そよ風の中、また君に

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そよ風の中、また君に

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白石葵(しらいし あおい)は小さい頃からおとなしい優等生だった。大学3年生の時、学校のイケメン・早川涼太(はやかわ りょうた)に口説かれ...

Chương (1)

第1章

白石葵(しらいし あおい)は小さい頃からおとなしい優等生だった。大学3年生の時、学校のイケメン・早川涼太(はやかわ りょうた)に口説かれるまでは。 涼太は彼女を誘い出した── 裏山の森で、図書館の片隅で、自習室で…… 「これが運命の出会い」と思っていた葵だったが、ある日、涼太と友人たちの会話を耳にしてしまう。 「涼太、マジで鬼畜だな!元カノのためにわざわざ葵さんに近づいて、孕ませようとしてたんだろ?元カノの大学院推薦枠を奪わせないようにするためだって?」 その瞬間、葵は悟った。 自分が信じた「愛」は、全て嘘だったのだ。 葵は静かに去ることを選んだ。 しかし涼太は狂ったように、彼女を探し回るのだった。 第1話 情事の終わり際、白石葵(しらいし あおい)は早川涼太(はやかわ りょうた)が避妊をしていなかったことに気がついた。 慌てて声を上げる。 「ねぇ、いつ外したの?こんな真夜中だったら学校の周りに薬も売ってないのに、もしも……もしも私、妊娠したらどうするの?」 涼太は彼女の腰を掴み、低い声で笑った。 「心配するなよ。妊娠したら産めばいいじゃん」 葵は呆然とした。反応する間もなく、涼太の長い指が彼女の下腹部に触れてくる。 「でも先輩、このお腹、小さすぎるよ」 彼は悪戯っぽく笑った。 「こんな小さいお腹で、本当に俺の子供産めるのかな?」 葵の顔は真っ赤に染まり、そっぽを向いた。 涼太は軽く笑い、彼女の耳元に唇を寄せる。 「先輩、顔を赤らめる姿、好きだって言っただろ? まだ足りないんだ。さあ、おとなしく……」 その夜、涼太は彼女を四度も求めた。 夜が明けかけた頃、葵はこっそり寮に戻った。 だが、寮に着いた途端、携帯が鳴る。涼太からの着信だった。 「もしもし……」 電話に出ると、向こうは騒がしい雑音ばかり。 どうやら涼太はポケットの中で誤って発信してしまったらしく、本人は気づいていないようだ。 葵が切ろうとした瞬間、涼太の友人の声が聞こえてきた。 「涼太、大学院推薦の締め切りまであと少しだぞ?葵さんを確かに妊娠させられるのかよ?」 葵の手が凍りつく。 すると、涼太の怠惰な声が返ってきた。 「焦るなよ、まだ時間はあるだろ」 さらに男たちの下品な笑い声。 「さすが涼太は女に甘いよな。玲奈(れいな)さんと別れたって、未だに忘れられないんだろ?葵さんが玲奈さんの大学院推薦の資格を奪うのが心配で、自分から体を張ってるんだからな!」 涼太の声が冷たく響く。 「誰が玲奈と別れたって言った?彼女は大学院推薦の前に勉強に集中したいから、一時的に距離を置いてるだけだ」 友人たちがからかう。 「ははは、涼太のことは誰も逆らえないよな!たとえ玲奈さんが学内一の美人だって、涼太のこと忘れられるわけないし!」 「そうそう、葵さんだって、まじめで大人しいのに、涼太の手にかかればあっさり落ちたもんな!毎晩グラウンドでやってるらしいぜ?」 「でもよ、涼太。正直、葵さんってめちゃくちゃ可愛いよな。玲奈さんに負けてないぜ。毎晩あんなことしてたら、マジでちょっとは感情湧いてるんじゃねえの?」 誰かが唾を吐くように言った。 「バカ言うなよ!涼太の心中は玲奈さん一色なのは周知の事実だろ!葵さんを追いかけたり、寝たりしたって、全部玲奈さんのためだ!」 「ああ、玲奈さんは大学院推薦が第一で、金融学科の推薦枠は一つだけ。葵さんがトップだから、涼太はわざと近づいてるんだよ!」 「締め切りまでに葵さんを妊娠させて、自主的に進学を諦めさせりゃ、玲奈さんの推薦は確定だ。そうだろ、涼太?」 一瞬の沈黙の後、涼太の冷たい声がはっきりと響いた。 