすぐに後を追い、背中をさすってくれた。
「どうした?今日、検査受けたばっかりだろ?医者はなんて言った?胃腸の問題か?ちゃんと治療しないとダメだよ」
その声は優しくて、どこか未練がましい。
湊翔が心配してるのは、私の体のこと?それとも、私が妊娠してるかもしれないこと?
「湊翔、私……妊娠したの」
私は気持ち悪さを無理に押さえて、甘えるように彼の腕にすがった。
「もうすぐあなた、父親になるんだよ。先生が言ってた。この体で妊娠できたのは奇跡みたいなもんだって……ねえ、嬉しくない?やっと、私たちの子供ができたんだよ?」
湊翔の笑顔が、ピタリと止まった。彼は私の顔をじっと見つめ、冗談の気配を探していた。でも、何もなかった。私は本気だった。
「ゆ、結菜……冗談はやめろよ、こういうのは、冗談で済ませられないよ。医者だって前に言ってたじゃないか。君の体は妊娠に向いてないって……」
その声は震えていて、目には隠しきれない動揺が浮かんでいた。
――これが、私の夫。
「冗談なんかじゃないよ……嬉しくないの?」
私は、心の奥底に残っていた最後の希望を込めて答えを待った。湊翔は顔を引き締め、まっすぐ私を見た。
「結菜……医者も言ってただろ。今の君の体じゃ、出産なんて無理だって。だから……お願いだ、今回は諦めよう。もし君に何かあったら、俺……どうすればいいんだよ」
第5話
この言葉が、あまりに気持ち悪くて吐き気がした。
「もし、私が嫌だって言ったら?」
目の前の男は、まばたき一つせずに私の子どもを堕ろすと決めた。その瞬間ふと思った。もしかしたら、子どもが産めない体になったことは、私にとって幸運だったのかもしれない。少なくとも私の子供がこんな最低な家庭に生まれてこなくて済んだから。
「結菜……」
「冗談よ」湊翔が口を開く前に、私は微笑んで彼の胸に顔を埋めた。
「先生に言われたの。私、子ども産めないんだって。ありがとう、湊翔。こんなに長い間、ずっとそばにいてくれて」
そして、私にしたこと、全部「ありがとう」……
週末はすぐにやってきた。湊翔は早起きして、私の頬にキスを落とし、一汁三菜の朝食を急いで作り終えると、優しく言った。
「結菜、父さんと母さん連れて出かけてくるよ。家では気をつけて。何かあったら、ちゃんと連絡してね」
私はうんと頷き、涙をこぼしながらスマホを開いた。
瑠菜はすでに下にいた。湊翔がまだ起きる前、私は一枚の写真を受け取っていた。
車の中で撮られたその写真には、満足げな瑠菜の顔。そして、メッセージが添えられていた。
【結菜。たとえあなたが彼と結婚しても、彼の子どもを産むのは私よ。まさか本気で、あの人たちが別荘に私を偲びに行ったなんて思ってないわよね?あなた、どこまでおめでたいの?
ここ数年私はずっとあそこに生活していたよ。今日は妊婦検診の日だから家族に付き添ってほしいって言っただけ。そしたら父さんも母さんも湊翔も、すぐにOKしたよ。
六年前の時もそう。私がちょっと涙を流しただけで、父さんと母さんはあなたを犠牲にして、私の名誉を守ってくれた。あなたの人生、ほんとに笑えるわ】
さらに送られてきたのは、山ほどの写真。六年間、湊翔は時間を作っては瑠菜と旅行に出かけ、ときには父さん母さんも一緒に――まさに家族水入らずの写真ばかりだった。
その一方で、私はお土産にもらった安物に喜んで、ひとりで舞い上がっていた。
押し寄せる絶望が心を麻痺させる。チャットを閉じて、私は明日の航空券を購入した。
瑠菜の性格なら、今夜彼らを帰らせないだろう。だったら、その隙にこの場所から姿を消せばいい。
昼頃、簡単に食事を済ませ、私は証拠の整理を始めた。瑠菜には感謝しなきゃいけない。あんなに自慢げに暴露してくれたおかげで、私はこれだけの証拠を手に入れた。
まさに、眠たい時に枕を差し出されたようなものだった。これだけあれば、湊翔を一文無しで追い出せるし、出て行く前に、あいつらの正体を全部暴いてやれる。
気づけば、夜の十時を過ぎていた。
予想通り、湊翔は帰ってこなかった。代わりに一本のビデオ通話が入る。ぼやけた画面では背景がよく見えないが、彼の隣に瑠菜がいるのは、はっきりと感じ取れた。
それでも、私は何も言わず、ただ微笑みながら「ちゃんと自分のこと、大事にするね」とだけ答えた。
翌朝、私は早くに起きた。家にやって来たのは、大勢のリフォーム業者たち。運び出せない家具や設備は、全部業者に解体してもらった。
小物については、瑠菜のSNSで見たことがある。私が持っていたのは、あきらかに景品レベルのもので、瑠菜が持っているのは高級品。
他人にとって不要な物なんて、私だっていらない。
二時間後、業者は満載の戦利品を持って去っていった。私はその後、この数年分の家族写真を取り出して、ライターで燃やした。
室内の火災報知器が騒がしく鳴り響く中、私はスーツケースを手にして家を出た。
これが、湊翔への最後のプレゼント。
彼が戻ってくる頃には、私はもうこの街にはいない。