昨夜の風雨が思い出を濡らす

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昨夜の風雨が思い出を濡らす

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「お姉さんの代わりに平野家のあの足の悪い人と結婚してもいいよ」 小山純子(こやま じゅんこ)は父親に背を向けてそう言った。 その言葉を聞...

Chương (1)

第1章

「お姉さんの代わりに平野家のあの足の悪い人と結婚してもいいよ」 小山純子(こやま じゅんこ)は父親に背を向けてそう言った。 その言葉を聞いた瞬間、純子の父親は驚いた。 「本当?平野家の人と結婚した女は、皆ひどい目にあってるって聞くよ。まあ、君が怜里の代わりに結婚してくれるなら、父さんとしては本当にありがたいけどな」 純子は口元をかすかに引きつらせた。 相変わらず本性を隠して善人ぶる父親だ。 三年前、父が自分を小山家に呼び戻したのは、娘の小山怜里(こやま れいり)の代わりに結婚させるためだった。 「条件は二つ。一つ目は母親を家族の一員として認めること。二つ目は記者会見を開いて、当時あなたが母を裏切ったことを公開して」 第1話 「お姉さんの代わりに平野家のあの足の悪い人と結婚してもいいよ」 小山純子(こやま じゅんこ)は父親に背を向けてそう言った。 その言葉を聞いた瞬間、純子の父親は驚いた。 「本当?平野家の人と結婚した女は、皆ひどい目にあってるって聞くよ。まあ、君が怜里の代わりに結婚してくれるなら、父さんとしては本当にありがたいけどな」 純子は口元をかすかに引きつらせた。 相変わらず本性を隠して善人ぶる父親だ。 三年前、父が自分を小山家に呼び戻したのは、娘の小山怜里(こやま れいり)の代わりに結婚させるためだった。 「条件は二つ。一つ目は母親を家族の一員として認めること。二つ目は記者会見を開いて、当時あなたが母を裏切ったことを公開して」 「お父さんの過去の秘密と引き換えにお姉さんの人生を変えるなんて、この取引とてもお得じゃない?」 「お前……!」 広い書斎で、灰皿が床に叩きつけられ砕ける音が響いた。 純子は顔を少し傾けた。 ほんのわずかの差で、破片が額に直撃せずに済んだ。 「もしケガでもしたら平野家の人が怒るよ」 純子の父親は想像もできなかった。 彼女を田舎から海城市にある本家へ迎えたばかりの頃は、あんなにおとなしく控えめだったのに。 今じゃこんなに図太くなりやがって! 他の選択肢があれば、こんなことで自分の評判を傷つけることはなかった! 純子の父親は胸を押さえて何度も深呼吸をし、ようやく口を開いた。 「いいだろう。それで、もう一つの条件はなんだ?」 純子は冷たい目で父親のほうをちらっと見た。 「怜里がちょうど海外から帰ってくるよね?私の結婚の日の為に、竹内先生に少し指導をお願いして。名家のマナーも知っておいたほうがいいでしょ」 純子の父親は心の中でこう思った。 怜里はマナーの良い子だ!そんなこと必要ない! しかし今のところ他に術がなく、この条件をのむしかなかった。 「はいはい、わかったよ」 純子の父親は本当に純子がそうしようとしているのかなど、気にも留めていなかった。 ただ、自分の大切な娘の結婚のために彼女を利用したいだけだ。 そのうえ、彼女の力では何の脅威にもならないと思っていた。 そもそも純子の父親は、平野家の後継争いに密かに加担していた。 もし勝てば、東都でいち番の名家と姻戚関係を結ぶことができる。 負けても数十億の損で済む。 リスクの割にリターンは大きい。 成り上がり人生を歩んできた純子の父親はそれを良く分かっていた。 そして、平野家の長男は彼の期待に応えた。 むごいやり方でも、見事に平野家の権力を握ることになった。 ただ、その後平野家の長男は脚に障害を負った。 そのせいか性格は荒れ果て、女癖は悪くなり、何人も弄んでは捨てるようになった。 純子の父親は、怜里を海外へ行かすしかなくなった。 ようやくその時になって、彼はもう一人の見捨てた長女の存在を思い出したのだ。 彼がそんなことを思い返している間に、純子はすでに部屋を出ていた。 彼女が履いているのは、ヒールのないぺたんこ靴。 足音一つ立てずに出た。 他の人から見れば、彼女は慎重でとても大人しい女の子だ。 ただ、竹内竜介(たけうち りゅうすけ)という名前を口にしたとき、表情には何も出なかったが、心には嵐のような激しい感情の波が打ち寄せていた。 