「ああ、その通りだ」 電話の向こうで、葵の顔から血の気がすっかり引いていった。 彼女は生真面目で、ずっと学業一筋。大学三年になるまで恋愛なんて縁がなかった。 しかし一年前、情報学科二年の涼太が彼女の人生に突然現れた。 彼は奔放で、グラウンドにキャンドルで彼女の名前を描き、教師に追われながらも、女子寮の葵に向かって叫んだ。 「先輩!お前は俺の将来の彼女だ!情報学科二年、早川涼太!絶対覚えとけよ!」 葵は昔から可愛いと言われ、多くの男子に追われてきた。 だが、涼太のような常識外れのアプローチは初めてだった。 彼女は知らず知らずのうちに攻略され、長い時間をかけて交際を承諾した。 付き合って半年後、涼太の甘い言葉に押され、彼女は全てを捧げた。 初めての夜、涼太は熟練した動きで彼女の呼吸を奪い、スカートに手を滑り込ませた。 震える葵に、彼は耳朶を噛みながら笑った。 「先輩、照れてるの、可愛いよ。 先輩ってほんと純情だな。これからも、俺だけに見せてくれよ」 葵は運命の出会いだと思っていた。全てを捧げても構わないと。 だが、全ては嘘だった。 涼太が接近した理由は、元カノの黒木玲奈(くろき れいな)。 同じ金融学科で、成績では常に葵の後塵を拝していた彼女のため。 たった一つの推薦枠のため。 馬鹿みたい。 彼女の初めても。 評判も。 本心も。 全てが推薦枠にすら及ばなかったのか? 葵は俯き、声を殺して泣いた。 …… 彼女は一睡もできなかった。 夜中の行為を思い出し、葵はタクシーで校外の薬局に駆け込み、緊急避妊薬を飲んだ。 そしてコンビニの前で夜明けを待ち、母親に電話をかけた。 「お母さん……やっぱり、海外の大学院に進学する」 実は涼太の読みは最初から外れていた。 葵は元々内部推薦を受けるつもりなどなかった。 優秀な成績で学部時代から論文を発表し、とっくに海外の有名大学院から合格通知を受け取っていた。 当初から海外進学を考えていたが、涼太と出会ってからは国内に残ることも考え始めたのだった。 だが今は…… 電話の向こうの母親は驚きつつも、すぐに受け入れた。 「分かった。でも海外は学期が早く始まるから、単位ももう取れてるし、早めに渡航して慣れたらどう?来週出発で大丈夫?」 葵は俯いたまま答えた。 「うん……早い方がいい」 第2話 電話を切り、葵は学校へ戻った。 今朝の一限目は、涼太と一緒の情報専門科目の授業だった。 葵は自分の専門科目の単位はとっくに取り終えていた。 今も授業に出ているのは、将来の研究能力を高めるためと、涼太に付き合うためだった。彼のためにいくつか情報系の授業を取っていたのだ。 だが今の彼女は涼太の顔も見たくない。それでも優等生の本能で、サボることはできなかった。 葵は相変わらず一番に教室に着いた。 席に着いてすぐ、ひどいめまいがした。 前回もそうだった。涼太が避妊せず、彼女が薬を飲んだ後、三日間も熱にうなされた。 机に伏せて休もうとした瞬間、突然腕をつかまれた。 次の瞬間、彼女は教室のカーテンの中に引きずり込まれた。 驚いて顔を上げると、そこには涼太がいた。 彼は強引にキスをしてくる。 何かに気づいたのか、涼太は一瞬止まってから笑った。 「先輩、風呂入ってない?」悪戯っぽい笑顔だ。 恥ずかしさと怒りで葵の顔は真っ赤になった。 「放して!私……熱があるの!」 涼太は一瞬驚いた様子で葵の額に手を当てた。確かに熱かった。 それでも彼の動作は止まらない。「先輩」 むしろ、声はさらに濁った。 「熱がある時って、中がすごく熱いって聞いたけど……」 葵は一瞬理解できず、次の瞬間その意味に気づいて顔が火照った。 抵抗しようとしたその時、カーテンの外からざわめきが聞こえた。 学生たちが教室に入ってくる音だ。 誰かが叫んだ。 「うわっ!カーテンの下に足が4本!?四つ足モンスターか!?」 ようやく涼太の動作が止まった。 「ついてねえな」 本気か冗談か分からない呟きと共に、カーテンを開けて出ていった。 涼太を見ると、男子たちは口笛を吹き始めた。 「朝から誰だよって思ったら、涼太と葵さんかよ!」 「涼太、授業前の数分で終わっちゃうなんて、持続力落ちたんじゃね?」 涼太は笑いながら本を投げつけた。 「ふざけんな。メインはまだ食ってねえんだ。邪魔すんなよ」 男子たちの哄笑が響く。 「ははは、前菜だけか」 「でもな、気のせいか?葵さん、前よりグラマラスになったような……」 「バカ、マッサージの効果だよ」 葵が服を整えて出てきた時、そんな下品な冗談が飛び交っていた。 彼女の顔は青ざめた。 そばで涼太は何も止めようとせず、ただゲームに没頭している。 男子たちの剥き出しの視線、女子たちの軽蔑的な囁き。とうとう葵の目に涙が浮かんだ。 5日。 彼女は自分に言い聞かせた。 葵、あと5日で、これですべて終わる。 ...... チャイムが鳴ると、葵はすぐに立ち去ろうとした。 しかし涼太の友人が学外のカラオケで集まると言い出し、涼太は強引に彼女を連れていった。 個室のドアを開けた瞬間、葵は玲奈の姿を目にした。 葵のような素顔の優等生とは違い、玲奈も成績は優秀だが、よりファッションに気を使っていた。 人混みの中でもひときわ目立つ存在だ。 葵は横にいる涼太が一瞬硬直するのを感じた。 涼太の友人の一人が小声で呟いた。 「玲奈さんも来るって聞いてねえんだけど」 「まあ、来ちゃったし、とりあえず遊ぼうぜ」 みんなが着席すると、すぐに「真実か挑戦か」ゲームが始まった。 最初に回されたグラスは涼太の前で止まった。 みんなが囃し立てる。 「涼太、最後にヤったのはいつ?どこで?」 涼太はライターを弄りながら笑った。「昨日。裏山の森」 「おおー!」という喚声が上がった。 「さすが涼太!ワイルドだな!」 「マジかよ、葵さんってめっちゃ大人しそうに見えるけど、あんなところでやるんだ」 下品な笑い声が響く中、葵は拳を握り締めた。ふと目を上げると、涼太が玲奈をちらりと見ていた。 二周目、グラスは玲奈の前で止まった。 場が少し静かになる中、酔っ払った男子がふらふらと立ち上がった。 「玲奈さん、涼太の元カノだっけ?じゃあ涼太と裏山でやったことあるの?」 第3話 玲奈の顔が一瞬で青ざめた。 ──ガチャン! 涼太が突然立ち上がり、テーブルをひっくり返した。 グラスが床に散らばり、誰もが凍りつくように見つめる中、涼太の険しい表情が浮かんでいた。 「女の子にそんな質問するなんて、恥ずかしくないのか?」 先程質問した男子はすっかり酔いが覚め、青ざめて声も出せない。 玲奈が震える声で立ち上がった。 「ちょっと気分が悪いから、先に帰る」 そう言うと彼女は去っていった。 涼太は床のグラスを蹴り飛ばし、冷たく言い放つ。 「タバコ吸ってくる」 彼が去ると、場は騒然となった。 「なんだよ?さっきまで冗談言ってたくせに、急にどうしたんだ?」 「バカ、涼太にも冗談を言っていい相手とダメな相手がいるんだよ」 事情を知っている涼太の友人が説明し終え、ふと横で真っ青になっている葵に気づき、言葉を濁した。 葵は立ち上がり、個室を出た。 カラオケの入口で、もみ合っている玲奈と涼太の姿を目にした。 玲奈は袋を地面に投げ捨て、冷たく言い放っていた。 「ごめんなさい、彼女がいる男からの好意は受け取れないわ」 「お前……」 涼太は苛立ちながらも、どうしようもない様子だ。 「ルームメイトから聞いた。最近風邪気味だって?勉強が忙しいのは分かるが、軽い風邪でも放っておくと悪化するぞ」 玲奈は唇を噛んで黙ったまま。 涼太は袋を拾い上げ、彼女の手に押し付けた。 「頼むから、自分の体を大切にしてくれないか?」 傍らで見ていた葵は、もう耐えられずに顔を背けた。 これが差別待遇というものか。 玲奈のちょっとした風邪には薬を届け、自分が熱を出した時は「熱い体の中はどんな感じか」などと下品なことを言う。 玲奈が軽薄な質問を受ければ激怒し、自分は下品な冗談のネタにされる。 愛されているかどうかで、こんなにも違うのか。 涙が溢れそうになる中、携帯が鳴った。 母親の明るい声が聞こえる。 「葵、航空券もう予約したわよ。来週一緒に行きましょう。 でもふと思ったんだけど、この前付き合った彼氏がいると言ってたじゃない?海外に行ったら彼氏とはどうするの?」 葵が振り返ると、玲奈は車に乗り込み、涼太は心配そうに見送っていた。 