第2話 三年前、純子の父親が純子を田舎から小山家に呼び戻したが、上流社会に早く馴染ませるため、彼はわざわざ家庭教師まで雇った。 たくさんの先生の中から、彼女は父の反対を押し切って、いちばんかっこいい竜介を選んだ。 純子にとって彼の目はとても魅力的だったが、自分への視線がいつも冷たく感じた。 そんなある日、パーティーで彼女は知らない女に薬を盛られ、浮浪者のような男たちと一緒に閉じ込められた。 最後の一枚の服が破られそうになったその時、扉を蹴り破って彼女を救いに来たのが竜介だった。 薬を解毒するため、彼女は自ら竜介に抱きついた。 それ以来、二人の関係は少し変わった。 人前では普通の教師と生徒の関係だが、人目のないところでは体の関係を持っていた。 これは純子が生きてきた20年のなかで、あまりにも衝動的で自己中心的な行動だった。 しかし、これは復讐でもあったのだ。 彼女の母親は元々、東都の名家・山口家の長女。まだ貧しかった頃の純子の父親を愛し、未婚で妊娠した。 だが、後に山口家は没落し純子の父親は他の名家の娘と付き合っていた。 純子の母親が出産した日、純子の父親は海城市で一番の高級ホテルで別の女性と結婚式を挙げていた。 一方で、家族に責められた母親は家を追い出され冷たい手術台の上で一人、純子を産んだ。 純子が十歳のとき母親はうつ病で亡くなった。 彼女に残した最後の言葉は「男なんか、信じちゃダメよ」 その言葉を胸に刻み、小さな漁村でひっそりと暮らすようになった。 竜介はベッドの中以外では常に冷たかった。 彼女はそれが性格のせいだと思っていたし、外では関係を隠したいのだろうと自分に言い聞かせていた。 千夜以上を共にし、深入りしてはいけないと知りながらも、彼女は竜介を愛してしまった。 だが、一本の電話が現実を突きつけた。 「なあ、お前まさかあの田舎者に本気になったりしてないよな? 顔は悪くないし、腰のあたりも柔らかそうだけど、生まれがな……遊び相手としてはまあまあか」 「そもそもあれ、お前が薬を盛ってヒーロー登場の茶番をやったんだろ? 今さら関係を切れないとか、何言ってんだよ?」 竜介は冷ややかな笑みを浮かべ、これまで彼女が聞いたことのない冷たい声で答えた。「遊ぶ相手? あいつにはその資格すらない」 暗い寝室の中、竜介は煙草の煙をふうっと吐き出した。 「俺はただ、怜里が帰国する前に手間を省いてやってるだけさ。あいつはあの婚外子のことが一番嫌いなんだ。だったら俺が代わりに潰してやる。これだけ動画を撮った。怜里もきっと喜んでくれるだろう」 「まさか、いつも冷たい竹内家の坊ちゃんが、そんなにロマンチックだったとはな。怜里の誕生日に、海外で街中に花火を打ち上げただけじゃ飽き足らず、身分を隠してまで女のために婚外子を排除するとは。惚れすぎだって」 「大したことじゃない。あの女でテクニックでも鍛えておけば、本命の怜里を傷つけずに済むだろ?」 ブツッという音とともに、純子の頭の中で何かが爆発するような感覚が走った。 ひと言ひと言が、心を鋭くえぐっていく。 最初から彼は目的をもって近づき、誘い込み、罠にかけた。 彼女にとって彼は愛した人でも、彼にとってはただの都合のいい女。 その淡い恋心は粉々に砕かれ、純子の深い感情をあざ笑うかのようだった。 ならば、このばかばかしい関係は、彼女の手で終わらせるしかない。 第3話 夜が更けるころ、純子は竜介の部屋のドアが半開きになっているのを見かけた。 それは、竜介が彼女を誘っているサインだ。 けれど、今日はいつものように彼の元へ行って挑発することもせず、そのまま自分の屋根裏部屋に戻った。 深い眠りのなか、ひんやりとした手がそっと彼女の胸元のボタンを外した。 竜介が覆いかぶさってきて、純子は彼を押し返そうとした。だが、手が彼の胸にある刺青に触れた瞬間、小さく震えた。 「小山」 かつて、彼を強く想っていたとき、純子はこの刺青を何度も指でなぞりながら、汗まみれの彼の体を感じていた。 どんなに彼が冷たく振る舞っても、自分の名前を胸に刻んでくれたのだから、きっと愛してくれていると彼女は思っていた。 けれど、今彼女は分かった。そこにあるのは「小山純子」ではなく、「小山怜里」だ。 胸に刻まれるほどの存在は、最初から純子ではなかったのだ。 そう気づいた瞬間、純子の胃がキリキリと痛み、吐き気がしてきた。 竜介の顔がわずかに陰った。 彼が口を開くより先に純子が言った。