葵は視線を戻し、静かに答えた。 「大丈夫、もう別れたから」 涼太。 もうあなたを愛したりしない。 これっぽっちも愛さない。 …… 翌日。 葵は健康診断のために病院を訪れた。海外では医療が不便なため、出国前に健康状態を確認しておきたかった。 しかし検査結果を受け取って出てきたところで、玲奈と涼太とばったり出くわした。 「葵?」 涼太が驚く中、玲奈は淡々と言った。 「涼太、付き添わなくていいって言ったでしょ。自分で診察受けるから」 そう言って去っていく玲奈。涼太はようやく葵が持っている検査結果に気づいた。 眉をひそめて尋ねる。 「葵、病院で何してた?まさか……」 涼太の表情が一変した。 「妊娠したのか?」 葵は一瞬戸惑い、周りを見回す。たまたまこの病院では健康診断の部門が産婦人科の隣だった。 涼太に誤解させてしまったのだ。 否定しようとしたが、ふと思い直して言葉を変えた。 「もしそうだとしたら?」 第4話 涼太の瞳が一瞬縮んだ。 「俺は……」 何か言おうとしたが、葵はすでに皮肉っぽく唇を歪めていた。 「冗談よ。妊娠なんてしてない。ただの健康診断だったわ」 涼太は一瞬呆然とし、すぐに眉をひそめた。「健康診断?どうしたんだ?」 葵は冷静に答えた。「ちょっと調子が悪くて。それより、玲奈の付き添いで来たの?」 涼太は気まずそうに咳払いした。 「誤解するな。たまたま会ったから送ってきただけだ」 なんの意味もない言い訳。 それでも葵の体調についてこれ以上尋ねようとはしない。 葵はすでに感覚が麻痺していた。淡々と言った。「授業があるから、先に帰るわ」 そう言って振り返った。 出口まで来ても、涼太は追いかけてこなかった。 …… 葵は真っ直ぐに大学へ戻った。 気のせいか、周囲の人々が彼女を指さしているように感じた。 不審に思いながら寮のドアを開けると、ルームメイトが慌てて駆け寄ってきた。 「大変!葵、大変なことになってる!」 ルームメイトは震える手でスマホを差し出した。 「学校の掲示板に、あなたの写真が……その、あんな写真が!」 葵の頭がガーンとなった。スマホを受け取ると、画面いっぱいに不適切な写真が並んでいた。 しかし写真を見た瞬間、彼女は少し安堵した。 「これらの写真は合成されたものよ」即座に言った。「本物は一枚もないわ」 一瞬、涼太が撮影した写真をネットに流出させたのかと思ったが、幸い全て偽物だった。 ルームメイトは困ったように言った。 「もちろん分かるわ。あなたには足にアザがあるけど、これらの写真にはないもの。明らかに偽物よ。 でもネットの連中はそんなこと気にしない。見て、ひどいこと書かれてる……待って葵、何するの?」 葵は迷いなくスマホを取り出していた。 「もちろん警察に通報するわ」冷たい声で言った。「この投稿者を見つけてもらうの」 軽薄な冗談程度ならまだしも、ここまで悪質なら黙っていられない。 しかし警察に電話をかける前に、もう一人のルームメイトが慌てて飛び込んできた。 「葵!あんたの彼氏が誰かと殴り合いの喧嘩してるわ!」 第5話 葵は警察への通報を中断した。 「涼太が?」 「そうよ!」 ルームメイトは焦った声で続けた。 「彼氏さん、ネットに投稿されたあなたの写真を見たら、コンピューターの専門だからすぐに相手のIPと寮を突き止めて、殴り込みをかけたんだって! 早く行った方がいいわ、相手を半殺しにしているって聞いたから!」 葵は警察に通報するのを後回しにし、急いで男子寮へ向かった。 寮の前には既に人だかりができていた。 人々は葵を見ると噂話をしつつ、道を開けた。 葵が見た光景は―― 涼太がメガネをかけたデブ男を地面に押さえつけ、真っ赤な目をして顔を殴り続けている姿だった。 デブ男は泣きながら謝罪していた。 「ごめんなさい!俺が君の彼女の写真を合成したのが悪かった!頼むから!許してくれ!」 しかし涼太はまるで聞こえていないようで、さらに激しく殴り続けた。 デブ男は血まみれになり、ついに気を失ったが、涼太の拳は止まらない。 葵は我に返り、駆け寄って涼太を必死に抱き止めた。 「もうやめて!」 震える声で叫んだ。 「涼太、本当にもう十分よ!」 ようやく涼太の拳が止まった。 この騒動は大きな問題となり、相手の親は訴えようとしたが、息子が先に写真を投稿したと知り、結局は揉み消された。 涼太も軽い怪我を負い、葵は付き添って医務室で手当てを受けた。 傷だらけの彼の手を見て、葵の声は震えた。 「涼太、どうしてそこまで……?」 ただの見せかけの関係なのに、なぜここまでするのか。 涼太は気にしないように笑った。 「お前は俺の彼女だ。誰かがお前をいじめたら、俺が守るのは当たり前だろ?」 葵の表情はさらに複雑になった。 午後の授業があった葵は、一旦その場を離れた。 授業後、迷いながらもお粥を買い、医務室の涼太に届けようとした。 しかしドアの前で、涼太の友人の声が聞こえてきた。 「さすが涼太だよな、色仕掛けだけじゃなく、今度は傷を武器にするなんて!」 第6話 葵はドアを開ける手を止めた。 部屋の中では、涼太の友人たちがしゃべり続けていた。 「しょうがないよ、大学院推薦のリスト確定まであとわずかだ。葵さんを涼太に惚れさせるには、強烈な一手が必要なんだ」 「まず葵さんの写真をちょっと合成してネットに流し、彼女が苦しんでいるところに涼太がヒーローみたいに現れて犯人を懲らしめる。これで彼女の心を鷲掴みだ!」 「でも涼太、お前手加減しなさすぎだろ!あのデブとは事前に話をつけてたとはいえ、入院させるなんて!報酬もっと上げなきゃだめだろ?」 医務室の中、涼太は暗い表情でしばらくしてから口を開いた。 「俺は控えめな写真でいいって言っただろ。あんな過激なのを合成するなんて」 友人たちは大笑いした。 「涼太、お前小心者だな!効果を出すには思い切ったことが必要だろ?」 「まったく!俺が言うには涼太は優しすぎるよ。葵さんはもう裏山の森まで行ってるんだから、俺たちに本物の写真を撮らせればよかったのに!」 「そうそう!涼太は写さないし、葵さんにもバレないようにするから!」 涼太の表情はさらに暗くなった。 「俺を何だと思ってる?」冷たく笑った。「サル回しのサルか?」 涼太の怒りを感じ取り、友人たちはようやく口をつぐんだ。 ドアの外で、葵は青ざめた顔で一歩後ずさった。 涼太が自分のためにここまでするはずがないと思っていた。 結局、これも全て彼の芝居だった。 馬鹿みたい。彼の心に少しでも本心があると思った自分が…… 葵は手に持っていたお粥を見て、さらに強い皮肉を感じた。 お粥をゴミ箱に捨て、振り返らずにその場を去った。 …… 翌日、葵は海外用の荷物を買いに街へ出た。 昼食をとるためカフェに入ったが、会計の時に背後で聞き覚えのある怒った声がした。 「何度も言ってるでしょ!私に近寄らないで!人の話が聞けないの!?」 葵は驚いて振り返ると、そこには玲奈と、いかにも下品な感じの丸刈りの中年初老の男がいた。 男はニヤニヤ笑った。 「俺はお前の実の父親だ。母親を殴り飛ばしたからって、ちょっとした罪で刑務所に入ったからって、父親じゃないなんて言わせないぞ?」 玲奈の顔は青ざめ、拳を固く握りしめていた。「結局、何がしたいの?」 「別に」男は黄色い歯を見せて笑った。「前に言ってたな。早川家の御曹司を落として、玉の輿に乗ったら大金をくれるって。その話、まだ有効か聞いてるんだ」 玲奈は冷たく言った。「もちろんよ」 男は目を細めた。「でもな、学校で聞いたら、お前はもう早川涼太と別れて、あいつは白石葵って子と付き合ってるんだって?玲奈、本当にできるのか?」 玲奈はイライラした口調で答えた。 「何も分かってないわね。涼太と別れたのは私の戦略よ。早川家のようなお家に嫁ぐには、私のような出自では手段が必要なの。 男ってのは簡単に手に入るものは大切にしないもの。だから私は大学院推薦の準備に集中するふりをして別れたの。 その新しい彼女も心配いらないわ。涼太は彼女のことなんて好きじゃないんだから! あなたは約束を覚えておいてちょうだい。私が涼太と結婚したら6千万円あげる。その代わり、私の人生から永遠に消えて」 葵は少し驚いた。 玲奈が涼太と別れたのは、わざとだったのか? 気がつくと、店員が近づいてきた。 「お客様、レシートです」 我に返った葵はレシートを受け取り、カフェを後にした。 …… 学校に戻ると、葵は涼太からの複数の着信に気づいた。 すべて無視し、教務課へ行って早期卒業の証明書を受け取った。 しかし教務課を出たところで、黒い車が急に路肩に止まり、ドアが開くと彼女は中に引きずり込まれた。 涼太だった。 葵をシートに押さえつけ、彼は彼女のスマホを奪い取り、怒りを込めて笑った。 「先輩、スマホなくしてないじゃん。なんで電話出ない」 葵は視線をそらした。「気づかなかった」 「気づかなかった?」 涼太は呆れ笑いをしたが、葵が持っている卒業証明書に目が止まると、突然表情が変わった。 「葵、なんで早期卒業するんだ?」 第7話 葵のまつ毛が微かに震えた。 しかしすぐに冷静を取り戻す。 「別に」彼女は淡々と答えた。「単位も全部取れたし、早く卒業して就職した方がいいと思って」 涼太は呆然とした。「就職?大学院に行かないの?」 葵は視線を逸らした。 「うん、大学院には行かず、すぐ働くつもり」 明後日には海外に行く予定だった。 今更涼太に出国のことを伝えて、余計な波風を立てるつもりはない。 だが、大学院推薦の枠をめぐって涼太にしつこく付きまとわれるのも嫌なので、就職すると伝えておくことにした。 これですべて終わる。 これで涼太も、もう芝居を続ける必要はなくなるだろう。 案の定、涼太は一瞬言葉を失った。 葵ほどの成績なら、きっと内部推薦で大学院に行くとばかり思っていた。 まさか進学しないなんて? 一瞬の放心状態から覚めると、目の前の葵が立ち上がろうとしていた。 涼太は我に返り、葵を抱き寄せた。 「先輩、また逃げようとして」不機嫌そうな声。「最近ずっと俺から逃げてる気がするんだけど」 葵はまた顔を背けた。 「そんなことない」 涼太の眉間のしわが深まった。 以前の葵なら、こんな風に押さえつけられていたら、色白の顔を赤らめていたはずだ。 だが今の彼女は表情一つ変えず、こんなに近づいても、聞こえる心音は冷静そのものだった。 涼太は理由もなくいら立ちを感じた。 何かを証明するかのように、彼は葵の顎を掴み、強引にキスをした。手はさらに大胆に彼女の服の中へ滑り込む。 以前のように赤面する葵を見たかっただけだ。 だが葵は完全に動揺していた。 もう進学しないと言ったのに、涼太はまだ何をしようというのか! 「涼太!」葵は彼の手を掴んだ。「私……生理なの!ダメ!」 涼太の手が止まった。 「生理?」眉を上げ、声はすでに濁っていた。「でも先輩、俺はもう我慢できないんだよ」 葵の体が震えた。言葉を返す間もなく、涼太の視線はキスで潤んだ彼女の唇に注がれた。 瞳の色がさらに暗くなる。 骨ばった指が強引に彼女の口の中へ入り込んだ。 「舌も柔らかいな。じゃあ……」 「やめて!」 葵はついに我慢できずに叫び、涼太の指に噛みついた。 「イテっ!」 涼太は痛そうに手を引っ込め、顔を上げると、葵の目が赤くなっていることに気づいた。 一瞬凍りつく。 「葵、お前……」 葵は耐え切れずに目を閉じた。 どうして…… もう進学しないと言ったのに。 どうして涼太は自分を放っておけないのか。 自分はただの欲望のはけ口なのか? その考えに、葵は恥辱と怒りで涙が溢れそうになった。涼太はそんな彼女を見て、胸が刺されたような感覚に襲われ、思わず顎を掴んで自分を見つめさせた。 「葵、なんで泣いて……」 しかし彼のスマホが鳴り、言葉を遮った。 涼太はイライラしながら出ると、友人の声がした。 「涼太、みんな待ってるぞ!今日は俺の誕生日だ、メンツくれよ!」 涼太は約束を思い出した。 「わかった」 不機嫌に電話を切り、葵を見上げた。 「一緒に来い」 今回は葵に拒否の余地を与えず、強引にカラオケに連れていった。 しかしドアを開けると、そこには玲奈の姿もあった。 涼太の友人が小声で説明した。 「玲奈さんが急に来たいって言い出して……断れなくて……」 涼太は特に何も言わず、葵を座らせた。 みんなは盛り上がっていた。 1時間後、ほとんどが酔いつぶれ、葵と玲奈だけが一滴も飲んでいなかった。 葵はすでにうんざりしており、涼太が構ってくれないのを見計らって帰ろうとした。 しかし出口まで来た時、背後で冷たい声が響いた。 