「生理中なの」 竜介の熱い吐息が彼女の首元にかかった。「生理は来週じゃないか」 「彼女、明日帰国するのよ」 「それがどうした?」 口では突き放しているが、彼のアソコは彼女に触れたまま、より硬くなっていた。 純子は心の中で冷ややかに笑った。ただ名前を聞いただけで抑えきれない反応をするなんて、男の体は本当に正直だ。 竜介は突然、彼女から距離をとり無言のままゆっくりとファスナーを上げた。 「エッチする気じゃないなら、それでいいさ」 ならば「彼の望み通り仲介役でも演じてあげましょう」と純子は思った。 翌朝早く、下で物音がして純子は目を覚ました。 「それもこれもぜーんぶ捨てて」 赤いドレスに大きくカールした髪、艶やかな薔薇のように派手な装いの怜里は立っているだけで視線を集めていた。 「婚外子の荷物なんて、家に置くもんじゃないわ。ここは小山家であってゴミ捨て場じゃないのよ?」 純子は無言で外に出ようとするが、怜里が声をかけてきた。 「お姉さんに会っても挨拶のひとつもなし? 礼儀を全然知らないの?」 「お姉さんは海外に行ってたか、それとも違う時代から来られたんですか? 海外って、そんなに長幼の序を重視するの?」純子は淡々と返した。 怜里の目が鋭くなった。三年ぶりの再会。誰にでも虐げられていた妹が、口答えするようになるなんて。 竜介が怜里を見る時は優しかったが、純子の一言で、その表情が一気に冷たくなった。 「小山さん」 彼が何か言おうとしたその瞬間、純子は振り向きもせずに背を向けた。「馬術の授業があるの、ごめんなさいね」 馬場に着くと思ったより人が多かった。 怜里が馬に乗って、彼女のほうへ近づいてきた。 「ちょうどいいタイミング。あなたより早く来てたのよ。歓迎会も兼ねて、友達がちょっとした競馬イベントを開いてくれてるの。あなたの馬、借りるわね?」 馬は純子を見ると、そわそわと身をよじらせた。まるで、自分の背に乗る間違った人を振り落とそうとしているかのように。 その直後、怜里が馬から突然落ち叫び声があがった。 その時、竜介が怜里をしっかりと抱きとめた。 怯えた彼女は、あの気の強さを感じさせないほど竜介の腕の中で泣きじゃくっていた。 その光景に、純子は思わず笑ってしまった。 あれだけ体の関係をもっても、竜介の態度はいつだって冷たくて、彼女に情は一切見せない。 そんな冷たい男が今、怜里の肌に触れただけで耳を赤く染めている。その純情さはもはや呆れるほどだ。 美人が涙を流すと、竜介はたちまち心を痛めた。 スマホを手に取り何かを操作しながら、彼女の涙を長い指で優しく拭った。まるで、大切な宝物でも扱うように。 その後で純子に視線を向けたとき、彼の目は、まるで毒でも込めたかのように眼光が鋭かった。 「言うことを聞かない畜生は、殺してしまえばいい」 第4話 純子はその言葉を聞いた瞬間、ハッと顔を上げた。 あの馬はかつて竜介が自ら選んで彼女に贈ってくれたものだった。あまりの嬉しさにその夜は眠れないほどだった。彼女は一年間、大切に大切に育ててきた。 それが今「殺してしまえばいい」のひと言で終わり。 純子は泣きそうになった。どれだけ止めようとしても、馬場のスタッフたちは一切動じず、黙々と作業を続けた。 彼女はその馬が引きずられていく様子を、ただ見ているしかなかった。 次の瞬間、耳を劈くような悲鳴が空に響き、血が草原を赤く染めた。 ほんの10分も経たないうちに、馬場は黒服の男たちに囲まれた。 彼らの手には大量の馬術服があった。流れるような手際で次々と並べられていく馬術服は、市場では決して手に入らない貴重な一点物ばかりだった。幼い頃から贅沢に慣れている名家の令嬢たちでさえ、目を見張っていた。 「嘘でしょ、あれってスペイン産の牛革を使って、イタリアの職人100人が3ヶ月かけて仕立てたっていう、世界に一着しかないやつよ? お金じゃ買えない幻の馬術服」 「そんな逸品をプレゼントだなんて、普通はコレクションにするでしょ? 馬に乗るために着る人がいるなんて」 「怜里、帰国したばかりなのにもう求婚されているの? 小山家は今後ますます勢いづくわね」 黒服の代表が恭しく頭を下げた。「怜里さん、これらの馬術服はボスからの謝罪のしるしです」 「また、本日の全ての費用もボスが負担いたします。どうか思う存分、お楽しみください」 少し離れた場所では、純子の馬術服が無残に地面に放置され、馬の蹄で踏みつけられて原形を留めていなかった。 竜介の口元に浮かぶわずかな笑みに、純子の胸はズキリと痛んだ。 