「葵、さっきのカフェで、全部聞いてたよね?」 振り返ると、玲奈が立っていた。 葵はため息をついた。 やはり、カフェを出る時に気づかれていたのか。 嘘はつきたくないので頷いた。 「偶然聞こえてた」 玲奈の顔が一瞬青ざめた。 「私のことを卑怯だと思ってるでしょう?涼太の気持ちを弄んで」 彼女は唇を歪ませた。 「でも私は殺人犯の父親がいて、5歳の時に母親は殴られて家を出た。必死で這い上がって、今の私がある。 だから卑怯だと思われても構わない。ただ少しでも良い人生が欲しかっただけ」 葵は玲奈を見つめ、しばらくして静かに言った。「卑怯だなんて思ってない。涼太に話すつもりもない」 これは本心だった。 玲奈と涼太の問題だ。もうすぐ出国する身として、余計な干渉はしない。 「ありがとう」玲奈は蒼白く笑った。 「でもごめんなさい。5歳の時、母が『飴を買ってくる』と言って二度と帰らなかったあの日から、私は誰も信じられなくなった。 だからあなたも信じられない。あなたと涼太を引き裂くしかない」 葵が眉をひそめようとした瞬間、玲奈は手に持っていたグラスを割り、自分の顔に思い切り引っかいた。 悲鳴が上がり、部屋の中の涼太はすぐに気づいた。 「玲奈!」 ドアを蹴破ると、玲奈が床に倒れ、顔を押さえて葵に向かって泣き叫んでいた。 「葵!どうして私の顔を傷つけるの!?」 第8話 涼太の瞳が収縮し、玲奈を抱き上げると、彼女の顔に赤い傷跡があるのを見つけた。 床には血のついたガラス破片が散らばっている。 涼太は葵を見上げた。 「葵!お前、何をした!」 葵の顔もまた青ざめていた。 玲奈がここまでやるとは思わなかった。 「私じゃない」拳を握りしめ、涼太を見つめた。「何もしてない」 だが涼太は聞く耳を持たず、玲奈を抱き上げて外へ向かった。 涼太の友人たちも呆然とし、ようやく我に返った。 「涼太、葵さんはどうする?」 涼太の足が止まり、葵を振り返って冷たく言い放った。 「俺の代わりに、しっかり『躾』してやれ」 そう言うと、玲奈を抱いたまま去っていった。 友人たちは顔を見合わせた。 「『躾』って……好きにしていいってことか?」 実は涼太の友人たちは、以前から葵に目を付けていた。 玲奈のような純粋な美しさよりも、表向きは清楚ながら裏では奔放な葵のギャップに、男たちは狂わされていた。 酒に酔っていた彼らは、理性を失い、葵を押さえつけた。 葵は狂ったように抵抗し、叫んだ。 「何するの!放して!でないと警察を呼ぶわ!」 しかし酔った若い男たちは聞き入れない。 「何を気取ってるんだ!涼太に弄ばれてるくせに!俺たちにも楽しませろよ!」 「そうそう、玲奈さんに傷を負わせたんだから、涼太のためにもお仕置きだ!」 「せめて記念に写真くらい撮らせてもらおうか!」 笑いながら葵を押さえつけ、服を引き裂こうとした。 葵は抵抗したが、多くの男に敵うはずもなく、絶望の涙が溢れた。 涼太…… どうして私をこんな目に…… シャツが引き裂かれそうになった瞬間、ドアが蹴破られた。 涼太が駆け込んできた。 何も言わず、葵に覆いかぶさっていた男たちを引き剥がし、次々と殴り倒した。 そして葵を抱き上げた。 「葵!」 しかし葵はあまりの恐怖で、意識を失っていた。 「葵!!」 …… 病院で目を覚ました時、看護師が声をかけた。 「大丈夫ですよ。ただの驚愕失神でした」 葵は尋ねた。「私を連れてきた人は?」 看護師はにっこり笑った。 「あのハンサムな男性ですか?あなたを運んできた後、彼女さんのところに行きましたよ。 顔にちょっとした傷を負っただけなのに、心配そうにずっと付き添っていました。まあ、あんなに格好いいのに一途なんて珍しいですね」 葵は少し驚いた。 涼太はまた玲奈のもとへ行ったのだ。 心はもう麻痺して何も感じなかった。自分で退院手続きを済ませ、寮に戻った。 明日は、ここを去る。 荷物をまとめ終えたのは夜だった。 ルームメイトに別れを告げようとした時、一人が窓際で驚きの声を上げた。 「うわっ!葵見て!彼氏だよ!」 葵は窓へ駆け寄り、下を見下ろした。 何万ものバラが敷き詰められ、ろうそくと共に闇の中にハートと「アオイ」の文字が浮かび上がっていた。 