その後、竜介はほとんどの時間を怜里の馬術服選びに費やしていた。終始にこやかで、少しの疲れも見せなかった。 純子の脳裏にふと以前の記憶が蘇った。彼の気を引こうと、わざわざセクシーなランジェリーを用意したことがあった。 けれどサプライズの前に、彼女はベッドに押し倒された。欲望に負けたと思った次の瞬間、彼は耳元で冷笑した。 「小山さん、こういう遊びに付き合うほど暇じゃないんだ。俺たちは、ただの体の関係だろ?それだけのことだ」 竜介はそのとき初めて、今日が純子の授業の日だったことを思い出した。 彼は馬場を見渡し、純子を探した。 そのとき、彼女はすでに馬にまたがり駆けていた。 風をまとい、姿勢も美しく、馬術服など着ていなくても、手綱を握る所作ひとつにすべてが滲み出ていた。 竜介は目を細めた。彼女にこんなに乗馬を教えた覚えはなかった。 やがて彼女は竜介の前で手綱を引き、馬を止めた。 「先生、もう教えて頂けることがないなら、先に失礼します」 馬から降りようとしたその時、怜里が彼女の前に立ちはだかった。 「まだレースが始まってもないのに、そんなに急いでどこへ?」 彼女は純子の洗いざらしで色あせた服を上から下まで眺め、摩擦で破れてしまった部分を見て鼻で笑った。 「200万円でレースに出て。どう?」 素人が競馬に出るなんて、命がけだろう。帰国したばかりの優しい姉は、早速彼女を排除しようとしていた。 「2000万」純子は言葉を続けた。「2000万なんて、お姉さまにとっては大したことないでしょ? もし運良く私が勝ったとしても、倍率を考えればむしろお姉さまが儲かる」 2000万は怜里にとっては端金に過ぎなかった。小山家唯一の令嬢として、純子の父親は彼女の望みをすべて叶えてきた。 毎月の小遣いだけでも8桁を超えている。 一方で純子は食べる物すらなく、野良犬と餌を奪い合って生き延びた日々があった。 怜里は冷笑した。「いいわよ。生きて使うことが出来ればね。命があればの話だけど」 竜介の鋭い視線を無視して、純子は迷いなく契約書に署名した。 賭けが始まると人は一斉に賭けへと熱狂し、その倍率は驚異の「1:10」に達した。 スタートの笛が鳴った。 純子は馬を駆り、他の競技者たちをどんどん引き離していた。その姿はまるでプロの騎手のようで圧倒的だった。 やがてゴールの赤いラインを越え、彼女は見事に勝利した。 だがその直後、彼女のすぐ後ろを走っていた馬が、まったく止まる気配もなく、まっすぐ彼女をめがけて突進してきた! 激しい衝撃により、純子は馬から投げ出され、地面に激しく叩きつけられた。骨が砕けるような痛みが、全身を駆け巡った。 そして次の瞬間、馬の蹄が彼女の膝をめがけて真上から振り下ろされた。 ッ! けれど、予想していた痛みは来なかった。 純子がうっすらと目を開けると、そこには、手綱を引き馬を制した竜介の姿があった。 気のせいだろうか。あの常に冷静で感情の読めない竜介の瞳に、初めて彼女のために揺らめく光が宿ったように見えた。 第5話 再び目を覚ましたとき、視界いっぱいに広がっていたのは真っ白な世界だった。 純子は足首をそっと動かそうとしたが、骨の接合部に電流のような激痛が走り、息が詰まりそうになった。 病室の外では、怜里がキラキラと輝くストーン付きのネイルで竜介の胸元に触れていた。 「あなたは父の味方。つまり、私の味方ってことよ。この件、父に知らせるべきかどうか……あなたなら分かってるはずよね?」 私の味方という言葉か、それともその艶めかしい仕草のせいか。いつもは上から見下ろすような立場の竜介が、珍しく視線を伏せた。 まるで愛しい人の前では気持ちを隠せない少年のように、何も言えず、感情を抑え込んでいるかのようだった。 怜里は話のトーンを変えた。「先生は、私のことをわがままだと思ってるの?話すのも嫌になった?」 竜介は一瞬間をおいて、微笑んで言った。「怜里さんには数多くの求婚者がいて、みんなが君を甘やかす。だから、やりたいことをやるのは当然。わがままだとは思わない」 「今回のことは、小山さんが身の程知らずにも免責同意書にサインしたまでのこと。怜里さんには何の責任もない。気にしないでください」 その言葉に怜里は満足げに微笑み、腰まで届く髪を軽くかき上げた。 「別に気にしてなんかないわよ。世間に顔を出せない婚外子なんて、できればあのまま馬場で死んでくれた方がよかったんだけど」 その言葉を病室の中で聞いた純子の胸に、鋭い痛みが走った。 涙がこぼれそうになるほど心が痛んだ。 おかしい。もう何も期待していないはずなのに、なぜまだこんなにも苦しいのだろう。 風が吹き抜け、カーテンが揺れてテーブルの上をはためき、花瓶が落ちて砕けた。 白いジャスミンの花が床に落ち、繊細な花芯があっという間に傷ついてしまった。 音に気づいた竜介は話をとめ、病室に入ってきた。純子の目が赤く潤んでいるのを見た瞬間、彼の目に浮かびかけていた温もりが一気に消えた。 「競馬なんてお前のすることじゃない。やった以上は結果も自分で受け止めるべきだ」 やはり、叱責から始まった。 純子は苦笑しながら言った。「じゃあ先生、あなたが言うその婚外子の私に、何をすればいいのか教えてください」 「婚外子」その言葉を純子は強く、重たく噛みしめるように吐き出した。 裏切ったのは父の方なのに、そのツケを払うのは彼女と母親だった。 純子の父親は彼女の実年齢をごまかしたうえに、彼女が幼い頃から満足に食べることもできず成長が遅れたこともあった。周囲の人たちは皆、「純子の父親が外で一晩遊んでできた子ども」と噂していた。 だからたとえ小山家に迎え入れられても、家政婦以下の扱いしか受けなかった。 「愛人が産んだ子は、いずれ年の離れた金持ちに嫁がされて、小山家の恩に報いるのが筋」 怜里のヒールが病室の静寂を破るように高く鳴り響いた。 彼女が現れた瞬間から、竜介の視線は終始彼女を追い続けていた。 純子はふっと笑った。どこか諦めのにじんだ穏やかな笑みだった。「安心して。小山家の娘としての責任は果たすわ。父のために政略結婚でも何でも引き受ける。姉さんにも、先生にも、もう失望させないから」 第6話 怜里はギプスで固められた純子の足を嫌悪の目で見て、鼻で笑ってその場を後にした。 竜介は純子の傷口に触れながら、じっと彼女を見つめていた。まるで、その目で彼女の心の奥底まで見透かすかのように。 「誰と結婚するつもりだ?」 血がギプスににじみ、純子の額には次第に冷や汗が浮かんできた。 パシッ! 次の瞬間、純子の手が竜介の頬に鮮やかな手形を残した。 「先生、ご自分の立場をお忘れでは?」 かつて、授業中に純子が竜介を指先でくすぐるように触れようとした際、その夜彼は鞭で彼女の手を99回も打った。 彼は厳しい声で言い放った。「人前では、俺に一切触れるな」 だから今度は、彼女が彼のやり方でルールを思い出させてやったのだ。 純子の平手打ちは容赦なかった。竜介は口元の血をぬぐいながら、嘲るように笑った。 贅沢に恵まれて育った彼にとって、自分の顔に泥を塗られるような屈辱を味わったのは、これが初めてだったかもしれない。 「どうやら小山さんはもう回復したようだな。なら三日後、オークションは予定通り行えるな」 こんな状況でも、オークションをする気?! 壁のカレンダーに目をやった純子は、自嘲気味に笑った。 そうか、三日後は怜里の誕生日。オークションがなければ、彼女に会う口実がなくなるから? 純子はそっと目を閉じ、もう彼を見ようとはしなかった。「ご心配なく、先生。必ず時間通りに出席します」 三日後。看護師が見回りに来て言った。「彼氏さん、忙しい中でも優しいですね。毎回、食事時になるとご飯を届けてくれてますよ」 純子は机の上のエビが入ったお粥を見て2000円の現金を渡した。「悪いけど、代わりに別のご飯を買ってきてくれない?」 「どうしてですか?」 そう尋ねる看護師の視線が、ちょうどカルテのある一行を捉えた。重度の甲殻類アレルギーあり。 「あっ!わ、わかりました!」 純子は看護師に感謝の眼差しを向け、それ以上何も言わなかった。 三日後、彼女はまだ完治していない足を引きずりながら、車椅子に乗ってオークション会場に姿を現した。 名家のお嬢様たるもの、乗馬、ギャンブル、ゴルフ、ピアノ……ほんの少しでも必要になる可能性があるなら、すべてを習得しなければならない。 それは技能であると同時に、社交界への入り口でもある。 オークション会場で、軽やかに立ち回る竜介の姿を見て、純子は過去の自分と純子の父親の浅はかさを思い出し、思わずおかしくなった。 そうだ、こんなに業界に精通した男が、たかが月200万で雇える家庭教師なはずがないじゃないか。 彼女が会場に入ると、怜里の取り巻きの女性たちが嘲笑の視線を送ってきた。 「どんな場でも出しゃばってくるのね。自分の財布の中身もわからないくせに、なんて身の程知らず。今日は怜里の誕生日よ。純子みたいな縁起の悪いのがいると、台無しになるわ」 「どうせ金持ちのパトロンでも探しに来たんでしょ?