涼太は片膝をつき、葵の寮を見上げていた。 彼女の顔を見つけると、にっこり笑い、大声で叫んだ。 「先輩、俺が悪かった!許してくれ!」 第9話 葵は呆然とした。 反応する間もなく、盛り上がるルームメイトたちに押し出され、寮の下へと連れていかれた。 下には大勢の見物客が集まり、スマホで写真やライブ配信をしている。 葵が現れると、歓声はさらに大きくなった。 涼太は彼女を見つけると目を輝かせ、真っ直ぐに近寄って宝石箱を開いた。 ダイヤモンドのネックレスがきらめき、周囲の女子たちから羨望の声が上がる。 涼太は片膝をついた。 「先輩」 彼の目は夜空の星のように輝いていた。「昨日は俺が悪かった。謝るから、許してくれないか?」 周囲から「許してよ!」「許してあげて!」という声が上がった。 葵の顔は青ざめたままだった。 「玲奈は……大丈夫なの?」小声で聞いた。 涼太の表情が一瞬固まったが、すぐに柔和な笑顔に戻った。 「医者によれば傷跡は残らないらしい。俺が最近ちゃんとしなかったから、先輩が嫉妬して、手を出してしまったんだよね」 葵の瞳はさらに暗くなった。 結局、彼は信じてくれなかった。 黙る葵を見て、涼太はまだ怒っていると思い、続けた。 「あと俺の友達の件……あんなことするとは思わなかった。もう絶交したし、こっぴどく殴ってやった。 だからもう怒らないでくれないか?」 葵は目の前の男を見つめた。 涼太の表情は真摯で熱かった。 だが彼女は、もう信じられなかった。 賢い涼太なら、「躾してやれ」と言った後の展開くらい、予測できたはずではないか? 最後に良心が痛んだのか、面倒を避けたかったのか、とにかく彼は戻ってきてくれた。 だが、彼の傷つけや欺きは消えない。 ただ一つ分からないことがある。 もう進学しないと言ったのに、なぜまだ彼はしつこくするのか。 今となっては、もう理解しようとも思わない。 「涼太、私は――」 口を開こうとした瞬間、涼太は立ち上がり、ネックレスを葵の首にかけた。 「返事は急がなくていい」笑顔で言った。 「明日、グラウンドで待ってる。 先輩が許してくれるなら、グラウンドに来てくれないか?」 葵は眉をひそめたが、周囲の歓声はさらに大きくなった。 涼太のこの謝罪劇は大騒動となり、SNSでトレンド入りした。 美男美女の豪華な演出に、ネットユーザーは羨望の声を上げた。 ただ、主人公である葵だけが冷静だった。 寮はすでに空になり、彼女は一時的に大学の宿泊施設に泊まっていた。夜、玲奈から音声メッセージが届いた。 再生すると、涼太の友人の声が聞こえてきた。 「玲奈さん、ネットの謝罪騒ぎは全部涼太の作戦だよ!」 「そうそう、玲奈さんの顔に傷をつけた葵さんを簡単に許すわけないだろ?涼太は謝罪ごっこして、明日は絶対グラウンドに行かないって!」 「葵さんが一人で待ちぼうけくらって、恥かくんだよ!」 「まあ、もう進学しないって言ったし、涼太も時間無駄にしたくないから、最後にドッキリかまして別れるつもりだって!」 「玲奈さん、涼太の心はあなただけだよ!」 葵の顔が少し青ざめた。 なるほど、もう進学しないと言ったのに、なぜ涼太がまだ芝居を続けるか分かった。 最後に自分を愚弄するためだった。 玲奈からテキストメッセージが届いた。 【ごめんなさい、あなたを巻き込んで。でも恥をかかせたくないから、明日はグラウンドに行かない方がいい】 葵は淡々と返信した。【元々行くつもりなかった】 メッセージを送ると、葵は寝た。 翌日、葵は荷物をまとめ、タクシーを呼んで空港へ向かう準備をした。 母とは空港で直接会う約束だった。 タクシーを待つ間、涼太から何通かメッセージが届いた。 【先輩、もうグラウンドに着いたよ。来てくれる?】 【今日は先輩が来るまでずっとここにいる】 葵は嘲笑した。 涼太の芝居は本当に徹底している。 冷静に返信した。 【行かない】 【涼太、私たち、もう別れよう】 メッセージを送ると、スマホの電源を切り、SIMカードを抜き、涼太からもらった指輪とネックレスをゴミ箱に捨てた。 そして到着したタクシーに乗り込んだ。 「空港までお願いします」