怜里はまだ帰国したばかりで知らないだろうけど、こういう女、腹の中が真っ黒だから気をつけて」 「うちの父の隠し子もさ、最近大物に取り入ったらしくて、態度が急に偉そうになって……ああいうの、ほんと厄介だわ」 怜里は意味深に微笑んだ。「じゃあ、今夜が終わる頃には、誰も彼女なんか見向きもしなくなるって証明できるかもね」 その時、オークションが正式に始まった。 竜介は純子の隣に腰を下ろし、指を組みながら、まるで上品な紳士のように振る舞っていた。 最初の数点の出品物にはあまり関心がなかったのか、その間に彼女の耳元で、オークションの基本的なルールや、裏で存在する暗黙の了解について囁いた。 その一瞬だけは、本当に授業を受けていた頃を思い出すような感覚があった。 もし、彼女のプライベートな写真が出品物として出されなければ、の話だが。 第7話 雪のように白い肌、柔らかな腰つき、絶妙な動き。顔にはモザイクがかかっていても、見る者の血をたぎらせるには十分だった。 オークション会場は、まるで雷鳴のようなざわめきに包まれた。競売人が値を叫ぶ前から、我先にと札を上げる者が現れる。 「すげえ……この歳でこんなの見て身体が反応するとは思わなかったよ……」 「誰にも譲らん!この写真は俺のもんだ。これがあれば、まだまだ現役復帰も夢じゃねえ!」 酒と欲にまみれた会場は、一気に男たちの卑俗な叫び声で満ちた。 純子は思わず車椅子から立ち上がった。だが、膝の激痛に耐え切れず、崩れるようにその場に倒れ込んだ。 彼女は竜介の目に浮かぶあざけりを無視した。問い詰める気力さえ残っていなかった。 「開札価格は1000万、入札は200万から。落札者には高画質、無修正の写真が渡されます!」 「1200万!」「2000万!」「3000万!」 怒号のような入札の声が響き、瞬く間に写真は一億まで跳ね上がった。 二回目のハンマーが落ちた時も、竜介は相変わらず余裕の笑みを崩さなかった。 純子の体は小刻みに震え、血がにじむほど手のひらを握りしめても痛みすら感じなかった。 彼女は竜介をまっすぐ見つめた。 どんなに鈍くても、もう分かっていた。 これは、竜介が怜里を喜ばせるためにやったことだ。 三度目のハンマーが落ちようとしたその時、彼女の声が会場の空気を一変させた。 「私が落札したい!誰にも渡させない!」 場内が一瞬静まり返った。 「女が横から口出すなよ。小山家の婚外子にはそんな趣味があるのか?」 「写真の顔、あいつに似てないか?まさか、自分の写真が出されたのを知らずに買い戻そうとしてる?」 皮肉と嘲笑が飛び交う中、彼女の言葉によって冷やかしの入札者たちは次第に黙っていった。 ついに一億六千万円で写真を落札。彼女の視線は竜介をかすめたが、彼はまだ薄笑いを浮かべたままだった。 中間休憩で、洗面所ですれ違った怜里が耳元でささやいた。 「聞いたわよ。あんな写真、一組まるごとあるらしいじゃない?」 「落札を続けてくれて構わないけど、レースで稼いだお金だけじゃ足りないんじゃない?」 純子はその場で凍りついた。 怜里は涼やかに笑った。 「誰からのプレゼントか知らないけど、私すごく気に入ってるの」 そして、二つ目の写真が出品された。 彼女は平静を装ったが、頬をつたう涙がすべてを物語っていた。 どうして。もう身を引く覚悟もできていたのに。どうして、彼はまだこんなやり方で追い詰めるの? ただ、怜里を怒らせたという理由で、彼はここまでやるの? 彼女は深く呼吸を整え、すぐさま落札を宣言した。 その後も写真は次々と出され、彼女は手持ちの財産すべてを使い果たしていく。 5枚の写真。それぞれが彼女を少しずつ苦しめる拷問のようで、すべてが彼女の見る目のなさへの罰だった。 そして、6枚目の写真が出た時、純子はもう落札するお金がなかった。 会場は抑えきれない興奮に包まれ、入札は瞬く間に2億円に跳ね上がった。 過去の名画や骨董品ですらそこまでの値はつかなかった。 羞恥と絶望が押し寄せた。純子は車椅子のハンドルを握りしめたが、どうにもならないと悟っていた。 今夜が終われば、男のもとでどんなふうに乱れていたか、全ての人が知ることになる。 気を失いそうになったその瞬間、家紋をつけたどこかの使者らしき男が立ち上がった。 「ボスの指示により、落札します!」 第8話 場内が再びざわめきに包まれた。 誰かがぽつりと呟いた。 「あの男の家紋、東都のあの一族の家紋に似てないか?」 その男は一切動じることなく、静かに微笑むと、二階のVIPオークションルームに向かって礼儀正しく一礼した。 その視線をたどると、二階は厚いカーテンに覆われ内部はよく見えなかった。 だが、金糸で縁取られた車椅子、そしてその人物がつけている謎めいた仮面を見た瞬間誰もが息を飲んだ。 この人物は、平野家の権力を握っている平野直弘(ひらの なおひろ)以外に考えられない。 彼と競り合うなど自殺行為に等しい。 純子は思わず二階を見上げた。そして不意に、男の視線とぶつかった。その瞳には、骨の髄まで見透かすような強烈な支配欲が宿っていた。 これが、自分の未来の夫。 噂によれば直弘は足に障害があり、冷たくて、女など玩具にすぎないという。そんな男にこんな趣味があったとしても、何も不思議ではない。 純子の呼吸が一瞬止まった。 もし、あの写真の女が自分だと彼が知ったら、きっと自分は殺されるだろう。 そのとき、夜空に花火が打ち上げられた。純子の思考がかき乱された。 このオークション会場の屋根はすべてガラス張りで、天井も高く、誰もが思わず夜空へ目を向けた。 ガラス越しに見える花火は、流星よりも美しくまばゆく、まるですぐ目の前にあるようだった。 そして数十機のドローンが空を舞い、大空にくっきりと浮かび上がった文字は【怜里、誕生日おめでとう】 純子は無意識に竜介へと視線を向けた。 だが彼は、オークション会場の中央にいる怜里を見つめていた。 まるで彼女の一挙一動を見逃すまいとするかのように。 その唇が微かに動いた。人々のざわめきにかき消されながらも、その言葉は明確だった。「怜里、誕生日おめでとう」 花火が弾ける音は、まるで純子の胸の内をもはじけさせるかのようだった。 まさかこの自分が、竜介という男に愛情という言葉を結びつける日が来るとは。 やがて花火は終わり、余韻に浸る間もなく会場の熱気は再び高まっていた。 その時、さきほどの助手が二階から足早に戻ってきて、場内に向かって告げた。 「ボスより伝言があります。今夜の花火ショー、たいへんお気に召したそうです」 「よって」 「今夜、ボスはすべて小山さんのために落札するとおっしゃいました。小山さんの望むものは、すべて落札いたします!」 その言葉に周囲はざわめき、羨望の声が次々にあがった。 「小山家も運がいいなあ。平野家の当主がここまで本気になるなんて。こんなアプローチ、誰が断れる?」 たとえ怜里があの足の悪い男と結婚するのを嫌がっていたとしても、この瞬間、彼女は誰よりも誇らしげだった。 顎を軽く上げ、得意げに助手に声をかけた。「じゃあ、早くこっちに来たら?」 だが助手は、笑みを浮かべながらもどこかよそよそしい態度で答えた。「失礼ですが、どうやら少し勘違いをされているようで、私が申し上げた小山さんとは、あちらの方のことです」助手の視線の先には、車椅子に座った純子がいた。 第9話 男は純子のもとへ歩み寄ると、丁寧に一礼をした。 その後の時間、平野家の助手は始終純子の傍らに付き従い、「小山さんがお気に召したものはすべて落札いたします」と言いながら、実際には純子の指示を待つこともなく、自ら次々と落札した。 あの何枚かの写真は最終的にすべて純子の手元へ戻ってきた。 それだけでなく、昔の書画や、ボヘミアンの職人が王室のために仕立てたという手縫いの絨毯、世界に二つしかない琉璃のランプまでもがすべて彼女のものになった。 怜里が狙っていた出品物の多くは落札できなかった。 オークションがまだ終わらないうちに、怜里は怒りに震えながらバッグを掴み、会場を後にした。 その様子を純子の隣に座っていた竜介はじっと見送っていたが、すぐに追いかけることはせず、代わりに隣にいた純子の手首を掴み、そのまま洗面所へと連れていった。 次の瞬間、彼は彼女の両手を強引に抑え、無理やり個室の壁へと押しつけた。 純子は痛みに思わず悲鳴を上げたが、目の前の男は氷のような表情のまま、微動だにしなかった。 彼が外でこうして力づくな行動に出たのは、これが初めてだった。 とっさに、彼の頬へ平手打ちをした。 「竜介!」 彼は尚も無表情のまま言い放った。「怜里さんの落札品を返せ。君にここまでのものは必要ない」 純子は彼の目をまっすぐ見つめ、言葉を噛みしめるようにたずねた。「あなたはどんな立場で私に命令しているの?先生として?それとも、ただの寝るだけの相手として?」 怜里の欲しかった品を彼女が手にしたというだけで、ここまで理不尽な態度を取るのか。 一方、純子のこれまでの誕生日はどうだったか。 十歳までは、母が川で獲ってきてくれた一匹の魚がプレゼントだった。 十歳を過ぎてからは一食でも満足に食事ができれば、それが最高の誕生日だった。 小山家に引き取られてからも、誕生日はいつもあの屋根裏部屋で、誰にも思い出されることなく過ぎていった。 竜介が一瞬呆気にとられた隙をついて彼女は手を振りほどき、その場を去った。 外の通りで、ちょうどオークション会場から出てきた竜介と遠くから視線が交差した。 その目は夜の闇のように深く冷たい。 さっきまで互いの息が交わるほど近くにいたはずの二人なのに、今はもう赤の他人同然だった。 その時、純子の携帯が鳴った。 相手は純子の父親だった。 「今日は怜里の誕生日だぞ。やっと帰ってきたばかりなのに、どうしてまた彼女を怒らせた?勘違いするな。俺がおまえに手を出せないからって、調子に乗るな。おまえの身分なんて所詮婚外子だ。忘れるな!怜里は心が広い。今すぐひざまずいて謝れば、きっと許してくれる。おまえはいい年して、いまだに目上と目下の区別もつかないのか!」 電話の向こうで純子の父親は怒鳴り散らし、返事をする間さえ与えなかった。 「足が不自由ならちょうどいい。平野家のあの足の悪い男とお似合いだろうよ」 通話が切れた直後、またすぐに電話が鳴った。 純子が眉をひそめながら電話にでると、電話の向こうから父の怒鳴り声が聞こえてきた。 「おまえ、何をした!? インターネットで、誰かが突然賞金をかけた」 この言葉を聞き終える前に、彼女の目に強いヘッドライトの光が直撃した。 その瞬間、携帯が地面に落ち純子は意識を失った。 彼女の身体は、音を立てることもなくその場に崩れ落ちた。 第10話 鼻を突くような磯臭さで彼女は再び目を覚ました。 気がつくと両手は麻縄で縛られ、断崖に吊るされていた。その真下では、荒れ狂う波が容赦なく岩を打ちつけていた。 突然彼女の体が急降下し、強烈な浮遊感と共に悲鳴が海湾中に響き渡った。 海水が鼻を塞ぎ、喉を通り、内臓まで容赦なく流れ込んできた。脚の傷口は裂け、海水の刺激で痛みは何倍にも増した。 そして再び縄が巻き上げられ、何度も繰り返されるその地獄のような苦しみに、純子の顔色は月明かりよりも蒼白くなっていた。 意識が途切れる直前、馴染みある視線が彼女に注がれた。 かすれる声で目の前に見えた唯一の光に助けを求めた。 しかしそこで見えたのは、闇の中に紛れた竜介の顔だった。 彼は唇をゆがめ、低く囁いた。「言ったはずだよな。言うことを聞かないなら、罰があるって」 また、見慣れた病院のベッドの上。 看護師が薬を塗りながら眉をひそめた。 「何度も言ったでしょう?この前、退院なんて無理だって。でもあなた、聞かないんだから。退院しただけでも無茶なのに、今度はこんな状態って、その脚、本当に治したいの?」 そう吐き捨ててから、看護師は病室に入ってきた男に薬を渡した。 「はいはい、彼氏さんが来たから。あとは彼氏さんに任せるわね」 男は黙って視線を落とし、消毒液を傷口にそっと塗り始めた。一見すると、まるで穏やかな夫婦のような光景だった。 しかし、三年にわたる肌の触れ合いから、純子の敏感な箇所を彼が熟知しているのは明らかだった。 あえてそこを強くこすり、痛めつけるように塗ってきた。 だが今の彼女には、もはやその痛みにすら反応できなかった。 やがて純子の父親が病室に入ってくると、竜介はゆっくりと立ち上がり、何も言わずに部屋を出た。 純子の父親は最初から眉間にシワを寄せたままだ。父親としての威厳を保つために言った。 「さっさと怪我を治せ。五日後、お前は俺と一緒に日光山のスキー会に行く。必ず出席しろ」 その物言いに、純子は思わず笑い出しそうになった。しかし、激しい痛みのせいで、発する事が出来たのはただの数語だけだった。 「どうして?」 「お前の未来の夫も行くんだ。しっかり準備して。平野家とはもう日取りを決めてある。スキー会が終わったらすぐに結婚式を挙げる」 ちょうどその言葉を言い終えた頃、竜介が新しい薬を手に戻ってきた。 「スキーができなくても問題ない。先生に連れて行ってもらえ。ついでに怜里にも教えてやれ。機嫌を損ねないようにな」 これまで純子の父親を眼中に入れていなかった竜介が、意外にも素直にうなずき、「小山社長」と敬称で呼んだ。 純子は皮肉っぽく口元を歪めて笑った。 海城市の名家の息子とも言われる彼が、父親に頭を下げるとは。そこまでさせるのは、きっと怜里の一人だけでしょう。 「いいわ、行く」そう答えた純子の目は、どこまでも冷たかった。